小説 岸辺露伴は動かない ~5LDK〇〇つき~

登録日:2023/03/21 Tue 01:36:39
更新日:2023/05/09 Tue 00:12:12
所要時間:約 13 分で読めます




それは<侵入>してくる。


人の作った区切りや、論理など越えて。




2022年12月に刊行された「岸辺露伴は動かない」のノベライズ集、「岸辺露伴は倒れない」に書き下ろしとして収録された作品。作者は北國ばらっど。






◆あらすじ
「――家の中に籠もっていても、良いネタは出ないけど、仕事をするのは家の中…」

「…漫画家ってのは、つまりはそーゆー仕事……」


露伴はパソコンにつないだカメラに向かって話しかけていた。
と言ってもその目的はリモート会議などではなく、今後ネタとして使用予定の自身の体験を記録映像として残すため。


彼が話し始めたのはとある知人の建築写真家の男性について。
露伴はひょんなことから取材を通してその男と知り合っているのだが、彼から再び取材の話を持ちかけられる。
取材内容は彼が1年前に借りた物件……地下鉄駅から徒歩15分。2階建ての5LDKで家賃が月当たりわずか8000円と言う奇妙な物件について。
そこでは居住者がおよそ1年ごとに変わり、しかも6月には蒸発してしまうという…。


「つまり<5LDK・いわくつき>。……次のエピソードは、そーゆー話。」


◆登場人物


漫画家。27歳。
取材を通して知り合った高島麗水から再取材を申し込まれて彼の家を訪れる。
毎年6月に住民が蒸発する物件について調べていくが、その傍らで麗水本人に関するとんでもない事実に辿り着く……。


  • 高島麗水
建築写真家。
建物に対する関心は勿論、そこに住んでいる人の生活感までもを写真に収めていく事に拘っている。
自身を浪費家と称しており、格安な家賃である現在の家にはいれた事にかなりの喜びを見せている。


◆その他

  • 麗水の借りた家
彼が1年前に借りた2階建ての一軒家で、古い建物を現代風にリフォームしている。
5LDK・40坪でほぼ1年ごとに入居者が変わり、しかもその居住者は毎年6月に蒸発している。
うち1人の女性は蒸発前に「私は<天国への扉>を見つけた」と書き残しており、麗水は「<5LDK・天国つき>」と称するこの物件で起こる事象を(漫画のネタついでに)突き止めてもらうべく露伴を取材に呼んだ。

また、構造上は以下の様な特徴がある。
  • 築年数はかなり古いようで床下の土台は劣化し、ドブネズミが散見される。
  • 壁紙や電話回線は新しくなっているが、間取りそのものには特に手が加わっていない。
  • 部屋と部屋は襖で区切られている行き来が容易な構造。
  • 室内は一般的な木材の杉だが、窓枠や扉の枠、玄関引き戸などはなぜか栗の木で出来ている。
  • 家の中に鏡が色々な場所にある。しかもそれらは間取り図から確認できない
  • はめ殺しが付いて開かない勝手口があり、こちらも間取り図上に記載がない。
















以下物語のネタバレ注意。










家の中を調べる露伴だったが、ある時麗水が何故か1部屋飛ばして移動しようとする事に違和感を覚える。
彼は「(独身故に)見られたくない()()があるから」と説明。
露伴もそれで話をさっさと切り上げたが、彼は好奇心の権化。
彼の態度と部屋を見られたくない理由が噛みあわない事もあり、大方の部屋の確認が済んだところでヘブンズ・ドアーを使用してその真意を読み始める。

彼がその部屋を見られたくなかったのはある「写真」の存在から。

好奇心をさらに刺激された露伴は、早速その部屋に1人押し入り、除湿器などで厳重管理されている1冊のアルバムを見始めた。

その中の写真自体は普段彼の撮る建築写真と大差ないように見えたが、どこか違和感を覚えるもの。そしてその違和感はすぐに判明。






とある写真の中に「首吊り死体」が映っていたのだ。
このアルバムに収められているのは「事故物件」の写真。


そこまで真相を突き止めた所で、彼の背後にヘブンズ・ドアーの効力が解けた麗水が立っていた。
身構える露伴だったが、麗水は特に危害を加えるようなことはせず、話を始める。


