崩壊─ゲームオーバー─(1) ◆gry038wOvE




 そこは、島の地下施設の一角であった。
 数百台のモニターから来る光源だけで綺麗に白みがかった部屋には、横並びに幾つもの椅子が佇んでいる。加頭順はその一つに座って、前方のモニターから、通称“ガイアセイバーズ”の様子を観察していた。彼の座っている以外の椅子は全て、既に空席である。

 このゲームの仕掛け人としては、本来なら至極緊張する場面まで話は進んでいた。だが、彼は、身体が緊張するような精神状態になる事がなかった。──加頭は、「NEVER」であり、その副作用として、死への恐怖が欠如している。
 “ガイアセイバーズ”はもう間もなく加頭たちの居所まで来ようとしている。F-5の山が基地の入り口となっているのは事実であり、順調に彼らは加頭の頭上で距離を縮めているらしい。
 尚更問題となるのは、加頭の所属する財団Xのメンバーやその他の主催陣は全員撤退を済ませ、もうここに残っている支援者は加頭を含めた数名のみであるという事だ。この部屋で閑古鳥が鳴いているのもそうした事情がある。残りの数名も、もしかすれば加頭以外、既に離脱しているかもしれない。
 少なくともこの一室は加頭以外誰もいなかった。このモニターも一時間後には映像を停止するので、そう時間を減る事なく、この一室は永久的な暗闇に飲まれるだろう。
 そこから見えている最後の映像に、何かしら反応するような感情がその面持ちから見て取れる事はなかった。

 加頭も死への恐怖を忘れたとはいえ、まだ生きている間しか果たしえない野望がある身である。それゆえ、本来ならば離脱すべき局面であり、引き際を弁える程度には頭も働くはずだが、今はここにしばらく留まる事にしていた。
 彼らの最後の絶望を見届け、このゲームに最後の仕上げを行うのは、ゲームのオープニングを務めた加頭の仕事である。放送機能も整えてあるし、彼らに残りの全てを伝える役目は存分に果たす事ができるだろう。

 そして、何より、加頭自身の願いは、この島で過ごす事だ。彼らが残り十人まで人数を減らすのに失敗した場合は、こちらで処刑を済ませねばならない。──その対策も、もはや整っていると言っていいが。
 加頭が願いを乞わねばならぬ相手がいるのも、元の世界ではなかった。たとえ誰が離脱したとしても、加頭だけはこの島を離れない。

 何としても……。

「……ゲームオーバー」

 おそらく、この殺し合いゲーム『変身ロワイアル』は終了(ゲームオーバー)だ。既にこのルールの枠組みからすれば、現状はれっきとした失敗である。ゲームそのものが加頭たちの目的であったならばこちらの敗北は確定に違いない。
 加頭は、全く悲観的ではなかった。こんなゲームは所詮、彼にとっては道楽だ。結局は参加者全員を拷問で殺し、それを中継した方がリスクもコストも時間もかからなかったくらいである。加頭以外の誰かがそれだけでは納得しなかったというだけの話である。
 加頭にとっては、この殺し合いの意味そのものは、「支配・管理の副産物として、せいぜい数日楽しませてもらえれば御の字というイベント」以上の何者でもない。

 それに、このゲームが終了したところで物語はまだ終わらない。
 ベリアルが作る全パラレルワールドの管理を以て、全ては「始まる」のだ。
 所詮、殺し合いなどその為の実験であり、この段階で既に「成功」といえるだけのデータは取れてしまっている。殺し合いの中に閉じ込められた者たちは外世界について何も知らないが、既に外世界は管理され、幸福なき世が完成しつつあった。
 いわば、その点においては、ヒーローたちの敗北である。「苦境の脱出」という栄光でさえ、結局は掌の上の出来事だ。

 さて、これから加頭はあの左翔太郎やその仲間たちが最後のダンスを踊るのを見届ける事になるが、彼はここで脱落するのだろうか──あるいは、「生きて帰って絶望する」事になるのだろうか。

「──」

 ダークザギや血祭ドウコクが快進撃を始めるのには、あと十分程度時間を要するだろう。この二名が、これからおそらく参加者を十名まで減らす要である。このエリアの頭上にレーテを配置したのも、石堀の野望と絡めた問題だ。

