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踊る人形(小説)

登録日:2025/12/01 Mon 21:17:17
更新日:2026/08/15 Sat 17:39:57
所要時間:約 19 分で読めます





What one man can invent another can discover.

人の手で作れるものは、同じく人の手で解くことができるのだよ。

─── A.Conan Doyle「The Return of Sherlock Holmes, The Adventure of the Dancing Men」より引用






『踊る人形/The Dancing Men』とは、世界的に有名な探偵小説シャーロック・ホームズシリーズの一篇である。
換字式暗号を使った推理小説として有名であり、ホームズシリーズを知らない人でもこれは知っているという人も多い。
エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』は暗号の内容や解き方のプロセスが本作と共通しており、本作の元ネタと推定されている。
この記事の画像は原作を元に初版投稿者がペイントソフトで描いたもの。

あらすじ

いつものように部屋で語らうホームズとワトソン。
ワトソンは金鉱投資を誘われていたがそれを断る気だった*1ことを推理で当てたホームズはそのまま依頼の手紙を確認する。

それによるとノーフォーク州のリドリング・ソープ荘園*2を所有するヒルトン・キュービット氏が何か困った事態になったために手紙を朝一で出した。
その手紙は細かい説明文とは別に珍妙な絵が付されており



それを見たワトソンは「子供のいたずら書き」と笑ったのだが、その落書きがヒルトンを悩ませる元凶なのだという。
すぐにキュービットも到着し、ホームズとワトソンに事件の説明をする。

ヒルトン・キュービットはノーフォーク州に古くから伝わる名家を継ぐ者でそこそこの財産がある男だった。
去年とある記念祭に参加するためにロンドンを訪れ、ラッセル街の下宿屋に長期滞在したのだが
その下宿の他の利用客としてエルシー・パトリックというアメリカ人の女性がいた。
ヒルトンとエルシーはほんの1ヶ月の滞在期間中にすっかり仲良くなり、結婚をしてリドリングに戻ってきたのだ。*3

名家の跡継ぎがこんな短期間で知り合ったアメリカ人の女性と結婚をするなど当時の感覚では正気の沙汰ではないのだが、エルシーはそういう意見を承知でヒルトンの愛に答えており、
私は複雑な過去を持っていてそれに触れたくありません。なのであなたが私を妻にするというのならば私が 自分の過去を話さない ことを許してほしい。
身勝手は承知ですがこの条件に納得できないのであればどうか私をおいてノーフォークに帰ってほしい」と告げた。
ヒルトンはこれを了承してエルシーの姓をキュービットに変更させ、ノーフォーク州で一年もの婚姻生活を過ごした。
エルシーは前述の条件以外のことについては貞淑なキュービット婦人としてよく尽くしており
ヒルトンも妻は名家の妻としての条件をよく満たしているとのことだった。*4

しかし1ヶ月前にエルシーの元に アメリカからの手紙 が届いたのだが、それを読んだ彼女は真っ青になって手紙を焼き捨てた。
エルシーはこのことについては全く触れなかったが、あれからずっと気が休まることがないようだった。
エルシーの過去に触れないという約束のためにヒルトンは何も言わず、いつか自分を頼ってくれればと待つだけだった。
そして一週間前、窓枠の下に 小さな人形が踊っているような絵 チョークで落書きされていた。
馬小屋の少年が落書きしたのだろうと思ったのだが誰もそんなことはしていないと言う。
どちらにせよただの悪戯とみなしてその絵を消したのだが
後でエルシーにこのことを話すと彼女は ひどく気が動転し、 もし同じ絵を見つけたら教えてほしいという。
そして昨日の朝、庭の日時計に紙切れがおいてあり、それが前述の手紙に添付した人形の絵なのだった。
エルシーにその紙を見せると彼女はその場で失神した。
それからますます彼女は悪夢に悩まされ続けたような表情と恐怖に囚われた目をしているのだという。
とはいえ現状では「庭に変な落書きを置かれてから妻の様子がおかしい」というだけなので警察に言っても充分な対応は期待できない。
だがヒルトンは妻を苦しめる問題を放置できないため、高名なホームズに依頼したのだった。

ホームズはまず最初に「エルシーが全てを知っているのだから彼女に相談すれば?」という直球の回答をするが
ヒルトンは前述の通り彼女の過去を聞かないという約束があるのでそれは避けたいそうな。
しかし彼女に訊ねないのが約束だが ヒルトンが勝手に調べる分には違約とはならないため こうしてホームズの力を借りたのである。

