atwiki-logo
  • 新規作成
    • 新規ページ作成
    • 新規ページ作成(その他)
      • このページをコピーして新規ページ作成
      • このウィキ内の別ページをコピーして新規ページ作成
      • このページの子ページを作成
    • 新規ウィキ作成
  • 編集
    • ページ編集
    • ページ編集(簡易版)
    • ページ名変更
    • メニュー非表示でページ編集
    • ページの閲覧/編集権限変更
    • ページの編集モード変更
    • このページにファイルをアップロード
    • メニューを編集
    • 右メニューを編集
  • バージョン管理
    • 最新版変更点(差分)
    • 編集履歴(バックアップ)
    • アップロードファイル履歴
    • ページ操作履歴
  • ページ一覧
    • ページ一覧
    • このウィキのタグ一覧
    • このウィキのタグ(更新順)
    • このページの全コメント一覧
    • このウィキの全コメント一覧
    • おまかせページ移動
  • RSS
    • このウィキの更新情報RSS
    • このウィキ新着ページRSS
  • ヘルプ
    • ご利用ガイド
    • Wiki初心者向けガイド(基本操作)
    • このウィキの管理者に連絡
    • 運営会社に連絡(不具合、障害など)
ページ検索 メニュー
harukaze_lab @ ウィキ
  • ウィキ募集バナー
  • 目安箱バナー
  • 操作ガイド
  • 新規作成
  • 編集する
  • 全ページ一覧
  • 登録/ログイン
ページ一覧
harukaze_lab @ ウィキ
  • ウィキ募集バナー
  • 目安箱バナー
  • 操作ガイド
  • 新規作成
  • 編集する
  • 全ページ一覧
  • 登録/ログイン
ページ一覧
harukaze_lab @ ウィキ
ページ検索 メニュー
  • 新規作成
  • 編集する
  • 登録/ログイン
  • 管理メニュー
管理メニュー
  • 新規作成
    • 新規ページ作成
    • 新規ページ作成(その他)
      • このページをコピーして新規ページ作成
      • このウィキ内の別ページをコピーして新規ページ作成
      • このページの子ページを作成
    • 新規ウィキ作成
  • 編集
    • ページ編集
    • ページ編集(簡易版)
    • ページ名変更
    • メニュー非表示でページ編集
    • ページの閲覧/編集権限変更
    • ページの編集モード変更
    • このページにファイルをアップロード
    • メニューを編集
    • 右メニューを編集
  • バージョン管理
    • 最新版変更点(差分)
    • 編集履歴(バックアップ)
    • アップロードファイル履歴
    • ページ操作履歴
  • ページ一覧
    • このウィキの全ページ一覧
    • このウィキのタグ一覧
    • このウィキのタグ一覧(更新順)
    • このページの全コメント一覧
    • このウィキの全コメント一覧
    • おまかせページ移動
  • RSS
    • このwikiの更新情報RSS
    • このwikiの新着ページRSS
  • ヘルプ
    • ご利用ガイド
    • Wiki初心者向けガイド(基本操作)
    • このウィキの管理者に連絡
    • 運営会社に連絡する(不具合、障害など)
  • atwiki
  • harukaze_lab @ ウィキ
  • おしゃべり物語

harukaze_lab @ ウィキ

おしゃべり物語

最終更新:2019年11月01日 08:21

harukaze_lab

- view
管理者のみ編集可
おしゃべり物語
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)摩利支天《まりしてん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)口|主水《もんど》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+宛」、第3水準1-84-80]
-------------------------------------------------------

[#6字下げ]一[#「一」は中見出し]

 宗兵衛の母親は摩利支天《まりしてん》と問答をした夢を見て、彼を身籠《みごも》ったそうである。彼は上村孫太夫の三男で長男は伊之助、二男は大助という。いち[#「いち」に傍点]女はみごもるたびに夢知らせを見る癖があった。長男のときには虎の髭《ひげ》を剃《そ》ってやる夢を見たし、つぎにお臍《へそ》から長い紐《ひも》をひきだす夢を見て二男が出来た。宗兵衛のときの夢知らせは就中《なかんずく》はっきりしたもので、長年月にわたって詳しく記憶に残った。――夢の中で彼女は病気だった、それもお乳が殖《ふ》えてゆく病気である。二つの乳房が三つになり四つになり、やがて六つから八つまでに殖え、胸も腹も乳房だらけになった。それで医者を呼びにやると摩利支天がやって来た。
「頭巾が見えなかったものだから毘沙門天《びしゃもんてん》のをちょっと借りて来たので、恰好が悪いだろうけれどもそこは時節柄だと思ってまあ大目にみて貰いたい」摩利支天はまずこう言い訳を述べ、さて開き直って、「おまえはお乳が殖えたと云って医者を迎えにやったそうだが、それは実に女の浅知恵というものである、なぜと云ってみよ、こんどわしはおまえに八つ子を生ませることにしたので、そのために予《あらかじ》め乳を殖やした訳である、この世にはなに一つ理由なしに存在するものはないのであって、鼻が無ければ洟水《はなみず》をかむことができず、耳が無ければ熱い物に触ったとき指のやりばがない、手足あればこそ凍傷《しもやけ》にもなれるし、川が無ければ橋大工は首を吊《つ》るより仕方がない」
 云々《うんぬん》、云々という訳で、摩利支天ははてしもなく饒舌《しゃべ》り続けた。いち[#「いち」に傍点]女は八つ子と聞いて気も転倒し、「自分にはもう二人も子供があるから決してそれには及ばない」と云った。だが摩氏はそんなことには耳も藉《か》さず、滔々《とうとう》朗々として事物の存在理由とその価値に就いて弁じ続けたのである。いち[#「いち」に傍点]女は貞淑温順な婦人であったが、心痛の大きさと摩氏のとめどなき饒舌《じょうぜつ》に肚《はら》を立て、
「摩利支天といえば武勇的な方面をひきうける神さまでしょう、それならその方面の周旋をなすったらいかがですか、子供のほうは子育て観音とか子授け地蔵とかいう世話人の方がいらっしゃるんですから、わたくしとしてはなにも貴方に義理立てをする訳はないと思います」
「女はそういう無分別なことを云うからいけない」摩氏は顎髭《あごひげ》を撫《な》でた、「子育て観音とか子授け地蔵などとひと口にいっても、やっぱりそこには裏も表もあるんだ、まあ仮に子授け地蔵にしたところで、あのとおり離れを建てたり塀《へい》を直したりするのはなみたいていなことじゃあない、そとは辻町の親父からだいぶ引出してもいるし、原の大伯母を幾らか騙《だま》したということもあるらしい」
「貴方は皮肉を仰《おっ》しゃるんですね」いち[#「いち」に傍点]女は自分でも眼の色の変るのがわかった、「辻町の父から貰ったお金はあれは嫁に来るまえからの約束だったんです、貴方だってそれは御存じの筈じゃありませんか、原の大伯母さまのことは節ちゃんが云ったんでしょうけれど、あれも騙したなんて根も葉もない事です、昔からわたしは大伯母さまが好きで、大伯母さまのほうでもわたくしを本当の孫のようだと云って下すっていたんです、摩利支天なんて勿体《もったい》ぶっていながら、そんな細かしい中傷めいたことを云って貴方は恥ずかしくはないんですか」
 摩氏は怒ってたけり[#「たけり」に傍点]立った。そしてもはや話がこうなった以上は八つ子どころか三つ子も生ませてはやらない。おまえは宜しくダチドコロでも生むがよかろうと呶鳴《どな》った。ダチドコロを生めと云われて、怖ろしさの余り眼がさめると、下にして寝た左の半身がぐっしょり汗になっていたそうである。さては――夢だったかと溜息《ためいき》をついたとき、これはみごもった知らせに違いないと思い、にわかに不安になって良人《おっと》を揺り起こした。
「貴方ちょっとお起きになって下さいましな」
「まあ待って呉《く》れ」孫太夫は呂律《ろれつ》の怪しい舌で妙なことを云った、「いま女房が寝るところだから、……うん、なにすぐだ、なにしろ横になれば五つ数えないうちに眠る女だから、そこはごく便利にできている」
「貴方、貴方、ちょっと起きて下さいな」いち[#「いち」に傍点]女は良人の肩を小突いた、「ねえ貴方、わたくし心配なことが出来たんですから」
「うう、う――なんだ、雷か」
「冬のまん中に雷なんぞ鳴りあしません、貴方ダチドコロって何だか御存じですか」
「それは、直ぐにとか、即座にとか云うことだろう」
「たちどころじゃありませんダチドコロですわ、今わたくし夢ではっきり見たんですの」いち[#「いち」に傍点]女は良人のほうへすり寄った、「それがいつもの夢知らせらしいんですけれども、そうだとするとわたくしダチドコロを生むらしいんですわ」
「変なことを云っちゃあいけない」孫太夫はさすがに眼をさました、「冗談じゃない、そんな奇天烈《きてれつ》なものを生まれて堪《たま》るものか、おれはそんなものは嬉しくないぞ」
「わたくしだって嬉しくはございませんわ、でも夢知らせなんですから、わたくしのせいじゃないんですもの仕方がございませんわ」
「まあいい寝かして呉れ、明日のことにしよう」
 孫太夫は寝返りをうって、忽《たちま》ちまたぐっすりと眠りこんだ。しかしいち[#「いち」に傍点]女は眠れなかった、殆んど白々《しらじら》明けるまで思い悩み、どうぞそんな奇天烈なものを生みませんようにと、心をこめて神仏に祈りを捧《ささ》げたのであった。
 宗兵衛の生れたとき、長いこと不和で往来《ゆきき》の絶えていた里見平左衛門が祝いに来た。平左衛門はいち[#「いち」に傍点]女の実家の二兄で、里見家へ養子にいったものであるが、いち[#「いち」に傍点]女とは幼い頃から仲が悪く、詰らないことで喧嘩《けんか》をして長らく音信を断っていたのである。この兄はくちやかましい饒舌漢であって、饒舌りだしたがさいご親が死んでも立たないと云う性質で有名だった。――出産祝いに来たのは五年ぶりくらいだろう、去年の夏に町奉行になったと聞いたが、みごとに肥えて貫禄《かんろく》がつき、顎髭《あごひげ》を立てていた。いち[#「いち」に傍点]女はその顔を見たとたんどきりとした。冗談ではない、それはあの摩利支天であった。夢知らせで大いに口論をした摩氏そのままの顔なのである。
「長男が五つ二男が三つこんど三男が生れたとすると正に七五三という勘定だな」平左衛門は片手で扇をばたばたさせ片手で汗を拭きながら饒舌った、「そうだとすると願掛けをしてもあと一人生まなければいけないぞ、七五三は幸運の数だが幸運すぎて凶に返る心配がある、昔から七五三の一といって、これにもう一つ付くと縁起は上乗《じょうじょう》だ、おまえも知っているように原の大伯母がよい例で、あの伯母殿がちょうど七五三の順で子を生んだ――」
「貴方いつ髭なんかお立てになったの」いち[#「いち」に傍点]女はまじまじと兄の顔を眺めた、「まえにはそんな妙な髭はなかったでしょう」
「髭か、これは去年の十一月からだ、町奉行だとすると威厳が必要だからな、おまえも覚えているだろう、辻町の親父が中老になったときやっぱり威厳をつくるために髭を立てた、あれは口髭だったけれども、とにかく然るべき役に就くとなるとそれぞれ肚構《はらがま》えというものが――」
 平左衛門の饒舌を聞きながら、いち[#「いち」に傍点]女は思わず背筋が寒くなった。顎髭を立てたのが十一月とすると、ちょうどあの夢知らせのあった頃になる。あのときの口論にも辻町の父だの原の大伯母さまのことが出た、むやみに饒舌りまくる摩利支天、なにもかもそっくりではないか。彼女はたいへん不安になって、おずおずと兄にこう訊いた。
「里見のお兄さん、ダチドコロっていったいどんな物なんですか」
「ダチドコロ、――ふむ、ダチドコロね」平左衛門の饒舌は即座にどっちの方向へでも切替えることができる、「ああそれはね、ダチドコロとなるとしかし、そう簡単なもんじゃないぜ、いつのことだかおれも喰べた覚えがあるが」
「では喰べ物なんですか」
「いや女はすぐにそう物事を定《き》めてかかるからいけない、喰べることも出来るからと云って必ずしも喰べ物と定まっている訳のものじゃない、例えば熊を喰べ物とは云わんだろう、要するにあれは毛物《けもの》だ、けれども喰べようと思えば肉は喰べることが出来るし、胆《きも》は薬になる、毛物であって喰べ物であり薬でもある、此の世に存在する物は凡《すべ》て一概になになにであると定める訳にはいかない」
「ではダチドコロというのは毛物なんですか」
「ばかだね、熊の例を引いたからといってすぐにそれが毛物だというような浅薄なことがあるか、柳井数馬にもそう云ってやったが、いつか彼が――」
 いち[#「いち」に傍点]女は眼をつむって頭を振った。兄は知らないのである、これ以上なにを聞いても無駄だということがわかったので、平左衛門には勝手に饒舌らせておいて眠ってしまった。
 宗兵衛(幼名は小三郎とつけた)は三つの春まで口をきかない子だった。まるまると肥えた、いつもにこにこ笑っている温和《おとな》しい子だったが、ちょっとも口をきかないので唖《おし》ではないかと心配したくらいである。ところが三つの年の晩春、とつぜんべらべらとお饒舌りが始まった。初めはさして気にもとめず、唖ではなかったと安心して、寧《むし》ろその片言のお饒舌りを興がったくらいである。しかし四つになり五つになると孫太夫もいち[#「いち」に傍点]女も眉をひそめだした、饒舌るの饒舌らないの、朝起きるから夜眠りつくまで寸時も舌の休むひまがない、ものを喰べながらも絶えず饒舌っている。
「食事のときはものを云ってはいけない、黙って静かに喰べるものだ」
 こう叱るといちおう口を噤《つぐ》むがすぐにまた始める。幼児のことだから別に話題がある訳ではない、身のまわりの事から家のなか、庭の内外、鳥毛物、天気晴雲、家族の動静、眼につき頭にうかぶものを次から次と舌に乗せるだけである。
 父に叱られると母を捉《つか》まえて話し、長男に呶鳴られると二兄の部屋へとんでゆく、一日じゅうどこかで彼の声の聞えないことはないし、どこかで「うるさい」と叫ぶ声のしない時もない。みんなに追っ払われると使用人をうるさがらせ、彼等が逃げると庭へいって犬に饒舌るというふうだ。
「おい、夢知らせの意味がわかったよ」孫太夫は或る時つくづくと妻にこういった、「あいつをよくみろ、あれがダチドコロだ」