「おや……」

 残り五十八分を切った時、加頭はあるモニターを目にする事になった。
 それは、そのモニターが、この数時間の傾向通りの不動の景色ではなく、ある動きを見せたからである。加頭は一見すると参加者の集うモニターばかり見ているようでありながら、全てのモニターを視界に入れ、頭の中で無意識に整理していたのだ。微妙な違いにもすぐに気づける。

「これは……」

 それは、既に死亡したはずであるゴ・ガドル・バ──改め、ン・ガドル・ゼバの遺体が移されている映像である。

 ──今、ガドルは……動かなかったか?

 いや、それは疑問形では済まされない。
 確かに、ガドルは動いた。手を震わせ、何やら起き上がろうとしている。現在進行形で、まるでコマ送りのように、僅かずつ生体を取り戻している。
 心臓がまだ生きているのか? あれだけの攻撃を受けても尚──。

「……どういう事だ」

 慌てて、加頭はコンピュータに指をやり、映像を拡大する。頭の中では、それまでの出来事を振り返った。グロンギの大凡のデータで測れるだろうか。──自分の持ちうるグロンギに関する記憶を整理し、ガドルの死について思い出す。
 首輪による認証が行われていないので、生存・死亡のデータは視認によって確認するほかなく、ラ・バルバ・デ、ラ・ドルド・グのようにグロンギの生態について詳しい意見を聴ける相手も既にこの世にいない為、これまで正確な生死確認はできなかった。
 ベルトの破壊も相まって、死んだ物として通していたが、どうやら、これは簡単には行かぬ話のようだ。試しに、五代の死地やダグバの遺体を探ってみるが、映像上では現状、映っている物は死体である。
 一度は焦ったが、ガドルが生存している事は別に加頭にとって不都合な事象ではなかった。

「……もう一人伏兵がいたとは、──これは面白い」

 ン・ガドル・ゼバは、加頭が余裕を取り戻して微笑を浮かべた頃には、両足で立って歩いていた。もはや彼が再誕した事は疑う余地もない。
 ぼろぼろの軍服を纏った男の姿。それは、夢幻ではなく、現実の出来事としてモニターにははっきりと刻まれていた。
 こちらの死亡者情報は改めなければならないようだが、結局、もはやこの段階ではどうでもいい。参加者たちに全て明かす必要もないだろう。

 その後、ぼろぼろの軍服を纏ったガドルの姿に、あのン・ダグバ・ゼバの異形が重なった。

 それもまた、夢でも幻でもなかった。
 今、ガドルが、ダグバに──グロンギの王と同じ姿に成ったという事。
 加頭の持つ限りの情報で推察すると、ダグバのベルトを取りこんだがゆえに、「ベルトを一つ破壊されても尚、ガドルは生きていた」と考えられる。二つのベルトの内、生きていた方のベルトがガドルの命を繋げているのである。
 そして、仮面ライダーダブルに破壊されたのは、ガドルのベルトだった──なるほど、それならば説明はつく。

「これは本当に、面白い物が見られそうだ……」

 彼はすぐにレーテまで来るだろう。
 ガドルは本能的に戦いの嗅覚を作動させているらしく、──もはや加頭が促すまでもなく、彼はレーテの方へと歩いて向かっていった。
 自分をここまで追い込んだ強敵たちを見つけ出そうとしているのだろうか。






 涼村暁は、他の生存者とともに山林を歩いていた。計十五名。暗いピクニックである。
 周囲を見回してみても、全員、暁の数倍は気合いが入っているようだ。

 先ほど、今後必要そうな装備となる道具は全てデイパックから出し、使えそうにない物は一つのデイパックに纏めて、念のために完備している。水、食料は、必要分だけ口に含んだ。それでも少し余った。お腹いっぱいにパンを食べる者はここにはいなかったのだ。
 杏子や暁は、パンではなくお菓子を食べて少し落ち着いた。甘いものもまた、脳を活性化させ、体の疲れを外に出せる。特に、暁は長期間ガムを噛み続ける事によって、この状況のストレスを発散させていた。

 結局、それから数分間、誰も一言も口を開く事はなかった。戦場に向かうという意識が高く、普段もう少し柔らかそうな女子中学生たちも、まるで別人のように張りつめた顔をしている。

 ……暁はこの空気が苦手であった。元々、ダークザイドとの戦いも一度きりだった、完全なる戦場初体験お気楽野郎である。
 空気が重すぎる。冗談の一つも通りそうにない。それどころか、暁が何か一言でも何か口にすれば、それだけで罵声が飛んできそうだ。
 ともすれば、暁が溜息をつく暇もなさそうだ。音声一つが喝の種であるようにさえ思う。
 誰も、何も言わない。
 ……黙ってばかりで苦しくないか?

