今自分がこの場にいるのはひどく場違いだとグラジオ・シンプソンは内心独り言ちる。いかにも豪勢な雰囲気が漂う室内をこの屋敷のメイドと思われる人物に連れられながら歩き続けている。なぜ自分がここにいるのだろう。グラジオの内心はそんな疑問でいっぱいだった。御者を名乗るには未熟にもほどがある見習い、特筆できる能力があるかと問われれば荒れた魔力をちょっと鎮める程度しかできない、そんな自分がこの場にいることがどうにも場違いでしかないと何度考えてもそう結論付けれてしまう。思考が堂々巡りに入っていた頃に「到着しました」とメイドから声を掛けられ思わずびくりとする。周りに目を向けるとそれなりに高級そうな扉の前まで到着していたようだ。メイドは扉の前で何かしらのやり取りを交わした後、扉を開けグラジオを入室させた。
室内には数人待機しており、いずれも若い女性たちがほとんどであった。背の低いスレンダーな美少女に、凄まじいプロポーションの病弱そうな年上と思わしき女性、そして角と翼を生やしたメイド三人組、誰も彼も美人との評価が似合う人物しかいないとグラジオは内心感嘆していた。その中でも病弱そうな女性にグラジオは目を奪われていた。とてもきれいな人だと思い鼓動が激しくなりそうであった。そんなグラジオを余所に背の低い少女が口を開く。
「お初にお目にかかります、グラジオ・シンプソン。私リリアーナ・ディ・ガスペリと申します。早速ですが本題に入ってもよろしいでしょうか?」
リリアーナと名乗る少女に声を掛けられハッとなり勢いよく姿勢を正すグラジオ。そんな彼の様子がおかしいのか病弱そうな女性はくすりと笑っている。笑ってる顔も綺麗だなと再び見惚れるもリリアーナの咳払いにより再度彼女の方に意識を向ける。
「え、あ、はい! 何なりと!」
「………………まあ、いいでしょう。グラジオ・シンプソン、本日貴方を我がガスペリ邸に案内したのはですね―――――――」
「………………まあ、いいでしょう。グラジオ・シンプソン、本日貴方を我がガスペリ邸に案内したのはですね―――――――」
何か言いたげな様子であったリリアーナが本題に入ろうとした直後、病弱そうな女性が胸を抑え息苦しそうに音を立てて姿勢を崩す。それを見たリリアーナは「アメーリア!?」と叫び慌てて女性に駆け寄る。女性は「熱い……寒い……」とうわごとのように何かを呟いている。その言葉にグラジオは一つ思い当たる節があった。以前荒ぶる精霊獣と接触した時のことだ。やけに気性が激しく狂暴であったがために魔力が暴走していたのだ。それを力を使って鎮静化させたことがある。目の前の状況はそれに似ている。そう思ったグラジオはすぐさまアメーリアと呼ばれる女性の元に接近し体をかがめる。
「少しよろしいでしょうか?」
そう言ってグラジオはアメーリアの背中に手を当て集中するために目を瞑る。そしてアメーリアの魔力の様子を探り始め、すぐさま原因を理解する。魔力の暴走、もしくはそれに似た何かが起きているのだ。恐らく魔力の制御が効かないため苦しんでいるのだろう。そしてそれが日常的に続いているのかもしれない。とはいえ対処は可能だとグラジオは判断する。少し落ち着かせてやればいいのだ。
「アメーリアさん、ゆっくりでいいので深呼吸してください。まずは息を吸って……吐いて……」
グラジオはアメーリアに指示しながら力を使う。魔力を鎮静化させる力を。アメーリアは苦しみから逃れるためか彼の指示に従いゆっくり深呼吸を繰り返す。その間にグラジオは暴走する魔力の鎮静化を図り、すぐさま効果が表れ始めた。少しずつ魔力が安定し始め、それにつられてアメーリアの顔色から苦しみが薄れていく。それを近くにいたメイドたちは驚愕の表情でグラジオとアメーリアに注視し、リリアーナはただ一人確信を得たかのような表情を浮かべていた。
しばらくして、アメーリアは自身の寝室まで運ばれることとなった。一度は収まったとはいえ体調を崩した事実には変わりはない。安静にする必要があるとのメイドたちの判断だ。リリアーナはそれに付き添っていた。そしてグラジオもアメーリアの寝室まで連れ込まれていた。何故という疑問が脳内を堂々巡りしているとリリアーナから声を掛けられた。
「助かりましたグラジオ。貴方がいてくれてよかったですわ」
「い、いえ……恐縮です。ところでその……アメーリアさんって……」
