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更新日:2023/09/30 Sat 19:58:25
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セブンスカラー
セブンスカラー
「はぁっ、はぁっ」
暗い夜の路地裏を一人の少年が走る。息も絶え絶えになりながらもひたすらに前へ前へと走る彼の後方からドタドタと複数の人間の足音がする。
「逃すなッ!この事が上にバレたら“コト”だぞ!」
「草の根分けてでも探し出せ!」
男の怒号が響く。追跡者のその声を聞いた彼の心臓は更に早鐘のように高鳴り、最早疲れ果て、感覚が鈍くなった脚を無理矢理動かす。
だがずっと走り続けた無茶が祟ったのか、突然ガクン、と少年の脚から力が抜けて、前にあったゴミ箱を巻き込んで派手に音を立てて倒れ込む。
「向こうから音がしたぞ!」
後方から追跡者達の声がする。早く立ち上がらなければ彼らに捕まってしまう。
しかし、いくら力を込めても、彼の脚は震えるだけで、立ち上がる余力は残っていなかった。
さらに運の悪い事に最早顔を上げることすら億劫になった彼の前に誰かが現れる。
もう終わりか、と彼が顔を上げる。しかしそこにいたのは心配そうな瞳でこちらを見下ろす灰色の前髪を額が見えるように上げ、長い黒髪を後ろで纏めている中性的な顔立ちの人物だった。
その人物はこちらを見つめながら、屈んで彼の手を取る。
「大丈夫ですか?その。傷だらけですが。」
その人物が優しく語り掛けてくる。雰囲気からして恐らくこの人は偶然ここを通りがかった一般人だろう。
「──あっ」
巻き込むべきではない。一般人にどうこう出来るような事でもない。
「見つけたぞ!」
「……おいっ、一般人がいるぞ。」
「面倒だな……」
彼を追いかけてきた男達が、二人を見つけ、囲むように陣取る。
どう言う事かと困惑する黒髪の人に彼の口から思わず言葉が漏れる。
「……助け、て。」
その言葉を聞いた黒髪の人の目が見開かれる。そして目の前の少年と、周りの人間を見てスッと目を細めると。
「……この子と、貴方達はどう言う関係ですか。」
「オマエが知る必要は無い。痛い思いをしない内にさっさと渡した方が身の為だぞ。」
一般人なら思わず怯むような強烈な圧を男達にかけられながらも、その人物は全く怯む事なく逆に睨みつけるように彼らを見ると、口に手を添える。
「……成る程。分かりました。」
そしてその人物が手を下ろすと、いつの間にかその口元は鳥の嘴のようなマスクに覆われていた。
「この子を、貴方達に渡す訳にはいかない。」
次の瞬間、彼らの視界が黒に染まる。それと同時に一陣の風が吹く。
その風のあまりの強さに皆が腕を構えて耐える。そして、それが止む頃にはその人物と少年の姿は影も形もなかった。
だが、男達はまるで狐に摘まれたかのように目をパチクリさせながら、互いを見合う。
そう。直接目視したとは言え、それ程までに今目の前で起きた事が信じられなかったのだ。
「な、にが?」
「起きた?」
“目の前の人物から黒い翼が生えたと同時に、羽ばたいて少年を連れて行ってしまった”、など。
暗い夜の路地裏を一人の少年が走る。息も絶え絶えになりながらもひたすらに前へ前へと走る彼の後方からドタドタと複数の人間の足音がする。
「逃すなッ!この事が上にバレたら“コト”だぞ!」
「草の根分けてでも探し出せ!」
男の怒号が響く。追跡者のその声を聞いた彼の心臓は更に早鐘のように高鳴り、最早疲れ果て、感覚が鈍くなった脚を無理矢理動かす。
だがずっと走り続けた無茶が祟ったのか、突然ガクン、と少年の脚から力が抜けて、前にあったゴミ箱を巻き込んで派手に音を立てて倒れ込む。
「向こうから音がしたぞ!」
後方から追跡者達の声がする。早く立ち上がらなければ彼らに捕まってしまう。
しかし、いくら力を込めても、彼の脚は震えるだけで、立ち上がる余力は残っていなかった。
さらに運の悪い事に最早顔を上げることすら億劫になった彼の前に誰かが現れる。
もう終わりか、と彼が顔を上げる。しかしそこにいたのは心配そうな瞳でこちらを見下ろす灰色の前髪を額が見えるように上げ、長い黒髪を後ろで纏めている中性的な顔立ちの人物だった。
その人物はこちらを見つめながら、屈んで彼の手を取る。
「大丈夫ですか?その。傷だらけですが。」
その人物が優しく語り掛けてくる。雰囲気からして恐らくこの人は偶然ここを通りがかった一般人だろう。
「──あっ」
巻き込むべきではない。一般人にどうこう出来るような事でもない。
「見つけたぞ!」
「……おいっ、一般人がいるぞ。」
「面倒だな……」
彼を追いかけてきた男達が、二人を見つけ、囲むように陣取る。
どう言う事かと困惑する黒髪の人に彼の口から思わず言葉が漏れる。
「……助け、て。」
その言葉を聞いた黒髪の人の目が見開かれる。そして目の前の少年と、周りの人間を見てスッと目を細めると。
「……この子と、貴方達はどう言う関係ですか。」
「オマエが知る必要は無い。痛い思いをしない内にさっさと渡した方が身の為だぞ。」
一般人なら思わず怯むような強烈な圧を男達にかけられながらも、その人物は全く怯む事なく逆に睨みつけるように彼らを見ると、口に手を添える。
「……成る程。分かりました。」
そしてその人物が手を下ろすと、いつの間にかその口元は鳥の嘴のようなマスクに覆われていた。
「この子を、貴方達に渡す訳にはいかない。」
次の瞬間、彼らの視界が黒に染まる。それと同時に一陣の風が吹く。
その風のあまりの強さに皆が腕を構えて耐える。そして、それが止む頃にはその人物と少年の姿は影も形もなかった。
だが、男達はまるで狐に摘まれたかのように目をパチクリさせながら、互いを見合う。
そう。直接目視したとは言え、それ程までに今目の前で起きた事が信じられなかったのだ。
「な、にが?」
「起きた?」
“目の前の人物から黒い翼が生えたと同時に、羽ばたいて少年を連れて行ってしまった”、など。
道場にて、防具に身を包んだ二人が向かい合う。相手に竹刀を突きつけ向かい合う二人からピンッと張り詰めた空気が漂い、周りの人間は固唾を呑んでそれを見守る。
互いに仕掛けるタイミングを測り、緊張が走る。そしてその緊張の中で一瞬、相手の構えに隙が出来る。
それを見つけた瞬間、一気に踏み込む。
「籠手ェッ!」
叫びと共に電光石火の勢いで放たれる一撃。だが、それは罠。まんまと誘いに乗って仕掛けられた籠手を弾こうと竹刀を振るおうとする。
しかし、籠手へと伸びる一撃は急激にグンッ、と伸びて弾くより速く間合いに侵略する。
その瞬間理解する。相手は誘いに乗ったのではない。乗ったと見せかけた一撃、だが本命は二撃目。その狙いは──。
「面ッ!!」
バチィッンッという音と共に頭の防具を竹刀が叩く乾いた音が道場に響く。
「面あり!勝負アリ!」
その言葉と共に一斉に上がった赤色の旗と審査員の声が響くと、周りからワッと歓声が上がる。
当の一撃を決めた本人は互いに向かい直し、礼をして舞台から出る。
そして面の防具を外し、頭に巻いた手拭いを取ると赤いメッシュの入った長い黒髪が解放され、軽く首を振る少女に皆が駆け寄る。
「嵩原さん。やったね!」
「強豪の松島学園相手に勝つなんて!」
部員達に手放しで褒められる少女、嵩原赤羽はニコリともせず、ふぅと一息つきながら答える。
「…たまたまよ。運が良かっただけ。」
赤羽がそう答えると、部員達の後ろから大柄な一人の筋肉質の男性……剣道部の顧問が何故か目を潤ませながら赤羽に言う。
「いや、良くやったぞ嵩原!これで俺の首が繋がった!お前のお陰で我が部の存続は確定だ!お前は我が部のエースだ!」
「いえ…そんな、勿体無い…。少し疲れたので、ちょっと外の空気を吸ってきます。」
「おう!表彰式までには戻ってくるんだぞ!」
「橋田センセー、めっちゃご機嫌だね。」
「そりゃあ。今の今まで泣かず飛ばずのウチが全国で優勝したのが嬉しいんでしょ。」
「でも、嵩原さんも凄いですね。勝ったのも全然自慢しないですし。」
「あーいうのをクールビューティーって言うんだろうなぁ。」
皆の羨望の眼差しを背で受けながら赤羽は外に出ると、少し小走りで観客席へと向かう。そして、彼女は観客席に座る一人の男性の元へと向かう。彼女に気づいた男性はぱちぱちと拍手をして、赤羽に柔和な笑みを見せる。
「優勝おめでとう赤羽。」
「ありがとう。お父さん。」
男性……父の嵩原から褒められた赤羽は、先程までの部員達の前とは打って変わってニコリと笑うと隣に座る。嵩原は微笑みながら赤羽に言う。
「それにしても、赤羽がこんなに剣道強かったなんて。親バカかもしれないけど赤羽はすごいな。」
「お父さんの指導のおかげだよ。」
赤羽もそう言って微笑みながら返す。
(まぁ、“前の世界”で戦ったアイツらに比べたら、ね。)
内心そう独りごちる彼女の脳内に数々の怪物達が思い浮かぶ。
そう。先日あった大きな戦いで彼女は前の世界の記憶と力を取り戻していた。
勿論その力は一般人相手に使うことはしないが、それでも前の世界で怪物達と戦った記憶と経験を取り戻した彼女には目の前の対戦相手達の動きがかなりスローに見えてしまう。
そんな彼女に一般人達が勝てるハズもない。ちょっとズルなような気がしなくもないが、世界の為に文字通り命を張ったのだ。これくらい許されるだろう。
(……でも、お父さんは前の世界の事を知らないのよね。)
目の前にいる父、嵩原も前の世界では戦士として怪物と戦っていた。しかし、彼は怪物に破れ、無念の内に死んでしまった。
彼女と違い、父には前の世界の記憶はない。しかし、心底嫌だが龍姫に頼めば父も記憶を取り戻せるかもしれない。
(……けど、忘れたままの方が幸せかもしれない。)
自分が死んだ記憶など思い出したくもないだろう。そう赤羽が色々と想いを巡らせていると、嵩原が赤羽に尋ねる。
「赤羽?考え事かい?」
「ううん。なんでもないわ。」
「そうかい?なら、良いんだけど。」
少し怪訝そうな彼を誤魔化すように赤羽は立ち上がると。
「ごめん。もうすぐ表彰式があるから。」
「そうか。行っておいで。」
父の言葉を背に、その場を離れる赤羽。そして彼女が会場へと戻ろうとすると、ピロピロと着信音が鳴る。
「誰かしら?」
懐から携帯を取り出して通知画面を確認する。その通知画面の名前にはかつての戦友“黒鳥飛鳥”の名前があった。
「何かしら?」
赤羽が携帯を操作し、黒鳥からのメッセージを開く。
「……“困った事になった。今すぐ来てほしい”…?」
そこに書いてあったのは短いが、なんとも妙なメッセージだった。
互いに仕掛けるタイミングを測り、緊張が走る。そしてその緊張の中で一瞬、相手の構えに隙が出来る。
それを見つけた瞬間、一気に踏み込む。
「籠手ェッ!」
