「諸君、今日はめでたき日であった。皇太子・皇太子妃両殿下のご結婚を学園にいる我々もささやかながら祝うこととしよう。では、乾杯」
学校長の声に応じるようにして、大広間のそこかしこで生徒が盃を合わせる音が鳴る。昼間の黒い礼服姿のままなので、闇の中に、学校長の顔と長い髭だけが浮かんでいるように見える。
深夜0時に開始され、昼にようやく終わった結婚式。それはヴァラウタ皇太子の母の姉の子……つまりは皇太子の平行いとこがその妻となるものだった。いとこ同士の結婚は他の国でもみられるが、平行いとこ同士の結婚は珍しい。サウレーディヤ先生が授業でそう言っていたことを、生徒の何人かは思い出したかもしれない。つまるところヴァラウタは特殊な国であり、魔法の国なのだ。
教師たちが学校に戻る頃から、外は雨が降っていた。
教師たちが学校に戻る頃から、外は雨が降っていた。
だが静かな夜だ。学校長らの座す背後の薔薇窓は今は魔法で透き通って、雲の隙間から漏れる月の光が、たまに入ってくる。
これほど静かでなければ、「あいつ結婚式のときずっと"太陽が平気なフリ"してたのかな」と誰かが陰口を叩きそうだった。それぐらい学校長は顔色が悪く見えた。滅多に食事に現れない彼を吸血鬼だと噂する人もいる。
ひそひそ声さえどこからもしないのは、彼のそうした不気味な雰囲気のせいだけではないだろう。月に二、三度行われる大広間での食事は魔法の灯し火もそこそこに、暗い闇の中で行われる。その闇が立ちこめる中で人々は無言になるのだ。
ひそひそ声さえどこからもしないのは、彼のそうした不気味な雰囲気のせいだけではないだろう。月に二、三度行われる大広間での食事は魔法の灯し火もそこそこに、暗い闇の中で行われる。その闇が立ちこめる中で人々は無言になるのだ。
ランプが照らす微かな灯りの中では木の椀も真っ赤なスープも鉄の匙も、死んだような灰色に見える。
ヴァラウタの民は主観的だと言われることが多い。だが今の自分の主観とやらは、ランプのこの光よりも狭い範囲しか照らせないのではないか……スープを口に運びながら、フォスフォラはたまにそういうことを思う。
だからこそ、彼女は科学が好きなのかもしれない。全てを照らす究極の主観とはきっと、科学を突き詰めた先の、それでも分からないところにあるだろうから。
だからこそ、彼女は科学が好きなのかもしれない。全てを照らす究極の主観とはきっと、科学を突き詰めた先の、それでも分からないところにあるだろうから。
ヴァラウタの民は闇と共にある。寒さも、怖さも、静けさも、闇から民は奪おうとは思わない。獣のようだと誰かが言った。だが彼らの意志は人であることを同時に望むのだ。魔法がいつかきっと、それを可能にするものだと信じて。
おわり