ガルダ聖戦から3ヵ月後、セーナがガルダに来てからあと2ヶ月で1年が経とうとしている。開港当初は軍事目的だった北の港は今、ユグドラルとの交易のために利用されることがメインとなっていた。そのために戦時中のリーベリア大陸の中でもガルダ島は唯一、大発展を遂げることとなった。まるで20年前のユグドラル解放戦争中の、ティナが治世していた時のヴェルトマーのようである。良質の金属が他のガルダ列島から取れることを知ったセーナはその中心ガルダ島に武器鍛冶を広めていった。その結果としてセーナのゼノン救出の際に活躍した武器が生み出された。まさしくセーナの思惑通りの発展であった。そして今度はここでできた武器をユグドラルに輸出する。そうすることでガルダ・ユグドラル間の貿易も完成させることができた。農業生産に向いていないガルダはユグドラルに武器を輸出して、そのお金で不足がちな野菜などを買う。わずか10ヶ月の内政でガルダ島は自立への道をたしかに歩み始めていた。
しかし当のセーナはやはりお忍びでガルダ海岸にきていた。すでにガルダ島に来て以来、4度目である。他にもセーナが本営から抜け出したのに気付いて後を追ってきたミカやリーネ、レイラもいる。しかしその三人もセーナの口に乗せられて、今はセーナと共に海水浴をしている。というよりもそのつもりだったのかもしれない。普段なら影でセーナを護衛すべきフィードもゼノン救出時からこの四人が揃った時はよほど苦手なのか、姿をくらましている。しかしこの日は何かが違っていた。いつもは魚をとるために空を滑空している海鳥の姿はなく、セーナが自然の水族館とたとえたほど、さまざまな種類の魚が集まる浜は海藻が漂っているだけだった。もちろん何に関しても敏感なセーナがこの変化を見逃すはずがなかった。空を眺め、水中を泳いで、異変に気付いたセーナはすぐに浜にあがって何かの気配を探った。水着姿でうとうとしていたミカがセーナの様子に気付いて彼女の服とタオルを持って駆けつける。
「セーナ様、どうしましたか?」
タオルでぬれた体を拭きながらまだセーナははるか水平線をながめていた。その先にはアカネイア大陸がある。
セーナ:「何か、すごい物がこのガルダ島に向かっている、しかもすごい速さで。」
ミカ:「あの方向は・・・アカネイア大陸ですね。でもなぜここに?アカネイア大陸から来るのだったらウエルト王国の方が近いのに・・・。」
セーナ:「おそらく神君マルスの通ったようにこのガルダ島からリーベリアをうかがおうとしているのだと思う。でもまだその何かがアカネイアから来たものだとは限らないし・・・。」
考え込むセーナに今まで愛馬たちとスキンシップをしていたレイラとリーネが駆けつけた。彼女たちもユグドラル軍の勇者とは思えない、あられもない姿である。
リーネ:「セーナ様、何かよくわかりませんが、まず着替えた方がいいじゃないですか?」
レイラ:「そうですよ。ここはリーネさんと見ていますから。まずお二人で・・・。」
二人の勧めに従ってセーナとミカは着替えるために裏の茂みに入った。いつもなら水着をある程度、乾かしてからその上にいつもの服を着て、古城に戻っていたが、覗き見するフィードがいないとわかっているためにセーナとミカは茂みに入って着替えを始めた。もっともフィードが潜んでいてもミカによって黒焦げにされていたであろうが・・・。リーネとレイラがあの方向を見守る中、セーナとミカはそそくさと着替え終わって茂みから出てきた。
セーナ:「ずいぶんはっきりしてきたわね。レイラ、リーネ、あなたたちも着替えてきていいわよ。ペガサスたちは私たちが見てるから・・・。」
そういうとレイラとリーネはさっきセーナたちが着替えていた茂みに向かっていった。
ミカ:「セーナ様、さっきはっきりした、といいましたよね。私にはさっぱり感じないのですが・・。」
セーナ:「そっか、ミカは三精霊の動きしか感じられないんだったよね。あれは光の波動を放っているの。」
