日が昇るか昇らぬかという微妙な時間帯に悪夢を見たのかシルフィーヌ二世は汗だくで飛び起きた。先日の政務の失敗した時の光景だった。ウッドエルフ族長であるアルボス=シルヴァに盛大に怒鳴られ、周りのエルフ皇族たちや親衛隊の者たちから鼻で笑われ陰口をコソコソと叩かれたのだ。トラウマになりそうではあったがその日の内に夢で見るとは思いもしなかったとシルフィーヌ二世は思う。乱れた呼吸を整え寝室を後にする。
いつものように水浴びに向かう。嫌な汗を流すために。それだけではない。ある一件以降彼女の習慣に一つ追加されたことがあるのだ。
「——————ということがあったのですよ。皆さん酷いと思いませんか?」
「おお、それは大変だったな」
水浴びを終えたシルフィーヌ二世は森の中で鍛錬をしていたシグル=トルーヴに愚痴を吐いていた。以前シグルの鍛錬に居合わせ溜め込んでいた感情を吐き出した一件をきっかけに水浴びの後シグルの鍛錬を見物する習慣が新たに出来たのだ。そんなこんなで毎日続いている。
「確かに私はとんでもない失敗をしたのは事実ですよ?怒られても仕方ないとは思います。それでもコソコソ陰で悪口を言うのは違うと思うのですよ。族長もあそこまで言う必要はないともうのですよ。聞いてます?シグル様」
「聞いてる、聞いてるから」
愚痴を適度に聞き流しながらずいぶんと溜め込んでたんだなとシグルは思い、鍛錬を止め空いている方の手をシルフィーヌの頭に乗せ撫で始める。それに気をよくしたのか愚痴を吐くのを止め目を細めながらしばらくシグルに撫でられ続けるのであった。
「……最近さー、シグルとシルフィーヌ様仲いいよねー?」
「そ、そうか?」
動揺するシグル。
「シグル様には良くしてもらってますね」
対照的にシルフィーヌ二世はニコニコと上機嫌な様子を見せる。その様子を見てエイダはさらに頬を膨らませる。自分の知らないところでお気に入りの子と弟が仲良くしているのがお気に召さないようだ。そうして不機嫌そうにしていたが唐突に何かに気づいたような表情を浮かべながらわなわなと口を開く。
「…………もしかして……二人とも、大人の階段を登っちゃったの?」
エイダの唐突な発言に場の空気が凍り付く音をシグルは聞いた気がした。シルフィーヌ二世は首を傾げておりエイダが何を言っているのか分かってないようだ。
「大人の階段とは何のことです?」
とシルフィーヌ二世は思わずエイダに聞き返す。エイダは彼女のそばに近づきコソコソと耳打ちをする。どうやら大声で説明しないだけの理性が姉にあったようだとシグルは現実逃避気味に考える。
なお、エイダに説明され先ほどの発言を理解したシルフィーヌ二世は爆発したかのように顔を一気に赤らめる。
「ふ、不潔です! 不敬です! エイダ様はとてもエッチなお方です!!」
「だ、だって……シグルが異性相手にさっきみたいに仲良くできるわけないからもしかしてって思って……。実際のところはどうなの? 本当に登っちゃったの? 大人の階段」
「登ってません! 登りもしません! どこかの頭取みたいなことを言わないでください! 不敬罪で罰しますよ!?」
シルフィーヌ二世は怒り気味にエイダにまくしたてる。皇族としての教育を受けて育ってきた彼女にとってエイダの発言は不名誉極まりないものであったようだ。
「シグル様とはそんな関係ではありません! 毎日夜明け頃に水浴びした後で少し話をさせていただいてるだけです! エイダ様が考えているようなことはしておりませんから!」
と答える。それを聞いたエイダは安堵したかのように息をつく。
「そうなんだ……よかった~。シグルとシルフィーヌ様がそういうことをしていると思って焦ったよ…………水浴びした後? ……それってやっぱり……」
「エイダ様?」
エイダが再び何か不適切な発言をしようとしたため二世は声色を低くする。冷たい声に反応したエイダは口を噤み発言を止める。だが二世の怒りは収まらない様子である。
「これから一週間罰としてエイダ様のスキンシップは禁止とします!」
頬を膨らませて罰を言い渡す。それを聞いたエイダは顔を青ざめさせて二世にしがみつく。
「後生です! それだけは勘弁してください!」
「いいえ! 勘弁しません。反省してください」
どうにか罰を回避しようとするも取り付く島もない様子を見せる二世。その光景を見たシグルは深いため息をつくのみであった。