[#6字下げ]二[#「二」は中見出し]

 彼は六つ七つとなるにしたがって図抜けた悪童振りを発揮しだした。近所の屋敷の子供たち、それもたいてい自分より年長の子を集めて、ちびのくせに餓鬼《がき》大将になって遊ぶ、竹馬とか蝉《せみ》捕りなどという尋常なものではない、車力《しゃりき》ごっこ、駕舁《かごか》きの真似(これがまた頗《すこぶ》るうまい)、犬と猫を一つ桶《おけ》の中へ入れて噛合《かみあわ》せたり、よその屋根へ登って雀の巣を荒したり、左官屋の泥こね、紙屑《かみくず》買い、魚屋の呼び売り、馬喰《ばくろう》、飴屋《あめや》、――こんな調子で、武家の子らしい遊びは殆んどやらない。これにはまず近所の親たちが仰天して、孫太夫のところへ捻込《ねじこ》みに来た。
「どうもおかしい、家の中で車力や馬喰の真似をする、母親をつかまえておっかあなどと申す、姉の大事にしている猫を逆さ磔刑《はりつけ》にする、そしてむやみやたらに饒舌る、こんな伜《せがれ》ではなかったがと色いろ調べてみると、すべてお宅の御三男が教えるのだ、――年上のくせに教えられて真似る伜も愚か者であるが、どうもこう風儀が悪くては躾《しつけ》に相成らん、どうかお宅でも宜しく御訓戒が願いたい」
 孫太夫は赤面して謝り、眼から火の飛ぶほど叱ったり戒めたりする。そのときいかにも神妙にべそをかいて、「はい」「はい」と頷《うなず》くが、半刻《はんとき》も経つとどこかの屋敷の門へ登って、柿を※[#「てへん+宛」、第3水準1-84-80]《も》いでいるというのが実状である。そして夕餉《ゆうげ》のときみんなに語るのであった。
「栗山さんの小父さんはね、お屋根の上を駆けるのがずいぶん上手ですよ、顔をまっ赤にして、箒《ほうき》を持ってぴょんぴょん駆けるんですよ、猫よか早いですよ父さん」
「栗山が屋根の上を駆ける?」孫太夫は箸《はし》を止めて眼を瞠《みは》った、「ばかなことをいってはいけない、あの謹厳温厚な栗山がそんな狂人のようなまねをする訳があるか、嘘をいうと地獄へいって舌を抜かれるぞ」
「嘘じゃありませんよ、本当にまっ赤な顔をして箒を持ってぴょんぴょん駆けたんですから、離れの屋根へ跳び移るとき袴《はかま》の裾をどこかへひっかけて、びりびりってこんなに破いたのも見ましたよ、本当ですから」
「おまえが見ていたって、――どこで」
「――前のほうです」
「前とはどこの前だ、門の前か」
「いいえ、栗山さんの小父さんの前ですよ、小父さんは坊を追っかけていたんです――う」ちび[#「ちび」に傍点]は慌てて母のほうを見た、「お母さまこのお魚はなんですか、鯛ですか、とてもお美味《いし》いですね、坊はねえ鯛が大好きだ」
「小三郎こっちを見ろ」孫太夫は眼を剥《む》いて呶鳴った、「おまえというやつは、本当に、なんという、その」
 彼は悄気《しょげ》かえり、べそをかき、「はい」「はい」といわれない先に頷《うなず》く、いかにも悪うございました、まったく慚愧《ざんき》に耐えませんという表情である。そして食事が終る頃にはもうけろりとして、「ねえお母さま、人は人の蔭口をいうものじゃないんですねえ」
 などと云いだす。
「村田さんの小父さまはねえ、坊のお父さまやお母さまの悪口をいってましたよ」
「そんなことを子供がいってはなりません」
「だって本当ですもの、上村では両親が飴《あめ》ん棒みたいに甘いから、あの悪たれ[#「たれ」に傍点]がしたい放題のことをするんですって、しようがないからこんどはちび[#「ちび」に傍点]を捉まえて、こっちで折檻《せっかん》してやろうなんて云いましたよ、悪たれ[#「たれ」に傍点]だのちび[#「ちび」に傍点]だのってみんな坊のことなんですって、坊はただ垣根を――う」彼はすばやく立ち上る、「ああ眠くなっちゃった、坊もう寝ますよお母さま」
 孫太夫が「小三郎」と喚いたときには、彼はもう廊下の向うを走っていた。……こんな場合に限らず、どこで見ても彼はたいてい駆けていた、もちろんなにか悪さをしては追っ駆けられているのである。いつか母親が辻町の角でばったり彼に出会った。埃《ほこり》だらけになって汗みずくで、はあはあ肩で息をしている。
「こんな処でなにをしておいでなの」いち[#「いち」に傍点]女は彼の腕を捉まえた、「まあまあこんなに泥だらけになって、小三郎さんまるで犬ころのようですよ」
「坊に口をきいちゃだめだよお母さま、いま追っ駆けられてるんですから」ちび[#「ちび」に傍点]は母親の手を振りはなした、「知らん顔をしていかなくちゃだめですよ」
 そして鼬《いたち》のように向うへ馳《は》せ去った。いち[#「いち」に傍点]女は吃驚《びっくり》して云われたとおりそ知らぬ顔をして、急いで辻《つじ》をあらぬ方向ヘ曲ったものであった。――孫太夫にもいちど同じ経験がある。これは馬場下だったが、下城して来ると竹倉の脇から、彼が毬《まり》のようにとびだして来た。
「これ小三郎、なにをしておる」孫太夫は彼をひき留めた、「また悪戯か、この――」
「だめだお父さま、みつかっちゃった」ちび[#「ちび」に傍点]はこう叫んだ、「逃げるんですよ、早く、捉まるとお父さまもひどいめにあいますよ、早く早く、ほらもう来ましたよ」
 そして飛礫《つぶて》のように走ってゆく、訳はわからないが孫太夫も狼狽《ろうばい》し、ちょっと迷ったが、すぐに小三郎とは反対のほうへてってと大急ぎで逃げだしたのであった。
 彼が八歳になる頃まで、孫太夫といち[#「いち」に傍点]女とは辛抱づよく悪戯とお饒舌りを撓《た》め直そうと努めた。泣いて訓《さと》し、折檻し、頼み、脅した、しかし凡ては徒労であった。詰るところ彼は正真正銘のダチドコロであって、彼が彼である以上いかなる手段も効がないということに結着したのである。
 ――小三郎が十歳になったとき、隣り屋敷の住人が変って溝口|主水《もんど》という人が越して来た。子供が三人あり、上の二人は男でもう大きかったが、いちばん末に離れて津留《つる》という六つになる娘がいた。眉と眼尻の下った、顔のまるい、眼に愛嬌《あいきょう》のある子で、初めて庭境の垣根のところで会ったとき、彼を見るなりにこっと笑いながら、「あたしつう[#「つう」に傍点]ちゃんよ」といった。彼はじろりと見て肩を竦《すく》め、鼻を鳴らしながら側にいった。そして彼女の頭から足の先まで眺めまわして「ふん」と顔をしか[#「しか」に傍点]めて見せた。彼女はやはり笑っていた。まるい頬の両側にえくぼ[#「えくぼ」に傍点]がある、小三郎はそれにつよく眼を惹《ひ》かれた。「女なんか嫌いだよ」彼はそのえくぼ[#「えくぼ」に傍点]を横眼で見ながらいった、「女なんかみんなお嫁にいっちゃうんだから、遊ばないよ」
「つう[#「つう」に傍点]ちゃんお嫁にいかないわ」こういってまたにこっと笑った、「――本当よ」
 小三郎は「ふん」と鼻を鳴らし、つと手を伸ばして彼女のえくぼ[#「えくぼ」に傍点]を指で突いた。それがきつ過ぎたのか、それとも突然のことで驚いたのか、津留は怯《おび》えたようにわっと泣きだした。――小三郎はいち早く逃げてしまったが、それがきっかけになって間もなくひじょうな仲良しになった。津留はごく温和しい性質で、彼のすることならどんな事でも喜んで受容れた。もう悪戯をされても泣かないし、長ったらしいお饒舌りも興深そうに聞いて呉れる。そしてよく「つう[#「つう」に傍点]ちゃん大きくなったら小三郎さんのお嫁さんになるんだわ」というのであった。そんなとき彼は仔細《しさい》らしく彼女を眺めて、さもやむを得ないというふうに顔をしかめ、「ふん、なりたければおなりよ」などといったものであった。
 小三郎は十七の年までに三度も養子にゆき、三度とも半年足らずで不縁になった、藩の学堂でも講武館でも抜群の成績をあげたのと、上村が千五百石の中老で人望家だったため、かなり諸方から注目された訳である。初めは波多野という家で、これは三月、次は黒部庄造、三度めは大番頭《おおばんがしら》の林|主馬《しゅめ》であった。どうして不縁になったかは記すまでもないだろうが、いちばん気の毒だったのは林主馬である。彼が養子にいって六月めに、頭をぐるぐる繃帯《ほうたい》して、ひどく悄気てやって来た。
「まことに相済まぬ次第ですが、助けると思って小三郎どのを引取って頂けまいか」
 頭を繃帯しているうえに、「助けると思って」などというから、孫太夫は驚くよりも寧ろ狼狽してしまった。
「ひとすじ縄ではゆかぬ伜とお断わり申した筈ではあるが、いったいどのような不始末を致したのですか」
「いやいや格別のことではござ[#「ござ」に傍点]らぬ、不始末などは決してござらんので、ただ拙者も家内も耳をやられましてな、初めはがんがん鳴るくらいでしたが、しだいに熱をもち痛みだしまして、医者にみせたところなんとやら申す炎症で、このまま置いてはやがて聾《つんぼ》にもなりかねぬという診断でござった」
 それが小三郎の饒舌のためとわかっては一言もない、すぐに手許《てもと》へ引取ったのであるが、これではもはや養子の望みもないと、上村夫妻は顔見合せて嘆息した。――ところがこの噂《うわさ》を聞いて里見平左衛門がやって来た、彼はその前年に一人息子を亡くしたので、自分が小三郎を貰おうというのである。孫太夫は辞退した、このうえ恥をかくのはまっぴらだからだ。
「いやその心配はない」平左は良心に賭けていった、「彼の饒舌や悪戯ぐらいわしの眼からすれば冗談くらいのものだ、またいちど貰い受ける以上いかなる事が起ころうとも引取って呉れなどとは申さぬ、これは天地神明に誓ってもいい」
 夫婦は相談をした。そして小三郎は里見へ養子にゆくことに定まった。これは十七歳の秋のことであったが、彼もこんどこそ家へは帰らない決心をしたのだろう、去るまえに隣りの津留と庭で会った。――彼女は十三歳になっていたが、相変らず頬のまるい、愛嬌のある眼の、いつも微笑している温和しい子だった。
「こんどは里見へ養子にゆくんだよ」彼は津留のえくぼ[#「えくぼ」に傍点]を見ながらいった、「あの伯父さんは強情っぱりのお饒舌りで私を一生叱って暮すつもりらしい、いい気なものさ、どっちが勝つかは見ていればわかるよ、――それでね、つう[#「つう」に傍点]ちゃん、私が家督をするときには迎えに来るからね、それまでちゃんと待っていてお呉れよ」
「ええ待っていてよ」津留はあどけない眼で彼を見た、「でもそれはずいぶん長いの?」
「そんなにも長くはないさ、普通なくらいだよ、伯父さんを馴らしちまうまでだからね、きっとだぜ」

[#6字下げ]三[#「三」は中見出し]

