ここに作品タイトル等を記入
更新日:2021/04/06 Tue 18:34:45
今回のあらすじを担当するプロウフです。前回は“朧月”との邂逅、父の過去、そして私の強さを目の当たりにしたのでしたね。
今回はあの娘の因縁が少し明らかに・・・どうなるのでしょう十六話
今回はあの娘の因縁が少し明らかに・・・どうなるのでしょう十六話
そこは燃え盛る研究所だった。あちこちから悲鳴や誰かが倒れる音、物が破壊される音が聞こえた。
次々と顔馴染みだった、親しい人達が殺されていく。昨日まで、微笑みかけてくれた顔はもう苦悶の表情に固定され、変わることはないだろう。
そんな地獄を、姉と一緒に走る、走る。
そして、二人で研究所の緊急の脱出口へと至る。助かった。
私はそう思った。助かったと伝えようと姉の方へと振り向くと。
鈍い音と共に姉の身体を巨大な針のような物が貫いた。姉は口から大量の血を吐く。
見れば後ろには蠍のような紫のシードゥスがいた。
「……藍、逃げ、て。」
姉は突然のことで呆然とする私にヘアアクセのようなものを渡す。
そして姉はそのヘアアクセを私に託すと思い切り脱出口に向けて突飛ばし、糸が切れた人形のように倒れた。
脱出通路を転がりながら逃げる私に声が聞こえる。おぞましい、冷たい女の声。
「せいぜい逃げなさい。お姉さんを見捨てて。」
この時、私は、私の中で何かが壊れる音が聞こえた。
「ーッ!!」
ガバッと雪花は起き上がる。そして辺りを見回して、気づく。ここは自室で、自分は夢を見ていたのだと。
「……。」
雪花は自分の寝巻きが汗でグッショリとしていることに気づいた。
流石に着替えないと、寝つきが悪くて眠れそうにない。ベッドから身を起こすと、汗で濡れた服を脱ぎ、まだ身体に残る汗をタオルで拭いて着替える。
そしてふと、棚の上に置いてあるヘアアクセ、“デイブレイク”を見る。
姉が託してくれた形見。自分に憎きシードゥスを倒す力を与えてくれるモノ。度重なる戦いで破損し、今は修復され“デイブレイク・ネメシス”となったが、それでも姉が託してくれたものに違いない。
雪花はそれを手に取り、しばし見つめた後ぎゅっと握り締め、抱き寄せる。
「姉さん…。」
雪花はポツリと、そう呟いた。
「それにしてもご苦労だったわね。二人共。」
司令室、と言ってもほぼ山形の職務室で赤羽と龍香の二人は先日の戦いのことを報告していた。
先日のシードゥス同士の争い、“朧月”とのいざこざ。
どれも今までには無いケースでどう説明したものか困っていたが、赤羽の説明と山形の聞き上手のお陰で思ったよりもスムーズに済んだ。
「それにしても、有栖川、死んだのね。」
「えぇ。よりによって助けようとしたシードゥスに。」
「…全く。」
山形は俯いて呆れたような、何処か憐憫を含ませたような、そんな風に一息つくとすぐに顔を上げる。
「分かったわ。後処理は私達の方でやっておくからもう休んでいいわよ。」
「はい。」
「それと赤羽。」
「何でしょう。」
「黒鳥の事、これ以上責めないであげてね。繰り返すようだけど。」
「…彼も精一杯やったのは分かってますよ。」
山形にそう返すと赤羽は足早にその場を去る。それを見ると山形はハァとため息をついて額を押さえる。
「黒鳥と仲良くしてくれると良いんだけど。」
「あれ?そう言えば黒鳥さんは?」
龍香が尋ねると山形は額を押さえながら答える。
「龍賢君が力を借りたい案件があると言うから行って貰ったわ。」
「お兄ちゃんが…?」
鬱蒼とした木々が辺り一面にあり、暗く湿って苔があちらこちらに生えている寂れた廃トンネル。
その中で一人の亜麻色の髪で猫のような何処かミステリアスと可愛らしさを感じる少年が壁にもたれ掛かって項垂れていた。
かなり疲弊しているようで、項垂れたまま彼は動かない。だが入口の方からカツカツと足音が聞こえると、素早くその顔を上げる。
その場にいたのは桃色の髪で年に似つかわしくない落ち着きと鋭い目付きの青年がその場にいた。
「立光明宏、ですね。」
その青年、紫水龍賢を見た少年の顔が見る見る内に怒りに染まる。
「紫水…龍賢…!」
少年、明宏は懐からポケットナイフのような物を取り出すと龍賢に向けて立ち上がって駆け出す。
だが龍賢にその手にしたナイフを突き刺すより先に上空から黒鳥が現れ、白い糸を射出し明宏を簀巻きにして拘束するとそのまま地面に押し倒して押さえ込む。
