レクト=ギルノーツはエスヴィア冒険者街の路地裏で背後から首筋にナイフを突き立てられていた。コトネと買い物に出かけていた所、知り合いを装って近づいてきた人物に脅されたのだ。『お前の過去を知っている』と。どういうことか問い質すためにコトネには適当に誤魔化してその人物に路地裏まで付いて行ったところでこのような状況に陥ってたわけである。迂闊ではあるが自分の過去を知っていると言われて気になってしまったのだ。どうしてそんなことを知っているのか問い質す必要があった。ナイフを突きつけられてしばらく、背後の人物が口を開いた。
「お前がレクト=ギルノーツだな。正直に答えてもらおう」
感情のこもっていない冷たい声色だった。コトネがいたら怖がっていたことだろう、そんなことを考えながら相手の問いを無言で待った。ここは相手の要求に従うべきだと思ったからだ。
「お前がギルノーツ領殺戮事件を引き起こした。そしておめおめと共和国同盟のこの街にまで逃げてきた。事実か?」
まったくもって事実無根のでたらめだった。
「オレは何もしていない。無実だ」
「だが関係者ではあるんだろう。何も知らないのであれば知らないの一言で済ませる。だが関係していたから無実だと主張する。そうだろう?」
「……事件そのものには関わってない。むしろオレは……」
「だが関係者ではあるんだろう。何も知らないのであれば知らないの一言で済ませる。だが関係していたから無実だと主張する。そうだろう?」
「……事件そのものには関わってない。むしろオレは……」
被害者だ、そう言いかけて喉に何かがつっかえたように言葉が途切れる。自分が言おうとしている言葉に疑念を抱いたからだ。何もできなくて人が、母親が、血のつながった人間が殺されていく様を見ても立ち向かわず逃げ出した、そんな卑怯者に被害者ぶる資格があるのか、そんな疑念と猜疑心が心の奥底から湧きだしたのだ。急に黙り込んだことで背後からナイフを突きつけている人物はレクトに更なる言葉を突きつける。
「あの土地で生き残った人間はいない。皆死体となったか行方不明となっている。行方不明者はおそらく事件に関与した者たちだと俺は疑っている。つまりお前もあの事件の関係者だということだ」
「……オレは」
「……オレは」
何か反論しようとしたところで殺意を感じた。直後背後の人物がナイフをそのまま首に突き刺そうと動いた。命の危機を感じ、レクトはフルーレを発動し相手の腕を掴んだ。男の腕だった。背後の人物はまさか行動を阻害されるとは思っていなかったのか慌てて逃れようとするがレクトが逃げられないよう強く力を入れていたため振り払うことすらできていないようであった。ふと背後の人物はレクトの手に発光する戦のような物が広がっていることに気づく。そしてレクトにとって驚くべき言葉を口にする。
「その発光する線のような物……ギルノーツ家の血に伝わるとされる『フルーレ』というやつか。聞いてはいたが本物を見るのは初めてだ」
背後の人物が自分の能力を知っていることに驚き思わず振り向いた。そこには灰色の髪に橙色の瞳の男が訝しげな表情を浮かべていた。レクトは男の様子に構うことなく疑問を口にする。
「お前、なんでオレの能力の事を知っている? オレはこの能力を誰彼構わず言いふらすようなことはしていない。答えろ」
先ほどとは逆に男に問いかけながら手に更に力を込める。男は痛みに顔をしかめながら口を開いた。
「……オレは上からの命令でギルノーツ領殺戮事件を追っている。アンタの能力の事を知っているのは上から教えられたからだ」
「上……? イルニクスの貴族か?」
「上……? イルニクスの貴族か?」
ギルノーツ領殺戮事件、フルーレを知っていることから連想したあてずっぽうだった。しかし、男の微妙な反応から政界ではないが多少はかすったようであった。
「イルニクスってことだけは合ってるよ。これ以上は言えないし言ってもだれも信じないだろうがな」
含みのあるような笑みを浮かべて男はそう言った。
「お前は誰だ?」
