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セレーナ・エルク・ヴィ・セトルラーム=レミソルトインフリー

セレーナ・エルク・ヴィ・セトルラーム=レミソルトインフリー

作:@Freeton2
生年月日 不明
年齢 20アストラ歳(星年齢)
出生地 ロフィルナ王国
民族 ロフィルナ人
所属組織 セトルラーム共立連邦・行政評議会
職業 左位連邦公爵・立法公
渾名 調律女公
但し書き姫
無表情お笑い大公
附則クイーン
条文ポエマー
朱筆の鬼
紙嗅ぎソムリエ
速やかスレイヤー
不老の校正係
前倒し女帝
寝技の立法公
締切番長
エルク家の添削魔


概要

 セレーナ・エルク・ヴィ・セトルラーム=レミソルトインフリー(真名:セレーナ・エルク)は、セトルラーム共立連邦の三元君主のうち、立法の座に就く王大公である。
連邦エルク家の当主を務め、生来の不老の体質を持つ。

自己紹介

 はじめまして、セレーナ・エルクです。連邦では、立法の椅子を一つお預かりしています。最初にお断りしておきますと、私は話の途中で必ず但し書きを付けます。癖です。直す予定は、今のところありません。ただし、聞き苦しいと言われた回数が百を超えたら検討します。……今、数え始めましたね? 結構です。数える方とは気が合います。私の仕事は、数えて、比べて、削る作業の繰り返しですから。好きなものは、古い記録の綴じ本と、故郷に伝わる古い詩。詩のほうは、口ずさんでいるところを見られると恥ずかしいので、見なかったことにしてください。条件付きで。……条件ですか? 次にお会いする時、あなたの好きな詩を一つ教えてくださること。それで貸し借りなしです。ついでに特技も申し上げておくと、紙の匂いを嗅げば、書類が何十年前のものかをだいたい当てられます。役に立った試しは、一度もありませんが。呼び方は、セレーナで構いません。家の名まで全部続けると、挨拶だけで一日が終わってしまいますから。よく誤解されるのですが、長く生きていると時間にだらしなくなる、ということはありません。

 少なくとも私は逆です。期限のない仕事ほど、早く片付けたくなる。私が書類を一晩寝かせている間にも、どこかで誰かの暮らしの手続きが止まっているかもしれませんから。仕事の話を、もう少しだけ。私は文章に、主語と期限と例外を必ず入れます。誰が、いつまでに、どんな時は免除されるのか。三つ揃っていない決まりは、守る人を迷わせて、破る人を得させるだけです。部下の皆さんには口うるさく言っていますが、自分の手紙にも同じ規則を当てはめるので、私的な便りまで契約書のようだと姉に笑われます。改めるつもりは、今のところありません。それから、苦手な言葉が一つあります。『前向きに検討します』。前向きに、の期限がどこにも書いていないので。私宛ての手紙には、三日以内に返事を書くと決めています。四日目になっても返事が届かなければ、私が書類の山に埋もれていると思って、誰かを寄越してください。ちなみに、私の但し書きが三つを超えたら、本題はもう終わっています。安心して席を立ってください。……以上が、私についての要点です。質問があれば、どうぞ。一つにつき一つ、お答えします。答えられない質問には、答えられない理由をお答えします。それも立派な回答ですから。