続けて、リドリング・ソープ周辺に見知らぬ来訪者は来ているか?と質問するが
別荘地としての利用があるため近郊に部外者がいてもヒルトンにはわからないらしい。

この時点では推理の材料が足りていないのでホームズが出した助言は
  • 踊る人形の新しい落書きが現れたら正確に記録しておくこと
  • 居宅に落書きをしたのは部外者なのだから見知らぬ者が来ていないか入念に調査すること
何か新しい変化があればすぐにホームズがリドリングに向かうことを約束した。

しばらくの間、ホームズは例の人形の絵を見て頭をひねっていたが回答が出ず、
それから2週間後にヒルトン・キュービットが再来した。

時系列順に記述すると、ホームズに最初の相談をして帰宅したヒルトンは
次の日の朝に納屋の扉の上に 新しい踊る人形がチョークで描かれていた。


記録を取って消したが、次の日に同じ場所に違う落書きが描かれた。


そのまた次の日、庭の日時計の上に小石を乗せられた紙切れがあり、それには1つ前の人形と同じ絵が描かれていた。
ホームズとしては人形の絵のサンプルがどんどん増えたことに喜ぶが、
つまりこの人形を描くために 不審者が毎日ヒルトンの家の敷地に侵入している ということである。

その夜ヒルトンは拳銃を携えながら敷地を見渡せる書斎で寝ずの番をして侵入者を待ち構えようとした。
だがそこへエルシーが現れて不審者を探すのを思いとどまらせようとする。

エルシーは人形の絵を落書きするだけの悪戯など気にしない方が良いという。
これが我慢できないというのならヒルトンと私でしばらく他所へでかけましょう。そうしてるうちにならず者もいなくなるでしょう
なに!?そんなふざけた男のためにリドリングの大地主(Squire)が屋敷を追い出される?そんなことをしてはノーフォーク州の笑いものじゃないか
そんな問答をしている間にエルシーの元々悪い顔色がますます白くなった。
ふと納屋を見ると 見知らぬ男の影が現れたのだった
ヒルトンは拳銃を握って飛び出そうとしたが、エルシーは すがりついて必死で止める。
どうにか妻を振りほどいて納屋まで来たが、そこには前回と同じ落書きが新たに残されていた。(つまり同じものが3連続)
ヒルトンは屋敷中を探しても男の姿は見えなかったので落書きだけして逃げ去ったと思ったのだが
次の日の朝、 納屋の扉にまた新しい人形が描かれていたのだった。
それがこれである。


ということはヒルトンは止める妻を振り切って侵入者を追いかけたが、
侵入者は納屋の扉に落書きをしてすぐに逃走した…と 見せかけて ヒルトンが敷地内をくまなく捜索したのに
見つからないように姿を隠しながら その場のどこかにとどまって新しく落書きをした ということになる。どんだけ落書きをしたいんだ

もしあの時にエルシーが邪魔をしなければ侵入者を捕まえられたかもしれないということでヒルトンは妻に不満を述べたが、
エルシーは「ヒルトンが怪我をしないか心配だったから」と返す。
一瞬納得しかけたが、ここまでの流れを考えるとエルシーは描かれた人形が落書きではなく意味があると思っており
それを描いた人物についても知らないとは思えない。
怪我をしないか心配だったのは 本当にヒルトンの方だったのか? という考えがよぎった。
しかしそのまま彼女と話してみるとエルシーの言葉や表情を見る限り心配しているのも事実で、
少なくともヒルトンの身案じているのだろうと判断した。
そしてエルシー自体もどんどん思い悩んでヒルトンにも見てわかるほどに弱っているのだ。

ということでヒルトン自身が出張らなくても農場の若い男を何人も庭にひそませて
次にあの男が来たらみんなでボコボコにしようと案を出した。
(ホームズはそれで解決するほど短慮な相手とは思えないと止めた)

そしてヒルトン自身はこの報告だけしてすぐにリドリングに戻るという。
なにせ毎日不審者が入り込んでヒルトンに見つかってもまだ落書きに来て、
それで妻がどんどん憔悴している以上はそんなエルシーを屋敷に残して外泊はできないのだ。
納得したホームズは数日中に答えを出してリドリングを訪ねることを約束してヒルトンを見送った。