叫びと共に電光石火の勢いで放たれる一撃。だが、それは罠。まんまと誘いに乗って仕掛けられた籠手を弾こうと竹刀を振るおうとする。
しかし、籠手へと伸びる一撃は急激にグンッ、と伸びて弾くより速く間合いに侵略する。
その瞬間理解する。相手は誘いに乗ったのではない。乗ったと見せかけた一撃、だが本命は二撃目。その狙いは──。
「面ッ!!」
バチィッンッという音と共に頭の防具を竹刀が叩く乾いた音が道場に響く。
「面あり!勝負アリ!」
その言葉と共に一斉に上がった赤色の旗と審査員の声が響くと、周りからワッと歓声が上がる。
当の一撃を決めた本人は互いに向かい直し、礼をして舞台から出る。
そして面の防具を外し、頭に巻いた手拭いを取ると赤いメッシュの入った長い黒髪が解放され、軽く首を振る少女に皆が駆け寄る。
「嵩原さん。やったね!」
「強豪の松島学園相手に勝つなんて!」
部員達に手放しで褒められる少女、嵩原赤羽はニコリともせず、ふぅと一息つきながら答える。
「…たまたまよ。運が良かっただけ。」
赤羽がそう答えると、部員達の後ろから大柄な一人の筋肉質の男性……剣道部の顧問が何故か目を潤ませながら赤羽に言う。
「いや、良くやったぞ嵩原!これで俺の首が繋がった!お前のお陰で我が部の存続は確定だ!お前は我が部のエースだ!」
「いえ…そんな、勿体無い…。少し疲れたので、ちょっと外の空気を吸ってきます。」
「おう!表彰式までには戻ってくるんだぞ!」
「橋田センセー、めっちゃご機嫌だね。」
「そりゃあ。今の今まで泣かず飛ばずのウチが全国で優勝したのが嬉しいんでしょ。」
「でも、嵩原さんも凄いですね。勝ったのも全然自慢しないですし。」
「あーいうのをクールビューティーって言うんだろうなぁ。」
皆の羨望の眼差しを背で受けながら赤羽は外に出ると、少し小走りで観客席へと向かう。そして、彼女は観客席に座る一人の男性の元へと向かう。彼女に気づいた男性はぱちぱちと拍手をして、赤羽に柔和な笑みを見せる。
「優勝おめでとう赤羽。」
「ありがとう。お父さん。」
男性……父の嵩原から褒められた赤羽は、先程までの部員達の前とは打って変わってニコリと笑うと隣に座る。嵩原は微笑みながら赤羽に言う。
「それにしても、赤羽がこんなに剣道強かったなんて。親バカかもしれないけど赤羽はすごいな。」
「お父さんの指導のおかげだよ。」
赤羽もそう言って微笑みながら返す。
(まぁ、“前の世界”で戦ったアイツらに比べたら、ね。)
内心そう独りごちる彼女の脳内に数々の怪物達が思い浮かぶ。
そう。先日あった大きな戦いで彼女は前の世界の記憶と力を取り戻していた。
勿論その力は一般人相手に使うことはしないが、それでも前の世界で怪物達と戦った記憶と経験を取り戻した彼女には目の前の対戦相手達の動きがかなりスローに見えてしまう。
そんな彼女に一般人達が勝てるハズもない。ちょっとズルなような気がしなくもないが、世界の為に文字通り命を張ったのだ。これくらい許されるだろう。
(……でも、お父さんは前の世界の事を知らないのよね。)
目の前にいる父、嵩原も前の世界では戦士として怪物と戦っていた。しかし、彼は怪物に破れ、無念の内に死んでしまった。
彼女と違い、父には前の世界の記憶はない。しかし、心底嫌だが龍姫に頼めば父も記憶を取り戻せるかもしれない。
(……けど、忘れたままの方が幸せかもしれない。)
自分が死んだ記憶など思い出したくもないだろう。そう赤羽が色々と想いを巡らせていると、嵩原が赤羽に尋ねる。
「赤羽?考え事かい?」
「ううん。なんでもないわ。」
「そうかい?なら、良いんだけど。」
少し怪訝そうな彼を誤魔化すように赤羽は立ち上がると。
「ごめん。もうすぐ表彰式があるから。」
「そうか。行っておいで。」
父の言葉を背に、その場を離れる赤羽。そして彼女が会場へと戻ろうとすると、ピロピロと着信音が鳴る。
「誰かしら?」
懐から携帯を取り出して通知画面を確認する。その通知画面の名前にはかつての戦友“黒鳥飛鳥”の名前があった。
「何かしら?」
赤羽が携帯を操作し、黒鳥からのメッセージを開く。
「……“困った事になった。今すぐ来てほしい”…?」
そこに書いてあったのは短いが、なんとも妙なメッセージだった。
和風の部屋の一室で、黒髪の人物、黒鳥は携帯を片手にメッセージを打ち込み、メッセージの送信を確認すると、ふぅと一息つく。
「……さて。後一応結衣さんにも相談するとして……」
黒鳥はチラリと部屋の隅で蹲り、こちらを睨むように見つめる少年に目を向ける。
薄橙色の短い髪に、どこか猫のように釣り上がった瞳。幼さも相まって少女と言われれば信じてしまいそうな顔立ち。しかし栄養が足りていないのか、痩せこけ、少し骨張った頼りない体つきをしている。
怯えながらも、警戒している彼の不安を解きほぐすために、黒鳥はしゃがみ込むと彼と目線を合わせる。
「まずは、自己紹介からしようか。私の名前は黒鳥。黒鳥飛鳥。そしてここは私の祖母の旅館。……と言っても半ば趣味でやってるようなものだから、あんまりお客さんはいないけど。君の名前は?」
黒鳥が尋ねると、少年は少し躊躇うが、黒鳥を見つめるとか細い声で。
「……尾白。尾白豹一(おしろ ひょういち)。」
「尾白君ね。よろしく。……ところで、君はなんであの人達に追われてたのかな?」
名前を聞き出し、尾白に黒鳥が更なる質問を続ける。しかし、尾白はジッと黒鳥を見つめると、おずおずと尋ねる。
「…あの、黒鳥さんは。……天使、なん、ですか?」
「……え?」
思ってもみない質問に黒鳥は思わず面食らう。
「…なんで、そう思ったのかな?」
黒鳥が尋ねると、尾白は。
「だ、だって……黒鳥さん、背中から翼を出して、空を、飛んだから……」
「あぁ……。」
尾白の言葉に合点がいったのか、黒鳥は少し苦笑する。
まぁ、新月に所属していたせいで感覚が麻痺していたが、普通は翼を生やして飛ぶ人間は普通ではない。
あまりに初々しい反応に何となく黒鳥の中に悪戯心が芽生える。黒鳥はスッと口元にマスクをつけると、背中からバサっと漆黒の翼を展開させる。
「わっ、あ。」
「……良く分かったね。実は私。天使なんだ。……だから、君の事、教えて欲しいな。」
黒鳥はそう言いながら、彼の顎に指をやり、翼で彼の背を軽く撫でる。
黒鳥としては、少し揶揄うつもりでやったのだが、彼に黒鳥の翼に触れると、ポロポロと涙が溢れ出す。
「うぅ、ぐすっ」
「ええっ!?ど、どうしたの?何処か痛いの?」
突然泣き出した彼にまたもや黒鳥は面食らい、慌てて尋ねる。もしかしたら無意識のうちに翼を硬化させてたかも…なんて考えていると、辿々しく、彼は話し出す。
「ち、違うんです。……お母さんが、よく言っていたんです。いつでも神様は私達を見ていて、信じる人が本当に辛い時は天使様を通して助けて、下さるって。天使様って、
ホントにいたんだ…って。」
彼の言葉に黒鳥は黙って聞く。子供を躾ける際に親が使う良くある話だ。
「……僕、二年前まで普通に暮らしてたんだけど、いきなり変な人達に連れ去られて。その後その施設にずっといて……昨日、たまたま外に出る機会があって、周りの人は移送のため、とか言ってたけど。僕はこれが最後のチャンスだ、と思って。一瞬の隙をついて逃げ出して、追いつかれそうになった時に。あなたが……」
そこまで言うと、彼の目に涙が浮かび、言葉に詰まる。そんな彼を、黒鳥はそっと抱き寄せる。
「そう。…君は、勇気を振り絞って……頑張ったんだね。」
黒鳥は彼の背を軽くトントンと叩いて落ち着かせる。そのお陰で落ち着いたのか、少年はすぅすぅと寝息を立てて意識を手放していた。
「……とんでもない拾い物しちゃったな。」
黒鳥はそう呟くと、布団を敷いて彼を横にさせる。
「取り敢えず、起きるまでに何かご飯、作っておこうかな。」
そう言って立ち上がると、黒鳥はトトトと台所へと向かった。
「……さて。後一応結衣さんにも相談するとして……」
黒鳥はチラリと部屋の隅で蹲り、こちらを睨むように見つめる少年に目を向ける。
薄橙色の短い髪に、どこか猫のように釣り上がった瞳。幼さも相まって少女と言われれば信じてしまいそうな顔立ち。しかし栄養が足りていないのか、痩せこけ、少し骨張った頼りない体つきをしている。
怯えながらも、警戒している彼の不安を解きほぐすために、黒鳥はしゃがみ込むと彼と目線を合わせる。
「まずは、自己紹介からしようか。私の名前は黒鳥。黒鳥飛鳥。そしてここは私の祖母の旅館。……と言っても半ば趣味でやってるようなものだから、あんまりお客さんはいないけど。君の名前は?」
黒鳥が尋ねると、少年は少し躊躇うが、黒鳥を見つめるとか細い声で。
「……尾白。尾白豹一(おしろ ひょういち)。」
「尾白君ね。よろしく。……ところで、君はなんであの人達に追われてたのかな?」
名前を聞き出し、尾白に黒鳥が更なる質問を続ける。しかし、尾白はジッと黒鳥を見つめると、おずおずと尋ねる。
「…あの、黒鳥さんは。……天使、なん、ですか?」
「……え?」
思ってもみない質問に黒鳥は思わず面食らう。
「…なんで、そう思ったのかな?」
黒鳥が尋ねると、尾白は。
「だ、だって……黒鳥さん、背中から翼を出して、空を、飛んだから……」
「あぁ……。」
尾白の言葉に合点がいったのか、黒鳥は少し苦笑する。
まぁ、新月に所属していたせいで感覚が麻痺していたが、普通は翼を生やして飛ぶ人間は普通ではない。
あまりに初々しい反応に何となく黒鳥の中に悪戯心が芽生える。黒鳥はスッと口元にマスクをつけると、背中からバサっと漆黒の翼を展開させる。
「わっ、あ。」
「……良く分かったね。実は私。天使なんだ。……だから、君の事、教えて欲しいな。」
黒鳥はそう言いながら、彼の顎に指をやり、翼で彼の背を軽く撫でる。
黒鳥としては、少し揶揄うつもりでやったのだが、彼に黒鳥の翼に触れると、ポロポロと涙が溢れ出す。
「うぅ、ぐすっ」
「ええっ!?ど、どうしたの?何処か痛いの?」
突然泣き出した彼にまたもや黒鳥は面食らい、慌てて尋ねる。もしかしたら無意識のうちに翼を硬化させてたかも…なんて考えていると、辿々しく、彼は話し出す。
「ち、違うんです。……お母さんが、よく言っていたんです。いつでも神様は私達を見ていて、信じる人が本当に辛い時は天使様を通して助けて、下さるって。天使様って、
ホントにいたんだ…って。」
彼の言葉に黒鳥は黙って聞く。子供を躾ける際に親が使う良くある話だ。
「……僕、二年前まで普通に暮らしてたんだけど、いきなり変な人達に連れ去られて。その後その施設にずっといて……昨日、たまたま外に出る機会があって、周りの人は移送のため、とか言ってたけど。僕はこれが最後のチャンスだ、と思って。一瞬の隙をついて逃げ出して、追いつかれそうになった時に。あなたが……」
