南リーヴェと共に風雲急を迎え始めたのが、ゾーア帝国の中枢都市であるカナン王都であった。西バージェの戦いを完勝しソフィアを解放させた後、一時期英気を養っていたセーナ・レシエ連合軍がカナン王国の中枢、カナン王宮を徹底的に締め上げていたのだ。あろうことか国王バハヌークは連合軍来襲を知ろうとしなかったため、対抗策を打つ間もなく大包囲にあってしまうこととなる。ただしこれを攻めるセーナは比較的地味な攻城戦は好きでないのか、その場をカインやミカ、そしてレシエに任せて単身、南リーヴェに向かってしまったので戦線は変な膠着状態に陥った。そんな状況を打破したのが思いもよらない人物だった。一時は父バハヌークの命を受けて、西はセネーまで戦線を拡大させていった、言わばゾーアの急先鋒を務めてきた第2王子バルカであった。しかし彼の胸中にはただならぬ決意が秘められていたのだった。
『我々はガーゼルに尻尾を振る父バハヌークを誅するために来た。そこで頼みがあるのだが、我々が王宮へ入る間だけでいい、城への包囲を緩めてもらえないか。事が決すれば必ず開場することを約束する
カナン王国王子 バルカ』
この書状は南リーヴェ決戦の翌日に、グリューゲルの主将を務めるカインの元に届けられた。中身を見たカインはすぐさまレシエも含めた諸将を招いて、バルカの要求を呑むか評議した。セーナがいれば、おそらく彼女の一存ですぐに決まったのだが、彼女がいない以上はカインが1人で決めるわけにはいかず諸将に意見を求めたのだ。この軍議のポイントはバルカの言うことが真か偽か、ということである。慎重派なのが、セーナ外交にはなくてはならない人物となったダークマージのシャルである。さらにはカインのライバル、サルーンもこっちに回っている。一方、今こそソフィアの王女でありながら実際の血筋がバルカの妹であるというレシエは彼らを説得すべく熱弁を振るった。さらにはグリューゲルにおいてはカインと双璧をなすアベルもこれに加わって、ついにはシャルやサルーンらの慎重派を論破した。これに南リーヴェにて裏工作を施してきたミカの計略も加わり、いよいよカナン解放への準備が整うこととなった。
そして激戦続く南リーヴェ。中央の高台を巡ってサーシャ・ラフィン率いるリュナン空軍とジュリアス直属の竜騎士団による大激戦が繰り広げられていた。これを尻目に黙々と戦の準備を進める部隊の姿があった。彼らが掲げる旗には特徴的な印はなく、ただ青色だけで塗られている。それはリーヴェ・カナン戦争が始まった頃から、私腹を肥やしてきたリーヴェ貴族に憤りを感じて立ち上がったレジスタンス・ブルーバーズ(Blue
Birds)であった。ノルゼリアの悲劇からのリーヴェ衰退を横目に見ながら、彼らは新しい時代の到来を肌で感じ、ゾーア帝国によるリーヴェ制圧を前に解散しようとしていた。しかしゾーアの方針こそ真に王道をはずした統治方法であった。抵抗するものは容赦なく殺害し、さらにはその周囲の者もゾーアの流刑地に送るという極悪非道を続けてきた。人民の解放を掲げるブルーバーズにとって、リーヴェもカナンも違いはなかったのだ。リュナン逃亡後もブルーバーズはその戦いを止めることはなかった。ただ標的がリーヴェからゾーアに変わったに過ぎない。彼らは得意の奇襲戦法でゾーア追討軍をここぞ、というばかりにかく乱していったが、その戦の最中、ブルーバーズの初代リーダーが戦死してしまう。こうなるとゾーアの攻撃は苛烈極まりなかった。まさに多勢に無勢であった。リーヴェ全域で暴れていたブルーバーズは瞬く間に追い込まれ、最終的に今の本拠となる南リーヴェに詰められてしまった。ここで登場したのが2代目リーダーのトウヤであった。彼は精力的にリーヴェ各地を動き回り、ゾーアの後方を常にかく乱する作戦を取り、一時とはいえゾーアの大軍をリーヴェとラゼリア側の両面に分断することに成功した。そこにウエルトで再起を期したリュナンがウエルト軍を率いて故郷ラゼリアを奪還し、この南リーヴェの地は三竦みの様相を表し始めていた。しかしここでトウヤは中立を宣言した。つまりリュナンにもエルンストにも関わらないとしたのだった。これより現在、リュナンとエルンストによる死闘が繰り広げられていたのだった。しかしそんな彼らの存在を利用しようとしていた人間がいた。リュナン軍のリベカと入れ替えて、今ではリュナン軍の大半の指揮を手にしているセーナであった。彼女はトウヤを説得させるために重臣中の重臣、ミカを派遣していた。果たしてトウヤはミカの言葉を受け、セーナの傘下として働くこととなり、今はその準備に追われていた。
