The Gears of Destiny - 忘れえぬ思い出を胸に - ◆gry038wOvE
──壁には、今日という日々を彩る写真が映し出されていました。
決して良い記憶ばかりではないけれど、悪い記憶だけというわけでもない一日。
しかし、もしそこで出会えた人と出会うとしたなら、今日ではない方が一日。
そんな一日も、もう終わりを迎えようとしています。
今日一日は、私たちの今日までの人生で、最も長い日でした──。
□
セイクリッド・ハートが映し出している日常カメラの記録。映写機のように、真っ暗な部屋に一筋の光を発して、全員でそれを見つめる。壁に反射して輝くその写真には、今日一日のヴィヴィオを映し出していた。
ハイブリッド・インテリジェントデバイスの中でも、セイクリッド・ハートは特に日常カメラ機能が充実したデバイスであった。それは、普段、格闘や普通の生活を営む彼女たちの「日常」を映したものばかりで、今日この時まで、「事件の証拠映像」を記録する事など、殆どなかったのである。
高町ヴィヴィオも、クリスがそうして今日の一日をしっかりと記憶していた事など、殆ど知らなかった。そこに映し出される、この殺し合いに巻き込まれてからの二十四時間の記録は、全て、真実を映し出した貴重なデータであったが、今は思い出として映し出されている。
殺し合いに巻き込まれる以前の写真も、中にはある。
なのはやフェイト、スバルやティアナ、ユーノやアインハルトが映された日常の記録。
その後から、大量に撮影されている、管理局に提出するための非日常の記録。
しかし、その提出用資料を、クリスは壁に映し出していた。今日一日を、確かに刻み付けるために。
□
【Sequence:1】
天道あかね。
写真に写っているのは、笑顔の少女だった。
隣には、いつもおさげ髪の男がいた──その男は、たまに「女」だった。
ヴィヴィオが特に親しくしていたのは、その男女の方だ。その名前は
早乙女乱馬。彼は、水を被ると「女」になり、お湯を被ると元の「男」に戻る特異体質の持ち主であった。
写真の中でだけは、その男──あるいは女は、快活であった。笑顔でピースする写真まである。彼はクリスが映像をカメラで撮っているのに気づいていたのだろうか。彼は、今はもう、何も言わない。
この笑顔も、とうに写真の中でだけ輝くものになってしまっていた。
□
──あたしは、ホテルに来ていた。
呪泉郷からも近い施設だ。いずれにせよ、呪泉郷の水に入れば、カナヅチであるあたしは一瞬で溺れてしまうだろう。協力できる人間がいれば良かったのだが、今更呪泉郷の力を使う必要もないだろうと、あたしは思い、あのすぐ後に呪泉郷を離れた。
××(誰か物凄く強い人だった)でさえも軽く押しのけた伝説の道着。
ナスカやバイオレンスのガイアメモリ。
何かの力を封じ込めたダークエボルバー。
そして、この腹部に埋め込まれた不思議なベルト。
天は彼女に次々と力を与えてくれる。この殺し合いに勝ち残るための力──それがあたしのもとに降りかかっている。
ただ──
「はぁ……はぁ……」
ホテルのベッドで横になるあたしの姿は、あまりにもはっきりと、疲労困憊の様子を見せていただろう。あたしの体内へと延びていくベルトの力は、確かにそれまでの疲労を回復させている。そう、確かに回復させてはいたが、すぐに全回復させるほどではないのだった。
それに、あたしも人間だ。食べたり、寝たりしないと生きていけない。
ホテルで体を休めて、その後で殺し合いを再開するのでも遅くはない。見たところ、この時間でもホテルは誰か他の参加者の巣にはなっていないようだった。もし、誰かいたならば、敵を打ちのめしてから、睡眠にありつける。
……いや、その前にシャワーだ。
一日、疲れた体を癒さなければならない。水道、電気、ガスは通じているので、勿論、お風呂のお湯も湧かせるが、私は風呂でゆっくりする気分にはなれなかった。
部屋に備え付けられた小さなバスルーム。傍目にはトイレもある。
……今は、シャワーだけでいい。
「……道ちゃん。見張りをお願い……」
私は道ちゃんにそう頼んだ。彼は、私の衣服でありながら、意思を持っている。
自立移動も可能な、非常に特殊な道着なのだ。戦闘だけでなく、こういう時も役に立つ。
道ちゃんを外し、あられもない姿となった私は、すぐにシャワーを浴びる為にバスルームへ入った。
──その時、なんだか妙な記憶が私を襲った。
「え……?」
全裸で、バスルームのドアを開けた時、ふと湯船の方を見た。
そこには誰もいない。──確かに誰もいないが、誰かが出てきてもおかしくないような気がした。
一瞬、何か既視感のある光景が、あたしの頭の中に浮かんだのである。
ぐゎら、と音を立てて、その湯船に入った時に、そこにおさげ髪で全裸の男が湯船から出てくるような気がした。
実際にそこにいるとしたら、……変態?