来歴

 セレーナ・エルクは、宇宙新暦3995年、エルク朝の王都コルナンジェの宮廷に王女として生まれた。十歳上の姉ロフィーリア・ヴィ・エルクールが幼くして王位を継いでいた関係で、妹の幼少期は玉座の傍らで過ぎ、詩と楽曲の手ほどきには宮廷楽師が当たった。穏やかな日々を断ち切ったのは同4005年、新秩序世界大戦のさなかに起きた第一次ロフィルナ革命であり、エルク朝は倒れ、玉座はレミソルト朝の手に渡る。革命の側で姉と戦火を交えた一人に、後に連邦の筆頭公爵となるアリウスがいた。側近の裏切りに続いて近衛までが離反し、孤立した女王が亡命の道を選ぶと、取り残された王女は王都の地下の排水路に身を潜めた。焼け落ちる街の物音を頭上に聞いた日々の後、王女を保護したのはセトルラーム共立連邦の使節であり、身柄は連邦エルク家の後継として迎え入れられた。時の玉座にあった第3代筆頭公爵ゾラテスの叙任を経て、王女の身分は連邦の公族の籍に移されている。不老の体質が判明したのも、新しい籍に入った直後の時期にあたる。学術研究都市ルドラトリスで法学と哲学を修めてから連邦の法体系の整備に長く携わり、共立公暦600年代には立法を司る君主の座に就いた。連邦評議会に列する身でありながら、立法の権能は連邦総議会と分かち合う形を取る。共立三原則に沿う国際協調の方針を国内法の条文に移し替える仕事も、在任の初期から彼女の手に委ねられてきた。

 セレーナが両エルク家の法的地位を巡る懸案に向き合うことになったのは、転移者星間戦争を機にロフィルナ国内で王党派が勢いを盛り返してからである。エルクール側の正統を認めるよう筆頭公爵に説かれたセレーナが、譲歩の上限に据えたのは両家の統合であり、交渉の成果を持ち帰るよう筆頭公爵本人に強く迫っている。同650年、ヴァンス・フリートン大統領がトローネ・ヴィ・ユミル・イドラム皇帝と非公式に接触し、エルクールの政治への不干渉を条件とする受諾の意向が、姉の側から届く。同695年に筆頭公爵が旧エルク王朝との和解を表明すると、公国エルクと連邦エルクの融和協定がセレーナの手で整えられ、両家の親善交流が条文に定められた。統合エルク家の区分も同じ協定で設けられ、家を代表する人物の選出制を定めた条文も、彼女自身が書き起こしている。同700年にエルクール大公国がロフィルナ連邦共同体に加わったことで、姉妹は統合エルク家の共同当主として、一つの家名を分け持つ立場に落ち着いた。同998年に連邦を揺るがしたイドルナートの大火では、宗派のテロに端を発した混乱が、大統領の暗殺未遂を経て内務省の部隊によるクーデター未遂にまで連なった。エルクール総家の全員に王国が掛けた指名手配が、皇帝の身柄にまで及んだのも、同じ混乱のさなかである。配下の連邦評議員を招集したセレーナが特別立法「共立危機管理令」の草案を起こすと、左右の院の議決を経た法案は法理院で成立を見る。国内の要所に置く警備の権限を一時的に広げた管理令には、王国の手配を根拠とする身柄の引き渡し請求を、連邦の領内で却下する条項が盛り込まれた。対外的な声明を大統領府の所管に委ね、共同当主として姉と手配への対処を協議する役回りに、彼女は専念している。国内の混乱が数か月で鎮まった後も、王国との対立は今も尾を引いている。同じ年にはガルロ派の攻勢でエルクールの主要都市が占領されるチャルチルフ事変も起き、事変の後、連邦陸軍の将兵をエルクールの軍属として貸し出す法的根拠が整えられた。派遣される将兵の身分と補給の取り扱いを定めた条文も、セレーナの起草による。

人物

 セレーナの人柄には、条文を書く者の几帳面さに、地下で命を拾った子供の用心深さが溶け込んでいる。議場で感情を表に出す場面は稀で、判断は常に冷静に下される。行動原理に掲げる「法による調和」が指すのは、私情を条文の外に置いて大局を量る姿勢であり、感情を抑え込む作業も、本人にとっては推敲に要する手間の一つに数えられる。改正の日に行き場を失う者が出る事態を条文の段階で塞ぐため、起草した法案には必ず経過措置と救済の附則が添えられる。逃げ道を一本残しておく書き癖の根には、王都の地下で出口を探し続けた夜の記憶があり、附則の分量が本文を上回る法案も、手元で幾度か生まれた。部下の起草官に原稿を返す際の決まりとして、修正の一つ一つに理由を一行ずつ書き添えることを自らに課し、理由を伏せた朱筆を何より嫌う。真顔のまま口にされる冗談には、場の誰もが笑ってよいのかを測りかね、発言の意図に側近が気付くのは、議事録を読み返した後日になってからである。エルク朝の宮廷で身に付けた礼法も立ち居振る舞いに残っており、長い審議の間も背筋を伸ばしたまま最後の採決まで座り通す姿に、同席する評議員の姿勢まで自ずと正される。