 良心に賭けて明言したにも拘らず、里見平左衛門は五十日そこそこでへた[#「へた」に傍点]ばった。平左が能弁の士であることは前に紹介した。従来いかなる場合にもその点でひけを取ったことはない、「なに小三郎ごときの饒舌が、――」こうせせら笑っていたのであるが、いざ一緒に住んでみるとそれが浅慮の至りだったということに気づいた。……まず親子の関係にしても、平左は里見へ養子に来てそのままおちついた、すなわち養父を一人持っただけだが、小三郎は三度も養子にいって戻り、こんどで四人めの養父を持つ訳であって、その経験と実績のひらきは小さくない。然も小三郎はその点をよく心得ているらしく、平左が怒ったりすると寛容な眼でなだめ労《いたわ》るように伯父を眺める。
 ――ええよくわかりますよ伯父さん、世の中はままにならないものです、生きるということはたいへんなものですよ、まあお互いに辛抱してやってゆきましょう。
 こんなふうにいうように思えるのであった。また次に饒舌の点でも、この甥は実に恐るべき敵であった。平左がなにか話し始めるとたん、彼はその話の鼻柱をひっ掴《つか》み、自分のほうへへし[#「へし」に傍点]曲げて奪い取る。例えば平左が馬の話を始めたとしよう。
「天下に名馬と伝えられるものも多いが」
 こう話し始めると、小三郎はにやりともせずに、「名馬といえば今日あの大川の側で面白いものを見ましたよ、御家老の松室《まつむろ》さんとこにはち[#「はち」に傍点]という犬がいるでしょう、仔牛くらいもある大きいやつで、いつか松室さんとこへ狼《おおかみ》が鶏を取りに来たとき食殺したことがありますね、足なんかこんなに太くって、頭なんかこれくらいあるでしょうね、柳町をあの犬が通ると両側の家じゃあ棚の物ががたがた揺れるんです」
「ばかも休み休みいえ、犬が通ったくらいで人間の住居が揺れて堪るか」
「伯父さんは知らないんだ、柳町は埋立てで地面が柔らかいんですから、私も見たけれど慥《たし》かに棚の物が音を立ててましたよ、でも面白いのはそんな事じゃないんです、そのくらいのはち[#「はち」に傍点]がですね、今日あの大川の堤のところで通せんぼ[#「せんぼ」に傍点]に遭《あ》ったんです、誰が通せんぼ[#「せんぼ」に傍点]したかっていうと斧田さんのはな[#「はな」に傍点]なんですよ、知っているでしょう、こんなちっぽけな、猫の仔《こ》みたいなちびの牝犬《めすいぬ》です、あいつが堤の道のまん中にちょこんと坐ってるんです、こんな顔をしてちょこんと坐ってるだけなんです、はち[#「はち」に傍点]は急いでるようでしたよ、どこそこまで急いでいかなくちゃならない、時間がないので気が気じゃないというふうなんです、でもはな[#「はな」に傍点]は動かないんです、知らん顔でそっぽを向いたり、時どきははち[#「はち」に傍点]のほうを見て欠伸《あくび》をしたりする、そしてはち[#「はち」に傍点]がちょっとでも前へ出ようとすると、『だめよ! きゃん!』って叱りつける、きゃん! だめよ、通っちゃだめよって、……するとはち[#「はち」に傍点]はさも悲しい困ったというように、鼻の頭をしかめてくうんくうん[#「くうんくうん」に傍点]って泣くんですよ、とても面白かった」
「ふーん」
 平左はついひきこまれる。
「そうすると犬でも人間でも男女の関係はおんなじことなんだな」そういってから、こんどこそ話題はこっちのものだと手を擦り、「おまえなどはまだわかるまいが、世の中はなにも強い者や利巧な者が勝つとは定っていない、譬《たと》えていえばあの法林院さまの御治世にだな」
「そうですとも伯父さん、世の中は強い者勝ちとは定まっちゃいませんよ、宮本武蔵が甲斐《かい》の山奥へいったときですね」
「待て待ておれはそんな剣術使いのことを話してるんじゃない、法林院さまの時に」
「法林院さまのことが出たからいうんですよ、あの殿さまはたいそう武術を御奨励なすったのでしょう、宮本武蔵は武芸の達人ですからね、それがなんと狸に化かされてさんざんなめ[#「め」に傍点]に遭ったんです、伯父さん甲斐のくにって知ってますか、甲斐の巨摩《こま》郡という処にですねえ」
 そして綿々と饒舌が続くのである、平左は我慢して聞く、辛抱づよく待っている、話がひと区切りつく隙を待兼ねて、「いやその物語も面白いがな、おれの若いときに城山の後ろで石棺を掘り出したことがある」
 こうやりだす、とたんに小三郎はその石棺をふんだくってしまう。
「石棺といえば伯父さん和田山から竜の骨が出たのを知っているでしょう、あのときは城下じゅうお祭りのような騒ぎでしたね、私は辻町のお祖父さんの家へ泊りにいってたんですけど、辻町の家の庭の泉水に――」
 平左衛門は腕組みをして眼をつむる、そして口惜しまぎれにぐうぐう空鼾《からいびき》をかき始めるのであった。……平左は自分の相手がいかに強敵であるかを知った、その甥は年齢を超越して遙《はる》かに平左より世故《せこ》に長《た》け、敏捷《びんしょう》で、人心の機微に通じ、円転滑脱で、利巧で、明朗に狡猾《こうかつ》である。いかなる面からしても平左には歯が立たなかった。
 ――たいへんなやつだ、とんでもない者を背負いこんだ。こう思って臍《ほぞ》を噛んだが、武士がいったん誓言した以上どうしたって上村へ戻す訳にはいかない、そうかといって一緒にいたんではこっちが身心耗弱してしまう、平左は苦しまぎれに計略をめぐらし、彼を元服させ宗兵衛と名乗らせたうえ、諸方に奔走して江戸詰のお役を貰うことに成功した。
「江戸には秀才がたくさんいる」平左は別れるときこう教訓を垂れた、「今日までのような思いあがった我儘《わがまま》な気持でいると辛いめに遭うぞ、宜しく謙虚|謙遜《けんそん》に身を持して、人にへりくだり饒舌を慎み」
 小三郎の宗兵衛は膝《ひざ》へ手を置き、神妙に頭を下げていたが、やがてすうすう空鼾をかきだしたのである。平左はそれを尻眼に見ながら、勝利の快感に酔って滔々《とうとう》と教訓を垂続けた。

[#6字下げ]四[#「四」は中見出し]

 宗兵衛は江戸へ出た。そしてそこに五年いた。この間には極めて複雑微妙な多くの経験をした、しかし物語の通例として、ここにはごく単純に紹介しなければならない。――まず島田右近という人物をお引合せしよう、これは宗兵衛より四つ年長で、家中随一の美男であり、才知すぐれたうえに謙譲で、主君|但馬守治成《たじまのかみはるしげ》の寵臣《ちょうしん》といわれている。父親は権兵衛といって、今は隠居しているが、家はずっと足軽組頭であった。右近はその一人息子である。足軽組頭の子が五百石の小姓組支配に出世し、なお主君の寵臣とまでいわれるようになったのだから、本来なら悪評も立つところだろうが、人をひきつける美貌と、謙遜で高ぶらない態度と、なによりも冴えた頭の良さとで、上からも下からも信頼されていたのである。
 宗兵衛は太田良左衛門という目付役の家に預けられた。そして小姓組にあがるとすぐ、この右近と特に親しくなった。どこに眼をつけたのか、右近のほうから彼に近づき、頻《しき》りに引立てて呉れたし、色いろと家中の情勢に就いて教えて呉れた。
「私を兄弟だとお思いなさい」右近はそんなふうにいった、「人の前ではそうもいかないが、二人のときは支配などという遠慮はいりません、出来るだけのお世話をしますから、なにかのときは相談をして下さい」
「私はこんなことをいわれたのは初めてですよ」宗兵衛はにやりと笑った、「国では私はたいへん評判が悪いんです、五つぐらいのときからあの悪たれ[#「たれ」に傍点]と遊ぶなっていわれたもんです、私の姿を見るといきなり怒るんですからね、まだなんにもしませんよっていうでしょう、するとまだしなくってもいまにする積りだろうって呶鳴るんです、やりきれやしない、子供が泣けばすぐ私のせいです、また上村の悪童かっていう訳です、――じゃあ兄弟だと思っていいんですね、ふうん、本当ですねそれは」
「本当ですとも」右近は微笑した、「国の御両親へ手紙でそう書いておやりになってもいいですよ、これこれの者が兄弟のように面倒をみて呉れるってですね」
「――そうしましょう」宗兵衛はちらと右近を眼尻で見た、「但し面倒をみて貰ってからですよ」
 以上の会話は両者の将来を暗示する重要なものであった。そのとき右近が彼のなかに自分の「強敵」を発見したことは慥《たし》からしい、そしていかなる犠牲を払っても味方に付けなければならぬと思ったようだ。――少し経ってから右近は家中に二派の対立があり、長年にわたって執拗《しつよう》に勢力争いをしているから、その渦中に巻込まれないようにと教えた。
「派閥の一方は御側用人の原田善兵衛どの、片方は御家老の浪江仲斎どの一派、国許《くにもと》はだいたい御家老派だし、そこもとの寄宿している太田良左衛門どのも浪江どの腹心でいらっしゃる、両派の主立った名をあげると」こういって右近はそれぞれ七八人ずつ名を告げた、「――そういう訳ですから、これらの人々とはなるべく深い交わりはしないようになさい」
「島田さんはどっちなんです」
「私はお上おひとりに御奉公するだけです、党派に拠って勢力を得ようなどとは思わない、そこもともここをよく考えないといけませんよ」
 御殿へ上って三十日ほど経つと、ようやく御前の勤めをするようになった。これも右近の特別な計らいで、普通だと少なくとも一年はかかるのである。このときも右近は懇切に勤めの心得を説き聞かせた。
「格別むずかしい事はないが、殿には憂鬱症の痼疾《こしつ》があって、やかましい事うるさい事がなによりお嫌いです、無言、静粛、謹慎、これが絶対の戒律だからそのお積りで」だがそっと肩を叩いてこう付加えた、「けれども万一ご機嫌を損ずるようなことがあったらそうお云いなさい、私がどうにでもしてお執成《とりなし》をしてあげます、わかりましたね」
 御前には彼のほかに三人詰めていた。成沢兵馬、松井金之助、友田大二郎という、――なるほど右近のいうとおりかれらは無言、静粛、謹慎であった。初めての日は殿さまは書物を読んでいらしったが、三人は糊付《のりづ》けにしたように硬ばった顔で、木像のようにきちんと端坐していた。――前の日お目見得をして、三人にもそれぞれ紹介されている。暫く黙って坐っていたが、口がむずむずし始め、舌が痒《かゆ》くなって来た。彼はふと振返っていった。
「おい成沢、おまえお国へいったことがあるか」
 大きな声である。三人はびくりとしたが、成沢は返辞もしないし、こっちを見もしなかった。
「松井はいったことがあるかい、友田は、――みんないったことはないんだね、それじゃお城も知らないし大川も日和山も知らないだろう」
 成沢兵馬が「えへん」と咳《せき》をした。それから眼尻でこっちをぐっと睨んだ。宗兵衛はしまったというように首を竦《すく》めながら、すばやく上座のほうを見た。但馬守がこっちを見ていた。――治成は五十一歳で、髪毛《かみ》の半分白くなった、固肥りの、癇《かん》の強そうな老人である、なかでも眼にたいそう威力があって、睨まれると五躰が竦むといわれていた。
「御免下さい殿さま」宗兵衛は治成のほうへこういった、「お邪魔をして悪うございました、みんながお国の事を知らないらしいので、御奉公をしながら御本城の土地を知らなくては心細いだろうと思って話してやろうと思ったんです、殿さまは御存じですか」
 三人は仰天し、中でも成沢兵馬は眼を剥《む》きながら宗兵衛の膝を突ついた。――治成は眉をひそめた。そしてこの恐れげもない少年をぐっと睨んだ。
「知っていたらどうする」
「本当に御存じなんですか」彼は疑わしそうにこういった、「御存じだとすると私は少し困ることになるんですが、なぜかといえばですね、通町の駕源《かごげん》……駕屋の源助の店でもいっているし、馬喰の竹造のところでも、そのほか方々でいっているんですけど、――こんなことをいってもいいでしょうか、殿さまはすぐお怒りになりますか、怒りっぽいとすると云わないほうがいいと思うんです」
「そう思ったら黙れ」治成は口をへの字なりにした、「勤め中は饒舌るな」
 宗兵衛は黙った。治成は「なんという奴だ」と口の内で呟《つぶや》きながら、ふたたび書物に眼を向けた。――暫くすると宗兵衛が大きな欠伸をした。「あああ」と声をあげ、両肱《りょうひじ》を張って公然とやってのけた。三人はまた仰天したが、治成は書物を見たまま聞かない振りをしていた。――宗兵衛は膝をもじもじさせたり、手で顔を撫《な》でたりしていたが、ふとなにか思いだしたというように振返った。
「おい成沢、おまえ御家老の組か、それとも御側用人の組か――両方は仲が悪いんだってなあ、御家老の……ああいけないまた饒舌っちゃった」
 彼は上座のほうへ叩頭《おじぎ》した。
「殿さま御免下さい、ついまた口をきいてしまいましたけれどお邪魔になりましたでしょうか」
 治成はぱたりと書物を閉じ、とびだしそうな眼でこっちを睨んだが、憤然と立ち、黙ってさっさと奥へいってしまった。――するとそれを見送っていた成沢兵馬が、顔をまっ赤にして立ち上り、「おい里見、ちょっとお庭まで来い」といった。友田と松井が左右を塞《ふさ》ぐ、宗兵衛はにこっと笑って、いわれるままに廊下へ出ていった。――詰所の脇から御殿の裏庭へ出る、厩《うまや》をまわって櫟《くぬぎ》林の処まで来ると、成沢が振返って拳《こぶし》を握った。
「貴様さっきおい成沢といったな、おい成沢とはなんだ」
「気に障ったら勘弁して呉れよ」宗兵衛はにこっと笑った、「おれはみんなと轡《くつわ》を並べて御奉公する積りなんだ、御前の御奉公は戦場御馬前と同じだから、みんなとは生死を共にする戦友だと思うんだ、成沢さんだの成沢うじだのって他人行儀なことをいっては済まないと思ったんだよ、国じゃあ誰とでもそう呼び合っていたしそうするほうが早く親しくもなるからさ、でもおまえが気に障るなら」
「黙れ」こう喚きざま兵馬は拳骨《げんこつ》でいきなり殴りつけた、「おれは貴様などにおまえと呼ばれるいわれはないぞ」
 力いっぱい殴られて宗兵衛の頭がぐらりと揺れた。彼は眼を瞠った。生れて初めて人に殴られたのである、あっけにとられて、大きな眼でじっと兵馬をみつめていたが、やがて振返って松井と友田を見た。
「成沢とおれだけで話したいんだ、済まないが二人はちょっと向うへいっていて呉れないか、すぐ済むからね」
 二人は兵馬を見た、兵馬が頷《うなず》いたので、二人は厩のほうへ去った。――宗兵衛はかれらが見えなくなると、櫟林の方へ兵馬を促していって、静かに相対して立った。
「おい、成沢」彼は低い声でこういった、「おまえその眼は見えるのか、――おまえの頭の両側にくっ付いている耳は聞えないのか」
「この土百姓、おれの腰には刀があるぞ」
「拳骨のつぎは刀か、たわけ者、底抜けの頓知奇《とんちき》、明き盲人《めくら》でかなつんぼで馬鹿とくりゃあ世話あねえ、そんな阿呆《あほう》がお側に付いているから家中が揉《も》めるんだ、やってみろ、憚《はばか》りながらこっちは摩利支天のダチドコロだ、そんな青瓢箪《あおびょうたん》の芋虫野郎とは出来が違わあ、ざまあみろ」
 兵馬はとびかかった。宗兵衛は風のように身を躱《かわ》した。そして二人は櫟林の中へ眼にもとまらぬ早さでとび込んでいった。
 それから約三十分、櫟林の向うの草地に、二人はへたばったまま話をしていた。着物も袴も引裂けたうえに泥まみれである、髪毛はばらばらだし、どっちも眼のまわりを紫色に腫《は》らし、額や頭に瘤《こぶ》をだしていた。――兵馬は土を噛んだとみえ、頻《しき》りに唾を吐きながら、「うん、うん」と頷く。宗兵衛はもげた袖を肩へ捲《まく》りあげ捲りあげ話し続けた。
「大人はだめだ、みんなふやけ[#「ふやけ」に傍点]ちゃってる、島田右近なんかを有能な人間と思うなんてばかばかしい、あいつは骨の髄からのまやかし者だぞ」
「貴様はたいへんな奴だ」兵馬がいった、「来て百日も経たないのに、おれが十年見ていたことを見てしまった、その勘が慥かなものなら話したいことがある」
「おまえはそういう眼をしていたよ兵馬」宗兵衛はにこっと笑った、「おれは国許でもそう思ったが江戸へ来てからもそう思った、大人はすっかり腐っている、こいつはおれたちがなんとかしなくっちゃいけないってさ、――そしておまえの顔に同じことが書いてあるのをみつけたんだよ、成沢の年は幾つだ」
「貴様より二つ上の十九だ」
「年だけのことはありそうだ、今夜おまえの処へゆくぞ」