いわく、その写真は「偶然出くわした『現在進行形の事故物件』の写真」で、彼自身は自殺した本人には何もしていないとのこと。

彼の両親の仲は「必死にローンを組んで買った家が欠陥住宅だったから」と言う理由で冷め切っており、結局母親は男を作って逃げてしまう。そんな母親ではあったが、麗水は彼女が食卓にいない事を寂しく感じていた。

が、ある時どういう訳か両親2人とも、リビングで首を吊って死んでしまい、その光景を目の当たりにした麗水はどう言う形であれ親子が3人そろったリビングの光景に「強い幸福感」を見出し、コンビニでご飯を買って食べたのだった。


それを皮切りに彼は住み慣れた自分の家で自分が選んだ<もっとも安らかな終わり>……すなわち、自宅で行われた自殺現場を求めるようになった。
死を選んだ本人と、その住まいを単なる忌み物とせず、「美」として認めるために。

彼の異常性を感じつつも露伴はそれまで感じていた違和感を疑問として投げた。
つながりのないはずの前居住者の女性の遺書の事を知る事が出来たのは、そもそもその遺書が「麗水あてに書かれた物」だからではないか?と…。


やはりこれも当たりで、実は麗水とその女性はバーで知り合っており、彼女が自殺を考えている事を知って彼女の思いを否定せず背中を押した。


本来ならば麗水が彼女の自宅で死んだ後にその様を撮るつもりだったが、彼女は件の遺書を残して蒸発。
彼はその事に不可解さを覚えて真相を知ろうとしていた。



何から何まで異常な話だったが、自分に対して危害を与えるつもりがない事、そして今回の取材において彼の異常性は続行・中断を決定する材料にはならなかった事から露伴はそれ以上の詮索を止めるのだった。

















以下更なる物語のネタバレ注意。










時は流れ、夜19時。

梅雨の雨が降りしきる中、夕食をご馳走になり、再び家の構造について考察する露伴。

気になるのは「栗の木製の建具」と「鏡」。
過去に壁紙が変えられている中で建具を変えていない事に気が付いた露伴はとある可能性に気が付く。



その予感は的中する。雨が降った為に、水を吸った栗の木が膨張し、レールにガッチリ嵌って開かなくなっていたのだ。

この家は梅雨の時期だけ住人を中に閉じ込める為の「檻」とも言うべき存在。
そう考えた露伴は麗水に用心するよう告げたが、肝心の彼から返事がない。


それもそのはず。既に彼は襲われていた


襲っていたのは「吸虫」の様な形の透き通った生物で、麗水の頭にかぶりつくように覆いかぶさり目を攻撃していた。

ヘブンズ・ドアーを使うも、中の本には「覗いたな。」という記述だけがあり、それを見た途端、その生物は力強いが感触の薄い奇妙な力で目を攻撃してくる。



咄嗟の機転で攻撃をかわした露伴はもがいている麗水に話を聞くと、その生物はなんと勝手口から入ってきたと語る。
「いわく」の正体である生物は外部からの「侵入者」で、この家は「いわく」に遭う人間を閉じ込めるだけの仕掛け。

そこまで知った露伴は彼と共に逃げるが、「覗き込む」事が攻撃トリガーの「侵入者」は家の中の仕掛けの一つである大量の鏡を媒介に反射して襲撃を行ってくる。
しかもガラスなどの透明な物はすり抜けるなど、まるで「光」のような性質を持っている。



2人は窓ガラスを割っての脱出も試みるが、窓も簡単には割れないアクリル製で上手くいかない。「侵入者」は覗き込む事がなくても攻撃可能なため、長居も出来ない。

そのため、栗の木材の膨張を失くせる除湿器に望みを賭けて2人は逃げるのだった。

「仕事部屋」にある除湿器は電源を入れた途端音が大きく鳴り響き、「侵入者」に気が付かれてしまったため、例の写真のアルバムのある「隠し部屋」で除湿器を起動。



後は除湿が終わるまでひたすら逃げ延びればいい。


はずだった。



麗水が妙な音……否、「声」を聞きとったと訴えたのだ。
不審に思った露伴が彼の方を見ると、彼は声に引かれるようにあらぬ方向を見ており、その先から音もなく忍び寄ってきた侵入者がいた。


