黎明の襲撃者(雨 2:10~2:20)




「冴島鋼牙──ッッッ!!」

 一人の女性の抱え込んだ意思が、大きな怒声となって部屋の隅々まで響くと、当然、寝起きの良い人間は突然起こされる事になった。
 響良牙が、ぱっと目を覚ました。
 花咲つぼみが、眠そうな顔で反射的にメガネを探した。
 蒼乃美希が、不機嫌そうな顔で声の主に視線を送った。
 左翔太郎が、慌てて起きたために椅子から転げ落ちた。
 佐倉杏子が、自然と目を覚ました。
 そして、高町ヴィヴィオが、──目を覚ますと同時に、これが夢である可能性を疑った。
 大事な話をしていた最中の孤門たちは思わず、その会話を中断して、その方を見つめた。

「マ、……」

 ヴィヴィオが何か口にしたが、次の瞬間には戦闘音がその言葉を掻き消していた。
 知っている女性が、暗闇の中で一人の男を追撃する。──その女性だけが、この一室の中で光を灯している。
 だからこそ、一層幻想的に見える。
 桃色の魔法の光。──彼女だけが輝いている理由も含め、ヴィヴィオはよく知っているのである。
 その状況に対する疑念が浮かぶ。

「え……?」

 ──あの手にあるのは、レイジングハート・エクセリオン。
 それに、あの容姿は高町なのは。──つまり、ヴィヴィオのママだ。
 しかし、死んだはず……それは確かだというのに。
 何故、ここにいる?

「──私は、あなたを許さない」

 そして、──彼女ならば、そんな事は言わないはず。
 ヴィヴィオの頭が混乱していた。
 レイジングハートの切っ先が、白い魔法衣──その姿は暗闇でも目立つ──の方に向けられていた。憎しみに満ちた瞳は、いまだかつてヴィヴィオが見た事のない母の表情を作り上げている。
 これは夢か、幻か。真っ先に、それを疑ったが、それはどうやら違うらしい。

「電気、電気つけろッ!」
「で、電気どこ!?」
「大変だっ!!」

 同じ部屋の中で仲間たちが混乱しているのがはっきりとわかる。それが唯一、ヴィヴィオが現実に即していると感じる部分であった。こうした脇役の所作がリアリティを形成している。もし夢ならば、ここまで細かい事はやらないはずだ。
 翔太郎や美希や杏子の声が、ヴィヴィオの耳に入って、それがヴィヴィオの中の寝る前の最後の記憶と直結した。
 そうだ、私はここで眠っていたのだ。
 ──そして、何故、目の前になのはが?
 なのはは、レイジングハートを鋼牙に向けて振り下ろした。

「──くッ!」

 レイジングハートを防御する魔戒剣の鞘。それが守っている鋼牙の顔は、どうやら苦痛に歪んでいるようだった。鋼牙は満身創痍と言っても過言ではない状態である。──戦うには、少しばかり辛い。体内に残留したダメージが、鋼牙の動きを鈍くしていた。
 彼は体勢を上手く立て直している。そこに左手のザルバが声をかけた。

『鋼牙! 誰だ、こいつは!? 知り合いか!?』
「こっちが聞きたいっ! 何者だ、お前はっ!!」

 鋼牙は、その一撃を払いのけ、壁際で体を翻した。
 そこに何度か、レイジングハートの攻撃が加わりそうになるも、辛うじて鋼牙はそれを避けていた。
 攻撃を先読みできる程度には、何とかまだ戦闘経験が浅い相手のようである。

「──私は、龍崎駆音とフェイトの使いッ! 名前はレイジングハート・エクセリオンッ!」

 高町なのはは、そう名乗った。
 ヴィヴィオはまだベッドから抜け出る事ができないままだった。状況を理解するのに少し時間がかかった。──レイジングハート・エクセリオン? いや、それはこんな姿ではない。
 そして、フェイトの使いとは……? その言葉が気になった。杏子や翔太郎も、その言葉に動きを止めて、眉を顰めている。
 寝ぼけた頭で必死に応えを探ろうとする。

「鋼牙、あなたの命を貰い受けます。……他は全員、ここから逃げてください。フェイトや駆音の仇である彼ら以外、危害を加えるつもりはありません」
「何だかわからないが俺の命はやれん! だいたい、俺はフェイトという少女には心当たりはない!」
「ならば何故、少女だとわかるのですか。あなたがフェイトに会った証拠です……!」

 この状況下、まさか敵が攻めてくるとは思わなかった。監視は一体何をしていたのか、という話になる(とはいうものの、起きている大の大人がずっと監視していたが、その隙を狙ったのである)。
 ちなみに、鋼牙がフェイトの事を知っていたのは、勿論ここである程度情報交換をしたからであった。鋼牙自体はフェイトと面識がない。少なくとも、魔導師の少女という情報しか得ていないのだ。

「はァッ!」

 なのはは、レイジングハートを使って、鋼牙の心臓を狙う突きを披露する。
 何とか鋼牙は真横に体を逸らしてそれを避けていた。

「くッ。なんだか知らないが厄介な相手だ……!」
『龍崎駆音の使い……? それが気になるな』
「奴の使いとなるとろくな相手じゃない。お喋りできる場合じゃなさそうだ、すぐに全員避難しろ……!」

 鋼牙が指示を出す。これでは防戦一方だ。
 まだ起きたばかりの仲間たちをどうにかして外にやらなければならないが、全員、混乱状態という感じらしい。
 これならばいっそ、もっと早く起こしてやればよかったくらいだが、鋼牙もエスパーではない。こうして侵入者が突然現れた時の睡眠組の対処をしようとはしていなかった。
 やむを得ず、剣を抜く。

「──はぁっ!」

 と、同時になのはの体を真横から剣が狙う。
 もう一方の黒い服の男──涼邑零である。
 彼もまた魔戒剣でなのはに向かって左腕に向けて斬りかかった。咄嗟になのははそれを回避し、後退する。
 慌てて周囲が彼女の元から這うようにして離れて行った。

「なんだよ、偉い美人とお知り合いだなッ! 鋼牙!」
「知らん!」
『よく知らない女に急に襲い掛かられるのは魔戒騎士のお約束だ。だいたいの場合、後から話し合いで解決するんだから、最初からそうして貰いたいもんだぜ』

 ザルバが真理を突いたところで、なのははまた一歩踏み出して、零と鋼牙を纏めて倒す方針を固めたらしい。
 いや、しかし──。

「なんだ、コイツ……」

 ──気づけば、目の前にいる女性の姿は、別の姿に変わっていた。

「その鎧は……!?」

 それは、暗黒騎士キバ──その吼える声。バラゴが変身した時の姿である。
 手には黒炎剣が確かに握られていた。マントを翻し、鋼牙を再び狙う。
 接近戦のしやすいモードに切り替えたのだ。