[#6字下げ]五[#「五」は中見出し]

 成沢兵馬とどのような相談をしたかはわからないが、宗兵衛の饒舌は相変らずであった。但馬守治成は好んで書を読む、憂鬱症であるかどうか知らないが、書物を読むこと以外になにごとも興味がならしい。政治にも殆んど無関心で、常には側用人にも家老にも会うことがなく、必要な場合はたいてい島田右近の取次ぎで済ませる、そしてただ書物を読み暮しているのである。――従って侍《じ》している小姓たちは沈黙静粛を守るのが定まりであったが、宗兵衛は初めの日以来その定まりを少しも守らなかった。治成に睨まれると恐れ入ってあやまる、だがその舌の乾かぬうちにすぐまた始めるのであった。治成が怒って「出ておれ」というと廊下へ出てゆくが、そこでまた独りでお饒舌りをやりだす。
「人間はどうして大人になるとああぼけてしまうんだろう、瀬戸物の卵を蛇が呑むなんて、呑んじまってから吃驚して、尻尾のほうから石垣の穴へ逆に入るなんて」こんなことを大きな声でいうのである、「――すると腹の中で卵がこか[#「こか」に傍点]れてしまいに口から転がり出るなんて、内野のおびんずる[#「おびんずる」に傍点]までがいい年をして本気にしてるんだから厭《いや》んなっちまう」
 治成が「えへん」と咳をした。警告の積りである、ところが宗兵衛は「はい」と答えてずんずん戻って来る、そして平気でこう治成に問いかけるのであった。
「殿さま、牝鶏に瀬戸物で作った卵を抱かせるのを御存じですか、産んだ卵を取上げてばかりいると牝鶏が卵を抱かなくなるのですって、それで擬《まが》いの卵を抱かせるっていうんです、瀬戸物で作って本当の卵そっくりに出来ているんです、それを蛇が間違えるっていうんですけれど御存じですか」
 治成は眼をあげてぎろりと睨み、もういちど「えへん」と咳ばらいする、だが、宗兵衛はけろりとした顔で続けた。
「蛇は本当の卵と間違えてそいつを呑んじまうんだそうです、呑んじまってから瀬戸物だということに気がつく、すると蛇はずるずる石垣のほうへ這《は》っていって、小さな穴をみつけて、尻尾の尖《さき》から段々に入ってゆくのですって、そうすれば腹の中の瀬戸物の卵はしぜんとこき[#「こき」に傍点]出されて、口からぴょこんと転げ出す、こんな話を大人がよくするんです、内野のおびんずる[#「おびんずる」に傍点]も秋山の猿面《さるめん》もそういいました、――実に虫けらなどと申しても蛇などの知恵にはほとほと感じ入るなんて、おびんずる[#「おびんずる」に傍点]なんか酒を飲むたびにきまってこの話をするんですけど、大人ってまったく理屈のわからない頭の悪いんだと思います」
「その話のどこが可笑《おか》しいのだ」治成がひょいとつり込まれた、「余も聞いたことがあるが、どうして無理屈だというのだ」
「あれっ」宗兵衛は眼を瞠る、「殿さまも本当にしていらっしゃるんですか、へえ――驚いた、そんなに本を読んでいらっしゃって馬鹿げた話をお信じなさるんですか、――では伺いますけれど、蛇は卵を捜しに来るんでしょうか、喰べ物を捜しに来るんでしょうか、あの長い舌でぺろぺろと触ったとき、本当の卵か瀬戸物かがわからないでしょうか、おまけにですね殿さま、蛇の鱗《うろこ》は頭から尻尾のほうへ重なっているんで、躯をしごくような小さな穴へ逆に入れば、鱗が逆にこか[#「こか」に傍点]れて死んじまいますよ、そんなことも御存じないんでしょうか」
「口が過ぎるぞ宗兵衛、黙れ」
 宗兵衛は黙る、しかし口の中でかなりはっきりと呟く。
「おれが黙ったって嘘が本当になりやしない、人間にはお毒見役やらお味見なんかいるから、騙されて毒を盛られたり腐った物を食わされて知らずにいるんだ、蛇には毒見も味見もいない代りに、偽か本物かをちゃんと見分ける知恵がある、へっ、なっちゃねえや」
 声が高いからかなりはっきり聞えた。――治成は怒った、書物をぱたりと閉じ、さっと顔を赤くしながら片膝を立て、左手はすぐ脇の刀を掴んでいた。本気で斬る積りだったか、単に習性からきた動作かわからないが、とにかく刀を掴んだことは慥かである。松井、友田、成沢の三人は蒼《あお》くなった、しかし治成は刀から手を放し、立ち上って大股《おおまた》に奥へ去ってしまった。
 御前お構いになるかと思ったが、その沙汰もなく、寧ろそれからは宗兵衛の饒舌を幾らか進んでお聞きなさるようになったからふしぎである。――だが宗兵衛はただ御前でお饒舌りをするだけではなかった。暇さえあると何処《どこ》へでも出張して饒舌った、どの役部屋へもずんずん入ってゆく、躯が小柄なうえに愛嬌《あいきょう》のある顔で、天真爛漫に話しかけられるからたいていの者がすぐまるめこまれてしまう。
「ええついこのあいだ国許から来たんです、悪戯がひどいからって追っ払われて来たんですけど、このうちでもすぐ追っ払われるだろうと思ってるんです、――向うにいる肥った人は誰ですか、へえ、あれが勘定奉行ですって、……へえ、全部そうですか」
「全部って、なにが全部だ」
「だってずいぶん肥ってずいぶん巨きいじゃありませんか、あれだけすっかりこみ[#「こみ」に傍点]で勘定奉行だとすると勿体ないみたいですねえ」
 この勘定奉行には後に拳骨を一つ貰ったが、その代りひどく好かれて、ゆきさえすれば茶と菓子を取って置いて呉れるようになった。――こんな調子で大目付へも納戸役へも、老職や寄合の溜りへも、奉行役所へも馬廻りへもすっかり顔を売ってしまった。到る処の人たちと親しくなり、到る処へ自由に出入りをする、そして御殿じゅう(奥を別にして)彼の姿の見えない場所はないという程になった。
 島田右近はよく彼を諸方へ伴れて出た。よほど宗兵衛をみこんだのだろう、柳橋あたりの旗亭《きてい》だの、深川の芸妓だの、新吉原だの歌舞伎だのという、公然とはいきにくい処へ伴れてゆく、例のいやに丁寧な言葉使いで、「世間を知るにはこういう経験がいちばんです、しかしこれは二人だけの内証ですよ」などといいながら、そして女たちには「私の弟分だから大切にたのむ」こういって引合せた。――右近は何処でもたいへん歓迎され大事にされた。よっぽどのいい客なんだろう、自然こっちも女たちがうるさくちやほやする。普通なら大いに衒《て》れる年頃だが、そんな場所でも彼は平気の平左であった。右近が女の一人とどこかよその座敷へゆき、彼だけ女たちの中に残されても、例のお饒舌りでたいてい彼女らを煙に巻いてしまう。
「そんな偉そうなませたことを仰しゃったって、宗さまはまだ女の肌も御存じないんでしょ」
「ばかだね、おれの国は早く嫁を貰うんで有名じゃないか、おれは少しおくて[#「おくて」に傍点]だから遅かったけど、それでも去年もう結婚して、この夏には子が生れてるよ、御用人の原田さん、――知ってるだろう原田善兵衛さんさ」
 女たちは黙ってちら[#「ちら」に傍点]と眼を見交《みか》わす。
「なんで変な眼つきをするんだ、おれはみんな知ってるんだよ、御家老の浪江さんだって来るじゃないか」宗兵衛の眼がすばやく女たちの表情を見て取る、「――御用人は十四で結婚したし浪江のおやじも慥か十五で子持ちになった筈だ、みんな聞いたことないかい」
「あら嘘だわ、なあ[#「なあ」に傍点]様はお子が無くって御養子だって伺ってますよ、ねえ」
「だからさ、ばかだね、十五でもう養子を貰うほど早婚なんじゃないか」平然たるものだ、「島田の兄貴はあんな人間だから、初めは御家老のたいへんなお気に入りでね、初めはあれが養子に貰われようとしたのさ、ところがちょっとへま[#「へま」に傍点]をしたんでね、この頃は原田さんとばかり遊びに来るだろう――」
「あら厭だ、今だってなあ[#「なあ」に傍点]様はたいへんな御信用だわ、はあ[#「はあ」に傍点]様もなあ[#「なあ」に傍点]様も、お二人ともまるで手玉に取られてるかたちよ、ねえ」
「しい[#「しい」に傍点]さんときたら凄腕《すごうで》だからね」余り縹緻《きりょう》のよくない女が口を入れた、「この土地だけでも五人はもう泣かされてるし、こんどは駒弥さんでしょ、そのうえ代地河岸《だいちがし》なんぞへは素人衆の娘さんを伴れ込むっていうんだから」
「ああそれは相庄《あいしょう》とかいう御用達の……」
「ばかねえおまえさんたち」年増の一人が慌てて手を振った、「そんなにお客さまの蔭口をべらべら饒舌るってことがありますか、自分に関けいのないことは黙ってるのよ」
 こんなことは二度や三度ではない、宗兵衛はその神技ともいうべき舌わざ[#「わざ」に傍点]で、ずいぶん多くの秘事《ひめごと》をさりげなく聞き出したものであった。――家老と用人との対立抗争は、但馬守の無為閉居に依って近来|頓《とみ》に烈しくなり、或る点では政治の運用を妨げる状態さえ現われていた。政治を行うべき人間が政治を忘れ、己が権力の拡充に専念するようになっては国は成り立ってゆかない。それは現に藩の財政に表われてきた、士風も頽廃《たいはい》に傾いている、そして国許領民の生活がしだいに苦しくなりつつあるのを、宗兵衛はその眼で見、耳に聞いて来たのである。
「おい面白いぞ成沢」宗兵衛は兵馬の家を訪ねて笑いながらいった、「大きな腫物《できもの》をね、藪医者《やぶいしゃ》が集まって眺めてるんだ、その患者をどうして自分のものにするか思案投げ首でね、腫物を治す方法は知りあしない、一人が頭を冷やせといえば片方は腹へ温石《おんじゃく》を当てろという、しかもそういいながら温石を当てもせず冷やしもしないで、ひたすら患者を自分のものにすることばかり考えている」
「詰らない譬《たと》え話はたくさんだ、おれも話したいことがあるが、そっちもなにか用があって来たんだろう」
「島田右近を追っ払うんだ、あいつを江戸から追い出せばあとの始末が楽になる、あいつにとっても誘惑の多い江戸より田舎のほうが身のためさ」
「それと藪医者となんの関係があるんだ」
「おまえの口とその不恰好な鼻とは関係がないか」宗兵衛はもう立ち上っていた、「暢《のん》びりしたことをいうなよ兵馬、おまえ二十《はたち》になってからだいぶ大人の愚鈍が出はじめたぞ」
「貴様も十八になって口が悪くなった、おれがいいたいのはこうだ、右近がもし藪医者共と重要な関係があるとしたら、おれが国詰にならないまえに追い出して貰いたい」
「おまえが国詰になるって――」
 宗兵衛はまた坐った。
「貴様がいつか御前でいったろう、御奉公をするのにお国許のことを知らなくて不便ではないかって、――あれが右近から年寄たちに聞えて、今年から五人ずつ選ばれて国詰をすることになったんだ」

[#6字下げ]六[#「六」は中見出し]