「………………生まれつき魔力のコントロールが出来ないのです。治療法がなく我が従妹は日常的に発作を起こしているのですよ。そしてそれが貴方をガスペリ邸まで呼び出した理由ですわ」
「い、いえ……恐縮です。ところでその……アメーリアさんって……」
「………………生まれつき魔力のコントロールが出来ないのです。治療法がなく我が従妹は日常的に発作を起こしているのですよ。そしてそれが貴方をガスペリ邸まで呼び出した理由ですわ」
リリアーナはアメーリアを心配そうに、愛し気に頭を撫でて、そしてグラジオに向き直す。
「グラジオ・シンプソン、貴方は我が従妹の……アメーリアの奇病を治すことができますか? 荒ぶる精霊獣を鎮めたとの噂の貴方に。治していただけるなら今すぐやっていただきたい。報酬はいくらでもはずみます」
とグラジオからすれば無茶苦茶な要求を突き付けてきたのだ。思わず首を横に振ってしまう。
「む、無理です! ボクにできるのは魔力を鎮静化させて落ち着かせるだけです! 病気を治すことなんてとてもじゃありませんが不可能です! ボクは御者見習いであって医者じゃないんですから!」
グラジオの言葉を聞いて一度は落胆する表情を浮かべるもすぐさま別の表情へ切り替えるリリアーナ。
「でしたら今日からアメーリアに付き添っていただけませんか? 見ての通り彼女は日常的に苦しめられているのです。貴方が付き添ってその苦しみを少しでも和らげて頂きたい。報酬はいくらでもはずみますから」
先ほどの要求に比べれば自分でもできそうだと思うもグラジオは悩んだ。彼にも日常があり日々の仕事があるのだ。未だ見習いの身であるが。それらを投げ出すわけにもいかない。そんなグラジオの悩みを察したのか更に口を開こうとするリリアーナを、アメーリアが引き留める。
「駄目ですよリリアーナお姉さま……。無関係な人を巻き込んでは……」
「ですがアメーリア……貴女のためでもあるのですよ?」
「猶更、無関係な人を巻き込むわけにはいきません……私はガスペリ家の女なのですよ……? この程度の苦しみなんて…………ぅ…………」
「ですがアメーリア……貴女のためでもあるのですよ?」
「猶更、無関係な人を巻き込むわけにはいきません……私はガスペリ家の女なのですよ……? この程度の苦しみなんて…………ぅ…………」
再び魔力のコントロールが効かなくなったのか呼吸が荒くなり苦しみ始めるアメーリアに慌てて駆け寄り力を行使する。再び魔力が安定してきたのか少しずつ苦しみが収まっていく。そんな彼女をみてグラジオは放っておけないと思った。彼女の苦しみを見て見ぬ振りなどしたくないと、そんなことはできないと。
「……先ほどの話、引き受けさせてください」
気が付けばグラジオの口から言葉が突いて出ていた。落ち着いていて、されど覚悟が決まったような声色だった。
「ボクにやらせてください。彼女の苦しみを少しでも和らげさせてください」
グラジオの言葉にリリアーナは救いを見つけたような、賭けに勝ったような笑みを浮かべ、対照的にアメーリアは申し訳なさげに表情を曇らせるのであった。
- おまけ
「……ところで先ほどリリアーナお姉さまと聞こえた気がするのですがアメーリアさんの方が年上じゃないのですか?」
リリアーナと今後の事を話し合っていたグラジオだったがふとした疑問が浮かびそれを素直に口にする。それを聞いたリリアーナはどこか遠い目をして彼の疑問に答える。
「……………当然です。私の方が年上なのですから」
「……………え?」
「……………え?」
リリアーナの答えに目を丸くするグラジオ。
「…………私は十九歳で、アメーリアは十四歳なのですよ…………」
「……………………え?!」
「……………………え?!」
さらに驚愕するグラジオにアメーリアは横から口を挟む。
「……よく間違われるのですよ……まだ私なんて子供なのに……」
「ええ、ええ、本当にどうしてなのでしょうね? どこを見てそう判断するのでしょうね?」
「ええ、ええ、本当にどうしてなのでしょうね? どこを見てそう判断するのでしょうね?」
申し訳なさそうな表情を浮かべるアメーリアと、無表情だがどこかキレたような雰囲気を漂わせるリリアーナ、その二人を見てグラジオは人を外見で判断していたことを静かに恥じるのであった。