サリアの隠れ里、そこはサリア内乱の際には中立という立場を貫き、荒廃した土の神殿からあふれ出た魔物たちと戦ってきた義勇軍の本拠地であった。しかしリングオブリーヴェを求めて、突如として襲撃してきたガーゼル軍によってほぼ壊滅状態に陥っている。今は、ガーゼル軍を追い払ったリュナンの手によって急速に復旧しつつあるものの、バルト要塞の攻防を終えたばかりのリュナン軍の疲れがピークに達しているためになかなかはかどらないのが現状であった。だがサリアにはまだ女神ユトナの加護があった。リュナン軍の隠れ里解放からちょうど1週間後、サリア内乱を収めたホームズ率いるサリア軍がこの里に入ってきたのである。人員が数倍となり、復旧作業はようやく軌道に乗り始めた。
そしてここはまだ戦の傷跡の残る隠れ里西部に広がる森である。ユグドラルの皇女セーナによってリュナンの影の剣士として数々の武功を挙げ始めているパピヨンがここで毎日恒例となっている修行をしている。まれにナロンやサーシャと一緒にすることもあるようだが、今日のところは1人で黙々とやっていた。
「やはりお前はアルドだな。」
突然、パピヨンの背後から声がする。パピヨンはまったく表情を変えずに
「一度殺した男に何のようだ。」
と言い放った。すると背後からホームズ軍にいたヴェガが出てきた。彼も影の剣士として数々の活躍をしてきたが、途中加入した盗賊剣士クリシーヌの工作でシゲンとの壮絶な一騎討ちをした過去も持ち、あまりホームズからは良いイメージを持たれていなかった。そしてこのパピヨンこそ、ヴェガとシゲンを戦わせたクリシーヌの恋人アルドであった。さらにヴェガはアルドをクリシーヌの目の前で斬っていた。もちろんこの行為がクリシーヌにヴェガに対する強烈な恨みを持たせ、ヴェガと対等の力を持つシゲンを頼って、彼を倒させようとしたのは言うまでもない。しかしまだアルドはクリシーヌがこの隠れ里にきていることを知らなかった。
「どうやって生き返ったかは興味ないが、どうやら剣の腕はかなり上がったようだな。」
「またヤるのか?」
「そんな恐い顔をするな。俺はここで適当にやっているだけだ。前みたいにどこかの飼い犬ではない。」
「だがやりたいオーラがプンプンしているな。」
パピヨンは苦笑しながら、ルナの剣を構える。
「やめとけ、今日は連れがいる。」
するとヴェガの背中から見覚えのある女性が出てきた。それに気付いたアルドは驚きのあまり愛剣を落としてしまう。
「ク、クリシーヌ・・・。本当にお前なのか?」
もちろん対するクリシーヌも驚いて言葉が出ないでいた。
「どうして生きているの?だってあなたは首を取られて・・・・。」
この頃にはアルドも冷静さを取り戻していた。
「ああ、たしかにあの時はこのシュラムのさびとなった。だが、ある人のおかげで生き返ることができたのだ、パピヨンとして。」
「パピヨン?どういうこと?」
アルド、いやパピヨンの言いたいことは、今はもうパピヨンとしてリュナンやセーナのために1人の剣士として尽くす、ということである。クリシーヌの知るアルドはすでにあの時に死んでいたのであった。もちろん今のクリシーヌにその真意を感じ取ることはできない。そんなクリシーヌを知ってか知らずか、パピヨンは彼女に背中を向けて去っていく。
「待って、アルド!お願い。」
しかし、ついにはパピヨンはクリシーヌの視界から消え、昼でも薄暗い森の奥に消えていった。ヴェガは気付いていた、あの剣士の顔からわずかな木漏れ日に光る雫が落ちていることを。
さらに場所が変わって、隠れ里の中心的存在となっている神殿の中。イスラ島を発って以来、しばらくは直接会っていなかったリュナンとホームズがほのぼのと談笑している。もちろん多少、シゲンの話になることもあったが、ホームズはリュナンたちにあまり気を使わせないようにするためか、できるだけ早く話題を変えている。リュナンもそれを感じているのか、あまり深く入ることはなかった。
「いよいよリーヴェに行くのか?」
いよいよホームズが核心に迫る。すると今まで暇そうな顔をしていたオイゲンが目を輝かせて、少し前にでる。でもすぐリュナンが
「まずはゼムセリア攻略だよ。」
「ゼムセリアといえば、あのバカ軍略家か。お前なら楽勝だろ。バルトでだって、あんなに簡単に打ち負かしているんだから。」