 生まれながらに老いを抑制した体は、セトルラーム共立連邦の議場で特有の重みを帯びる。不老技術の禁止を掲げる窮民自決党の主張が議会に上がるたび、施術と無縁のまま老いを抑えられた当事者として、セレーナは審議に臨む。私情の混入を戒めるため、該当する法案に添える意見書は配下の評議員に下読みさせ、感情の滲む言い回しを一語ずつ指摘させる手順を踏む。周囲の人々が年を重ねていく速さに取り残され続けた歳月の中で、見送った友人の名は、手元の古い法令集の見返しに一人ずつ書き留められてきた。一族に手配を掛けたロフィルナ王国が王都を置くのは、彼女の故郷コルナンジェである。時折口ずさむ古い詩はエルク朝の宮廷で姉から教わったもので、決まった連の途中で口を閉ざす癖が、続きを共に歌った宮廷の人々の記憶に結び付く。休日になると学術研究都市ルドラトリスのフロリア・ダルセン図書館に足を運び、地下書庫で連邦の古い法令を読み比べながら、改正の跡を年代順に辿っていく。歴史を法の根拠と見なす彼女にとって、旧い条文に残る削除の痕跡は、当時の起草者が何を恐れていたのかを伝える記録となる。余白に書き込まれた注釈は閲覧者の間で密かに読み継がれ、地上の未完巻の書庫には、旧暦の法学者が遺した論考に彼女が筆を加えた稿も納められている。

人間関係

 セレーナの書棚には、交わりを持つ人物ごとに覚え書きの帳面が一冊ずつ並び、会話の中で交わした約束が日付と共に書き留められている。

 セレーナの姉ロフィーリアは、エルクール大公国を治める女大公であり、手紙の代わりに出演作の試写会の招待状を送ってくる。統合エルク家の家名を共に預かる今でこそ招待状を受け取る間柄に落ち着いたものの、幼い妹を王都に残して去った姉への屈託は長く胸の底に沈み、両家の交渉が始まった後も、エルクールに向ける警戒を緩める機会をセレーナは見送り続けた。共同当主となってからも内政への不干渉の取り決めは律儀に守られ、互いの国の政策に意見を述べる場面は、私信の中でさえ慎重に避けられている。奔放な私生活で知られる姉が銀幕でアリウスを演じた作品の試写では、隣席で感想を待つ姉の横顔と、画面に映る筆頭公爵の姿を見比べるうちに、上映の終わりまで席を立つ機会を掴み損ねた。上映後の席で感想を求められ、筆頭公爵の歩き方だけが本人に似ていたと妹が答えると、姉は短い一言を、撮影に費やした月日への報酬として受け取った。

 セレーナは、エルク朝を倒した革命の側に立っていた筆頭公爵アリウスと同じ評議会で共同大権を分け合う現実を、連邦で過ごした長い年月を通じて少しずつ飲み込んできた。共同大権の行使には三元君主の一致を要し、筆頭公爵の起案が届けば、文言を一行ずつ読み下す時間が必ず取られる。引っ掛かりが一つで済んだ起案ほど、後になって予期の外にある仕掛けが見つかった経験から、読み終えた時の安堵の深さが、今では警戒の合図に数えられている。茶会への招待には事前に議題表を求めるのが彼女の流儀だが、届く議題表は毎回白紙であり、白紙に慣れるまでに旧暦の数世紀を費やした。白紙の議題表が届いた日に限って、茶会の席では本題を上回る長さの雑談が続く。帰りの車中では、雑談の中に紛れていた筆頭公爵の要求を一つずつ拾い出す作業が、セレーナの務めとなっている。