 ダミーメモリは、相手の記憶から敵を作り出す事ができる。
 これもまた一つの姿であった。レイジングハートの記憶の中でのキバの姿である。

『おい、こいつは……どこかで見た事があるぜ!?』

 ザルバが魂で記憶していた凶悪な敵であった。
 鋼牙も奥歯を噛んでキバを見つめる。

 何故、この女性が、自身の父親のような姿になったのか──という謎。
 闇の力は、またも彼女の周囲を照らした。光ではなく、闇のままに人を照らす奇怪な現象が今、彼らの周囲で起こっている。
 どうやら、本気で接近戦で敵を消すつもりらしい。

「お前は、暗黒騎士キバ……!」

 沖一也が言う。
 彼はこの殺し合いが開始してすぐにその鎧の怪人と出会っている。ただ、その正体に関しては既に話で聞いており、バラゴなる人物であった事も情報として既に知っているはずだ。
 姿を真似たコピーである事も、またすぐにわかった。

「──」

 隣で、何かに対する既視感を翔太郎とフィリップは感じ取る。彼らの場合は、決して、これまでに暗黒騎士キバの姿を見ていたわけではない。
 姿ではなく、この能力だ。──無条件に姿を変えてしまう力。
 これと殆ど同じような能力をどこかで見た事があり、その既視感の正体を必死で脳内から探り出そうとしている。
 ……が、候補が多すぎた。ドーパント犯罪のデータを全て回想しても、おそらくはこの一瞬だけでわかる能力はない。

「はぁッ!!」

 その既視感が確かな物になっていく前に、会議室の窓ガラスが大きな音を立てて粉砕された。窓を背に戦っていた鋼牙がその場に向けて押しのけられたのである。この部屋の窓ガラスが割れるのは二回目だろうか。部屋には一層雨と風が降り注いだ。
 ここは決して低い階層ではない。
 生身のまま落ちてしまえば、鋼牙でさえ簡単には受け身を取れない。キバはここから落とす事でバトルフィールドを変更しようとしていた。なまじ周囲を巻き込むまいとする理性が働いている分の厄介さである。キバは、その鋼牙に向けて剣を振るう。

「くっ……」

 回避するには、ここにできた穴に飛び込んでいくしかない。
 やむを得ないか──仕方がない。

「──ッ!?」

 鋼牙の姿が窓の外、雨を降らせる街の中へと飛び込んでいった。その様子に、誰もが驚愕した事だろう。──しかし、彼は直後には空中で真円を描き、黄金騎士の鎧を召喚する。完全に落下し終える直前に鋼牙の体に黄金騎士の鎧が装着された。
 黄金騎士ガロが、外で地面に着地する。
 それを追うように、ガラス窓を更に一回り破壊してキバが外に飛び込んでいった。

「チッ……!」

 零もまた同じだ。
 窓は、背中を丸めて縮めて突っ込めば、簡単に出入り口として使えるようになっていた。勿論、窓を開けてから出る事もできたが、その時間さえ惜しかったのだろう。あるいは、本能が咄嗟に彼らの後を追いかけようとして、冷静な判断を下さなかったのかもしれない。
 この出入口のの先が数メートルの高さである事を屁とも思わない彼のような人間は、躊躇なくそこに飛び込める。
 零はそのまま、鋼牙のように空中で真円を描いて、銀牙騎士ゼロとなってから地面に着地した。落ちた先で数歩かけてバランスを取ると、両手に剣を構えた。

 黄金騎士と銀牙騎士。
 かくして、二人の騎士が、雨の降り注ぐ夜空の元に暗黒騎士と対峙する事になった。
 アスファルトに反射した光が、とても綺麗に戦いのフィールドを照らしていた。






 さて、警察署の中に残った彼らだが。
 突然の来訪者に呆然としていた彼らも、だんだんと頭が冴えてきて、動き始めていた。


 ──ぱっ


 と、会議室に灯りが点った。夜二時半の会議室に、再び電気がつく。──孤門が電灯のスイッチを押したのだ。彼ら魔戒騎士たちが姿を消して、こうして光がつくまで、そう時間はかからなかった方だろう。緊急時にすべき対応というのができるあたり、孤門は流石元レスキュー隊員という所だ。
 ここまで、おおよそ警察署に残っている人間は茫然としたまま、何が起こったのか把握できない感覚に襲われている。寝起きの頭がオーバーヒートしそうだ。
 ただ、やはりこれも孤門の功績か、灯りが突いた途端に何かしらの驚きを感じる事になった。

 そう、たとえば、この会議室の人口がまた増えている事とか──

「って、ラブ!?」
「石堀さんっ!?」

 ──知り合いが目の前にいる事とか。
 美希やつぼみ、翔太郎や杏子は、こうして会議室内が眠っている間に随分と時間を進めていた事に驚きながら、混乱する頭をどうにかしようと思っていた。
 誰にも構ってもらえない暁は一人寂しそうに笑った。

「──どういう事だ? って、本当にどうなってるんだ!? あいつは何だ!? レイジングハート!? どっかで聞いた事があるような……」

 良牙が酷く混乱したように言っている。だんだんとそれぞれの頭が何らかの答えを導き出していくようになった。
 まず、時間は全員が時計で確認する。──まだ、二時半を過ぎたあたりだという事。眠っていたのは僅か一時間とかそんな程度だ。
 それに、会議室に何人は来てくれていた事に気づき、今、何か厄介な客人が来て鋼牙を狙っているという事に気づく。

「あ、えっと……」

 ただ、ヴィヴィオは、なのはの事も、フェイトの事も、レイジングハートの事も知っている分、混乱が大きい。あるはずのない物がそこにある事に対して、当然順応できず、頭がオーバーヒートするような感覚を味わう事になっていたが、それでもとにかくこのままではまずいのが明らかだ。
 ヴィヴィオも参戦する事にした。

「ク、クリス。何だかわからないけど大変だから手伝って!」
『(コ、コクコク)』←右目を手でゴシゴシしながら

 眠たいのはわかるが、とにかくどうにかしなければならない。



「セイクリッドハート・セットアーップ!」



 突如としてクリスを装着して大人モードへと変身したヴィヴィオが注目の的になる。何故、ヴィヴィオがこの時に変身したのか誰もわかってないようだった。
 ヴィヴィオがどうにも気まずそうな表情でとにかく簡単に事情を説明する。

