共和国同盟北側の温泉地、その内の一つの温泉宿では秋津において一般的とされている男女が同じ湯舟を共にする混浴―――――――実際に事実かどうかは不明であるが――――――を目玉としており夫婦や恋人が主な客層となっている。その温泉宿にシルフィーヌ二世の一行と都合よく休暇の取れたリリアーナ・ディ・ガスペリと御付きのメイドたちが何かの手違いで――――――実際のところリリアーナの手配であるため手違いでないのかもしれない――――――宿泊していたのだ。女性陣は混浴だのと言ったことは気にしていない。混浴という謳い文句につられて下心を持って宿泊する独身男性もいることにはいるようだがこの日に限っては何故か一人も見かけられないそうだ(混浴を承知で宿泊している独身女性は普通にいる模様)。
それ故に、本日唯一とされる独身のシグル=トルーヴは大変居心地の悪い思いをしていた。行動を共にしていた女性陣の後で温泉に入ろうとしていたのだが、客層が客層だ。妻もしくは彼女持ちの男性客が大半なのだ。彼らからの敵を見るかのごとき視線が突き刺さるのである。そのため主な客層が入浴している時間を避ける必要があり、シグルが入浴できるようになるころには随分と夜が更けてきた頃合いであった。おかげで広い浴場を独占できたのだが内心どこか惜しいと感じてしまうのは悲しい男の性なのだろうかとシグルは内心で独り言ちる。そうして一人堪能し温泉を上がった後のことだった。
「シグル様、こんなところにいたのですね」
温泉宿の夜景が見えるスペースでベンチに座って人心地付いていると浴衣――――――秋津列島の伝統的衣装とされる――――――を纏ったシルフィーヌがやってきた。普段見慣れない格好をしているのにそれが似合っているように感じられシグルは思わず見惚れてしまう。とてもきれいだと感じた。そんなシグルの様子を知ってか知らずかシルフィーヌは彼の隣に腰掛ける。自身の定位置だと、当たり前のように。
「今回の交渉が成功して本当によかったです。まだ、交渉に回らなければいけませんが」
「あ、ああ、そうだな。でも次もきっと上手くいくんじゃないか」
若干反応が遅れながらもシグルは楽観気味に言葉を紡ぐ。対照的にシルフィーヌはどうにも不安げな様子である。
「どうでしょう? 正直に言うとすごく不安です。シグル様とエイダ様が隣に居るのに……すぐに不安になる自分が情けないです」
「いや……、俺もエイダも特に何かできたわけじゃないぞ? 交渉自体はシルフィーヌ様が成功させたんだ。別に不安に思う必要なんてない」
「でも、シグル様とエイダ様が傍にいてくださったから、心強かったのです。一人だったらきっと前と同じように失敗してたはずです。なのにシグル様とエイダ様がいてくれると分かってるのにどうしようもなく不安に感じてしまって……」
今回の交渉でシグルが出来たことなんて何もない。シルフィーヌが成功させようと必死に努力したからその結果が出た。それだけのことだとシグルは考えるが彼女にとってはそうではないようだった。シグルとエイダが傍にいてくれるから。その言葉を嬉しく思うが自分が何かできたわけではないため過分な評価を受けているように感じられた。
「……俺にできたことなんて何もないよ。全部シルフィーヌ様が頑張った結果が出た。それだけのことだ」
だから、シグルはシルフィーヌに自分の内心を素直に打ち明けることにした。
「俺もエイダも正直何かできたわけじゃないんだ。ただ傍にいただけ。手伝えたのだってシルヴァ様たちのように頭のいい人たちくらいだ。その人たちの力を借りて交渉を成功させたのはシルフィーヌ様の力だ。だからもっと自信を持て。この後もシルフィーヌ様自身の力で交渉を成功させなきゃいけないんだからさ」
「私自身の……力で……」
「不安ならいくらでも傍にいるし手だって握ってやる。俺たちにできることならなんだってしてやる。どんな敵だって倒してやる。それでシルフィーヌ様の不安をはらえるのならそうするだけだから」
シグルの言葉にシルフィーヌは表情を明るくする。
「エイダもきっと俺と同じことを言うはずだ。……いや、エイダの事だから不安をはらうためとか言いながら自分の欲望のままに好き勝手やりそうだけど」
「エイダ様だったらきっとスキンシップだと言って抱き着いたりしてきますね」
不安を打ち明けた際のエイダの反応を予想して二人で笑い合う。シルフィーヌもエイダの行動に慣れてきたようであった。
「少しだけ気持ちが軽くなりました。ひとまず頑張れそうです」
「そこは少しとは言わず完璧に不安がなくなったって言って欲しいんだけどな」
「無理です。私は自他ともに認めるポンコツ皇帝ですから」