ヒルトンがドアを閉めた直後、ホームズは テーブルに飛びついて 新しく得た人形の絵と本棚の資料を首っ引きで調べた。
数時間ほど紙と格闘したホームズは首尾がうまくいったようで小躍りしながら海外電報を手続きする。

ワトソン、この電報の返事が僕の予想通りだったら、君の事件簿に素晴らしい記録が増えるだろうさ
翌日には君と一緒にノーフォークにいって依頼人をわずらわせる問題の答えを示せると思うよ


ホームズは推理の回答をもったいぶって自分の好きなタイミングでやりたがることをわかっていたのでワトソンも黙っていたが
すぐ来ると思っていた電報の返事が遅くなり 2日も待たされることになる。
3日目には電報より先にヒルトンからの手紙が届いた。
その日の朝、日時計の上に踊る人形の書かれた紙が置かれたがそれ以外は何もなかったという。
その写しがこちら


ホームズはしばらくその絵を見た後に急激に焦りだしてノーフォークへ向かおうとする。
少しのんびりしすぎたようだぞ
そして電報の返信も届いたがそれを見てさらに驚愕した。
すぐにでも行きたかったがノーフォーク行きの最終列車が出たため翌朝の始発で向かうことにした。

ノーフォーク州の惨劇

駅に到着したホームズとワトソンは駅長に声をかけられる。
駅長は2人をロンドンから来た警部と外科医と勘違いしていた。
ノーフォーク管区のマーティン警部が出動したのでその応援だと思ったようだ。

リドリング・ソープの屋敷で奥様が地主を射殺し、その後に自殺したという。
ヒルトンは死亡が確定し、エルシーは自分を撃ちながらもまだ息があるがもし 命を取り留めても絞首台 だそうな。
屋敷までの7マイルを走る馬車の中でホームズがこれ以上ないほど意気消沈していた。
充分に助けられる余裕があった依頼人を死なせてしまった例はあまりなかったためだろうか。*5
ホームズは救えなかったヒルトンの仇を討つために何としても謎を解こうと決心したのだった。

マーティン警部は「朝3時に事件が発生して自分が出動してきたのと同時にロンドンの名探偵が到着した」という事実に驚き、
ヒルトンから事前に依頼を受けていたホームズはこの悲劇を防ぎたかったのだと答えると
ならば自分の知らない情報を持っているホームズを捜査に加えた方がはかどる と判断する。
関係者の聞き込みや現場検証で明らかになったのは以下の通り。
深夜に2階で寝ていたメイドたちが拳銃の発砲音で目を覚まし、少し後に2発目の発砲音が鳴る
メイドたち2人が1階の書斎に行くとドアが開いていてろうそくが燃えていた
(つまり不意の遭遇ではなく深夜なのに誰かがろうそくに点火をしていた)
書斎の中央でヒルトンが倒れていてすでに死んでいた
エルシーは窓の近くに倒れていて頭の近くに弾丸が刺さって血まみれだがまだ息がある
すぐに人を呼んで通報や介護を行ったが、怪我人のエルシーを運ぶ以外は現場に触れていない
部屋の中央にヒルトンの回転式拳銃が落ちていて、2発発砲されている
一発はヒルトンの心臓を貫通して背骨で止まり、もう一発はエルシーの頭蓋骨に突き刺さっていて手術が必要
硝煙反応は出なかったがこの時代は検出技術が未発達なので反応がなくても撃っていないとは断定できない
(反応があれば撃ったと思われるが)
玄関も窓も 内側から施錠され 開いていない
メイドたちが目を覚まして 部屋から出たらすぐに火薬の臭いがしたか? とホームズが聞くと2人とも肯定した


ここまでの内容を考えると、
窓も玄関も内側から施錠されていて拳銃はヒルトンの1挺しかなく、弾丸は2発消費してキュービット夫妻の体内に1発づつ撃ち込まれている。
これではどちらが先に撃ったかは不明だが、一方がもう一方を撃った後にそのまま自分を撃ったとしか思えない。
このため即死していないエルシーが夫を射殺してから頭を撃ったと判断されたようだ。

