ノルゼリアで轟いていた二頭の聖竜の姿が消え、旧市街には軍勢の喚声が幾重にもこだましていた。通常の戦闘に目を移せば、数を頼みとするガーゼル教国軍がリュナン・セネト連合軍をビタ押しにしていた。しかし対する連合軍も決死の防衛戦を演じて、一歩も退かない。とはいえ負けない戦いを続けているのが精一杯でこの状態が長引けば波状攻撃を繰り返すガーゼル教国の波に呑まれてしまうのは明白だった。

 そこに聖竜との悲壮な戦いから戻ったセーナ率いるグリューゲルが東がガーゼル教国軍に突っ込んだ。ガルダで20万の兵を、バージェで死兵と化した兵を相手に一歩も引かなかった最精鋭の背後からの突撃に、文字通りガーゼル教国軍の包囲網の東側が粉砕された。これにより東側にあったガーゼル軍はグリューゲルにこじ開けられるように北と南に分断され、それぞれに一時の混乱を与えることにも成功する。そして東部隊が流れ込んだことにより北のガーゼル軍も更に北に伸びきることになり、そこにセーナのもう1つの精鋭エーデルリッターが突撃した。完璧とも言えるこの戦術に大軍を誇るガーゼル軍の北部隊は壊滅的打撃を受けることになる。これにより息を吹き返したのがリュナン・セネト連合軍である。セーナ率いるグリューゲルと合流し、合計約27万の兵が西部隊の突破を図り、一団となった突撃を行う。偶然にもこの乱戦でリュナン軍最精鋭のナロン隊が連合軍の西側に押されていたので、彼が西部突破の急先鋒となった。これにやや迂回したグリューゲルリーダーのカイン隊がナロン隊に並び、空からはサーシャも従っての突撃と相成った。しかしこの最強の先鋒を前にして、正面に座すガーゼル軍は怯まなかった。おそらくは未だに北部隊と東部隊の壊滅を知らずにいるからで、数を頼みとする圧殺が可能と見たからであろう。しかしそんな思いをよそに連合軍先鋒は見事に西部隊を蹂躙する。それはガルダ聖戦にてシューティングスターによってズタズタに切り刻まれた軍勢にも似ていた。ここで怯んだ西部隊にはさらなる修羅場が降りかかる。セーナ、リュナン、セネト本隊による総攻撃である。彼らは容赦なくガーゼル軍に切り込んで行った。

 セーナは乱戦の中、とある人物を探していた。その人物とは現在こそウエルト軍の一部としてリュナン軍に参加しているものの、その血筋にはレッキとユグドラル聖十二戦士の血が流れているのである。そしてセーナはその人物を見つけた。
「見事な弓の腕ですね。」
乱戦の最中でもその弓は一際輝いている。その女性スナイパーはセーナの声に反応して振り向き、目を見張った。
「セーナ様のような方がこんな時に何か用でしょうか?」
その女性スナイパーはソラの港でリュナンとセーナが会見しているのを遠目から見ていて見識があった。それを知ったセーナは神聖そうな弓をミカから受け取りながら、言った。
「私のことがわかっていれば話は早いです。とりあえずこの弓を使ってみてくれますか?」
どういうことか、わからないが、セーナからその弓をもらった瞬間、そのスナイパーの中で何かが覚醒した。しかし当の本人は何が起こったのかわからないようで、すぐにセーナに目を向けた。
「どうやらリベカの言うとおりだったようね。ラケルさん、あなたのご両親がどういう人かは知ってますか?」
何が何だかわからずに混乱している女性スナイパー、ラケルはセーナの問いを受けても何も応えられなかった。それを見てセーナは慌てて、釈明する。
「あ、ごめんなさい。色々と混乱させてしまったみたいね。」
「い、いえ。」
「この戦いが終わって、落ち着いたらこの手紙を読んで。これにはあなたの出生の秘密がすべて書いてあります。」
そう言って、懐から手紙を出してラケルに手渡す。そしてセーナが続けた。
「あなたが良ければ、その弓を差し上げます。きっとあなたが自分の真の姿を受け入れたとき、その弓は世界最強の弓になってあなたを守ってくれるでしょう。」
こう言った限りでセーナは風のように乱戦に戻っていった。残されたラケルは何が起こったのかよくわからないようだが、ここが戦場であることを思い出しセーナからもらった手紙を懐にしまって彼女も戦線に戻っていった。

