レジスタンス・ブルーバーズの加勢でカナン軍の主力を務めるジュリアス竜騎士団は完全に壊滅し、カナン軍はもはや残すところエルンスト率いる第三軍団の精鋭のみとなった。ここにリュナン軍最強の騎士ナロン率いる最精鋭部隊が突っ込んだ。さらには後方からもリュナン自ら率いる騎兵部隊も突撃を敢行し、カナン軍は武器を捨てて潰走するかと思われた。しかしカナン軍の最後の雄エルンストの決死の采配は彼らの猛攻を凌ぐだけでなく、一時は跳ね返すほどの威力を彼らに見せつけた。これにはリュナン軍もたまらずすぐの決着をつけるのではなく、徐々にエルンストを締め付けるべく大包囲を始めた。先ほどの突撃で城壁沿いに配されていたカナン軍のストーンヘンジ部隊は壊滅しているために城西部には南リーヴェの中央を突破したサーシャ・ラフィン両部隊が難なく布陣することができた。そしてエルンストの目の前にはナロン直卒の部隊が配された。決着がつくまであと少し。
「よくぞあの体勢から立て直せたものよ。」
四方を囲む包囲網を、とくに西方のラフィン・サーシャ部隊を睨みながら、カナン軍の大将エルンストは唸っていた。ブルーバーズの支援を受けたとは言え、目の前の2人の部隊がカナン一を誇るジュリアスを破ったことを知った時、エルンストは己の敗北をはっきりと悟った。
「こうなれば死ぬまでここを守り切るのみ。」
そう決心したエルンストの前でわずかなどよめきがあがった。まもなく使いがエルンストの元に飛んできて、
「正面の部隊が突撃の準備を始めている模様!」
その直後、エルンストの耳に戦士たちの喚声が届いてきた。
「もう動いてきたようだな!皆のもの、ここが先途と思え!!」
エルンストの喝を得て、士気を極限までに高めた部隊に、ナロン、ヴェガ、リシュエルらが率いるリュナン軍最精鋭部隊がついに激突した。まずはリシュエル部隊の遠距離魔法メティオールがエルンストらを襲った。空から降ってくる火球は容赦なくカナン兵を襲い、炸裂してはさらに多くの兵士をはじき飛ばしていく。それでも名将エルンストの薫陶を受けた兵士たちは犠牲となった見方の屍を乗り越えて、ついにリュナン軍先鋒ヴェガ・パピヨン隊に衝突した。そしてここで大乱戦が始まった。ここで敵の横を衝いて、サーシャ部隊らを当てれば勝ちは確実だが、名将エルンストを相手にそんな無粋な真似をするリュナンではない。まだジュリアス竜騎士団から受けた傷が癒えていないサーシャ・ラフィン隊はそのままにし、それまでセーナが指揮していたリュナン軍歩兵部隊が最精鋭部隊の後方に回り込み、彼らを支援する。ここで活躍したのがラケルだった。新しい弓アーバンレストを持って、容赦なく後方からカナン兵に矢を射ち掛けていっては彼らの動揺を誘った。さらにはマルジュ率いる風魔道士隊が最精鋭部隊に紛れ込んでは、時折姿を現し必殺の風魔法を繰り出していった。まさしくリュナン軍の真骨頂を示すような戦い振りを名将エルンストに見せつけていた。しかしリュナン軍にはまだまだ元気な軍勢があった。
「行け!今こそバルトでの屈辱を晴らすのだ!!」
と意気込むのはウエルトの現国王ロファールである。敵であるエルンストはバルト戦役の際に苦汁を散々飲まされた相手であり、そして分相応の相手でもある。ロファールと、ウエルトの聖騎士ロジャー率いるウエルト軍もまたさっきの歩兵部隊のように最精鋭部隊の後ろに回ってから、彼らの側面を沿いながらカナン軍を包み込むように攻撃をはじめた。これで逃げ場を失ったカナン兵の憔悴が著しくなり、攻撃の手が少しずつ緩んできた。そして当のエルンストもリュナン軍の重厚かつ的確な力攻めに正直参っていた。
(これだけ強力だったとは・・・。確かにこれならバルバロッサも防ぎ切れないはずだ。)
その時、彼の目の前に自分と似た鎧を付けた騎士が勇躍している。むろんナロンである。多少あどけない顔立ちをしているが、その槍さばきは他のものを圧倒している。ふとエルンストはその騎士のもとに馬を走らせていたことに気付いていた。するとナロンの方もエルンストに気付き、血に染まった槍を彼に向けた。
「そなたがセネーの奸物を瞬く間に平らげたナロンとかいう者か?」