あたしが入ろうとしている風呂に、先に入っている男なんていないだろう。天道家は三姉妹に、父が一人。しかし、お父さんはおさげ髪ではない。
自宅以外の個室風呂に入る機会もない。
だいたい、お風呂に入るときまでおさげ髪でいるなんて、それだけで異常だ。
「なんだったんだろ……」
今の既視感に向けてそう思いながら、あたしは顔から、体中を洗い流した。
そんな不思議な出会いがかつて、あったような気がした。
……そして、髪を洗い流そうとしている時、ふと自分の髪が短くなっている事に気づいた。ロングヘアを梳くようにして洗おうとしていたのに、だ。
いや、むしろ、何故、自分はロングヘアを梳こうとしたのだろうか。あたしは、確かもっと以前からショートヘアのはずだ。
つい先ほど見た夢では、確かに長い髪を振り回していた気がするが──それは、あくまで夢だ。
「……?」
じゃあ、どうして、髪を切ったんだっけ……?
□
……ヴィヴィオは、写真を眺めていた。
早乙女乱馬、
山吹祈里、
園咲霧彦。ヴィヴィオがこの殺し合いに来て、親しくなった仲間たち──そして、今は一人もこの世にはいない。
「ブッキー……」
美希が呟いた。
写真の中では、山吹祈里は、カメラに向かって微笑んでいた。
彼女は動物が好きだったので、ウサギのぬいぐるみの形をしたクリスに何か語り掛けたのだろう。
クリスは、記録映像とは別に、そこをシャッターチャンスと考えたのだ。
そう、確かに山吹祈里は、「そこ」にいた。
実際に会ってみない限り、はっきりと湧かないはずの実感。それが、確かにこみあげてくる。画像の中の山吹祈里は、
蒼乃美希がよく知る──昨日まで隣にいた山吹祈里と、全く変わらなかった。
何枚か映っている写真の中で、困ったような表情を見せたり、どこか世話を焼くような笑みを見せたりしている彼女は、もうこの世にはいないのだ。
「……」
園咲霧彦。
左翔太郎と
フィリップは、かつても一度、その男の死を経験していた。
ミュージアムの一員でありながら、街を愛したドーパント。──彼が三人の子供の保護者をしていたらしい事は知っている。
写真の中の霧彦は、戦いの中で深い傷を負っていた。
この男が、無理を通してガドルと戦い、そして果てた時の声を、翔太郎と杏子は聞いていた。
「……てめぇ……」
ただ、その写真の中に、強い憎悪の言葉を投げかける男も、一人だけいた。
響良牙であった。──彼の怒りの矛先は、無論、早乙女乱馬にある。
良牙は、気づけば、そこに映し出された映写パネルに向けて殴りかかっていた。
ただ、半透明な粒子の塊を殴れるはずもなく、良牙の拳はその男の笑顔をすり抜けた。
「……くそっ」
その顔を見ると、途端にぶん殴りたい衝動を抑えられなくなる。
死んだ友人。
良牙は、その男の顔がそこにあると、やはり殴らざるを得ない気がしたのだ。
それは宿命だった。戦い合う強敵同士の宿命だ。──しかし、その宿命は終わりを迎えた。拳を交え合う、殺伐とした楽しい日常も今日が最後だった。
ヴィヴィオは、アインハルトを喪った時に、その気持ちが少しわかる気がしたのだった。
□
【Sequence:2】
写真に写っているのは、白と金の怪物だった。
炎の中で右手を掲げ、写真を通じても、その外形には背筋が凍るほどだった。
写真の中で生きているが、その男は既にもうこの世にはいない。
