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 カナンの剣エルンストの死により南リーヴェはリュナン軍のもとに制圧され、あとはリーヴェでも最大規模を誇った都市ノルゼリアと、リーヴェ王都のみとなった。リュナンはこれ以上の戦は無用と考え、ここに篭もるカナン第3王子ジュリアスに降伏勧告を行っていた。しかしジュリアスはこの勧告を黙殺し、謎の沈黙を守っている。こうされると当のリュナンも当惑するばかりであった。するとリュナン軍の中からも武力で彼を排除しようと進言してくるものも出てきた。だがリュナンが戦をためらうには理由があった。
 1つは場所がリーヴェ王宮であるということ。市街戦になれば関係のない民が犠牲になる確率は極限まで高くなる。しかもその中には口うるさいリーヴェ貴族の邸宅も多くあるために、制圧しても口々に文句を言ってくるのは確実である。もう1つはリュナン軍自身にあった。先の南リーヴェの戦いで勝ったとはいえ、その被害は甚大でリュナン軍随一の猛将ナロンの負傷を筆頭に、サーシャ天馬騎士団とラフィン竜騎士団もリュナンの采配ミスで多大な被害を被って今は立て直しで手一杯なのが実状で、とてもジュリアスを討つ戦力は整っていなかったのだ。しかし斥候からの連絡によりジュリアスが数少ない兵力をまとめて戦闘の準備を始めているとの情報を得ると、リュナンも決断を迫られることになる。リーベリア解放戦争でも唯一とも言える市街戦が、リーベリアの中心の1つ、リーヴェ王都にて行われようとしていた。

 戦がまもなく始まる頃、リュナンはセーナの陣所のもとを訪れていた。ガルダ軍の総司令官でもあるセーナは今ではもう無二の親友となったサーシャとの会話に花を添えていた。そしてセーナがリュナンに気付くと、リュナンが先にいった。
「セーナ、ジュリアス王子が仕掛けてくる。だけど僕らにはジュリアス王子を討つ戦力も自信もない。一体どうすればいいのか教えてくれないか?」
南リーヴェの戦いでも華麗にリュナンから全軍の指揮権を奪い、体勢を立て直したセーナである。おそらくはジュリアスを打ち破る方策も考えているだろうとリュナンは考えていたのだ。そしてセーナの口からは現実が突きつけられた。
「今のこの軍の戦力では勇猛さではエルンスト将軍に並ぶというジュリアス王子を破ることはできません。」
その言葉を聞いて少しうつむくリュナンにセーナが笑みをたたえて言葉を足す。
「だけど心配はいりませんよ。すでにカナンから私の手勢の一部を向かわせています。おそらくもうまもなく着く頃ではないかな。
! どうやらその報せが来たみたいよ。」
その直後、リュナンのもとに更なる情報が入ってきた。
『ノルゼリアの方向より謎の竜騎士団と天馬騎士団が向かっています!』
それこそセーナ直卒の精鋭でガルダ聖戦では苛烈な追撃を行い、その時の指令官ヴァーサを見事に討ったサルーン率いるグリューゲル空軍その部隊であった。
「あとはリュナンの決断次第よ。」
セーナが決断を促す。するとリュナンは頭を下げて
「わかった。頼む、セーナ。」
それを見てセーナが慌てながら言う
「この軍の指揮官はリュナンよ。私はリュナンの指示に従うだけ。だから頭を下げないで。」
とはいうものの、実績、名声、能力どれをとってもリュナンよりセーナの方が上なのは一緒にいるサーシャの目から見ても明らかである。リュナンもそれを知って、セーナに対して敬意を表していたのだが、セーナはそういうものを何よりも嫌う人間であった。その証拠にまだ一桁の回数しか会っていないリュナンを彼女は半ば呼びつけにしている。セーナは苦笑しながら戦の準備をするために立ち上がると、思い出したかのようにリュナンにしみじみと言った。
「リュナン、もしこの戦いで私が死んだら、ユグドラル大陸のこと、よろしく頼みます。」
その言葉の意味の真意はともかくセーナが生涯で「もし死んだら」と言ったのはこれ1回のみである。それだけにジュリアスの能力を買っており、そしてセーナがジュリアスと一騎討ちを挑むことをさっきの言葉で示唆していることになる。リュナンもその意味を何とか汲み取り、言った。
「大丈夫。セーナなら勝てるさ。」
するとセーナが人懐っこい笑みを返して、手にしている指輪に目を向ける。
「それじゃ行きましょうか、フォースドラゴン。私たちの初陣よ。」
ふと指輪が白く輝き始め、セーナの周りで烈風が吹き始める。それが生み出す砂嵐にリュナンとサーシャは目を閉じざるを得なくなったが、突然その烈風が止まった。そして2人が目を開けたとき、セーナの姿は消えていた。どこに行ったのか、周りを探していたら2人の足元に巨大な影が通過していった。

