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 各地で英雄がその歩みを再開したころ、ガルダを治めていたセーナがこの日、リーベリア大陸の土を踏んだ。上陸したのはリュナン軍で知勇兼備の活躍をするラフィンとシャロンの故郷バージェ公国。南カナン連合帝国を構成する一小国であった。もともと南カナン連合帝国はソフィア大帝国を中心とした連合国家で、バハヌークの長女レシエがソフィア帝国に養女入りするまでは北部カナン王国からも独立していた勢力で、その実力はカナン王国と拮抗していた。レシエの養女入り以降、カナン・ソフィア連合軍のもと、南カナンの反ゾーア勢力は次々とその圧倒的な戦力差の前にゾーア帝国の軍門に下ることになった。そして抵抗したものはゾーアの流刑地に送られ、残されたものは過酷な重税と強制労働で虐げられ、まさしく地獄そのものだった。
アレス直属のクロスマリーナの軍船によって渡海を終えたグリューゲルとエーデルリッターはまずバージェ領を制圧した。コンドル部隊やシオン竜騎士団らソフィアの精鋭たちはすでにリュナンやホームズたちとの戦いのためにここを離れているので、セーナたちガルダ軍にとって最初の一歩は予想した以上に容易な進軍であった。わずか1日で3つあった城砦はガルダ軍のもとに降った。

そしてこの迫り来る強敵を前にして旧ソフィア帝国(現公国)の重臣たちはこれからの姿勢に関して討議していた。この中にはガーゼル帝国から送り込まれた刺客もいた。ゾーアの魔女カルラの直弟子ベロニカである。彼女の魔力はさすがカルラが弟子にするだけあってゾーア帝国のゾーネンブルメたちの中でも群を抜いており、それでいて頭も切れた。彼女はソフィアがガルダ軍に寝返らないように監視役として入っていた。まず前ソフィア皇帝(実権はレシエが持っている)が口を開く。
「皆も知っているかもしれないが、ついにガルダ軍が動き出し、バージェも瞬く間に制圧された。おそらく数日中には我がソフィア内に進入してくるであろう。我々はどの道を歩めばいいのか討論して欲しい。」
しかしすぐにベロニカは言い出さなかった。ソフィア重臣の出方を見、論破するための方法を考えるためだ。それを察知したのか、してないのか、ソフィアの重臣たちは何も言おうとしない。ここにいる全員が降伏派であり、ガーゼルの刺客がいなければ、全会一致ですぐさまセーナのもとにひざまずこうとしていたのである。
「どうした。何もないのか。」
それでも誰も言わない。いや言えなかった。そしてついに小魔女が口を開く。
「おやおや、ここにいる方々はみな、戦わずして槍を収めるほど、腰抜けなのですか?それはソフィアの名折れではないのですか?」
明らかな侮辱である。それでも口を開くものはいない、と思いきや1人の青年騎士が激しい口調で彼女に言い寄った。彼の名はフリード。シオン竜騎士団の一員だったが、病身のためにリーヴェへ出征できなかった。
「そのような言葉は訂正していただきたい。我々は愛しきソフィアの臣、なぜに槍を収めてのこのこと降伏できましょう。」
(かかった。)
小魔女は心の中でほくそえんだ。しかし心の中でその感情を押し殺し、言葉を続ける。
「さすがはフリード殿、勇ましい言葉ですね。ならば早速出陣して、ガルダ軍を葬っていただきたい。」
だが次の言葉がベロニカの表情を凍りつかせた。
「もとよりそのつもり。ただし仮にも相手はあの兵力で20万の帝国軍を破った知略の持ち主、さすがに我が部隊だけでは心許ありませぬ。そこでベロニカ殿にも出陣願いたい。」
「なにっ!」
彼女の役目はソフィア軍を使って、ギリギリまでガルダ軍の兵力を減らし、自分の手勢でもってセーナを討ち取る予定であった。だがこれでは自分も討ち取られる。それを知っているのか、フリードがさらに詰め寄る。
「先ほどベロニカ殿は我々を侮った。それならそれなりの自信があるのでしょう。ぜひとも我々にガーゼル軍の兵法をご教授していただきたい。」
ベロニカは見事に逆手に取られた。こうなると承諾するしかない。
(これほどの者がまだソフィアに残っていたとは。まぁいい。程ほどに戦って、退散すれば良し。)
