IMAGINATION/WHALE(公共広告機構)

登録日:2023/06/23 Fri 22:38:00
更新日:2025/05/25 Sun 15:43:56
所要時間:約 14 分で読めます




『IMAGINATION/WHALE』は、社団法人公共広告機構(現:公益社団法人ACジャパン)が2001~2002年度に放映していた全国広告キャンペーン(テレビCM)である。

「黒い絵」の通称で知られている。


●目次




【概要】




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無数の画用紙を、真っ黒に塗りつぶす少年がいた。



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この子は何を描いているのか?この子の中で何が起きているのか?
少年の異常な行動に戸惑う周囲の大人達。

だが、彼らはふとしたきっかけで、少年が描いた「黒い絵」の真意を知ることになる…。



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公共広告機構・設立30周年を記念して制作された広告キャンペーン。

「第42回ACC CMフェスティバルACC銅賞(テレビCM部門)」、「第56回広告電通賞/公共広告賞・最優秀賞(テレビ広告部門)」を受賞。
日本が生んだ公共CMは海を越えて高く評価され、「アジア太平洋広告祭」グランプリ、「カンヌ広告賞」銀賞、「クリオ賞」銅賞、「ニューヨークADC賞」銀賞、「One Show」銀賞など多くの賞を獲得し国内外で大きな話題を呼んだ。




【ストーリー】


みんなの心に浮かんだことを、そのまま描けばいいんだからね。


とある小学校の教室では、図工の授業が行われていた。
テーマは、心の中に思い浮かべたことをクレヨンで画用紙に描くというありふれたものだった。

ドーナツを持った黄色いネコ。畑でニンジンを収穫するウサギ。大きなはさみで青いボールをつかむクワガタムシ…。
クレヨンを握った子供達の想像力によって、まっさらな画用紙一枚一枚がカラフルな世界へと塗り替えられていく。


そんな中、一人の少年は様子が違っていた。

その少年だけは、黒いクレヨンで画用紙の全体を塗りつぶしていたのだ


その異様な光景を見て、怪訝な表情を浮かべた担任。授業後、真っ黒に塗られた画用紙を他の教職員にも見せるが、彼らも「わからない」といった反応。


放課後、少年は誰もいなくなった教室で、新たな画用紙に黒いクレヨンを夢中で走らせる。
そしてその画用紙もまた、一面が黒く塗りつぶされていた。


事態を重く見た先生は、少年宅を訪問。
彼の父母にも、既に何枚も出来上がった黒い画用紙を見せるが、両親でさえもその意図を読み取ることはできなかった。

2階の子供部屋からは、絶えずゴシゴシとクレヨンを紙にこすらせる音がかすかに聞こえる。
少年は家でも一人「黒い絵」を描き続ける。



なに描いたの?
ねぇ、教えてくれるかな?

両親に連れられて病院を訪れた少年を診察する医者。努めてやさしく問いかけるが、ここでも少年はクレヨンを動かす手を止めず、何も答えなかった。


その日から、少年は学校に来なくなった。
「正常でない」と判断された少年は、病棟に隔離されることになったのだ。


それでも少年の行動は変わらなかった。
病院の一室で、少年は変わらず、黒いクレヨンを片手に黒尽くめの画用紙を何枚も、何十枚も創り上げる。
やがて部屋の床中が、少年の「絵」で埋め尽くされていく。
そばにいた看護師にも、彼を止めることはできなかった。



先生は、学校に来られなくなった少年のことを忘れられずにいた。
児童らが帰った後の教室で少年がいた席に座り、一人たそがれる先生。

机の中にふと目をやると、未完成のジグソーパズルが。
何気なく1つのピースを拾い上げ、しばらくそれを観察していた先生は「もしかして…」という顔つきへと変わる。


同じ頃、少年の病室にいた看護師も、床に散らばった黒い絵を見るなり、ある重大な事実に気がつく。

全てが一面真っ黒に塗られていると思われていた画用紙の中には、弧を描くように大部分が塗り残されたものも入り混じっていた。
さらに塗り残しがある画用紙同士を隣り合わせると、絵柄のつなぎ目も合わさるものがあることを彼女は偶然発見したのだ。

少年はただ闇雲に画用紙を何枚も真っ黒に塗り続けていたのではない。
これらの画用紙は一枚一枚に意味があったのである。ジグソーパズルのように。



病院の医師や看護師、少年の両親、そして先生…。
「黒い絵」の真相を悟った大人達は急遽、学校の体育館に集まった。

彼らは少年がこれまでに描いてきた「絵」を、体育館の床一面に敷き詰めていく。

少年の行動を異常なものと見ていた大人達は、沢山の真っ黒な画用紙たちがピースとなる巨大なパズルの完成を目指す。



画用紙が全て持ち去られた病室では、夢中でクレヨンを走らせてきた少年の手が止まる。
最後の一枚を描き終えたようだ。
この一枚をもって、少年の心に浮かんでいたその「作品」はついに完成する。


