あれから、ホームズ軍は数日かけて古城南部の森林を探したが、シゲンは行方不明のままだった。不思議に思う者や、すでに灰になってしまったと思う者、とにかくいろいろな噂がここ数日のホームズ軍に流れている。そして親友を目の前で失ったホームズはここ数日、感情の変化が異様に激しかったが、シゲンの捜索を打ち切った頃までには辛うじていつものホームズに戻っていた。しかし何かのはずみで急に静かになることもあり、しばらくはゼノやカトリにとって気を使う日々を送ることとなった。結局、ホームズがいつものようになるまでには1週間かかって、どうにか心身安定となった。その間、ホームズ軍はサリア古城の前で陣を張ったまま動くことはできなかった。しかし対するアハブ軍はなぜか仕掛けてこない。これにはバド脱走をリシュエルに悟られまいとして、いろいろと彼に奔走されていたためであった。もしくはあの戦で結果的にはアハブ軍は勝ったのだが、それはあくまでリシュエルがシゲンを倒しただけであって大局的には大敗しており、ホームズ軍に仕掛けるほどの余裕もなかったことも影響している。
一方、バドを保護し、ホームズも冷静さを取り戻したブラード軍はいよいよ最後の決戦へと動き始めている。ブラード兵たちは自分達の武器の手入れをし、神官たちは前回のシゲンのようなことのないように万全の態勢を整えている。しかしその水面下でレオンハートやザカリアがホームズたちと共に、シゲンを破った魔道士リシュエルを取り込むべく知恵を絞っていた。こちらには彼の命の恩人バドがいる。あとはどのようにしてリシュエルと接触させるか、であった。しかし
「俺はあいつを仲間にはする気はない。今度見つけたら、この弓で・・・。」
やはりホームズが納得していないのである。しかしレオンハートたちは
「ホームズよ。気持ちもわかるが、今、彼を敵にすれば、またシゲンの二の舞になる者が現れてしまう。ここは私情を挟んではならない。」
というしかなかった。
「ああ、あんたの言うことは正しいさ。だが・・・・。」
またホームズは数日前のように黙り込んでしまった。
「ホームズ・・・。」
ここ一週間、ずっと側にいるカトリが心配する。彼女もシゲンの失踪に心を痛めているが、シスターとして自分よりももっと痛めているホームズの心を癒していた。
「まぁ、仕方がないだろう。それしかアハブを倒す手段がないなら、そうするしか・・。で、どうやってバドを古城に忍び込ませるんだ?」
予想外の切り替えの早さにレオンハートたちは驚くしかなく、一言も発せなかった。
「おいおい、黙ってないで何か言ってくれよ。古城のことならあんたらの方が詳しいんだから。」
ここでようやくザカリアが我に返る。
「おお、そうでしたな。やはり彼女が古城から抜け出た隠し通路を使って、忍び込むのが
安全だと思うのですが。」
「だがそれだとリシュエルのいるところまで遠すぎないか?」
「彼女の素早さをもってすれば、その心配は無用でしょう。アハブ兵は前の戦で優秀な者はほとんど討たれているので。多少我々本隊が仕掛ける気運を敵に見せていれば、我々に備えるために大半の兵力を外に向けることで彼女も動きやすくなることでしょうし。」
「俺もその方がいいと思っているのだが、どうかな?」
レオンハートもザカリアの案に賛成派である。
「ライオンがいうのならいけるかもな。」
これにレオンハートは目を点にする。
「ライオン?」
「だってlionheartでレオンハートだろ。だったらライオンじゃないか。」
これを聞いて、後ろにいたカトリやゼノがくすくすと笑いはじめる。一方でキツネにつままれたような顔をしているレオンハートもいる。とにかくいつものホームズが戻った証である。
「まぁ、適当にやってくれ。俺は少し寝てる。」
そう言って本陣を出て行った。後にはカトリもついていく。残ったレオンハートとザカリアは苦笑いしながら話し始めた。
「さすがヴァルス殿のご子息ですな。」
「ああ、あの明るさがあるから王女を始め、多くの者が彼についてきているのだろう。」
「カリスマですな。」
そしてその日は来た、サリアに光が戻ってくる日が。古城の手前ではホームズ率いるブラード本軍は古城の手前に布陣し、攻めかからんと意気揚揚と声をあげる。これにサリア古城に篭もるアハブ軍はブラード軍に対応すべく、全ての兵を城壁に集結させる。しかしブラード軍は意気を見せながらも全く攻め寄せようとはしなかった。それどころか城外におびき出そうとする挑発をする様子もない。これにはアハブ軍の兵士達も互いに顔を見合わせては不思議に思うのだった。そしてこの光景が30分続いた後、突如城内から巨大な火柱が上がる。そしてこれを合図にブラード軍の総攻撃が始まった。城内からあがった火柱と自分たちよりも数倍もある敵軍の総攻撃を前にして、城兵たちは浮き足立ち、我が先にと逃げ始める。ブラード軍はそんな兵には構わず、まだ戦意のある兵のみを相手にして突き進んでいく。しかしあの火柱はなんだったのか。