ベロニカの冷静な脳はその結論をたたき出した。果たして彼女の思い通りに物事が進むのか。
実はこの軍議の前に前皇帝とこのフリードが密談を交わしていたのだ。
「陛下、実は私にソフィア帝国を救うための妙案があります。ぜひお聞きください。」
フリードのその言葉を聞いていくうちに最初は嬉々とした皇帝の顔も苦汁に満ちた顔になってしまった。
「そなたの策は確かに見事なものだ。だがそれをすれば、そなたは・・。」
「まず死ぬでしょう。しかしこのソフィア帝国のために死ぬのならこの命、惜しくはありません。どうかご許可をいただけませんか。この策しかソフィアを救うすべはございません。」
「・・・わかった。そなたに決死隊5千を授ける。」
「お待ちください。部隊は騎馬隊か歩兵にしていただきたいのですが。」
「?」
「どうせ死ぬ身です。それなのに栄光あるソフィアの竜騎士団を道連れにすることなどできません。」
「わかった・・・・・本当にすまぬ。」
「それではベロニカに気付かれないように退室させていただきます。」
そういってフリードは涼やかな顔をして出て行った。だがそれに対するように皇帝の心中は穏やかではなかった。
(私は前途あるこの若者を殺してしまうのか。)
そして天井がコトッと音がする。

そしてフリードとベロニカがソフィア城を後にする。それから少し前、西バージェに陣取り、ソフィア公国の出方を窺っていたセーナはある人物の帰還に際し、祖国の風雲急を知ることとなった。
「お疲れ、シャル。何かあったの?」
セーナの前に平伏しているのはセーナ十勇者の1人で、暗黒魔道師のシャルであった。彼はもともとユグドラルに暗躍する地下組織クロノスの一員で、セーナを暗殺しようとした魔道師であった。しかし事前に発覚し、リベカとカインの連携で捕らえられてしまう。自らの命を狙われたセーナは彼の素質を見抜き、敵にも関わらず戒めを解いてグリューゲルへの加入を問いた。死を覚悟していたシャルはこの待遇に感激し、以降、セーナの外交には欠かすことのできない人物へと成長した。彼の持ち味は何と言ってもワープの利用可能なことだろう。そのためグリューゲルで唯一ガルダ島に残され、ユグドラルとの橋渡し役を演じていたのであった。そしてこのシャルが今、グリューゲルに合流したのだ。
「ユグドラルでどうやら不穏な動きが起こり始めていると、グーイ(十勇者の1人でヴェスティアにいる)から伝令が参りました。その証拠としてグランベル本国からの情報が飛び飛びになってきています。」
その言葉を聞き、ライトもコープルも1人の男を思い浮かべた。もちろんセーナもである。
「そう。他には何かあるの?」
しかしセーナはそう言って、まるで気にしない。それに動揺したのか、珍しく語調を乱しながら
「え、ええ。それだけですが。気になりませんか?」
「ならないといえば嘘よ。でも今はリーベリアが優先よ。」
そう言いながらも心の中では
(予想通り、私たちが動き始めたのと同時だわ。あとはアゼル様とセティ、そしてオイフェがどれだけ『時』を引き伸ばせるか)
と思っている。もはや後戻りはできないところまで入り込んだことを実感するセーナであった。それを感じさせないように普通の表情を装ってシャルに言う。
「それじゃ、もう一仕事お願い。今からソフィア城に行って、ソフィア公国の動向を探ってきてちょうだい。」
シャルは新たな命令を受けて嬉しそうな表情を必死に殺しながらいった。
「かしこまりました。」
そしてシャルは闇に消えていく。
「さぁ、みんなはしばらくゆっくりと休むといいわ。」
そういって軍議は終わった。するとすぐさまミカが駆けつけてきて言う。
「セーナ様、今のうちにユグドラルに戻れば、まだ間に合うのではないのですか?」
「確かにセティもオイフェもいれば、何とか間に合うとは思うけど、中途半端でここを離れることなんてできないわ。」
「しかし、それでは・・・。」
「もういいの、ミカ。私はソフィアの人々を救いたいの。そしてガーゼルの傀儡となって教皇グエンカオスの言うままになっているカナンも・・。」
それ以上、ミカは言うことはできなかった。一瞬だが、セーナが悲しげな顔をしたからだ。彼女の心を象徴するようにソフィアを育む秋風が陣内を吹き抜ける。