「あ、あの……私もちょっと行ってきます! あっ、でも私だけでも何とかなりますから! そこは心配しないでください」

 事情の説明……と呼べるかはわからないが、こんな感じであった。
 知り合いがあんな事をやっているのが恥ずかしく、一刻も早く止めねばとヴィヴィオは焦っている。
 割れた窓ガラス──この会議室の窓が割れるのは二度だ──を開き、なるべく危険のないような状態にしてから外へ出ようとする。
 そして、窓枠に手を置いたところで、ふとヴィヴィオはある事に気づいた。

「あ、その前に──杏子さん、良牙さん。ちょっと……バルディッシュとマッハキャリバーを貸してください」

 杏子と良牙が、突然自分に声がかかって、きょとんとした表情をした。






 黄金騎士と銀牙騎士が暗黒騎士と戦う──この光景は、かつても見た事があるだろう。
 しかし、そこにいる暗黒騎士はバラゴが変身した物ではない。その点では、全く初めての戦いだと言えるだろう。
 剣同士がまじりあい、金属音を夜の街に響かせる。鎧にぽつぽつと雨粒が落ちていくが、刃の通り道で雨粒さえ断ち切られていく。

「ハッ!」

 優勢なのは、明らかにガロとゼロであった。
 戦闘経験においても、人間の体の使い方にしても、勿論、その鎧が正真正銘ソウルメタルであった点でも、確実に勝っていた。
 黄金剣や絶狼剣が鎧に到達する度に、似非デスメタルは不完全な防御を行い、レイジングハートそのものにも巨大なダメージを与えていく。
 いや、しかし──。
 敗北するわけにはいかない。

「やはりこの姿では難しいようですね」

 レイジングハートにとって、より高い戦闘能力を発揮できる姿。
 それは、勿論高町なのはの姿だ。両手足のヒットなども考慮に入れれば、やはり成人体が丁度良い。ツインテールの茶髪を揺らし、あの邪悪な狼の異形から、精悍な美少女への変身。
 まさしく、それは異様であった。

「──このフィールドならば、いっそこちらの姿で行きます」

 偽レイジングハート・エクセリオンを両手に構えたまま、桃色の羽をブーツに出現させると、そのまま飛翔する。
 飛翔した敵に対しての攻撃手段は二人の騎士には少ない。それこそ、高く跳躍するか、剣圧を届かせるかの二択だが、空中というフィールドをより自在に操る事が得意なのは、この空戦魔導師であった。

『Divine Buster』

 桃色の光が、空中から降り注ぎ、ガロに直撃する。
 ガロは顔の前に黄金剣を翳したため、厳密にいえば勢いはそちらで吸収し、鎧にはほとんど到達しなかったのだが、ガロはそのまま数歩分だけ後退させられた。
 両肩にだけディバイバスターの魔力の残滓がぶつけられたが、彼は冷ややかな表情でその痛みを堪えた。
 どうやら、このディバインバスターなる技は相当な強さらしい。

「これはフェイトの分です」

 レイジングハートは、ダミーメモリでその体をフェイト・T・ハラオウンの姿へと変じる。
 そして、彼女の声で叫ぶ。

「サンダースマッシャーッッ!!」
『Thunder Smasher』

 遠距離直射型魔法、サンダースマッシャーが放たれる。
 それは、またもガロに。──彼女の恨みの対象は、そこにある。
 隣にいるゼロも勿論打倒すべき相手だが、まずはガロだ。
 諸悪の根源、といえばゼロ以上にガロが浮かぶ。
 これは電撃を起こす魔法だ。仮に黄金剣が防いだとしても、次の瞬間に全身を一度電撃が伝う。ましてや、この天気だ。
 サンダースマッシャーは、そのまま、魔戒騎士でさえ対応できないスピードでガロに直撃した。

「……がっ!!」
『ぐぁあっ!!』

 ガロとザルバが電撃を受けて、体内に伝うそのダメージを悲鳴として絞り出した。
 大声を出す事で緩和できるような負担ではないが、本能的にそれ以上の逃避手段が出てこなかったのだろう。
 確かな手ごたえを感じたレイジングハートは、心の中で歓喜の笑みを浮かべた。

 バルディッシュ・アサルトをサイズフォームに変形させると、レイジングハートはそのまま、空中から地上へと急降下を始めた。
 フェイトの速度があれば、距離が縮まるのは殆ど一瞬だ。
 巨大な金色の魔力刃は、黄金騎士ガロを狙って振り下ろされる。──左肩へと。

「──ッ!?」

 鋼牙の左手は先ほどまで、強烈な痛みによって支配されていた。
 だが、その痛みもまだ完全には退いていない。最も危険な弱点を聞かれれば、間違いなくここだと言える。
 知ってか知らずか、レイジングハートのねらい目はそこであった。



 しかし──



「おりゃあっ!!」

 それが到達する前に、真横から助け船が来たのであった。
 銀牙騎士ゼロは、ガロとレイジングハートとの間に割って入ると、両刃をクロスさせてバルディッシュ・アサルトの魔力刃をそこにぶつける。
 刃と刃が拮抗し、雨と相まって爆ぜるようにビリリと音を立てる。
 しかし、それは物ともしなかった。目の前で起こる光に眼を痛めながら、後ろにいる仲間を守ろうとした。
 目の前で突如大きな火花が散ると、レイジングハートは後方に退いた。
 そこでゼロが片膝をつく。

「すまない、零……!」
「別にお前の為にやったわけじゃない」

 お約束っぽい台詞をかけた瞬間、そこにもう一人、格闘を得意とする一人の魔導師が降下してきた。
 いくつかのインテリジェント・デバイスを胸に抱えながら、降りてくる少女は──

「やめて……!! レイジングハート!!」

 ──レイジングハートの名前を呼んだ。
 高町ヴィヴィオである。






 孤門、石堀、翔太郎、フィリップ、一也、良牙は窓の外で繰り広げられている戦いの方を見ていた。落ち着いてその様子を伺いながら、たまに警察署内の方に目配せをする。
 今のところ、増援はかえって邪魔になるだけと考えていいだろう。
 そこをよく見極めていたからこそ、彼らは「観戦」という立場になっていた。いざという時は、翔太郎であれ、良牙であれ、一也であれ、石堀であれ、彼らに力を貸す事はできる。
 その辺りに安心感はあった。
 少し気がかりなのは、今まさに飛び出していったヴィヴィオくらいである。
 外の様子に注意しつつも、翔太郎と良牙は他数名にここまで一時間ほどの経緯を聞いていた。