セネーの奸物とはカナンの臣にしてゾーアの犬となってセネーを支配していたパブロフのことである。この時エルンストもナロンのいないリュナン軍を相手に完膚無きに叩きのめしていたが、あと一歩のところでセネーの砦を落とされ挟撃を恐れたエルンストは撤退している。その後独自に調べた結果、パブロフを倒したのがナロンと知ってからは一度槍を合わせてみたかったのである。しかしいざ会ってみるとまだ年端もいかない若者であることにエルンストはまず驚いた。するとナロンが大らかに叫んだ。
「若輩者ながら、このナロン、【カナンの剣】ことエルンスト殿の首を頂かせていただきます。」
エルンストに敬意を払いつつも、決然とした決意を聞いたエルンストも己の中で昂ぶる興奮を抑えられずに、ついに叫びながらナロンへと剣を振るった。
「その覚悟は見事だ。ならばバルカ王子、そしてジュリアス王子に賜った、この宝剣ホーリーソードでお相手いたそう!」
その叫びと共に放たれた攻撃はすぐさまナロンの槍に阻まれ、逆にナロンからは左手で抜いた剣による攻撃が襲ってきた。もちろんエルンストもその攻撃を悠々と避け、ナロンは右手で持っていた槍を捨てて、剣を両手持ちにした。これは剣を振るって戦うエルンストに対する敬意の表れである。剣と槍ではリーチの長さの違いのために槍に絶対的な有利がある。しかしそれを卑怯としたナロンは自ら槍を捨てて、同じ剣にてエルンストに勝負を挑んだのだ。それを見たエルンストは心の中でふと疑問を浮かべた。
(この若者、誰かに似ている。)
まだエルンストはナロンがかつての己の股肱の臣ゼノンの子供であることはまだ知らなかった。そう思っている間もナロンは剣を振るってくる。ナロンの持っている剣は何の特徴もない鋼の剣であるためにエルンストはただ避ければいいだけなのだが、ナロンの攻撃はエルンストの思っている以上に速くて緻密だった。そしてこの速さがエルンストとの経験の差を見事に埋めていた。突如、ナロンの馬が跳ね、エルンストのすぐ横を飛んでいく。その際、水平に構えたナロンの剣がエルンストを襲い、不意を衝かれたエルンストはそのホーリーソードを盾にするしかなかった。エルンストの剣が宙に舞い、そしてナロンの馬が着地し、すかさず振り向き様に剣を振るった。エルンストはすぐさまもう一本の剣を抜いて、この攻撃に備えたが、次の瞬間、エルンストのシールドソードもまた宙を飛んでいた。ナロンの想像以上の膂力に手がしびれていたが、そのままにしておくわけにも行かずに言う事の聞かない右手を強引に動かしてサンダーソードを抜かした。だが心中は驚きで満たされていた。
(まさかこのわしがここまで防戦一方になるとは。だが・・・)
そして驚きの原因となった、ナロンは愛馬の向きを直して再度エルンストと対峙している。それだけなく剣を顔の前に持ってきて技を繰り出すような素振りを見せている。それを見て思わず、声をあげていた。
「わしは・・・わしは負けるわけにはいかんのだ!」
そしてお互いがお互いの戦いの中で編み出してきた大技が炸裂し合う。まずはエルンストが先制して技を繰り出してきた。
『クリミナルサンダー』
唯一残った剣サンダーソードに己の魔力を送り込み、サンダーソードから放たれる雷を最大限に増幅させ、敵に攻撃する技である。馬上騎士の中でもかなりの魔力を持つゴールドナイトであるからこそできる技である。対するナロンは目を閉じ、己の剣に魔力を注ぎ込んだ。
『ディヴァインスマッシュ』
セーナによってその光の魔法ライトニングの源を与えられたナロンはそれを剣に帯びさせたのである。そして白く光り輝く剣と、激しく黒光りする雷が交差した時、激しい爆発が起こった。周りにいたカナン兵もリュナン軍の兵も視界を奪われ、何も出来ずにただうずくまることしか出来なかった。そして強烈な光が少しずつ薄れていった。その中から姿を現したものを見て、カナン兵は愕然とした。神のごとく慕っていた名将エルンストがナロンの剣に貫かれていたのだ。あの衝撃で大ダメージを受けていたナロンであったが、勝機は今と己を奮い立たせて突撃を敢行したナロンはエルンストへと攻撃をしていた。そしてその決死の攻撃が通ったのである。一方のエルンストもナロンがこの衝撃に絶えて、突撃してくるであろうと読んでおり、そのための迎撃準備を十分とっていた。しかし猛烈な光の中から出てきたナロンに、かつての股肱の臣の顔が重なったのだ。
(ゼノン!)