シルフィーヌの冗談にシグルは思わず吹き出す。シルフィーヌも彼につられるようにくすくすと笑い始める。
「この後の交渉も絶対に成功させます。だからシグル様、私の傍にいてくださいね?」
「それはエイダに言ってやれよ」
「エイダ様にはもう言いましたから。私が嫌と言っても絶対に離れないからって抱き着かれました」
「そっか、いつも通りか」
「シグル様も離れないでくださいね?」
「……ああ、離れないよ。シルフィーヌ様が嫌だと言っても、絶対に」
それはシグルの本心であった。そしてそれを聞いたシルフィーヌは表情をほころばせ安心したかのように彼の肩にもたれかかり、シグルはそれを拒まず受け入れた。それが二人の距離感であった。
それ故に、本日唯一とされる独身のシグル=トルーヴは大変居心地の悪い思いをしていた。行動を共にしていた女性陣の後で温泉に入ろうとしていたのだが、客層が客層だ。妻もしくは彼女持ちの男性客が大半なのだ。彼らからの敵を見るかのごとき視線が突き刺さるのである。そのため主な客層が入浴している時間を避ける必要があり、シグルが入浴できるようになるころには随分と夜が更けてきた頃合いであった。おかげで広い浴場を独占できたのだが内心どこか惜しいと感じてしまうのは悲しい男の性なのだろうかとシグルは内心で独り言ちる。そうして一人堪能し温泉を上がった後のことだった。
「シグル様、こんなところにいたのですね」
温泉宿の夜景が見えるスペースでベンチに座って人心地付いていると浴衣――――――秋津列島の伝統的衣装とされる――――――を纏ったシルフィーヌがやってきた。普段見慣れない格好をしているのにそれが似合っているように感じられシグルは思わず見惚れてしまう。とてもきれいだと感じた。そんなシグルの様子を知ってか知らずかシルフィーヌは彼の隣に腰掛ける。自身の定位置だと、当たり前のように。
「今回の交渉が成功して本当によかったです。まだ、交渉に回らなければいけませんが」
「あ、ああ、そうだな。でも次もきっと上手くいくんじゃないか」
若干反応が遅れながらもシグルは楽観気味に言葉を紡ぐ。対照的にシルフィーヌはどうにも不安げな様子である。
「どうでしょう? 正直に言うとすごく不安です。シグル様とエイダ様が隣に居るのに……すぐに不安になる自分が情けないです」
「いや……、俺もエイダも特に何かできたわけじゃないぞ? 交渉自体はシルフィーヌ様が成功させたんだ。別に不安に思う必要なんてない」
「でも、シグル様とエイダ様が傍にいてくださったから、心強かったのです。一人だったらきっと前と同じように失敗してたはずです。なのにシグル様とエイダ様がいてくれると分かってるのにどうしようもなく不安に感じてしまって……」
今回の交渉でシグルが出来たことなんて何もない。シルフィーヌが成功させようと必死に努力したからその結果が出た。それだけのことだとシグルは考えるが彼女にとってはそうではないようだった。シグルとエイダが傍にいてくれるから。その言葉を嬉しく思うが自分が何かできたわけではないため過分な評価を受けているように感じられた。
「……俺にできたことなんて何もないよ。全部シルフィーヌ様が頑張った結果が出た。それだけのことだ」
だから、シグルはシルフィーヌに自分の内心を素直に打ち明けることにした。
「俺もエイダも正直何かできたわけじゃないんだ。ただ傍にいただけ。手伝えたのだってシルヴァ様たちのように頭のいい人たちくらいだ。その人たちの力を借りて交渉を成功させたのはシルフィーヌ様の力だ。だからもっと自信を持て。この後もシルフィーヌ様自身の力で交渉を成功させなきゃいけないんだからさ」
「私自身の……力で……」
「不安ならいくらでも傍にいるし手だって握ってやる。俺たちにできることならなんだってしてやる。どんな敵だって倒してやる。それでシルフィーヌ様の不安をはらえるのならそうするだけだから」
シグルの言葉にシルフィーヌは表情を明るくする。
「エイダもきっと俺と同じことを言うはずだ。……いや、エイダの事だから不安をはらうためとか言いながら自分の欲望のままに好き勝手やりそうだけど」
「エイダ様だったらきっとスキンシップだと言って抱き着いたりしてきますね」
不安を打ち明けた際のエイダの反応を予想して二人で笑い合う。シルフィーヌもエイダの行動に慣れてきたようであった。
「少しだけ気持ちが軽くなりました。ひとまず頑張れそうです」
「そこは少しとは言わず完璧に不安がなくなったって言って欲しいんだけどな」
「無理です。私は自他ともに認めるポンコツ皇帝ですから」