そこまで言うと、彼の目に涙が浮かび、言葉に詰まる。そんな彼を、黒鳥はそっと抱き寄せる。
「そう。…君は、勇気を振り絞って……頑張ったんだね。」
黒鳥は彼の背を軽くトントンと叩いて落ち着かせる。そのお陰で落ち着いたのか、少年はすぅすぅと寝息を立てて意識を手放していた。
「……とんでもない拾い物しちゃったな。」
黒鳥はそう呟くと、布団を敷いて彼を横にさせる。
「取り敢えず、起きるまでに何かご飯、作っておこうかな。」
そう言って立ち上がると、黒鳥はトトトと台所へと向かった。
「貴様ら!!どう責任を取るつもりだバカどもが!!」
室内に小太りの男、貝塚の怒号が響く。目の前にいる筋骨隆々の兵士達がその怒号を浴びせられるのを、貝塚の横にいる無気力そうなウェーブをかけた長い茶髪の女性、塩田が欠伸混じりに眺めている。
「はっ、面目しだいもございません。」
「あのガキにどれ程の価値があったと思っている!仮に警察にでも保護されてみろ!面倒なことになるぞ!」
「申し訳ございません。」
「謝罪する暇があったらさっさと探しに行け!馬鹿どもが!」
貝塚の怒号を受けた兵士達は頭を下げると、すぐさま回れ右して部屋を後にする。
全員がいなくなったのを見送ると、どっかりと革張りの椅子に沈み込むように貝塚が座る。
「全く…!!雑な仕事をしおってからに…!」
未だ怒りが鎮まらないのか、貝塚はグチグチと文句を溢す。
「困りましたね。彼という実験材料を失うのもそうですが、彼を確保した手段が警察に知られるのは不味いです。」
塩田の言葉に貝塚が眼をクワッと見開くと。
「そんなの分かっておるわいっ!!そもそもあの親供がワシの提示した条件に素直に従っておればこんな事せずに済んだと言うのに…!」
「まぁ、今更言っても仕方ありません。まずは彼を確保するのが最優先かと。」
「えぇい。あの無能軍人崩れ共、これで確保出来なかったら一人残らず契約破棄してくれるわ…!」
貝塚がそう独りごちたその時。
「やぁやぁ、お困りのようね。」
そう言いながら、目元に涙ホクロ、野心に溢れた吊り目に黒縁の眼鏡をかけ、白衣に身を包んだ一人の女性が入ってくる。少し跳ねた長い青白い髪を掻きながら、こちらを見つめる女性に貝塚は少し嫌そうな顔をしながら。
「……何だね氷室君。今、我々は手が離せない状況なのだが?」
「見れば分かるわ。スポンサーが困ってそうだから、お手伝いしてあげようかと思ってね。」
彼女、氷室がそう言うと、その背後に二人の人物が並び立つ。一人は赤のシャツに黒のスーツを見に纏った銀髪に青のメッシュが入った前髪で右目を隠した女性、もう一人は赤色のマスクにゴーグルをつけ、これまた赤色のローブとコートを羽織り、丁寧にグローブまでしている素肌一つ見せない、男か女かも分からない長身の人物だ。
「……なんだね、その二人は。」
貝塚が尋ねると、氷室はフフッと笑い。
「良くぞ聞いてくれました。こっちの白髪の子が“灰被姫(アッシュグレイ)”、そしてこっちが“赤ずきん(ブラッドローブ)”よ。」
「ご紹介に預かりました“灰被姫”です。以後、お見知り置きを。」
「………“赤ずきん”です。」
“灰被姫”の方は朗らかに笑いながら、頭を下げる。“赤ずきん”は小声で答えると、フイッと他所を向く。
二人を品定めするように貝塚は見つめながら、塩田に尋ねる。
「…氷室君が連れて来たと言うことはあれかね。この二人が……。」
「はい。先日抜けてしまった“白雪姫”と同じ“グリムワール”計画のバイオソルジャー達です。」
塩田がサラッと答える。
「そうかね。普段なら諸手をあげて喜ぶところだが、今はそんな余裕はなくてね。あのガキを捕まえなくては、組織の存続すら……」
「その少年の居場所が既に私は掴んでいる、と仰れば、どうです?」
氷室の言葉に、貝塚が眼を見開く。
「なんだと?」
「現代社会と言うのは監視社会です。そこに“灰被姫”の力が加われば、子供の一人見つける事は造作もない。」
氷室の言葉に、“灰被姫”がニヤリと笑う。
探していた子供の居場所が掴めていたのは朗報だが、氷室と長い付き合いの貝塚は彼女の魂胆を何となく察してしまう。
「……分かった。何が望みだね?」
「あら、察しが良くて助かるわ。……その子供奪還に二人を派遣させて欲しいのよ。」
「何?」
予想外の氷室の言葉に、貝塚がまたもや眼を丸くする。
「ただの一般人が保護したなら、私も二人を派遣しないわ。どうせ碌なデータ取れないでしょうし。」
氷室はそう言いながら、取り出したタブレットを操作すると、一枚の写真を見せる。
それを見た貝塚が、忌々しげに顔を歪める。
「…もしかして、あの傭兵どもが言ってた事を真に受けたのかね?」
「私だって最初は幼稚な嘘かと思ったけど……この映像を見たらね。それに、二人の試験運用には丁度いいじゃない。」
氷室が見せたタブレットの写真。そこには黒い翼を翻し、月夜を背中に飛翔する人影があった。
「正体不明の鳥人間なんて。ゾクゾクしちゃう。」
室内に小太りの男、貝塚の怒号が響く。目の前にいる筋骨隆々の兵士達がその怒号を浴びせられるのを、貝塚の横にいる無気力そうなウェーブをかけた長い茶髪の女性、塩田が欠伸混じりに眺めている。
「はっ、面目しだいもございません。」
「あのガキにどれ程の価値があったと思っている!仮に警察にでも保護されてみろ!面倒なことになるぞ!」
「申し訳ございません。」
「謝罪する暇があったらさっさと探しに行け!馬鹿どもが!」
貝塚の怒号を受けた兵士達は頭を下げると、すぐさま回れ右して部屋を後にする。
全員がいなくなったのを見送ると、どっかりと革張りの椅子に沈み込むように貝塚が座る。
「全く…!!雑な仕事をしおってからに…!」
未だ怒りが鎮まらないのか、貝塚はグチグチと文句を溢す。
「困りましたね。彼という実験材料を失うのもそうですが、彼を確保した手段が警察に知られるのは不味いです。」
塩田の言葉に貝塚が眼をクワッと見開くと。
「そんなの分かっておるわいっ!!そもそもあの親供がワシの提示した条件に素直に従っておればこんな事せずに済んだと言うのに…!」
「まぁ、今更言っても仕方ありません。まずは彼を確保するのが最優先かと。」
「えぇい。あの無能軍人崩れ共、これで確保出来なかったら一人残らず契約破棄してくれるわ…!」
貝塚がそう独りごちたその時。
「やぁやぁ、お困りのようね。」
そう言いながら、目元に涙ホクロ、野心に溢れた吊り目に黒縁の眼鏡をかけ、白衣に身を包んだ一人の女性が入ってくる。少し跳ねた長い青白い髪を掻きながら、こちらを見つめる女性に貝塚は少し嫌そうな顔をしながら。
「……何だね氷室君。今、我々は手が離せない状況なのだが?」
「見れば分かるわ。スポンサーが困ってそうだから、お手伝いしてあげようかと思ってね。」
彼女、氷室がそう言うと、その背後に二人の人物が並び立つ。一人は赤のシャツに黒のスーツを見に纏った銀髪に青のメッシュが入った前髪で右目を隠した女性、もう一人は赤色のマスクにゴーグルをつけ、これまた赤色のローブとコートを羽織り、丁寧にグローブまでしている素肌一つ見せない、男か女かも分からない長身の人物だ。
「……なんだね、その二人は。」
貝塚が尋ねると、氷室はフフッと笑い。
「良くぞ聞いてくれました。こっちの白髪の子が“灰被姫(アッシュグレイ)”、そしてこっちが“赤ずきん(ブラッドローブ)”よ。」
「ご紹介に預かりました“灰被姫”です。以後、お見知り置きを。」
「………“赤ずきん”です。」
“灰被姫”の方は朗らかに笑いながら、頭を下げる。“赤ずきん”は小声で答えると、フイッと他所を向く。
二人を品定めするように貝塚は見つめながら、塩田に尋ねる。
「…氷室君が連れて来たと言うことはあれかね。この二人が……。」
「はい。先日抜けてしまった“白雪姫”と同じ“グリムワール”計画のバイオソルジャー達です。」
塩田がサラッと答える。
「そうかね。普段なら諸手をあげて喜ぶところだが、今はそんな余裕はなくてね。あのガキを捕まえなくては、組織の存続すら……」
「その少年の居場所が既に私は掴んでいる、と仰れば、どうです?」
氷室の言葉に、貝塚が眼を見開く。
「なんだと?」
「現代社会と言うのは監視社会です。そこに“灰被姫”の力が加われば、子供の一人見つける事は造作もない。」
氷室の言葉に、“灰被姫”がニヤリと笑う。
探していた子供の居場所が掴めていたのは朗報だが、氷室と長い付き合いの貝塚は彼女の魂胆を何となく察してしまう。
「……分かった。何が望みだね?」
「あら、察しが良くて助かるわ。……その子供奪還に二人を派遣させて欲しいのよ。」
「何?」
予想外の氷室の言葉に、貝塚がまたもや眼を丸くする。
「ただの一般人が保護したなら、私も二人を派遣しないわ。どうせ碌なデータ取れないでしょうし。」
氷室はそう言いながら、取り出したタブレットを操作すると、一枚の写真を見せる。
それを見た貝塚が、忌々しげに顔を歪める。
「…もしかして、あの傭兵どもが言ってた事を真に受けたのかね?」
「私だって最初は幼稚な嘘かと思ったけど……この映像を見たらね。それに、二人の試験運用には丁度いいじゃない。」
氷室が見せたタブレットの写真。そこには黒い翼を翻し、月夜を背中に飛翔する人影があった。
「正体不明の鳥人間なんて。ゾクゾクしちゃう。」
「……ん。」
ぱっちりと眼を覚ました尾白の鼻腔を香ばしい香りがくすぐる。
いつの間にかかけられていた上布団を退けて、立ち上がると、匂いの元へと向かう。
その匂いの元と思しき部屋に入ると、そこにはエプロン姿で台所に立っている黒鳥の姿があった。
「……あの、黒鳥さん。」
「ん。起きたのね。テーブルに座って。もうちょっとで出来るから。」
黒鳥に言われるがままに、尾白はおずおずと席に座る。そして、しばらくすると黒鳥がお盆を持って彼の元に現れる。
「お腹、空いたでしょ。簡単なものだけど、どうぞ。」
そう言って黒鳥が持って来たお盆には、美味しそうに、温かな湯気をあげるおにぎりと、味噌汁、そして卵焼きが並んでいた。
尾白は並べられた食事と黒鳥を交互に見つめる。黒鳥はそんな彼に微笑みかけると。
「良いのよ。遠慮せず、食べて。」
黒鳥がそう言うと、尾白はしばらく逡巡した後。
「…い、いただきます。」
そう言うと、ぱくっとおにぎりに口をつける。その瞬間、彼の脳裏に思い出が過ぎる。
研究所の何もない白い空間で毎日決まった時間に出される味気ない、パサパサとした食事。……そして、最早忘れかけていた、二年前まで自分が当たり前に食べる事が出来ていた、家族と食卓を囲んで食べた温かい食事を。
「………たい。」
目頭にと胸に熱いものが込み上げてくる。止めようと思っても止まらない。頬を温かい液体が伝う。
「家に……帰り……たい……。」
ボロボロと泣いて、嗚咽を漏らしながらも、食事を続ける彼を見て、黒鳥も酷く胸を痛める。