 右位連邦公爵ウラジスは、建国の時代を知る年長の同輩として、セレーナと穏やかな協力の関係を保ってきた。筆頭公爵と右位公爵の意見が割れるたび、二人の視線は共同大権の帰趨を決める一票を握るセレーナに注がれるものの、票の行方を条文の出来だけで決めると、彼女は早くから公言してきた。議場の外で掛けられる右位公爵の労いの言葉も、採決の判断から切り離して丁寧に受け取る。司法を総覧する右位公爵の執務室とは、セレーナの起草した法律の解釈を巡って協議の席が設けられ、立法の意図を彼女自身が口頭で説く機会も多い。始祖ルドラス・エルクの昔語りをせがむ相手もウラジスであり、語られる場面がいつも夫の美点に限られる理由を、尋ねる機会を、セレーナは今も見送っている。同じ航海の場面が繰り返し語られる日にも、セレーナは初めて聞く顔で頷き、語り手の声が弾む箇所を覚えておく。

 セレーナが継いだ連邦エルク家の始祖ルドラスは、彼女が家の籍に入った時には既に世を去っていた初代筆頭公爵である。星間文明統一機構の圧政に抗ってロフィルナ国民武装赤軍解放戦線を率い、デリル・メルダを用いて抵抗運動を組織した始祖は、パレスポル星系を目指す移民船団を導いた人物である。宇宙新暦1486年にセトルラーム共立連邦が建国され、同2050年代には財閥間の主導権争いのさなかで職を解かれた始祖が謀殺された。下手人の名は、今日まで伏せられたままである。始祖の遺志を記した古文書を読み、愛飲した紅茶の香りと共に語り継がれる逸話に親しむ中で、後継の彼女は家の来歴を学んだ。古文書に残る「自由は守るものだ」の一言が、法を通じて連邦を守る決意の原点となり、権力の座が謀略一つで崩れ去る危うさの教訓は、同輩との協力を一歩ずつ築く慎重さを育てた。命日に執務室の机で古文書の写しを一冊だけ開き、起草の筆を置いて一日を過ごす習わしは、家督を継いでから続いている。

 皇帝トローネは、ユミル・イドゥアム連合帝国を治める君主として、セレーナ姉妹の和解の席を整えた人物であり、エルクール大公国では筆頭公爵と並ぶ共同元首を務める。協議の場が皇帝の用意した宮殿に移ってからは、議題が行き詰まるたびに休憩が宣言され、姉妹を同じ卓から一旦離す流れが定着した。休憩の回数が本題の協議を上回った年もあり、宣言された休憩の時刻は、セレーナの手で協議記録の余白に律儀に書き添えられている。休憩の間の皇帝は議題を持ち出す真似を慎み、姉妹の幼い頃の宮廷の話を尋ねては、二人の記憶の食い違いを面白がって聞いていた。後年になって記録を読み返すと、休憩の時刻は姉妹の声が荒くなった箇所の直前に揃っており、皇帝の采配の意図に気付いたのは、記録の整理を終えてからのことであった。連邦が皇帝に授けた名誉公爵の爵位は三元君主の総意による叙勲で、勅書の署名欄にはセレーナの名も並ぶ。署名の日、休憩の時刻に印を付けた頁を添えて、協議記録の写しが一部だけ皇帝に贈られた。

 セレーナにとって大統領ヴァンスは、外交の舵を握る行政の長であり、立法の仕事と最も頻繁に交差する相手である。大統領の専決政令は議会の事後承認を前提とするため、深夜に発せられた政令の写しは翌朝には彼女の机に届き、注記を書き込んで返された写しの束が、大統領府の担当官を朝ごとに青ざめさせる。和解の交渉で皇帝との接触役を引き受けた大統領への借りは、政令の審査を公正に保つ形で返す方針が貫かれている。連邦首長会議が大統領の暴発を止めるよう求めた上奏は過去に四十二回を数え、三元君主は違法性の認定に至る根拠を欠くとして、いずれも棄却した。棄却に同意した一件ごとに判断の理由を書き残したセレーナの記録が知られると、大統領の側では政令の文面に推敲の跡が増えた。夜更けに届く写しの末尾には、近頃、起草者の手で添えられた短い弁明が付くようになり、弁明の文面にまで注記を加えて送り返すのが、目下の朝の仕事である。