「結城さん……死んじまったのか」

 一つのショックとともに、翔太郎は項垂れた。






「美希たん!」
「ラブ!」
「とにかく……ひとまず良かったですね、二人とも」

 三人のプリキュアは、とにかく再会を喜んでいた。今がそうそう喜んでもいられない状況であるのもわかっているが、やはり再会の喜びというのは理性では押し込められないものだ。二十四時間以上にもわたって、お互い心配し続けたのである。
 ラブなんかは、すぐに「会いたかったよ~」と涙半分に美希に抱き着いてしまった。
 全く、子供のようだが、この状況下では仕方ないくらいだ。
 焼死体になった祈里や、血まみれのせつな──二人の姿を見てしまったラブは、より一層、生きている友人に会えた事への喜びが強くなっていた。この温もりは、生きていなければ味わえない。

「……桃園ラブか?」

 杏子が、何やら複雑そうな顔でその様子を見ていた。
 その声に、ラブは抱擁を解く。
 友人になった美希に友人がいた事に嫉妬しているのではない。「桃」の名を持つ少女──それが、どこか懐かしかった。
 そう、佐倉杏子の妹の名前は、「モモ」という名前であった。
 随分と明るい性質を持った、このラブという少女に多少の困惑はあるものの、やはりどこか自分よりも幼いところのある少女に見えた。それは、やはり育った環境の違いによる点も否定できないかもしれない。温室育ちかどうかはわからないが、おそらく杏子のようなタイプでは発揮できない明るさだ。

「うん! あなたは佐倉杏子ちゃん……?」
「あ、ああ……そうだ」
「よろしく! マミさんとお知り合いだよね?」

 ──マミ。
 その名前に、杏子は少しだけ眉を顰めた。勿論、マミは知っている。
 彼女は杏子にとって、魔法少女の師匠のような存在である。
 まあ、もう死んでしまっている。死んでいるが──。

「マミと会ったのか?」
「うん。……杏子ちゃんの事、よろしくって言ってたよ……」
「そっか……」

 つぼみに続いて、二人目だ。また伝えなければならない。つぼみの方を見やる。
 つぼみも俯いた。杏子とマミの魔法少女仲間という境遇を、何となく察したのだろう。
 杏子としては、マミがラブに杏子の事を伝えたという事が心苦しくもあった。杏子としては、マミの死──それも二度目の死──に際して、別段、深く考えたかというと、そうでもない。いや、確かに考えてはいるが、想われた分を返したかと言われると甚だ疑問と呼べる所である。

「ちょっと待った。あんこちゃん、君は──」
「あんこじゃねえッ! 杏子だッ! 馬鹿野郎ッ!」

 全くの初対面だが、全く咄嗟に杏子はそう言ってしまった。
 何故だかはわからない。涼村暁の表情には何故かそうさせるだけの力があった。
 もはや、怒鳴った事に対しての後悔さえ出ないレベルである。むしろ、暁が少しでも落ち込めば「してやったり」という顔にもなれる。今はまさしくそんな顔になりかけているところだった。

「俺なんか悪い事したか……?」
「人の名前を間違えるのは失礼ですよ。言いすぎだとも思うけど」
「まあいいや。佐倉杏子ちゃんね。ちゃんと刻みました~♪」
「って、切り替え早っ!」
「人の名前は一度聞いたら忘れないの。なんてったって俺はハードボイルド名探偵・涼村暁でスーパーヒーローシャンゼリオンだからさっ!」

 くるりと回転しながらそう言うものの、たまに石堀の名前が石川だか石崎だかわからなくなる暁であった。
 彼が暗唱できるのはコンビニの数ほどいるガールフレンドの名前、及び女性の名前だ。男の名前は憶えられる時と覚えられない時がある。

「ハードボイルド名探偵だと? 聞き捨てならねえな」

 隣から、あからさまに面倒くさそうなタイプの探偵が突如として絡んでくる。
 その名も左翔太郎だ。今まで外の様子を見ていたが、「ハードボイルド」と聞いたからにはこちらへ向かってくるしかない。暁の様子をじろじろと嘗め回すように見て、何かを考えているらしい。
 今、まさしくシャーロック・ホームズ的に暁の身なりを見て性格や出身地を当てようとしたところだが、全く思いつかなかったらしく、呆れたような所作で誤魔化しながら、暁を挑発する。

「こんな馬鹿そうな長髪野郎がハードボイルド名探偵? ……ハッ、笑わせるぜ」

 翔太郎が見抜けたのは、馬鹿そうである事と長髪である事だけだ。──ただ、その二つは大当たりである。
 普段ならばもっと見抜く事ができたかもしれないが、どうも暁という男の外見から見抜けそうなデータは少なかった。

「なんだと!? なんだか知らんがいきなり随分失礼だなお前」
「言っておくが、俺たちも探偵だぜ。それも、お前の一億倍ハードボイルドな探偵だ。お前如きにハードボイルド名探偵を名乗らせるかよ」

 こう言われるとムキになる性格なのが暁だ。双方とも、だんだんとイライラし始めているらしく、この二人が勝手にヒートアップしていくのを、女子中学生たちは冷ややかな瞳で見つめた。

「じゃあまず、俺も今から名推理してやる。お前の本質はただの恰好つけ野郎だ! 一目でわかる! だいたい、なんだその帽子は。全然似合ってねえんだよ」
「何ィッ!? 俺のこの帽子が似合わないッ!?」
「こんな帽子は、今から俺がカップラーメンの蓋の上に載せて重しにつかってやる!」
「あ、返せ……! 俺の帽子、俺のハードボイッ!」
「誰か! カップラーメンをくれ! 今からこいつをカップラーメンの為に使ってやる」
「やべどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 暁が翔太郎の頭の上から奪った帽子を、フィリップが横からひょいと取り上げた。

「……涼村暁に、左翔太郎。巡り合う二人のバカ探偵か。案外似た者同士かもね」
「「はぁっ!? コイツが俺と!?」」
「……会ってみたら一体どんな化学反応を起こすか楽しみだったけど、大方予想通りだ。今後ともこんな感じでよろしく。で、君はシャンゼリオンだね。じゃあ、これは僕たちからの贈り物だ。これと引き換えに、こっちのバカ探偵の帽子を返してもらおうか」

 暁が呆然としているところで、フィリップの手から変な水晶の結晶体が渡される。

「何これ? なんか高く売れそうだな」
「売れない。それはシャンゼリオンのパワーアップアイテムだ」
「パワーアップアイテム!? これが……!? ま、まあ貰えるなら貰っておくけど」

 暁がパワーストーンを見て、驚いている。何せ、そんな事実はスーパーヒーローマニュアルⅡのどこにも載っていないのである。全く未知のアイテムだ。
 とにかく、貰える物なら貰っておこうと、ポケットの中に入れる。
 折角のパワーアップアイテムを雑にポケットに入れる姿をフィリップはジト目で見つめた。