「ぐっ、」
「よくやってくれた。黒鳥君。」
龍賢は黒鳥に押さえ込まれいる明宏の前に立つと、彼を見下ろす。
明宏は辺りにカラスがこちらを囲むようにポツポツと存在していることに気づく。
「くっ、黒鳥のカラスか!」
「随分と手荒い歓迎ですね。かつては同じ轡を並べた仲だと言うのに。」
「ふざけるな!お前の母親が……紫水龍那が主戦派に回らなければ俺達は…こんな事にならずに済んだんだ!」
明宏の言葉に黒鳥は怪訝そうな顔をする。その事に気づいた龍賢が黒鳥に説明をする。
「彼らが、“新月”とは違い、融和方針を取ろうとしていたのは知っていたな。」
「えぇ。シードゥス達を人間に戻す……とか。」
「当初新月もどちらに舵を切るべきか迷っていた。戦うべきか…元に戻す方法を探すべきか。」
龍賢は少し目を伏せた後、何処か懐かしむように上を見上げる。
「その時シードゥスを裏切ったカノープス達の意見を汲んで戦うことを主張したのが私の母だ。母の言葉は絶大だった…。母のその一言で大半が主戦派となった。何故だと思う?」
「え?ゆ、有力者だったから…ですとか?」
黒鳥が答えると、龍賢は首を振る。
「違う。まぁ、有力者であったのもある。だが一番の理由は母の夫……つまり、私達の父がシードゥスと化していたからだ。一番の被害者がそうと言っているのだから他の人達には反論のしようがない。」
「えっ」
「龍香には言わないでおいてくれ。知らなくてもよい事だ。」
龍賢がそう言うと、明宏が龍賢に食ってかかる。
「あぁ!そうだ!お前の母が主戦派となったせいで“新月”は主戦派となった!そのせいで俺達の親族がシードゥスになってもお前らは倒す方向へといった!お前らは死を死でしか返せなくなった!犠牲の上に犠牲を重ねることしかな!」
明宏に龍賢は目を伏せながら返す。
「……そうですね。戦いで、母を失った私に母を殺したシードゥスと和解ですますことなど不可能でしょう。」
「星彦は親友と妹を!昴は娘を!ステラは兄を!緑河は恋人を!突然何の前触れもなく殺人者に仕立てあげられたんだぞ!お前だって父を!…なぁ教えてくれ!僕達の生きている意味はなんだ…!僕達は何のために生まれてきたんだ…!」
明宏の叫びに龍賢はしばし黙った後、答え始める。
「……何故生きているか。選んだ道は本当に正しかったのか。それは私にも分かりません。だから貴方の生きている意味も私には教えてやることは出来ません。それは人間一人一人が生きていく中で自然と見つけるものだから。」
「……。」
「……有栖川さん達には良くして頂いた。確かに私達は道を違えた。だが、それでも私は貴方達のことを尊敬に値する人物と思っている。それだけは忘れないで欲しい。」
「…酷い言い回しだ。」
明宏は呆れたように言う。それを見た龍賢は黒鳥に目配せをする。黒鳥は少し戸惑ったが糸を切り、明宏を解放する。
明宏は何処か諦めたような顔でポケットからUSBメモリを取り出すと龍賢の足元に投げる。
「…これが欲しかったんだろ?“始まりの事件”についての資料が。」
「……。」
龍賢がそれを拾い上げるのを確認すると明宏は立ち上がり、何処かへと去ろうとする。だが、その去り際に明宏は龍賢へと言う。
「多分。お前が進む道にはこれからも血を流れる。お前の行きつく先は血と死体の山の上に立つ破滅だ。」
「…かもしれません。私は録な死に方をしないでしょう。その前に出来る限り手を打っておくとします。」
「…自分の死まで織り込み済み、か。昔から何処か君は気味が悪いよ。」
「…恐縮です。」
明宏はそのまま何処かへ去っていた。龍賢は明宏から渡されてたUSBメモリを見つめる。
消えていく明宏の背中を黒鳥は見送りながら龍賢に尋ねる。
「…行かしてよろしいので?」
「構わない。それに彼はもう何も出来ない。」
《…にしてもお前、なんでそんなもの欲しがってたんだ?ソイツに何の価値がある?》
龍賢に宿るトゥバンが尋ねる。龍賢は黒鳥と共に帰路へと歩きながら答える。
「私は今回の事件に疑問を抱いている。」
《は?》
「あの、シードゥス同士の争い、“朧月”壊滅の件、ですか?」
黒鳥の答えに龍賢は頷く。
「あぁ。シードゥスを人間に戻す…可能ならまだ分かるが、奴らは不可能であると知っていながら“朧月”に対して執拗な攻撃を加えた。報告では敵の首領直々に出てきたらしいじゃないか。あまりにも過剰戦力だ、裏切り者のシードゥス一人倒すのに数年間姿を見せなかった首領が出てきたんだぞ。」