黒鳥はそんな彼の頬に手を添える。
「……任せて。私が、必ず貴方をお家へ返してあげる。」
「……天使、様……」
彼はもう、堪えきれなくなったのか、黒鳥の胸に飛び込むと、大声で泣き始める。
黒鳥はそんな彼の頭を撫でながら、それを受け入れる。
「……よしよし…。」
黒鳥がそう言って彼が泣き止むまで、抱きしめようとしたその時。
ドサッ、と何かが落ちる音がする。音がした方に眼を向けると、そこには眼を見開いて、呆然とこちらを見つめる黒髪の少女……赤羽の姿があった。
「あ…。」
「……あ、アンタ。ま、マジでやってたのね……」
「へ?」
「そ、その。趣味嗜好は人の自由だし、別に、私は、それを否定するつもりはないけど……犯罪は、よくないと思うわ……。」
泣いている少年を抱きしめている黒鳥、という絵面を見てどうやら何か勘違いしているのか、ドン引きした様子の赤羽に、黒鳥が慌てて弁明する。
「ち、違う!!赤羽!貴方は今とてつもない勘違いをしてる!」
「いやアンタ、その状態からどうやって言い訳するつもりよ。」
赤羽が黒鳥を訝しげに見つめていると、赤羽に気づいた尾白が声を上げる。
「お姉さん。天使様を信じてあげて。」
「……天使様?」
尾白の言葉に赤羽の黒鳥を見る眼がさらにジトッと鋭くなり、黒鳥の背筋を冷や汗がダラダラと流れ出す。
「……アンタ、まさかそこまでマニアックな……」
「いや、違っ!これには色々事情があって…!」
黒鳥が赤羽に弁明しようとしたその時。二人の直感がピクリ、と反応する。
常人では分かるはずもない微かな気配。だが、過去の世界において過酷な戦いを繰り広げた二人は気づく。
「赤羽。」
「えぇ。一旦この話の追求はしないでおいてあげる。」
「だから違うんだって…。」
そう言いながらも赤羽の右目に三つの瞳が一体化したような仮面“サダルメリクの瞳”を装着し、それと同時に身体の左半身と手足を覆うように翠色の装甲“雨四光”が装備される。
同じく黒鳥も蜘蛛を模したマスクを装着すると同時に腕に蜘蛛の牙を模した手甲が装着される。
そして黒鳥が手甲を床につけると、透明で細い糸が床に沿うように射出され、建物の隅々まで張り巡らされていく。
黒鳥は眼を閉じ、張り巡らせた糸に神経を集中させる。
「……相手は一回の勝手口から入ってこっちに向かって来てる。」
「そう。便利ね、それ。」
「中々使う機会は無かったけどね。」
張り巡らせた糸の振動によって敵の位置を把握した黒鳥の情報を元に赤羽が動く。
黒鳥は不安そうにこちらを見つめる尾白に微笑みかけると。
「部屋に隠れてて。すぐに終わらせるから。」
そう言うと尾白はコクコクと頷くと、部屋に戻る。だが、その部屋に入る直前。彼は黒鳥に。
「あの……お気をつけて。」
そう言って部屋に入りこちらを不安げに見つめる彼に、黒鳥は力強く頷いて返した。
「任せて。」
ぱっちりと眼を覚ました尾白の鼻腔を香ばしい香りがくすぐる。
いつの間にかかけられていた上布団を退けて、立ち上がると、匂いの元へと向かう。
その匂いの元と思しき部屋に入ると、そこにはエプロン姿で台所に立っている黒鳥の姿があった。
「……あの、黒鳥さん。」
「ん。起きたのね。テーブルに座って。もうちょっとで出来るから。」
黒鳥に言われるがままに、尾白はおずおずと席に座る。そして、しばらくすると黒鳥がお盆を持って彼の元に現れる。
「お腹、空いたでしょ。簡単なものだけど、どうぞ。」
そう言って黒鳥が持って来たお盆には、美味しそうに、温かな湯気をあげるおにぎりと、味噌汁、そして卵焼きが並んでいた。
尾白は並べられた食事と黒鳥を交互に見つめる。黒鳥はそんな彼に微笑みかけると。
「良いのよ。遠慮せず、食べて。」
黒鳥がそう言うと、尾白はしばらく逡巡した後。
「…い、いただきます。」
そう言うと、ぱくっとおにぎりに口をつける。その瞬間、彼の脳裏に思い出が過ぎる。
研究所の何もない白い空間で毎日決まった時間に出される味気ない、パサパサとした食事。……そして、最早忘れかけていた、二年前まで自分が当たり前に食べる事が出来ていた、家族と食卓を囲んで食べた温かい食事を。
「………たい。」
目頭にと胸に熱いものが込み上げてくる。止めようと思っても止まらない。頬を温かい液体が伝う。
「家に……帰り……たい……。」
ボロボロと泣いて、嗚咽を漏らしながらも、食事を続ける彼を見て、黒鳥も酷く胸を痛める。
黒鳥はそんな彼の頬に手を添える。
「……任せて。私が、必ず貴方をお家へ返してあげる。」
「……天使、様……」
彼はもう、堪えきれなくなったのか、黒鳥の胸に飛び込むと、大声で泣き始める。
黒鳥はそんな彼の頭を撫でながら、それを受け入れる。
「……よしよし…。」
黒鳥がそう言って彼が泣き止むまで、抱きしめようとしたその時。
ドサッ、と何かが落ちる音がする。音がした方に眼を向けると、そこには眼を見開いて、呆然とこちらを見つめる黒髪の少女……赤羽の姿があった。
「あ…。」
「……あ、アンタ。ま、マジでやってたのね……」
「へ?」
「そ、その。趣味嗜好は人の自由だし、別に、私は、それを否定するつもりはないけど……犯罪は、よくないと思うわ……。」
泣いている少年を抱きしめている黒鳥、という絵面を見てどうやら何か勘違いしているのか、ドン引きした様子の赤羽に、黒鳥が慌てて弁明する。
「ち、違う!!赤羽!貴方は今とてつもない勘違いをしてる!」
「いやアンタ、その状態からどうやって言い訳するつもりよ。」
赤羽が黒鳥を訝しげに見つめていると、赤羽に気づいた尾白が声を上げる。
「お姉さん。天使様を信じてあげて。」
「……天使様?」
尾白の言葉に赤羽の黒鳥を見る眼がさらにジトッと鋭くなり、黒鳥の背筋を冷や汗がダラダラと流れ出す。
「……アンタ、まさかそこまでマニアックな……」
「いや、違っ!これには色々事情があって…!」
黒鳥が赤羽に弁明しようとしたその時。二人の直感がピクリ、と反応する。
常人では分かるはずもない微かな気配。だが、過去の世界において過酷な戦いを繰り広げた二人は気づく。
「赤羽。」
「えぇ。一旦この話の追求はしないでおいてあげる。」
「だから違うんだって…。」
そう言いながらも赤羽の右目に三つの瞳が一体化したような仮面“サダルメリクの瞳”を装着し、それと同時に身体の左半身と手足を覆うように翠色の装甲“雨四光”が装備される。
同じく黒鳥も蜘蛛を模したマスクを装着すると同時に腕に蜘蛛の牙を模した手甲が装着される。
そして黒鳥が手甲を床につけると、透明で細い糸が床に沿うように射出され、建物の隅々まで張り巡らされていく。
黒鳥は眼を閉じ、張り巡らせた糸に神経を集中させる。
「……相手は一回の勝手口から入ってこっちに向かって来てる。」
「そう。便利ね、それ。」
「中々使う機会は無かったけどね。」
張り巡らせた糸の振動によって敵の位置を把握した黒鳥の情報を元に赤羽が動く。
黒鳥は不安そうにこちらを見つめる尾白に微笑みかけると。
「部屋に隠れてて。すぐに終わらせるから。」
そう言うと尾白はコクコクと頷くと、部屋に戻る。だが、その部屋に入る直前。彼は黒鳥に。
「あの……お気をつけて。」
そう言って部屋に入りこちらを不安げに見つめる彼に、黒鳥は力強く頷いて返した。
「任せて。」
扉を開け、静かに、そして機械のように正確な動きで部屋をクリアリングしていく黒ずくめの集団が旅館の中を進む。
大の大人が二人並ぶのがやっとな細い通路を綺麗な縦一列で素早く進む彼らを見つけた赤羽は舌打ちする。
「…ただの泥棒、って訳じゃなさそうね。」
赤羽がそう言うと“サダルメリクの瞳”がキラリと輝く。
「……人様の家に土足で上がり込んだんだから、痛い目に会っても文句はナシよ。」
旅館を進む彼らの前に一人の少女が躍り出る。三つの瞳を模した仮面を右目につけ、日本刀を持った黒髪の少女と言う現実離れした姿を見た先頭の隊員は虚を突かれ、動きが止まる。
「何をしている!?」
反応が遅れた彼を守るために、隊長と思しき男が先頭の彼を後ろへと引っ張り、腰から警棒を引き抜いて、応戦しようとする。
今にも振り下ろされんとする刀を警棒で受け止めようとしたその瞬間。スッと。
まるで霞のように振り下ろされた刀は警棒をすり抜け、隊長の身体へと差し込まれる。
「ッ……!?斬られ……?」
しかし、その刀はスッと、警棒と同じように隊長の身体をすり抜け、それどころか少女自体が彼の身体をすり抜ける。
「こ、れは……!?」
謎の現象に隊長を含め、全員が目の前で起こった出来事に困惑したその時。
横から風の如く現れた“本物の赤羽”が逆刃に構えた刀で隊長の男の首を激しく打ち据える。
「おごっ…!?」
死角からの強烈な不意打ちにより、隊長の意識は一瞬で刈り取らられる。
「なっ」
突然の襲撃者に驚く隊員達の内、一番目の前にいた隊員の顎を赤羽がハイキックで蹴り抜く。
顎に衝撃を受け、脳を揺らされた隊員が倒れると、混乱していた他の隊員達もすぐに状況を理解し、反撃の構えを取る。
「このガキッ」
隊員の一人が消音器の着いた拳銃を赤羽に向けた、その次の瞬間。
何処からともなく飛んできた糸の塊が隊員達を吹き飛ばすと同時に壁に叩きつけて、そのままベッタリと隊員を拘束するように壁に張り付く。
糸が飛んで来た方を赤羽が振り向くと、そこにへ黒鳥の姿があった。
「邪魔だった?」
そう聞く彼女に赤羽はフンッと鼻を鳴らすと。
「別に。それよりも、他にもまだいるかしら?」
「いや。糸の感知に反応は無いから、多分今のところこれで全部。」
黒鳥がそう言うと、赤羽はそう、とだけ答え、壁に貼り付けられ、呻く隊員の首筋に刀を突き付ける。
「さて。んじゃあ吐いてもらおうかしら。“なんのためにこの家に侵入したのか”。」
刀を突きつけられ、青ざめる隊員に赤羽が尋問しようとしたその時。
ドゴォンッという音と共に壁が破壊され、粉塵と破片がその場にいた全員を襲う。
「きゃっ」
「!」
咄嗟に赤羽を守るべく、黒鳥は翼を出現させ、その身の丈程もある大きなそれで瓦礫から自分と彼女を守る。
「……ありがと、助かったわ。」
「礼には及ばない。それよりも、一体何が……」
パラパラと破片は落ちる音が響く中、ザッと、誰かが爆発で開いた穴から入ってくる音がする。
「おーおー。通信繋いどいて良かったなぁオタクら。」
入り口から剽軽そうにせせら笑う声が聞こえる。二人が目をやると、そこには黒のスーツに身を包み、青のメッシュの入った銀髪の女性がいた。
だが、何よりも異様なのはその手には彼女の背丈に届かんと思う程長身の刀を握っている事だ。
「“灰被姫”様が助けに来てやったぜぇ?」
女性はそう言いながらキョロキョロと辺りを見回し、黒鳥と赤羽を視界に捉える。
すると一瞬目を丸くしたかと思うと、二人に尋ねる。
「……アンタらがやったのか?」
「ええ。だとしたら何?」