それはブラード軍がまだ布陣中の頃、バドはナルサスと共に抜け出した隠し通路にまた戻ってきていた。もちろん今回は護衛としてゼノもついてきている。手はずどおり、隠し通路を進んでいくバドたちの耳に遠くにいるであろう、アハブ兵の声が聞こえる。
「おい、集合命令だ。ブラード軍が古城に迫っているようだぜ。」
「ずいぶんと時間がかかったが、また退かせてやろうじゃないか。」
そう言って意気揚揚とその兵たちは城壁の守りに向かって行った。バドとゼノはお互いに合図を送って、さらに奥へと進む。するとバドにとって見覚えのある服を着ている者がいる。
「リシュエル!」
口より先にもう足が駆け出していた。その声に気付いて、その青年も駆け寄ってくるバドの方を向く。
「バド!」
しかしそこにいたのはリシュエルだけではなかった。アハブの兵士も1人残っていたのだ。
「賊だ!」
しかしそう言った直後、その兵は前に倒された。彼の背後に現れたのはさっきまでバドより後ろにいたゼノであった。
「バド。急に大声を出さないでよ。」
「ごめんよ、ゼノ。」
その言葉にリシュエルも反応する。
「その言葉は、やっぱりバドなんだな。でもどうやって助かったんだ。」
そこはゼノが事情を簡略に伝える。バドだといろいろと時間がかかりそうだからである。そしてバドが言う。
「リシュエル~。お願いだからアハブに味方しないでよ~。一緒に戦おうよ。」
「ああ、君が助かったとわかればアハブへ付く理由もなくなった。だけど、ホームズは僕を迎え入れてくれるのだろうか?私は彼の親友を殺してしまったのに。」
「大丈夫だよ。まだシゲンさんも死んだって決まったわけじゃないんだもん。」
「えっ?」
「といってもまだ見つかってないだけどね・・・。それにホームズだってアハブを討ち取ってくれれば、受け入れてくれるって。」
「そうか、わかった。それじゃ、あいつのもとに行くか。」
「本当?」
ここに火の神官家リシュエルがここに加わることとなった。
「なっ、何事だ!」
火だるまになった兵がアハブの前に現れた。
「こういうことさ。」
そしてリシュエルが現れる。もちろんバドとゼノも一緒にいる。
「! 貴様、どうやって牢屋から抜け出したのだ。」
「これから地獄に落ちるお前が聞いてどうするのだ!ホームズはお前の命を奪えば、私のような者も迎えてくれると言ってくれた。今こそ今までの罪滅ぼしをさせてもらう。」
そしてリシュエルの魔力が解き放たれる。
『炎の精よ 汚れた魂を燃やし尽くせ』
「く、くそ。こうなれば相討ちだ。」
勇者の剣を持って、猛然とリシュエルに斬りかかるアハブ。しかしシゲンですら斬れなかったリシュエルにアハブが傷つけることなできるはずもない。あっけなく剣をリシュエルに受け止められ、ついに最期の時がきた。
『サンフレイム』
その直後、断末魔の叫びが玉座の間に響き渡る。そして強力な炎は天井を貫き、巨大な火柱となってこのサリアを見据えることとなったのだった。
全てが終わった。十数年にも及んだサリア内乱は火の神官家リシュエルとヴァルスの息子ホームズの手によって解放された。ホームズはゼノから事情を全て聞いてからリシュエルに会った。やはり事情が事情だからか、リシュエルは顔を伏せている。
「お前がリシュエルか。ずいぶんと勝手なことをしてくれたよ。・・・・・だがお前が味方になってくれなければ、俺たちはアハブに勝てなかった。これからは、よろしくな。」
この最後の5文字はホームズがもっとも口にするのも嫌がる言葉である。実際、この大戦が始まってから一度も発していないのである。シゲンを失わせたことを割り引いてもリシュエルの功績は第一の功であったことを示すとともに、これから共に戦うであろう仲間への挨拶としてホームズが言ったのだ。とはいってもリシュエルはリュナン軍との合流後、リュナン軍の魔道士として活躍していくことになるのだが・・。その言葉に心を動かされたリシュエルが何か言葉を言おうとしたらホームズは
「さぁて次は国王を出してあげないとな。ザカリア将軍、案内頼むぜ。」
といって、そそくさと行ってしまったのである。少し唖然とするリシュエルだったが、次の瞬間には彼の顔に笑顔が戻ってきていた。
「あっ!リシュエルが久々に笑ってくれた。」
彼の顔をまじまじと覗き込んでくるバドに気付いたリシュエルは顔を真っ赤にしながら、顔を彼女の熱視線から反らした。そして言う。
「何でだろうな。こんなに清々しい気分は久しぶりだな。」
「お~い、お~い、リシュエル~ゥ、どうしたの~?」
リシュエルの周りをまわって、その時のリシュエルの反応を楽しむバド。新たな迷コンビの誕生なのだろう。そして
「カトリ、早く来いよ。助けたいって、言ったのはお前なんだからな。」
ホームズの声がサリア古城に響き始める。