ヒトラーのための虐殺会議(映画)

登録日:2025/02/03 (月) 23:42:16
更新日:2025/02/13 Thu 16:35:13
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ヒトラーのための虐殺会議(原題:Die Wannseekonferenz)は2022年にドイツで公開された歴史映画。
日本では2023年に公開された。
監督はマッティ・ゲショネック。


●目次


概要

1942年1月20日、ドイツのヴァン湖(ヴァンゼー)畔の邸宅で開かれた「ヴァンゼー会議」を題材とした映画。本作はそのヴァンゼー会議80周年を記念して製作された。

さて、ヴァンゼー会議とはナチス・ドイツが行った「ユダヤ人問題の最終的解決」_すなわちユダヤ人に対するホロコースト(大量虐殺)について、ドイツ政府高官たちが集って各省庁の役割分担や連携を調整した会議である。
この会議以降ホロコーストが加速して多くのユダヤ人が犠牲になったこともさることながら、議事録や文書記録が完全な形で残り、第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判の尋問や反対尋問における重要証拠として利用されるなど、ホロコーストを語るにおいて欠かせない出来事である。
原題のDie Wannseekonferenzは直訳するとそのものずばり「ヴァンゼー会議」。知名度の問題から日本人にも分かりやすい邦題に変更されたのだろう。

さて、作中の時間軸が第二次世界大戦半ば、ナチス・ドイツの親衛隊や各省庁の高官が勢揃いした映画であるにもかかわらず戦闘シーンは一切無い。
この映画を大雑把に表現してしまうと


集まって会議して休憩して会議して休憩して会議して解散


そんな映画である。
エンドロール込みで112分の映画でありながら会議シーンに82分も尺が割かれていると聞けばおおよそ理解してもらえるだろう。

もう一つの特徴は、会議の参加者がユダヤ人問題の解決自体には賛同しており、誰もユダヤ人に対して一片の慈悲も持たない点にある。
確かに作中では様々な参加者がユダヤ人問題の最終的解決に対して反対意見を述べる。
しかしそれは自らの管轄を侵されることや国内問題に発展することに対する反発であり、誰もユダヤ人が死ぬこと自体には何ら疑問を抱いていない。
例えば、
  • クリツィンガーはユダヤ人の銃殺に反対するものの、それはドイツ人の若者に多大な負担をかけることが理由であり、ガス室を用いた殺戮について説明されると反対を取り下げ安心したとまで述べている。
  • ノイマンは軍需産業や輸送への負担から新たな移送に懸念を表明するも、断種が提案されると当面の労働力が不足しなくなると理解を示している。
このように参加者全員が異常な前提を共有し、その上で計画についての合意を形成しつつ自らの権益や管轄は可能な限り維持・確保しようというグロテスクな状況を見事に描き切っている映画だと言えよう。

なお、ドイツではテレビ映画*1として放送されたが、日本では劇場映画公開された。



あらすじ

1942年1月20日、ベルリンにある湖、ヴァンゼーのほとりの邸宅で「ユダヤ人問題の最終的解決」に関する問題を話し合う会議、いわゆる「ヴァンゼー会議」が開かれた。
参加した政府や親衛隊の高官らは、互いに利害対立をはらみながら最終的解決の実行方法について議論を展開していく。


登場人物

前提知識が無いと分かりづらいため以下の席順に紹介する。
ただナチス・ドイツの複雑怪奇な政府・行政組織がいろいろ出てくるので紹介されてもわかりにくい。


⑯ ③ ① ②
  ⑩   ④
  ⑪   ⑤
  ⑫   ⑥
  ⑬   ⑦
  ⑭   ⑧
  ⑮   ⑨


  • ①ラインハルト・ハイドリヒ
親衛隊大将及び警察大将。親衛隊国家保安本部長官。会議の主催者。
ハインリヒ・ヒムラー親衛隊長官*2に次ぐ親衛隊のナンバー2。
ユダヤ人問題の最終的解決のため関係省庁の協力を取り付けつつ、その方法については主導権を握ろうとしている。
演じるのはフィリップ・ホフマイヤー。ぶっちゃけ似ていない*3

