アットウィキロゴ

豊川信用金庫事件

登録日:2025/12/07 Sun 17:18:07
更新日:2026/04/16 Thu 07:48:11
所要時間:約 12 分で読めます




豊川信用金庫事件とは、1973年に愛知県で発生した取り付け騒ぎである。

概要

取り付け騒ぎとは、銀行などの金融機関に預金や貯金、掛け金を下ろそうと利用者が殺到することで起きる騒動のこと。
一般的?には「該当金融機関の消滅・経営不安」と言った「自分の資産が消える危険性」への恐怖から発生する事が多いとされるが、金融機関は預かった金を貸し付けたり投資したりして利益を得る商売のため、仮に全員が全額を下ろそうすると現金が不足
結果まだ潰れる程困ってはいない金融機関で(従業員の不祥事や風評被害等により)取り付け騒ぎが起こった場合、顧客の過剰な引き落としのせいで経営が傾く皮肉な事態が発生するケースも…

この豊川信用金庫事件はそういった取り付け騒ぎの一つで、1973年12月に愛知県宝飯郡小坂井町(現在の豊川市)を中心に「豊川信用金庫が潰れる」というデマが流れたことが原因で発生した。(以下、「信用金庫」を「信金」と略す。)
この騒動によりおよそ2週間弱の間に14億円*1もの預貯金が引き出される大パニックとなり、豊川信金は本当の倒産危機にまで発展している。

後に警察の捜査により、デマの出処からパニックに至るまでの詳細な過程が判明している。
噂話が原因で起こる騒動でその経緯が詳しく判明しているのは珍しい事例であり、噂・デマの拡散とそれによって引き起こされる事件・騒動までの流れの仕組みを説明するモデルケースとしてしばしば話題に上ることがあり、心理学や社会学の教材としても取り上げられることが多い。

騒動の経緯

ではこのデマがどうして発生し、どのようにして騒動と化してしまったのかを解説する。
(ただし、ここで説明する経緯は一部の人物関係や話題の内容などの細部が取り上げている媒体によって異なっているところも存在する。基本的には大雑把な流れを掴む程度に解釈していただきたい。)

全ての発端は女子高生たちの他愛もない雑談であった。

1日目(12月8日)

この日、国鉄飯田線の車内で3人の女子高生A・B・Cがおしゃべりをしていた。そのおしゃべりの話題が卒業後の進路に関するものになり、そこで3人のうちの1人・Aが豊川信金に就職が決まったことを告げる。するとそれを聞いた友人B・Cは

「え~信用金庫なんて危ないんじゃない?」

と冗談交じりに返した。

この「危ない」というのは、BとCは「銀行などの金融機関には強盗が入るかもしれない」という意味合いで言ったらしく、「経営状況が危ない」とは言っていなかったという。そもそも上記の台詞をちゃんと読めば分かるが「豊川信金」という特定の金融機関が危ないとは言っていない
しかしこの「危ない」という単語がまさかの大騒動を生むきっかけとなったのである。


帰宅後、女子高生Aは先程のやりとりのことが気になったのか、同居していた親戚Dに

「信用金庫って危ないの?」

と尋ねた。
すると親戚Dは(Aが具体的な名称を出さなかったにもかかわらず)豊川信金のことだと思い込み、同信金本店の近くに住む兄嫁Eに電話で

豊川信金が危ないって本当かしら?」

と問い合わせた。
ここでそれまで直接的な関連性がなかった「豊川信金」と「危ない」というワードが結びついてしまったのである。

Eはこの時点ではもちろんそんな話は聞いたこともなかったためその旨をDに伝えた。
ここで終わっていればなんてことない雑談で済んでいたのだが・・・・・・。

2日目(12月9日)

翌日、兄嫁Eは行きつけの美容院へと行った。そこでEは世間話として前日のDから聞いた話を持ち出し美容師Fに

豊川信金が危ないらしいんですって」

と伝えた。
前日までは「危ないのか?」という疑問だったのが、ここで「危ないらしい」という推量に変わってしまっている。
もちろんFもそんな話は初耳であり驚いた。これにより「まさかそんなはずは・・・・・・」と思いながらも不安を植え付けられることとなる。