それから数日後、フリードが決死の策を提案したことをシャルから知ったセーナは今まで決めていた陣形を一新することとした。
「ミーシャ、今回はあなたの初采配を見せてもらうわ。」
そう言って絵図面上にエーデルリッターを中央に配し、右翼にグリューゲルを置いた。実は右翼にフリード率いる決死隊5千が来ることがわかっていたのだ。
(まだエーデルリッターには死兵となるフリード軍を止める術はない。ならばグリューゲルでどうにかするしかない。)
これがセーナの結論であった。逆にいえば、グリューゲルをぶつけなければならないほど、フリードの軍勢はセーナにとって脅威だった。この報せを聞き、湧き上がるエーデルリッターに対し、主役を奪われたというのにグリューゲルは不満顔一つしない。だが1人、ミーシャだけは違っていた。
「セーナ様、せっかくの任命していただいたとはいえ、今回の戦いには荷が重過ぎます。どうかセーナ様御自ら采配を振るってください。」
「ミーシャなら大丈夫よ。一応、念のためにカインとミカを中心とする120名を与力として送るわ。」
グリューゲルの原動力とも言える二人を貸し与えられてまで断れば、今度は責任感の強いミーシャの立場がなくなる。それを見切ってのセーナの言葉であった。ミーシャはこれを受けて、主翼の采配を承諾した。その日のうちに布陣が改められ、エーデルリッターを中央に、カイン・ミカ隊がその後ろに、グリューゲルが右翼に配備された。

そして1週間後、ソフィア・ガーゼル連合軍が西バージェ平原に到着した。
(今日、ソフィア大帝国の運命が決まる)
先日20万のゾーア帝国軍を手玉に取った2万6千の精鋭たちを目の前にフリードは改めて決意を固めた。
そして日が昇り、賽は投げられた。やはり最初に動いたのはフリード率いるソフィア軍であった。ソフィアのイメージとはかけ離れた騎馬5千がさっそうと平原を駆け抜ける。もちろんセーナも軍配を振りかざす。まずはサルーンとリーネの率いるグリューゲル空軍がソフィアのお株を奪う、低空滑空からの突撃を敢行する。空中からの攻撃はソフィア軍も馴れているが、地上すれすれから錐のように突っ込んでくる斬新的な攻撃の前にたちまち前衛が崩れる。だがこんなもので怯むソフィア軍ではなかった。前衛が崩れたことを知ったフリードはすぐさま第二線に突撃命令を下した。予想以上の第一線の粘り強さに加え、第二線も加わったソフィア軍の勢いはグリューゲルにとっては経験しないものだった。たちまちサルーン軍は跳ね返され、その勢いに後ろにつめていたリーネ隊も思わずたじろぐ。こうなるとリーネ隊も脆かった。立ち直った時にはすでに遅く、ソフィア軍に深く食い込まれていた。このまま続ければ壊滅すると察知したリーネは足早にと撤退した。するとソフィア軍の目の前に広がっていたのはグリューゲルの本軍3千が迫ってくる光景だった。そしてフリードが叫ぶ。
『さぁソフィアの意地を天下のグリューゲルに示す時だ』
ついにフリードとセーナが正面を切って激突した。だがサルーン・リーネ隊にはなかったものが本軍にはあった。後に神将器と呼ばれる8つの武器である。3つはエーデルリッターに回っているカインとミカ、ユグドラルにいるフィードが所持しており、さらに後にミュルグレと呼ばれる聖弓パルティアも使用者がいない。今本軍にこそいないが、残る4つは健在している。
まずは客将となっていたアカネイアのリュートが聖魔法ファルシスでソフィア軍の猛攻をせきとめる。そこをシャルの放つ闇魔法アポカリプスが襲う。これでグリューゲル空軍を崩した第一線、第二線は事実上、壊滅した。といっても死者が出たわけでなく、戦闘不能となったものばかりである。ここにブリューナクを持つシレジア天馬騎士レイラと、聖斧アルマーズを片手に持ったボルスが突っ込んだ。これではたとえ命を捨てた突撃といえども無駄死に同然であった。レイラとボルス2人にソフィア軍を縦横無尽に駆け巡られれば、死兵も混乱する。こうなるとフリードには成す術はなくなってしまった。そして天を仰いでいった。
(さすがはグリューゲル。こうなれば1人の犠牲者も増やさないうちに私が死なねばな。)
悲愴な覚悟を胸にフリードは単騎、グリューゲル本軍に迫った。