優秀ながらその冷酷さから部下に「金髪の野獣」とまで呼ばれ、上司のヒムラーとも陰で権力闘争を繰り広げ、更にはヒトラーにさえ完全に忠誠を誓った訳ではなかった*4*5とまで見做されている程の危険人物。
なおこの頃はベーメン・メーレン保護領副総督*6も兼ね、旧チェコ地域の抵抗運動を制圧しつつあった。が、事態を危惧した連合国により暗殺部隊が派遣され、会議のわずか五か月後、襲撃で重傷を負い死亡。*7
だが暗殺者達もまた報復措置として潜伏に協力した2つの村ごと殲滅された

また日本のサブカルチャー界隈ではこの人のモデルにもなった。

  • ②オットー・ホフマン
親衛隊中将。
親衛隊人種及び移住本部本部長であり、ドイツ人を定住させ東方をゲルマン化するという目的のため、ユダヤ人問題を積極的に解決しようとしている。
会議ではドイツ人以外のヨーロッパ人の奴隷化についても演説し、彼らには読み書きや計算も初歩程度で十分だと語るなど過激な思想を露にする。


  • ③ハインリヒ・ミュラー
親衛隊中将。国家保安本部第Ⅳ局局長…要するに悪名高きゲシュタポのトップ。
ラインハルトの側近として会議の準備に勤しむ。

ちなみに史実では会議の3年後、ヒトラーの死後すぐに失踪。一応死亡説が有力視されているものの、その生存の可能性は様々な憶測を呼ぶ事になる


  • ④ゲルハルト・クロップファー
党官房法務局長。

ちなみに史実では戦後拘束されるも証拠不十分で釈放され、会議の参加者としては(議事録役のヴェーレマンを除いて)一番長生き(1987年他界)している。


  • ⑤フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリツィンガー
総統官邸局の事務次官。
国防軍への補給が滞りがちなため、新たな移送に対する懸念を表明する。また牧師の息子という出自故かユダヤ人の銃殺に反対する。


  • ⑥ヴィルヘルム・シュトゥッカート
内務省次官。
ユダヤ人を定義する法案の作成に携わったため、新たにユダヤ人の定義を変更し自らの管轄を侵害しようとするハイドリヒに対し敵対的な態度を取る。
混血ユダヤ人の定義に関し既存の法律で十分だという態度を取るとともに、移送ではなく断種で対応しようと提案する。


  • ⑦マルティン・フランツ・ユリウス・ルター
外務省次官補。
外務省が軍や親衛隊と近しいため、会議の前にハイドリヒと個別に打ち合わせをしており、会議においても賛同する場面が目立つ。


  • ⑧エーリヒ・ノイマン
四ヵ年計画全権委員会所属。
戦争遂行を可能とする経済体制確立の観点から、軍需産業に就くユダヤ人の熟練工が移送されたことに不満を漏らす。
また新たな移送に伴い道路や鉄道にさらなる負担がかかることを懸念している。


  • ⑨ローラント・フライスラー
司法省次官。
非ユダヤ人や第一次世界大戦で顕彰されたユダヤ人が移送されたことで人々が動揺しているとして、治安維持の観点から移送に対し懸念を示している。
ちゃっかり者でマイヤーに取り入りヒトラーとの個人的な面会を実現しようとしている。

作中の印象からは想像できないが、史実では濃いエピソードをいくつも有している。
+ 映画とは直接関係ないので折り畳み
WW1でロシアの捕虜となりロシア革命に遭遇、その勢いで捕虜収容所内の共産党組織に参加していたという経歴の持ち主だったりする。
反共主義のナチ党幹部の印象は悪く、ヒトラーからは「元ボリシェヴィキ」、党官房長(クロップファーの上司)のマルティン・ボルマンやハイドリヒからは「不潔」と呼ばれ、ハイドリヒは親衛隊入りの妨害工作を行っている。
逆に左派あがりのゲッベルスは比較的好意的だったがゲッベルス自身も戦争前半は落ち目であった。
そんなこんなで10年近く次官止まりで出世に恵まれない「万年次官」であった。