3日目(12月10日)

美容師Fは前日にEから聞いた豊川信金の話を親戚Gに話す。この時、たまたまその場に居合わせていたクリーニング屋の店主Hの耳にもこの話が入る。Hは驚愕しすぐに彼の妻Iにもこの話を伝えた。

実はこのクリーニング屋は、豊川信金事件の7年前に小坂井町に隣接する豊橋市で起きた金融機関の倒産により大損害を被った過去があり、そのせいで夫婦は金融機関の経営破綻に関する話題には人一倍神経質になってしまっていた。このことが後に大きく響くこととなる。

不安に駆られた夫婦はクリーニング屋を訪れる馴染みの客たちにもこの噂を喧伝。ここから噂は本格的に町中に広がるようになる。

4日目(12月11日)~5日目(12月12日)

「豊川信金が危ない」という話が小坂井町の主婦達の間で噂となり、更にそれが通りすがりの者達にまで伝わるようになる。
こうして噂はどんどん拡散し、更に同じ話題を共有し続けたことにより次第に「危ないらしい」という推量から「危ない」という断定に変わるようになる。
心理学の世界ではこれを「交差ネットワークによる二度聞き効果」といい、狭い区域で同じ話題を繰り返し聞くことでその話題に信憑性があると感じてしまうとされる。

6日目(12月13日)

噂は町中に広まり住人たちが不安がる中、事態はここで不運すぎる偶然によって急加速する。

この日、上述したクリーニング屋に、とあるガス屋の主人Jがカウンターに設置されていた電話を借りたいと頼み込んでくる。店主の妻Iが対応しそれを快諾。
そこでJは電話の相手に

豊川信金から120万円を下ろしてくれ

と指示を伝えた。これを聞いたIは愕然とする。

実はJは仕事の支払いで金が必要になっただけで噂のことは全く知らなかった
しかし前述した通り金融機関の倒産により損害を受けた過去を持つIは、Jの「豊川信金から大金を下ろす指示を出す」という具体的な行動を目の当たりにしたことでその時のトラウマが蘇り

あの噂はやっぱり本当なんだ

と早合点してしまう。
すぐさま夫である店主Hに預金を下ろすように指示し、更に夫婦で親戚や知り合い中に電話をかけて明日にも信金が潰れると言わんばかりの勢いで話を喧伝する。ここに間の悪いことにその電話をとあるアマチュア無線愛好家が傍受しており、無線を使って噂を更に拡散。
結果、この日に豊川信金小坂井支店に59人の預金者が詰めかけ、約5000万円が引き出されることとなった。

この日、小坂井支店に向かう客を乗せたタクシー運転手によると、昼頃から夜にかけて「豊川信金は危ないらしい」→「危ない」→「潰れる」→「明日はもうあそこのシャッターは上がるまい」と時間の経過に伴って話が大きくなっていったという。

7日目(12月14日)

一連の騒動のピーク

遂にこの日、朝から預金者が殺到する大騒ぎとなってしまう。当の豊川信金はこれまで何の問題もなく平常通り営業しており、突然の事態に困惑するばかりだった。

事態を収拾するべく同信金は「経営上のことに不信のある方は2階へお越し下さい」と張り紙を出す。が、これは逆効果となり「倒産整理の説明会をされる」と預金者達は勘違いする。また、払い戻しを迅速化するために万単位での受付をすることを告げると「1万円以下は切り捨てられる」「利子が払えないのはやはり経営に問題がある」と思い込み、整理券を渡されて「こんなものが何になる!」と怒鳴る者まで現れる。
終いには雑踏警備のために駆けつけた警察官を見て「強制捜査が入った」とまで思われるようになり、ますます事態は深刻化する。

その後、「職員が金を使い込んだ」「5億円を職員が持ち逃げした」「理事長が自殺した」等々根も葉もない二次デマまで発生しパニックに拍車がかかっていく。
最初の女子高生の雑談からわずか1週間でこの騒ぎである