中央戦線におけるリュナンの読みは予想外の方へと動いていた。
「バージェ竜騎士団(ラフィンの竜騎士団のこと)、ジュリアス竜騎士団により壊滅状態!」
リュナンはスピード感溢れるウエルト天馬騎士団と、ラフィン率いるバージェ竜騎士団が力を合わせれば、ジュリアス竜騎士団など造作もないものと信じていたために、この報せを受けた時のリュナンの驚きは誰にもたとえようがなかった。そして報告こそないものの、危惧のあったウエルト天馬騎士団が上手にジュリアス竜騎士団の鋭鋒をかく乱していたのだった。ジュリアス竜騎士団は他の竜騎士団に比べて攻撃力に重点を置かれた部隊であるのであまり小回りが利かず、天馬騎士団に対する攻撃はほとんど当たらなかった。一方でこちらも直線的な攻撃をするバージェ竜騎士団にとっては彼らの攻撃は一溜まりもなかった。経験、実績、そして力、すべてにおいてバージェ竜騎士団とジュリアス竜騎士団の能力には大きな差があったのだ。
そして中央部ではサーシャが忙しそうに各兵士に命令を与えていた。
「あなたは100人の兵を率いて、ラフィンを援護して!敵をかく乱するだけで十分だからね!」
ラフィン隊苦戦の報せはもちろんサーシャの元にも入っている。ラフィン隊が崩れれば、天馬騎士団は二方面からの挟撃にさらされることになる。多少無理をしてでもラフィン隊を崩させるわけにはいかないのである。もうすでに天馬騎士団からバージェ竜騎士団へのてこ入れは3度目になる。
「(セーナ)皇女の言っていた援軍が来るまであと少しよ!頑張って!」
サーシャは必死に自軍を鼓舞しつづけ、時には自ら前線に立って奮戦をしていた。しかし時の流れは無情にも彼女たちを追い詰めていく。もともと数の少ない天馬騎士団はバージェ竜騎士団への援軍により、さらにその数が減っている。もちろんその分、一人一人の負担が大きくなり、疲労も増えていく。集中力を欠き始める天馬騎士たちは次々と討たれ始め、サーシャ隊も壊滅状態へと陥り始めていた。
「リュナン様、おわかりになられましたか、何があったかは存じませんが、私情でもって戦に臨まれてしまうと勝てるものも勝てなくなります。」
中央部隊の苦戦を遠くから見ていたリュナンの傍らに青髪のシスターが立っていた。セーナの影武者リベカであった。背後には彼女と行動を共にするグリューゲルのリーネもいる。無理を言ってここまで来てもらったようで、彼女の表情は何か複雑になっている。
「リベカ!!どうして君がここにいるんだ!君は・・・たしか・・あの部隊に。」
驚いた顔をしながら中央の部隊より少し手前で停止している部隊を指差した。
「あちらにおられるのは私の仕えるセーナ様が指揮を取られています。いえ、あそこの部隊だけではありません。今奮闘なさっているサーシャ王女、ラフィン殿の部隊、もちろんパピヨン殿やヴェガ殿、リシュエル殿がおられる部隊もセーナ様がご指揮なさっています。」
「セーナ皇女だって!!だけど軍議には君がいたではないか。」
リュナンの言葉にリベカは嘆息交じりに言った。
「あの時セーナ皇女は聖剣ティルフィングを堂々と身に付けていたはずです。それも見破られなかったのですか?ですからセーナ様が自ら指揮を取っているのですよ。」
少し皮肉めいた口調になってしまうのはリベカの性格からだ。それを聞いて思わず黙りこんでしまうリュナン。少し言い過ぎたと思ったリベカは少し語気を柔らかにして
「ご心配なく、セーナ様が指揮なされるのは中盤までです。終盤、特に時の英雄エルンストを打ち破る時はリュナン様が頑張らなければなりません。」
と言った。そうするとリュナンが聞く。
