ヘンペルのカラス
ヘンペルのカラス(Hempel's Raven)は、ドイツの論理学者カール・グスタフ・ヘンペルが1940年代に提唱した哲学的パラドックスで、観察や証拠が命題をどのように支持するかについての直感と論理の矛盾を示しています。
この
思考実験は「帰納法」や「科学的仮説の検証方法」の限界を考えるためのものです。
概要
パラドックスの内容
ヘンペルのカラスは、以下の命題を考えることから始まります:
- 1. 「すべてのカラスは黒い」(命題1)
- この命題は、対偶として次の命題と論理的に等価です:
- 2. 「黒くないものはカラスではない」(命題2)
- この論理的等価性に基づくと、「黒くないものがカラスでない」ことを確認することも、「すべてのカラスが黒い」という命題を支持する証拠となります
- 具体例
- 黒いカラスを見ることは直感的に「すべてのカラスが黒い」という命題を支持します
- しかし、白い靴や赤いリンゴなど「黒くない非カラス」を観察することも、「黒くないものはカラスではない」という命題を支持し、結果的に「すべてのカラスが黒い」という命題を支持することになるとされます
この論理は正しいものの、白い靴や赤いリンゴが「すべてのカラスが黒い」という主張を裏付けるという結論は直感的には非常に奇妙に感じられます。
パラドックスが提起する問題
ヘンペルのカラスは、以下の2つの原則を組み合わせた場合に生じる矛盾を示します:
- 1. 論理的等価性
- 「すべてのカラスが黒い」という命題とその対偶「黒くないものはカラスではない」は等価であり、どちらも同じ証拠によって支持されるべきです
- 2. 帰納的証拠
- 一般的な主張(例:「すべてのカラスは黒い」)は、その一部を観察することで支持されると考えられます
これらを組み合わせると、「非カラスで非黒いもの」(例:白い靴)が「すべてのカラスが黒い」という主張を支持するという結論に至ります。この結論は形式的には正しいですが、直感に反します。
現代への影響
ヘンペルのカラスは、科学哲学や認識論において重要な議論を引き起こしました:
- 科学的仮説の検証
- 科学では観察や実験によって仮説を検証しますが、このパラドックスはどんな観察が仮説を支持するかについて再考を促します
- データ解釈への応用
- ビッグデータやAI時代には、どんなデータが有用な証拠となるかを判断する必要があります
- ヘンペルの議論は、この判断基準に影響を与えています
- 反証可能性との関係
- カール・ポパーによる「反証可能性」の概念とも関連し、科学理論がどこまで証拠によって強化され得るかという問題にも波及しています
ヘンペルのカラスは、「観察」と「証拠」の意味について深く考えさせる哲学的思考実験です。このパラドックスは、科学的推論や普段私たちが行う一般化された判断について、その妥当性や限界を問い直すきっかけとなっています。直感と形式論理との間に生じるギャップを示しながら、科学哲学や認識論への重要な示唆を与え続けています。
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最終更新:2024年12月12日 08:02