カトリの故郷サリアでは長年にわたる内戦に決着をつけるべく、ついに動き始めていた。開戦からレオンハートと内通していた老将ザカリアは主君アハブに反旗を翻し、サリア国王を取り戻すべくサリア古城で大奮闘していた。
「何をしている!まだ国王を救い出せないのか!」
昔、本当の主君から賜れた銀の剣を振るうサリアの老将ザカリアは焦っていた。反乱を起こしてからすでに3時間経過していた。普通ならもう成功か制圧されるかのどちらかなのだが、今回はサリア国王の存在がそれを許さなかった。ザカリアの水面下の動きでアハブ軍の4割の兵が反乱を起こしたものの、残ったアハブ兵もさるもの。しっかりと「珠」であるサリア国王を守っていた。しかもアハブの裏には強力な魔道士が控えていたのである。
「それが異様に強い魔道士が通路に立ちはだかっていて、先に進めないのです。」
ザカリアの腹心がそばに来て、報告する。
「何っ!魔道士がいるという話は聞いていないぞ。それで、その魔道士は何の魔法を使うのだ。」
「そ、それが・・・。」
「黙っていてはわからんだろう!」
はっきりしない腹心の態度にザカリアの顔が紅潮する。
「サ、サンフレイムです。」
その言葉を聞いてザカリアの顔から血の気が引く。
「何ッ!それは真か。なぜ火の神官家がアハブについているのだ。」
「そこまでは・・・。」
「くっ!ここまで準備してきたが、そんな魔道士がいれば戦っても勝てん。ここはブラードのレオンハートの元まで行くぞ!」
反乱の手際も良ければ、引き際も見事だった。しかしアハブは裏切り者ザカリアを執拗に追い、今までレオンハートとの戦いにも使わずに温存していた天馬騎士団まで使ってザカリア軍を追跡した。ザカリアは部下のために自らシンガリとなって奮闘し、自ら負傷しながらもわずかの死者を出しただけでブラードへの逃亡に成功した。だが結果的にはザカリアは負けたのであった。
「何だ?何だ?何だ?何だ、この慌ただしさは。」
この口調は、もちろんホームズである。レダでの疲労をブラードで癒していたのだった。そして目を覚ましたホームズがまず見たのは広間を忙しく右へ左へ駆けてゆくサリアの神官たちの姿だった。昨夜、サリア古城から辛くも逃亡してきた兵たちを介抱していたのだった。
「ちょっとホームズ!邪魔よ。」
すぐ側をエリシャが過ぎていく。どうやらカトリがエリシャやプラムを誘って、治療に参加しているようだ。
「おい、エリシャ!どうしたんだよ、こんな朝から。」
まだ寝ぼけていて状況がわからないホームズはすかさずエリシャに聞いた。
「何を言ってるの?昨夜、ザカリア将軍の反乱失敗の話を聞かなかったの?」
「???」
「あぁ~、もう。他の誰かに聞いてよ!私は忙しいんだから。」
そう言ってエリシャは去っていった。ホームズは憮然としながらも偶然、通りかかったゼノを捕まえて、あらかたの事情を聞いてようやく納得した。
「なるほどな。で、カトリはどこにいるんだ?」
「カトリならザカリア将軍を見ているって。」
「そうか。ありがとな。」
そういってゼノを解放したホームズはカトリに会いに、ゼノから教えられた部屋へと向かった。途中で横切った広間にはザカリアを信じてついてきた兵たちがプラムや他のサリア神官たちの手当てを受けていた。
(火傷の兵士が多いな。アハブ陣営には魔道士までいるのか)
負傷兵達をざっと見て、ホームズはそこまで判断できるようになっていた。セネーを東進するリュナンと同じようにホームズの中でも才能が開花し始めていた証拠である。そういう間にもホームズはカトリのいるはずの部屋にたどり着き、ノックもせずに入っていった。
「あっ!」
まず急の入室に驚いたカトリの声が聞こえる。
「ホームズ!急に入ってきてどうしたの?」
その声には若干元気がなかった。
「うん、まぁいろいろとな。」
ホームズが適当に受け答えをしていると、ベッドで横になっていた老人が腰をあげた。ザカリアである。
「そなたがホームズ殿か。いろいろと活躍は聞いております。王女もいろいろと助けられたそうで、本当に感謝しております。」
その言葉にホームズとカトリの反応が両極端になった。
「はっ?王女?」
訳のわからないホームズに対して、カトリは慌てたように叫ぶ。
「将軍!」
「おや、ホームズ殿はまだ知らないのですか?」
「何が。」
「カトリ様は本当は・・・・」
「将軍!」
必死に制止しようとするカトリだが、ザカリアは
「いずれ言わねばならないことでしょう。それならば今のうちに言っておいた方がいいではありませんか。」
「でも・・・。」
まだ真相を聞いていないホームズはじらされていると思い、少しイライラしていた。
「あぁ~!もう、早く教えろよ。一体、カトリが何なんだよ!」