「で、杏子ちゃんに何か話があるんだろう? こんな馬鹿な事をやっていないで、そっちを優先した方が良い」

 フィリップが滑らかな口調でそう言い返した。このまま話し続けるとこっちがおかしくなると思い、未然に危機回避したのである。
 暁は、ふとその言葉で自分が杏子に話しかけていた事を思い出した。そうそう、杏子に用があるのだった。
 暁が杏子に向き直ったあたりで、フィリップは翔太郎に帽子を返した。

「あ。そうだ。俺は俺でほむらと会ってみたりしちゃったりしているわけなんだけど」
「え!? あいつとしちゃったのか!? あんた大人なのに……」
「言葉を区切る場所を間違えるなっ! 会ったんだよ! 会っただけだ。とにかくだ、あんたもあれ。魔法少女なんだろ? ならほれ、ソウルジェム見せてくれ」
「は!? なんで!?」
「とにかく見せて」

 幻滅したり子供レベルの喧嘩を見せつけられたり……なんだか暁のペースに飲まれがちというか、驚かされがちな杏子ではあったが、まあとにかくソウルジェムをとりあえず手に取るだけはした。
 暁の事を信頼しているわけではないので、あくまでしまい込んでいたソウルジェムを露出させただけだ。もし暁がソウルジェムという弱点を知ったうえで杏子の殺害を企てているのならば、このままみすみすやられるだけになってしまう。

「ふーん、まあ綺麗だな」
「何だよ、一体。人のモノをジロジロ見て……」
「……これならまあ、大丈夫なのか?」
「だからなんだよ。別に高く売れないぞ」
「いや、高く売れるならそれに越した事はないんだけど。……だって、これが穢れていたら、魔法少女はまj──」

 何かを言いかけた暁に杏子は顔色を変え、その口を手で塞いだ。
 咄嗟の対応である。杏子は鋭い目つきで、低い声で暁に言う。

「──どこで知ったか知らないが、それ以上言うな。殺すぞ」

 暁は動揺していた。何故、突如として杏子がこんな行動に出たのか、暁には全くわからなかったのだ。
 しかし、とにかく、それが触れてはならない事だというのは察した。
 確かにほむらも、実際にそうなる直前まで、魔女についての説明は一切しなかったはずだ。
 それを思い出し、暁は何度も頷く。傍から見れば、迫力に押されているようにしか見えないかもしれない。
 まあ、この様子を見た限りでは、魔法少女というのは元来野蛮な性質の持ち主なのかもしれない。ほむらにも何度銃をつきつけられた事か。
 野蛮人魔法少女(偏見)ではなく、成人君主プリキュア(偏見)である美希が、横から杏子を注意しようとしていた。怒っているというよりは戸惑ったようなしぐさで、杏子に向けて放つべき言葉を用意する。

「ちょっと、杏子……! どうしてそんな言葉を……」
「あー、いいよ。全然。ここは俺が悪かったっていう事で」

 しかし、杏子の言葉遣いに関する注意は暁が遮る。
 どちらかといえば、美希より杏子の方が「近い」人間である事を本能で見極めたのだろう。
 ただ、美希もどちらかと言えば暁の好みのタイプではあったのは一応付記しておこう。

「で、杏子ちゃん? 魔法少女である君に、一つプレゼントがある」
「なんだよ」
「ほら、これこれ」

 自分たちが持っていたその辺のデイパックを漁る暁の手から出てきたのは、グリーフシードであった。ここにいる誰にも──照井竜の知り合いにも──情報は行き渡らないが、これは照井竜という人物の支給品であった。
 杏子が一瞬、そのプレゼントに目の色を変えたのを暁は見逃さない。

「どう? 欲しい? まあ、いいや。いらなくてもあげよう。とりあえずこれをどっかで役に立ててくれ」
「いいのか……?」
「だって魔法少女ってもう杏子ちゃんしかいないじゃん。いいんじゃない? 売れないし」
「高く売れるとしたらくれるのか……?」
「…………………………」

 暁は返事をせず、固まった。かなり悩んでいるようである。
 そんな様子を見て、杏子は溜息を吐き出した。

「……とにかく、ありがとうと言っておくよ」
「えへへー」
「ん。そうだ、ほむらって言えば──」

 杏子は、ふと、ほむらの事を思い出した。
 ほむらの事では一つ心当たりがある。──そう、まさしく、この警察署内に「ほむらが眠っている」という事だった。






「レイジングハートなんでしょ!? ねえ!」

 ヴィヴィオは母親の姿を模したインテリジェント・デバイスに問いかける。ガロとゼロも構えつつ、動きを止めてヴィヴィオの方を見た。
 精悍な瞳で見つめたいところだが、やはりそうもいかない。戸惑いが顔に現れている。何故彼女が飛び出してきたのかという一点にその戸惑いの理由が込められているだろう。
 ただ、突然現れた少女に戸惑っているのは、何も魔戒騎士たちだけではない。レイジングハートも同じであった。

「あなたは……」
「私、高町ヴィヴィオ! み、未来から来た高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの娘ですっ!」
「……残念ですが、女同士で子供はできません」

 きわめて常識的な返答をレイジングハートは咄嗟に返す。
 いや、確かになのはの娘の話題は結構前に出ており、レイジングハートの記憶にもあるが、まさかこんな素っ頓狂な答えが出てくるとは思っていなかったのだろう。

「ゔっ……。え、えっと……それは……何か色々と複雑な事情がありマシテ……。まあ、とにかく、落ち着いてっ! 何だかわからないけど、とにかくまず話を聞いて。落ち着いて話し合おう? ね?」

 痛い所を突かれながらも、とりあえず取り繕うように諭すヴィヴィオ。
 ヴィヴィオは勿論、レイジングハートに対して攻撃の意思はなかった。
 ただただ、落ち着くならば落ち着いてもらおうと──そう行動する。
 レイジングハートにとっても確かに知り合いであるデバイス──バルディッシュもここにいた。
 マッハキャリバー、アスティオンも共に連れている。

「……」
『Raising heart』
『にゃー』

 各種デバイスも含め、レイジングハートの方に目を向ける。

「じゃあ、バルディッシュ。あなたに訊きましょう」
『OK』
「彼女の言っている事は本当ですか?」
『……』

 バルディッシュは口ごもるようだった。
 彼もまだ、ヴィヴィオが将来的になのはとフェイトを母とする子供だという事をちゃんと飲み込めてはいないようだった。
 それもまた仕方のない話だ。バルディッシュにとって、フェイトはまだなのはと出会う前の、母に従う少女である。その後の話をされた挙句に、(まあレイジングハートより詳細に事情を聞かされてはいるが)なのはとフェイトの子供という意味不明な話をされても信用するはずがない。