記録映像の一つとして残された、怪物の姿。──その頬はひきつっているのだろうか。
写真の中でも、その怪物はそこにいる者たちを震え上がらせるほどの迫力を見せていた。
史上最悪。人を殺す事に快楽を感じ、笑顔を見せる。そして、その笑顔のために誰かを殺し、誰かと戦う本能を疾走させる怪物であった。
彼らは、その男を、この写真の中でも「人」とは思えなかった。
仮に目の前に彼のような敵が現れれば、人として扱わないであろう者もこの中にはいた。
誰が、「ガドル」が今、彼と同じ位についている事を予測しただろうか……。そんな者はこの場にはいない。
□
ン・ガドル・ゼバ──そんな名前の新たなる王に昇格した俺の前には、広大な海があった。
弱い波がこちらに寄って、砂浜やテトラポットに打ち付けられる。あまり激しい波ではなかった。
海は星に照らされていた。灯台があるわけではないが、充分に明るかった。月あかり、星あかりは街の近くでも充分に届いた。──街の大半が灯りを消していたからだ。中には付けっぱなしにされた施設や、煩わしいほどに光るネオンサインもあったが、人工的な灯りは自然の灯りに敵わなかったらしく、星空の輝きは消えていなかった。
その光る海に呼ばれたような気がして、俺はここまでバイクを走らせたのだった。
海。ゴ・ベミウ・ギ、ゴ・ジャーザ・ギ……などと言った、水棲生物の力を得た同族たちが好みそうな場所だ。奴らはここが一番戦える。奴らのステージはここだ。この場所に引き込まれれば、俺も奴らとどう戦えばいいのかわからなかっただろう──そう、「ゴ」である時は、絶対に。
そんな二人の死を、俺は残念に思っていた。
この二人は、かつてクウガに敗北し、ザギバスゲゲルに挑む権利を失った戦士だ。二人とも俺以上にリントの文化を理解していた。楽譜に準えたゲゲル、妙な機械を使って予告してから殺すゲゲル。──下手をすれば、リント以上にリントに詳しい者も仲間にいたという事だ。しかし、いずれも全てクウガに敗北している。
仲間たちは、確かに「敗者」だった。クウガに敗れ、散った哀れな「敗者」には違いないのだ。「敗者」──言い換えれば「弱者」には過ぎない。しかし、それは俺も同じのはずだ。──一度はクウガに敗れ、俺の記憶が正しければ、俺は確かに死んだ。
それが、どういうわけか、俺は再びクウガやダグバに挑む権利を受けてしまったのだ。
俺と同じように、奴らもザギバスゲゲルに挑む権利を有していたら……? あるいは……。
それだけに、同族の死は惜しかった。
ン・ベミウ・ゼギ、ン・ジャーザ・ゼギとなった奴らと戦えたかもしれない。
もしくは、同じように俺が「ン」に昇格した場合でも、ゴ集団から挑戦を受ける事になったかもしれない。
そして、奴らを殺す事になっただろう。──その時が永久にないのは残念だ。強い戦士の息の根を、更なる強さを持って止めてやる面白さ。それが果たされないままに終わった。
「ん……?」
ふと、俺は、その海の上に浮かぶ何かがあるのを見つけた。
星空に照らされ、光を見せる海上で、真っ白なその物体は厭に目立った。
まるで捨てられた生ゴミのようになった何か──俺は、不審に思ってそちらへ出向いた。波に足を取られる事はなかった。流されていくその物体に、俺は異常な関心を示した。あれが俺をここに導いたのかもしれない。
