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富田勢源(剣豪)

登録日:2009/12/01 (火) 15:15:44
更新日:2026/08/12 Wed 03:22:22
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富田勢源とは、戦国時代の剣豪の一人。
1523年生?没年不詳

【概要】

朝倉家に仕える。中条流の正統後継者で小太刀の達人。
やがて中条流に自らの技術を加味して富田流を創始した。
斎藤家の剣術師範に真剣仕合を挑まれた所、剣ではなく薪一本で完勝したという逸話が残る。
30歳半ばで眼病を患い、甥の富田景政に家督を譲った。その後の勢源については一切伝記が残っておらず、晩年は謎に包まれている。

弟子に鐘巻自斎が居る。
鐘巻は伊藤一刀斎の師と言われるので、彼が創始した一刀流の祖流・大師匠ということになる。

富田家を継いだ富田景政、更にその娘を娶った婿養子の富田重政は加賀前田家に仕え、越後守を賜ったことから『名人越後』と謳われる程の達人となる。
前田家重臣として戦場・平時ともに活躍し、富田家は江戸時代には1万3千石の大陪臣になった。


【富田流】

中条流をベースに、富田勢源の小太刀術が合わさった剣法。
比較的軽くて取り回し易い小太刀を重点的に扱い、更に実戦向きである為に女子や、お坊さん等も学んでいたらしい。
戦い方としては飛び掛かる技や一気に懐に入り切り付ける技が多い。
5つある奥義のうち『金翅鳥王剣(こんじちょうおうけん)』、『絶妙剣』の二つは飛び技である(絶妙剣については異説有り)。
ちょっと厨二っぽい名前の奥義だが気にしない。



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最終更新:2026年08月12日 03:22