(おい!寝てるぞ。静かに動けよ。)
ひそひそ声で、眠りこけている魔竜クラニオンの前をホームズ軍の最精鋭が通過中だった。十二英雄によってつけられた傷ももはや完治しているかのように見え、魔竜とは思えないほど気持ち良さそうな寝顔であった。
(こんなのシャレになってねぇよ。)
(静かにしろよ。起きちゃうだろ。)
こんな時でもやはりホームズとシゲンはうるさかった。エリシャにギッと睨まれ、ようやく大人しくなったものの、まだじゃれあいは続いている。ホームズ軍はかろうじて半分がレダ古城に入り、ダクリュオン捜索に取り組み始めている。だが肝心のホームズ一行がクラニオンの目の前に来た時、こういう場面ではもう定番となったことが起きる。足音を立てずに進むホームズたちに風のいたずらか、急に風が吹き始め、それによってなびいたカトリの長い髪が後ろにいたホームズの鼻を襲ったのだ。もちろんその直後、ホームズの鼻がむずむずし始めたのは言うまでもない。必死にこらえるホームズを見て、様子が変だと見たシゲンがようやくその異変に気付く。
(ホームズ!こらえろ。)
シゲンが鼻を抑えようとしたが、もはや遅かった。
「ヘックショイ!」
くしゃみがレダの谷に響き渡る。驚いてホームズに振り返るエリシャやカトリ、顔を抑えるシゲン、笑ってごまかそうとするホームズ、次の瞬間、この4人はある一点を見ていた。
魔竜の瞳は開いている。しかも安眠の時を妨害されたためか怒りで目が血走っている。
「おい、まずいんじゃねぇか?」
「まずいってもんじゃないだろ。絶体絶命、万事休す、こんなもんじゃねぇな。」
「とにかく全軍撤退だ。」
前線にいるサン、フラウ、マーテル、ユニたちにこれを伝え、彼らを戻させるためにホームズたちは殿(しんがり)となってクラニオンを食い止めることとなる。だがそんなのは不可能に近かった。何しろ、あの十二英雄でさえ一傷与えるのに苦労したのだが、今度は十二英雄と近いものと言ってもヴァルスの子ホームズ、ヨーダの子シゲンしかいない。とても太刀打ちできそうにもなかった、ただ1人を除いては。
「おい、ホームズ。弓だ!弓で適度に間合いを取れ。」
「言われなくてもやってるさ!」
ホームズはブラードで作った弓ドラゴンアローを構え、10秒で8発もの早射ちをした。しかしそのすべてが鉄よりも固いことで有名な聖竜のウロコで阻まれて、まったく敵わなかった。それならではと、シゲンが愛剣デュラハンを繰り出して、猛然とクラニオンに突っ込むがこちらも大した戦果が上がらないのが実状である。幸いにもまだクラニオンが攻撃していないことが彼らを助けている。
「ホームズ、シゲンを退かせて。私がやってみるわ。」
そう言って前に出たのがエリシャである。雷神、もはやそう言っても過言ではないほどの魔力を持つエリシャをホームズは信じ、シゲンを退かせた。
『対なる雷よ。われわれを導きたまえ!
ブレンサンダ』
シゲンが退いている間に詠唱を読み終えていたエリシャは雷最強の魔法ブレンサンダを唱えた。そして2つの強力なイカズチがほぼ同時にクラニオンを襲う。その強力なエネルギーは遠くから見ているホームズたちもたじろぐほどだった。
「相変わらずすごいエネルギーだな。これなら何とかなるだろう。」
少し安堵するホームズたちの背後には複雑な表情でそれを見ているかトリの姿があった。
(私って、もしかして足手まとい?)
シスターとして戦うことができないカトリはただこれを見ているしかできなく、こう思うようになってしまった。それだけならまだ救いようがあるかもしれないが、次のホームズの言葉でわずかに残っていた希望も打ち砕かれる。
「何をしてるんだ、カトリ。今のうちに早く行け!」
カトリにはもうここから立ち去ることはできなかった。気がつくとカトリはその指にしていた指輪を見ている。
エリシャのブレンサンダでひとまず時を稼ぐことに成功し、古城にいたサン、フラウたちはもはや帰路についている。それを確認したホームズだが、まだこの場から退くわけには行かなかった。できるだけ引き付けておかなければ、いずれ追いつかれてしまうからである。
「無傷じゃないか!」
煙の中から姿を現したクラニオンを見て、シゲンが叫ぶ。それどころかブレンサンダの後からか時折電流が走っていて、ますます異様になっている。そしていよいよクラニオンの攻撃が始めようとしている。今までの借りを返すべく、十二英雄アフリードを重傷に追い込ませた物と全く同じ大火球を放った。その速度はブレンサンダのものとほとんど変わりはなかった。誰の目にも避けることは不可能だとわかる。
「こんな所で死ぬのかよ。」
しかしその火球はホームズたちのはるか前で突如炸裂した。というよりは何かがそれを防いだというべきか。何がどうなってんだかわからないホームズたちは
「どうなってんだ・・・・・・・・あれは!」
目の前でホームズたちを火球から守ったのはもう1頭の竜だった。もしやと思って、ホームズが後ろを見るとカトリの姿はなくなっている。
「あいつ、リングオブサリアをまた使いやがったな。」
聖竜ネウロン、サリアの聖竜が今、レダの魔竜に対峙する。今までの戦いではまず有り得ないことが眼前で展開している。この2つの竜の戦いはとにかく激しかった。片方が炎のブレスを吐いたかと思えば、もう片方はそれを凝縮した火球を放つ。一方が体当たりをしようとすると、もう一方は尻尾を上手に使ってそれを防ぐ。後ろで見守るホームズたちにもしばしば火の粉が飛んでくる。おそらくこの戦いはどの合戦よりも激しいのかもしれない。しばらくするとホームズたちの攻撃を受けていたクラニオンの方に疲労の色が見え始める。これを見逃さないのがホームズ。
「エリシャ、今がチャンスだ。もう一度いけるか?」
「平気よ。」
ホームズが弓を構え、エリシャが詠唱を唱え始める。グラムドとアーレスが連携技でクラニオンを退かせたのと同じようにホームズもエリシャとの連携技に全てをかけようとしている。
『ブレンストアロー』
ブレンサンダとドラゴンアローから発された矢が融合し、まさしく一本のイカズチと化した矢がクラニオンに突き刺さった。
勝敗は決した。クラニオンは頭部から血を出して、住みかに戻るのだろうかどこかに去っていった。一方のホームズたちもシゲンと、ネウロンから戻ったカトリは元気なのだが、あの大技を放った直後のためにホームズとエリシャがその場に倒れている。特にブレンサンダを2発も放ったエリシャは眠っていた。『クラニオン退く』の報せを受けて、また古城に入ろうとするサン、フラウたちを尻目にカトリはホームズとエリシャを介抱し始めた。その最中、ホームズは
「カトリ、もうリングオブサリアは使うなよ。」
と注意した。カトリはすぐに首を縦に振り、ホームズと約束を交わした。それからはホームズとシゲンのおちゃらけが再開し、元気こそないものの笑いが戻ってきた。これがホームズ軍の活力源なのかもしれない。
一方、負傷したクラニオンの元に思いがけない人物が訪れていた。ガーゼル教国教皇グエンカオスその人である。痛々しいクラニオンを見たグエンカオスは復讐に燃え、ガーゼルの大軍勢をレダの谷に呼び出して、ホームズたちへの大包囲網を築いたのである。一難去ってまた一難、いや状況はますます悪くなっているかもしれない。ホームズたちはそれを知らず、未だにダクリュオンを探していた。