俺は、近づく前から、それが「死体」であるのは予感していた。何となくだが、人の形を象っているのは見えた。死体ならば何度も見慣れている。
見慣れているが──
「ダグバ……」
──その男の死体は、初めて見た。
半身を海水に漬かった俺は、少しばかり言葉を失う。これは確実に死体だ。胸部を貫かれている。内臓が海に投げ出され、細かくちぎれ始めている。これは魚の餌になる予定だ。殺されてから随分と時間が経過しているので、もうこれ以上血を流す事もなさそうに思える。残りかすのような血の跡は、死体の周りに僅かに感じられた。
──ン・ダグバ・ゼバ。その確かな敗北の証がここにあった。
究極の闇と呼ばれた王はもういない。……この男の役職を継ぎ、グロンギを束ねる事になるのは俺だ。古き王は倒れ、この男の下にあった男が王となった。
カブトムシがクワガタの上に立った瞬間だ。クウガを破り、ダグバの座を奪った俺は、世界最強の存在となったに違いない。
……そう思うと、俺は、すぐにその男の肉に興味を失った。
その男の肉を背にして、再び海岸へと戻る。俺の半身は濡れていたが、あまり不快ではなかった。それ以上の高揚感と、もう一つの興味がすぐに湧いて来たのだ。それが、軍服を汚す水を些細な事に変えてしまった。
「キュグキョグ ン ジャリ ゾ モタラグ ンザ ゴレ ザ……」
究極の闇を齎すのは、俺だ……。
そう、絶対に──この役割だけはもう渡す事はないだろう。
この殺し合いの会場にいるらしい「もう一人の王」の息の根を止めるべく、俺はまた鉄の騎馬に跨った。
そいつを殺した時、俺は「究極の闇を齎す者」になれる。
次には、そうだ……まずは、「中学校」を目指そう。
□
【Sequence:3】
梅盛源太は活発な男で、所謂ムードメーカーだった。寿司屋らしいが、その腕はもう二度と寿司を握る事はなく、ここにいる誰もその寿司を口にする事はなかった。
果たして、本当に彼は美味い寿司を握るのか──。それは、写真の中にしかない彼を見ても、わからないだろう。
写真はただ視覚と感情だけに訴えかける。彼が寿司を通して訴えかけたい「味覚」も、彼の甲高い声を伝えてくれる「聴覚」も、写真を通して感じられる感覚ではない。
彼らシンケンジャーが倒すべき敵はまだ生きている。
血祭ドウコク。
奴はまだ、この殺し合いの会場のどこかにいる……。
□
俺はF-3三途の池で体を休めていた。
俺にとって落ち着くのは、やはり嘆きの水が溜まった場所だ。参加者はまだ誰も来てねえが、少し心を落ち着かせるにはちょうど良かった。
くそっ……。
敵が多すぎる。それと同時に味方が少ねえ。
まずはあの銀の化け物に変身するガキだ。あいつが一番の問題児だ。あいつはまだ死んでいないらしい。それから、他にもあの仮面ライダーとかいう奴らや、プリキュアとかいう奴ら。面倒だが、そのうち全員潰さなければならない。
そいつらよりも優先すべきなのが……マンプクに、アクマロ。
あいつらは絶対に潰す。どんな手を使ってでも。それに、こんな首輪をつけやがった加頭もだ。
せめて、仲間の外道がいりゃあ、この殺し合いももっと早く侵攻できたんだろうが、残念ながら俺が束ねるべき奴らがいねえ。
だいたい、このまま首輪を外せたとして、その後、どうする……? どうすりゃあ、マンプクは幻惑ではなく、本物として俺の前に出てくるんだ……?