 首相ゾレイモスとセレーナの協議は、審議日程を何より重んじる首相に条文の精度にこだわる立法の君主が向き合い、互いに譲れる日数と語句を交換する取引の場となってきた。議会の多数派を束ねて内政を預かる首相が答弁を担う法案は、法理院に回る前の段階から、セレーナの配下の評議員と擦り合わせが重ねられる。日数を一日譲るたびに語句を一つ取り戻す計算で帳尻が取られ、双方の記録で数字が食い違えば、協議の予定が一つ増える。旧暦の財閥争いを生き抜いた首相の実務の勘を、彼女は条文の運用を見通す材料として重んじており、施行後の混乱を見通す眼力において、首相を連邦随一の相談相手に数える。企業優遇の色が濃い法案が回ってくる時期になると、立法の君主の関心が利用者の救済に関わる条文に集まることを見越して、首相の側は救済の条文だけを先に厚く書いて寄越すようになった。

 セレーナは今も、後見の恩を返すため、第3代筆頭公爵ゾラテスの邸を折々に訪ねている。革命を逃れた王女の籍を連邦エルク家の後継に移す叙任も、老公の治世に行われている。強権の大統領を相手に諸制度の改革を迫った老公の手腕を、若い頃の彼女は公族の席から間近に見ており、君主の要求が正規の手続きを通じて独裁者を動かしていく過程が、法の力に寄せる信頼の原型を形作った。老公の治世に施行された旧い法令を改める際には、制定の経緯を本人に直接確かめる手順が守られ、老公の記憶は書庫の記録が途切れた箇所を補う資料となる。訪問の日には、公務を離れた今も駆動剣技の稽古を続ける老公が、組討を得手とする客人に手合わせを求める。剣の間合いに入る前に老公が構えを組み替え、組み付く前にセレーナが踏み込みを改める攻防は、決着に至る前に、侍従が次の来客を告げる声で打ち切られるのが常となっている。

 第2代筆頭公爵アルバスは、ユミル・イドゥアム連合帝国に渡って久しい今も、連邦の法令を引いた長い書簡を季節を問わずセレーナ宛てに送ってくる。連邦で中央公爵の名誉称号を保つ老公は法律に明るく、勤めを免れて暮らす権利を条文で裏付けようと試みる癖を持つ。主張の大半は名誉称号の保持者に課される義務の範囲を巡るもので、引用された条文番号の半数は既に改正を経ている。改正後の条文を一つずつ書き写した返書を送るうち、往復の書簡は年を追うごとに厚みを増した。返書を読み込んで次の論拠を探す老公の側は、皮肉にも、帝国で連邦の現行法に最も詳しい貴族の一人となりつつある。長い前置きから始まって本題の論点が末尾の数行に押し込まれる書簡の癖に合わせ、セレーナは老公の手紙を後ろから読む習慣を身に付け、末尾の数行に目を通してから前置きを読み流す順序が、今では返書の速さを支えている。

 始祖ルドラスの娘ヨバンナは、始祖の日常の顔を伝えられる存命の者として、セレーナが頼りにする相手である。ヨバンナがユミル・イドゥアム連合帝国の中央貴族として暮らす大統領夫人となった今も、旧姓にエルクの名を持つ実子を前に、養子の筋から家督を継いだセレーナは、家名の重みを分け合う相手として礼を尽くしてきた。始祖の生前を知る娘を統合エルク家の行事の主賓に招く慣例も、セレーナが設けたものである。書類を読む時に眼鏡を額に押し上げる癖や、考え事の最中に頁の端を小さく折る手つきを語る娘の言葉は、古文書の写しの余白に、記述と並べて書き添えられた。英雄として伝わる始祖の姿に父親としての癖を一つずつ重ねていく作業は、彼女にとって、家の始まりを一人の人間として知り直す手立てとなった。古文書の写しには折り目の付いた頁が年々増え、娘から聞いた癖をセレーナ自身が真似た跡も混じっている。