赤羽が得体の知れない乱入者に敵意を剥き出しにしながらそう答えると、彼女はククッと醜悪な笑みを浮かべる。
「はーっ。なっさけねぇっ!大の大人がガキ二人に負けたってことか!情けねぇ情けねぇなぁ。だが安心しな嬢ちゃん。」
“灰被姫”の目が一瞬細くなったかと思った次の瞬間、彼女は迅雷の如き踏み込みで、一瞬にして距離をゼロにすると同時に刀を振りかぶっていた。
「そこの奴らと違って私は退屈させねぇからよ。」
「……ッ!!」
振り抜かれた刀を黒鳥と赤羽は屈みながら回避する。屈んだ彼女達のそのすぐ真上からガリガリ!!と壁を削る音がする。
二人が冷や汗を流す中、“灰被姫”は楽しそうに口角を釣り上げたまま、二人へと刀を構える。
「ほう。今のに反応するたぁっ、少なくとも嬢ちゃん達、パンピーじゃねぇなっ。」
「そう言うアンタはマトモじゃなさそうねっ!」
反撃と言わんばかりに赤羽が突き出した刀を、“灰被姫”はヒュゥと口笛を吹きながら、バックステップで回避する。
「殺気に飲まれず反撃まで!面白れぇなぁ、面白れぇなぁっ!こりゃ久々に楽しめそうだ!」
楽しそうに笑う彼女に、赤羽が刀を構えて対峙していたその時。
さらにドォンッという音が上の階から響き、それに混じって尾白の悲鳴が聞こえて来る。
「尾白君ッ!?」
「おっ、“赤ずきん”の奴かな?」
どうやらもう一人刺客がいたらしい。それにいち早く反応した黒鳥が上の階へと向かおうとする。
「行かせるか、っての。」
上の階へと向かおうとする黒鳥に、“灰被姫”が妨害のため投げナイフを取り出そうとしたその瞬間。
「させるかっ!」
赤羽が大腿部のホルスターから針のような武器、投擲貫通炸裂弾“椿”を彼女目掛けて投げる。
「おおっと。」
投げられた針を、“灰被姫”は身を反らして、回避する。だが、当たりこそしなかったが、その隙に黒鳥を上の階へと向かわせる事には成功する。
「へぇ。やるじゃない。」
「アンタの相手は私よ。」
赤羽はそう言って、刀の切先を彼女に突き付ける。
「ボコボコにして、警察に突き出してやるから覚悟しなさいクソ野郎。」
大の大人が二人並ぶのがやっとな細い通路を綺麗な縦一列で素早く進む彼らを見つけた赤羽は舌打ちする。
「…ただの泥棒、って訳じゃなさそうね。」
赤羽がそう言うと“サダルメリクの瞳”がキラリと輝く。
「……人様の家に土足で上がり込んだんだから、痛い目に会っても文句はナシよ。」
旅館を進む彼らの前に一人の少女が躍り出る。三つの瞳を模した仮面を右目につけ、日本刀を持った黒髪の少女と言う現実離れした姿を見た先頭の隊員は虚を突かれ、動きが止まる。
「何をしている!?」
反応が遅れた彼を守るために、隊長と思しき男が先頭の彼を後ろへと引っ張り、腰から警棒を引き抜いて、応戦しようとする。
今にも振り下ろされんとする刀を警棒で受け止めようとしたその瞬間。スッと。
まるで霞のように振り下ろされた刀は警棒をすり抜け、隊長の身体へと差し込まれる。
「ッ……!?斬られ……?」
しかし、その刀はスッと、警棒と同じように隊長の身体をすり抜け、それどころか少女自体が彼の身体をすり抜ける。
「こ、れは……!?」
謎の現象に隊長を含め、全員が目の前で起こった出来事に困惑したその時。
横から風の如く現れた“本物の赤羽”が逆刃に構えた刀で隊長の男の首を激しく打ち据える。
「おごっ…!?」
死角からの強烈な不意打ちにより、隊長の意識は一瞬で刈り取らられる。
「なっ」
突然の襲撃者に驚く隊員達の内、一番目の前にいた隊員の顎を赤羽がハイキックで蹴り抜く。
顎に衝撃を受け、脳を揺らされた隊員が倒れると、混乱していた他の隊員達もすぐに状況を理解し、反撃の構えを取る。
「このガキッ」
隊員の一人が消音器の着いた拳銃を赤羽に向けた、その次の瞬間。
何処からともなく飛んできた糸の塊が隊員達を吹き飛ばすと同時に壁に叩きつけて、そのままベッタリと隊員を拘束するように壁に張り付く。
糸が飛んで来た方を赤羽が振り向くと、そこにへ黒鳥の姿があった。
「邪魔だった?」
そう聞く彼女に赤羽はフンッと鼻を鳴らすと。
「別に。それよりも、他にもまだいるかしら?」
「いや。糸の感知に反応は無いから、多分今のところこれで全部。」
黒鳥がそう言うと、赤羽はそう、とだけ答え、壁に貼り付けられ、呻く隊員の首筋に刀を突き付ける。
「さて。んじゃあ吐いてもらおうかしら。“なんのためにこの家に侵入したのか”。」
刀を突きつけられ、青ざめる隊員に赤羽が尋問しようとしたその時。
ドゴォンッという音と共に壁が破壊され、粉塵と破片がその場にいた全員を襲う。
「きゃっ」
「!」
咄嗟に赤羽を守るべく、黒鳥は翼を出現させ、その身の丈程もある大きなそれで瓦礫から自分と彼女を守る。
「……ありがと、助かったわ。」
「礼には及ばない。それよりも、一体何が……」
パラパラと破片は落ちる音が響く中、ザッと、誰かが爆発で開いた穴から入ってくる音がする。
「おーおー。通信繋いどいて良かったなぁオタクら。」
入り口から剽軽そうにせせら笑う声が聞こえる。二人が目をやると、そこには黒のスーツに身を包み、青のメッシュの入った銀髪の女性がいた。
だが、何よりも異様なのはその手には彼女の背丈に届かんと思う程長身の刀を握っている事だ。
「“灰被姫”様が助けに来てやったぜぇ?」
女性はそう言いながらキョロキョロと辺りを見回し、黒鳥と赤羽を視界に捉える。
すると一瞬目を丸くしたかと思うと、二人に尋ねる。
「……アンタらがやったのか?」
「ええ。だとしたら何?」
赤羽が得体の知れない乱入者に敵意を剥き出しにしながらそう答えると、彼女はククッと醜悪な笑みを浮かべる。
「はーっ。なっさけねぇっ!大の大人がガキ二人に負けたってことか!情けねぇ情けねぇなぁ。だが安心しな嬢ちゃん。」
“灰被姫”の目が一瞬細くなったかと思った次の瞬間、彼女は迅雷の如き踏み込みで、一瞬にして距離をゼロにすると同時に刀を振りかぶっていた。
「そこの奴らと違って私は退屈させねぇからよ。」
「……ッ!!」
振り抜かれた刀を黒鳥と赤羽は屈みながら回避する。屈んだ彼女達のそのすぐ真上からガリガリ!!と壁を削る音がする。
二人が冷や汗を流す中、“灰被姫”は楽しそうに口角を釣り上げたまま、二人へと刀を構える。
「ほう。今のに反応するたぁっ、少なくとも嬢ちゃん達、パンピーじゃねぇなっ。」
「そう言うアンタはマトモじゃなさそうねっ!」
反撃と言わんばかりに赤羽が突き出した刀を、“灰被姫”はヒュゥと口笛を吹きながら、バックステップで回避する。
「殺気に飲まれず反撃まで!面白れぇなぁ、面白れぇなぁっ!こりゃ久々に楽しめそうだ!」
楽しそうに笑う彼女に、赤羽が刀を構えて対峙していたその時。
さらにドォンッという音が上の階から響き、それに混じって尾白の悲鳴が聞こえて来る。
「尾白君ッ!?」
「おっ、“赤ずきん”の奴かな?」
どうやらもう一人刺客がいたらしい。それにいち早く反応した黒鳥が上の階へと向かおうとする。
「行かせるか、っての。」
上の階へと向かおうとする黒鳥に、“灰被姫”が妨害のため投げナイフを取り出そうとしたその瞬間。
「させるかっ!」
赤羽が大腿部のホルスターから針のような武器、投擲貫通炸裂弾“椿”を彼女目掛けて投げる。
「おおっと。」
投げられた針を、“灰被姫”は身を反らして、回避する。だが、当たりこそしなかったが、その隙に黒鳥を上の階へと向かわせる事には成功する。
「へぇ。やるじゃない。」
「アンタの相手は私よ。」
赤羽はそう言って、刀の切先を彼女に突き付ける。
「ボコボコにして、警察に突き出してやるから覚悟しなさいクソ野郎。」
黒鳥は階段を駆け上がると、すぐさま尾白がいる部屋の襖を勢いよく開ける。
パァンッと襖を開けるけたたましい音が響く。
果たして、そこには今にも赤いローブを被り、全身を、顔までもマスクで覆った一人の人物が、意識を失っているであろう彼を抱えていた。
「尾白君!」
黒鳥がそう叫ぶと、ローブの人物、“赤ずきん”も黒鳥に気づき、窓へと向かう。
「逃すかっ!」
その人物を追いかけ、黒鳥が走り出そうとした瞬間、“赤ずきん”はポイッと何か黒色の球体を地面に転がせる。
その球体はコロコロと地面を転がりながら、黒鳥に向かっていき、彼女に近づいたその次の瞬間。
ドォンッと音を立てて激しい爆発起こる。爆発よりもいち早く開けた穴から飛び出ていた“赤ずきん”は腕からワイヤーを射出すると、それを使って旅館から素早く離れる。
「……こちら“赤ずきん”目標は確保した。今より帰投する。」
“赤ずきん”が通信機にそう言った瞬間。ゾクリ、とその背に突き刺すような視線を感じる。
「…!」
“赤ずきん”はすぐさま視線が飛んで来た方に振り返る。すると未だ爆煙に包まれた部屋で、何かが一瞬動いたように見えた次の瞬間。
爆煙を切り裂き、巨大な四枚の黒翼と、蜘蛛の顔のような形状の爪、蛇のような尻尾を生やした怪物と化した黒鳥が飛び出して来る。黒鳥は一直線に高速で、“赤ずきん”目掛けて突っ込んでくる。
「なんだと!?」
見たこともない怪物の出現に“赤ずきん”から思わず声が漏れる。
黒鳥はそのまま“赤ずきん”に掴みかかると、そのまま地面へと急降下する。
「まずいっ…!」
黒鳥の意図に気づいた“赤ずきん”は咄嗟に腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、怪物へと向ける。
「!」
拳銃の引き金が引かれるよる先に黒鳥は“赤ずきん”を掴んでいる腕を離し、放たれた弾丸を避ける。
「チィッ……!」
拘束から逃れた“赤ずきん”は受け身を取ろうとする。しかし、黒鳥は彼女に向けて両手から糸を射出する。粘性のある糸はべちゃりと、尾白にくっつく。
「彼は返してもらう!」
黒鳥はそう言うと、糸を引っ張り、“赤ずきん”から尾白を取り戻す。
「しまった…!」
“赤ずきん”はマスク越しに顔を歪めると、地面に着地する寸前に身体を丸め、受け身を取ることで落下の衝撃を最低限度のダメージで済ませる。
「化け物がッ!」
“赤ずきん”はそう叫ぶと黒鳥に向けて発砲する。放たれた銃弾は黒鳥の手甲に弾かれる。
彼を腕の中に抱えた黒鳥はすぐに彼が怪我をしていないか確認する。
見たところ、彼に外傷はない。
「良かった……」
そう言って彼女がホッと胸を撫で下ろした瞬間。いきなりドスンッ!と彼女の身体に衝撃が走る。
「がっ……!?」
突然の衝撃に彼女は呻き、体勢を崩し、尾白を手放してしまう。
見れば彼女の身体に銀色の鳥のような機械がめり込んでいた。機械はそのまま加速し、黒鳥を連れて行くと、近くの空きビルの外壁と彼女を叩きつけた。
落ちて行く尾白の身体にワイヤーが巻きつけられ、“赤ずきん”がその身柄を確保する。
「チッ……まさか使わんと思ってた“ハンター”を使う羽目になるとは。」
“赤ずきん”は確保した彼を、合流した別部隊の傭兵の一人に渡す。