畜生。浮かばねえ。
いざって時は、仕方ねえが、あの仮面ライダーやプリキュアとかいう奴らに訊くしか……。
……いや。
……それは極力避けてえところだな。
(まぁ、こいつが手に入っただけ……暴れ甲斐はある)
昇竜抜山刀。これがなけりゃあ話にならねえ。
俺からこれを没収するなんて、何考えてやがるって話だ。
最初からこいつがあればもう少し手っ取り早く終わったかもしれねえが……。だいたい、シンケンジャーどもが自分の変身道具を支給されている時点で刀を持ったも同然だってのに、俺にコイツが支給されてねえなんてのは道理に合わねえ。
(まずは手始めにアクマロの奴をぶっ殺す)
二の目とはいえ、アクマロを早々に殺しておけば、調子も戻るだろう。
負け慣れちまうのが一番いけねえ。おそらく、制限って奴か、あるいはマンプクの野郎が俺だけ細工しやがったか……。
わからねえが、ともかくアクマロを殺しておけばこれからもまた勝ちの流れになる。
博打と同じだ。
負け慣れるのが一番いけねえ。
□
【Sequence:4】
『You……』
マッハキャリバーはスバルの姿を見て、そう呼んだ。
それは、かつての日常の一コマ。なのはも、フェイトも、ユーノも、スバルも、ティアナも、写真の中では笑っている。
だが、それはもう夢。過去の出来事になってしまった。写真の中のスバルの風貌は、マッハキャリバーが知っているスバルよりも少し大人びており、ヴィヴィオが確かに未来のヴィヴィオである事を確かめさせた。
マッハキャリバーは、その写真に自分も映り込んでいる事を知っている。
どうやら、将来的にはデバイスは浮遊しているらしい。マッハキャリバーも同様だ。
未来の自分が映り込んだ写真とは珍しい。
しかし、その未来に自分は行きつけないのだろうと、マッハキャリバーは思う。
スバルがいない。誰もいない。
写真の中で、何の違和感も持たずに平和を漫喫している自分を、マッハキャリバーはただただ羨望のまなざしで見つめていた。
レイジングハート・エクセリオンの姿も、写真の中では健在だった。
□
私は待ち続ける……。
この黒い闇の中で、私は定時放送が始まるのを待っていた。
アリシアが言った通りならば、私は定時放送の頃合いに人の姿を得られる。
私はこれまで、人になりたいと強く願った事はなかった。マスターの相棒としてそこにあれば充分、人のように生きられた。
しかし、今ほど人になるのが待ち遠しい時はない。
静寂は、正確な時間間隔を鈍らせる。……私の中の機能も壊れているのかもしれない。
ひたすらに長い時間が私を焦燥感で苛立たせる。
これから、私は「復讐」を実行する。
無計画かもしれない。計画というものが通用する相手ではないかもしれない。しかし、コウガ・サエジマを倒す為に出来る限りの事をしたい。
マスター、フェイト、カルネ……あらゆる人間を私は奪われた。
私は、彼女たちの無念を晴らさなければならない。
ただただ、優しくあり続けた彼女たちが死に、冷徹非情の悪魔がこの世に存在し続ける事が許せなかった。
復讐……否、正義とも呼べるかもしれない。
私の中で、上空に人の姿が浮かぶまで、本当に長い時間を要したと思えた。
□
【Sequence:5】
涼邑零は、スカルボイルダーを加速させた。法定速度など、とうに守る気がない。
メーターの数字は百数十キロにものぼる。
彼がこれほどまでにマシンのスピードを上げているのは、ここが禁止エリアだからに違いない。ここを通る者は誰もおらず、あるのは危険な障害物のみ。
ただ、零はバイクにおいても達人級であった。
スカルボイルダーを見事に駆り、障害物を殆ど何なく回避してみせる。
結城でさえ肝を冷やしたのは、裏の狭い路地を走り出した時だ。彼はここでかなり無理な運転をした。いっぱいに詰められたゴミ袋を吹っ飛ばした時など、いかにマシだったか。
彼がカーブをした瞬間に、眼前に行き止まりの壁があったのだ。
あろう事か、零はその壁に向けて前輪を持ち上げ、ウィリー走行状態で壁に衝突させたのである。しかし、なんとそのまま壁を利用して転回──結城が気づけば逆を向いている。
結城ですら目を瞑って交通事故を覚悟した。
二人乗りでウィリー走行をするなど、普通はやらない。
「……ここは向こうのエリアに繋がってないみたいだな」
零はこれだけの事をしたうえで、こう平然と言って見せるのである。
殺されるかと思った。
しかし、零の運転技術の高さは
本郷猛をはじめとする知り合いたちの姿を想起させた。
立花藤兵衛ならば、この男をどれだけ気に入ってくれるだろうか。
「真っ直ぐ普通の道を行け。近道なんて考えるな」
「……普通の道?」