「選ばれたのは誰と誰だ、そして国には何年いるんだ」
「小姓組ではおれと松井、馬廻りから林大助、書院番から石河忠弥と村上藤五郎という顔触れで、いつか話したとおり右近に睨まれている者ばかりだ、任期は三年と聞いている」
「ふむ――」宗兵衛は珍しく眉をひそめた、「やっぱり右近のほうが賢いな、あいつは馬鹿じゃない、ふん、……仕方がない国へゆくんだよ兵馬、いい経験になるぜ」
「それで後をどうするんだ、おれたち五人いっちまったらもう誰もいやしないぜ」
「腫物の切開ぐらいおれ一人でたくさんだ、どうせ右近の奴は国へ追っ払うが、あっちへいってからも決して油断はならない、そこをおまえに頼もうじゃないか、こっちは引受けたよ」
 二月になると成沢兵馬はじめ五人の者は国許へ立っていった。それより少しまえに但馬守の意志で宗兵衛は昌平坂学問所へ入学し、また柳生の道場へ入門した。それで御前勤めは三日に一度ずつとなったが、治成の彼に対する態度は眼立って親しさを増していった。
「学問所や道場の友人には気をつけぬといかんぞ」治成は或るときこういった、「江戸には色いろと風儀の悪いところがあって、うっかり染まると身を誤ることになる、人に誘われてもさような場所へは決していってはならぬ」
「そんな処へ誘う者はまだいません」宗兵衛は明朗な眼つきで答える、「けれども内証でなら、もうずいぶん度々いったことがあります」
「内証ならと、――いったいどういう意味だ」
「誰にもいってはいけないんです、島田さんがそう念を押しました、これはおれとおまえだけの内証なんだ、誰にもいってはいけないぞっていいました、そして柳橋の茶屋だの深川の芸妓だの、新吉原の遊女だの色いろと案内してくれたんです、殿さまも御存じですか」
 治成は眼を瞠った。宗兵衛の平気な顔と、話の内容の意外さとに戸惑いをした感じである。だが宗兵衛はそ知らぬ態でぺらぺらと饒舌り続けた。
「深川では尾花家というのへよくゆきました、島田さんが大事にされることはたいへんなものです、女たちの話ではもう五人も泣かせていて、こんどは駒弥という女が泣かされる番だっていってました、島田さんは凄腕だから、泣かされると承知でみんな迷うんだって話していました」宗兵衛はにこっと笑う、「それからこれも内証ですけど、新吉原の中万字楼という家にたいそう島田さんにおっこち[#「おっこち」に傍点]の女があるそうです、おっこち[#「おっこち」に傍点]とは熱々《あつあつ》のことだっていいますが私は訳は知りません、その女は勤めの身だけど島田さんのためならどんな達引《たてひき》もしてくれて、おまはんのためなら命もいりいせんよう、捨てなさんしたら化けて出えすによう、なんていって塩豆を食うそうです、――でもこれはみんな内証だそうですから」
 治成はぐっと眼を怒らせた。
「それはみんな、そのほうが右近と一緒にいって見聞きしたことか」
「ええそうです、島田さんは私にもっと面白い処を案内してやると約束してくれました、その代りお互い兄弟同様にして、善い事も悪い事も助け合ってゆこうという訳ですけれど、――でもこれも内証だそうですから」
 治成は「やめろ」といって座を立った。そして宗兵衛を上からじっと眺めていた、彼の饒舌が虚心のものであるか、それともなにか含んでいるかを見極めるように、それから低い声でこういった。
「右近は内証だと申したのだな、人に話しては困ると申したのだな」
「そうです、そういって、幾たびも念を押しました」
「それならどうして饒舌るのだ、内証だと口止めをされたら、どんな事があろうとも黙っているのが武士の嗜《たしな》みではないか」
「はあ、そうでしょうか――」宗兵衛はけげんそうに治成を見上げた、「でも殿さま、私をそういう場所へ伴れていったり、そんな話をしてくれたのは島田さんですけど」
「さればこそ内密だと念を押したのであろうが」
「そうなんです、はあ、――」宗兵衛はなおけげんそうに治成を見た、「ですから、私が話したって構わないと思うんですけど」
「妙なことを申すな、だから構わないとはどういう訳だ」
「だって殿さま、人には黙っていろ内証だぞっていう島田さん当人でさえ内証にして置けないくらいなんですから、そのくらい面白いんですから、別に迷惑もなんにもしない私が饒舌りたくなるのは、当りまえじゃないでしょうか」
 そして明朗な眼つきでにこっと笑った。治成は口をあいた、真向《まっこう》から面を叩かれたような顔つきである。なにかいおうとして「き」というような音声を二度ばかり漏らしたが、そのまま踵《きびす》を返して奥へ去ってしまった。――十日ばかり経って島田右近は国詰を命ぜられた。治成が色いろ調べた結果、宗兵衛の話が事実であり、なお不始末の数かずがあらわれたもののようであった。治成が右近を呼び、人払いをして烈しく叱咤《しった》するのを、宗兵衛は蔭にいて聞いた。それはいつも沈鬱な治成に似合わない烈しい火のような調子であった。
「人の信頼を裏切るのは人間として最も陋劣《ろうれつ》なことだぞ」とか、「恥じて死なぬか」とか、「黙れ、まだ云いのがれを申すか」などというのが聞えた。右近はやがて泣きだしたらしい、そして哀切に長ながと懺悔《ざんげ》をするようすだった、綿々たる哀調と啜《すす》り泣きの声が宗兵衛でさえ哀れを催すほど長ながと続いた。治成は怒りの声を柔らげた。「国へゆけ、いちどだけ機会を与えてやる、やり直してみろ」こういうのが聞えた。そして右近はまた激しく泣いたのである。
 島田右近が国詰になったことは、江戸邸のあらゆる人々を驚かせた。治成は別に不始末の罪を挙げはしなかった、否、国詰ではあるが町奉行という職を命じたので、寧ろ栄転でさえあったのだが、それでも側用人以上の実権を持っていた位置と、較べるもののない君寵から放された事実は明らかに「失脚」であることを掩《おお》えなかった。――主君側近の情勢が変ったのである。あれほど寵の篤かった右近が逐われた、彼に代るのは何者であろう。凡ての人々の注意がそこに集まったのである。
 浪江仲斎も原田善兵衛も、この折とばかり主君に近づこうとした。しかし治成は定日にほんの形式だけ政務を見るだけで、誰をも寄付けようとしなかった。――国へ遣られた成沢と松井の代りに二人の小姓が挙げられたが、最も側近く仕えるのは宗兵衛ひとりである。そしてこの頃では閉居することが少なくなり、的場へ出て弓を引いたり、番たび馬をせめたりする、そして宗兵衛を伴れて朝に夕に奥庭を歩くようになった。……宗兵衛のお饒舌りは相変らずであるが、どうやら今はそれが面白いらしく、一方では叱りながら、時には声をだして笑うことも珍しくなくなった。家中の人々はこの変り方に驚くと共に、それが宗兵衛のためであり、右近に代る者が彼だということを明らかに認めた。
 ――主君の寵は宗兵衛に移った。
 原田善兵衛も浪江仲斎もそう見て取り、すぐさま宗兵衛の抱き込みにかかった。宗兵衛はどちらの招きにも応じ、どちらとも親しくなった。しばしば会い、熟《と》く語ってみると、年に似合わぬ宗兵衛の才知がわかる。仲斎は「こいつ大した人間だ」と舌を巻き、善兵衛は「これこそ味方の柱石になる」と惚《ほ》れ込んだ。両者は互いに彼を腹心の人間にしようと努め、いずれも自派の秘密や策動をうちあけ、また参画させた。
「御家を万代の安きに置くには、暗愚に在《おわ》す弥太郎君を排し、御二男ながら英生の資ある亀之助君を世子に立てねばならぬ」浪江仲斎はこういった、「折ある毎にその旨を殿へ言上《ごんじょう》して貰いたい」
「御家老一派は御二男を世子に直そうとするようだが、これは順逆に戻《もと》る大悪である」原田善兵衛はこういきまいた、「いかにも弥太郎君は些《いささ》かお知恵が鈍く在すようであるが、その代り御壮健で御子孫御繁栄には申し分がない、また藩には執政職があるから、主君は寧ろ暗愚の方のほうが無事である」
 これを突詰めると仲斎は亀之助、原田派は弥太郎、おのおの擁立する世子に拠って、己が権勢を張ろうとしているのである。そして各自の党勢を拡充するために、鎬《しのぎ》を削って買収し周旋し籠絡《ろうらく》に努めている訳だ。――宗兵衛は両派の内情や、策謀、秘略に詳しく通ずるようになると、巧みに機を掴んで活動し始めた。といっても別に大した事ではない、ただ片方の秘密を片方へ饒舌るだけである。
「原田さんは柳橋になんとかいう女の人を囲って置く家があるそうですね」彼は原田善兵衛に向ってこういう、「その女の人はお侠《きゃん》で面白いんですってね、浪江さんのほうで少しお金を遣ってなにしたら、その柳橋の人は原田さんの事をべらべらすっかり話してくれたっていっていますよ、御存じですか、なんでも深川のほうの事までわかっちまったらしいですよ」
 また浪江仲斎に向ってもこう語る。
「岸本孫太夫という人がいますね、あの人はたいそう賢いですね、御家老にも引立てて貰ってるし、原田さんにも特別ひいき[#「ひいき」に傍点]にされているらしいんです、御家老はあの人になにか書いた物をお預けになったでしょう、あの人はすぐにその写しを拵《こしら》えて、原田さんとこへ持っていって、そしてかなりたくさんお礼を貰ったそうですよ」
 こんな風に始めたのである。明朗な顔をして、あけすけにずばずばと饒舌る。どんな重大な秘密でも、お構いなしだ。こっちの事をあっちへ、あっちの事をこっちへ。――これは明らかに不信であり裏切りであり内通であって、しかも必ず暴露すべき性質のものである。さよう、やがて総ての明らさまになるときが来た、城中の黒書院で原田善兵衛と浪江仲斎とが正面衝突をしたのである。

[#6字下げ]七[#「七」は中見出し]