 ……まあ、暁としても、死ぬのが怖い気持ちはわかる。敵を倒さなければならないのはわかる。しかし、それでも暁は、もう少しふんわかいく感じでも良いのではないかと思うのだ。
 厳めしい顔をして全員で山林を歩いていても士気が上がる事はないだろう。変身の時の最初の第一声、「燦然!」を口にする前に口が塞がってしまいそうである。シャンゼリオン、あるいはガイアポロンとして戦う前に、枯死してしまってもおかしくない。

「……なんだ、人間ってぇのは、随分つまらねえな」

 暁の願い通り、その静寂を切り裂いたのは、血祭ドウコクだった。
 全員が血祭ドウコクの方を見た。ドウコクがその時に足を止めていたせいか、全員がその時、ぴたりと足を止めた。おそらく、ドウコクにもそうして全員の足を止めさせ、こちらに注意を向けさせる意図があったのだろう。ドウコクの姿は太陽のほぼ真下にあるようで、微かに真っ直ぐではない木漏れ日がドウコクの頭上に差していた。
 野太く、どこか冷たい声でドウコクは続けた。

「こういう時は、ふつう戦意を奮い起こすもんだ。これじゃあ、まるでコソ泥じゃねえか。……俺たちはこれから敵の大将を叩くんだぜ?」

 暁としても引っかかる所はあったが、概ね思った通りの考えには近づいている。この沈黙の行列には殆ど、意味はない。他にも、ドウコクに寄った意見の者はいたかもしれない。しかし、奮起するのが嫌いなナイーブな者も同時に存在したので、反対派もいるだろう。
 ドウコク自身、それがストレスでもあったらしい。ドウコクはもう少しばかり豪快な気質の持ち主で、敵陣を責める時はもっと全員の士気を高めてから向かうタイプである。
 酒を飲み、火を放ち、叫びながら志葉家を責めている姿などからも想像がつく通り、そうしなければ戦意が高まらないのである。

「奴らはもう俺たちに気づいているはずだ。どういう方法かわからねえが、俺たちを見ているからな」
「……」
「だとすると、こそこそ動いても仕方がねえ。意気を高めてかかった方が怪我しねえで済むかもな」

 夜襲の軍隊であり、隠密が基本のナイトレイダー隊員──孤門一輝はこれまで隊長命令に従って戦ってきたので、その感覚が掴めていなかった。最近までレスキュー隊にいたので、人間を相手にした兵法など殆ど知らないのだ。
 歴戦の勇士であるドウコクの言う事も一理あると思えた。

「みんな、どう思う? 声を出した方がいいかな?」
「……餓鬼か、てめえは」

 そうドウコクに言われると、どうも孤門としては黙らずにはいられない。まさか、こんな厄介な人間まで束ねる事になるとは思わなかったのだ。ひよっこリーダーにはまだまだ自分一人の判断ではできない事が多い。こんな運動部のような提案が出てきてしまう。
 しかし、ドウコクの言う通り、やはり戦闘の前に、ある程度、感覚を麻痺させるのも必要な作戦なのは確かだ。冷静でいるからこそ、妙に恐れが募り、戦いの中で硬直してしまう。もっと感覚が麻痺しているからこそ、軍勢は強い。勢い──それも、この時はおそらく大事な要素の一つだろう。
 一方、暁は先ほど言った通り、ドウコクの意見に、必ずしも賛同するわけではない。中立というか、また別の考えがある。