(やはり素晴らしい騎士だわ。彼をこんな戦いで殺す訳にはいかない。)
そう思い、セーナも前に出ていこうとする。
「何もセーナ様が出て行かなくとも私が彼を捕らえます。」
そう言ってきたのは出番のなかったアベルである。
「大丈夫。アベルはできるだけソフィア兵を降参させて、あっちに。」
「わかりました。」
そしてセーナも単騎、フリードに向かって行った。
「おお、貴方はセーナ殿か。」
「フリード将軍、あなたの心はよくわかっています。思う存分、その槍で私を突きなさい。ただし私も剣を振らせてもらうけどね。」
「ありがたい。あなたと槍を交えることができるとは。」
ついに両雄の一騎討ちが始まった。セーナは兄から預けられた聖剣ティルフィングを構える。彼女にとって初めての聖剣での戦いとなる。やはり最初はリーチの長いフリードだった。彼の突きを冷静に避けて、彼のことを分析し始めた。
(この突きはサルーンのものに比べてもまったく引けを取っていない。)
この突きで出来たスキに乗じてセーナもティルフィングを振り下ろす。もちろん対等な勝負をするためにティルフィングの出力を最小限に抑えての攻撃である。あくまで今回は彼の器量を知るための戦いであったためで、彼を殺めるつもりはなかったからだ。フリードはそれを知ってか知らずか、素早く槍を手元に戻してティルフィングを払う。さらに間髪をいれない突きがセーナを襲う。
(見事なカウンター。もしアベルだったらやられているわ。)
するとセーナは軽く詠唱を唱え、空いていた左手に光の剣を発生させ、彼の突きを食い止めた。すでに彼女は魔力の具現化をマスターしつつあったのだ。しかしこの時のフリードの突きは想像以上に強く、魔力の剣で抑えても彼女の左手の感覚が麻痺するほどだった。
(っ! 油断したわ!あんな体にこんな力が込められているなんて。もうこれ以上、続ければ私も危ないかもしれない。)
わずか数分の決闘が2人には何時間にも感じられた。この戦いに決着をするべく、セーナは懐からあるボールを取り出し、フリードに向けて投げた。フリードは瞬く間に体勢を立て直し、このボールを一突きに破壊した。その直後、平原に1つの強力な光が発した。あのボールはセーナが発明した閃光弾であった。
「何っ!目が・・・。」
「シャル!」
セーナの声に反応し、1つの闇がフリードを覆う。そしてフリードを落馬させ、闇から姿を現したシャルによって身を抑える。だが閃光弾を放ったセーナも防御する術がなかったため、今は全く周りがわからなかった。状況を理解しようと全神経を聴覚に集中したセーナの耳にシャルの言葉が入る。
「仰せのとおりにフリード将軍を捕らえました。」
「ありがとう、シャル。それじゃ、シャルはアベルを手伝ってきて。」
「ハッ!」
そしてシャルは再び姿をくらます。次に駆けつけてきたのは閃光弾を見て、驚いて駆けつけてきたライトであった。
「どうしたんだ、セーナ。何かすごい光が広がったが。」
実は今回の戦いにライトは参加していなかった。そのために作戦も知らずにさっきの閃光弾の意図も効果も知らなかったのだった。
「その声は・・ライトね。お願い、私をフリードの元に連れていってくれない。」
「セーナ、まさか目が見えないのか?」
「一時だけよ。しばらくすれば戻るわ。」
そう聞くとライトはセーナを馬から下ろし、支えながら近くで目を覆いながらうずくまっているフリードのもとへ連れて行った。
「フリード将軍、こんなことをして申し訳ありません。しかし私はあなたのような勇者を殺したくはありません。あなたは将来のリーベリアを背負える人物です。それなのにこんな戦いで限りある命を散らせるわけにはいきませんでした。だから私はこんな手までしてしか、救うことしかできなかった。」
この頃になってようやく2人の視界が戻ってきた。
「・・セーナ様、・・私は・・死を持ってでしか・・・国を救えないと思っていました。・・・・しかし・・・こんな解決法もあったのですね。」
ライトがよく見るとフリードは大粒の涙を流していた。
「いえ、あなたが死を覚悟してくれなければ、ソフィアはあのベロニカの意のままに操られ、私はまた多くの人を殺めなければならなかったでしょう。あなたがこの計を考えていただけたからこそ、私もこうして動くことができたのです。