 そして連合軍はついに西部隊を突破した!しかしここからが大変であった。今度は背後から西部隊らガーゼル教国軍が襲ってくるのである。唯一難を逃れていた南部隊も西部隊を糾合して、追撃を繰り出してきた。ここで先鋒としていち早く包囲網を突破したナロン・カイン両隊がシンガリとなってこの部隊に立ち向かった。だが突破した勢いを持ってしても、40万の大軍は巨大すぎる力を持っていた。じわじわと押され、両部隊の崩壊もあと少しという時にガーゼル軍が今度こそ霧散した。北側の敵を蹴散らしたミーシャ率いるエーデルリッターがガーゼル軍の側面を見事に衝いたのだ。何重にも策を張り巡らせたセーナの神智が炸裂した瞬間だった。再びガーゼル軍が体勢を立て直したときにはすでに時遅く、連合軍はそれぞれの道へと去った後であった。だが彼らの悪夢はこれから始まる。セーナからの知らせを受けて、怒りに燃えてノルゼリアに乱入してきたシルヴァ・ゼノン両将率いるセネト軍本隊によって最後の最後まで追い詰められることになるのである。

 ゼノン、シルヴァ両将によるガーゼル軍掃討を左に見ながら、セーナ・セネト軍はノルゼリア南部を東に抜けようとしていた。すでにリュナン軍はセーナの知らせを受け取ってエンテを救うべく水の神殿のあるリムネーに急行していった。そしてセネトもまた妹ネイファを救うべく、風の神殿を経由して教皇グエンカオスがいるであろう邪心の神殿へと向かうことになりつつあった。しかし急報がセーナにもたらされた。
『バーハラ(ユグドラル大陸新生グランベル帝国帝都)にてマリク挙兵。シアルフィのオイフェ卿とエッダのリーン殿がバーハラ軍、ミレトス軍、ユングヴィ軍により包囲を受けるも、ヴェスティア(シグルド2世統治)は中立。』
つまりセーナの兄マリクが、彼女が戻らないうちにその翼をもぎ取るためにバーハラにて挙兵したのだ。しかもあろうことかセーナの次兄シグルド2世が中立を表明したために周囲を敵に囲まれた形となったシアルフィ公国とエッダ公国が敵の重囲を受けてしまった。すでにシレジア王国、南部トラキア王国、そしてヴェルトマー公国がセーナ派を表明しているが、それぞれイード砂漠の都市軍と、ミレトス連合王国軍の妨害によって彼らの救援は無理な状態である。すなわち今セーナがユグドラルに撤退しなければ父セリスの股肱の臣オイフェとリーンを失うだけでなく戦略的な要衝シアルフィが奪われてしまうことになるのである。しかしセーナは中途で物事を放棄することを極端に嫌う。ここまでリーベリアに介入してしまった以上は最後まで見届けたいセーナはカインらが勧めた撤退案をこう言って一蹴した。
「今、戻ったとしてもアグストリアの態度がわからない上に、ヴェルダンが立ちはだかっていて間に合わない可能性が高いわ。淡い期待を抱いて、リーベリアの解放も、シアルフィ・エッダの救援も中途で挫折してしまえば、私は必ず後悔することになるわ。」
というも心の中ではシャルからの報告を受けて、淡い期待を持っているのも事実であった。
『オイフェ卿、シアルフィ軍をまとめて、エッダへ移送。篭城のための防備を固める』
ユグドラルでは平野に城を築くのが普通で、そのために城の防御はさして高くない。しかしそれゆえに攻城戦も少なく攻撃になれていない攻め手がエッダを落とすのに手間取るとオイフェは踏んで、シアルフィを捨ててエッダに篭った。そしてセーナはここに唯一の光明を探っているのである。
(おそらくオイフェは3ヶ月は持ってくれる。私たちがここ(リーベリア)にいられるのはあと1ヶ月半というぐらいね。)
その間に全てが決するのは微妙な期間であるが、セーナにはやるしかなかった。ならば、とセーナは今できる手を全て打つことにした。まずエーデルリッターとグリューゲル空軍をここノルゼリアに駐留させて、リーヴェの貴族たちを見張らせることにした。同時に南リーヴェに今も陣取るレジスタンスブルーバーズのリーダー・トウヤにも似た命令を与えた。これからリーベリアの全主力が一点を目指すために表舞台から姿を消すことになる。その間に腹黒いことで有名なリーヴェの貴族たちに妙な動きをさせないためである。
 こうしてセーナは色々と手を打って、セネトと共にグエンとの決着を見るべく風の神殿へと向かっていった。