しかしホームズは入念に現場を捜査して、そのどちらでもない 3発目の弾痕 を発見する。
マーティン警部は驚くが、ホームズは3発目が撃たれた確証があったのでそれを探しただけだという。
先ほどメイドに質問した「部屋から出てすぐに火薬臭がした」という証言を考えて
窓は常に閉まっていたのではなく 発砲の後に閉められたがそれまでは開いていて風が通っていたのだ
ただし長時間開いていたならばロウソクのロウが風で側面に流れているはずなので
何かの理由で一瞬だけ窓が開けられる→発砲が起きる→内側から窓を閉めて施錠される→メイドたちが来る
という流れになったことを推理する。

マーティンはホームズの推理に感服しつつ捜査を続けて判明したものがこちら。
書斎内に女性用ハンドバックがあり、中身は 50ポンド紙幣20枚 の束
3発目の弾丸は 書斎の中から窓の外に撃った のが窓枠をかすめたもの

屋敷の中だけで完結する事件だと思っていたため後回しになっていた庭を捜索すると
庭の花畑を踏み荒らした足跡を発見
この時代には珍しい自動排出装置つき拳銃によって出された空の薬莢が1発あった

ここまでの流れを組み合わせると
1:書斎の中にヒルトンとエルシー、札束入り女性用ハンドバックが現れる
2:庭に排出機能付き拳銃を持った謎の人物が現れる
3:書斎の窓が中から空いて ほぼ同時に 書斎の中から庭の外へ発砲と、庭の外の人物が中へ発砲する
4:書斎の窓を閉めて施錠されて、書斎の中の人物が自分を撃つ
5:メイドたちが書斎に入ってくる
という流れをホームズは導き出す。
マーティン警部は感服しつつも、その謎の人物が何者なのか、 というか逮捕できるのか というのが重要である。
ホームズはもったいぶる気はないが、説明は後からするから引き続きやらせてくれと頼んだ。
この近辺にエルリッジという宿屋があるかを尋ねると、数マイルほど先のイーストラストンにその名の農夫がいると聞いたので
ホームズは手紙を書いて屋敷の使用人に渡す。
ノーフォーク州 イーストラストン エルリッジ農場様方 エイブ・スレイニー様
この宛名の本人に直接手紙を渡し、何を聞かれても答えるな 」と使用人に厳命して送り出した。

踊る人形


作品の終盤のネタバレ注意


屋敷の応接間に戻ったホームズは
ここまで長く自分本位の捜査をして知っている情報を話さずにいたことをマーティン警部とワトソンに詫び、今の時間でそれらを説明することにした。


まずはヒルトンがホームズにこれまで相談していた内容を簡潔に説明する。
ポイントとなるのはあの踊る人形の絵なのだが、
あの人形の絵が何を表しているのかの変換法則が利用者にしかわからない暗号ならばどうしようもない。
しかしよく分析してみるとアルファベットのそれぞれの文字を人形に置き換えた 換字式暗号 と気づいた。
とはいえ解析材料は一番最初にヒルトンから提示されたこのサンプルしかなかったのだが、



?????????

この15文字の中に 同じ人形が4文字ある ことを見抜く。
英語の中で「E」はもっとも多く、そして偏在せずに使われる文字なので、
この文字こそがEであると推定した。
そして人形が旗を持っている場合はそこで 単語を区切るスペース に該当すると判断できる。


??_EE_??E_????E


しかし、Eの次に多く使われる文字となると偏っており、統計をとっても簡単に逆転してしまう。
踊る人形の絵のサンプルがこれ一つしかない状態でこれ以上の解明は難しかった。

だが二度目のヒルトンの来訪でそれ以降に書かれた人形も判明する。


そこから3日連続でこれが書かれた。


さらにヒルトンはそれを書いた謎の人物を敷地から追い払った状態なのになぜか新たにこれが書かれている。


E E

ここまでを考えると、一番最後に描かれた踊る人形については謎の侵入者描いたの ではなく
謎の侵入者 へ向けた返答 として書いたのだと思われる。
「?E?E?」 となる英単語はLever(レバー)か、Sever(切断する)かNever(決して~ない)が思い浮かぶが、
問いかけの返答であればNEVER(絶対に嫌よ!)の意味だろう。


N E V E R
これによりEに続いてN、V、Rの文字も判明した。

NEVERの一つ前に三回も連続で書かれたこの人形↓についてだが


???E_E???E

謎の人物が同じ文句を三度も書いて呼び掛けて、それに対してNEVERという返事を書いた人物は
間違いなくエルシー(ELSIE)・キュービットであろう。

つまり前段で3回も書かれた人形のうちの後半の5文字はELSIEで、
前半のCで始まる4文字はCOMEと推定できる。


C O M E _E L S I E "来い、エルシー"