シルフィーヌの冗談にシグルは思わず吹き出す。シルフィーヌも彼につられるようにくすくすと笑い始める。
「この後の交渉も絶対に成功させます。だからシグル様、私の傍にいてくださいね?」
「それはエイダに言ってやれよ」
「エイダ様にはもう言いましたから。私が嫌と言っても絶対に離れないからって抱き着かれました」
「そっか、いつも通りか」
「シグル様も離れないでくださいね?」
「……ああ、離れないよ。シルフィーヌ様が嫌だと言っても、絶対に」
それはシグルの本心であった。そしてそれを聞いたシルフィーヌは表情をほころばせ安心したかのように彼の肩にもたれかかり、シグルはそれを拒まず受け入れた。それが二人の距離感であった。
「……何ですか、この甘ったるい空気は。独り身の私への当てこすりですかあれは?」
「うんにゃ、あれが愚弟とシルフィーヌ様の距離感だよ。愚弟ももっと押せばいいのにあのヘタレが」
「実の弟に対して酷い言いようではありませんか? エイダ様」
「というかあの二人ってそういう関係なのですか?」
「これってアレですよね!? 恋愛小説とかでよくあるようなアレですよね!」
離れた位置で二人の様子を観察している野次馬が五人いることにシグルとシルフィーヌは気づいていない。そして野次馬たちも気づかれないよう位置関係を調整している。リリアーナ以外の四人は明らかに戦闘技術を無駄に活用していた。
「もっと行けよバカシグル。そこは肩くらい抱いてやれよ愚弟が。そんなんだからこっちはいつもやきもきさせられてるんだよ。もっと押せよ押し倒せよ」
興奮気味に小声で独り言ちるエイダ。どうやらシグルとシルフィーヌがそういう関係になることを応援しているようであった。
「……エイダさんは反対なさらないのですね。シルフィーヌ様を大変かわいがっているようでしたからてっきり邪魔するものとばかり思ってましたのに」
リリアーナの疑問にメイド三姉妹も同意するように頷く。以前の交渉の時も今回同行していた時の様子からもエイダがシルフィーヌの事を気に入り可愛がっているのは傍から見ても分かりやすかった。それ故にひょっとしたら二人の邪魔に入るのではないかと考えていたがどうやら違うらしい。
「だってあの二人がくっついたら私が正式にシルフィーヌ様のお姉ちゃんになれるじゃん。それってつまりいつでもシルフィーヌ様をかわいがり放題スキンシップし放題になるってことじゃん。反対する理由がどこにもないしむしろ応援に回るしかないでしょ?」
何を当然のことを聞いているのだと言わんばかりのエイダの返答にリリアーナとメイド三姉妹は呆れを通り越してドン引きするのであった。自分の欲望のために身内の恋路を応援すると言いきってしまえるエイダ=トルーヴであった。
「うんにゃ、あれが愚弟とシルフィーヌ様の距離感だよ。愚弟ももっと押せばいいのにあのヘタレが」
「実の弟に対して酷い言いようではありませんか? エイダ様」
「というかあの二人ってそういう関係なのですか?」
「これってアレですよね!? 恋愛小説とかでよくあるようなアレですよね!」
離れた位置で二人の様子を観察している野次馬が五人いることにシグルとシルフィーヌは気づいていない。そして野次馬たちも気づかれないよう位置関係を調整している。リリアーナ以外の四人は明らかに戦闘技術を無駄に活用していた。
「もっと行けよバカシグル。そこは肩くらい抱いてやれよ愚弟が。そんなんだからこっちはいつもやきもきさせられてるんだよ。もっと押せよ押し倒せよ」
興奮気味に小声で独り言ちるエイダ。どうやらシグルとシルフィーヌがそういう関係になることを応援しているようであった。
「……エイダさんは反対なさらないのですね。シルフィーヌ様を大変かわいがっているようでしたからてっきり邪魔するものとばかり思ってましたのに」
リリアーナの疑問にメイド三姉妹も同意するように頷く。以前の交渉の時も今回同行していた時の様子からもエイダがシルフィーヌの事を気に入り可愛がっているのは傍から見ても分かりやすかった。それ故にひょっとしたら二人の邪魔に入るのではないかと考えていたがどうやら違うらしい。
「だってあの二人がくっついたら私が正式にシルフィーヌ様のお姉ちゃんになれるじゃん。それってつまりいつでもシルフィーヌ様をかわいがり放題スキンシップし放題になるってことじゃん。反対する理由がどこにもないしむしろ応援に回るしかないでしょ?」
何を当然のことを聞いているのだと言わんばかりのエイダの返答にリリアーナとメイド三姉妹は呆れを通り越してドン引きするのであった。自分の欲望のために身内の恋路を応援すると言いきってしまえるエイダ=トルーヴであった。