信金側はマスコミ各社に依頼し、同日夕方から翌日にかけて一連の噂がデマであることを報道してもらい沈静化を図る。
当時発刊された新聞の見出しは「5000人、デマに踊る」「デマにつられて走る」「デマに踊らされ信金、取り付け騒ぎ」と言った文言で掲載された。

更に日本銀行の考査局長が記者会見を行い「豊川信金の経営には問題がない」と発言。日銀名古屋支店を通じて現金手当てを行ったことを発表した。また、本店の大金庫前に窓口からも見えるように大量の現金を山積みして預金者を安心させるためのアピールを行った。
この他にも、東海財務局を呼び出して実際に経営状況を確かめてもらいそのやりとりを店内で放送する、窓口職員に金庫の中を見せて預金者達に問い詰められても自信を持って「大丈夫」と主張できるようにする、本来の営業時間である15時を過ぎても客が残っている限りは閉店しない(閉めると現金が底をついたと思われてしまうため)といった思いつく限りの対応策をとにかく実行した。

8日目(12月15日)

全国信用金庫連合会及び全国信用金庫協会の連名によるビラが張り出され、常務理事から預金者たちへの説得活動が行われる。これにより事態は徐々に収束に向かう。
その一方で報道を見て騒動を知った者もおり、慌てて預金を引き出しに来る者がまだ現れていた。

9日目(12月16日)

警察が信用毀損業務妨害の疑いで捜査を行い、懸命の聞き込みの末に一連のデマの伝播の経緯が判明する。
同日の夜にはNHKがこの警察の発表を報道した。

10日目(12月17日)

新聞各紙朝刊により前日の警察の発表が報道される。
これにより漸く騒動の真相が住民たちに周知されるようになる。
ある者は噂に踊らされてしまったことを恥じ、またある者ははた迷惑な噂を流した者たちに憤った。しかし、ともかく豊川信金が潰れることがないことが分かり安堵することとなった。

しかしそれでもなお、「女子高生の雑談程度でこんな大騒ぎになるはずがない。何か組織的な陰謀が裏で動いているに違いない」と主張する者もおり、完全な収束にはまだまだ時間を要した。



どうしてこうなった?

このような大騒動に至った背景には当時の社会情勢も関係している。

1973年当時はオイルショックによる不景気で経済的不安が人々の間に根付いていた。同年11月には大阪にて「トイレットペーパーがなくなる」という噂が流れたことで主婦たちか買い占めに走るといった騒動も起きている。昔のニュース記録などを取り上げるテレビ番組などでその光景を目にした人も多いことだろう。

人は不安な状況にある時、良い情報よりも更に不安を感じさせる情報を信じやすくなるとされている。
つまりデマが広がりやすい下地が既に社会全体で出来上がっていたという点がまず存在する。
先述の通り小坂井町近辺で過去に実際に金融機関の倒産が起きたという事実もこれに追い打ちをかけている。
そもそも女子高生の雑談以前の段階で「豊川信金が危ない」なんて話は全く出ておらず、冷静に考えていれば「そんな話聞いたこともない」の一言で終わっていたはずである。それが人から人へと渡り歩いてしまったのは社会不安により人々がより悪い情報を信じやすくなってしまっていたからだと言える。

また、伝言ゲームをやるところを想像してもらえれば分かるが、人から人へと情報が伝えられる際、その情報が仲介する人によって省略されたり独自に解釈されてしまったりして最終的に元の情報から大きく変容してしまうことはよくある話である。
現にこの豊川信金倒産のデマも、

  • 「信用金庫って危ないんじゃない?」という冗談
           ↓
  • 「豊川信金が危ないのは本当か?」という疑問
           ↓
  • 「豊川信金が危ないらしい」という推量
           ↓
  • 「豊川信金は危ない」という断定

と、段階的に変化していってしまっている。
そしてこの話題が町内で広まり多くの人々の間でこの噂が共有されたことで、先述した「交差ネットワークによる二度聞き効果」が発生。出処が分からない話であるにもかかわらずさも事実であるかのように誤認されるようになった。