 原因はごく些細なことであった。喧嘩とか戦争などというものは必ず些細な事から始まる、仲斎が老人だけに嵩《かさ》にかかって云い募《つの》り善兵衛がこれに応じた。綿に包んだ針のような言葉が、釘《くぎ》となり槍となり火を発して、ついに互いの密謀摘発に及んだ。
「お手前がそれをいうならわしも申そう」仲斎は鼻の頭に汗をかきだした、「きれいな顔をして洒落《しゃれ》れたことをいわれるが、お手前は邸の外に卑しき女を囲い、しばしば徒党と密会してあらぬ企みをめぐらせておるではないか」
「はっはっは」善兵衛は蒼くなった、「人の事を曝《あば》くまえに御自分の乱行をお隠しなされたらようござろう、深川|櫓下《やぐらした》などの茶屋へ出入りをし、若い芸妓にうつつをぬかしておられるは何人でござろうか」
「わしが一度や二度なにしたからといってなんだ、そこもとは岸本孫太夫などを手先に使って、岡っ引かなんぞのように人のふところを探り、陰謀の種にしようとしたではないか」
「岸本を手先に使ったのは御家老でござろう、彼奴《きゃつ》めぬけぬけと味方顔をして、有る事ない事そちらへ通謀してまいった、拙者が手先に使ったなどとは真赤な嘘でござる、また陰謀のなんのと申されるが、御家老とそ一味を語らい、御正嫡を廃して御二男を直し奉ろうなどと」
「なに、なに、誰がさような根もなきことを」
「これが根もなきことなら、拙者に対する御家老のお言葉はまったくの虚言でござる」
「ばかなことを申せ、こっちにはちゃんと証人がおる」
「証人ならこっちにもおりますぞ、ひとつその人間に会わせて頂きますかな」
「なんでもないすぐに此処《ここ》へ呼んでみせる、しかしお手前の証人も呼ぶことができるだろうな」
「ぞうさもござらぬ、これ――」
 善兵衛が振返って人を呼ぶと、「はい」と答えて里見宗兵衛が出て来た。これまでの問答を聞いていたのだろう、しかし少しも恐れるようすがなく、にこにこしながら入って来て、二人の中間へ坐った。
「これ宗兵衛」
「これ宗兵衛」
 仲斎と善兵衛が同時にいった。そして吃驚して互いに顔を見合せ、すぐに振返ってまた一緒に、「そのほう拙者に申したことを」と同音にいいかけ、また吃驚し、次に怒って、「お黙りなされこれは拙者の証《あかし》でござる」
「黙らっしゃいこれはわしの証人じゃ」
 互いに叫んで、それから「あっ」と、これも同音に声をあげた。二人はようやく了解したのである、どっちにとっても宗兵衛が証人であった、即ち宗兵衛に依って互いに互いの秘密や策謀を知ったのだということを――。
「ええそうなんです」宗兵衛はにこにこと二人の顔を眺めた、「みんな本当ですよ、御家老に申上げたことも御用人に申上げたことも本当です、私はちゃんと証人になりますよ」
 二人の驚愕《きょうがく》はどんなだったろう、仲斎も善兵衛も唖然《あぜん》として眼を剥き、棒を呑んだように反った。それから烈火のように忿怒《ふんぬ》におそわれ、「この痴《し》れ者」と脇差の柄に手を掛けて立ち上った、その刹那《せつな》である、上段の襖《ふすま》が明いて、但馬守治成がつかつかと現われ、「両人とも待とうぞ」と鋭い声で叱咤した。二人は雷にでも撃たれたようにそこへ平伏した。但馬守は上段の端まで来て、これまでになく歯切れのよい口調でこういった。
「ここでの始終はみな聞いた、但し両人の秘事に就いてはなにも覚えてはおらぬ、ただ、――その秘事を宗兵衛がそのほうども両人に通じたこと、それを怒ってそのほうどもが彼を成敗しようとした事はけしからんぞ」
 家老と用人は、肩で息をしていた。
「なぜとならばだ、そのほうどもは他人に知られてならぬ秘事をそのほうども自ら宗兵衛に話したではないか、秘事を知られては迷惑するそのほうども自身でさえ彼に明かしたとすれば、なんの利害もない宗兵衛がそれを他へ語るのは当然ではないか」治成はこういって宗兵衛を見、どうだというように唇を歪《ゆが》めてみせた、「――宗兵衛を責むるなら、まず彼に秘事を明かした己れ自らを責むるがよい、どうだ両人、仲斎、……善兵衛、これでも宗兵衛に罪ありと思うか」
 宗兵衛の説をそのまま流用して、みどとに二人の頭を抑えた。仲斎も善兵衛も返答なし、ただ恐れ入って平伏するのみだった。――かくて事態は意外な方へ旋回した、気がついてみると、用人派は家老派のあらゆる秘密策謀を知っているし、家老派は用人派の謀略秘策の詳細を知った、各派は対者の骨髄まで知ると同時に、自らの骨髄をも対者に曝けだしている、詰り両派はお互いにとって硝子壜《ガラスびん》の如く透明であり赤裸々である。ということは、もはや「いかなる秘密も謀略も存在しない」ということであった。贅言《ぜいげん》無用、両派は互いに了解し和睦《わぼく》し提携した、それが互いに身の安全を保つ唯一の方法ではあったが、とにかく長い確執はここに終止符を打ったのである。
「槍で千石ということはあるが、そのほうは舌で千石取るやつだ」治成はこういって宗兵衛を睨んだ、「前代未聞の饒舌だ、しかし気をつけるがいい、舌は禍いの因《もと》ということもある、図に乗ってはならんぞ」
 宗兵衛は二十二の年に国許へ帰った。
 但馬守治成が二男亀之助に家を譲り、隠居のうえ帰国するのに扈従《こしょう》したのである。――治成は世を譲るとき、彼を亀之助に付ける積りでいたが、隠居する身の心ぼそさと、もう二三年は手許で仕込みたいと思ったのとで、そのまま国へ伴れ帰ったのであった。――五年ぶりの帰国である。背丈も五尺七寸を越し、筋骨も逞《たくま》しくなり、相貌も堂々としてきた。待っていた平左衛門夫婦の喜びはいうまでもない、殿の寵も篤く家中の信望も大きいということは聞いていた、おまけに見違えるほど尾鰭《おひれ》の付いた成人ぶりだから、平左衛門などは眼尻を下げて悦にいった。――そしてこれならもうあの癖も直ったろう、こう思ったのであるが、どう致しまして、まず風呂へ入れたが風呂の中からもうお饒舌りを始めた。
「江戸という処はね伯母さん、いや母上、聞えますか、江戸という処は家だらけ橋だらけですよ、初めのうちは吃驚しましたねえ、どっちを見ても家だらけだし、どっちへいっても橋にぶっつかるんです、それがみんな人間が住んでるんですからね、え? いや橋に人間は住みやしません家ですよ、そしてお信じになれないかも知れませんが、その上を一日じゅう人や馬や駕や車が、ひっきりなしに通ります、え? いやもちろん家じゃありません、家の上を馬や人間は通れやしません、橋ですよ、橋の上の話です」
「風呂を出てから話せ」平左がついに堪りかねて呶鳴《どな》る、「隣り近所へ筒抜けではないか、子供ではあるまいし少し静かにしろ」
「やあ伯父さんも、じゃあない父上も聞いていらしったんですか、いまいったのは本当なんですよ、その次に驚いたのは犬です」こんどは前より声が高い、「伊勢屋いなり[#「いなり」に傍点]に犬の糞というくらいで、町を一丁歩くうちに十|疋《ぴき》や二十疋犬のいないことは……」
「ちっとも治ってはいくさらん」平左は鼻嵐を吹きながら舌打をした、「治るどころか寧ろ磨きをかけて来くさった、なんという――」
 そして庭へと逃げだしていった。――庭へ出てはいったが、「伊勢屋いなり[#「いなり」に傍点]」だの「騒ぞうしい橋」だの「魚河岸やっちゃ[#「やっちゃ」に傍点]場の売声」だのが、きいきいがやがやわあわあと喚きどおしに喚くので、平左は両手で耳を押え、眼を剥《むき》出して空をねめあげた。そして、――ああおれは間違っていた、と絶望的に自分を責めた。いつか林主馬のやつが耳へ繃帯をしたのは嘘じゃなかった、今こそ思い知った、おれもやがてはこの頭へ繃帯をしなければならなくなるだろう、と。
「食事が済んだら上村へいって来たいんですが」宗兵衛は茶を啜りながらそういった、「少し頼みたいことがあるもんですから」
「ああいいとも」平左は言下に頷いた、「久方ぶりだ、向うが迷惑でなかったら暫く泊って来てもいいぞ」
「そんな我儘なことは致しません、すぐに帰って来ます、しかしそれに就いて、その、ちょっと御相談があるんですが」彼はにっこりと笑って両親の顔を見た、「――こんなことを自分の口からいうのは、実は少々なんですけれども、しかしそうかといって私も来年は二十三になりますし、里見家の跡取りだししますので、即ち」
「わかりましたよ、もう」養母が誘われるように笑いだした、「貴方お嫁が欲しいのでしょう、はっきりお云いなさいな、そうなのでしょう」
「やあどうも」宗兵衛は手を頭へやった、「やっぱり母親は子心を知ると世間でいうとおりですね、でもよくおわかりになりましたねえ母上」
「詰らぬおべんちゃらを申すな」平左が舌打をした、「それくらい申せば馬鹿にでも察しはつく、余計なことは措いて欲しいなら欲しいというがよい、こっちにも心当りがないことはないのだから」
「それがその、あれです」宗兵衛はにっこり笑った、「こういってはなんですが、実は父上は御存じかと思うのですが、あれです、上村の、その上村の隣りに溝口主水という家がありますね、あそこに津留という娘がいるんですが」
 平左夫婦は急に口をつぐみ、互いにちらと眼を見交わした。なにか由ありげな眼つきである、――それから平左は突然げらげら笑いだし、勝誇ったように上からこう宗兵衛を見下ろした。
「いやどうも、天地自然というものは怖いものだな、因果応報、楽あれば苦あり、猿も木から落ちる、河童の川ながれ、いやはや、出る杭は打たれる後の雁が先か、はっは、――だめだよ、お気の毒だがそいつはおあいにくだ」
「なにがそんなに可笑しいんですか、誰が楽あれば苦ありなんです」
「おまえはお山の大将だと思っていた、人をおちゃらかし世間を甘くみて来た、賢いのは自分ひとりで、ほかの者はみんな馬鹿かお人好しだと考えていた、はっは、ところが因果は車井戸のつるべ[#「つるべ」に傍点]であり、禍福はつる[#「つる」に傍点]んだ蛇の如くであり明暗は」平左は今や饒舌を自分のもの[#「もの」に傍点]にした。彼は得々として覇者《はしゃ》のように語る。頭の抽出《ひきだし》からとって置きの語彙《ごい》を洗いざらいぶちまけ、それに塩や胡椒《こしょう》や唐辛子で味を付けながら饒舌りに饒舌った、そして最後に止めを刺すようにこういった。
「――これを要するにだ、溝口の娘は諦《あきら》めろ、いいか、あの娘はいかん、気の毒だが絶対にだめだよ」

[#6字下げ]八[#「八」は中見出し]

「どうしてですか父上」宗兵衛は珍しく坐り直した、「あの人になにか変ったことでもあったのですか」
「あの娘はいい、うん」平左は欣然と語る、「実に可愛い縹緻《きりょう》よしだ、ぽっちゃりと柔らかそうな躯つきで、いつもにこにこ可愛い顔で、笑うと両方の頬ぺたにえくぼが出来て、はにかみ屋で温順で、しかもなかなか色っぽくってな、へっへっへ、あんな娘はちょいと世間にはいないて、おれが若ければ千石を投出しても欲しいところさ、若いおまえがやきもきするのは当りまえだ、その気持はまことによくわかる、まったく同情に耐えない、が、諦めろ、あれはもう嫁入り先が定まったよ」
「嫁入り先が――」こんどこそ宗兵衛は蒼くなった、「……まさか、まさかそんなことが」
「信じたくないだろうな、うん、その気持はわかるて、だがお気の毒なことに事実さ、相手はおまえの親友で義兄弟の約束さえしたという人物だ、これから上村へいったら訊《き》いてみるがいい、そうすればはっきりわかるよ」
「私の親友で義兄弟、――そんな人間は知りません、私にはそんな約束をした者はいませんよ」
「だって当人がちゃんとおれにそういったのだし、将来おまえにとっても為になる人物だぞ、おれはその人物に惚れて溝口へのはしわたし[#「はしわたし」に傍点]をし、また仲人の役も買って出たのだ」
「貴方が仲人を、――」宗兵衛はげ[#「げ」に傍点]に情けない顔をしたが、「しかし覚えはありませんよ、いったいそれはなんという人間ですか」
「四年まえに江戸から赴任して来た町奉行、島田右近だ、……これでも知らぬか」
「し、ま、だ、――」
 これはおどろきである。おどろき中の最大のおどろきだろう。――宗兵衛の眼がくっと大きく光った。しかしそれはしだいに細くなり下を向き、膝の上で両手の指がだらりと伸びた。それからやがて彼はにこっと笑ったが、それはべそ[#「べそ」に傍点]をかくような悲しげに歪んだものであった。
「母上、私は疲れが出ました」彼は養母に向って元気にこういった、「なんだか躯じゅうの筋がたるんじまったようです、今夜はもう上村へゆくのは止めて寝かせて頂きますよ」
「まあそういうな」平左はますますいい機嫌である、「もっと江戸の話を聞こうではないか、橋がなん千なん百あるとかいったな」
「貴方、――」妻女がめまぜをしながらそうたしなめた、「もう程にあそばせ、この子は長旅で疲れているのですから、宗さん、いいからもうお休みなさい、支度はできていますよ」
 翌る日、宗兵衛は上村を訪ねた。父は既に隠居して兄の伊之助が家督をし、妻とのあいだにもう三つになる子まで出来ていた。――彼は兄から津留と島田右近とが婚約したという事実を聞いた。それから昼食を馳走になって帰る途中、壕端《ほりばた》の組長屋にいる成沢兵馬を訪ねた。
「よう立派になったな」兵馬は大きな声をあげた、「帰ったというから今夜あたり訪ねようかと思ってたんだ、散らかしているが、まあ上れ、二三日うちに江戸へ帰るんでね」
「江戸へ帰るって、――本当かい」
「任期が終ったのさ、入れ替りだね」
 荷造りで散らかっている部屋へ通り、暫くその後の話がとり交わされた。家老と用人との紛争の解決、家督の事など、それから島田右近の件に及ぶと、兵馬は苦い顔をして舌打をした。
「あいつはたいへんな野郎だ、あの生っ白い糸瓜面《へちまづら》といやに優しい猫撫《ねこな》で声で、こっちへ来るなりたちまち人気を集めちまいやがった、なにしろ足軽にまであいそ笑いをして――いいおしめりですね、なんてことをいやあがる」兵馬は自分でいって置いて身震いをした、「老人たちには茶湯《ちゃのゆ》だの書画骨董でおべっかを遣う、若い連中は順繰りに花街へおびきだして御馳走攻めだ、ふしぎなことに幾らでも金が続くらしい、どこかに不正なことがあると睨んでるんだが、あの狐め絶対に尻尾を出しゃあがらねえ、そしてとうとう溝口老職の家の評判娘を手に入れてしまいやがったよ」
「因果は車井戸のつるべ[#「つるべ」に傍点]縄か」宗兵衛は溜息をついた、「――おれも江戸へ引返したくなったよ」
 家へ帰った宗兵衛は沈んだような顔をして、そのまま部屋へ籠ってしまった。――昏《く》れ方、島田右近から使いがあって、「この者が案内するからすぐ来るように、久方ぶりで悠くり話したいから」という手紙だったが、疲れているからと断わってやった。夕餉《ゆうげ》の時も顔色が冴《さ》えず、いつものお饒舌りとは人が違ったように、黙って箸を動かすばかりだった。
 ――さあしめた、いよいよこっちの饒舌る番が来たぞ。
 平左衛門は嬉しさにぞくぞくとなり、食事が終るのを待兼ねて饒舌りだした、宗兵衛は温和しく聴いていた、もはや邪魔もせず話の横取りもしない、まったく別人のようなすなおさで、「はあ」「はあ」と傾聴しているのである。平左はすっかり気をよくし、我が世の春とばかりまくしたてた。そして二刻あまりも饒舌りに饒舌り、妻に促されて寝所へはいったときは、満足と喜悦のためにお定まりの寝酒さえ忘れ、手足を伸ばしてぐっすりと眠ることができた。
 兵馬たちが江戸へ去ってから三日めに、慰労の暇《いとま》が終って初めて登城した。治成の隠居所は城中三の曲輪《くるわ》にあり、登城といってもその隠居所へ詰める訳である。――侍臣は十五人、宗兵衛は御硯脇《ごけんわき》といって、常に側近く仕えることになっていた。
「どうかしたか、顔色が悪いではないか」治成は宗兵衛を訝《いぶか》しげに見た、「――まだ疲れが治らぬなら出るには及ばないぞ」
「いいえさようなことはございません」
「隠居の相手だ、気を詰めることはないぞ」
 宗兵衛はべそ[#「べそ」に傍点]をかくように微笑した。御殿にいるあいだも、家へ帰ってからも、彼の心は塞がれ想いは暗く悲しかった。――幼い日の、津留と遊んだ思い出が眼にうかぶ、初めてえくぼを突ついて泣かせたこと、大きい眼でこっちを見上げながら、髪を揺すってこくりと頷いた顔、そして「つう[#「つう」に傍点]ちゃん小三郎さんのお嫁さんになるんだわ」といったあどけない声など、……あの言葉は幼い者の根もないものだったろうか、「待っていて呉れるか」「お待ちします」という約束は忘れてしまったのだろうか。
 ――いちど会いたい、会って津留の気持を聞いてみたい。
 彼はこう思って会う方法を色いろ思案したが、到底いけないことはわかりきっている、樹から落ちた猿、水に流された河童、さすがの悪たれがすっかり悄気て、どうやら浮世をはかなむという態たらくである。――平左は十日あまり天下様であった、宗兵衛を膝下《しっか》に組敷き、或いは鼻面を捉えて引廻す感じで、饒舌りあげ饒舌り下げ饒舌り続け饒舌り継いだ。が、或る日とつぜん詰らなくなった。宗兵衛が温和しく「はあ」「はあ」と頷くだけで、逃げもせず逆らいもせず、もちろん話の横取りもせず、黙って辛抱づよく聴いているのを見ると、自分の話がだんだん詰らなくなり馬鹿げてきた。まるっきり面白くないのである、それで我慢して舌を動かしていると、こんどは欠伸ばかり出て眠くなるのであった。
「どうしてそう黙っているんだ」やがて平左はそういいだした、「たまにはだちどころ[#「だちどころ」に傍点]を出したらどうだ、まるで舌が痺《しび》れでもしたようではないか」
「まあ父上がお続け下さい、こうして聞いていると少しは気が紛れますから」
「ひとを馬鹿にするな、落語家《はなしか》ではあるまいし、おまえの気晴らしにされて堪るものか、おれはもう寝るぞ」
 宗兵衛は島田右近に就いてもかなり多くの人の評を聞いた。兵馬のいったとおり圧倒的に好評である、町奉行役所はあちろん、どこへいってもたいへんな人気で、「やがては老職」という噂《うわさ》さえ高かった。――たいへんな野郎だ、兵馬の言葉をそのまま、宗兵衛も舌を巻くより仕方がなかったのである。とするとこっちはとりも直さず敗軍の卒だ、会って得意な顔を見るには忍びない、右近からはその後もしばしば迎えを受けたが、口実を設けていちどもゆかなかったし、登城下城にもできるだけ注意をした。――こうして季節は晩秋十月となった。