フリード将軍、ご覧下さい。もうすぐあなた方の仇敵ガーゼルが壊滅します。」
フリードが南の方角を見ると、ガーゼル軍が徐々に押され始めているのがここからでもわかる。それだけでなく、ソフィア軍をまとめたアベルとシャルがグリューゲルと共に後ろに回りこんで攻撃しようとしていた。
「ソフィアは今、勇者フリードの活躍で解放される。」
セーナはつぶやいた。そして彼女たちの頭上を予期せぬ援軍が真っ直ぐにベロニカ軍へと向かって行った。

そしてこちらはガーゼル軍の指揮官ベロニカ。序盤はゾーネンブルメの奇襲が成功し、数で劣るエーデルリッターを相手に優位にコトを進めていたが、あの閃光から戦況は一変される。突如、灼熱の炎がガーゼル軍を襲ったかと思えば、今度は天がとどろき、地が震え始めたのだ。そして恐れおののきはじめるガーゼル軍に強大な波動が襲った。ガーゼル兵たちは嵐の中の木のように次々となぎ倒され、あるものは足元に突如発生した地割れに巻き込まれていった。この異常な威力を持つ波状攻撃こそ残りの神将器の2つ、フォルブレイズとトランジックブレイブ(後のエッケザックス)だった。特にトランジックブレイブの威力は一緒にいたミカですら声が出せない程、異常であった。
「さっきの異常な魔法といい、今の真空波といい、一体敵は何者なのだ。」
こう言うベロニカの両腕はさっきの波動で見事に切り刻まれていた。それよりもこのことで生じた「恐怖」が彼女を支配していった。そうなると混乱と恐怖が支配する部隊はただ人の集団となる。そしてここに2万の兵を誇るエーデルリッターが体勢を立て直し突撃を敢行した。彼らはあたかも大津波のごとくガーゼル軍を飲み込んでいく。さらに後ろに回りこんだソフィア軍とグリューゲルも加わり、ガーゼル軍は逃げるに逃げられぬ状態となった。さらに側面からベロニカを震撼させる者が来ていた。その者の操る無傷の竜騎士団はエーデルリッター・グリューゲルに勝るとも劣らない活躍を果たし、ついにはベロニカを討ち取るという功績を果たした。この竜騎士団はソフィア最後にして至高の竜騎士団、レシエ竜騎士団であった。セネトから一度分かれた後、セーナと呼応し、この日真北から真っ直ぐこのベロニカ隊を急襲したのだ。指揮官を失ったガーゼル軍は次々と降伏していき、日が傾きかけた頃、ようやく全てが終わった。

翌日、ソフィア公国とその周辺勢力はセーナに無条件降伏した。しかしセーナはその降伏を拒否し、セネト率いる自由カナン軍に丸ごと譲渡した。それはガーゼルの圧政から解放されたことを意味し、後世カナンを支えるソフィア帝国再建への第一ステップとなる。レシエはちょうど帰還していた女竜騎士セオドラに命じて、グラナダにてホームズと対峙しているシオンに撤退を命じた。セーナはフリードとの戦いで多少ダメージを受けたグリューゲル空軍を補強し、兵たちにはゆっくりとした休養を与え、更なる戦いに備えたのだった。だがまだ話は終わらない。

それから3日後のこと。グラナダから撤退してきたシオンは一足先にセーナの下に参り、少し昔のグラナダでの出来事を謝した。もちろんあのことを蒸し返すセーナではない。素直に彼の言を受け入れた。だがそれだけでは真の騎士たるシオンの気はすまなかった。何かまだ誠意を見せなければならないと感じたシオンは主君レシエに相談し、あることを提案した。
「先日、我々ソフィアはセーナ様に無条件降伏を致しました。しかしセーナ様はそれを受け入れず、セネト王子にすべて譲渡されました。ここまでされたにも関わらず、我々はセーナ様にまだその恩に報いておりません。そこでレシエ公女、実はフリードをセーナ様のところにお預けしようと思っているのですが・・。」
それは将来のソフィアを考えると明らかな損失である。もちろん己の罪を埋めようという思いもある。しかしシオンは迷わず進言した。そのことを聞いて、レシエは少し考え始めた。今回の戦で大きくその大器の片鱗を見せたフリードはもはやソフィアの英雄となっている。その英雄をシオンは自ら手放そうとしているのだからレシエも迷うはずである。
