ガルダ聖戦一日目が終わった頃、セーナの出身であるユグドラルでもついに大きく動き始めようとしていた。アンフォニーで反乱を起こしたシャガール2世は事前に情報を入手していたエルトシャン2世、キュアン2世、フィリップ連合軍により大事に至らずに終わったが、それだけではない。新生グランベル帝国の皇后ユリアが娘セーナとシレジア王子ライトの式に参加するために船の出るシレジア王国の北西に位置するセイレーンに来ていた。それだけなら別に普通なのかもしれないが、実はこれには皇帝セリスとシレジア国王セティの危機回避能力が発揮されていた。シャガールの蜂起は裏でセリスの長男マリクが裏で糸を引いているという噂がアグストリアやシレジアを始め大陸のほとんどにひろまっており、いずれ自分達の身にも危険が起こるかと思っていたのである。しかし今回、ガルダ島に出発するのはセティとユリアだけであり、セリスはただ見送りに来ているだけである。さらにはセティも道中の護衛を引き受けているに過ぎないので事実上、ユリアだけがセーナの元に身を寄せることになっていた。だがもちろん愛し合う夫婦である。策略などには縁のないユリアもうすうすと今回の「避難」を本能的に感じていた。食い下がるユリアを半ば強引に説得してセリスはユリアの乗った船を出させた。セリスもユリアも感じていたのかもしれない。これが本当の別れになってしまうことを・・・。セリスは水平線に沈んでいく船を見えなくなるまで見送り、それからトーヴェのあるところに寄ってから本国グランベルに戻った。ユグドラルにも戦いの風が吹き荒れようとしている。

そしてすでに戦の火蓋が落とされている、このガルダ島ではゾーア帝国とユグドラル軍(実際にはアグストリア・グランベル連合軍)の第二ラウンドが繰り広げられていた。セーナの『火城の計』によってガーゼル教国軍8万が焼死したにも関わらず、愚かしくも戦を続けるカナン軍が市街地の入り口で守りを固めているミーシャとアベルが率いるエーデルリッターに攻撃を仕掛けたのだった。士気こそ低いが、圧倒的大多数を占めるカナン軍はエーデルリッターとほぼ対等に戦っていた。次第におびただしい数の死体が平野を埋め始めた。指揮官のアベルとミーシャはそれぞれ何百人もの兵を斬っていたが、敵はまだ万の単位を持つ大軍。士気が低いから持ちこたえているだけで、時が経てば、疲労しやすいエーデルリッターの不利は明らかとなる。そしてアベルとミーシャが一気に決着をつけようと大攻勢に転じようとしたところ、カナン兵の後方がにわかにさわがしくなった。しばらくして物見がアベルたちに告げた。
「セーナ皇女率いるグリューゲルが流星陣で敵陣を突破しますので、陣形Fで万全にそなえよとのこと。」
「そうか、皇女が動いたか。ミーシャ、俺は右翼に行って伝令してくる。お前は左翼だ。」
「わかったわ。」
一方、カナン軍後方にいたカナン軍の総司令ヴァーサは後ろから迫ってくる敵に血の気が失せていた。
「何という速さだ。」
大軍では考えられないスピードでこっち目掛けて突っ込んでくるセーナの精鋭グリューゲルは気がつけば、カナン軍の背後に迫っていた。これに実戦経験がなく、ただ兵法を鵜呑みにしていたヴァーサにとってグリューゲルの神速はありえない次元に見えた。しかしグリューゲルはそんなヴァーサの驚きをよそに、その翼を大きく広げた。今まで小さい一つの塊のようだった部隊は一気に三つに割れ、それを正面から見ていたヴァーサは一気に大軍が出現したかのように見えるのである。もちろんヴァーサでさえそう見えるのだから、普通の兵士の不安など容易に煽れる。だがやはりここは戦場。ただ見せて終わるわけではなかった。グリューゲルの華麗な動きに恐れを抱いた次の瞬間、カナン軍から大量の血しぶきがあがった。グリューゲルは縦横無尽に10万のカナン軍の中をかく乱してエーデルリッターが空けた通路を通って、気がつけば戦場から消えていた、まるで流星がカナン軍を急襲したかのように。何が起こったかわからないカナン軍に総攻撃に転じたエーデルリッターが一気に牙を剥く。流星にずたずたに切り裂かれた陣形に2万の猛攻は的確に傷口をえぐり、さきほどの一進一退が嘘であるかのようにエーデルリッターは猛進をしていた。だがまたそのあと、エーデルリッターは突如、猛攻を止め、先ほど流星が通っていったのと同じような通路を空けた。