ガルダ聖戦での完敗後、カナンとガーゼルはその後、一度も共同作戦を取ることはなかった。それはバルカ、ジュリアス両王子が対リュナン戦線をラゼリアから後退させたことからもはっきりしている。両王子はすでにガーゼルの傀儡となった父バハヌークを見限り始めていたが、まだ『決心』までに至るまでにはしばらく時間がかかることとなる。セーナのガルダ聖戦を口火として、リュナンとレンツェンハイマー、ホームズとシオン、セネト、リチャードとレダの魔獣、リーベリアで数々の決戦が始まっていた。
そしてこのガルダ島に3ヶ月ぶりの慌ただしさが訪れる。リーベリア上陸の時が迫ってきていたのである。そのために町からは今や見慣れる風景となった武器鍛冶の煙突から黒々とした煙を吐き出して、数多くの武器を作っている。後に全世界に使われたスレンドスピア(ピラムとは別系統の手槍)やルーンソードがそれらに含まれている。これらの武器により今まであまりいい武器を使っていなかったエーデルリッターの戦力は格段に増強され、クロスナイツに匹敵するものへと変貌した。さらにセーナはユグドラルでは重装騎士以外ではタブー視されてきた盾の不使用を打ち破り、グリューゲルやエーデルリッターの将兵たちに標準的に装備させた。最終的にガルダ軍の陣容は聖戦の時よりもはるかに充実し、もはやゾーア帝国でも撃破不可能と言われるまでの精強さを手に入れた。さらにアカネイアから駆けつけたリュートたちの参入もあり、名将は星の数ほどまでになり、良将などもはや数え切れないものになっていた。
ここはガルダ島の本営となっている北山裏の基地である。古城跡付近にはすでにセーナたちが手作業で一本一本植えた苗木が萌えている。
「フィード、これから話すことは真面目に聞いて。」
ライトもユリアも追い出し、周囲を他のセーナ十勇者で固められたセーナの自室にフィードと二人きりになっている。
「いつも真面目なんですがねぇ。」
と耳をかきながら言うフィードにセーナが怒る。
「フィード、ふざけないで!これからあなたにしてもらうことはユグドラルの運命を決めることなのよ。」
セーナの怒気にも似た言葉にさすがのフィードもグリューゲルの一人となる。
「ちょっと待ってくださいよ。今はリーベリアへの上陸じゃないですか、なぜユグドラルの話がでてくるんですか?」
「リーベリアの上陸だから、これからあなたに頼むことが可能になるのよ。」
「目を反らすということか?」
「そういうこと。」
「で、何をするんだ。業績トップの俺に頼むというのはよほどのことなんだな。」
「あるお方をシレジアのセイレーンに2ヶ月以内に連れて行って欲しいの。」
「うん?ずいぶん簡単な任務じゃないか。」
「そう見えるでしょ?でもこれを見て。」
セーナが地図のような物を出す。
「これがあなたに連れて行って欲しい人。そしてこっちはあなたにも大変ゆかりのある人。残りはみな、彼らを守護するもの、グランベル裏部隊の精鋭ガーディアンの精鋭中の精鋭ばかりよ。」
「ずいぶんと凄い防衛陣だな。しかしこれは皇帝が敷いたものだろ。お前が破っていいのか?」
「いいのよ。もうすでに彼らも兄様(マリク)の息がかかっているの。このままでいれば、生命の危険もある。」
「しかしガーディアンといえば、ユグドラル裏社会でもトップクラスの諜報衆じゃないか。どうしてそんな奴らがたかが二人を守護しているんだ。」
「それだけ二人がユグドラルの世界を変えてしまうかもしれない力を持っているのよ。ううん、力ではないわね、カリスマという名の影響力ね。」
「そんな帝王みたいな人はどこにいるんだ?」
「あれ、まだ想像できない。何も知らずに侵入するものも生きて帰って来ることができない場所。私が生まれた頃は『聖地』だったわね。」
「精霊の森か。」
セーナの祖父シグルドとディアドラが出会った森。セリス解放戦争直後はそのために新『聖地』となり、訪れるものが多くなり、そしてそこに住もうとする人間が増えたために、環境破壊を危惧したセリスが15年前に完全封鎖を決定した。しかし完全封鎖の原因は、今二人が話している、守るべき秘密が主原因であったのである。
「そうよ。そこに行ってほしいの。でも生半可なメンバーで行けば、容易に返り討ちされるわ。そこを考えてね。」
「了解。」
フィードは部屋を出て行く。それと同時に部屋を取り囲んでいたセーナ十勇者も各自の行動に戻っていった。唯一、セーナの身辺を担当することになっているミカは彼女の自室に入っていく。