「シオン、あなたが少し前の過ちを償おうとしているのはわかります。しかしまだソフィアの求心力はなく、ところどころでまだ盗賊が出没するありさま。こんな時こそ彼の力が必要なのです。」
「いいえ、公女。フリードはそんなところでくすぶるような男ではありません。セーナ様の下にいれば、いずれ世界のためにはばたく人物に成長しましょう。それこそソフィアのためになるのではないでしょうか。」
つまりシオンが言いたいのはフリードがセーナの下で活躍できて始めて、『ソフィアも世界に貢献している」と主張でき、地道な国力回復よりもはるかに大きくソフィアの威信が上昇することができる。それが叶えば、ソフィアはカナン、リーヴェとも対等となれるのである。わずかな時間でここまで考えられることからもシオンも頭は切れることがわかる。そしてレシエの決断を待つ。
「シオン、わかったわ。フリードを呼んで。」
そしてフリードはすぐさま2人のもとへ来て、ことの仔細を聞いた。最初はソフィアを離れるということに多少ためらっていたが、シオンとレシエの説得によりついにフリードはセーナの下で働くことを決断した。その後に呼ばれてきたセーナはフリードの仕官を聞いて、最初は拒否しようとしたが、レシエの強い押しに珍しく折れ、グリューゲルへの入隊を許可した。

その夜、グリューゲルの将兵たちにとって待ちに待った夜が来た。ソフィアの郊外に盛大な陣を立てて、そこでグリューゲルでは毎年恒例の大宴会が開かれた。これは日ごろ、決死の活躍をするグリューゲルの労をねぎらうためにセーナが企画したもので、同じように1年に1回行われるランキング戦なる武闘大会と並んでグリューゲルの特権ともいえる行事であった。そのためにグリューゲル以外の者はセーナの承諾を得ないと参加できない。今回は夫のライトはもちろん、リュートたち一行(ミカの一言でラティは除かれている)やミーシャ、コープルらが招待された。他にもレイラが招待されていたが、先日の戦いによる疲れが出て、今はソフィア城で休養している。そして宴は開かれる。セーナは新たに加入することになったフリードを紹介し、早速無礼講を唱え宴会を盛り上げようとした。するとアベルから
「セーナ様、彼がグリューゲルに入るのは構いませんが、それはしっかりと順序を踏んでいただきたい。」
アベルの言う順序。それこそ半端な能力、意志の者がこの神聖な部隊に入らないようにしっかりとした入隊基準を設けている。それは十勇者+セーナの誰か1人の推薦を得て、かつ入隊試験として課される決闘で十勇者に一撃を加えることが必須条件となっている。今、フリードは前者しか満たしていない。
「アベル、いいじゃない。彼の実力はバージェの戦いで十分わかっているでしょ。」
たしかにそうである。彼はサルーンを打ち負かし、セーナですら追い込まれそうになったほどの強さを持っている。そしてそれをだれよりもアベルは知っている。だが
「セーナ様、これはグリューゲル創立当時からなってきた決まりではありませんか。セーナ様といえどもそれを破られてはグリューゲルは崩壊しますぞ。」
(アベルめ、酔っているな。)
となりでこの叫びを小うるさそうに聞いているカインが思う。たまらずに妻のミーシャが出てくる。
「アベル、言いすぎよ。」
「待って、ミーシャ。確かにアベルの言う通りよ。」
そういうとフリードに詳細を告げ、だれと戦いたいか訪ねる。ユグドラルにいるフィードとグーイを除いた8人の十勇者がセーナの前に現れる。
「そうですね。セーナ様でもいいんですか?」
その言葉に8人が驚く。
「あの時の決着をどうしても着けたいので。」
その言葉を聞いてセーナは微笑する。
「私と戦おうとするなんて、カイン以来だわ。でもあの時はあなたの実力を測っていただけ、今回は違うわよ。」
「覚悟はしています。」
「よし!カイン、剣を貸して。」
試験と言っても本物の決闘である。さすがにティルフィングを使うわけにもいかず、カインから銀の剣を借り、ティルフィングと入れ替える。
そしてフリードの運命を決める決闘が始まる。たとえ負けてもレシエから彼を預かった以上はエーデルリッターに配属されるであろうが、それではレシエやシオンの期待する働きはまず無理になる。この戦いにもフリードは命を賭けようとしている。そして薄々とセーナは彼の真の強さを知ることになっていく。