カナン軍がその様子を見てまさかと思ったが、時すでに遅し、再び流星がカナン軍を襲った。これによりカナン軍の8割は戦意をなくして、我が先にと逃げ始めた。もちろんヴァーサもその一人である。彼は手勢を適当にまとめた後、流星が暴れる中央の街道を避け、北山を迂回して軍船に撤退しようとしたが、ここからはエーデルリッターの独壇場となる。追撃されるカナン軍は次々と討たれ、降参するものも多く出てきた。ただ辛うじて後陣にいたために撤退では最前線にいるヴァーサはエーデルリッターの追撃を振り切って、まもなくカナン軍船の集結しているところまでたどり着こうとしていた。だがセーナは彼らをまんまと逃がすほど甘くはなかった。序戦でわざと負けたふりをして撤退していたクロスナイツが突如北山から姿を現し、ヴァーサ率いるカナン軍残党の横腹を突いた。グリューゲルとエーデルリッターの精鋭に散々な目にあったカナン兵たちはここまでくればもはや戦おうとせず、こぞってクロスナイツに降伏した。その数、2万中3千5百にも及び、その一部は降伏後、セーナに気に入られようとヴァーサの首を狙うものもいた。内と外から狙われれば、残るカナン軍もたまらなかった。しかしここでもヴァーサは奇跡的にも難を逃れ、残る8千の兵を率いて軍船に飛び乗った。味方の叫びを聞かずにヴァーサはすぐに船を出し、カナンへの総撤退を始めた。
←グリューゲルの進路とカナン軍の避難路

「すまない。指揮官を打ち漏らしてしまった。」
とりあえずガルダ島陸上での戦いが終わったため、セーナは諸将をエーデルリッターの陣に集結させて,
締めの軍議を開いていた。そしてまずアレスが端を切った。
「悪いのは私です。結局、8万のゾーア兵を無駄死にさせてしまったのは私の大失態です。」
セーナはあの『火城の計』でカナン兵の戦意を挫いて、自発的撤退を目論んでいたが、かえってそれが火に油を注ぐ結果となり、さらに倍の死傷者を出してしまった。
「カナン軍の指揮官ならまもなく討ち取れるでしょう。すでに私の部下が所定のポイントで待機しているでしょうから。」
セーナの顔にはもはや笑顔はなく、淡々と自分のこれからの戦術を打ち明けるのみだった。それを察してか陣を重苦しい空気が流れていた。そしてしばらくの沈黙を断ち切ったのはまたしてもセーナであった。彼女は諸将をねぎらうように
「ミーシャもアベルもごめんね。エーデルリッターのみんなはよく戦ってくれました。本当にありがとう。」
それに応じるようにミーシャとアベルが深く頭を下げる。
「そしてアレス王、あなたとクロスナイツのおかげで、あそこまでうまくいきました。それなのに私が期待に応えられず、申し訳ございません。」
対するアレスは彼女をかばうように
「皇女、君は悪くはないさ。戦いに絶対などないのだ。君の、人を思いやる気持ちは十分伝わったさ。何も気に病むことはない。」
「・・・・ありがとうございます。カイン、ボルス、そしてグリューゲルの勇者たちよ。わたしを信じて最後まで戦ってくれてありがとう。まだサルーンとカイ、リーネが戻ってきていないけど、本当にあなたたちの忠義には感謝しています。」
サルーンとカイを除く、セーナ十勇者はそれに応えるかのように揃って頭を下ろした。
「最後にライト、ごめんなさい。あなたには何も言わないで。もうすぐ結婚だって言うのに秘密事をしてしまって。ううん、それだけじゃない。私の勝手な思い込みで10万を越える人を殺してしまった・・・。」
もうセーナには次の言葉が出なくなっていた。
「セーナ、わかっているよ。それより疲れているんだろ。もう休んだ方がいい。あとは僕とアレス王、コープル卿で何とかするから。」
「でも・・・」
「いいから、いいから。」
ライトはカインに目配せして、ためらう彼女を自分のテントについて行かせた。まだガルダ退却戦が残っているが、この時点ですでに大勢が決まったといえる。この戦いはまた後に触れることになるが、とにかく『火城の計』から始まって、流星が降臨したガルダ聖戦はセーナの思惑までとはいかないが、大勝したこととなる。この戦いがセーナに与えた影響は計り知れないものになったのはいうまでもない。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月11日 01:00