「この子を連れて行きなさい。くれぐれも丁重に。」
「は。」
「さて…あれでくたばってくれていれば良いんだけど…。」
“赤ずきん”がそう呟いた瞬間。衝突で穴の空いた空きビルの外壁から金属を潰すような凄まじい音が響いたかと思うと、そこからぐしゃぐしゃにひしゃげたドローン兵器“ハンター”が無造作に投げ捨てられ、それと同時にこちらを睨みつけながら黒鳥がその姿を表す。
「アレでくたばってはくれないか。」
そう言うと“赤ずきん”は傭兵に先に行くよう指示を出すと、拳銃を黒鳥に向けて構え直す。
「さて、怪物退治といきましょうか。」
パァンッと襖を開けるけたたましい音が響く。
果たして、そこには今にも赤いローブを被り、全身を、顔までもマスクで覆った一人の人物が、意識を失っているであろう彼を抱えていた。
「尾白君!」
黒鳥がそう叫ぶと、ローブの人物、“赤ずきん”も黒鳥に気づき、窓へと向かう。
「逃すかっ!」
その人物を追いかけ、黒鳥が走り出そうとした瞬間、“赤ずきん”はポイッと何か黒色の球体を地面に転がせる。
その球体はコロコロと地面を転がりながら、黒鳥に向かっていき、彼女に近づいたその次の瞬間。
ドォンッと音を立てて激しい爆発起こる。爆発よりもいち早く開けた穴から飛び出ていた“赤ずきん”は腕からワイヤーを射出すると、それを使って旅館から素早く離れる。
「……こちら“赤ずきん”目標は確保した。今より帰投する。」
“赤ずきん”が通信機にそう言った瞬間。ゾクリ、とその背に突き刺すような視線を感じる。
「…!」
“赤ずきん”はすぐさま視線が飛んで来た方に振り返る。すると未だ爆煙に包まれた部屋で、何かが一瞬動いたように見えた次の瞬間。
爆煙を切り裂き、巨大な四枚の黒翼と、蜘蛛の顔のような形状の爪、蛇のような尻尾を生やした怪物と化した黒鳥が飛び出して来る。黒鳥は一直線に高速で、“赤ずきん”目掛けて突っ込んでくる。
「なんだと!?」
見たこともない怪物の出現に“赤ずきん”から思わず声が漏れる。
黒鳥はそのまま“赤ずきん”に掴みかかると、そのまま地面へと急降下する。
「まずいっ…!」
黒鳥の意図に気づいた“赤ずきん”は咄嗟に腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、怪物へと向ける。
「!」
拳銃の引き金が引かれるよる先に黒鳥は“赤ずきん”を掴んでいる腕を離し、放たれた弾丸を避ける。
「チィッ……!」
拘束から逃れた“赤ずきん”は受け身を取ろうとする。しかし、黒鳥は彼女に向けて両手から糸を射出する。粘性のある糸はべちゃりと、尾白にくっつく。
「彼は返してもらう!」
黒鳥はそう言うと、糸を引っ張り、“赤ずきん”から尾白を取り戻す。
「しまった…!」
“赤ずきん”はマスク越しに顔を歪めると、地面に着地する寸前に身体を丸め、受け身を取ることで落下の衝撃を最低限度のダメージで済ませる。
「化け物がッ!」
“赤ずきん”はそう叫ぶと黒鳥に向けて発砲する。放たれた銃弾は黒鳥の手甲に弾かれる。
彼を腕の中に抱えた黒鳥はすぐに彼が怪我をしていないか確認する。
見たところ、彼に外傷はない。
「良かった……」
そう言って彼女がホッと胸を撫で下ろした瞬間。いきなりドスンッ!と彼女の身体に衝撃が走る。
「がっ……!?」
突然の衝撃に彼女は呻き、体勢を崩し、尾白を手放してしまう。
見れば彼女の身体に銀色の鳥のような機械がめり込んでいた。機械はそのまま加速し、黒鳥を連れて行くと、近くの空きビルの外壁と彼女を叩きつけた。
落ちて行く尾白の身体にワイヤーが巻きつけられ、“赤ずきん”がその身柄を確保する。
「チッ……まさか使わんと思ってた“ハンター”を使う羽目になるとは。」
“赤ずきん”は確保した彼を、合流した別部隊の傭兵の一人に渡す。
「この子を連れて行きなさい。くれぐれも丁重に。」
「は。」
「さて…あれでくたばってくれていれば良いんだけど…。」
“赤ずきん”がそう呟いた瞬間。衝突で穴の空いた空きビルの外壁から金属を潰すような凄まじい音が響いたかと思うと、そこからぐしゃぐしゃにひしゃげたドローン兵器“ハンター”が無造作に投げ捨てられ、それと同時にこちらを睨みつけながら黒鳥がその姿を表す。
「アレでくたばってはくれないか。」
そう言うと“赤ずきん”は傭兵に先に行くよう指示を出すと、拳銃を黒鳥に向けて構え直す。
「さて、怪物退治といきましょうか。」
「はははっ!ははははははっ!」
「うるさいわねぇっ!」
“灰被姫”の振るう長身の刀を避けながら、赤羽は悪態を突く。
目の前にいる女の驚嘆すべき所は自分の背丈ほどもある刀を、自在に振り回すその膂力だ。振るわれる巨大な刀を見る度、赤羽の脳裏には、この一撃を受けてはならない、と警告が飛ぶ。
(まともに受けたら、こっちの刀が折れる!受け流すか、かわすしかないっ!)
(ほほぅ。この嬢ちゃん、よく見てやがる。度胸だけじゃない。斬り合いの経験までアリ、か。)
“灰被姫”は懐に手を突っ込むとそこから取り出した何かを赤羽に向けて、バッ!と振り撒く。
それは黒い粉状の何か、だった。
(……粉?)
「コイツは見たことあるかい!?」
“灰被姫”はさらに何か銀色の物を取り出す。彼女がそれのネジの部分を擦ると火花が散る。
そしてそれを粉に向かって投擲した次の瞬間。
一瞬にして粉に火花の火が燃え移り、凄まじい破裂音と共に爆発が起こる。
「!!?」
突然目の前で起きた爆発に赤羽は大きく吹き飛ばされて床に叩きつけられる。
「がっ……!?」
床に叩きつけられ、肺から空気が漏れ、背中に痛みが走る。
爆発のダメージを受けた赤羽を見ながら、“灰被姫”は嗤う。
「はははっ。どうだコイツは?結構効くだろう?粉塵爆発って奴だ。」
「ぐっ……」
「その様子じゃ、結構気に入って貰えたみたいだなぁ!」
壁に持たれながら立ち上がる赤羽を見て、“灰被姫”は再び懐から黒い粉をばら撒く。
「させるか!」
だが、赤羽は彼女が火種を撒くより先に“椿”を投擲して、牽制する。
「おっと。対応が若いねぇ。」
赤羽の牽制に“灰被姫”の動きが一拍遅れる。そしてその隙に彼女は駆け出していた。
赤羽は刀を構えて、爆発的な加速で“灰被姫”に一気に近づく。だが彼女はニヤリと笑うと、今度は後ろのベルトポーチに手を突っ込む。
「気分転換にコイツはどうだい!?」
そう言うと彼女は今度はポーチから灰色の粉をばら撒く。ばら撒かれた粉を、赤羽は“サダルメリクの瞳”を通して見て、気づく。
(これは、石灰──!!)
そう、“灰被姫”がばら撒いたのは石灰……目に入れば失明の危機がある、危険な代物だ。
旅館の狭い廊下では左右に避けてかわすことは出来ず、石灰を被るまいと赤羽の脚が止まる。
それを見た“灰被姫”はニヤリと笑うと。
「おいおい。立ち止まっていいのかい?」
そう言うといつの間にか持っていた火種を赤羽に向けて投げつける。
──いや、正しくは赤羽の周りに漂う引火する粉に、だ。
「しまっ」
赤羽が防御するより速く、粉に引火し、暴力的な炎が赤羽に襲いかかる、爆煙が一瞬にして彼女を包み込む。
もくもくと煙が充満する中、“灰被姫”が笑う。
「ま、ガキにしちゃ、中々やるようだったけど……これで終わり、だねぇ。」
確実に彼女を始末したと確信した“灰被姫”が刀を納めようとしたその時。
「まだ終わってないわよ。」
三つの瞳を輝かせ、爆煙を切り裂いて赤羽が躍り出る。その身に多少の傷や、服に焦げがあるものの健在の彼女を見た“灰被姫”の目が驚愕のあまり大きく見開かれる。
「──なっ」
確実に仕留めたハズ。あの距離の爆発で少し服が焦げた程度などありえない。
その動揺は致命的な隙を生む。赤羽の刀が唸りをあげて振るわれ、“灰被姫”を酷く打ち据える。
「ごっ……!?」
勢いそのまま彼女は吹っ飛んで壁に叩きつけられる。だが、赤羽の目はまだ警戒を解いていない。
(チッ。今の一瞬で右手を間に挟んだ!)
動揺しても、本能が彼女を動かしたのか、赤羽が意識を刈り取るつもりで放った首筋に向けての逆刃の一撃を、“灰被姫”は寸前に右腕で防御するように差し込んだ事で、致命の一撃をギリギリで回避したのだ。
逆刃とはいえ、下手をすれば腕を失うような、思い切った防御のお陰で彼女は意識を失わず、ギロリと赤羽を睨みつける。
「うおぅらぁああっ!」
追撃を仕掛けようとする赤羽を無理矢理追い払うように“灰被姫”は刀を振るう。
「チッ。」
狭い通路では左右にかわすことは出来ないため、赤羽はバックステップで回避する。
「何でテメェ、生きてんだ……!?」
「あの程度の火遊びで私を仕留められると思ったら大間違いよ。」
忌々しそうにこちら睨む“灰被姫”に赤羽は飄々とした態度で言うが。
(……まさか、人間相手に奥の手を使わされるなんてね。)
そう。爆発の瞬間、赤羽は奥の手──数秒だけ自身を幻とする事であらゆる攻撃をすり抜ける“酔生夢死”を使用し、直撃を避けたのだ。
勿論、奥の手に見合うだけの体力を消耗する、おいそれと使えない技ではある。
現に、冷静こそ装っているが、赤羽の息は上がり、長期戦は厳しい状態だ。
“灰被姫”は刀を赤羽に突きつけたまま、呻きながら体勢を立て直す。
彼女も彼女で、先程赤羽の一撃を受け止めた右腕が痛みでジンジンと痺れる。
(チッ……こりゃ骨にヒビが入ったか…?白兵戦はキツイ。粉で仕留めるか…?)
じり……と二人が睨み合ったまま間合いを測っていたその時。何処からともなくサイレンの音が聞こえ、それはどうやらこちらへと向かってくるようだ。
「タイムオーバーか。ま、派手に暴れ過ぎたしな。」
爆発音を聞きつけた誰かが通報したのだろう。迫るサイレンを聞いた“灰被姫”は撤退しようとする。
「人の家荒らしといて何帰ろうとしてんのよ。」
赤羽が逃げようとした“灰被姫”に追撃しようとするが、それを遮るように彼女は腰のホルダーから黒い塊……爆弾を取り出すと床に投擲する。
「ッ!」
「悪いが、俺は残業しない主義でね!」
ボォンッと音を立てて、閃光と煙が一面に広がる。あまりに強い光に赤羽が怯んで立ち止まったその隙に、“灰被姫”はその場を後にする。
「ははは!あばよ!」
「待て…ッ!」
赤羽の視界が開けた頃には、彼女の姿は影も形もなかった。
「逃げたか……。」
ひとまず脅威が去った事を確認すると、赤羽は刀を納める。
そして赤羽は携帯を取り出すと、ある人物に電話をかける。
「もしもし。ちょっとアンタに頼みたい事があるんだけど。」
「うるさいわねぇっ!」
“灰被姫”の振るう長身の刀を避けながら、赤羽は悪態を突く。
目の前にいる女の驚嘆すべき所は自分の背丈ほどもある刀を、自在に振り回すその膂力だ。振るわれる巨大な刀を見る度、赤羽の脳裏には、この一撃を受けてはならない、と警告が飛ぶ。
(まともに受けたら、こっちの刀が折れる!受け流すか、かわすしかないっ!)