『I don’t know』

 バルディッシュは正直に応える。ヴィヴィオは、後ろで「ですよねー」と何となく思った。

「……わかりました」

 と、レイジングハートは大人なのはの姿へと再びフォームチェンジした。

「とりあえず、マスターの子供と名乗るあなたも纏めて、相手をします」
「ええーっ!?」
「戦って敵を知る。マスターもやっていた事です。安心してください。あなたに対する攻撃は、なるべく非殺傷設定のつもりで行います」
「人の話聞いてー! つもりって何ーっ!?」
「──行きます」

 説得に行ったつもりが、結局戦闘に巻き込まれる形になり、ヴィヴィオが落ち込む。──が、次の瞬間のヴィヴィオの構えは、本気が感じられる物だった。
 二人の魔戒騎士は、ここで誤解が解ける未来を一応想定していたのだが、やれやれ、これからまた一戦か……と憂いた。
 しかし、──時間にして、99.9秒。時間が来たので、鎧は解除しなければならない。
 やむを得ず、鋼牙と零は鎧の解除を解く。

 レイジングハートはまたも空中へとフィールドを変える。

「……まず基本から行きます。ディバイン……バスター!!」
『Divine Buster』

 ディバインバスターが地面に向けて放たれ、鋼牙と零が慌ててそれを回避する。
 アスファルトが弾けて、地面から石が飛んでくる。──ガミオの攻撃に関しても、時間がないのに、と鋼牙は舌を噛んだ。
 しかし、同時に、ふと自分があの攻撃の痛みが引いているような感覚も感じ取っているのを再認識した。──大丈夫だ。どういう理屈かはわからないが、しばらく戦えそうだ。
 体内に残留した痛みはあるが、それとは区別された痛みが消えているのを感じ取ると、どこか楽になった気分にもなる。

「──基本がこれかよ」

 零が愚痴る。余裕があるように見えるが、その顔は険しい。
 明らかな誤解で狙われた挙句、敵が妙に頑固だと、苛立ちが湧いてくるのも仕方がないだろう。



 ヴィヴィオが、きりっとした表情でレイジングハートに言った。

「──わかった。それじゃあ、なのはママ……じゃなかった、レイジングハート! ストライクアーツ──高町ヴィヴィオ、全力全開でこの決闘、受けさせてもらいますッッ!!」

 こうして戦いに直面すると、やはり血が騒ぐ部分がヴィヴィオにもあった。
 ぐっと拳を握りしめて、前へ踏み込む。
 全力全開──そんな言葉に、懐かしさを感じながら、レイジングハートは、地を蹴ってこちらに向かってくるヴィヴィオの魔力を感じ取っていた。
 前へ踏み込み、拳をねじ込もうとしている彼女の姿は、一瞬、高町なのはやフェイト・T・ハラオウンの姿を重ねさせた。
 ならば、戦う必要はないのではないか──と思うかもしれないが、いや、レイジングハートは、「だからこそ」ここで戦うのも一つの手だと思っていた。
 気を付けるべきは隣にいる鋼牙と零だろうか。彼らの不意打ちが来ないかを内心で心配しつつも、ヴィヴィオに殆どの意識を集中させる。

「──ディバイン」
「──アクセル」

 二人がお互いに向けて技を発動しようと、魔力を溜め──

「シューター!!」
「スマッシュ!!」

 放つ。
 砲撃魔法と格闘魔法の二つが直撃し、爆発。
 それぞれの一撃が犇めき合い、そこを注視していた全員の眼を一度瞑らせた。

『なんか随分と過激な奴らだな。俺様としては、もうちょっとクールにやって欲しいもんだぜ。どう考えても狂ってるぜ、こいつら』
「……」

 ザルバがかなり冷静に実況したのを、鋼牙は黙って聞いていた。
 とりあえず、自然に対象が変わったらしい。鎧を解除してもしばらくは何とかなりそうだろう。ただ、これにあまり派手に巻き込まれるのだけは避けたいと二人とも思っていた。

「……帰りたくなってきたぞ、鋼牙、ザルバ」
「『同感だ』」

 今もまた、流れ弾のような桃色の魔法力がそのまま彼らの脇を通りすぎて向こうの地面にぶつかったようである。勿論、アスファルトだろうが何だろうが地面が粉砕。
 何となくドライな気分で二人はそれを見つめていた。
 通常の人間ならばパニックになるだろうが、魔戒騎士たる彼らはそこの辺りは冷静だ。

「ソニックシューター!」

 ヴィヴィオの魔法光がレイジングハートに直撃していく。
 空中で花火が爆ぜるような煙があがるとともに、その煙の中からフェイト・T・ハラオウンへと変身したレイジングハートが出現する。
 体格は大人なのはより数段小さくなり、そのお陰もあって、フェイトは更にハイスピードになったように錯覚させた。

「──ハーケンセイバー!」

 突如自分に向けられて放たれた金色の刃に、ヴィヴィオは対応しきれなかった。
 ──変身。
 レイジングハートは、何故か知らないがあらゆる物へと変身する能力を有している。
 いや、そもそもインテリジェント・デバイスである彼女がこうして人間の姿になっている事自体が結構異様なのだが、それにしても、こうして自在に姿を変えてしまうのは尚異様ではないだろうか。
 ヴィヴィオも、その雷刃の直撃に、咄嗟に防御力を上げるくらいの対応で臨んだが、勿論、その程度で完璧に防ぎ切ったとは言い難かった。

「うわああああああああっ!!」

 多大なダメージを受けて、地面に落ちていく中で、レイジングハートのこの反則に近い能力を呪う。
 さて、ワンパターンになるが、またもアスファルトの地面を砕いて煙の中から立ち上がり、ファイティングポーズをする事になる。ヴィヴィオは拳を前に出して構えながら、敵がどう出てくるのかを待った。
 このまま、フェイトの姿を使用し続けるならば、自然と、接近戦を使う可能性が高い。
 実際、その判断は間違いなかった。

「──はあああああああああああああっっ!!」

 フェイト・T・ハラオウンに擬態したレイジングハートは、躊躇なくヴィヴィオのもとに向かってくる。
 雷刃はやはり携えている。
 どうこれを崩すか、という問題が目の前に迫っていた。このまま待っていても、勿論やられるだけだが、ハーケンセイバーのヒットは結構大きい。純粋な格闘では相手にする事がないような標的であるため、その対応は戦えながら考えなければならない。
 ……やはり、こうして、「試合」から「戦場」の場へ移されると、己の無力さというのが浮き彫りにされるものだ。