そうレクトは尋ねる。答えが返ってこないことも考慮しつつ、だがそれでも尋ねずにはいられなかった。知らない人間が自分の事を知っているという恐怖を感じながら。
「オレの名はウルム。ウルム・ウォルムード。この辺じゃしがない冒険者をやっている。そんだけだ」
「そんなので納得いくか?!」
「そんなので納得いくか?!」
思わず感情的に叫ぶレクトであったが急に視界が回りだす。足を払われたのだろう。気が付けばウルムと名乗った男の手を離し地面に転がり込む。殺される。そう思いすぐさま体勢を立て直そうとして、ウルムという男がいなくなっていることに気が付いた。
「……何だったんだよ?」
苛立ちを含ませ吐き捨てるようにそう独り言ちた。その後コトネの元へ戻ってみると。
「レクトレクト! 北の最果てに魔王がいるんだって! このままじゃ世界が危ないんだよ!」
「あなたも知らないようね! では始めから語ってあげるわ! 北に迫る脅威について!」
「あなたも知らないようね! では始めから語ってあげるわ! 北に迫る脅威について!」
戻ってみるとやたらテンションの高い女子二人が意気投合している現場に遭遇してしまったようだった。若干頭が痛くなるような、仲良さそうな様子にどこか癒されるような不思議な心地を覚えながらレクトは一人ため息をつくのであった。
その日の夜、エスヴィア内のとある宿屋の個室にてウルム・ウォルムードは手首を冷水で冷やしていた。レクト=ギルノーツに強く握られた際のダメージから強い痛みが残っているのだ。
(あのレクトってやつ、ちょっとカマかけただけでこれか……。ありゃ何かあると見ていい……ギルノーツを名乗ってることも何か怪しい。もうちょいつつけば何か出てくるかもしれない……)
手首を冷やしながらそんなことを考える。
ウルム・ウォルム―ド。表向きは冒険者を名乗っているが実態は違う。神聖イルニクス帝国のカルツェン猟兵隊、暗殺部隊という裏の顔を持つ組織の一員だ。彼は上からある任務を請け負っているのだ。一つはギルノーツ領暗殺事件を引き起こした人物の捜索、もう一つはギルノーツの名を名乗る人物の探索もしくは排除。カルツェン猟兵隊の一員であるウルムは上からギルノーツ家に関する情報を聞いていた。当然ギルノーツ領殺戮事件でギルノーツ家の人間が全滅したことも聞かされているのだ。にも拘らずギルノーツの名を騙る人間がいる。上がその人物が事件に何らかのかかわりを有していると考えるのも仕方のないことだとウルムは考えている。そして調査を進めていく内にレクト=ギルノーツという当時のギルノーツ家には存在しないはずの人物の名を耳に拾ったのだ。
レクトという共和国同盟の冒険者がギルノーツ家の名を、神聖イルニクス帝国の貴族の家名を名乗っていること自体が怪しい。よほど考えなしのバカという線もありえなくはないが疑うことに意味のない相手ではない。そう考えたウルムはエスヴィア冒険者街に侵入し、レクト=ギルノーツなる人物と接触する機会を伺っていた。そしてちょうど都合よく接触する機会があったものだからつつくことにした。殺意をぶつけたのもナイフで刺そうとしたのも相手の反応を伺うためであった。最悪殺してしまっても構わなかった。帝国の害に繋がる可能性もあるからだ。つついてみた結果、レクト=ギルノーツの反応から何かしらの関りがあると確信した。もう少しちょっかいを掛けてみれば新たな発見があるかもしれない、そう思考したあたりで苦々しい表情を浮かべる。
ウルム・ウォルム―ド。表向きは冒険者を名乗っているが実態は違う。神聖イルニクス帝国のカルツェン猟兵隊、暗殺部隊という裏の顔を持つ組織の一員だ。彼は上からある任務を請け負っているのだ。一つはギルノーツ領暗殺事件を引き起こした人物の捜索、もう一つはギルノーツの名を名乗る人物の探索もしくは排除。カルツェン猟兵隊の一員であるウルムは上からギルノーツ家に関する情報を聞いていた。当然ギルノーツ領殺戮事件でギルノーツ家の人間が全滅したことも聞かされているのだ。にも拘らずギルノーツの名を騙る人間がいる。上がその人物が事件に何らかのかかわりを有していると考えるのも仕方のないことだとウルムは考えている。そして調査を進めていく内にレクト=ギルノーツという当時のギルノーツ家には存在しないはずの人物の名を耳に拾ったのだ。