 セーナはガルダで味方につけた竜帝バハムートの異名を持つフォースドラゴンに乗り、サルーン率いるグリューゲル空軍に合流すべく低空を飛びながら北東に向かっていた。やがて数々の騎影を確認し、急上昇したフォースドラゴンとセーナはまんまとグリューゲル空軍への合流を果たした。
「久しぶりね、サルーン。」
その言葉を聞いてサルーンは苦笑交じりに聞く。
「皇女がガルダに行ってしまわれた時に比べれば、全然短いですよ。それよりもいつドラゴンの乗り方を学ばれたのですか?」
「あっ、これはね、フィリップ王子に教えてもらったのよ。」
フィリップとはユグドラル南東部にあるトラキア王国の未来を担う王子である。トラキア王族特有の血生臭さがなく、セーナが「ライトがいなかったら彼と結婚していた」と言わせたほどの好人物である。ガルダ義勇軍の1人の将として参加していたフィリップはガルダにいた間にセーナから請われてドラゴンの乗り方や、戦い方を学び、ドラゴンナイトには必須となる槍も扱えるようになっている。
「なるほどフィリップ王子にですか、あの方は本当に人がいいですからな。」
「それよりももうすぐリーヴェよ。今回は何としても勝たなければいけないからね。」
「ご心配なく、グリューゲルは勝ちか、消える道しかありませんので。」
そういってセーナの横を素早く飛んでいった。するとフォースドラゴンが呟く。
「勝ちか、消滅か。面白いな。そんなことよりもティルフィングは持ってきているんだろう。」
「もちろんよ。これがないとジュリアス王子には勝てないわ。」
そしてセーナが鞘から聖剣を抜く。ふと何か暖かいものがセーナの体の中を流れた気がした。
(こんな感じをお父様もおじいさまも感じていたのね。)
兄にして祖父の名を受け継ぐシグルド2世の好意で受け取った聖剣ティルフィングが今、セーナのもとで輝きを増していった。
 リーヴェ空中戦の幕はまもなく引かれることとなる。

 カナンの王子ジュリアスは東の空を見て、思わず唸っていた。
「あれが異大陸の竜騎士団。そしてガルダでヴァーサを、バージェでベロニカを討った気高き集団グリューゲル。私の最期としてはこの上ない場面ではないか。」
そして南に目を向けると残っていた第1軍団とリュナン軍がにわかに戦いを始めかけている。
「誰か、いないか!」
ジュリアスが配下を呼ぶ。すぐさま部下の将が駆け上ってきた。その姿を確認して言った。
「第1軍団を撤退させろと伝えたはずだが、なぜ戦っている。」
問われた将は毅然と返した。
「我々はカナン武人であります。今、王子が命を賭して戦おうとされているのに我々だけのこのことカナンに帰るわけには行きません。」
その口調には断固とした意思が感じられた。とジュリアスは苦笑しながら言った。
「すまんな。私のつまらぬ意地のために。
では私も行くぞ。カナンにジュリアスあり、というところを見せてやるのみだ。」
そしてジュリアスはバルコニーから飛び降りた。あとにはドラゴンの羽ばたきの音が大きく響いている。
 リーヴェの民は震撼していた。これからカナンとリュナン軍の戦いが始まるかと思っていたら、東から所属不明の飛行部隊が飛来してきたからである。特にリーヴェ貴族たちの混乱はもはや極みの状態にあった。