「……なぁ、俺もずっと思ってたんだけど」

 暁が、見かねて挙手した。
 こうして誰かが空気を変えてくれれば、暁にも発言をする勇気が出るのだろう。その隙間を作ったのはドウコクだった。一斉に全員が暁の方を見た時は、やはり少し後悔したが、こうなれば自分の意見を言ってしまうしかないだろう。

「黙るのも、わざわざ騒ぐのも、何か違くない? ……いつも通り、ふんわか行けばいいんじゃないの?」
「は? 何言ってんだテメェ」
「え……あ、いや、何か悪い事言ったかな俺……」

 ドウコクからの威圧に思わず声を小さくする暁である。仕方のない話だった。このバケモノを相手に平常でいられる方がどうかしているくらいである。ともあれ、ドウコクに意見するのはなるべく止した方がいいのを忘れていたので、考えをひっこめる。タイミングがタイミングなだけに、難しい。

「でも、それも一つの意見だ。それによって落ち着く人だっていると思う」
「纏まりのねえ集まりだぜ……」
「……それはまあ、寄せ集めだから」

 孤門は、ほとんど無意識に、乞うように沖一也に目をやった。一瞬だけ目が合い、少し気まずくなる。彼としては、こういう時は専門家の一也を頼りたい物だと思ったが、一也も一也で、敵陣に向かう際にどうすべきか思案しているようだ。
 この男こそ、こういう時の攻め方を熟知していそうなものだが、所詮は一人の格闘家であり科学者──兵隊ではない。集団戦のやり方を知るところではない。確かに、雑学や予備知識的に知ってはいるのだが……。
 そんな期待を概ね全員から寄せられたのに気づいたか、一也は思案顔をやめて、現状の自分の意見を口に出す事にした。

「……確かにドウコクの言う事も一理あるな。しかし、残念だが、わかっているのは山頂に向かうのが鍵という事だけだ。そこにわかりやすく出入り口があるわけでもあるまい。山頂で俺たちは一度立ち止まる事になるだろう」
「今のうちから意気を高揚させても仕方ねえって事か?」
「ああ。それに、お前は敵が俺たちの行動に気づいていると言ったが、それならば山頂に何らかの罠が張ってある可能性は高い。冷静な判断ができない状態で向かっても、罠にかかるだけだぞ」

 ふぅ、とドウコクが溜息をついた。
 ドウコクの言わんとしている作戦では、既に数名の犠牲は想定内である。だが、それでも彼はその作戦を決行するのが最良だと思っていた。

「そのための盾が何人も俺の前を歩いてるんじゃねえか。一人や二人脱落したところで痛手でも何でもねえだろう?」

 佐倉杏子が、思わず目を見開き、ドウコクに掴みかかろうとした。

「──何だと!?」

 勇気があるというよりは、ほぼ脊髄反射での行動である。現に、掴みかかろうと指を曲げているが、その指は裸のドウコクの胸倉をつかめようはずもない。そんな杏子の体を止めるのは、左翔太郎であった。彼も同じく鉄砲玉のように飛び込んでいこうとした部分があり、杏子以上に苛立ちを感じた事と思うが、こうして杏子を俯瞰で見た時に、こうして彼女を止める「大人」としての役割を意識したのだろう。
 一也が横から割り込むようにして、ドウコクを説得した。

「ドウコク。人間は、お前の思っている以上に強い。一人の人間が他の誰かの心の支えになる事もあるし、数が揃う事で思わぬ力を発揮する事もあるんだ」
「……くだらねえ」
「それに、お前のやり方の結果として戦力を喪っても、お前にとって意味はないだろう。仮に俺たちが命を賭けるなら、もっと別の局面で使った方がいいはずだ」

 あまり適切な言い方ではないかもしれないが、一也は、ドウコクを納得させるためにそう言ったのだった。
 この「命を賭ける」という言葉に怯える者もいるかもしれない。しかし、一也としては、真っ先に命を賭けるのは一也自身であるという事を他の全員にわかってほしかった。
 勿論、出来る事ならば命を持って帰りたいが。

 やがて、ここでの対立の無意味さに折れたのはドウコクの方だった。
 一也の言わんとしている事がわかったのかもしれない。

「そうか。そいつは、確かにな。てめえらは、俺たち以上に自分の命を大切にしねぇって事を忘れてたぜ。命を賭けて戦うってのは、てめえらの専売特許だ。無駄死にさせるよりは、意味のある死をしてもらった方が、俺にとっても得があるってわけだな」