「ちょっと待ってくれ。それじゃサーシャたちの苦戦も読んでいて、その対策も練っていたということなのか?」
「ええ、レジスタンス・ブルーバーズをセーナ様のお味方につけていただいて、横でもなく、正面からでもなく、下から奇襲していただくようです。」
この言葉を聞いてリュナンはセーナとの差を思い知らされた。
「・・・・そうか、ブルーバーズを・・。僕は一体、何をしていたんだろうな。」
「ご心配なく、人は失敗をすることで初めて飛翔できるのです。たしかに今回、セーナ様がおられなければ危なかったかもしれませんが、おかげでリュナン様もおわかりになられましたよね、戦場に私情を持ち込むことの愚かさを。」
「ああ、おかげさまで身に染みたよ。」
「それでは私は一旦失礼します。せっかくセーナ様から休養いただいたので、しばらくソフィアで休ませてもらいますね。またノルゼリアでお会いしましょう。」
と言って背後でずっと待っていたリーネのペガサスに乗って、そそくさと去ってしまった。しかしこれを機にリュナンは飛翔し始める。
突如、数百本単位で弓矢がジュリアス竜騎士団を襲う。竜の叫びや、騎士の悲鳴が突如として南リーヴェ平原へとこだまする。何が起きたのかわからなかったサーシャは下の地面に広がる部隊を見て、思わず叫んだ。
「援軍よ!これより総攻撃!!」
気がついたらサーシャも将としての道を歩み始めていた。つい前までは父ロファールのために戦ってきたが、今のサーシャはそのロファールの後を追いつつあった。
「私は援軍の将にお礼を言ってくるわ。ここはお願いね。」
そう言ってサーシャは単騎、ブルーバーズのもとへと飛んでいった。しかしこの行為が彼女に危機をもたらすことになろうとは。ブルーバーズの突如の攻撃に体勢を大いに崩したジュリアス竜騎士団の将が大博打に打って出て、この部隊の大将、つまりサーシャを狙い始めたのだった。スピードでは明らかに竜の方に分がある。すぐさま差が埋まり、竜騎士の槍先がサーシャのファルコンに向けられる。サーシャは急遽ターンをして、その突きを上手にかわして再び距離を作った。しかし長引いた戦いは想像以上にファルコンに疲労を与えていた。ファルコンの翼が限界を超え、ファルコンが地面で止まる。そしてここぞとばかりに竜騎士が力いっぱいに槍を突き出した。するとサーシャの体すれすれに1つの斧が通過していき、見事にその竜騎士の胸を切りつけた。不意を突かれた竜騎士は何が起こったのかわからないまま絶命していった。
「大丈夫か!」
思わぬ死の恐怖に剣も抜けなかったサーシャはその言葉に反応して、思わず後ろを見た。
(誰かに似ている。)
そこには青髪で、さらに瞳も青い青年が立っていた。斧を投げただけあって、体も大きく見える。
「あ、ありがとう。」
「まったく。これからは1人で行動しないように気を付けるんだ。」
と言って、背を向けて立ち去ろうとした。
「あの、お名前は?」
「トウヤさ。このブルーバーズのリーダーってところかな。」
「トウヤ!」
ブルーバーズのリーダーの名はすでにセーナから聞いていたので、サーシャは思わず叫んだ。それを見て、トウヤは何事か聞く。
「どうかしたのか?それより君の名は?」
「私の名前はサーシャです。あの・・上の部隊をまとめている者です。」
と言いながら上空で竜騎士団を次々と倒していく天馬騎士団を指差した。それを聞いてトウヤは少なからず驚いた。
「君がウエルトのサーシャ王女だったんだ。変なことを言って、すまなかった。」
そうは言ってもトウヤはこれといって失礼な言葉は発していない。レジスタンスにいたとはいってもその辺の礼儀は身につけているようであった。何はともあれ、これがサーシャとトウヤの初めての出会いとなった。戦線はブルーバーズの下からの奇襲により体勢を乱して、それと対照的に息を吹き返したサーシャ隊、ラフィン隊によって木っ端微塵にくだかれた。
これによって南リーヴェの戦いはいよいよ大将エルンストを残すのみとなった。それに立ち向かうのは一皮向けたリュナンに、それを武の面で支えるナロンであった。決着がつくまであとわずか。