再び目を襲われた麗水は奇妙な事を口にした。
彼には「侵入者」がグネグネした怪物には見えず、自身の「母親」に見え、「天国」として幸福感を味わっているというのだ。

自分の思い出とずれているし、露伴には「侵入者」がそう見えていないと分かっていてもその幸福感をぬぐいきれない。


最終的に彼は「俺だけが母さんと天国に行く」と言い、露伴に逃げるよう伝えて「侵入者」に連れ去られる形で階下に消えてしまった。




「侵入者」がターゲットにしていたのはあくまで麗水で、自分は攻撃の対象外。
仮にこの後「侵入者」が襲ってくるとしても、麗水を始末しきるまでは猶予がある。


そして除湿が効いてきたことで窓も開き始めてきた。脱出できるようになるのは時間の問題。
一人残された露伴は、「このまま麗水を見捨てて逃げれば自分は助かる」状態になった。


しかし露伴は部屋にあった例のアルバムを見て、別の結論に達していた。


高島麗水は法的に正しいとは言えないが、「家」への拘りは間違いなく持っている。

そんな風に考え、「家」への敬意を払う存在なのに、なぜ彼や彼に招かれて来た自分がなぜ「脱出」しないといけないのか?
むしろ出ていくべきなのは土足で踏み入ってきた「侵入者」ではないのか?


と。


絶対とまでは言えないが安全な状況に一旦置かれた事で冷静になり状況が整理できた。
そんな彼の頭の中には「反撃」の2文字が強く浮かんでいた。






そんな中、「侵入者」は「人間の魂を安らかに終わらせる」事を自身の使命とし、自身が捕まえた麗水に対してはそれが成功一歩手前まで来ている事に達成感を抱いていた。


後は彼に「啓示」を与えて自ら安息に満ちた終焉の場所へ向かわせるだけ。
そう考えていたが、邪魔は突然入った。

置き去りにしてきた露伴が、麗水を本にした上で撃退の為にやってきたのだ。

戸惑いながらも効率を重視して攻撃対象を露伴に切り替え、飛びかかろうとした「侵入者」だったが、何故か薄いものに軽くぶつかった感触があるだけで手ごたえがまるでない。


異様な感触に「侵入者」が困惑する様に構うことなく露伴は「侵入者」の事を語る。


「侵入者」の能力は「虚像」を作り、人を操る事。
対象の体内で相手の「像」を調べて相手の望む「虚像」になり、必要な場合は作り出した虚像を音や動作の支配といった形の脳への刺激として送る。


観察したことで改めて露伴は「侵入者」をただの「妖怪」と切り捨てる。

そんな彼に対し、「侵入者」はなおも露伴に取り憑こうと試みるが、何故か上手く行かず、苛立ちを募らせていく。


雨は夜の内にやみ、除湿によって窓は開くようになってきている。しかも能力は露伴に見抜かれている。
時間稼ぎに持ち込まれれば「侵入者」の方が分が悪い。


そこで「侵入者」は別のカードを切った。
「操る事が出来るのは人間だけではない」という別のカードを……。



能力を見抜いた露伴だったが、突如「侵入者」とは別の足音が聞こえ始めたことに困惑する。
そしてその足音の正体はすぐに分かった。


家の中にいたネズミである。


「侵入者」によって激しく興奮させられており、露伴目がけて襲いかかってくる。
噛み付く力と位置次第で致命傷になり得、しかも「侵入者」対策で部屋中を暗くしたのが仇になり、相手が見えない状態での戦いを余儀なくされる。
そしてネズミを下手に目で追えば不意に「侵入者」を覗き込んでしまう事にもなりうるので迂闊に動きを見ることが出来ない。