(ほほぅ。この嬢ちゃん、よく見てやがる。度胸だけじゃない。斬り合いの経験までアリ、か。)
“灰被姫”は懐に手を突っ込むとそこから取り出した何かを赤羽に向けて、バッ!と振り撒く。
それは黒い粉状の何か、だった。
(……粉?)
「コイツは見たことあるかい!?」
“灰被姫”はさらに何か銀色の物を取り出す。彼女がそれのネジの部分を擦ると火花が散る。
そしてそれを粉に向かって投擲した次の瞬間。
一瞬にして粉に火花の火が燃え移り、凄まじい破裂音と共に爆発が起こる。
「!!?」
突然目の前で起きた爆発に赤羽は大きく吹き飛ばされて床に叩きつけられる。
「がっ……!?」
床に叩きつけられ、肺から空気が漏れ、背中に痛みが走る。
爆発のダメージを受けた赤羽を見ながら、“灰被姫”は嗤う。
「はははっ。どうだコイツは?結構効くだろう?粉塵爆発って奴だ。」
「ぐっ……」
「その様子じゃ、結構気に入って貰えたみたいだなぁ!」
壁に持たれながら立ち上がる赤羽を見て、“灰被姫”は再び懐から黒い粉をばら撒く。
「させるか!」
だが、赤羽は彼女が火種を撒くより先に“椿”を投擲して、牽制する。
「おっと。対応が若いねぇ。」
赤羽の牽制に“灰被姫”の動きが一拍遅れる。そしてその隙に彼女は駆け出していた。
赤羽は刀を構えて、爆発的な加速で“灰被姫”に一気に近づく。だが彼女はニヤリと笑うと、今度は後ろのベルトポーチに手を突っ込む。
「気分転換にコイツはどうだい!?」
そう言うと彼女は今度はポーチから灰色の粉をばら撒く。ばら撒かれた粉を、赤羽は“サダルメリクの瞳”を通して見て、気づく。
(これは、石灰──!!)
そう、“灰被姫”がばら撒いたのは石灰……目に入れば失明の危機がある、危険な代物だ。
旅館の狭い廊下では左右に避けてかわすことは出来ず、石灰を被るまいと赤羽の脚が止まる。
それを見た“灰被姫”はニヤリと笑うと。
「おいおい。立ち止まっていいのかい?」
そう言うといつの間にか持っていた火種を赤羽に向けて投げつける。
──いや、正しくは赤羽の周りに漂う引火する粉に、だ。
「しまっ」
赤羽が防御するより速く、粉に引火し、暴力的な炎が赤羽に襲いかかる、爆煙が一瞬にして彼女を包み込む。
もくもくと煙が充満する中、“灰被姫”が笑う。
「ま、ガキにしちゃ、中々やるようだったけど……これで終わり、だねぇ。」
確実に彼女を始末したと確信した“灰被姫”が刀を納めようとしたその時。
「まだ終わってないわよ。」
三つの瞳を輝かせ、爆煙を切り裂いて赤羽が躍り出る。その身に多少の傷や、服に焦げがあるものの健在の彼女を見た“灰被姫”の目が驚愕のあまり大きく見開かれる。
「──なっ」
確実に仕留めたハズ。あの距離の爆発で少し服が焦げた程度などありえない。
その動揺は致命的な隙を生む。赤羽の刀が唸りをあげて振るわれ、“灰被姫”を酷く打ち据える。
「ごっ……!?」
勢いそのまま彼女は吹っ飛んで壁に叩きつけられる。だが、赤羽の目はまだ警戒を解いていない。
(チッ。今の一瞬で右手を間に挟んだ!)
動揺しても、本能が彼女を動かしたのか、赤羽が意識を刈り取るつもりで放った首筋に向けての逆刃の一撃を、“灰被姫”は寸前に右腕で防御するように差し込んだ事で、致命の一撃をギリギリで回避したのだ。
逆刃とはいえ、下手をすれば腕を失うような、思い切った防御のお陰で彼女は意識を失わず、ギロリと赤羽を睨みつける。
「うおぅらぁああっ!」
追撃を仕掛けようとする赤羽を無理矢理追い払うように“灰被姫”は刀を振るう。
「チッ。」
狭い通路では左右にかわすことは出来ないため、赤羽はバックステップで回避する。
「何でテメェ、生きてんだ……!?」
「あの程度の火遊びで私を仕留められると思ったら大間違いよ。」
忌々しそうにこちら睨む“灰被姫”に赤羽は飄々とした態度で言うが。
(……まさか、人間相手に奥の手を使わされるなんてね。)
そう。爆発の瞬間、赤羽は奥の手──数秒だけ自身を幻とする事であらゆる攻撃をすり抜ける“酔生夢死”を使用し、直撃を避けたのだ。
勿論、奥の手に見合うだけの体力を消耗する、おいそれと使えない技ではある。
現に、冷静こそ装っているが、赤羽の息は上がり、長期戦は厳しい状態だ。
“灰被姫”は刀を赤羽に突きつけたまま、呻きながら体勢を立て直す。
彼女も彼女で、先程赤羽の一撃を受け止めた右腕が痛みでジンジンと痺れる。
(チッ……こりゃ骨にヒビが入ったか…?白兵戦はキツイ。粉で仕留めるか…?)
じり……と二人が睨み合ったまま間合いを測っていたその時。何処からともなくサイレンの音が聞こえ、それはどうやらこちらへと向かってくるようだ。
「タイムオーバーか。ま、派手に暴れ過ぎたしな。」
爆発音を聞きつけた誰かが通報したのだろう。迫るサイレンを聞いた“灰被姫”は撤退しようとする。
「人の家荒らしといて何帰ろうとしてんのよ。」
赤羽が逃げようとした“灰被姫”に追撃しようとするが、それを遮るように彼女は腰のホルダーから黒い塊……爆弾を取り出すと床に投擲する。
「ッ!」
「悪いが、俺は残業しない主義でね!」
ボォンッと音を立てて、閃光と煙が一面に広がる。あまりに強い光に赤羽が怯んで立ち止まったその隙に、“灰被姫”はその場を後にする。
「ははは!あばよ!」
「待て…ッ!」
赤羽の視界が開けた頃には、彼女の姿は影も形もなかった。
「逃げたか……。」
ひとまず脅威が去った事を確認すると、赤羽は刀を納める。
そして赤羽は携帯を取り出すと、ある人物に電話をかける。
「もしもし。ちょっとアンタに頼みたい事があるんだけど。」
横槍を入れてきたドローンを握りつぶした黒鳥が顔を出すと、こちらを見る“赤ずきん”と、尾白を抱えてこの場から離脱しようとする傭兵姿があった。
「!逃がさない……!!」
黒鳥が翼を翻し、傭兵を追おうとしたその時。
パァンと破裂音がし、黒鳥が咄嗟に防御の姿勢を取ると、構えた手甲に当たり、弾丸が弾かれる。
見れば彼女に向けて拳銃を構えて発砲する“赤ずきん”の姿があった。
「あの子の所へは行かせないッ!」
黒鳥は放たれる弾丸を手甲で防ぎながら、飛び立つと“赤ずきん”の目の前に降り立ち、怪物形態から手甲のみを残して翼と尻尾を引っ込める。
(人間相手に“キメラ”は強すぎる…“スパイダー”で無力化する!)
「このっ!」
黒鳥が手甲を突き出し、放たれた糸が“赤ずきん”へと向かう。
しかし、“赤ずきん”はその攻撃を身を翻して回避する。だがそれも黒鳥も織り込み済みのようで、避けた隙をついて距離を詰める。
「チィッ」
“赤ずきん”が向かってくる黒鳥に対して銃を撃つが、彼女は手甲でガッチリと防御を固めると放たれた銃弾を全て防ぎながら足を止める事なく前進する。
「…!」
「せいっ!」
完全に距離を詰めた黒鳥の繰り出すハイキックが“赤ずきん”の拳銃を蹴り上げる。
「くっ」
得物を失った“赤ずきん”に黒鳥が手甲を振るう。しかし彼女もすぐさま反応し、身を屈めてその攻撃をかわす。
さらに反撃と言わんばかりにポケットから取り出したナイフを黒鳥へと向ける。
「!」
黒鳥は向けられた腕を掴み、その凶刃を止める。しかし“赤ずきん”が柄のスイッチを押し込むカチリ、という音が響く。
次の瞬間ナイフから彼女目掛けて刃が射出される。
「!!?」
仕込みナイフ“スペツナズナイフ”に度肝を抜かれた黒鳥の反応が一瞬遅れる。
その一瞬が致命的だった。放たれた刃は黒鳥の目の上を切り裂き、傷口から大量の血が溢れ、流れた血で黒鳥の右眼の視界が塞がる。
「うあっ…!?」
「油断したな!」
“赤ずきん”の鋭い蹴りが黒鳥の腹部を捉える。ブーツに鉄でも仕込んでいるのか、普通の蹴りでは鳴るはずのない硬いものがぶつかる鈍い音が黒鳥から響く。
「ぐっ……!!」
予想外の衝撃に黒鳥が体勢を崩れる。その隙に“赤ずきん”はさらに縄の先に刃物がついた“縄ヒョウ”を取り出すと、それを蹴り上げて彼女へと放つ。
「!」
彼女がすぐさま反応し、身を翻して避けようとする。
「……!?」
だが次の瞬間ガクッと、黒鳥の足から力が抜け、全身が痺れるような感覚が走る。
そのせいで満足な回避が出来ず、黒鳥は咄嗟に手甲で急所を隠し、防御を固める。
「──シッ!」
だがそれを見た“赤ずきん”が縄に指を這わせ、動かすと縄は黒鳥の防御をすり抜け、下に落ちて太ももに突き刺さる。
「うぅっ!!」
「どうだ。ナイフに塗ってあった筋肉弛緩剤のお味は。」
“赤ずきん”がそう言って“縄ヒョウ”を引き抜こうと力を込める。だが黒鳥は痛みで呻きながらも縄を掴んで回収を防ぐと同時にもう片方の腕の手甲から糸を射出する。
「!」
“赤ずきん”はすぐさま“縄ヒョウ”を手放し、糸の攻撃を避けつつ脚のホルスターからナイフを引き抜き、逆手に構える。
「くっ……いった……!」
黒鳥は刺さった“縄ヒョウ”を抜き取り、相手を睨む。毒で上手く力が入らず、震えながらも黒鳥はマスクに触れる。
すると、蜘蛛を模したマスクが蛇の顔を模した物に変わり、その腰から大蛇のような尾が生える。
それを見た“赤ずきん”はナイフを構えながら少し呆れたように言う。
「おいおい。なんなんだその手品は…」
「貴方程芸達者じゃないけどね…!」
黒鳥はそう返すとジッと睨み返す。だが“赤ずきん”はナイフを持っていないもう片方の手で懐から苦無を取り出す。
「悪いがさっさとケリをつけさせてもらう!」
彼はそう叫ぶと苦無を黒鳥に向けて投擲する。
「!」
投げつけられた苦無を黒鳥は尻尾を振るって弾く。だが投げたと同時に駆け出した“赤ずきん”はその隙に彼女をナイフの射程圏内に入れる。
(毒でまともに動けんコイツを狩る事など…!)
筋肉弛緩剤の影響で満足に動けない目の前の獲物を狩る事など容易い…これで決着が着く……“そのハズだった。”
だが“赤ずきん”が突き出したナイフを持つ腕を黒鳥は横から素早く叩く事で華麗に受け流す。
「なッ」
「フッ!」
黒鳥はさらに“赤ずきん”に組み付くとその腹部に膝蹴りを叩き込む。
よろめいた彼にさらに素早く尻尾による痛烈な殴打を浴びせかける。
「うごっ…!」
“赤ずきん”が地面を転がる。だが“赤ずきん”はすぐさま立ち上がり、黒鳥と対峙する。
(……手応えを感じなかった。当たる寸前で後ろへ跳んで勢いを相殺した…!)