COME ELSIE(来い、エルシー)NEVER(絶対に嫌よ!)がわかったので
一番最初に書かれた人形にここまでで判明した文字を入れると


M _E R E_E_S L N E
この短いセンテンスに同じ文字が3つも並んでいる以上赤い文字はAであり、文脈を見る限り三番目の文字はHとわかる。


A M _H E R E_AE_S L A N E

後ろの文は人名だと推定できるため、残った二文字も推測可能になった。


A M _H E R E_A B E_ S L A N E Y "我、来たり。エイブ・スレイニー"

2番目に書かれた人形の絵に、判明済の文字を入れると


A _E L R I E S
残った文字はTGと推定できる。


A T_E L R I G E S "エルリッジ宅にいる"



つまりアメリカ出身のエルシーにエイブ・スレイニー*6がアメリカから追いかけて来て
"我、来たり。エイブ・スレイニー""エルリッジ宅にいる""来い、エルシー"と人形の暗号で呼びかけて
エルシーが絶対に嫌よ!と返されたのである。

ここまで解読したホームズはアメリカの警察にエイブ・スレイニーのことを電報で照会すると
返信が思いのほか遅かった上にヒルトンからの最後の手紙に付いてきた人形の絵を読むと


E L S I E _ R E A R E _T O
M E E T_T H Y_G O

E L S I E _ P R E P A R E _T O
M E E T_T H Y_G O D

 "エルシー、神の御前に行く心構えをせよ"*7

エイブ・スレイニーは当初はエルシーを説得していたが、それが 危害を加える覚悟を決めた とわかる。
そしてアメリカから来た電報の返信は「シカゴギャングの中でも屈指の危険人物」だった。
あわててノーフォークへ来る決心を固めたが時すでに遅かった…というのがここまでの顛末である。


そして

マーティン警部はここまでの推理に感服しつつも、
ホームズは謎が解ければそれで満足だろうが、マーティンは犯人を逮捕できなければ 責任を果たせない。 *8
ホームズは犯人を呼び寄せる手紙を書き、その通り来たところを逮捕できるように罠を張った。
なにぶんアメリカのギャングといえば当時の英国の創作ネタとしては格好の危険人物である。
応援の警官を呼んで応接間に待機し、もし屋敷を訪ねて来る者がいたら何も言わずに通すように命じて待機する。
そしてエイブ・スレイニーがその通り現れてホームズとマーティン警部に逮捕されてしまった。

エイブはまんまと引っかかったことに驚きつつ笑うが、エルシーが瀕死の重症だと聞くと激昂する。
俺はあいつの亭主を撃ったがエルシーは撃っていない!俺がエルシーを傷付けたりするもんか!そもそもエルシーが動けないなら 俺をあの手紙で呼び出したのは他の誰ができるっていうんだ!?

エイブが言うには
かつてシカゴのパトリックが束ねていたギャングの一員にエイブは所属しており、エルシーはパトリックの娘だった。
エイブはエルシーに惚れていてかつては婚約していたがいつの間にか姿を消してしまった。
エルシーを探してみたらいつのまにか英国にわたって知らない男と結婚していたのでエルシーを取り戻そうとしただけだと言う。
だがホームズはそれを バッサリ切り捨てる。
お前のそういう気質に辟易していたエルシーは英国に逃亡して、そこで立派な紳士と結婚した。
にもかかわらずエイブが英国まで追いかけてきて恥知らずな行為を続けた上に
ついにはヒルトンを殺害した上にエルシー・キュービット 夫人 自殺に追い込んだのだ。
運良くエルシーが助かっても エイブのやった殺人罪を着せられて 死刑になるだろう。
全てがエイブのせいだ、と。