新たに見せた能力に追い詰められた露伴は何とかしようとヘブンズ・ドアーを出すが、それこそが「侵入者」の狙い。


露伴のヘブンズ・ドアーの能力に気が付いていた「侵入者」はネズミの体内に潜むことでネズミを暴走させるのと同時に本になった瞬間に露伴を覗き込めるようにしたのだ。


勝利を確信し、露伴に飛びかかる「侵入者」だったが、結果は先ほどまでと同じ。
紙の様な薄い感触しかない。



絶望感を感じる「侵入者」に対し、露伴は種明かしをする。
実は「侵入者」が襲っていたのは露伴の姿をポラロイドカメラで撮り、その場で現像した「写真」。


古代の存在である「侵入者」は現代の文明の利器で人間達もまた「虚像」を作り出せる事を知らなかった。

より分かりやすく言うならば「実際の姿」と「映像・画像」との見分けが付かないという単純かつ致命的な弱点を持っていたのだ。


TVの画面を攻撃していたのを見て露伴は気が付き、予防線として写真を撮り、「侵入者」の襲撃の際のデコイに利用してある場所に誘導していた。


種明かしをするという事は既に勝負が決しているという事。
「侵入者」の誘導先、それは麗水が仕事に用いていたFAX複合機。


写真を張り付けていたのは原稿台の蓋の部分で、「侵入者」が取りついた瞬間、露伴はすぐに蓋を閉じた。


「光電変換」によって「光」だった「侵入者」の身体は「電気信号」へと書き換えられていく。
訳が分からぬまま身体が別の何かに変わっていく「侵入者」はただただ混乱し続けていた。


こうして「画像データ」になった「侵入者」。これだけでも無力化としては十分なのだが、複合機にはメールの送信機能までついていたため、露伴は自分のメールアドレスにデータを送信。





光回線での、快適な旅を楽しむといい。







こうして「侵入者」は身体をいくつかの信号に分けられ、光の速さで露伴のメールボックスへ送信していった。






















以下、終盤のネタバレ注意。



















一連の騒動が終わってから数日後、露伴は麗水と電話で話をしていた。


彼は「侵入者」の正体を「蜃」と呼ばれる蜃気楼に関する妖怪に類似した存在なのではないかと仮説を立てたが、立証するすべはなく、正体は突き止められなかった。


ただし、襲撃の詳細についてはある程度固まった見解を露伴は持っていた。

麗水が勝手口付近で襲われたのは勝手口の窓の先にある「古い社」に祀られていた「侵入者」を知らず知らずの内に覗いていたため。

襲撃時期が6月なのは社が実は隠れキリシタンによって神社に偽装された建物(入口には折れた鳥居が設置していたが、実はそれも2つの十字架を並べたもの。)で、イースターからおよそ50日後の日曜日、「精霊降誕祭(ペンテコステ)」の時期がほぼ重なり、その日に覗き込む行為が上記の祭日での「参拝」に近い行為になり、「侵入者」が動き出すきっかけになったのではないかと考えている。



だが、それもまたあくまで露伴の想像で真実とは言えない。





自分が襲われただけに明確な真実を知りたい麗水は微妙そうな反応をするが、露伴はさらに真相に踏み込んだ。



「侵入者」の狩場ともいうべき、罠の大量に仕掛けられた家については管理会社の相手を「取材」することで衝撃の事実を掴んでいた。



彼等は「侵入者」の正体自体は知らなかったが、侵入の事実そのものは知っていた。


そして知っていた上で家に仕掛けを施して住居者を「侵入者の生贄」として扱い、逃げ出せないようにしていた。


原因を突き止める事をせずにただ生贄を用意し、毎年6月に住居者が家に閉じこもる様、チラシなどの仕掛けをその家の住人にだけ用意するなど仕掛けを準備し、毎年犠牲を出し続けてくるというあまりにも悪意に満ちた仕掛けを行っていたのだ。


もう一つの「敵」がいた事、赤の他人を平気で犠牲にするという、「侵入者」よりもたちの悪い考えに麗水は凍り付いたが、それは同時にあの家へとの決別をはっきり決意させるための重要なきっかけにもなった。


現在麗水は警察からの取り調べを受けていた。
例の女性の遺族が見つかり、こちらからコンタクトを取った事で過去のことが露見したのだ。

露伴は罪の自白をする事もシラを切る事も勧めずにただ彼に頑張るよう告げて切り、再び法を犯す危険と向き合いながらヒョウガラ列岩へ向かうのだった





◆余談
  • 基本的に遭遇する怪異に対して「その場を乗り切る」事にとどめ、根本的な解決は行われない「岸辺露伴は動かない」において、本作は珍しく露伴が怪異の完全な撃退を試み、そして成功している物語になっている。





何にせよ、それは大変な追記・修正になる。

きっと楽な道ではない。作り通した果てにはヘトヘトに疲れ果てているかも知れない。

そんな時は出来上がった『項目』を心に描くだけで人は編集へと向かう事ができる。

実像でも虚像でも、確かな作るべき項目の像が心にあれば。

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最終更新:2023年05月09日 00:12