[#6字下げ]九[#「九」は中見出し]

 十月にはいってから急に気候が崩れて、冷たいしぐれの日が四五日続いた。その雨があがるとめっきり寒くなり、野山の樹々はみるみる裸になっていった。――部屋へ初めて火桶を入れた夜のことである、宗兵衛が寝間へはいると間もなく、庭木戸の外で人の走りまわる音が聞え、木戸を叩く音がした。
「――なにごとです」
 宗兵術が縁側へ出ていって叫んだ。
「破牢《はろう》をした罪人が逃げ込んだのです」木戸の外でこういった、「お庭内へ入ったもようですから御用心願います」
 破牢と聞いて宗兵衛は寝間へ刀を取りに戻った。平左衛門が家士に火を命じた、宗兵衛は刀を持って庭へ下り、木戸を明けた。
「お騒がせします、御免」
 こう云いながら五六人の役人が入って来た。そこへ平左が家士たちに高張や馬乗り提灯《ちょうちん》を持たせて出て来、すぐさま庭内を捜しまわった。
「破牢したというのはどんな罪人だ」
「島田殿の屋敷へ忍び込んだ盗賊で、獄門の松造という悪人です、永牢《ながろう》というお裁きで今年の春から不浄谷《ふじょうだに》の牢へ入れられていたのを、今宵一刻ほどまえに破牢して逃げたものです」
「島田殿というのは」聞いていた宗兵衛が脇からこう口をはさんだ、「――町奉行の島田さんか」
「そうです、島田右近殿です」
 庭を隈《くま》なく捜したが、人もいず潜入した形跡もなかった。――役人たちが去ってから、宗兵衛はその事件のことを平左衛門に訊いた、養父は「そんな事を聞いたようにも思うが」というだけで精《くわ》しい事実は知らなかった。
 ――なにか蔭にあるな。
 宗兵衛はこう考えた。それは右近に対する反感からきたものかも知れない、しかし単に盗みの目的で町奉行の屋敷へ入る奴があるだろうか、そして単に盗みのために入ったとすれば、永牢で不浄谷へ押し籠めるというのは過酷である。不浄谷の牢は城北の山中に在り、極めて重罪の者を収容する牢舎であって、彼が覚えている限りではそこに罪人の入れられたという話を聞いたことがなかった。
 ――慥《たし》かになにかある、調べてやろう。
 宗兵衛は更けるまでその方法を考え続けていた。――翌日、彼は町奉行役所へゆき、島田右近に会った。右近は出役の身支度で、出掛けようとするところだったが、彼を見ると愛想よく笑いながら招じ入れた。
「やあ暫《しばら》くです、なんども使いを遣ったのに来て呉れませんでしたね、元気ですか」
「出掛けるんでしょう」宗兵衛も笑い返した、「実は叟閑《そうかん》(治成の隠居号)さまの申付けで、調書記録を見せて貰いに来たんですが」
「調書をね、なんになさるんです」
「御隠居の暇潰《ひまつぶ》しでしょうな、面白いのがあったら筆写して来いという仰せなんです」
「では係りへそう云いましょう、私は火急《かきゅう》の用で出掛けなければなりませんから」
「牢破りの罪人の件ですね」宗兵衛はじっと相手の眼を見た、「まだ捉まらないんですか」
「いや今日じゅうには捕えますよ、国越えをしていないことは慥かで、市中に隠れているらしいですから、――ではこっちへ来て下さい」
 宗兵衛を記録方へ案内して置いて、右近は心|急《せ》かしげに出ていった。――宗兵衛は係りの役人に頼んで、裁判記録を出して貰い、さも筆写をするようなかたちを見せながら調べていった。――この春に入牢したというのを頼りに、その前後を繰ってみたが、それと思わしい記録はみあたらなかった。約半年まえまで遡《さかのぼ》ってみたがやはり無い。
 ――そうか、右近め、抜いたな。
 宗兵衛はそう直感した。口書《くちがき》爪印《つめいん》のほうを出して貰い、丹念に見てゆくと、やがて「獄門の松造」というのが出て来た。これは罪人の告白を記録方が書き、それに当人が爪印を捺《お》したものである。――読んでみると、「松造は江戸生れで十五の年から諸国を流れ歩き、盗みや傷害で前後五回も入牢したことがある、仲間うちでは獄門という異名《いみょう》を取り、三年前にこの土地へ来た、栄町で表向きは両替店を出し、一方ひそかに盗みを働いていた、そして島田家へ忍び込んだところを捕えられた」あらまし以上のような内容で、ごくありふれた、しかもいかにも有りそうな事である。
 ――おれの思い過しかな。
 宗兵衛は少しばかり気落ちのした感じで、間もなく奉行役所を出た。――城下町は常になく緊張した雰囲気で、辻々には町奉行手付の者が警戒に立っている、足軽組からもかり出[#「かり」に傍点]されたとみえ、棒を持ったのが二人三人ずつ組になって廻っているのがみえた。
 ――しかし調書記録を抜いたのはなぜだ、口書爪印があって、調書記録がないというのはおかしいじゃないか。
 夕餉の後でも、みれんがましくそんなことを思いめぐらしてみた。日昏《ひぐ》れ方からまた雨が降りだし、ひどく気温が下って、火桶を抱えてもぞくぞくするほど寒くなっていた。宗兵衛はぼんやり炭火を見ていたが「右近に会ってやろうか」と呟《つぶや》いた自分の声で、はっと眼をあげ「そうだ」といって立ち上った。――饒舌り欲が出て来たのである、お饒舌りの罠《わな》へひっかけて、当人の口から泥を吐かせてやろう、なんの右近くらい。……こう思ってにやっと笑い、ちょっと友達のところへと断わって家を出た。右近の屋敷は大手筋三番町にある。表をいっては遠いので、柳町の裏から竹蔵のほうへ抜けていった。なにしろその辺は彼が昔あばれ廻った古戦場で、どこのどの露路であろうと眼をつぶっても歩いてゆける。
「そうだ、右近の野郎」傘に鳴る雨の音を聞きながら彼はこう呟く、「牢破りの罪人を、おれが捉まえたといってやろう、――この手なら間違いなくひっかかるぞ」
 そしてもうそこが竹蔵になるという小路へ入ったとき、右手の板塀を越えて、突然ひとりの男が道の上へとび下りて来た。――まったく不意のことで、宗兵衛も「あっ」といったが、相手はもっと驚いたらしく、逆上したようすで、なにか喚きながらだっととびかかって来た。危うく躰を躱《かわ》したが、のめってゆく手に刀がぎらっと光った。
 ――こいつ。
 宗兵衛は傘を投げた、「破牢人」ということがぴんと頭へきたのである。傘を投げるなり刀を抜き、つつと相手を塀際へ追い詰めた。
「刀を捨てろ、動くな」
 こう叫ぶと、相手は肩で息をしながら、まったく無法に地を蹴《け》って突っかかった。宗兵衛はひっ外し、のめる背へはっし[#「はっし」に傍点]と峰打をくれた。男は「ひっ」と声をあげ、五六歩たたらを踏んでいって前のめりに転倒した。道の上に溜まっていた雨水がさっと飛沫《ひまつ》をあげた。
「待って下さい、待って下さい」男は倒れたまま獣のように喚いた、「――お慈悲です、どうかこのままみのがして下さい、お願いです」
「おまえ――牢破りだな」
「そうです、旦那さま、無実の罪です、騙《だま》されて……ああお願いです」男はわなわな震えていた、「七生までのお願いです、ひと太刀うらまなければ死んでも死にきれません、お慈悲です、みのがして下さい」
 ひっしの哀訴であった、どたん場まで追い詰められた人間の、ぎりぎりの哀訴という感じである。宗兵衛は刀を下ろした。
「声をあげるな、しだいに依っては力を貸してやる、立っておれについて来い」
「どうぞおみのがし下さい」男は泥の上をいざっていった、「七生のお願いです、ただひと太刀だけうらみたいのです、どうぞ――」
「おれを信じろ、無実の罪というのが本当なら助けてやる、決して悪いようにはしない、逃げては却《かえ》って危ないぞ」宗兵衛は刀をおさめて近寄った、「さあ、立って一緒に来い、人に見られないうちにいこう」
 宗兵衛の調子に嘘のないことを感じたのだろう、男はようやく泥の中から立ち上った。――宗兵衛は傘を拾い、男にさしかけながら道を戻った。牢破りを捉まえたといってやろう、こう思ったことがそっくり事実になったのである。宗兵衛はひそかに快心の微笑をもらしながら、男を庇《かば》うようにして家へ帰った。
 養父母には知れないように、風呂場で泥を洗って着替えさせ、居間へ入れて行燈《あんどん》を中に相対して坐った。男は三十三四の、ひどく痩《や》せた眉と眉の間の迫った、いかにも小心そうな顔だちである。血走った眼をあげ、絶えず膝を震わせながら語った。
 それは戦慄《せんりつ》すべき話であった。「獄門の松造」と称されているが、本当は相川屋庄吉といい、江戸日本橋|銀町《しろがねちょう》で金銀両替商をいとなんでいた。庄吉は二十六歳で、おさよ[#「おさよ」に傍点]という十七になる妹があり、父の死んだあと六人の店の者を使ってかなりに商売をやっていた。その頃、島田右近が江戸邸にいて、家老と側用人の紛争を利用し、相川屋を御金御用達にしたうえ、藩の名目で金を絞り放題に絞った。それは多く遊興費と、老職たちを籠絡《ろうらく》するために遣われたものであって、当時、宗兵衛にも不審であった金の出所は要するにそこにあったのである。――こうして出入りをしているうちに、右近は庄吉の妹のおさよ[#「おさよ」に傍点]に眼をつけ美貌とその地位と、そして絞った金を引当てにして、「近く妻として正式に迎えるから」といいくるめ、料理茶屋などへ伴れ出しては関係をつけていた。……宗兵衛は思いだす、深川の妓《おんな》たちが「島田さんにはみんな泣かされる、此の頃は素人衆の娘さんにも手を出し、相庄とかいう商家の娘と慇懃《いんぎん》を通じているそうだ」などと話していたことを。
「それから島田さんは急にお国詰になられました、私の店もその当時は御用達が過ぎて二進《にっち》も三進《さっち》もゆかず、御転勤まえになんとか片を付けて頂こうと存じましたところ、国許で御用達にしてやるから一緒に来いというお話で、店も手詰りになっていましたし、いずれは妹も嫁に貰って頂けるものと信じまして、この土地へ来たのでございます」庄吉はこういってぎゅっと膝を掴んだ、「――栄町に店を持ち、初め一年ばかりはどうやら商売に取付いたのでございますが、それからまた御用金という名目で、島田さんのために根こそぎ※[#「てへん+毟」、第4水準2-78-12]《むし》られてしまいました、……それだけではございません、妹のおさよ[#「おさよ」に傍点]が去年の夏に身ごもり[#「ごもり」に傍点]ましたので、こんどこそ嫁にして頂こうと話しましたところ、一日延ばしに延ばしたうえ、島田さんは溝口主水という御老職のお嬢さまと婚約をなさいました、それを知ったおさよ[#「おさよ」に傍点]がどんなに悲しんだかおわかりでしょうか、……妹は二度も大川へ身を沈めました、二度とも人に救われましたが、三度めに剃刀《かみそり》で喉《のど》を切って――」
 庄吉はくくと呻《うめ》いた、痩せた肩がおののき、髭だらけの骨立った顎《あご》がぎりぎりと音を立てた。
「私は逆上しました、店もすっかり手詰りになっていますし、妹の死躰を見て、もうこれまでだと思ったのです、訴えようにも相手が町奉行、そうでなくとも奸知《かんち》に長けた島田右近ですから、私ごときが正面からぶっつかって勝てる相手ではございません、――店をたたんで女房と五つになる子を江戸へ帰し、脇差一本持って島田の屋敷へ押し込んだのでございます」
「仕損じたんだな」
「廊下へ上ったとたんに取詰められました、それで万事おしまいでした、お裁きもなにも島田右近のお手盛りです、獄門の松造―――根も葉もない口書《くちがき》をつきつけて爪印を捺せという、捺さないうちは折檻《せっかん》拷問《ごうもん》です、……責め殺されるよりはといわれるままにお裁きをうけて牢に入りました、いつかは牢を破って、ひと太刀でもうらんでやろうと、寝る間も忘れず折を覘《うかが》っていたのですが、――牢をぬけてみたもののやっぱり右近にちかづけず、今日まで逃げまわっていたのでございます」
 宗兵衛は躯が震えてきた。怒りというより胸をひき裂かれるような激情で、頭がくらくらするように思った、――狡猾《こうかつ》とか陋劣《ろうれつ》などという程度ではない、右近め! しかもあの津留をさえ偸《ぬす》もうとしているではないか。
「よくわかった、私はなんにもいわないが、おまえの望みを叶《かな》えさせてやろう」
「――と仰しゃいますと」
「今夜は悠くり寝るがいい、いま喰べ物を持って来てやる、夜明け前まで悠くり眠って、それから一緒にでかけよう、私を信じるだろうな」
「――はい」庄吉は泣き腫らした眼でこっちを見上げた、「有難う存じます、どうぞお願い申します」

[#6字下げ]十[#「十」は中見出し]

