正当防衛

登録日:2019/08/14 Wed 13:21:26
更新日:2025/01/28 Tue 15:43:38
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刑法第36条
  1. 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
  2. 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

正当防衛(せいとうぼうえい)とは、法律用語である。

概要

違法性阻却事由、つまり「違法行為をしても罪に問われない」状況の一つ。

本来、人を殴ることは暴行罪、もしくは傷害罪、程度が酷ければ殺人未遂や既遂に問われる犯罪である。
だが、「相手が自分に対して殺意を持って凶器を向けてきており、咄嗟に殴り返さなければ命が危うい」状況なら?
そんなやむを得ない状況に置かれているのに、ただ「殴った」の一事を以って罪に問うことを法律はしない、というわけである。

ただし、「自分の身の安全を守るためなら何をしても構わない」というわけではなく、正当防衛の成立にはいくつかの条件がある。
「今突き飛ばそうとしたよな?ヒャッハッハ、暴行魔はナイフで成敗してやるぜ!」みたいなことを考える輩は勿論正当防衛ではない。

  • 急迫不正の侵害であること
要は「緊急的に、不法なやり方で権利が侵害されている」状況であること。
例え不法行為に晒されていたとしても、例えばヤクザによる地上げのように今すぐ自分自身の安全が脅かされるような犯罪でないならば、警察に通報して警察の保護を受けるのが正しいやり方である。
むしろこのような犯罪に対して暴力を以って追い払うようなやり方は、自分の方が罪に問われる可能性が高い。
逆に本人にとって緊急的な事態だったとしても、法的に正しい処置ならばそれに対して反抗することは認められない。これを認めたら、逮捕しに来た警察官を犯罪者が殴って逃げるのも「正当防衛」になってしまうからだ。

  • 自己又は他人の権利を防衛するため
正当防衛というと自分の身を護るパターンがよく想像されるが、実際には無関係な他人であってもその権利を守るために防衛することは認められている。
またあくまで「元々存在する権利を防衛するため」であり、「元からあった権利よりさらに上を求めるために犯罪を犯す」のは正当防衛とは認められない。

  • やむを得ずにした行為
「それ以外に危機から脱する方法がなかった」ということ。
後述の緊急避難ほどに厳密な可能性は求められないが、それでも「想定される危機に対して過剰でない程度」の防衛であることは最低限求められる。
例えばリンゴ1個を守るために相手を殺害してしまった、なんていうのは正当防衛として認められない。
たとえリンゴを守るためにはほかに方法がなかったのだとしても、リンゴと人間の生命では比べる利益に差がありすぎてやむを得ないとは言えないのである。


フィクションでの正当防衛

ミステリーで時々出てくる。
「自分が殺したことを隠す」というのがよくあるミステリーのパターンだが、正当防衛がテーマだと、犯人は最初から明確だが「いかに正当防衛に見せかけてターゲットを殺したか?」に焦点があてられる。
そのため、いわゆる「倒叙物」やサスペンスでの登場頻度が高め。
他には犯人の動機が完全なる正当防衛で、何らかの理由があって名乗り出られなかったようなケースもある。

また、「ウルトラマンは怪獣との戦いで街をメチャクチャに壊している! あれはどう見ても犯罪だ!」というような意見が時折現れるが、『空想法律読本』によると法律的にはウルトラマンの行為は「正当防衛」と認められる可能性が高い。
「怪獣を放置して街が荒らされたり人々が死ぬ被害>ウルトラマンの戦いで街が壊れる被害」というのはほぼ明確だからである。
さらにウルトラマンが怪獣の攻撃を避けて建物などに被害が生じたとしても、これも正当防衛になる。
「ウルトラマンの命>建物が壊れる被害」だからである。善意で怪獣と戦っている人に自分の身を犠牲にしてまで建物を守れ、と法律は言えないのだ。