 一也の意図の通りだ。要は、ドウコクにとっては、「死に時」に死んでもらうのが一番効率的であると言いたかったのだ。無論、一也からすれば、あくまでドウコクを納得させるための詭弁に過ぎないが、それでもこの場を凌ぐには十分である。
 ここにいる他の者には、そのその場しのぎの一言としての意味も伝わっただろうか。

「わかってもらえてうれしいぜ、バケモノ野郎」

 翔太郎が皮肉っぽく横から言った。

「……要するに、このまま行けばいいって事だ。もう間もなく到着する。今の提案通りに行くぞ」

 そして、石堀光彦が、やけに冷たい声で纏めて、横から口を挟んだ。
 彼は、ドウコクらが話している最中も、苛立った様子で体を山頂の方に向けて、顔だけを向けていた。まるで一刻も早く山頂に辿り着こうと、必死の様子である。
 なんだか奇妙な心持がした。

「あの……石堀さん……?」

 それは、まるで彼ら全員の議論を拒絶しているようにも思えた。普段ならば、もう少し会話に参加するはずである。要は、普段の石堀の口調とはまるで別物だと、孤門にさえ違和感を持たせる物だった。
 孤門以上に、暁が怪訝そうに石堀を見た。

「……おい、石堀。この際だから言わせてもらうが、お前はお前で、最近様子が変じゃないか?」

 暁がカマをかける。真横で、ラブが眉を潜めた。全員、今度は、暁と石堀の方に目をやった。
 特に、ラブは以前、暁に貰ったラブレターの事を思い出したのだろう。あのラブレターにおいて、暁が本当に伝えたかったのは、おそらく石堀が危険であるという事実である。
 それは、何故だかラブにもごく最近わかってきたような気がした。女の勘である。
 そう、最近とはいっても、この数十分からだ。──暁のお陰で、ゴハットの例の暗号が解けてから。

(石堀さんは、確かに何かおかしい……)

 ラブの胸中で、何か言い知れぬ不安が強まっていく感覚がする。無数の蜘蛛が内臓で這い回っているように気持ちが悪い。当に、ラブの知らぬところでその不安は糸を張っていたのだろう。
 それは、主催の穴倉にいるであろう無数の敵の存在よりも、ラブを怯えさせる。
 強烈な悪意、強大な憎悪だ──。石堀から溢れだすそんな邪悪な意志を、ラブは本能的に察していたのかもしれない。

「……何故そう思う」
「何となくだ」
「何となく、か。お前と会ったのもごく最近、数日も経っていないはずだが、何故最近の俺の様子がおかしいと思ったんだ?」

 暁は、真剣なまなざしで石堀を見据え、ただ黙っていた。
 石堀の様子がおかしい事に、普段は鈍感な孤門でさえ気づいた。暁やラブだけではなく、左翔太郎も、蒼乃美希も、涼邑零も、何となくはその溢れ出す石堀の妖しさを察知し始めたかもしれない。
 とはいえ、孤門にとって石堀は、ナイトレイダーとして何か月もともに戦ってきた友人であり、仲間だ。彼を簡単に疑うほど、孤門はクールな性格にはなりきれなかった。多少様子がおかしくとも、それは何の意図もなく、ただ偶然、この状況下で気分を害しただけとか、そんな風に捉えたかもしれない。
 暁だけは、やはり石堀があまりに露骨に態度を異にしているように思えてならなかった。

「なぁ、アクセルドライバー、持ってるだろ。貸してみろよ」
「何……?」
「いいから貸せって。武器も全部だ」

 暁が提案する。周囲がざわめいた。
 多少の挙動不審で、ここまで疑心暗鬼に駆られるとは、妙だと思ったのだ。
 翔太郎が代表して、暁の肩をポンと叩く。

「おい、暁。お前、何言ってんだ急に。……いいじゃねえか、こいつは今まで照井のドライバーをちゃんとみんなの為に使って──」
「いーや、俺はしっかり見てたぜ。ちょっと前、冴島邸を出る時の荷物の準備で、こいつアクセルドライバーに仕掛けをしてたんだ。今思えば、こいつも何か企んでいるに違いない」