「いや、今度はあのリーヴェ河が戦場になるから厳しい戦いになると思うんだ。」
「あそこはバルト要塞ほどでないにしろ、重要な場所だからな。あいつでも守ることぐらいはできるか。」
「ところでホームズは?」
「あ、考えてなかった。」
これにはリュナンも苦笑いするしかなかった。すると部屋の外から声が届く。
「どうしてグラナダに戻るって、素直にいえないかね。」
それはシゲンのものとよく似ている。
「誰だ?シゲンの真似する奴は?」
ホームズがからかおうとすると、ドアが開いて黒き剣が姿を現す。
「そうそう、姿まで似ていて、通りがかった奴がみんな驚いて、もう大変だったぜ。」
すでにカトリやゼノは彼のことを確信している、もちろんホームズも。しかしホームズは相変わらず、
「本当によく似ている模造剣だな。」
さすがにこの剣士もばつが悪いようで、ようやく観念する。
「おいおい、そろそろいい加減に感動してくれよ。せっかく戻ってきてやったんだぜ。」
まさしくデュラハンを持った魔剣士シゲンである。
「誰も戻って来いなんて言ってねぇぜ。」
ここでカトリも加わる。
「でもホームズって、シゲンがいなくなってから、ずっと『シゲン~』って言っていたのに。」
これにはホームズも顔を赤らめる。シゲンはもとよりリュナンたちがくすくす笑い始める。
「コラ!リュナンたちがいる前でそんなこと言うな。」
そしてシゲンがホームズに絡む。
「やっぱ、おれがいないと辛かっただろう?」
「馴れ馴れしいぞ。それよりも今までどこにいたんだ。」
「ああ、こいつに助けられてから、ずっと封印の谷にいたんだ。」
シゲンの後ろには黒衣に包まれた魔女の姿があった。
「こいつはシェラといって、古いなじみだ。見たとおり闇魔法を使う魔女だが、もう洗脳も解けているから大丈夫だ。だからこいつをここに置いておいてもらえるか?」
「まぁお前が面倒見るなら構わないぜ、俺は。」
結局、このときシェラは一言もしゃべらなかったが、自分の居場所ができてやはりうれしかったらしく、しばしば笑みをこぼしていた。とにかくもホームズ軍最強の剣士が今日、復帰した。まだサンフレイムの焦げ跡は少し残っているものの、相変わらず剣の腕は冴えていた。
ここはリュナンたちのいるところとはまた別の一室。メリエルとリシュエルの兄妹が何年かぶりの再開を楽しんでいた。珍しくエンテもリュナンを離れてその光景を見守っている。
「お兄様、なんで連絡をくれなかったの?みんな心配していたんだから。」
涙に目を潤ませながらメリエルがリシュエルに話す。
「すまない、メリエル。だけどどうしてもできなかった。何しろ記憶が飛んでいたのだから、といっても言い訳なのかもしれないけれど。」
「お願いだから、もう1人で行かないでよ。」
「わかった、約束する。それよりメリエル、老師から預かっているものがあったんだ。」
そういって少し古びた感じの魔道書を取り出した。老師とはリュナンの父グラムド、ホームズの父ヴァルス、サーシャの父ロファールらと共にリーベリア解放戦争で活躍したマイオス老師のことで、メリエルやリシュエルの祖父にあたる。
「これって、水の神官家に伝わる最上級魔法オーラレインじゃないの?」
「そう、強大すぎる力を持つゆえ、父上には託せなかった魔法だ。それがお前に託すように言われていたんだ。この意味をわかっているな。」
「はい、私、マイオス老師の意志を裏切らないようにします。」
ここにも新たな力が芽生え始める。
それから二日後、隠れ里の復旧が1段落して、大規模な宴会が行われた。シゲンとホームズは特に大騒ぎを始め、それとは対照的にリュナンとエンテは静かだった。いやエンテが控えめになっていると言ったほうが正しいのかもしれない。逆にバルト要塞の戦い以来、リュナンとサーシャの仲は急速に温まっていき、今回の宴会でもほとんど一緒にいた。クライスやアーキスらラゼリアの騎士たちは2人の仲を噂し合い始めていた。
大盛況に終わった宴会の翌朝、リュナン軍はそそくさと旅立ちの準備を整えて、バルトへ戻るべく出発した。リュナン軍に戻ってきたクライスとアーキスを先鋒にして、ホームズが起きないうちに出発していった。ホームズ軍もその次の日に出発し、ブラードでまた凱旋を祝う宴会を開いてからマールを経由してセネー海に戻っていった。ここからユトナ同盟軍の大反撃が始まる。