 そしてジュリアス竜騎士団とグリューゲル空軍との戦いが始まった。ジュリアス竜騎士団の大半は南リーヴェの戦いにて壊滅したが、今戦っているのはジュリアス竜騎士団の精鋭中の精鋭が温存されていた。そうなると戦は一進一退となる。開戦当初、前衛に配置していたリーネ天馬騎士団は最初は有利に戦いを進めるもセーナとリベカの輸送で疲労し集中力が途切れがちとなるリーネの采配に精彩を欠き、じわじわと押され始める。すぐさまサルーンとカイ率いるグリューゲル空軍本隊が加わり、とりあえず互角に持ち込まれた。この間にセーナとフォースドラゴンは戦場をするりと抜けて、ジュリアスの元に向かっていた。そしてジュリアスもセーナに気付く。
「ジュリアス王子、ユグドラル大陸新生グランベル帝国皇帝セリスの長女セーナがお相手します。」
「貴公がヴァーサやベロニカを討っていただいたものか。もっと怖い女かと思えば、うら若き乙女ではないか。なるほど味方を変えれば姪のエストファーネもそうなるということかな。」
「エストファーネ王女もわたしは会ったことがありますが、彼女も将来は素晴らしい女性になられるでしょう。では行きますよ、ジュリアス王子。」
ジュリアス、ユグドラルの発音に直すとユリウスと読む。そう、一時代前にユグドラルに降臨していた暗黒竜ロプトウスの化身と化していたユリウスと同じ綴りなのだ。それがセーナを動かしているのかは不明だが、何か浅からぬ因縁を感じているのは事実である。しかしいざ戦いとなるとそんな雑念は命取りとなる。セーナは再び聖剣ティルフィングを抜き、不安定なドラゴンの上で身構えた。先制はやはり空中戦ではベテランのジュリアスである。名槍カナンの槍を煌かせてセーナの胸を狙う。ふとフォースドラゴンが横に滑空し、その鋭鋒をかわす。対してセーナがティルフィングを大きく振るう。すると強大な真空波のようなものが発生し、ジュリアスとその愛竜を襲う。愛竜が倒れてもジュリアスは地面に叩きつけられて死ぬ。それをわかっていたのかジュリアスは避けなかった。真空波がジュリアスを襲い、その肩からは赤い液体が吹き上げる。愛竜にも多少のダメージはいったはずだが飛ぶのには支障がないようだ。この隙に攻撃すればセーナの勝ちだったが、さっきの攻撃はモーションのリスクが大きすぎてようやく体勢を立て直したというのが、正直なところらしい。すぐさま愛竜の頭を捻り方向転換をするジュリアス。対してセーナとフォースドラゴンはスムーズに旋回しながらジュリアスに迫っていった。と、セーナがジュリアスにとって最も得意といえた間合いに入った。それを見逃すジュリアスではない。痛む肩を酷使しながらカナンの槍を中段の前に構えて、大技を繰り出すかに見える。だがセーナも諜報衆からジュリアスの戦い方は熟知している。わざとジュリアスの土俵に上がり、それを返り討ちにしようと考えていたのである。そしてセーナはティルフィングを上段に構える。それを見たジュリアスは瞬時にセーナの意図を感じた。
(これで一気に決着をつけるというわけか)
上空とはいえ、ここはリーヴェ王都である。地上で行われている第1軍団とリュナン軍の戦いも空中戦の決着が着けば、すべてが終わる、セーナはこう信じて危険とはいえジュリアス相手に慣れない空中での大技勝負に賭けたのであった。
「ゆくぞセーナ。私が全生涯をかけて積み重ねてきたものを全てここに結集させる。」
『クリミナルスピアー』
迷いのない一直線の突きであった。これを見た瞬間セーナは
(美しい突き)
と一瞬だけその突きに惚れかけたが、こちらも仕掛けなければ負ける。すぐさま感情を切り替えたセーナはその昔、父セリスが暗黒竜の化身ユリウスを打ち破った時に使った剣技を放つべく、フォースドラゴンから跳躍した。
『ディヴァインスライサー』
ジュリアスの真っ直ぐな突きに対して、セーナのは放物線を描く軌跡を描いていた。そしてこの曲線と直線が交差した!この瞬間、2人の間で時が止まった感じがした。今まで会ったことがなかったのに、なぜか暖かいものを感じる。セーナの目の前でジュリアスが目をゆっくりと閉じた瞬間、時は再び動き始め、セーナの身体に重力がかかっていく。落ちていくセーナは先回りしたフォースドラゴンによって受け止められ、一方のジュリアスの愛竜は主を乗せたまま東の方に飛んでいった。そのままそのドラゴンは東の彼方に消えていった。ふとセーナは自分の身体に何の傷も痛みもないことに気付いた。ジュリアスは技をセーナに放たなかったのだ。おそらく今までゾーアに心が奪われていく父バハヌークを己の心の弱さから止められずリーベリア大陸に戦火を巻き込んだことに対する償いだとセーナは感じている。そして『あの時』、セーナの耳にジュリアスの「すまなかった」という声が届いていたことに気付くまではさほどの時間はかからなかった。セーナの頬を透き通ったものを伝う。
 この後、レイラ率いるシレジア天馬騎士団が後詰をして、ジュリアス竜騎士団は壊滅した。それを知った地上の第1軍団は皆、涙を流し、リュナン軍に投降していった。まもなくリーヴェ王宮はリュナン軍により解放される。降伏したカナン兵はリュナンが責任を持って、カナンまで送っていき希望するものはセネト率いる自由カナン軍の兵士として組み込まれ、新しいカナンを支えていった。

 制圧後、カナン軍掃討に勝手に協力してきた賞金稼ぎや、リュナンに取り入ろうとするリーヴェ貴族たちが王宮に押し入ってきた。賞金稼ぎは適当に金をまいて煙にまいたが、貴族たちは未だに懲りず己の栄達を思い亡きリーヴェ国王の遺児メーヴェ(つまりエンテ)とリュナンを結婚させようと画策する。この政略結婚に関してリュナンは貴族たちや、彼らの言いなりになるエンテに憤りを心の中で感じながら事を大きくしないように丁重に、そしてはっきり断り、カナンとの和睦交渉のためと理由を立てて足早にノルゼリアに向かって行った。ジュリアスを討ったセーナはリーヴェ貴族に色々と誘われるのを嫌い、戦が終わるや否やまっすぐにカナンへと戻っていった。
 あれからジュリアスの遺体は見つかっていない。セーナは後世までこう伝えている。
「ジュリアス王子はカナンの風となって、ずっとカナンを守っている。」と。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月17日 02:03