 仕掛け、と言うのは少々苦しいように思えた。
 暁はこう言うが、ドライバーの事情は翔太郎もよく知っている。あれは風都の持つオーバーテクノロジー以外では、まず理解に手間取るような仕組みでできている。素人がいきなり妙な細工をできるような代物ではない。いくら石堀が別世界において科学に強いプロフェッショナルだからとはいって、簡単に調整できよう物ではないだろう。
 翔太郎が、呆れて口を出そうとしたが、先に反論したのは石堀であった。

「何を言いだすかと思えば……俺は別にそんな事はしていない。せいぜい、これから使う道具の調子を確認していただけだぜ」
「そうか……なら、貸して見せてくれ」

 暁が言うと、石堀は大人しくそれを渡した。翔太郎は、肩を竦めて言いかけた言葉をしまう。

(そろそろこいつらも感づき始めたか……)

 石堀には全く、このアクセルドライバーに対して怪しまれる事をした心当たりはない。だから、それを渡す事そのものには何の躊躇もない。問題は、何故暁が突然こんな事を言いだしたのかという事だ。
 おそらくは、既に別の要因で石堀への警戒体制が高まっており、それが原因で全く関係のない些細な行動まで怪しく見えてしまうところまで来ているという事だ。しかし、石堀にとっては、もう怪しまれようが警戒されようが関係のない状態だった。あと数分だけ騙し続けられれば問題はない。
 暁は、受け取ったアクセルドライバーを覗きこむ。

「このハンドルの部分だ。お前はここを念入りに弄っていた」
「そんな事はないと思うが」
「いや、そんな事はあるね。見ろ、このハンドルの部分と、それからメモリのスロットだ。いかにも怪しい。この要になる部分に何かの細工を施したはずだ。ここを弄れば何かあるんだろ? なぁ、もう一人の探偵」

 暁は、翔太郎の方を向いて訊いた。こちらに同意を求められても困る。
 だらしなく口を開けて、同意を求めるかのようなニヤケ顔で、そんな言葉が出てくるのを、翔太郎は呆れ顔で見ていた。口の中からはみ出しているガムをどうにかしてほしいと思うだけだ。

「……残念だが、素人が弄ったところで、このドライバーは強くもならないし、ビームが出るようにもならねえな。何を疑ってるのかわからねえが、あんたの推理は多分ハズレだ。いや、推理というよりかは、この状況で疑心暗鬼か──目を覚ませよ」

 結局、翔太郎の返事はそんなところだった。
 暁も疲れているのだろう。確かに石堀の態度も変だったが、こうなると暁も同じである。
 翔太郎も石堀を疑いかけたが「この二人が疲れているだけ」と判断した。
 結局、怪しいだけで断罪できる状況ではない。

「おい、何全員でくだらねえ事で立ち止まってやがるんだ。どうでもいい、俺の士気まで下がる……さっさと行くぞ!!」

 その時、ドウコクの堪忍袋の緒が切れたようだった。最初にこの場にいる全員を立ち止まらせたのは他ならぬドウコクだが、自分の用が終わればもう関係ないらしい。
 暁は背筋を凍らせる。さっきから、一番怒らせてはならぬ相手を怒らせっぱなしである。
 それどころか、全員にどんくさい人間だと思われているのではなかろうか。
 仕方がなく、暁はアクセルドライバーを石堀に大人しく返す事にした。頭を掻きむしりながら、申し訳ないとさえ思わずに石堀に片手で手渡す姿は、到底、大人らしい誠意が見られない。

「……おかしいな。俺の勘違いなのか?」
「随分、お前の方こそ姑息な仕掛けをしたんじゃないのか。たとえば、噛んでいたガムを引っ付けるとか、爆弾をしかけるとか」

 石堀が口にすると、暁の顔色が変わった。
 そのため、不審に思い、慌てて石堀はアクセルドライバーを調べる。しかし、元のままだった。ガムが引っ付いているわけでもなく、爆弾が取り付けられたわけでもなさそうだ。顔色を変えたのは、こちらをからかう為だったらしい。
 あてつけのように、暁はぺっとガムを吐き出して紙に包んだ。ゴミをその辺に捨てると怒られるので、躊躇いつつもポケットの中にしまう。