レクトという共和国同盟の冒険者がギルノーツ家の名を、神聖イルニクス帝国の貴族の家名を名乗っていること自体が怪しい。よほど考えなしのバカという線もありえなくはないが疑うことに意味のない相手ではない。そう考えたウルムはエスヴィア冒険者街に侵入し、レクト=ギルノーツなる人物と接触する機会を伺っていた。そしてちょうど都合よく接触する機会があったものだからつつくことにした。殺意をぶつけたのもナイフで刺そうとしたのも相手の反応を伺うためであった。最悪殺してしまっても構わなかった。帝国の害に繋がる可能性もあるからだ。つついてみた結果、レクト=ギルノーツの反応から何かしらの関りがあると確信した。もう少しちょっかいを掛けてみれば新たな発見があるかもしれない、そう思考したあたりで苦々しい表情を浮かべる。
「……オレはただ生きていたいだけなのに何でこんなにお仕事熱心になってるのかねぇ……」
あーやだやだと呟き手首を冷やすことに集中する。しかしその目は獲物を見つけた狼のようにギラギラとした光が宿っていた。
「やはりビールというのは最高だね。のど越し良し、爽快感良し、どれをとっても最高だよ」
「いやいやワインも負けていない。この酸味と香りはどの酒にも勝るとも劣らない、至高の物さ」
「いやいやワインも負けていない。この酸味と香りはどの酒にも勝るとも劣らない、至高の物さ」
エスヴィア冒険者街の酒場にてレクトはカシャギ=フォメト、ファルークアランザの二名と共に食事をしていた。二人ともレクトの友人だ。レクトがコトネとエレナの両名に迫られていたところを鉢合わせしてそのままずるずると酒場まで連れてこられたのだ。もっともまともに食事をとっているのはレクトだけで、カシャギとファルークは酒とつまみを口にするだけ、連行されていくレクトについてきたエレナとコトネはレクトの隣で二人だけで盛り上がっていた。北の話をせがむコトネに気をよくしたエレナが調子に乗って語っているのだ。そんな女子二人の姦しい光景を眺めながらファルークが口を開く。
「いやはやレクトも罪な男だよ。こんな美人二人と知り合いだなんて。私にも紹介してくれよ」
「片方はともかくもう片方はさっき知り合ったばかりで全く知らないんだけどな。後お前にコトネを紹介はしない。絶対口説くのが目に見えてるから」
「信用がないことだ」
「片方はともかくもう片方はさっき知り合ったばかりで全く知らないんだけどな。後お前にコトネを紹介はしない。絶対口説くのが目に見えてるから」
「信用がないことだ」
レクトの言葉にファルークは肩を竦める。そしてそんなファルークに続くようにカシャギが続く。
「どんな経緯で知り合ったのか、馴れ初めでも聞かせてくれないかな? 僕なら君の彼女を口説くなんて真似はしないからさ」
「お前は小説のネタにするつもりだろうから却下だ。そもそもオレはコトネの面倒を見ているだけで付き合ってない」
「お前は小説のネタにするつもりだろうから却下だ。そもそもオレはコトネの面倒を見ているだけで付き合ってない」
それを聞いたカシャギは肩を落としファルークは目を光らせる。獲物を見つけたと言わんばかりだった。そして、レクトはそんなファルークの様子を見逃すことはなかった。
「言っとくけど口説くのはなしな。コトネが怯える」
「……過保護なことだ」
「……過保護なことだ」
そう言ってファルークはワインを口にし、ふと何かを思い出したような表情を浮かべる。
「そうだ、レクト。君に話があるんだ」
「……とりあえず聞くから手短に頼む」
「……とりあえず聞くから手短に頼む」
レクトは食事を止めて話を聞く姿勢を取る。その様子を確認したファルークはワイングラスを置き真面目な様子で言葉を続けた。
「近々魔晶柱の平原で定期的な採掘業が行われるんだ。その事前調査に協力してもらってもいいかな?」