《確かに。プロウフの奴に加えてスピカと人形部隊。ちと本気過ぎるな。フェニックスがいくら面倒とは言え、ルクバトかスピカ、アンタレス辺りで全然対処可能だろう。》
「考えられるのは二つ。一つは首領の力が戻ってきている。それこそ、出ようと思えば出れる程に。そしてもう一つは首領が出てまで隠したい“何か”があった、と言うことだ。」
「それが、この。」
黒鳥が龍賢の持つUSBメモリを見つめる。
「“朧月”が壊滅させられる理由を可能な限り探しだした。研究所で何を調べていたのか、彼らは攻撃されるようなモノを握っていたのか。そして。彼らは今となっては現存するのが珍しい“始まりの事件”に関する情報を握っていたということを突き止めた。」
「“始まりの事件”…。」
「そう。全てはここから、私の父を含む宇宙研究所の調査グループが墜ちた隕石を調査しに行ったのが事の発端。私は帰ってこのデータを精査する。」
龍賢はそう言うと空を見上げた。
「奴らが何を隠したかったのか暴き出してやる。」
見上げた空は灰色の曇り空であった。
学校にて。龍香の机周りにかおりと藤正がお喋りするために現れる。秘密を共有する仲であるため、三人は自然と集まる事が多くなっていた。
「昨日のテレビ見た?アイドルY6解散のニュース!」
「あぁ。見たぜ。ちょっと残念だよな。俺結構好きだったんだけど。」
「へー、解散するんだ。知らなかった。」
三人がワイワイと話をしていると、すぐ前を仏頂面の雪花が通り過ぎた。そのことに気づいた龍香が雪花に話し掛ける。
「ねぇ、雪花ちゃん!どこ行くの?」
「あ?……お手洗い。言わせないで。」
「あ、これは失礼。」
「ふん。」
雪花はそのまま教室を出てしまう。そのつっけんどんな態度に二人は雪花をいぶかしむ。
「…雪花の奴えらい不機嫌だな。なんかあったのか?」
「そうよねぇ。何か転入してきた頃に戻ったみたい。」
その言葉に龍香も首を傾げる。
「確かに…最近ちょっと避けられちゃってる気がするんだよね。」
龍香の呟きにカノープスが反応する。
《確かにな。少し俺達への接し方がぎこちない気もするな。》
「どうしよ。嫌われちゃったかな…?」
《…だったらこの際直接聞いてみたらどうだ?》
「え!?」
カノープスの提案に龍香が声をあげる。
《俺達が悩んでいても仕方ない。直接雪花の奴に聞いてみるのも悪くないだろ。もしはぐらかされたら山形か黒鳥辺りに聞きゃ良いだけだ。》
「うーん、それもそうだね…。」
龍香はそうぼやくと雪花が消えた扉を眺めた。
屋敷の廊下をアンタレスが歩いているとロビーの方から鼻歌が聞こえる。
少し気になったアンタレスがロビーの方へと向かうと、ロビーのソファに寝っ転がってポチポチとゲームをしながら何処で入手したかも知らないお菓子をボリボリと食べる二つの顔を無理矢理縫い付けたような顔で、ツギハギだらけの怪物、カストルの姿があった。
「…随分と上機嫌ね。」
アンタレスが声をかけるとその声でカストルはアンタレスに気づいたのか、起き上がってゲームを机の上に置く。
「お、アンタレスじゃん。ってことはスピカと一緒でレグルス復活の儀式には行かなかったの?」
「何が悲しくて率先してアイツの顔見ないといけないのよ。私、アイツのこと嫌いだから。」
「ぶっちゃけトゥバン以外嫌いでしょ。」
カストルが笑いながらアンタレスに突っ込む。アンタレスはしばし黙った後、ボソリと呟く。
「……アルデバランとズベンはそうでもないわよ。」
「あの二人は例外でしょ。シードゥスにしちゃ珍しく“紳士的で優しかった”しね。」
カストルはそのまま、何処か懐かしむような感じに続ける。
「ボクらツォディアは他シードゥス達に比べて仲間意識が高いからね。あの二人が死んだ時は珍しく悲しい、なんて思っちゃった。」
「……。」
「アルデバランは紳士的で良いリーダーだった。ズベンは口調はアレだけどホントに優しかったね。ハマルはのんびり屋で。アルゲティはまぁなに考えてるか分からない暗い奴だったな。アクベンスはいつも偉そうだったけどアルレシャの奴とよくつるんでたね。サダルメリクは…裏切ったけど賢かったよ。ホント。」
カストルがそう言うとアンタレスは顔を背けて俯きながら吐き捨てるように言う。
