正式名称 / 統治体制

ラグライナ帝国 / 帝政


エンブレム



概要

1025年、アウドムラ帝国から独立して建国、その後の戦乱の時代にいち早く乗じて領土を拡大、1245年には母国ともいえるアウドムラ帝国すら併合し、大勢力を築きあげる。
1251年、ガルデス共和国、クレアムーンという二大勢力が手を結び反帝国の旗を掲げるが、既にラグライナ帝国一強時代になっていたこともあり、局地戦で苦しめられる事はあっても、基本的な国力、兵力の差もあり1255年聖都クレアの戦い、1256年第3次モンレッドの戦いで、それまでの均衡は一気に帝国に傾き、大勢は決した。

このままラグライナ帝国が周辺諸国を統合して何事もなく終わっていれば、この時代が後世「物語」に取り上げられることはなかった。しかし、セルレディカの病没と、彼の二人の娘であるルディセリーナによる帝国内乱戦争により混乱の時代を迎えることとなった。
ルディの平和への願いの元、それまでの侵略国であったラグライナ帝国は、和平と外交を重視したが、セルレディカ時代の侵略と、それを継承しようとするセリーナの妨害により、ルディの思いは幾度と無く打ち砕かれそうになる。それでも、ルディの思いは数々の困難を乗り越えてバスティアの会談によって成就され、ラグライナ帝国は以後アレシア連邦参加国となる。

1400年代、アレシア連邦が安定と発展の時代に入り、やがて一つの国としてまとまりはじめると、ラグライナ帝国という連邦における一国は、その役割を終え自然消滅した。


歴史

1246年時の勢力図(クリックで拡大)
1256年4周期時の勢力図(クリックで拡大)
1257年2周期時の勢力図(クリックで拡大)


主な出身者



この国を舞台とした物語





最終更新:2024年07月25日 18:39