それが命取りとなった。何かが自分の身体にぶつかったことを感じて、我に返ったときには己の腹をナロンの剣が貫いていた。
「そなたがゼノンの息子だったのか・・。それなら私も悔いは、ない。」
その言葉をナロンはしっかりと聞いている。
「だが、頼む。私の、骸は、カナンの、土の、中に、埋めて、くれないか?」
すぐさまナロンが首を縦に振った。その目にはうっすらと涙を浮かべていた。そんなナロンの顔を見て、満足したのかエルンストは静かに瞳を閉じて、崩れるように馬を落ちた。カナン最強の男の、華麗な死だった。
その後、エルンストを討ち取り、興奮状態となったナロンの活躍はもはや鬼神同然だった。さらにリュナン軍の総攻撃を受け、主将を失ったカナン王国第3軍団はよく戦ったものの、その流れに逆らうことはできずに次々と壊滅させられ、ついには南リーヴェを制圧されることとなる。これにより王都リーヴェへの扉は大きく開かれることとなった。この戦いの最中に捕虜となったエストファーネは自由カナン軍の使いヴェーヌに預けられ、従兄弟セネトの元に向かうこととなった。
「サルーン、思いっきりグリューゲルの威勢を見せつけてこいよ。」
カナン王宮の包囲に当たっているグリューゲルは自由カナン軍の合流を目前にして、新たな動きを見せ始めた。サルーン率いるグリューゲル空軍をリーヴェに向かわせるためであった。もちろんセーナの指示である。
「任せておけ。それよりもリーネ、お前は平気なのか?南リーヴェから戻ってきたばかりではないか。」
対するリーネは淡白に
「平気です」
と答えるにとどまった。すると
「私も付いていきますので、ご心配なく。」
とシレジアの天馬騎士レイラが言う。グリューゲルには加わっていないものの、今回の策に彼女も加わるようである。しばらくして出発の体勢を整えたグリューゲル空軍とレイラ天馬騎士団はリーヴェ王宮へ向けて飛び立っていった。
その次の日、カナンの勢力図が一変する。リーヴェから長躯駆けつけてきた第二王子バルカ率いるカナン軍がカインとアベル率いるグリューゲルを打ち破って、カナン王宮内に入り込んだという。しかしそれはバルカとカインたちの狙いだった。突如としてバルカが旗を翻し、自由カナン軍として城兵たちを駆逐し始めたのである。信用しきっていた王子バルカのクーデターに城内は混乱を極め、さらには城外にいたグリューゲルからもシャル・ミカの部隊のワープ戦法の前に戦線を次々と分断され、追い討ちをかけるようにようやくカナン王宮にたどり着いたセネト率いる自由カナン軍本隊が東門からも侵入して、もはや勝敗は明らかとなった。国王バハヌークは息子バルカによって討ち取られ、この時点でゾーア帝国は名実共に崩壊した。しかしこの混乱を待っていたのは自由カナン軍だけではなかった。ガーゼルの魔女カルラがこの混乱に付け込んで、バルカを抹殺したのだ。その直後に駆けつけたセネトたちに気付いたカルラはそのままワープをして姿をくらました。
もう1人の英雄セネトにとっては試練の日々が続いている。というのもこのカナン王宮に遅れて来たのは、妹ネイファが直々に来たグエンカオスによって連れ去られたためであった。そしてその遅れのために今また叔父バルカを失った。しかしショックに打ちひしがれている暇などセネトにはなかった。
リーベリアは風雲急を告げようとしていた。