そう聞いてザカリアがカトリに目配せする。するとカトリは観念したかのように首を縦に振る。
「すまない、ホームズ殿。よく聞いていただきたい。」
「もともとそのつもりだけどな。」
「・・・あなた方がカトリと呼んでいるその女性は、サリア王国国王と王妃マリア様の間に産まれた子、つまりサリア王国の正統な王女である小マリア様なのです。」
しばらくの間、沈黙が流れる。カトリも治療してからしばらくしてザカリアから聞かされていたが、二度目でもまだ戸惑っているのか、少しうつむいている。
「それがどうしたんだ。」
ホームズの言葉が一気に沈黙を切り裂く。
「別に俺はカトリがサリア王女だってことには気付いていたぜ。」
「えっ?」
その言葉にカトリは驚いた。今まで自分でさえもサリア王女であることを知らないのに、(カトリから見て)鈍感なホームズが知るはずもないと思っていたからである。しかしホームズは続ける。
「昔、シゲンやゼノと一緒にサリア神殿に行った時、サリア王妃の肖像画があったんだ。それがカトリにすごく似ていた。それに聖竜ネウロンに転身できると知って、お前がサリア王女だろうとは感じていたのさ。・・・まぁ、だからどうしたって感じだけどな。」
「そなたは彼女がサリア王女でもいいのか?」
ザカリアの鋭い質問が飛ぶ。
「別に。だがな、カトリはカトリだ。自分の欲のために一族争いをする王国の王女ではないぜ。」
『カトリはカトリ』、ホームズの物とは思えない言葉。この言葉がさっきまで戸惑っていたカトリの心を動かした。
「ホームズ・・・。」
「おっと俺はまた昼寝してくるからな。それじゃ将軍さんよ、お大事にな。」
こういうシンミリとした雰囲気は好まないホームズは逃げるようにその部屋を後にした。しばらくしてザカリアがカトリに言う。
「素晴らしい人に出会いましたな。」
さっきの質問の真意は、ホームズの人間性を知りたかったためのものであった。そしてホームズのあの答えを聞いてザカリアはホームズの大器を感じ取ったのだった。
ザカリアの反乱失敗から2日後、ザカリアからの熱烈な推薦もあってホームズを総大将として新生サリア軍が発足した。突如としてこの大役を任されたホームズは何度も
「それだけは勘弁」
を連発したが、シゲンやエリシャたちにあおられては退くこともできなかった。不機嫌そうな顔をしたままのホームズを尻目に、3万の兵はサリアの真の中心、古城へと向けて進めていった。その間、ホームズとレオンハートはザカリアから例の魔道士についてのことを聞いて、いろいろと情報を探らせていたが、例の『火の神官家』の魔道士は行方不明になっていたことがわかっただけであり、そのほかのことはほとんどわからないままだった。そうこうしている間に軍は古城の手前について、いつでも進撃できるように準備はできていた。
「リシュエルよ。ザカリアの時と同様に、また仕事をしてもらうからな。あの老いぼれのように裏切るのなら、盗人の娘のことはあきらめるんだな。」
「・・・・・・」
ホームズ軍の布陣を見下ろして、アハブが例の魔道士リシュエルに言う。彼はザカリアの言うように確かに『火の神官家』の人間であった。ガーゼルとの抗争が激しくなっていた頃、リシュエルは不意を突かれ、敵のイビルワームによってリーヴェの大河にその身を落とされた。その後は女盗賊バドによって命を助けてもらったものの、彼を助けるための薬を得るために忍び込んだサリア古城にてアハブに捕らわれてしまい、彼女の命と引き換えにアハブの傭兵へと成り下がっていたのである。そしてザカリアの反乱も直前で食い止める働きをし、その能力の高さはすでに証明済みであった。アハブが去ったのを見て、リシュエルが深いため息をついた。彼とてガーゼル側につくアハブは立場上、本来は討つべき敵であることはわかっている。しかし時は彼の思いを聞いてはくれなかった。
そう総攻撃が始まったのである。ホームズ軍の先鋒といえばやはり魔剣士シゲンである。たとえサリア軍が入ってもそれに変化はない。ホームズ、エリシャの援護のもと、シゲン隊はザカリア反乱でまだ疲れの残るアハブ軍を相手に快調に進撃を始め、ついには古城の城門まで迫るに至った。だが今回も要所要所に配置されているものがいた。リシュエルである。限りなく近距離までおびき寄せられたシゲン隊はリシュエルの唱えるサンフレイムによって、数多くの死傷者が出始めた。だがこれも計算のうちである。じりじりと後退していくシゲン隊だが、1人だけ残るものがいた。この部隊長シゲンである。シゲンはリシュエルに一騎打ちを挑もうとし、魔剣デュラハンをシゲンに突き出していたのである。
(なるほど、将同士の一騎討ちか。それならこっちも歓迎だ)
