新明解国語辞典

登録日:2009/11/15 (日) 01:00:59
更新日:2021/08/02 Mon 20:20:07
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三省堂が発行している国語辞典。版元からの正式略称は「新明国」だが、好事家からは「新解さん」とも呼ばれる。

【概要】

出版業界や文筆業界にとどまらず、たまにラジオ番組やテレビ番組などのマスコミでも取り上げられる有名な辞書の1つ。
もともとは山田忠雄を主幹に編纂していたが、第5版からは柴田武、第6版からは倉持保男、第8版からは上野善道となっている。

新明解の前身は『明解国語辞典』であり、『三省堂国語辞典』の見坊豪紀と山田忠雄で編纂していたが、のちに『新明解国語辞典』へ改題する。
そのいきさつに、見坊がいないときに決まったとあり、結果としては見坊をはずしての決定、それがゆえ山田と見坊の間に溝ができたともいわれる。

【ユニークな語釈】

新明解は数ある国語辞書の中でもかなり売れている。
なにが新明解を有名にしたかというと、その独創的な語釈にある。
単に類義語を示して説明し終わるのを避け、文章で語の内容を詳しく説明するようにしているのである。
また例文にもかなり独特なものが多い。

幾つか具体例を挙げよう。
がんば・る【頑張る】(自五)
(我に張るの変化という)途中の困難にめげず、最後までやり通す。「死の瞬間まで頑張った(=あきらめないで、生きる意思を持ち続けた)幼い生命」

あい【愛】
個人の立場や利害にとらわれず、広く身のまわりのものすべての存在価値を認め、最大限に尊重して行きたいと願う、人間本来の暖かな心情。「親子の―(=子が親を慕い、親が子を自己の分身として慈しむ自然の気持)」「動植物への―(=生有るものを順当に生育させようとする心)」「自然への―(=一度失ったら再び取り返すことの出来ない自然をいたずらに損なわないように注意する心構え)」「学問への―(=学問を価値有るものと認め、自分も何らかの寄与をしたいという願望)」「芸術への―(=心を高めるものとしてすぐれた作品を鑑賞し、その作者としての芸術家を尊敬する気持)」「人類―(=国や民族の異なりを越え、だれでも平等に扱おうとする気持)」「郷土―(=自分をはぐくんでくれた郷土を誇りに思い、郷土の発展に役立とうとする思い)」「自己―(=自分という存在を無二の使命を持つ者と考え、自重自愛のかたわら研鑽に励む心情)」
―のけっしょう【―の結晶】
(愛し合う)夫婦の間に生まれた子供。
―のす【―の巣】
愛し合っている男女が、二人だけで住んでいる家。
といったように、概念的・抽象的な事柄を哲学のように捉え、それを言語化している。
なにかの一文にしてもよさそうなくらいだ。

また、
どうぶつえん【動物園】
捕らえてきた動物を、人工的環境と規則的な給餌とにより野生から遊離し、動く標本として都人士に見せる、啓蒙を兼ねた娯楽施設。(第4版7刷~)
のように明確な意図の見えるものを哲学に捉えたものもある。

他にも、
こしら・える【拵える】(他下一)
今まで無かったものをきちんと作り出す。「五人も子供を―(=生む)」
といったように「ネタでやってるんじゃないか」と思うようなものまで、様々である。

とまあ、このように独創的な国語辞典に仕上がっている。
他にも抽象的概念である心や魂なども哲学を感じることができる。
あるいはなんでもないような言葉の解釈が妙に笑えたりと、一読する価値は充分にあるはずである。

ちなみに動物園の部分で(第4版7刷~)という注釈をつけた。
この新明解の動物園の項、特に4版付近の解釈に味があることで有名なのである。

まず、それまでの説明では
どうぶつえん【動物園】
鳥獣・魚類などを(自然に近い状態で)飼い、観覧者に見せる公園風の施設。(第3版)
いたって普通の説明である。

所謂最新のものでは
どうぶつえん【動物園】
捕らえてきた動物を、人工的環境と規則的な給餌とにより野生から遊離し、動く標本として都人士に見せる、啓蒙を兼ねた娯楽施設。(第4版7刷~)
なかなか面白い目線からの説明である。
しかし普通には都人士(都会の人という意味)なんて言葉はなじみが薄い。
意味を調べて出てきた説明の言葉の意味をまた引かねばならない気もする。

しかし…第4版1~6刷はこんな書かれ方をしていた。
どうぶつえん【動物園】
生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀なくし、飼い殺しにする、人間中心の施設。(第4版1~6刷)
毒が強すぎませんか?
新明解マニアに言わせると、第4版初期のアクの強い山田節で書かれたものは全体的にイっちゃてて最高らしい。

ちなみに魚の種類によっては、
おこぜ【鰧】
背びれに毒のとげが有る近海魚。怪奇な頭をしているが、美味。

かれい【鰈】
浅い海の底にすむ硬骨魚。背びれを上、腹びれを下にした場合、目は進行方向に向かって右側にある。白身で美味。

かんぱち【間八】
ブリに似て小形の海の魚。夏のころがおいしい。

ひらめ【平目】
浅い海の底にすむ、平たい硬骨魚。背びれを上、腹びれを下にした場合、目は進行方向に向かって左側にある。白身で美味。

ふぐ【河豚】
とげのある海産硬骨魚。うろこはほとんど無く、怒ると腹が大きくなる。おいしいが、内臓には毒がある。
なんて感想が書かれてたりもする。

【反響】

「読んで面白い辞書」として多くの反響がある新明解だが、一方でこうした強烈な個性は、抗議によって修正を余儀なくされる事態さえ起こった。
上記の「動物園」の記述も、途中から変更されたのは内容が物議を醸したからである。
事例として以下のようなものがある。
  • 暴力団員の男が「【進展】の語釈が他社と違う。言葉の解説に食い違いがあるのはおかしい」と因縁をつけ、三省堂本社まで現れて5時間も居座った*1
  • 某高等学校の社会科教員グループから「弱者について、一貫して差別、偏見の意識が流れている」とクレームが入り、「老爺」「貞淑」などの老人や女性に関する記述が訂正された*2
思わず「じゃあどういう語釈なら問題ないんだよ!」とツッコミたくなるが、言い換えれば「辞書として上記の評価を付けられる程度の知名度は得ていた」と言える。

【現在】

山田の没後、柴田武が編者代表となった第5版からは、「悪意がある」や「偏見が見られる」と取られかねない記述はできるだけ避ける方向へと舵が切られており、毒が抜けて随分とマイルドになっている。
ただしそれでも独創性は健在。

【余談】

  • 「新明解」は三省堂の登録商標となっており、三省堂の古語辞典や漢和辞典はもちろん、学習参考書にも用いられている。

  • 三省堂発行の小型国語辞典は数多いが、『新明解国語辞典』と『三省堂国語辞典』の二極分化が見られる。
    前者が独創的な語釈を徹底したのに対し、後者は新語に強く簡素な説明であるため、「このあたりの感性が二極化の要因ではないか」とも言われている。

ついき【追記】
主に本などにおいてそれまであった内容に付け加えて書くこと、またはその行動。
「この項目にーする(=この項目に不足している内容や補足などを付け足す)」

しゅうせい【修正】
間違っていたり問題のあるものを消して正しく上書きすること。
「彼の性癖は社会のために―しなければならない。(=彼の性癖は問題があり、このままでは社会に悪影響を及ぼしかねないため正しくする必要がある)」

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最終更新:2021年08月02日 20:20

*1 1981年の『日本経済新聞』の報道による。

*2 1984年の『朝日新聞』の報道による。