「あのセーナ様、さきほど言っていた『フィードに縁ある者』って、もしかしてデュー様じゃないですか?」
「さすがミカね。それじゃ、もう一人のお方もわかるでしょ。」
「・・・・・セーナさまに『お方』と言わせるほどの人物などアルヴィス皇帝か『あの人』しかいらっしゃらないでしょう。しかしまだ生きておられるとは思いませんでした。」
「ティルフィングを持っていた『あの人』がファラフレイム一発で死ぬような人ではない。なのに当時の人々は容易に信じてしまった。それはティルフィングが『その人』の手を離れたから。信じるのも無理はないけどね。でもそれが『あの人』を伝説にした。」
「・・・・まだ信じられませんよ。」
すると部屋の外でコトっと音がする。
「! ミカ、また来たわよ。」
「またですか?これで12度目ですよ。セーナ様、すみませんがまた逃げますので。」
「どうして会ってあげないの?彼も本気だと思うけど・・・。」
「私だって、セーナ様と同じようにしつこい人は大嫌いなんですよ。わかりませんか?」
「気持ちはわからないでもないけど・・・。少し話をしてみたら?このまま逃げてても逆に煽っちゃうだけだと思うけど。」
「それはそうかもしれませんが・・・。」
「そうだ!今夜の壮行会で思い切って話し掛けてみれば?」
「・・・・セーナ様が、そう言われるのなら。でもあちらの方から来そうな気がするのですが。」
「そうね。壮行会は、フィードもいなくなるから、あの人の独壇場になってしまうかもね。」
ひとまずミカに話をつけたセーナはドア越しにいる剣士に向けて話し掛ける。
「そういうことだから、もうミカを追いまわさないでよ。」
するとドアにあった謎の存在感は消え去った。その剣士はアカネイアのラティであった。
その夜、ガルダの島民がお金を出し合って、ガルダ軍の壮行会が開かれた。開催直後、セーナは無礼講を唱え、一気に壮行会は盛り上がる。この時のセーナは珍しくドレスを着ていた。さすがに結婚式のウェディングドレスほど豪華ではないが、セーナが着ればどれでも華やかさが増す、結婚式とこの壮行会のどちらにも出ていた人の感想である。そしてこの壮行会でもっとも気になるのがミカとラティである。しかしセーナの淡い希望は一筋の光に破れてしまう。セーナはその光を見て、おもわずつぶやく。
「あ~あ。ミカは我慢できなかったようね。」
その光とはミカの十八番、スピードサンダーである。その名の通り、異常なスピードで放たれるイカズチである。セーナを狙う、ほとんどの諜報衆はこれにやられることからもかなりの威力も持つことがわかる。セーナの側近中の側近としてグリューゲル№0006をゲットしたのはこの技があるからと言っても過言ではない。
「セーナ、ミカがどうした?」
一緒にいるライトが訪ねる。
「えっ、こっちの事よ。こっちのね。」
とお茶を濁すセーナである。
一方、こちらはラティと同じようにアカネイアから来たリュートとミリア。あまりの急な展開でこういう時に着るものは用意していなかったために、二人もラティと同じように壮行会の会場の外にいる。
「リュート様、一つ聞いていいですか?」
「構わないけど。」
「ガーゼルを倒したら、どうするんですか?そのままアカネイアに帰るのですか?それともセーナ様についていって、ユグドラルでも見学しますか?」
「それなんだよ。僕もそれで悩んでいるんだ。ロプトウスを倒せば、またアカネイアも平和になるだろう。だから、今のところは、セーナさんと行動を共にしようかなって思っているんだ。」
言葉には表していないが、リュートはアカネイアに帰った後に生じるであろうアリティアの王位継承権でモメルことも危惧している。しかしミリアはすでにそれを直感的に感じている。
「それはたてまえでしょう?本当はアリティアの王位継承でロイト王子とモメルことから避けたいのでしょう?」
「君もセーナさんみたいに鋭くなったな。」
「この際に言っておきますが・・・。」
「ミリア、何度も言うけど、僕は王になる気はないよ。僕は直系じゃないんだし。」
「しかしそんなことをいえば、ロイト王子も直系ではないですよ。」
「だったらセーナさんに立ってもらうか?」