人を殺めることをあまり好まないリシュエルもこの挑発に乗って、一騎打ちに答えた。といってもまだ20メートルぐらい離れているため、開始直後はシゲンの絶対不利は否めなかった。しかし俊足でならすシゲンはリシュエルのサンフレイムをミリ単位で交わし、最小限の動きでリシュエルに迫り、気がつくと二人の間合いはシゲンの得意なものに変わっていた。すると戦況はシゲンに傾く。魔剣士の異名で有名なシゲンである。『ストームブレイザー』『疾風斬』『烈風剣』など多彩な技を繰り出してリシュエルを斬りつけるが、対するリシュエルも戦巧者である。冷静にシゲンの剣の軌道を読んではシゲンとの間合いを取るためにたまにファイアーを唱え、魔道士に不利とされている接近戦もあのシゲンと対等に渡り合っていた。
この壮絶な一騎討ちの背後で、この戦いを決定的にすることが古城で起きていた。ウエルト解放戦争でも影でメルを救出し、リュナン軍を大勝に導いた(本人はそんなつもりはないらしいが)ホームズの配下?のナルサスが愛弟子バドを救い出していた。
「兄貴、急いで外に出してくれよ。」
「あのリシュエルとか言う奴か?あいつなら今、若(ホームズ)の軍と戦っているぜ。」
「そんな・・・。急いで、兄貴。これ以上、リシュエルに無益な戦いをしてほしくないんだ。」
「わかったから静かにしろ。見つかったら今度こそ、打ち首だぜ。」
さすがホームズ並みのカギ開け技術を持つナルサスである。すぐさま牢を開けて、隠し通路を通って、バドは城からの脱出に成功する。しかしナルサスは
「あとはお前でどうにかしろ。じゃぁな。」
と言って風のように去っていった。彼の腰にはリュナン軍から盗んだ軍資金の一部が入っているのであろう金貨袋が下げられていた。
(くそ、なんていう奴だ。間合いを開けても開けても詰めてくる。こうなったら・・)
まだシゲンとリシュエルの一騎討ちは続いている。周りでは体勢を立て直したシゲン隊とアハブ軍との戦いも再開している。リシュエルはこれ以上、戦闘を長引かせることの不利を悟り、策を用い、わざとシゲンの前で小さな隙を作った。いつもなら冷静に取り払うシゲンであったが、リシュエルを異様に警戒していたためか、このときのシゲンにいつもの冴えはなくリシュエルの誘いに乗ってしまった。そして渾身の力を振り絞ってデュラハンをリシュエルに振り下ろした。
「何っ!」
デュラハンがリシュエルを斬りつけたと思った瞬間、シゲンは目の前の光景を疑った。サンフレイムの魔道書がデュラハンを食い止めているのである。
「この魔道書は特別な力があるのさ。」
その言葉を聞いてシゲンは自分のしたミスに気付いた。しかしここは戦場、もはや後戻りはできなかった。
「悪いけど、君には死んでもらう。」
『サンフレイム』
次の瞬間、ホームズ軍の誰もがその目を疑った。灼熱の熱波がシゲンを包み、次に起きた熱風によってシゲンは火だるまになったまま遠くまではじき飛ばされた。もちろんホームズもこれを見逃さなかった。
「シゲンッ!」
ホームズは持ち場を捨ててシゲンを救おうとするが、エリシャが制止する。
「ホームズ、気持ちはわかるけど、まず撤退が先よ。」
指揮官たるもの冷静さを失えば、その後立ち直れないほどの大敗を喫することは稀ではない。エリシャはそれを心配して言ったのだ。
「うるさい!今、行かなければシゲンが死んでしまうぞ。」
「落ち着いて、ホームズ。今、撤退しないとまだ前線にいるゼノも同じ目に遭ってしまうかもしれないわよ。それでもいいの?」
「・・・・・くっ!わかった。全軍撤退!」
ホームズの号令で全軍は潮が引くように古城から去っていった。完敗であった。
今回の戦は序盤こそ絶対優勢だったホームズ軍が、リシュエル1人のために覆されてしまった物となった。リシュエルのサンフレイムと退却時の追撃で5千人の兵が死んでしまう大被害を受けた。いや、それよりもホームズ軍の最大の痛手はもっと別のところにあった。目の前で苦境を共にしてきた親友の火だるま姿を見たホームズが暴れ始めたのである。特にリシュエルと深い縁があるバドがホームズ軍の陣に着いた時のホームズの怒りはすごいもので、ドラゴンアローで彼女を狙おうとしたほどだった。カトリ、ゼノ、エリシャの努力でどうにかホームズを落ち着かせることはできたものの、まだ興奮は冷ますことはできない様子であった。ホームズが冷静を取り戻すまでの3日間、ホームズ軍のほとんどの者は不安な日々を送ることになる。
そしてサリア古城から少し離れた森の中。
「いた!・・・・・まだ息があるわね。あなたをこんな所で死なせるわけにいかない。絶対、助けるわ。」
黒衣をまとう1人の女性はその重傷を負った剣士を担いで、深夜の森に消えていった。