 セレーナと、ウラジスの娘リティーアの縁は、エルク家に連なる兄の公籍離脱を通じて結ばれた。連邦子爵に遇される公女が幼い頃に慕った兄が、理由を語る前に公籍を離れた際、届け出を受理したのは連邦エルク家の当主たるセレーナであった。後年、兄の行方を尋ねて訪れた公女には記録に残る事実だけが答えられ、それ以上の事柄について、当主は口を閉ざした。代わりに手渡されたのは公籍の規定を収めた条文集で、資質の要件から離脱の手続きに至る規定の読み方が、一晩をかけて手ほどきされた。涙を堪えたまま規定を書き写した公女は、夜明け前には、離脱の手続きに定められた期限の数え方を正確に言い当てている。条文集は今も持ち主の手元にあるらしく、公の場で顔を合わせるたび、公女は付箋の増えた頁を開いて、前回の答えを踏まえた新しい質問を携えてくる。

 常任最高議長メレザは、文明共立機構の決定を連邦の国内法に移し替える仕事で、セレーナが向き合う相手である。共立公暦1000年、機構がロフィルナ王国に準備指定のレベル4を通告すると、王国との取引を規制する国内法の整備がセレーナの机に上った。決定文を条文に移す作業では、共立英語の原文をロフィルナ語の訳文に一語ずつ突き合わせ、訳語の揺れを見つけるたびに議長府の法務担当との協議が開かれる。王国の公文書にはロフィルナ語の古い言い回しが根強く残り、王都で育った耳は、機械の翻訳が拾い損ねる語感の差を聞き分ける。協議で直された訳語は機構の他の加盟国の翻訳担当にも回覧され、議長府の法務担当の間では、立法の君主の出席する協議を待って翻訳の確定を見送る慣行まで生まれた。訳語一つを巡る議論が夜更けまで続いた日には、議長本人が資料の束を抱えて席に加わり、最後の一語が決まるまで付き合ったこともある。

戦闘能力

 セレーナは、令咏術の秋属性で身体を段階的に強化し、素手の組討で相手を拘束する戦い方を取る。秋属性の術式は繊細なシート構造を求め、習得に手間を要する反面、身体能力の一時的な強化に優れる。セレーナは起草の手順を書き込みの作法に移し替え、強化を部位ごとの項目に区切って順に起動させる。組み付く直前に握力を、投げに移る瞬間には腰の踏ん張りを引き上げる運びとなるため、強化の総量を抑えたまま、要所の出力だけを高く保てる。低い姿勢で間合いに潜り込む動きの土台には、幼い頃に狭い排水路を這い進んだ経験があり、関節を取って床に縫い止める技の数々も、同じ記憶から生まれた。組み合いの最中に負った打撲は同じ秋のシートで手早く塞がれ、長い拘束を保つ持久力も、同じ術式に支えられている。条文の条項を先に並べておくのに倣い、戦いの前には、強化の項目を起動の順に書き込んだシートが用意される。準備の手間が嵩む代わりに、組み合いの最中に書き込みを迷う時間は消え、強化の切れ目を相手に悟らせる隙も小さくなる。

 セレーナの守りは、冬属性に張り替えて立てるシールドの防壁に委ねられる。言語コードの切り替えには別のホログラムシートを組む手順が要り、張り替えの間は、組み付いた相手の体を盾に用いて射線を遮る。装備は身一つで通し、二つの属性も自らの切り替えの手順で使い分ける。床に近い低い位置に厚く張る防壁の形は、組討の低い姿勢を守る配置に合わせたものである。秋のシートは組み上げに時間を食うため、初動で後手に回る場面が多い。攻め手が組討の間合いの内側にある以上、遠距離からの射撃を浴びる戦場では、防壁の陰で接近の機会を窺う持久戦を強いられる。鍛錬で得た筋力を年月の中で保ち続ける不老の体に、旧暦から積み重ねた稽古の量が加わって、術の不足を補う地力となっている。拘束を本旨とする戦い方には、捕らえた相手を生かしたまま裁きの場に送り届ける考えが根にあり、関節を取った後は相手の抵抗の強さに合わせて締めを緩め、骨を折る手前で力を止める加減が稽古の主題に据えられてきた。組み伏せた相手の傷も拘束を終えた後には同じ秋の術式で手当てされ、捕らえられた者は裁きの場に立つまでの間、傷の具合を本人の手で確かめられ続ける。稽古の相手を旧暦の頃から務めてきた公邸の警備兵の詰所には、立法の君主に組み伏せられた回数を競う番付が掲げられている。