三精霊とは火のサラマンドル、雷のラモウ(地方によってはラムウと読む)、風のジルフェのことで光の精霊ウィスプや、闇の精霊ジェイドは含まれない。そしてミカはこの三精霊を極めた賢者であるために、光の波動を放つその物体を捉えるに至っていないのだ。逆にセーナは三精霊よりも光ウィスプを極めている。だから敏感に反応できるのだ。おそらく本営でもセーナと同じようにウィスプを極めたコープルが騒いでいるのかもしれない。
ミカ:「光の波動・・。ってことはアリティア連合王国の王族ですか?」
セーナ:「それにしても力が大きすぎる。なんとなくあの波動はナーガのにも似てるの・・・。それに異常に速い。」
セーナたちが推理しているうちにレイラたちが着替え終わり、茂みから出てくる。
リーネ:「お待たせしました、セーナ様。」
しかし次の瞬間、セーナが叫ぶ。
セーナ:「見えた!・・・・あれは・・・・神竜だわ。」
その言葉に反応してミカたちもはるか水平線を睨む。たしかにセーナの言う通り、何かが飛んでいるが、神竜とは断定できない。よほどセーナの感覚が研ぎ澄まされていたのだろう。しかし30秒後にはミカたちも十分に確認できるまで近づいていた。
セーナ:「まずいわ。このまま市街地に行かれれば、島民は混乱する。何とかしてこの海岸で止めなくちゃ。」
ミカ:「しかしどうやって。相手は神竜ですよ。」
セーナ:「決まっているでしょ。神には神よ。」
セーナが結婚式以来、ずっとしていた父の鉢巻をといた。そして再び恐ろしいほどの魔力が渦巻きはじめる。
「出てきて、光の神ナーガ。あの神竜を止めて!」
セーナの周りでとどろくオーラが収縮し、一気にセーナの持つ聖書から1頭の巨大な竜が現れる。ユグドラルでもっとも神々しい竜、ナーガが初めてセーナの手で発動する。
そしてこちらは神竜。もちろんナーガに気付かないほど、凡庸な者たちはいない。
「チキ様、あれは何ですか?」
神竜に乗っている三人のうち、唯一の女性ミリアが聞く。
『あれはユグドラルの聖十二神の筆頭、ナーガですよ。』
「あれがナーガ。でもどうしてこのリーベリアに?」
そして一番、りりしそうな青年が聞く。その名はリュート。アリティア連合王国の王族であり、将来有望な人間である。
『おそらく彼らもリーベリアの変動を聞いて駆けつけたのでしょう。待っていてください。今、ナーガと話してみます。』
ナーガとチキの交信を普通の人間が聞くことはまずできない、ナーガを発動しているセーナ以外は。しばらくしてリュートが聞く。
「何だって?」
『私たちが来たことでリーベリアの小動物を驚かしてしまったようです。私たちは目の前の海岸に降りましょう。』
「脅かしたって言うけど、俺たちは何もしていないぜ。」
そして最後にもっとも体格のいい男が言う。彼はラティ、アカネイアの傭兵王である。
『いいえ、私がいけないのです。ただ移動のために神竜石を用いてしまったから、異常なほどの光の波動がここの動物たちを驚かしてしまったんです。とにかく海岸に着いたら、神竜石を解除しますので準備をしておいてください。』
そしてナーガが消える。チキはガルダ海岸に着陸して、神竜石を解いた。リュートたちは荷支度が終わっていなかったのか、まだ荷物整理をしている。チキはすぐにこの光景を眺めていたセーナたちの元に向かった。
チキ:「あなたがナーガの継承者ですね。迷惑をかけて、申し訳ございません。私はアカネイアのマムクート、チキと言います。」
セーナ:「チキ! ということはあなたはあの神君マルスと一緒に戦ったっていう、あのチキ?」
チキ:「ええ、そうです。」
普段は人間の姿をしているが、もともと竜族であるマムクートは人が年齢を加えるペースよりもはるかに遅い。約600年前のマルス聖戦でまだ幼かったチキであったが、今ではセーナと同じ位の年齢に見える。
セーナ:「それよりも市街に突っ込まなくて助かりました。」
チキ:「しかしナーガが出てきたことは紛れもない事実じゃないですか?」
セーナ:「大丈夫ですよ。ファルシオンを復活させようとして失敗したことにして情報を流しますから。」
ミカ:「あのぉ、それではあまり効果がないと思うのですが・・・。」
ミカが小声で言う。しかしそれをかき消すような大声がチキの後ろから聞こえた。
「ファルシオン!」