「──ッ!」

 ヴィヴィオが咄嗟にした行動は、刃が振るわれる前に、跳ぶ事だ。
 それも、ほとんどギリギリで。足の下を掠るように、ハーケンセイバーが横切っていく。ヴィヴィオは次の瞬間に、足に魔力を溜めて敵の顔面に向けてかかと落としを決めた。

「ぐっ……!」

 ハーケンセイバーは剣そのものが大きい分、使用者は振り回されやすい。
 その要領は、たとえダミーメモリの力で作られていても変わらない物であった。
 ゆえに、この瞬間、剣を振るってしまった以上、そこから体制を崩すのが彼女には酷だったのだ。思わず、剣をどうにかしてヴィヴィオに当てる事を考えてしまったが、攻撃が当たる瞬間に別の物体に姿を変えれば、すぐにヴィヴィオの攻撃を回避できただろう。
 しかし、初心者がそれだけ上手くダミードーパントとして活動できるはずがなかった。

「全力全開! ディバイン……」

 かかと落としを受け、頭部にダメージを感じていたレイジングハートの前で、ヴィヴィオの声が聞こえた。

「バスターーーーーー!!!!」

 まさしく、それは相棒・高町なのはと同様の技であった。
 至近距離から、ヴィヴィオの掌から放たれる砲撃魔法を受け、レイジングハートの体は後方に数メートル吹き飛び、ガイアメモリを排出する。
 黒い装束もすぐに吹き飛び、全裸になったレイジングハート。
 全裸──それは、ヴィヴィオたちの世界では敗北を意味していた。ダメージに耐え切れず、バリアジャケットは破れ、肌を晒す。いかに肌が露出されているのかは、彼女たちの世界ではダメージの指標である。

「間に合ったか……って、うわっ! タイミングが悪かった……」

 一也が、ちゃんと正面の出入り口を通って、ヴィヴィオのすぐ傍にやって来た。レイジングハートの全裸体に少し赤面しているようだ。
 彼が殆どランニング状態で駆けてくるところを見ると、警察署内の人間がいかに落ち着いて観戦していたのか──というのがわかる。
 この戦いを、彼らはあまり深刻にはとらえていなかったらしい。聞きたいのは主に開戦理由等等だが、見たうえで何となくそれがわかってきたらしいのだ。そのうえで放っておいたというのが解答である。
 まあ、この緊張感のなさは、やはりガドルが死亡し、こうまで全員が集まって来た事による万能感が無意識に働いていた事とは無関係ではないだろう。
 一人落ち着かない良牙などは、なかなかに窮屈な想いをしていたのではないかと思われる。

「……ううっ……」

 レイジングハートの肌に雨粒が落ちていく。
 髪や肌に次々と雨粒がかかっていく。そんな彼女の元に、ヴィヴィオは歩いて行く。
 この戦いに来てから、勝利というと、まあ後味の悪いものになる事が多い。
 だが、今度はさせまいとヴィヴィオは思った。

「……ありがとう、ございました」

 それは、戦いを終えた後の礼であった。
 勝敗を決する戦いの中で、本気でぶつかった人間同士にはそれが芽生えるのだった。
 それが格闘。ストライクアーツという物だった。
 ヴィヴィオは変身を解除する。

「……ほら。服を着ろ」

 鋼牙が、歩いて行って、吹き飛ばされてしまった黒衣をレイジングハートに渡す。レイジングハートは、きわめて当惑したような顔であった。しかし、乱雑にではあるが受け取るだけはした。

 鋼牙は別に優しさをアピールしたいわけではないが、とにかく素の気持ちでその判断をしたのだった。この雨の中でこの状態というのはなかなかきついのだろうと思ったのだ。
 そんな姿を見て、一也は言う。

「なんだか女性の裸が前にあるのに、やたらと冷静だな……」
「慣れてるからさ」

 零が答えたが、変な誤解をされかねない返答である。
 一也がぞくっとした表情で、思わず零に顔を向けた。

「慣れてるって……」
「あんたの考えている意味じゃない。俺たちの敵、ホラーは何故か裸で現れる事が結構あるんだ」
『ホラーに魅入られる人間は、何故かやたらとレベルが高いからな』

 とりあえず、納得したような納得していないような顔で一也はその話題をやめた(おそらく納得していない)。
 まあ、とにかく一也にはまだヴィヴィオに言わなければならない事があったのである。それを伝えるべく前に歩いて行こうとした

「えっと……レイジングハート、どうしたら信じてもらえるかな?」
「……」
「確かに、なのはママやフェイトママが私の母親だって言われて信じられないのもわかるけど……うーん……」

 ヴィヴィオが頭を悩ませている。
 隣でクリスが一緒になって何か考えているようなそぶりを見せた。
 それを見て、一也はやれやれと肩をすくめた。

「……フィリップくんからの伝言だ。『信じてもらえないなら証拠を出せばいい。ウサギちゃんが隠している写真を見せてね』との事だ」

 と、そう言った瞬間、何かを考えていたヴィヴィオの頭に稲妻が走ったような感覚が過った。

「あーーーーーーーーーーっ! そうだ、クリス! 日常録画機能!!」
『(ハッ!)』←はっとした様子

 まさしく、それであった。
 クリスには日常録画機能なる機能がついており、写真が撮影されている。
 その中には、この殺し合いの記録もあれば、それ以前の個人的な写真もあるのだ。
 勿論、高町なのはやフェイト・テスタロッサの姿も映っている。
 すっかり忘れていたが、あれを使えばレイジングハートも、少なくとも未来のなのはとフェイトを見た事での納得は抱けるはずだ。
 クリスは、すぐにそれを映した。

「……」

 レイジングハートの眼の下を伝ったのは、果たして雨だったのか、それとも違う液体だったのかはわからない。
 ただ、そこにはレイジングハートの知っている少女たちの、未来の姿があった。
 未来の彼女たちは、まだまだかつてと変わらない笑顔であった。レイジングハートやバルディッシュもそこに映っている──いまとは違い、羽根の生えた姿にはなっていたが──。

「私、本当は古代ベルカの聖王オリヴィエのクローンなんだ。私には、親もいないし、ママもいない。そんな私を引き取って、ママになってくれたのが、なのはママとフェイトママ。だから、別に私は女同士で生まれた子供じゃなくて……。……うん? あれ? なんで女同士だと子供が生まれないんだろ? なんで男と女じゃないと子供は生まれな──」
「そ、その話題はともかく……! 今はレイジングハートに事情を説明するんだ……!」