一枚を残し画用紙を並べ終えた一同は、息を呑むとともに安堵の表情を見せる。



体育館に現れたもの。

それは大きなクジラの絵だった。


最後のピースとなる一枚の絵を掲げ、まじまじと見つめる少年。

少年の表情はわからない。
しかし彼の心はきっと、その手を止めることなく大作を描き上げた達成感に満ち溢れていることだろう。




制作者からのメッセージとACロゴを添えて、コマーシャルは静かに幕を閉じる。











   子供から、想像力を奪わないでください。   










【登場人物】

●少年
物語の主人公。絵の授業で画用紙を黒く塗り続ける行為を先生や両親に心配され、病院に隔離される。彼が描こうとしていたのは画用紙を何十枚も使った大きな「クジラ」であり、最終的に最後の一枚までを描ききることができた。
想像力は豊かだが、内向的な性格なのか医師の質問に答えなかった。おそらく先生や親が様子を尋ねた際にも対話を拒否していたと思われる。
しかし、周りの声を気にせず、ただ己の描きたい物を描き通した彼は立派な芸術家としての才能があり、1人の漢として見る事も出来るだろう。

●先生
少年のクラスで授業を受け持つ担任の女性教師。「心に浮かんだことをありのままに描く」という授業で黒い絵を描き続ける少年を見て心配する。その後家庭訪問などを通じて少年の本心を探ろうと試みるが、辿り着くことは叶わなかった。
その後、少年の机に入っていたジグソーパズルから少年が描こうとしているものの真相に近づくきっかけを与えられる。体育館に画用紙を並べるシーンでは大人達に指示を与えていた。

●少年の両親
先生から少年が描いた黒い絵の件で心当たりがないかを尋ねられるが、彼らも息子の真意がわからず苦悩する。

●看護師
病棟に隔離された少年の看護に当たっていた。他の医師達と同様、少年の行動に当惑する様子を見せていたが、ある時床に散乱した「余白のある画用紙」を拾い集めようとした際に「黒い絵」の真実に気が付く。
彼女と先生がヒントを与えられていなければ、少年はこの先も周囲から理解を得られないままだったかもしれない。

●医師達
少年の心を開こうと親身にカウンセリングを行うが、答えを得られなかったため、やむを得ず入院措置を取る。その後「黒い絵」の真相が判明した後は最初に息子を診察した医師が先生や両親、看護師と共に絵の完成作業に立ち会った。


【スタッフ】

  • プランナー:高崎卓馬
  • クリエイティブディレクター:鏡明
  • 広報:河崎英彦
  • CA:鈴木守
  • 照明:山崎公彦
  • 美術:畑雅
  • キャスティング:畑中美恵子
  • 出演:伊藤友寿、浅野麻衣子、斉藤勉、一倉万里子、志賀廣太郎、林孝一、伊藤聖子
  • スタイリスト:藤井牧子
  • ヘアメイク:李賢一
  • 音楽:佐藤慶之助
  • サウンドエフェクト:森木由美
  • プロダクションマネージャー:蜂谷尚由
  • ディレクター:高田雅博
  • 広告・販促:電通、電通テック


【制作】

ラストに挿入されるテロップの通り、本CMは「想像力」をテーマに制作された。
60秒または90秒という長尺CMであるため、BSデジタル放送限定で放映されていた。

ACジャパン公式サイトで見られる作品解説によれば、このCMのストーリーはスタッフの一人が幼少期に体験した出来事を元に映像化した作品とのこと。そのスタッフの一人とはプランナーを務めた高崎卓馬であると後に本人の口から明かされている。

高崎は小学校の頃、絵の授業で水槽で飼われていたザリガニを描くにあたり、水槽と画用紙の大きさが同じであることに気がついた。そこで、水槽を真俯瞰で写すようにし、中にいるザリガニを原寸大で描いてみると端にいるザリガニは非常に小さく描かれたのだが、先生からは「もっと真ん中に大きく描きなさい」と駄目出しを食らってしまう。
どうしてもその通りに描くのを嫌がった高崎は、帰宅後母親にその出来事を話すと「人と同じように描く必要は全くない、思うように描けばいい」と励ましを受けたのだという。