語録

「修正案の趣旨には賛成します。ただし、第三条の『速やかに』は削ってください。速やかに、と書かれた仕事が速やかに終わった例を、私は旧暦から一度も見ていません」
 法案の下読みを持ち込んだ評議員に。翌週の再提出では、同じ語が条文の別の箇所に移っていた。

「条文が美しくある必要はありません。読んだ人が、明日の朝に何をすべきか分かれば十分です。……美しいものが書きたいなら、詩の時間を別に取ってください。私もそうしています」
 修辞を凝らした草稿を提出した若い起草官に。

「結論が最後に来ていますね。順番を入れ替えて、もう一度。結論の後に並べる言い訳なら、いくらでも伺います」
 報告の冒頭を経緯の説明に費やした書記官に。二度目の報告は結論の一文だけで終わった。

「反対票の理由ですか。二つあります。条文に穴が一つ。それから、穴を塞ぐ気が起草者に一つもなかったこと」
 採決の後、記者に問われて。

「お世辞は結構です。ただし、褒めるなら場所を指定してください。第何条のどの語句が良かったのか。そこまで言えたら、本気で喜びます」
 成立した法律の出来を口々に称える評議員たちに。翌日から、称賛の言葉には条番号が添えられるようになった。

「謝罪文の草稿、拝見しました。三行目に『遺憾』が二回出てきます。遺憾の気持ちが本物なら、一回で足ります」
 省庁の不祥事を受け、謝罪文の確認を求めてきた官僚に。

「議事が長引くのは構いません。ただし、休憩は時間どおりに。疲れた頭で書いた条文は、千年残っても疲れたままです」
 審議の延長を申し出た院の議長に。

「書面で勝てるなら、声を張る必要はありません。声は大きさを数えますが、書面は中身しか数えませんから」
 議場で野次に押し負けたと嘆く新人議員に。

エピソード

  • 法理院に回ってきた法案に誤字を指摘する付箋を貼り続けたところ、付箋の一枚が、起草したセレーナ自身の筆癖による誤字を指していた。以来、彼女の執務室では、起草の翌朝に本人が自分の原稿を他人の書いた物として読み直す時間が設けられている。
  • 変装して古書市に出かけ、旧暦の法令集の綴じ本を値切ったところ、店主から条文の読み方を閉店まで講釈された。題材の条文はセレーナが若い頃に起草したものであり、本人は名乗る機会を見送って最後まで聞き通し、本を定価で買って帰った。
  • 統合エルク家の代表選出の行事で、姉妹がそれぞれの判断で選んだ礼装は、色から裾の仕立てまでが揃ってしまった。行事の写真は双子の衣装合わせに見紛う出来となり、翌年からは姉妹の礼装を事前に照合する係が置かれた。
  • 大きな法案の起草に追われて執務室に泊まり込んだ夜、セレーナは仮眠用の長椅子で法令集を枕に眠り込んだ。翌朝の頬には条番号の型がくっきり残り、評議員たちは会議の間、何条の番号なのかを当てる賭けに興じていた。
  • 詩の会に招かれて即興の一篇を求められたセレーナは、韻律の整った詩を詠み上げた。詩の各連には第一項から順に番号が振られており、主催者は翌年の招待状に、条文形式の詩はご遠慮くださいと書き添えた。
  • 連邦総議会の採決日に限って、セレーナは執務室の時計を五分進めておく習慣を持つ。本人の遅刻の記録は空欄のまま、時計に合わせて早めに集まる評議員が年々増え、採決の開始時刻そのものが繰り上がる結果となった。

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最終更新:2025年04月02日 21:30