アハブ死後、レオンハートは彼の自室で一通の手紙を見つけた。それはまさしく今この場にいるレオンハートにあてた物であった。その手紙は大体、次のような内容だった。この手紙でアハブは、サリア国王の自分に対する仕打ちと、その器量の狭さを述べて、王女、つまりカトリを第二のクラニオンにさせないようにするために武力に出るしかなかった。そしてこの内乱後、レオンハートにサリアの全てをゆだねるとつづられていた。アハブも結局はサリアの未来を憂う人だったのかもしれない。そしてサリアのために自らの手を汚してまで国を変えようとしたのだった。思いもよらぬ内容にしばし我を忘れるレオンハート。しかしアハブの部屋を出てからのレオンハートの顔には『草原の狼』の風格が漂い始めていた。今、サリアの古き時代の象徴だった、この古城はこの戦を契機に廃城となり、新王都はレオンハートの根拠地で、現在、南の自治都市セネーに匹敵するほどの都市に成長していたブラードとなることとなった。サリアは再生への道を今、歩み始めた。
そしてこちらはホームズご一行(メンバーはホームズ、カトリ、ザカリア、エリシャ、ゼノ)。ザカリアの案内でサリア国王が囚われているであろう地下牢に向かっていた。しかし予想以上にその道の状態は悪く、ガーゴイルまで現れる始末だった。幸いにもカトリ以外は第一線の勇者ばかりだったため、まったく気にせずに進むことはできたが、内心、サリア国王夫妻が無事でいるのか、という疑問でいっぱいだった。そんな一行の前にぼんやりと明かりがともる部屋が見えてきた。ホームズがカトリの肩をポンと叩いて、先頭で行くように促す。そしてカトリがその細い腕で重厚な扉を開ける。
「誰だ!アハブの手のものか?」
その直後、部屋の中から一際、大きい声が飛んできた。中を覗き込むホームズの目の前に映っていたのは夫人をかばいながら、こちらを睨みつけるサリア国王の姿があった。よく見ると、以前ホームズが言っていたように王妃マリアの顔はよくカトリに似ていた。
「お父様。お母様。」
カトリの言葉に今まで後ろに控えていたマリアが前に出る。
「もしかしてあなたは私の娘なの?」
「だまされるな!どうせアハブの小細工であろう。」
「そんなはずありません。この子は私の子です。そうでしょ?」
カトリは目に涙を浮かべながら首を大きくうなずく。
「ああ、やっぱりそうだったのね。ユトナ様、ありがとうございます。」
そしてカトリの背後でホームズがささやく。
(せっかく会えたんだから、もっと近くに行ってやれよ。)
これほど優しい言葉を放つホームズも珍しいが、カトリはそんなことを気にもせずマリアに飛びついた。
「お母様。」
十数年ぶりの再会だった。
「そうか色々とお世話になったようだな。まさかヴァルス殿のご子息が何の縁のないこのサリアを救ってくれるとは思わなかったが。」
国王と王妃はエリシャやゼノ、ホームズの護衛のもと、古城に戻ってきた。しかし国王は長い監禁生活で足腰が弱っていたため、古城に戻ってすぐ、適当な寝室で横になっていた。
「親父の名を出すのだけは勘弁してくれよ。」
「それよりこれからどうするつもりだ?」
「せっかくサリアまで来たんだ。少しのんびりしてからグラナダに向かおうと思っているが・・。」
「それならここより東にあるサリアの隠れ里に行かれるがいいだろう。あそこは火の神官家のクラリスがおられるから、ずいぶんのんびりできるはずだ。」
実はこの頃、そのサリアの隠れ里はガーゼルとリュナン軍の死闘が繰り広げられていたが、戦後まもないこのサリアにその情報が来るのはかなり後のことになった。
「へぇ~、隠れ里か。確かにのんびりできそうだな。どうせなら国王もそこに連れて行ってやるぜ。のんびりできるなら、こんな所よりもそういうところの方が体力は回復しやすいからな。 それよりも約束してくれ。これからはカトリを政争の道具に使用しないでくれ。あいつにはそれが一番似合っているからな。とりあえずしばらく国王代理はあのライオンにしてもらいたい。」
「ライオン?」
「あ、レオンハートのことさ。」
そう言われれば、さすがに国王、理解が早かった。笑いながら国王は
「そういうことか、約束しよう。レダのようなことは絶対にさせはしない。」
と快諾したのだった。
「それを聞いて安心したぜ。それじゃ、出発は3日後にするか。カトリ、ゆっくりと親子の時間を楽しめよ。」
そう言って、ホームズはゼノやエリシャと共に部屋から出て行った。それからその部屋からはカトリの声がしばらく絶えなかったらしい。
サリア最終戦でホームズ側についたことで彼らに勝利に導いた火の神官家リシュエルは妹メリエルの行方を探していたことがようやく明らかになった。マールに上陸してからリュナンとの連絡をそれなりにとっていたホームズはメリエルの存在を知っていたためにリシュエルをリュナン軍が休養しているというサリアの隠れ里まで同行させることにした。仮にも親友シゲンを討とうとした者を誘うなど、普通の人からすれば有り得ないだろう。何だかんだいって父ヴァルスを毛嫌いするホームズも、その気の良さはしっかりと遺伝しているようであった。
そして出発の時が来た。アトロムの姉レネを救うためにダクリュオンを取りに来ただけのホームズだったが、魔竜クラニオン、新たな仲間たちとの出会い、そして親友の行方不明、とにかくいろいろな出来事があった。特にホームズ、カトリ、ゼノたちにとっては非常に大きなことばかりだったが、逆にそれらが彼らを大きく成長させた。一際ゼノの成長には著しいものがある。シゲンの離脱後、ホームズ軍の先鋒として奮闘するようになってから、彼は花が開いたように一気にその才能を開花させた。他にもエリシャやサン、フラウなど急成長を遂げつつあるものも多く、ホームズ軍は一大兵団へと変化していた。
そんなホームズ軍がサリアの隠れ里に向かう途中に差しかかったのが封印の谷であった。クラニオン暴走で荒れてから急増した魔物を防ぐために、その名の通り封印された地である。この近辺に巣食うガーゴイルの大群がホームズたちに襲い掛かってきたが、ホームズやレオンハート、サンにフラウ、さらにはエリシャ、サムソンら、キラ星のごとく名将の多いホームズ軍の前に無残な屍を積んでいくだけだった。サリアの隠れ里まであと少し。