正当防衛に近いが違うもの

同じように犯罪を犯しても罪に問われない場合があるが、これらは正当防衛とは異なる。

  • 過剰防衛
上記36条の2項に当たる。「正当防衛というには明らかにやり過ぎてしまった」場合。
この場合、完全な無罪にはならないが、本来よりも罪は減じられる。
裁判官の裁量によって刑を免除することもできる。
例えば、「暴漢に襲われて殴り返したところ相手は気絶したが、気絶したことに気付かず執拗に攻撃を加えたせいで暴漢が死んでしまった」というような場合。
暴漢が気絶したところまでは正当防衛であり、暴行罪や傷害罪にはならないが、その後相手が無力化したことに気付かず執拗に攻撃したことが過剰防衛として罪になってしまうのである。
他にも、状況やお互いの対格差なども考慮されるが、素手で殴りかかってきた相手に対して武器を使って応戦することも「やりすぎ」として過剰防衛となる可能性が高い。

  • 誤想防衛
「正当防衛のつもりで攻撃したら、実は相手に攻撃するつもりがなかった」というもの。
例えば「銃を出した相手から身を守るために包丁で刺し殺したら、相手が出したのは銃型ライターで、ジョークのつもりだった」と言うような場合である。
この場合、法的には「殺人の故意がなかった」として扱うのが裁判所の考え方。
ただし、間違えた理由に過失があれば、過失犯としての処罰はあり得る。

  • 緊急避難
正当防衛とは似て非なるもの。
最大の違いは、正当防衛が「相手の不法な行為VS自分の不法な行為」なのに対し、緊急避難は「相手の正当な行為VS自分の不法な行為」であること。
よく例えに使われるのは、
船に乗っていたところ船が難破。あなたは運よく木材にしがみついて溺れるのを防げたが、同じく投げ出された誰かが木材にしがみつこうとしている。木材に2人分の体重に耐えきるだけの浮力はない。
やむを得ずその誰かを突き飛ばして溺れさせた場合、罪になるか?
というもの。(カルネアデスの板)
法律では「自分の命を犠牲にしてまで他者の命を救う必要はない」としており、この場合緊急避難として罪にはならなくなる。
ただし、認められる条件は正当防衛よりも厳しくなり、「その行為をしない限り危険から逃れることはできなかった」ということでなければ適用されず、過剰避難として処罰される。
他に方法がなかった、あるいは方法はあってもその方法ではもっと被害が大きくなってしまったということでなければならないのである。

  • 期待可能性がない
犯罪が行われた当時、犯人に適法行為を選択することができなかった場合。
ただし、これも成立要件が非常に厳しく、例えば「ヤクザに脅されてやむなく犯罪を犯した」などの場合は絶対に認められない。
現実的に可能かは別としても、ヤクザに脅された段階で警察なりなんなりに相談するだけの余地はあるでしょう? というわけである。
日本における判例としては1933年(昭和8年)の第五柏島丸事件ぐらいまで遡らないと、これが適用された事件はない。それぐらい厳しいのである。
例えばオウム真理教の事件では、「麻原に逆らえば自分が粛清されかねなかったので期待可能性がない」という主張がされた事件もあったが、裁判所はこれを認めていない。

  • 正当行為
刑法35条に規定される、「刑法に規定されている行為に当てはまるが違法行為ではない」ため犯罪にならないもの。
原則として刑法に定められている行為という時点で違法行為と考えられるのだが、別途法律があってそちらでやってよいと定められている行為や、その他社会的に正当な行為は罰しないというものである。

例えば死刑の執行であれば、死刑制度が現在の日本の法律上正当化されているため、きちんと手続を踏んでそれに従って死刑を執行した執行官が殺人罪に問われることはない。

また、格闘技をルールの範囲内で実施している場合に暴行罪や傷害罪に問われない*1のも、正当行為に当てはまるからである。
反則をした場合は正当行為か微妙になってくるが、多くの競技で試合中にある程度の反則があるのは一般的であるため、反則即犯罪とはならず程度問題と言うことになってくる。



四季崎記紀の完成形変体刀の一本『誠刀・銓』の限定奥義(という名の戦術)。



追記・修正は、実際に正当防衛をしたことがある人にお願いします。

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最終更新:2025年01月28日 15:43

*1 例え死亡したとしても、傷害致死罪になったりはしない。