神君マルスの直系はユグドラルの度重なる戦乱で、アカネイア大陸に戻れずにいた。今の王子ロイトの先祖はその際に暫定の王となり、事実上、ロイトも『暫定』の王子なのである。そしてユグドラルに残ったマルスの直系は聖戦士バルドを経て、シグルド、セリス、セーナへと流れている。
「・・・・・今の言葉には少し失望しました。」
目に涙を浮かべてミリアは壮行会に戻っていった。それをただ眺めるしかできないリュートがいた。
「ダメですよ、女性を泣かせては。」
気がつくとさっきイカズチをラティに降らせたミカがいる。
「あなたはミカさん。」
「もっとも私がいう資格はないかもしれませんがね。」
「ちょっと言い過ぎですかね。」
「ううん。 かなり言い過ぎですよ。私もミリアさんと同じように臣の身ですからよくわかるんですよ。」
「セーナさんもそういうことがあったのですか?」
「何度もありましたよ。でもセーナ様は私たちが反対したことを強行したことは一度もありませんでした。リュート様、王位継承権を放棄するのは別にミリアさんからしても別にたいした問題ではないはずです。でもさっきの投げやりな態度にはさすがに私も一発打ち込みたかったですよ。もしセーナ様が同じようにいえば、私はグリューゲルをやめていたでしょう。」
セーナがいない時はいつも無口なミカが珍しく自分の意見を主張した。
「たしかにあの時の僕はかなりいい加減だった気がします。どうしてあんなことをいってしまったのだろうか。」
自問を始めるリュートにミカが促す。
「そんなことを考えていないで、早く彼女を追ったらどうですか?きっと待っていますよ。」
ミカのその言葉にリュートは彼女の後を走って去っていった。その姿を見届けたミカは
「フゥ~、たまには嘘もいいか。」
ミカの嘘、それはセーナが一度だけセーナ十勇者の諫言を無視したことがあったことである。このリーベリア派遣の際にグリューゲルをユグドラルに残して、セーナがコープルだけで行ってしまったことである。セリスの命令があったとはいえ、セーナを行かしてしまったグリューゲルはその後、シグルド2世のヴェスティア内政にも手を貸さず、最も無意味な時間を過ごしていた。セリスのイード戦役終結後に、セーナの送った援軍がガルダ島に戻ろうとした時、グリューゲルはこの機に乗じて共にガルダ島に向かい、ようやくホームズを会いに行こうとするセーナと合流したのであった。しかしミカはその嘘を突き通したのである。
「私もセーナ様のところに行かなくちゃ。」
壮行会に戻っていくミカの顔にはまたまた珍しく笑顔がこぼれていた。
壮行会はカインとボルスの酒の飲み比べで始まり、セーナ・ライト、アベル・ミーシャ夫婦の華麗なダンス、サルーンの剣の舞など、とにかく華やかであり、気がつけば、リュートとミリアも仲良く壮行会に参加していた。ガルダ島民もこの日は仕事を忘れ、日が出てくるまで時を忘れてはしゃいでいた。そして壮行会の最後には二日後のガルダ軍出発を前にして、セーナが建てた本営をガルダの長老に引き渡した。この本営は戦後、孤児院や学校として利用されることとなり、戦争孤児の大半をここで保護して新生グランベル帝国(ヴェスティア帝国)、自由カナン王国の共同管理のもと、不自由のない生活を保障したのだった。
そしてついに出発の時が来た。セーナの船出に、ガルダ島民を始め、ガルダ列島の他の島からもその報せを聞きつけ、多くの人がガルダ北の港に見送りに来ている。ガルダ列島は5万の人口であるが、この北の港にはその半分以上の3万人もの人がいる。それだけセーナの徳政に感謝したかったのだろう。中には別れを感じたのか、泣きはじめるものもいる。セーナは出発を30分遅らせて、最後まで熱烈な見送りを全身に受けつづけた。
リュートはセーナの乗っている船に相乗りしている。厳密にはミリアやラティ、チキも、ライト、ミカもいる。
「すごいですね、リュート様。10ヶ月の内政でこんなに人々が慕ってくれるなんて。」
「こんなに人々が喜んでいるのもアリティアでは見たことがないよ。セーナさんの内政がかなり凄かった証拠だよ。」
そしてセーナが出発の合図を送る。
『グリューゲル、エーデルリッター。カナン東部、旧バージェ公国へ向けて発進!』
ついに最後の巨星が動き始めた。北西からセネト率いる自由カナン軍が、南からはリュナン率いるラゼリア・ウエルト軍が、そして東からはセーナ率いるグリューゲルとエーデルリッターがカナンに侵入する。三方面からの大包囲にゾーアの傀儡カナンは滅亡の危機に瀕することとなった。