さっきまで荷物整理をしていた3人が目の色を変えて、駆けつける。
セーナ:「えっ、ええ。この聖剣ティルフィングとナーガを合体させれば、ファルシオンになるはずなのですが、どうしてもナーガの具現化ができないので・・・。」
そう言って聖剣ティルフィングも出した。
チキ:「これが聖剣ティルフィング。ファルシオンと全く同じ形なのに、あの神々しさがなくなっている。」
セーナ:「その足りない聖なる力をこのナーガの力で補うのです。」
リュート:「でも本当にファルシオンが蘇るのですか?」
セーナ:「大丈夫ですよ。いつか私の手で蘇らせます。それよりあなたがたは?」
セーナを始め、ミカたちも当然のようにそれを感じていた。
リュート:「あっ、言っていませんでしたね。僕の名はリュート。一応、アリティア連合王国の王族です。そしてこっちがミリアで、こちらが傭兵のラティ。」
セーナ:「私はユグドラル大陸グランベル帝国皇帝セリスの長女セーナと言います。右から言いますと、シレジアの天馬騎士レイラ、私が指揮する精鋭グリューゲルの天馬騎士リーネ、そして同じくグリューゲルの賢者ミカです。もっとも私たちはお忍びで海水浴に来ていたのですが。」
セーナが苦笑いをしながら言う。
ミカ:「失礼ですが、あなた方はどうしてこのガルダ島に?」
ここでここぞとばかりにラティがでてきた。ここに来る前にリュートたちを説き伏せたのと同じ内容のことを言うが、
ミカ:「それならウエルトだって、あまり変わりませんよ。いいえ、ウエルトは今、治安が確立しているので、ここよりも情報は集めやすいでしょう。」
グリューゲルでもトップクラスの頭脳を持つミカの前には先ほどまで自信満々だったラティも打ちのめされる。
セーナ:「ミカ!ちょっと言い過ぎよ。すみません、ラティさん。」
フィードとは対照的に女性(人間じゃないチキと、リュートにすでに取られているミリアは除くらしい)に目を輝かせて生きてきたラティは
ラティ:「いやいや、あなたのような美しい人に頭を下げられては、このラティ、うれしい限りです。」
ラティ流のナンパである。ここでまたミカが水を差す。
ミカ:「セーナ様はもう結婚していますよ。」
ラティ:「何ッ!」
その直後、ラティはガルダの清らかな海に飛び込んだ。ミリアがリュートにつぶやく。
(どうしたんですかねぇ、ラティは。あんなに女性に興味があるなんて知らなかったですよ。)
(僕もさ。何かまずいものでも食べさせちゃったかな?)
しばらく沈黙が流れる。
セーナ:「・・・とにかく、これからはどうするのですか?」
ミリア:「どうしましょうか、チキ様、リュート様?」
リュート:「う~ん。よく考えたらお金もあまりないしな。」
セーナ:「もし寄るところがなかったら、私の本営で泊まりませんか?それにある程度なら私たちが手にした情報も教えられますよ。」
しかしここでまたしてもミカが小声で諌止する。
(セーナ様、まだ身元もはっきりしていない人をいれるのは・・・。)
(大丈夫よ。この人たちは悪い人たちではないわ。)
(でも、あのラティとかいう剣士、夜、寝込みを襲ってくるんじゃないでしょうか?)
(ミカ、大丈夫よ。彼よりもフィードの方が恐ろしいわ。)
この問答を見てリュートは
リュート:「何か不都合でも?」
しかしセーナはまた笑顔で
セーナ:「いえ、気にしないで下さい。それよりどうしますか?」
チキ:「リュート、どうせならご一緒しましょう。情報を得るためにここに来たんですから。それにせっかくのご厚意を断るのもどうかと。」
リュート:「そうだね。セーナさん、迷惑かもしれませんが、ご一緒させてください。」
セーナ:「いいえ、それよりもいろいろとアカネイア大陸のことを教えてくださいね。」
リュート:「ええ、構いませんよ。」
何はともあれユグドラル軍に4人のアカネイア大陸の勇者が加わった。セーナの夫ライトは彼らを大歓迎したのは言うまでもない。そしてセーナに一目ぼれしたものの、あっさりと撃沈したラティは今度、口撃手ミカにその標的を変えた。以後、セーナにフィードが付きまとうように、ミカにはラティが付きまとうこととなる。