とどめにガス屋の主人が「大金を下ろす指示を出す」という具体的な行動をとってしまったこと、そしてその電話のやり取りをクリーニング屋が"偶然聞いてしまった"ということによりこのデマがリアリティを獲得してしまった。これは対面で直接聞いた話よりも、第三者の会話を偶然耳にしたことで得た情報を信じやすくなる「オーバーヒアリング効果」と呼ばれる効果も一因とされる。

このように様々な要因が積み重なった結果が件のデマ騒ぎだったというわけである。

教訓としての「豊川信用金庫事件」

最初の方で触れた通り、このデマ騒ぎはその伝播の経緯が判明しており、人が何故デマを信じ、デマに踊らされるのか、どのようにデマは拡散するのか、どのようにパニックが引き起こされてしまうのか、それらのメカニズムを知る資料として度々取り上げられる。

この噂話は口コミによって広まったものであったため町一つ程度の狭いコミュニティの中だけで完結した話だが、当時と違ってインターネットやSNSが存在する現在は新聞やテレビ等の報道機関だけでなく個人でも容易に情報を発信できてしまい、情報の取得しやすさや拡散のしやすさが段違いである。それこそネット上での何気ない呟き一つで大パニックを起こすケースは十分に考えられる話である。
実際、コロナ禍の最中ではデマの拡散によりオイルショックさながらにトイレットペーパーが買い占められる騒動が起きており、海外ではフェイクニュースが原因で殺人にまで発展するといった事態も発生している。

こういったパニックに陥らないためには、とにかく情報の裏取りが何よりも肝要である。
豊川信金の例にしても当の信金、あるいは更に上の金融機関である日本銀行や大蔵省等に問い合わせる等して確認する者がいればここまでの大騒動には発展しなかったかもしれない(実際当時の信金側も押しかけた客にそれを呼びかけていた)。
そうでなくとも、何故突然「豊川信金が危ない」などという話が出てきたのかと疑問を抱いたりでもすれば少しは踏みとどまることもできたであろう。

とはいえ、現代は情報が手に入りやすくなった分誤った情報も取得しやすくなってしまっている。加えて先に書いた通り人は不安に晒されている状況では悪い情報ほど信じ込みやすいものである。
そのような状況で情報の真偽を確かめるのは言葉で説明するほど簡単なことではない。
いかに噂というものが社会に与える影響が大きいか、そしてそれを信じ込んでしまう人間心理の弱さを物語る教訓として今後も語り続けられることとなるだろう。

余談

同じくデマが原因で発生した取り付け騒ぎとして、2003年に起きた佐賀銀行の騒動が挙げられる。
こちらは「佐賀銀行が潰れるそうです」といった旨のチェーンメールが出回ったことにより引き起こされた騒動となっており、この時にはおよそ500億円もの預金が引き出されたと言われている。
こちらは豊川信金事件と異なり意図的に拡散されたものであるとして、翌年に20代の女性が信用毀損容疑で書類送検されている*2
この騒動の際にも「豊川信金事件」が引き合いに出されて紹介されたことがあり、30年も経過してなおこの事件の影響が根強く残っていることが伺える。

件の豊川信金は騒動によって本当に経営が危ぶまれたものの、その後信用を回復し危機を見事脱却、2年後には預金額が500億円を超えるまでになっている。
現在も愛知県豊川市には本店が存在しており、2012年に蔵子支店で立てこもり事件が起きたものの、それ以外では目立った事件や騒動は発生しておらず立派に営業を続けている。





追記・修正は情報を正確に精査した上でお願いします。


この項目が面白かったなら……\ポチッと/

最終更新:2026年04月16日 07:48

*1 実際の金額は20~26億円とも言われており、諸説ある。

*2 ただし、この騒動も件の女性が他者から聞いた話を信じ込んで友人に教えようとしたメールした結果それが出回ったとされており、当の女性も嫌疑不十分で不起訴となっている