やはり先に仕掛けたのはフリードである。だが前の戦いの時とは明らかに鋭さが違っている。それはセーナが剣で彼の突きを払った時に感じた。
(やはりあの時は手を抜いていたのね。そうなると私も本気で行かないと。)
すかさずセーナが間合いを詰めて、得意の素早さを生かした多段斬りをする。幾度か槍の刃先と剣が重なり、金属音がなる。鳴り終わった直後、フリードの全霊を込めた一撃がセーナを襲った。しかしセーナは冷静にその突きを避け、飛んで一気に間合いをつけた。ライトがよく見るとセーナの肩口を覆う服がさっきの突きで切れている。幸いにも服だけだったのでひとまず胸を撫で下ろすライトであったが、展開はまだ気を許さなかった。セーナの跳躍を見て、すかさずフリードが槍を持ち替えて、彼女目掛けて投げたのだ。この迷いない決断と行動力を目の当たりにしてカインとサルーンは思わず唸った。
(さすがセーナ様がお認めになった人だ。将来のグリューゲルを背負って立つ者になるかもしれないな。)
だがカインやサルーンを唸らせてもセーナに一撃を与えなければ何の意味もない。セーナはライトニングを具現化させ、左手に斧を生成した。セーナに斧、これほどのミスマッチこそないが、今回の場合を考えれば最適な選択であった。彼女はその魔力でできた斧を投げ、槍の軌道を変えた。これでセーナは難を逃れた、と思ったのも束の間、気がつくとフリードはセーナのすぐ側にまで来て、剣を握っている。と、セーナはライトニングを地に放ち、その反動で素早くフリードから離れるともう一発、目くらましのためにライトニングを放った。これでお互いがお互いの位置がしばらくの間、わからなくなる。ここからは感覚の鋭さが勝敗を決する。
(・・・・・・・・・見えた!)
と直感した直後、セーナは一気にフリードへ向かって突っ込んでいた。するとフリードも気付いたのかライトニングで出来た煙から飛び出てきた。お互いが決着を決めようと一気に剣を振るう。
『ソフィア流剣技 ウィングブレイカー』
『フレアブレード』
双方の剣技が炸裂し、場は静まり返った。みながその結末を待っていた。もはや誰にもわかっていた、フリードの能力の高さが。しかしここでセーナに軽くとも手傷を負わさなければ、彼は認められることにはならない。そしてついに時が再び動き始めた。
「・・・ミカ、ライブを。」
セーナが口を開く。それを聞いたミカが用意していたライブの杖を手にフリードの元に駆けようとしていた。長年、セーナと一緒にいたことで築いてきた勘が彼女をフリードの元に走らせていた。しかしセーナは言う。
「どこに行くの。ライブをかけるのは私よ。」
「えっ?」
セーナの言葉に内心驚きながらもミカはセーナが負傷しているところを探した。するとセーナが自らその傷の部分を指し示した。そこは先ほどのフリードの突きで破れた服の部分だった。よく見ると傷口が開き、血が流れ出てきている。フリードはそこだけを狙って、最後の一発を放っていたのだ。ミカのライブを受けながらセーナは言った。
「おめでとう、フリード。あなたは今からグリューゲルの一員よ。」
そして一時の間を空けると一気に命を下した。
「フリード、今日よりあなたを№0011に任じ、サルーン配下のグリューゲル空軍に加える。」
№0011、それはバージェの戦いで不運にもフリードによって命を落とされたグリューゲル空軍の騎士のナンバー。よって今、空いてあるナンバーの中では最高位に位置している。そしてそこにフリードが入った。思いもよらぬ厚遇にフリードは感激し、セーナの前に歩いてきて平伏した。
「このフリード、セーナ様のために命を投げ打って仕えることを誓います。」
こうしてグリューゲルに新たな勇者が加わった。そしてセーナが宴の再開を宣言する。
「さぁ、余興はこれまで。今日は日が明けるまでゆっくり楽しみましょう!」

この日、グリューゲルの陣を照らす炎は何よりも明るく、そして美しかった。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月17日 01:33