「…………ふっ。冗談だ。仲良くしようぜ、暁。こんなところで機嫌を損ねても何のメリットもない」

 暁は何も言い返せなかったが、こうして周囲に警戒を促していた。──特に、桃園ラブに対しては。

 何故だかわからないが、このタイミングで妙に石堀は、おそらく嬉々としている。もしかすると、石堀こそが主催側の人間なのだろうか。主催側の秘策でも持っているのかもしれない。
 しかし、黒岩の情報を打ち明けるにはまだ早い。
 なんだか胸騒ぎがするのだ。
 あの情報は、限界まで悟られてはならない。……そう、石堀が本性を現し、掌を返すその時まで。その時まで、彼を見張るのは暁の務めである。

「そうだな。……悪いな、俺の勘違いだったよ」

 しかし、暁はひとまず、素直に石堀に謝った。今度は妙に素直になったが、それはそれで、この石堀光彦でも理解不能な涼村暁らしく思えた。
 孤門が横から石堀に訊く。

「あの、石堀隊員。何か気分でも悪いんですか? 考え事があるとか……」
「そんな事はない」
「本当に大丈夫ですか?」
「……俺を誰だと思ってる」

 それでも、何となく腑に落ちないまま、孤門は先に上っていく石堀の後を追った。石堀の歪んだ笑顔は、誰も目にする事はできなかった。

 山頂は近い。
 孤門一輝たちの目の前には、忘却の海レーテがその巨大なシルエットを露わにし始めている。
 これが主催者の居所に繋がる存在。

 人々の絶望の記憶を超えた先に、敵はいる──。
 誰もが、そう思っていた。






 花咲つぼみは、山の途中で、思わず真後ろを見返した。

(……来たんですね、遂に、終わりの時が)

 山頂に近いここからは、あまりにも綺麗に、あらゆる景色が目に入った。少し煙たくもあるが、それでも思ったよりは澄み渡った綺麗な景色が広がっている。
 木々を巻き込んだ戦闘によって禿げた大地が見えた。木々も生きている。この殺し合いで命を絶ったのは、人間だけではない。つぼみは戦闘に巻き込まれた木々に心で謝罪した。決して、殺し合いに乗った者だけが破壊したわけではない物である。

 それから、おそらく自分がダークプリキュアと戦った場所があのあたり、とか……。
 さやかと別れたのがあの川のあたり、とか……。
 村雨良と大道克己の戦いを見届けたのはあそこ、とか……。
 あの山では、あの向こうにある呪泉郷では、そしてその向こうにある三人の友の墓では────。

 この殺し合いに巻き込まれてからのあらゆる記憶が蘇った。
 長い一日半であった。
 しかし、それももう終わる。

 つぼみは、再び前を見た。
 彼女たち、十五人の前には、もう決戦の舞台があった。

『死人の箱にゃあ15人
 よいこらさあ、それからラムが一びんと
 残りのやつらは酒と悪魔がかたづけた
 よいこらさあ、それからラムが一びんと』

 それから、つぼみがむかし図書館で読んだスティーブンソンの『宝島』の海賊の歌が自然と思い出された。十五、という数字は、ジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』も思い出される。
 十五人は宝の地図に示された、宝の在りかを見つけたのだ。

 それしか残らなかった事は、つぼみにとって最も胸が痛い事実だった。






時系列順で読む

投下順で読む


Back:探偵物語(涼村暁編) 左翔太郎 Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 外道シンケンレッド Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 涼村暁 Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 石堀光彦 Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 桃園ラブ Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 蒼乃美希 Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 孤門一輝 Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 佐倉杏子 Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 巴マミ Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 花咲つぼみ Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 響良牙 Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 涼邑零 Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) レイジングハート Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 沖一也 Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:探偵物語(涼村暁編) 血祭ドウコク Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:黎明の襲撃者(曇心 2:30~) ゴ・ガドル・バ Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:私のすてきなバイオリニスト(後編) 加頭順 Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:第五回放送Z カイザーベリアル Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)
Back:覚醒!超光戦士ガイアポロン(Cパート) 高町ヴィヴィオ Next:崩壊─ゲームオーバー─(2)


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2015年07月13日 21:55