マイヤーに取り入ろうとしたりと猟官運動の成果か、史実だと後年「人民裁判所」長官に就任。
7月20日事件*8を起こした「黒いオーケストラ」や「白バラ」*9など逮捕された反ナチ党運動家を処刑しまくった。
元共産党という負い目もあってか法廷での苛烈さも有名で、7月20日事件をめぐるプロパガンダ映画が「国民に被告へのシンパシーとナチスへの反感を与える恐れがある」とされて公開見送りになる有様だった。
ただ7月20日事件の関係者の一人の裁判の最中に空襲で法廷が崩壊、瓦礫の下敷きになる末路を迎えた。
その死を確認したのはたまたま近くの路上にいた医師だったのだが、その医者の親族も7月20日事件の関係者としてフライスラーから死刑を宣告されていたという……

この裁判所長官としての姿は映画『ワルキューレ』などで描かれており、記憶に残っている人もいるだろうか。目立つし


  • ⑩アドルフ・アイヒマン
親衛隊中佐。ミュラーの部下。
「ユダヤ人問題の専門家」として現在の状況や移送計画の詳細などについて解説を担当する。

戦後の逃走とイスラエルによる追跡劇、そして裁判でも有名。


  • ⑪アルフレート・マイヤー
東部占領地域省局長。
親衛隊から大物気取りと評されており、実際ネームプレートを勝手に交換し上座へと着席している*10


  • ⑫ゲオルク・ライプブラント
マイヤーの部下。
マイヤーが会議におおむね好意的な態度を取っていることもあり、彼もハイドリヒの意向に反対するような発言はせず。


  • ⑬ヨーゼフ・ビューラー
ポーランド総督府次官。
総督府が大量のユダヤ人を押し付けられている現状に不満を抱いており、総督のハンス・フランクを納得させるため最終解決において総督府を優先するよう求める。
ナチスの高官としては親衛隊にも突撃隊にも所属していなかった人物。
余談ではあるが、『ファーザーランド』では彼の遺体が発見されるところから物語は始まる。


  • ⑭カール・エバーハルト・シェーンガルト
親衛隊上級大佐。ポーランド総督府領保安警察及びSD指揮官。
ランゲとは面識がある。


  • ⑮ルドルフ・ランゲ
親衛隊少佐。
親衛隊少将フランツ・ヴァルター・シュターレッカーの代理として参加。東部(ラトビア、リガ)での「成果」をハイドリヒに報告する。


  • ⑯インゲブルク・ヴェーレマン
議事録係の女性。会議中の発言は無し。
ちなみに史実では2010年に他界。会議の直接的な関係者としては一番最後まで生き残る事になる。


余談

ゲルハルト・クロップファー役のファビアン・ブッシュは、ヒトラー 最期の12日間で親衛隊中佐のGert Stehr、帰ってきたヒトラーでTV局社員のファビアン・ザヴァツキを演じている。
同じようにヴァンゼー会議を扱った映画には1984年のヴァンぜー会議、2001年の『謀議』がある。
ヴァンゼーの名は日本語に訳すとヴァン湖であり、ドイツでの正式名称は Großer Wannseeであり、直訳すれば大ヴァン湖となる。観光地として有名。




追記・修正は会議のあとにお願いします。


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最終更新:2025年02月13日 16:35

*1 テレビ放送向けに製作された映画作品のこと。日本で例えると単発のドラマ枠みたいなもの。

*2 ヴァンゼー会議には出席していないため本作にも登場せず

*3 本物はブロンドの長身かつ面長。何度か映画の題材として取り上げられているものの特徴的な顔立ちを再現するのが難しいためか似ている俳優を見つけるのに苦労しているようである。なお、一番似ている俳優は『ハイドリヒを撃て!』でハイドリヒを演じたデトレフ・ボーズ氏とされている。

*4 そもそも「女性問題で海軍を追放され路頭に迷っていたら、知り合いの勧誘で国政に進出していたナチスに入る」と、ナチ党幹部の中では新参かつ異色の経歴である

*5 フェンシング仲間に「もしあの老いぼれ(ヒトラー)が何かしくじったら、自分が真っ先に葬ってやる」と口にしたという。

*6 最も総督のフォン・ノイラートは休職しているので事実上の総督

*7 一部では上述した権力闘争により、ヒムラーが医者に治療を手抜きさせたのでは?という憶測がある

*8 映画『ワルキューレ』でも描かれた1944年の軍によるヒトラー暗殺未遂及びクーデター未遂事件

*9 ミュンヘン大の学生中心の反ナチ運動

*10 ミュラーによって部下のライプブラントよりも下座に配置されていたので妥当ではあるが。