【反響】

多くの賞を獲得し世界的に話題となったこのCMの評価については様々である。

1972年設立以来、時にはトラウマを植え付けるほど視聴者の感性や行動意識に訴えかけるメッセージ性の強いCMを多く世に送り出してきたACジャパン。
このCMもまた、無言で黒い絵を描き続ける少年を中心に描かれる不穏なムードが得体の知れない不安や恐怖を与える「怖いCM」として語られることもある。
しかし、「黒い絵」の真相判明から展開される怒涛のクライマックスや真のテーマが判明する瞬間は、一本のドキュメンタリー映画にも劣らぬ感動を与える「泣けるCM」の傑作としても度々このCMが挙がることが多い。

ネット上でもACのCMを語るトピックにおいて、ほぼ必ずと言っていいほどこのCMについて言及され、「ACのCMといえばこれ」と代表作として挙げる者も少なくない。
また、バラエティ番組でも「名作CM」をテーマとした企画などで過去に何度かこのCMが取り上げられることがある。


しかしその一方で、このCMに対しては否定的な意見も見られる。
  • 少年は黙ってないで何を描いているかぐらい答えるべき
  • 説明もなしに画用紙を塗りまくっていたら病気や障害を疑われるに決まってる
  • そもそも「一枚の画用紙に描け」という授業で何枚も使うのがおかしい
…など、少年の言動に関する厳しい指摘が主となる。

確かに医者の質問にも応じず絵に夢中になっていた少年の行為は、劇中の大人のみならず多くの視聴者を不安にさせるもので、どう贔屓目に見ても尋常な振る舞いには見えないだろう。
少年がなぜ質問に答えず絵を描き続けたのかは謎であるが、「クジラであることを秘密にしたかったから」、「過去にも何度か変わった絵を描く度に周囲から理解を得られず、心を閉ざしていたから」、「とにかく急いで完成させたかったから(通常画用紙1枚で終わる絵描きの授業なら、授業以外の時間を割かないととても間に合わない)」「周りの理解が得られない故に意固地になっていた」など諸説が存在する。

いずれにせよ何らかの形で予め周囲を納得させられる説明がつけば、病院沙汰にはならなかっただろうが…。


良くも悪くもインパクト絶大な演出の数々が光る「考えさせられるCM」であることから、その評価についても大きく賛否が分かれる所だろう。


【絵本化】

2021年9月24日には、本CMを原作とした絵本『まっくろ』が、講談社より発売された。
作画は『ごんぎつね』『手ぶくろを買いに』『ころわん』シリーズなどで知られる絵本作家の黒井健。本CMのプランナーを務めた事実上の原作者でもある高崎卓馬も文章担当として参加している。


原作となったCMのシリアスな雰囲気とは裏腹に、黒井が描くやさしく包容力のある作風が印象的で、小さな子供の読み物としても堪え得る一作に仕上がっている。

ストーリーは原作とやや異なり、画用紙を塗りつぶし続ける少年を先生や両親以外にクラスメート達も心配する他、最初に絵の正体を察した人物もクラスメートの子供に変更されている。

ラストは、皆で力を合わせて完成させた「クジラ」が……その結末はご自分の目で確かめていただきたい。

●絵本化に至った経緯

本CMが放映中だった2002年当時、ロンドンに留学していた黒井の息子から「すごいCMを見た。絵本にしてみたら?」とメールが届く。実際にCMを鑑賞し、感銘を受けた黒井は「シリアスな雰囲気の原作をユーモラスにして絵本化したら面白いのでは」と考えたのが絵本化企画の始まりだったという。

「絵本にしたい」との申し出を受けた高崎は「短命なCMが絵本として残るのはうれしい」とこれを快諾。しかしながら、元々大人目線のシリアスさに重きを置いたCMだったこともあり、「ユーモラスに作り変えたい」という黒井の意向にはさすがに戸惑いを見せていた。
黒井もまた、劇中に登場する少年のモデルが高崎本人だと知った時は、本当に絵本にしていいのだろうかと思い悩んだという。

CMと出会ってから絵本の構想が出来上がるまでに黒井は10年もの時間を費やした。「黒」を主題とした絵本の表現は、絵本作家にとっては今までのやり方が通用しない難題として立ちはだかり、黒井は様々な手法で「やわらかい黒」の表現について試行錯誤。
計20年の歳月をかけて名作CMは一冊の絵本に生まれ変わったのであった。


【余談】

  • 本CMが初放送された2001年度のAC広告キャンペーンは、他に「チャイルドマザー/チャイルドファザー」、「ちょボラ」、放映が継続された2002年度は「消える砂の像」などがあり、いずれも当時大きな話題を呼び現在もCMマニアの間で語り草となっているCMである。「IMAGINATION/WHALE」の存在も含め、巷では「2000年代前半のACは名作CMが多い」とも言われているとか。













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最終更新:2025年05月25日 15:43