メアリーの部屋
「メアリーの部屋」(Mary's Room)は、哲学者フランク・ジャクソン(Frank Jackson)が1982年に提唱した有名な
思考実験です。
この実験は、物理主義(すべての現象は物理的事実によって説明可能であるという立場)に対する挑戦として知られ、特に意識や
クオリア(主観的な感覚体験)の本質を考える上で重要な議論を引き起こしています。
概要
思考実験の内容
この思考実験では、以下のシナリオが提示されます:
- 1. メアリーの状況
- メアリーは色覚に関するすべての物理的事実を知っている科学者です
- 彼女は光の波長、色覚の神経科学的メカニズム、脳内での処理など、色についての完全な知識を持っています
- しかし、彼女は生まれてからずっと白黒だけの環境で育ち、一度も色を見たことがありません
- 2. 新たな経験
- ある日、メアリーが部屋を出て初めて「赤いバラ」などの色を直接目にします
- このとき、彼女は「赤を見る」という新しい体験をします
- 3. 問い
- このとき「メアリーは新しい知識を得たと言えるか?」という問いが生じます
- 具体的には「赤を見る」という主観的な体験(クオリア)は、彼女が持っていた物理的知識だけでは説明できない何か新しいものなのかという問題です
議論のポイント
この思考実験は、以下のような哲学的問題や議論を提起します:
- 1. クオリアと物理主義
- メアリーの部屋は、クオリア(主観的な感覚体験)が物理的事実だけでは説明できない可能性を示唆します
- メアリーが色に関するすべての物理的事実を知っていても「赤を見る」という体験そのもの(クオリア)はその知識から得られないと考えられるからです
- これにより「意識や感覚には物理的事実以上の何かがある」という結論が導かれる可能性があります
- この立場は「反物理主義」として知られます
- 2. 知識論への影響
- この思考実験は「知識とは何か」という問題にも関わります
- もしメアリーが新しい知識を得たならば、それは物理的事実では説明できない「経験による知識」が存在することを意味します
- 3. 反論:能力説
- 一部の哲学者(例:デイヴィッド・ルイス)は、この思考実験に対して「能力説」を提唱しています
- この説によれば、メアリーが部屋を出て得るものは新しい「知識」ではなく、新しい「能力」(例えば、「赤を見る能力」や「赤を見ることについて想像する能力」)だとされます
- この立場では、物理主義は依然として成り立つと考えられます
意識研究への影響
メアリーの部屋は、意識研究や哲学において重要な影響を与えました。特に以下の分野で注目されています:
- 意識のハードプロブレム
- デイヴィッド・チャーマーズが提唱した「意識のハードプロブレム」(物理現象から主観的経験がどのように生じるかを説明する難しさ)との関連があります
- メアリーの部屋は、この問題を象徴する例としてしばしば引用されます
- 科学と哲学の境界
- 科学がどこまで意識や主観的体験を説明できるかという問題についても、この思考実験は重要な示唆を与えています
「メアリーの部屋」は、意識や
クオリアについて深く考えるための哲学的ツールです。この
思考実験は「すべてが物理法則で説明可能である」という物理主義に対する挑戦として機能し、主観的体験や意識について未解決の問いを浮き彫りにしています。一方で、この問題にはさまざまな反論や解釈も存在し、その議論は現在も続いています。
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最終更新:2024年12月12日 08:23