すっかり観念したエイブは全て白状する。
エイブが所属していたシカゴのギャングはボスのパトリックの手腕で勢力を伸ばしていた。
連絡用の暗号として踊る人形を考案したのもパトリックであり、あれなら路地裏に描かれていても子供の落書きにしか見えない。
しかしパトリックの娘のエルシーはギャングとして生き続けることを嫌っていたらしい。
もしエイブがカタギの仕事に転職していたらエルシーも婚約を履行していただろう。
それでまともに稼いだ金を貯めたエルシーは逐電した。
エイブがエルシーの所在を掴んで英国に渡ると彼女はノーフォークで結婚していた。
ギャング時代の人形の暗号で呼びかけると反応があったのでエルシーは話を聞く気がゼロではないようだ。その反応って「NEVER(絶対に嫌よ)」だぞ…
「夜中に屋敷の窓越しで話すだけならば応じる」とエルシーが答えたのでそうしたところ、
彼女が「どうか 私たち夫婦 の邪魔はしないでほしい」と札束を渡してきた。
金で愛を否定する(彼側から見れば)無情な行為にエイブはかっとなって窓越しにエルシーの腕を掴んで引き摺り出そうとしたら、奥から亭主が現れて拳銃を抜いてきた。
亭主の方が先に撃ったがこちらも撃ち返してほぼ同時の発砲になり、亭主に当たったのを確認してすぐに逃げ出した。
それからしばらくは大人しくしてたが、下宿している農場にエイブ宛の手紙が届いて、それに従ってここに来たらこうして捕まったのだった。

エイブはテーブルに手紙を投げ出してホームズに問う。
なあ?やっぱりあんたは俺をかついでるんじゃないか?エルシーが瀕死だったらこの手紙をどうやって書けるっていうんだ?

ホームズは項目冒頭のセリフで答えた。
手紙は僕が書いた。 人の手で作れるものは、同じく人の手で解くことができるのだよ
エイブが連行された後、テーブルに置かれた手紙をホームズが示す。



C O M E_H E R E_A T_O N C E "すぐに来い"

ワトソン、今まで悪党の手先をさせられていた踊る人形たちを、僕たちは最後の最後で正義のために使ってやることができたね

尋常ならざる事件を君の記録に付け加えるという約束も、これで果たしたわけだ。3時40分の汽車があるから、ベイカー街に戻ったら夕食にしようか

事件後、裁判にかけられたエイブは当初は死刑が求刑されたが、ヒルトンが先に発砲したことが認められて正当防衛と情状酌量として懲役刑に減刑された。
エルシー・キュービットは快癒して夫の遺産を継いだが、再婚することなくリドリング・ソープ荘園の管理と貧困者の救済に生涯を支えたという。


余談

エイブの行動は現在であればただのNTRストーカー、エンディングでヒルトンへの発砲に弁護が入ったのも甘く見えるかも見えないが、
当時は惚れた女を探し求める男、ヤクザとカタギの身分差の恋などのロマンスとしての範疇に収まる物語であった。
またロマンスのみならず換字式暗号の概念や解読をわかりやすく示した上に、
暗号の方が目立つが密室殺人まであるという読み応えのある作品である。

ホームズの暗号推理で行われた「使う頻度の多い文字を『よく出てくるやつ』だと仮定して読もうとしてみる」という手順はドイル作品以外含めてこの換字式暗号ネタでは定番の流れであり、この意味でもミステリ内のジャンルの創始者的作品だと言えるだろう。
ちなみにこの「状況的な判断からまず1字を推定する」、実は実際の考古学における未解読言語の推理でも行われているんだとか。


追記・修正は冒頭の暗号を解読してからお願いします。

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最終更新:2026年08月15日 17:39

*1 当時オーストラリアの鉱山への投資が流行っていて作者のドイルもやっていた。そして損した。

*2 原語ではRidingとRidlingが混在しているため翻訳もライディングとリドリングがブレているがここではリドリングで統一する。実際のノーフォーク州の地名には存在しないため作者のドイルが宿泊した地域由来の架空地名と思われる。

*3 作者のドイルの母親は下宿屋の娘、父親は下宿を借りる側だったのが出会いのきっかけであり、こういう交際はままあったらしい。

*4 この「妻としての条件を満たしていた」には「エルシーは私と結婚するまでは処女でしたよ」という寓意をこめている。(当時の読者が察せる程度には)そしてこれが終盤で重要な意味を持つ。

*5 似たケースでは『五つのオレンジの種』がある。

*6 Abeはアブラハムのアメリカ式略称。

*7 原作小説でも最初の版は「V」と「P」の人形が同じというミスがあったのでこちらでもアレンジしている。

*8 マーティンはホームズにそれを直球で突っ込んでいる。