 一也が慌てたように逸れかけた話題を元のレールに引き戻した。
 鋼牙がただただ黙っている。零はそれを見て少しおかしそうな表情をしていた。

「そうそう。だから、別に私がなのはママの娘である事は何もおかしくないんだよ」
「……少しおかしいような気がしますが、大方の事情がわかったので、おかしくない事にしておきます。……で、なぜ鋼牙や零と一緒にいるんですか? そいつらは悪い奴です」

 レイジングハートが訊いた。まだ、その口調には憎しみが込められている。
 その言葉を聞いて、ヴィヴィオが僅かな間、固まった。まさか、レイジングハートは誤解をしているのではないか──と、ヴィヴィオは思う。

 いや、まさしくその通りだ。鋼牙のこれまでの経緯は全て聞いているが、悪い事をした様子など欠片もない。開始直後に一条薫と合流してから、ほぼマーダーとしか戦っていないらしい。それを裏付けているのは、つぼみや良牙のように一緒に行動し続けた人間だ。

「え……。鋼牙さんがフェイトママの仇って言ったけど、………………えっと、それ、全然違うよ?」

 安心させるような笑みと、言っている当人自体のどこか不安そうな表情。
 どこか、彼女を憐れむようなところも見られる目。
 レイジングハートたちは至って真剣だが、その姿ははた目から見ればかなり滑稽だ。
 その場に微妙な空気が流れ、乾いたような風(勿論、雨の中なので渇いているはずがないが)が吹く。落ちてくる雨がかえって虚しい。

「………………は?」

 少し黙って、ヴィヴィオの言った意味を数秒かけて理解した後、魔の抜けた声で、レイジングハートはそう言った。
 改めて、言い直すレイジングハートであった。

「フェイトママやユーノさんの命を奪ったのは、ゴ・ガドル・バっていう人で……えっと、鋼牙さんは良い人で」
「……ガドルは倒された」

 横から一也が口を挟んだ。

「……だそうです」
「………………」

 レイジングハート・エクセリオンがフェイトの姿のまま固まる。まるで機械の模範のようだった。全員の視線が彼女の元に注がれる。誰もが、どこか優しい目をしているように感じられた。
 とにかく、レイジングハートは思考する。

 この空気。
 この視線。
 この感覚。

 ──いや、これは明らかに、まずい空気だ。
 それは、機械であるレイジングハートもすぐに理解した。

「ねえ、もしかして……うっかりしてる?」

 かなり、うっかりしてここまで来たのではないかと。
 ヴィヴィオはそう思う。──いや、まさしくこの周囲にいる全員が、彼女がついうっかり何か間違えてここに来たという考えを固めた。
 レイジングハートに向けられるこの視線はそうして作られているのだろう。
 レイジングハートは、頭の中で少し冷静に考え──そして、そこから導き出される結論を纏めた。

「………………とても不幸な誤解があったようです」

 これだけの視線を前にすると、思わず恥ずかしくなり、レイジングハートは素直にそう認めた。
 安堵して、二人の魔戒騎士が構えを崩す。剣を鞘に納めると、ゆっくりと肩を下した。

「……なあ、鋼牙。あんた、もしかして誤解されやすい人間なのか?」
「一番面倒な誤解をしたお前が言うな。──まさか、今回もお前のせいじゃないのか?」
「おいおい……」
『主人公の、あ、いや……ヒーローの性って奴だな。まあ仕方ない』

 零と鋼牙とザルバが、どこか気の抜けたように言った。
 やれやれ、と。
 とにかく、まあ一件落着だろうと、彼らはぞろぞろ警察署に帰ろうとしていた。






 ────まだ、その時までは、まだ全く平和な時間であったという事に、誰も気づいていなかった。

 この殺し合いの最中、街中の至る施設を捜して走る『闇』がある。
 彼の名は、ン・ガドル・ゼバ。──新しく究極の闇となったグロンギの怪人である。
 まず彼は中学校側の街に誰もいないという事を僅か一時間で確認し尽くした。

 そして──須らく、燃やし尽くした。
 雨の最中、燃える炎が、それまでそこにあった街を崩していった。
 こうして街を燃やし尽くせば、隠れている参加者も逃げられない。あるいは、気づいてガドルの元にやってくる者もいるだろう。街のどこかに参加者がいれば、ほぼ自動的に火元を探り、やって来る可能性が高いと思っていた。
 ──だが、この街にあったのは遺体だけだ。

 早乙女乱馬であったり、山吹祈里であったり、東せつなであったり、姫矢准であったりもしたが、いずれも彼が巻き起こす炎の最中に消えていった。
 それらが果たして、白骨へと変じるまで消えていってしまうのかはわからない。
 原型を求めるのならば、──祈里以外に関しては、究極の闇が齎すこの雨が救いとなってくれるかもしれない。
 この業火を見れば、その救いというのがごく僅かな可能性でしかない事も理解できるだろうか。
 かつて園咲霧彦と戦ったはずの場所も、ガドルの業火が焼き尽くし、消してしまった。それは人間ならば切なさを感じてもおかしくなかったが、今の彼にとっては何でもないただの「仕組み」だった。

「──」

 後は、そう……ガドルもわかっている。
 今すぐにとは言わないが、警察署だ。
 この行動は、勿論こちら側の街にいる人間を殺害する計画でもあったが、同時に逃げ場を完全に塞ぐ術でもあった。

 ──先ほど、逃げた奴らは首輪をしていなかった。禁止エリアを隔てた向こうに行ったのはわかっている。だが、その前に、逃げ場を失わせておきたかった。こちら側の街は全て炎の中だ。雨も降り続いているが、まだしばらくは炎の道が続いている。
 何階層にも別れた炎のフェンスが彼らに逃げ場を失わせるだろう。
 奴らは毎回、逃げ場を作ってどこかへ逃げてしまう。その前に、こうして逃げ場を塞ぐ。

「──」

 風の中で、果たしてガドルと、同じバイクの後部に座るラ・バルバ・デが何を言っているのかは聞き取れない。
 猛スピードで駆け巡るこのバイク。電圧をかけると、更にスピードが上がっていく。

「──」

 ン・ガドル・ゼバ。
 もはや、言うまでもない話だが、彼こそが、現状で最強の参加者であった。

 彼は、もうそちらのエリアを見はなし、G-8に向けてかかっている橋を疾走していた。
 間もなく、警察署に近づいていこうというところだった。
 加速する。

 ──電撃がこのバイクを加速させていく。

 まさか、ガドルがこうして姿を現すのを二度も三度も見る事になるとは、警察署にいる誰も思わないだろう。



 ────究極の闇は、彼らの砦をも飲み込もうとしていた。



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最終更新:2014年06月29日 15:03