どうやら、走行中は風の音などなどに遮られて、結城の声が聞こえていないらしい。
このスピードでは当たり前だ。独り言を言う余裕があるのが不思議なほどである。高速道路並のスピードを出して走るならば、普通は視界だけで情報を得ようとするだろう。
ただ、結城の言っている事を聞いていたのか聞けなかったのかはわからないが、結果的にすぐに零は無茶な運転をやめた。……スピードだけは危険そのものだったが。
河を渡り、街の向こう側には到着する。
「もうすぐか?」
零は、そう訊いた。
どこに行くのかは決まっている。中学校だ。
警察署という施設に人が集まっているように、チームを組むには一つのたまり場が必要だ。それは時として、最悪の敵を招く事もある諸刃の剣だが……。
バイクが減速する。
中学校がもう見え始めている。
中学校の中には灯りが点っている。誰かいるのだろうか。
「オイ! うるせえんだよ! バカ野郎!!」
聞き覚えのある声が、向こうの窓から響いて来た。間違いない……あいつだ。
結城と零は、お互いの顔を見合って、苦笑する。
どうやら、ここで間違いなかったらしい。ひとまずは襲われている様子もなく、安心のようだ。
そうして結城たちが校庭の前に辿り着くと、上空に放送担当者のホログラムが出現した。
□
涼村暁と
石堀光彦と
桃園ラブは、ポーカーにも飽きていた。
ラブはだんだんと、眠気を感じてウトウトし始めている。
丸っこいトランプは机の上に置かれており、「いつでも遊んでくれよな!」と視線を送っているが、残念ながら視線を返す者はいない。
こんな状況でまだトランプを続けようという者はいなかった。
(……確かに、予知はできている)
実は石堀は、ポーカーを通じて予知能力を試していたのである。
また二時間使用不能らしいが、実際のところ、その信憑性を確かめればあとはどうでもいい話だ。ポーカーで石堀がブタを引き、暁がフルハウスを出す事を石堀は予知していた。
そのうえで、ロイヤルストレートフラッシュを手の中に隠していたのだ。
遊ぶように見せかけて、石堀は着々と計画を練っていた。
「ん? 暴走族か? こんな時間にバイクがうるせえな……オイ! うるせえんだよ! バカ野郎!!」
暁が外に向かって怒鳴り散らす。
そんな暁に冷や汗を流して石堀が怒鳴り返す。
「バカはお前だ! 暴走族のわけがないだろ! 敵かもしれないってのに……まったく」
石堀はアクセルドライバーを準備する。万が一、外にいるのが敵だった場合の為だ。
そんな石堀の姿を、暁は横目に見ている。
ラブもまた同じだ。
……この男が、黒岩の言ったようにいずれ裏切るとは、彼らも考えられなかった。
一緒にいて楽しいとさえ思えるこの男が……裏切り者。
本当にそうなのだろうか。
「ボケっとするな。どっちにしろここに来る気だったみたいだが、戦闘になるかもしれない」
そう石堀が言った時、この殺し合いの一日が終わった。
□
【Final Sequence】
「……今日は、一日が随分長く感じましたね」
ヴィヴィオは、写真の前でそう呟いた。
この写真の山は、全てヴィヴィオを中心に撮られたものだ。クリスはこの殺し合いで片時もヴィヴィオから離れておらず、それはクリスの撮影がそのままヴィヴィオの行動に直結するという事であった。
よって、この殺し合いの一日をほぼ全て把握し直せるのは彼女のみという事だった。他はまた、整理し直すのに少し時間を要するだろう。冷静でいるように見えて、記憶の混乱は起きていると思う。
ヴィヴィオも、ざっと眺めてみても、よく見ると順番が曖昧になっている記憶もある。
無限図書館の司書の資格を持つ彼女も、自分の脳内のデータを整理し直すのが難しかったかもしれない。
「でも……。明日からもまた……短くはない一日だと思います」
今日は長かった。長い一日に随分と疲れた。
放送を聞いたら、仮眠を取る者も出てくる。
「明日も……いえ、これからも……よろしくお願いします!」
ヴィヴィオは、こちらに向けてペコリと頭を下げた。
□
【Extra Sequence】
そして。
ン・ガミオ・ゼダは歩き出していた。
それは、一つの因果か──。彼はガドルの居場所に着々と近づきつつあった。
エリアはG-6。もう少し前にガドルがいたエリアでもある。
彼は中学校を目指して進撃している。
ガドルとガミオ。二人のグロンギは確かに今、中学校に近づいていた……。
ゲームはまだ、確かに続いている。
【バトル・ロワイアル 1日目 終了】
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最終更新:2014年05月18日 16:05