インタビュー記録-2931-JP-2009/6/2(37)
インタビュアー: 橋本博士(以下、インタビュアー)
対象: 中広嘉孝氏(以下、対象)
付記: 中広嘉孝氏はある程度の回復を見せたものの、自力での歩行が困難であり全身の筋肉も衰えていました。そのため、インタビューは嘉孝氏の病室で行われました。
<記録開始>
インタビュアー: それではこれよりインタビューを開始します。よろしくお願いします。
対象: はい。よろしくお願い致します。
インタビュアー: まずはご家族のこと、特に心中について聞きます。よろしいですか?
対象: はい。…正直なことを言いますと、私は…その時のことをよく覚えていません。
[15秒間の沈黙]
インタビュアー: 続けてください。
対象: 本当に覚えていないんです。無責任ですが、何も。おかしいですよね?私が命を絶たせたようなものなのに…まるで覚えていないんです。私が最後に覚えているのは…私が家に忘れていった弁当箱を、トシエが会社に持ってきてくれたことです。そう、そうだ。そうです、それが確か8月の11日でした。確か、会議があってそれで急いでて弁当箱を…
インタビュアー: なるほど。心中の部分のみ記憶が欠落している、と。
対象: 変ですよね。弁当を忘れた日のことは日付まで覚えてるのに、妻を…家族を死なせたことは覚えてないなんて。
インタビュアー: あながち変なことではありません。あなたの脳は10年近くほとんど活動をしていなかった上に、少なからずダメージを負っているのです。記憶の混乱は起こり得ます。
対象: そういう、そういうものですかね。
インタビュアー: ですが、一家心中というのは衝動的に行うようなことではないはずです。心中を図るに至るには何か背景因子がある筈です。
対象: はい…。
インタビュアー: ですが、少なくとも警察の調査であなた方一家にそのような問題は認められませんでした。その点について何か心当たりはありますか?
対象: 心当たり、ですか。
[8秒間の沈黙]
対象: …分かりません。分からない。何も、何も心当たりが無いんです。
インタビュアー: そうですか。
対象: 本当に…なんだ。なんで、なんでこんな。どうなってしまったんだ俺の頭は。
[対象が嘔吐く声]
インタビュアー: 大丈夫ですか?
対象: なんで、なんでですか。なんで、おかしいじゃないですか。覚えてないなんて。
インタビュアー: 落ち着きましょう、中広さん。
対象: …すみません。すみません。
インタビュアー: 一旦インタビューを中断しましょう。様子を見て再開します。
[インタビューは一時的に中断され、74分後に再開された。]
インタビュアー: では再開しましょう。引き続きお願いします。
対象: はい。先程は失礼しました。
インタビュアー: では、質問に移らせていただきます。こちらの絵に見覚えはありませんか?
[異常性除去済みのSCP-2931-JPが印刷された紙を提示する]
対象: …これは?
インタビュアー: 中広さんのお宅から押収された絵です。恐らく娘さんがお描きになったものだと思われますが。
対象: あの娘がこれを、ですか。いや、見覚え無いですね。
インタビュアー: そうですか。娘さんがお描きになったと思われる絵は他にも多数押収されています。例えばこれは壁に、これは床に描かれたものです。
[異常性除去済みのSCP-2931-JPが印刷された紙を提示する]
対象: そうなんですね。…まぁ、あの娘、聞き分けない子でしたから…壁とか床に描いちゃったのかもしれませんね…悪さもいっぱいするし…厳しくしつけてたんですけど…。
インタビュアー: なるほど。壁や床のような目立つところに描いていれば記憶に残るはずですから、そこに書いたのは恐らく心中の直前、ということになるんでしょうか。
対象: そう、なんですかね。
インタビュアー: 広告の裏や折り紙の裏に描いたものは相当な量になります。心中の直前だけでこれだけの量をかけるとは思えません。どんなに僅かなことでも構いません。何かご存知ないでしょうか?
対象: いえ、何も。知らないものは知りませんよ。
インタビュアー: そうですか。失礼致しました。では、次の質問に移らせて頂きます。覚えていらっしゃる範囲で構いません。心中の前、何か変わったことはありませんでしたか?
対象: 変わったこと…ですか。いえ、覚えている限りでは特に何も…。
インタビュアー: そうでしたか。
対象: あ、そういえば…5月、6月くらいからかな?その辺から娘が何か変なことをしたりしてましたね。
インタビュアー: 変なこととは具体的になんでしょうか。詳しくお聞かせ願えますか?
対象: はい。いや、元々娘は出来が悪くてですね。何やらせても不器用で変なことは言ったり変なことしたりなんてことは日常茶飯事だったんですが、ある夜ずっと窓に向かって話しかけてたんですよ。カーテンの中に頭を突っ込んで。
インタビュアー: 夜に、窓に向かってですか。娘さんが?
対象: はい。もう夜も遅い時間でして。窓の外に誰かいるんじゃないかと思って娘をどかしてカーテンを開けて見たんですがそこには誰もいないんですよ。
インタビュアー: なるほど。それについて娘さんはなんと?
対象: 「キリンさんとお話してる」って言ってました。あの子、キリンが好きだったんですよ。動物園で見てみたいってワガママばっか言うくらいで。…まぁ、それで私はあの子が私をからかってるんだと思いました。それでちょっとしつけてやろうと思って。それで。
[6秒の沈黙]
インタビュアー: 続けてください。
対象: はい。えーと、いや、ちょっと叱ったんですよ。娘はいつもは反抗しないですぐ謝るんですが、この日はなかなか謝んなくてですね。ずっと「そこにいるじゃん」って言って泣いてました。
インタビュアー: なるほど。興味深いですね。窓に向かって話しかけていた際の娘さんの様子はどのような様子でしたか?怯えているような様子はありませんでしたか?
対象: いえ、特には。というより楽しそうに笑ってましたね。普段笑わないくせに私をからかって笑ってたんだと思うと、なんだか今でも頭にきますね。
インタビュアー: なるほど。それが5月か6月のことということですね。他に何かありませんでしたか?例えば、部屋の周りで液体をまかれたりとか。
対象: いえ?そういうことは無かったですね。
インタビュアー: そうですか。では、最後の質問をさせていただきます。こちらについても覚えている限りで結構です。
対象: はい。なんでしょうか?
インタビュアー: 心中のあった日、児童相談所の職員が伺っていたようですがそれに関することはなにか覚えておいでですか?
[14秒間の沈黙]
対象: いえ。何も覚えてないです。
う そつ き
インタビュアー: そうですか。それでは、インタビューへのご協力ありがとうございました。これでインタビューを終了します。
<記録終了>