 一方、リュナン軍にいるラケルはリムネーでの休憩時にセーナから渡された手紙を開いている。傍らにはこれまたセーナの指示を受けたリベカがいる。彼女がラケルの出生の秘密を調べ上げて、セーナに伝えたわけである。そしてその報告がセーナの手紙を経て、ついにラケル本人に届いたわけである。その手紙を読んでいくうちにラケルの顔が引き締まっていく。
 ラケルの両親は、ユグドラルでその名を轟かせた聖将シグルド率いる軍にいたデューとブリキッドである。まず父のデューであるが、彼のことは未だによくわからないのが現状である。ヴェルダンで盗賊として悪事をしていたようだが、やがてヴェルダン軍に捕縛されるもブリキッドの妹エーディンによって助けられ、盗賊から足を洗う。後にオーガヒル海賊の頭領だったブリキッドに惚れて、二人は結ばれることになる。一方のブリキッドは幼少のころにオーガヒル海賊の頭領に拾われてその跡を継いだわけだが、その真の姿はグランベルの名門ユングヴィ家の後継者であり、聖十二戦士の一人、弓神ウルの末裔である。そして今ブリキッドの傍らにある弓こそユングヴィ家に伝わる聖弓イチイバルだった。この弓はセーナの密命を受けた、ラケルの末弟フィードがユングヴィ家から盗んだものである。二人は主君であるシグルド没後、共にリーベリアへと来てラケルとルカを産んで、ウエルトの村人に託して再びユグドラルへと戻っていったわけであった。
 手紙を読み終えたラケルは思いもよらなかった状況に再び頭が混乱しかけていた。しかし最後の一文に再び目を向けた。
『ユングヴィ家に光を取り戻せるのはあなただけです。』
それほどラケルはセーナに見込まれているのである。そしてこの戦いが終わったら、ユグドラルに来て欲しいのであった。ラケルはリベカの顔を見た。しかしリベカは一言言っただけで去ってしまう。
「全てはイチイバルが教えてくれますよ。」
その意味を薄々と察したラケルは心を無にして聖弓イチイバルを構えた。すると今まで感じたことがなかった感覚がラケルに続々と入ってきたのだ。しかもその中には優しく笑っている母ブリキッドの姿もあった。
 それからどれだけの時間が経ったのだろうか、あっという間のような感じもしたが、何十年もの時が過ぎたようにも感じている。するとリュナン軍集合の鐘がリムネー中に響き渡る。ラケルは目を開いて、イチイバルを片手に村の広場へ向けて歩いていった。ここに弓神ブリキッドの愛娘ラケルが覚醒する。

 

 

 

 

 

最終更新:2011年07月17日 02:06