迂闊なことはするものじゃない、レクト・ギルノーツは内心で後悔していた。
村を出て険しい山の中をさまよっていた際に魔物の巣と思わしき洞窟を発見した。なんとなく中の様子を見てみれば村で戦った狼に似た魔物の幼体の群れが集まっていたのだ。
村を襲っていた原因なのだろう。そう判断したレクトは幼体たちを殺すことにしたのだ。
成体になる前の状態は親の庇護を必要とするほどに弱い。それは魔物も変わらないということだろう。数分もかからぬうちに洞窟内の幼体を全て殺し終わる。そこまでは良かった。洞窟を出たところで魔物の成体の群れと遭遇しなければ。
巣を荒らされ幼体たちに何かが起きたと判断されたのだろう。魔物たちが一斉に襲い掛かってくる。その後は一体斬り殺し死体を魔物の群れに投げ時間稼ぎを図っては逃げるというサイクルを繰り返していた。
この山の中は魔物たちにとってのホームであり自分には不利な状態だと言う判断だ。それだけではない。仮に魔物たちを何とか処理できたとしても体力を消耗した状態で腹をすかせた野生動物と遭遇する可能性もある。故に逃げるのが得策だと考えたのだ。
しかし、巣を荒らされ幼体を殺された影響なのだろう。怒りでより狂暴になっていた。こういうところは野生動物と変わりないらしい。必死に逃走を図る中でそんなことを考えていた時だった。魔物たちの中で一際図体が大きい個体が爪を立てて突出してくる。群れのボスだと横に飛んで躱しながら瞬時に判断する。大剣を振るい斬りかかるも刃が立たない。他の個体に比べて表面が固いのだ。他に仲間がいれば——————特に魔法使いがいれば——————別の方法でボスを殺せるのかもしれないがレクトは一人だった。頼れる存在は自分しかいない。ボスがその図体を生かしレクトを突き飛ばす。あっという間に中に投げ出されて無防備な体勢で地面に落下する。それを隙だと判断した魔物のボスが爪を立て牙をむき出しにしながら襲い掛かってくる。周囲に目を向けてみれば崖まで追いつめられたのか周囲に逃げ道はなく身体を起こす余裕も隙もない。
——————脳裏に死という一文字がよぎった瞬間、大剣を強く握りしめる。魔物がレクトのいる位置まで覆いかぶさろうとする。
「唸り上げろ!」
レクトの叫びに呼応し大剣に刻まれた呪文を中心に剣身が発光、唸るが如く空気を震わせる音が周囲に響く。地面に転がったまま大剣を大きく振るう。剣身が魔物の身体に接触した瞬間、先ほどとは異なりいともたやすく刃が通りその図体を両断した。絶命し両断された魔物の半身をよけながら体勢を立て直そうとするも足を滑らせてしまう。
何かを考える間もなくそのまま落下していく。残された魔物の群れは襲い掛かってくることはなかったが今度は魔物とは別の命の危機にさらされてしまったのだった。
下に目を向けてみれば大きな川が流れている。どうやら地面に頭から墜落して死ぬことはなくなったが溺死の可能性が生まれてしまった。
どうするか考える暇もなく、水しぶきを大きく上げながら川へ落ちそのまま激しい水流に飲まれ流されてしまうレクト・ギルノーツであった。