“赤ずきん”は黒鳥の睨み合いながら思考を巡らせる。
(…馬鹿な。毒は効いていたハズ。こんな短時間で治るハズがない。どんな絡繰を使った…!?)
“赤ずきん”が見る限り、彼女は今、毒を喰らう前の様に動けている。少量でも入れれば大の大人でも半日は痺れが取れない代物であるのに、だ。
一方の黒鳥も目の前の相手に思考を巡らせる。
(……この“蛇”で解毒出来たのは良いけど……“蜘蛛”の様に簡単に無力化は出来ない。)
黒鳥の力は全力を出せば、簡単に人を殺せてしまう。だが人殺しは黒鳥の望む所ではない。
出来る事であれば無力化が望ましいのだが、目の前の相手はそれが出来る様な相手ではない。
だが、目の前の相手に黒鳥はどうしても言いたい事があった。
「…貴方達、なんであの子に執着するの?親元から引き剥がして!酷い事をしているって思わないの!?」
黒鳥が叫ぶ。それは黒鳥がずっと思っている事だった。彼は泣いていた。親元に帰りたいと。それを引き剥がし、望まない実験に付き合せていた事に黒鳥は憤りを抑える事が出来なかった。
だが、それを聞いた“赤ずきん”は少し顔を俯かせると、絞り出す様に言う。
「……貴方には分からない。あの子は、普通の社会で生きていけない。」
「……え。」
“赤ずきん”の言葉に黒鳥が一瞬戸惑う。その隙を“赤ずきん”は見逃さなかった。
「表層しか見ていない貴方が首を突っ込む問題ではない!」
そう叫ぶと“赤ずきん”は筒状の何かを黒鳥に投げつける。
「しまっ」
黒鳥の反応が一拍遅れる。彼女が何か行動を起こすより先に筒状の何かは空中で強烈な光と猛烈な音を撒き散らす。
「ぐっ──!」
黒鳥の視界がホワイトアウトし、鼓膜と共に脳が揺さぶられ、平衡感覚が曖昧になり、立っていられなくなる。
大半の感覚器官をやられた黒鳥は咄嗟の勘で、マスクに触れる。
「トドメだ!」
黒鳥に向けて放った“赤ずきん”の爆弾が黒鳥に炸裂する。爆発が起き、黒鳥は爆炎に呑まれ、空に黒煙が昇っていく。
「……馬鹿な奴め。」
辺りに拡がる爆煙を眺めながら“赤ずきん”はそう呟くと、その場を後にする。
もうもうと煙が立ち込めていたが、煙が晴れると黒い塊があった。
“それ”が身震いするように動くと、バサっ!と大きな音と共に閉じていた翼を拡げて、突風と共に煙を切り裂き、黒鳥が姿を現す。
多少服が焦げ、擦り傷があちらこちらに見受けられるが、咄嗟に“烏”のマスクに触れ、背から生やした硬質化させた翼で防御した黒鳥は健在だった。
閃光弾によって乱された感覚にふらつきながらも、黒鳥は先程まで“赤ずきん”がいた場所を睨む。
「……このままじゃ、終わらせない。」
黒鳥のその言葉に呼応するように、一羽の烏が空へと飛び立った。
「!逃がさない……!!」
黒鳥が翼を翻し、傭兵を追おうとしたその時。
パァンと破裂音がし、黒鳥が咄嗟に防御の姿勢を取ると、構えた手甲に当たり、弾丸が弾かれる。
見れば彼女に向けて拳銃を構えて発砲する“赤ずきん”の姿があった。
「あの子の所へは行かせないッ!」
黒鳥は放たれる弾丸を手甲で防ぎながら、飛び立つと“赤ずきん”の目の前に降り立ち、怪物形態から手甲のみを残して翼と尻尾を引っ込める。
(人間相手に“キメラ”は強すぎる…“スパイダー”で無力化する!)
「このっ!」
黒鳥が手甲を突き出し、放たれた糸が“赤ずきん”へと向かう。
しかし、“赤ずきん”はその攻撃を身を翻して回避する。だがそれも黒鳥も織り込み済みのようで、避けた隙をついて距離を詰める。
「チィッ」
“赤ずきん”が向かってくる黒鳥に対して銃を撃つが、彼女は手甲でガッチリと防御を固めると放たれた銃弾を全て防ぎながら足を止める事なく前進する。
「…!」
「せいっ!」
完全に距離を詰めた黒鳥の繰り出すハイキックが“赤ずきん”の拳銃を蹴り上げる。
「くっ」
得物を失った“赤ずきん”に黒鳥が手甲を振るう。しかし彼女もすぐさま反応し、身を屈めてその攻撃をかわす。
さらに反撃と言わんばかりにポケットから取り出したナイフを黒鳥へと向ける。
「!」
黒鳥は向けられた腕を掴み、その凶刃を止める。しかし“赤ずきん”が柄のスイッチを押し込むカチリ、という音が響く。
次の瞬間ナイフから彼女目掛けて刃が射出される。
「!!?」
仕込みナイフ“スペツナズナイフ”に度肝を抜かれた黒鳥の反応が一瞬遅れる。
その一瞬が致命的だった。放たれた刃は黒鳥の目の上を切り裂き、傷口から大量の血が溢れ、流れた血で黒鳥の右眼の視界が塞がる。
「うあっ…!?」
「油断したな!」
“赤ずきん”の鋭い蹴りが黒鳥の腹部を捉える。ブーツに鉄でも仕込んでいるのか、普通の蹴りでは鳴るはずのない硬いものがぶつかる鈍い音が黒鳥から響く。
「ぐっ……!!」
予想外の衝撃に黒鳥が体勢を崩れる。その隙に“赤ずきん”はさらに縄の先に刃物がついた“縄ヒョウ”を取り出すと、それを蹴り上げて彼女へと放つ。
「!」
彼女がすぐさま反応し、身を翻して避けようとする。
「……!?」
だが次の瞬間ガクッと、黒鳥の足から力が抜け、全身が痺れるような感覚が走る。
そのせいで満足な回避が出来ず、黒鳥は咄嗟に手甲で急所を隠し、防御を固める。
「──シッ!」
だがそれを見た“赤ずきん”が縄に指を這わせ、動かすと縄は黒鳥の防御をすり抜け、下に落ちて太ももに突き刺さる。
「うぅっ!!」
「どうだ。ナイフに塗ってあった筋肉弛緩剤のお味は。」
“赤ずきん”がそう言って“縄ヒョウ”を引き抜こうと力を込める。だが黒鳥は痛みで呻きながらも縄を掴んで回収を防ぐと同時にもう片方の腕の手甲から糸を射出する。
「!」
“赤ずきん”はすぐさま“縄ヒョウ”を手放し、糸の攻撃を避けつつ脚のホルスターからナイフを引き抜き、逆手に構える。
「くっ……いった……!」
黒鳥は刺さった“縄ヒョウ”を抜き取り、相手を睨む。毒で上手く力が入らず、震えながらも黒鳥はマスクに触れる。
すると、蜘蛛を模したマスクが蛇の顔を模した物に変わり、その腰から大蛇のような尾が生える。
それを見た“赤ずきん”はナイフを構えながら少し呆れたように言う。
「おいおい。なんなんだその手品は…」
「貴方程芸達者じゃないけどね…!」
黒鳥はそう返すとジッと睨み返す。だが“赤ずきん”はナイフを持っていないもう片方の手で懐から苦無を取り出す。
「悪いがさっさとケリをつけさせてもらう!」
彼はそう叫ぶと苦無を黒鳥に向けて投擲する。
「!」
投げつけられた苦無を黒鳥は尻尾を振るって弾く。だが投げたと同時に駆け出した“赤ずきん”はその隙に彼女をナイフの射程圏内に入れる。
(毒でまともに動けんコイツを狩る事など…!)
筋肉弛緩剤の影響で満足に動けない目の前の獲物を狩る事など容易い…これで決着が着く……“そのハズだった。”
だが“赤ずきん”が突き出したナイフを持つ腕を黒鳥は横から素早く叩く事で華麗に受け流す。
「なッ」
「フッ!」
黒鳥はさらに“赤ずきん”に組み付くとその腹部に膝蹴りを叩き込む。
よろめいた彼にさらに素早く尻尾による痛烈な殴打を浴びせかける。
「うごっ…!」
“赤ずきん”が地面を転がる。だが“赤ずきん”はすぐさま立ち上がり、黒鳥と対峙する。
(……手応えを感じなかった。当たる寸前で後ろへ跳んで勢いを相殺した…!)
“赤ずきん”は黒鳥の睨み合いながら思考を巡らせる。
(…馬鹿な。毒は効いていたハズ。こんな短時間で治るハズがない。どんな絡繰を使った…!?)
“赤ずきん”が見る限り、彼女は今、毒を喰らう前の様に動けている。少量でも入れれば大の大人でも半日は痺れが取れない代物であるのに、だ。
一方の黒鳥も目の前の相手に思考を巡らせる。
(……この“蛇”で解毒出来たのは良いけど……“蜘蛛”の様に簡単に無力化は出来ない。)
黒鳥の力は全力を出せば、簡単に人を殺せてしまう。だが人殺しは黒鳥の望む所ではない。
出来る事であれば無力化が望ましいのだが、目の前の相手はそれが出来る様な相手ではない。
だが、目の前の相手に黒鳥はどうしても言いたい事があった。
「…貴方達、なんであの子に執着するの?親元から引き剥がして!酷い事をしているって思わないの!?」
黒鳥が叫ぶ。それは黒鳥がずっと思っている事だった。彼は泣いていた。親元に帰りたいと。それを引き剥がし、望まない実験に付き合せていた事に黒鳥は憤りを抑える事が出来なかった。
だが、それを聞いた“赤ずきん”は少し顔を俯かせると、絞り出す様に言う。
「……貴方には分からない。あの子は、普通の社会で生きていけない。」
「……え。」
“赤ずきん”の言葉に黒鳥が一瞬戸惑う。その隙を“赤ずきん”は見逃さなかった。
「表層しか見ていない貴方が首を突っ込む問題ではない!」
そう叫ぶと“赤ずきん”は筒状の何かを黒鳥に投げつける。
「しまっ」
黒鳥の反応が一拍遅れる。彼女が何か行動を起こすより先に筒状の何かは空中で強烈な光と猛烈な音を撒き散らす。
「ぐっ──!」
黒鳥の視界がホワイトアウトし、鼓膜と共に脳が揺さぶられ、平衡感覚が曖昧になり、立っていられなくなる。
大半の感覚器官をやられた黒鳥は咄嗟の勘で、マスクに触れる。
「トドメだ!」
黒鳥に向けて放った“赤ずきん”の爆弾が黒鳥に炸裂する。爆発が起き、黒鳥は爆炎に呑まれ、空に黒煙が昇っていく。
「……馬鹿な奴め。」
辺りに拡がる爆煙を眺めながら“赤ずきん”はそう呟くと、その場を後にする。
もうもうと煙が立ち込めていたが、煙が晴れると黒い塊があった。
“それ”が身震いするように動くと、バサっ!と大きな音と共に閉じていた翼を拡げて、突風と共に煙を切り裂き、黒鳥が姿を現す。
多少服が焦げ、擦り傷があちらこちらに見受けられるが、咄嗟に“烏”のマスクに触れ、背から生やした硬質化させた翼で防御した黒鳥は健在だった。
閃光弾によって乱された感覚にふらつきながらも、黒鳥は先程まで“赤ずきん”がいた場所を睨む。
「……このままじゃ、終わらせない。」
黒鳥のその言葉に呼応するように、一羽の烏が空へと飛び立った。
To be continued…