 明くる朝八時、宗兵衛は三番町の島田の家を訪ねた。右近は朝食を終ったところで、例のとおり愛想よく出迎えたが、宗兵衛は玄関に立ったままぶっきら棒に、「ちょっと出てくれないか」といった。
「獄門の松造を捉まえたんでね」
「えっ、松造――」右近は短刀でもつきつけられたような眼をした、「松造を、そこもとが捕えたのですか」
「昨夜おそく捉まえて、すぐ役所へ突出そうと思ったんだが、島田右近に就いてけげん[#「けげん」に傍点]なことをいうんでね、いちど直《じか》に会うほうがいいんじゃないかと考えたもんだから、或る処へ匿《かく》まって置いて知らせに来たのさ」
「それはどうも、すぐゆきましょう、――しかし私に就いてけげん[#「けげん」に傍点]なことをいったとはどういうことですか」
「私の口からはいえないね」宗兵衛は唾でも吐きそうな表情をした、「聞くだけでも耳の汚れるような、とうてい人間の仕事とは思えない卑劣な話だった、まさか事実ではないだろうから、会ってはっきり黒白《こくびゃく》をつけるがいい、支度がよかったら出ようじゃないか」
「お供しましょう、いま袴を着けて来ます」
 外へ出ると右近は頻りに弁明を始めた。獄門の松造がいかに奸悪な人間であるか、口巧者で人を騙すことに長じ、贋金《にせがね》なども使ったらしいなどといった。宗兵衛は返辞もせずに大手筋から壕端へ出ると、そこを廻って城山のほうへ向っていった。ちょうど内壕《うちぼり》の端れへさしかかったときである、右手にある観音堂の境内から、武家の娘がひとり下女を伴れて出て来るのに会った。――右近も先方の娘も気づかなかったが、宗兵衛はひと眼でそれが溝口の津留だということを認めた。そしてそう認めるなり、大股につかつかと寄っていって声をかけた。
「おつう[#「おつう」に傍点]さん暫く」
 津留は立ち止ってこちらを見「ああ」と口のうちで低く叫んだが、向うに右近のいるのに気付くとさっと蒼くなり、彼のほうへ全身で縋《すが》り付くような表情を示した。――宗兵衛はにこっと笑いながら、無遠慮に近寄っていって、
「いちど帰って来た挨拶にゆこうと思ったんですが、妙な話を聞いたんで遠慮していたんですよ、しかしもうその話もきれいに片付くでしょう、そうしたら約束を果して貰いにゆきますからね」
 津留の蒼白《あおざ》めた頬に美しく血がさした。宗兵衛はその大きい眼をみつめながら、
「覚えてるでしょうあの約束、いつか私のお嫁になってくれるといった――二人だけのあのときの約束を」
「はい覚えております」津留は泣きそうな眼になった、「――でもわたくし、もう」
「いや大丈夫、きれいに片付くといったのはそのことですよ、早ければ今日のうち、おそくも二三日うちには誰かさんはこの土地から消えて失くなります、それでいいでしょう、それともそうなってはおつう[#「おつう」に傍点]さんに悲しいだろうか」
「いいえ、いいえ」
 津留は頭を振り微笑した。両頬にえくぼが出来た。
「――わたくしあなたのおいで下さるのをお待ちしておりますわ」
「しめた、それで結構、では今日はこれで別れます、気をつけてお帰りなさい」
 宗兵衛は自分の頬を(えくぼのあるように)指で突いてみせ、津留が恥ずかしそうに片手で顔を隠すのに会釈して、さっさと右近の側へ戻っていった。――右近は少し離れたところからこっちの様子を眺めていたが、宗兵衛の言葉の意味がわかったのだろう、すっかり血の気の失せた、ひきつるような顔になっていた。
「待たせたな、さあゆこう」
 宗兵衛はこういって城山のほうへ坂を登っていった――そこはごく古い時代に某氏《なにがし》という豪族の城郭があったと伝えられる急峻《きゅうしゅん》で、松と杉の林をぬけて上ると、城下町を見下ろす勝れた眺望があり、旧城の守護神だろう、小さな八幡社の祠《ほこら》が建っている。宗兵衛はその祠の前まで来て振返った。
「獄門の松造はこの中にいる、島田――ひとこと聞くが、おまえ江戸の御用番だった相庄、相川屋庄吉を知っているな」右近は白くなった唇をひき結び、黙って自分の足許をみつめている、宗兵衛は低い冷やかな声で続けた、「相庄の妹のおさよ[#「おさよ」に傍点]も、おさよ[#「おさよ」に傍点]が身ごもったことも、おまえに騙されて自殺したことも知っているな、――町奉行という地位を悪用して、今日まで世を欺き人を騙して来た、しかしいまそこにいる島田右近は町奉行じゃあない、唯の卑劣な賤しい人間だ、それもわかるだろうな」
「私は弁解はしない」右近はまだ地面を見ていた、「――した事のつぐないはする積りだ、どうすればいいかいってくれ」
「それは相庄の定めることだ、つぐないをするという言葉が本当なら、――島田、一生に一度でいいから、ごまかし抜きのところを見せてくれ、いいな」
 宗兵衛はそれだけいうと、振向いて祠の扉を明けにいった。そのときである。機を覘《ねら》っていた右近が、宗兵衛の背へ後ろから抜打ちをかけた。「い!」というような叫びと共に刀はきらりと伸び、殆んど肩を斬ったかとみえた。だが宗兵衛の躯はばねのように左へ跳躍し、踏込んで来た二の太刀を、抜合せてがっきと受止めた。
「そんなこったろうと思った」殆んど顔と顔がくっつきそうになったまま、宗兵衛は、にっと唇で笑いながらいった、「――おれを斬り相庄を斬れば安全だからな、へ、あいにくとそうはいかねえ、おまえもちょいと遣えるらしいが、おれの柳生流は折紙付だ、……右近、悪い思案だったぜ」
「叩くだけ舌を叩け、どっちに折紙が付くかはすぐにわかる」
「仰しゃいましたね、せめておれに汗でもかかせてくれればみつけものだ、よっ」
 右足を引いたとみると宗兵衛の躰が沈み、右近が二間ばかり横へ跳んだ。そこで位取りをするかと思ったが、宗兵衛は大胆極まる追い打ちをかけ、正面から躰当りをくれるように斬っていった。刃と刃ががっきりと鳴り、ぎらりと上下に光りを飛ばせた。右近はまた逃げた、宗兵衛は踏込み踏込み、息もつかせず間を詰めては斬ってゆく、――このあいだに祠の中から相川屋庄吉が出て来ていたが、手も出せず茫然と立って眺めるばかりだった。
「ほう、――なる程ね」宗兵衛はにこっと明朗に笑った、「おまえ案外やるんだなあ右近、こいつあ見損った、これで真人間なら友達になってもいいくらいだ、惜しいぞ狐」
 右近の唇が捲れて白く歯が見えた。さっと躰を傾け胴を覗って刀が伸びた、宗兵衛は爪立ちをしてこれを躱し伸びて来た刀を下から撥《は》ねあげた。的確きわまる技である。右近の刀は生き物のように飛んで、十間あまり向うの草の中へ落ちた。しまったと脇差へ手を掛ける、ところを宗兵衛がつけ入って、ぱっと平手で顔を叩き、刀を捨てて組付いたとみると、みごとなはね腰で投げとばした。――右近はもんどりをうち、背中で地面を叩くと「うん」と呻いてのびてしまった。
「汗をかかせやがった」宗兵衛は刀を拾って鞘《さや》へおさめ、右近の刀の下緒を取って彼の両手を後ろで縛った、「――てめえの蒔《ま》いた種子《たね》を苅るんだ、本当なら白洲《しらす》へ曝すんだが、それでは家中の面目にも関わるし、おまえを信用なすった叟閑さまの御名を汚す、世間に知れないで済むことを有難いと思え、……生き死に係わらず二度と顔をみせるなよ」
 宗兵衛は手をあげて庄吉を招いた。
「さあ、島田右近を渡してやる、あとはおまえの勝手だが今朝もいったとおり刀で斬るだけはいかんぞ、悪人でも人間には違いない、――わかってるな」
「はいよくわかりました、決して狼狽《うろた》えたことは致しません」
「それが済んだら江戸へゆくがいい、右近のした事で償《つぐな》いのつくものは償いをする、江戸邸の成沢兵馬を訪ねればわかるように手紙を出して置く、――元気で、もういちどやり直すんだな、ではこれで」
 庄吉は腕で面《おもて》を掩い、泣きながら黙って幾たびも低頭した。
 ――宗兵衛は大股にそこを去っていった。丘の端までゆくと城下町がひと眼に見渡せる、彼はそこで立ち止った。
「――だちどころ[#「だちどころ」に傍点]、ふふふ、今日からまた饒舌りだすぞ、平左親父びっくりするな、あの屋根屋根、よく登ってとび廻ったっけ、おつう[#「おつう」に傍点]ちゃん、はっは、そろそろ舌がむずむずして来やあがった、えーい駆けろ」

 町奉行島田右近が行方不明になり、半月ほどして城山裏の杉林の中で、餓死しているのが発見された。牢破りの獄門の松造はついに捕えられずに終り、十二月になって宗兵衛と津留との婚約披露があった。――そして、平左衛門はいま再び伜を江戸へ追い払おうとして、よりより老臣の間を奔走している。



底本:「山本周五郎全集第二十一巻 花匂う・上野介正信」新潮社
   1983(昭和58)年12月25日 発行
底本の親本:「講談雑誌」
   1948(昭和23)年10月号
初出:「講談雑誌」
   1948(昭和23)年10月号
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

タグ:

山本周五郎
「おしゃべり物語」をウィキ内検索
LINE
シェア
Tweet
harukaze_lab @ ウィキ
記事メニュー

メニュー

  • トップページ
  • プラグイン紹介
  • メニュー
  • 右メニュー
  • 徳田秋声
  • 山本周五郎



リンク

  • @wiki
  • @wikiご利用ガイド




ここを編集
記事メニュー2

更新履歴

取得中です。


ここを編集
人気記事ランキング
  1. 怪人呉博士
  2. 異人館斬込み(工事中)
  3. こんち午の日
  4. 猫眼レンズ事件
  5. 熊谷十郎左
  6. 輝く武士道(工事中)
  7. 神経衰弱
  8. 威嚇
  9. 牡丹悲曲(工事中)
  10. 醜聞
もっと見る
最近更新されたページ
  • 2002日前

    白魚橋の仇討(工事中)
  • 2003日前

    新三郎母子(工事中)
  • 2003日前

    湖畔の人々(工事中)
  • 2003日前

    鏡(工事中)
  • 2003日前

    間諜Q一号(工事中)
  • 2003日前

    臆病一番首(工事中)
  • 2003日前

    決死仏艦乗込み(工事中)
  • 2003日前

    鹿島灘乗切り(工事中)
  • 2003日前

    怪少年鵯十郎(工事中)
  • 2003日前

    輝く武士道(工事中)
もっと見る
「山本周五郎」関連ページ
  • No Image 豪傑ばやり
  • No Image 挟箱
  • No Image よじょう
  • No Image 痛快水雷三勇士
  • No Image 骨牌会の惨劇
  • No Image 逆撃吹雪を衝いて
  • No Image 醜聞
  • No Image 彦四郎実記
  • No Image 茅寺由来
  • No Image 聞き違い
人気記事ランキング
  1. 怪人呉博士
  2. 異人館斬込み(工事中)
  3. こんち午の日
  4. 猫眼レンズ事件
  5. 熊谷十郎左
  6. 輝く武士道(工事中)
  7. 神経衰弱
  8. 威嚇
  9. 牡丹悲曲(工事中)
  10. 醜聞
もっと見る
最近更新されたページ
  • 2002日前

    白魚橋の仇討(工事中)
  • 2003日前

    新三郎母子(工事中)
  • 2003日前

    湖畔の人々(工事中)
  • 2003日前

    鏡(工事中)
  • 2003日前

    間諜Q一号(工事中)
  • 2003日前

    臆病一番首(工事中)
  • 2003日前

    決死仏艦乗込み(工事中)
  • 2003日前

    鹿島灘乗切り(工事中)
  • 2003日前

    怪少年鵯十郎(工事中)
  • 2003日前

    輝く武士道(工事中)
もっと見る
ウィキ募集バナー
新規Wikiランキング

最近作成されたWikiのアクセスランキングです。見るだけでなく加筆してみよう!

  1. MadTown GTA (Beta) まとめウィキ
  2. AviUtl2のWiki
  3. R.E.P.O. 日本語解説Wiki
  4. シュガードール情報まとめウィキ
  5. 機動戦士ガンダム EXTREME VS.2 INFINITEBOOST wiki
  6. ソードランページ @ 非公式wiki
  7. シミュグラ2Wiki(Simulation Of Grand2)GTARP
  8. ドラゴンボール Sparking! ZERO 攻略Wiki
  9. 星飼いの詩@ ウィキ
  10. ヒカマーWiki
もっと見る
人気Wikiランキング

atwikiでよく見られているWikiのランキングです。新しい情報を発見してみよう!

  1. アニヲタWiki(仮)
  2. ストグラ まとめ @ウィキ
  3. ゲームカタログ@Wiki ~名作からクソゲーまで~
  4. 初音ミク Wiki
  5. 検索してはいけない言葉 @ ウィキ
  6. 発車メロディーwiki
  7. 機動戦士ガンダム バトルオペレーション2攻略Wiki 3rd Season
  8. Grand Theft Auto V(グランドセフトオート5)GTA5 & GTAオンライン 情報・攻略wiki
  9. オレカバトル アプリ版 @ ウィキ
  10. MadTown GTA (Beta) まとめウィキ
もっと見る
全体ページランキング

最近アクセスの多かったページランキングです。話題のページを見に行こう!

  1. 参加者一覧 - ストグラ まとめ @ウィキ
  2. 魔獣トゲイラ - バトルロイヤルR+α ファンフィクション(二次創作など)総合wiki
  3. 高崎線 - 発車メロディーwiki
  4. 鬼レンチャン(レベル順) - 鬼レンチャンWiki
  5. 暦 未羽 - ストグラ まとめ @ウィキ
  6. 召喚 - PATAPON(パタポン) wiki
  7. ステージ攻略 - パタポン2 ドンチャカ♪@うぃき
  8. 暦 いのん - ストグラ まとめ @ウィキ
  9. 鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 - アニヲタWiki(仮)
  10. ロスサントス警察 - ストグラ まとめ @ウィキ
もっと見る

  • このWikiのTOPへ
  • 全ページ一覧
  • アットウィキTOP
  • 利用規約
  • プライバシーポリシー

2019 AtWiki, Inc.