「……過去や裏切り者のことなんてどうでもいいわ。今は目の前のことよ。」
その言葉にカストルもあっさりまぁいいかと言った具合に過去の話をやめる。
「ま、そだね。と言ってもアルレシャとルクバトは復活させに行ったプロウフについて行ったからいないけど。」
「適当に暇な奴、いる?」
アンタレスが尋ねるとカストルはこめかみに指を当ててしばし唸った後、アンタレスに言う。
「あー、今ミルファクの奴が暇そうにしてるね。」
「ならミルファクを借りるわね。」
アンタレスはそう言うと扉へと向かう。そんなアンタレスの後ろ姿にカストルが尋ねる。
「どーすんのさ。」
「気にしないで。」
アンタレスは振り返るとニヤリと笑みを浮かべたような目付きでカストルに答える。
「ちょっと宣戦布告するだけ、だから。」
夕焼けに染まる道を雪花は歩いていた。その顔は何処か不満げで、だがかと言ってこの不満を解決する方法が分からない、そんなしかめっ面だ。
「……私、なんで。」
最近、どうも龍香を見ると胸がモヤモヤする。
いや、正確には兄と仲良くする龍香、兄の話をする龍香に対して物凄いモヤモヤを感じる。
「……。」
雪花はこのモヤモヤがなんなのか、薄々気づいていた。だが、それを認める訳にはいかなかった。
戦いを共にした仲間の“幸運”は心から喜んで然るべきだ。それを…。
より強い力を手に入れ、兄が帰って来た龍香がどんどん遠くへと、自分より前に進んでいくことが自分の中に暗い影を落とす。
「…私は。」
雪花がそう呟くと後ろから誰かが走ってくる音がする。雪花が振り返るとそこにはぜぇぜぇと息を切らす龍香がいた。
「お、追い付いた…。」
「……何?何か用?」
雪花が尋ねると、龍香は息を吸ったり吐いたり深呼吸をして息を調えると、雪花を目を見て尋ねる。
「ゆ、雪花ちゃん。私、貴方に聞きたいことがあって。」
「……。」
「雪花ちゃん。最近、私を避けてるよね?」
「…。」
雪花は黙る。
「私、何か雪花の気に障ることやっちゃった?もしやっちゃったんなら私、改善するから。だから」
「……うるさいわね。」
龍香の瞳が雪花の胸をザワつかせる。つっけんどんな雪花の対応に龍香が困惑の表情を浮かべる。
「ゆ、雪花ちゃん。」
「ちょっと気分が悪いだけよ。別にあんたがどうこうって訳じゃないわ。」
《…そうなのか?》
カノープスが尋ねると雪花はプイと顔を背ける。雪花の答えに龍香は納得しかねたようで。
「で、でも。」
龍香が続けようとした時、何処からか絹を裂くような悲鳴が聞こえる。
「!」
「今のは!」
二人は会話を一旦止めると悲鳴がした方へと駆け出す。そして悲鳴がした場所へとつくと、そこには謎の石像がまばらに存在していた。
「これは…。」
その石像は人の形をしており、その表情はどれも恐怖と苦痛で歪んでいる。
「うん?何だ子供か。」
低いがらがら声と共に二人の前の物陰から怪物が姿を現す。怪物兜を被り、右腕には分厚い先端か湾曲した重斬刀を、左腕にはなにやら醜い女をあしらったような盾を持ち、鎧を纏って魚を上から押さえつけたような面をしていた。
「随分と不細工な奴が出てきたわね。」
「ちょ、失礼だよ!」
《今から戦う相手に失礼もクソもあるのか?》
雪花と龍香はすぐにそれぞれのヘアアクセ、“デイブレイク・ネメシス”とカノープスに触れる。
「ダイノフォーゼ!」
そう叫ぶと龍香の足元から現れた恐竜が龍香に噛みついて砕けると同時に変身を完了する。
一方の雪花も新たな姿へと変身していた。以前と同じように青と白のコントラストの装甲のパワードスーツだが、身体の各所に新たに緑色の光を放つパーツが備え付けられていた。
「き、貴様らは!」
「行くよ!雪花ちゃん!」
龍香が駆け出そうとするのを、雪花は手を出して制する。
「アンタは手を出さないで。丁度良い機会だから。」
雪花はそう言うと一歩前に出て腰に装着してあったショットガン“オロール”を取り出すと怪物に向けて発砲する。
「うおわっ!?」
火花が散り、突然の不意打ちに怪物がよろける。雪花は間髪入れずに走って怪物との距離を詰めると思い切り右拳で殴り付ける。
怪物に対して雪花は接近戦を仕掛けながら、新たな力の感触を確かめながら、風見と林張が言っていたことを思い出す。
『この新しいスーツはユッキーが使いやすいよう新しくアジャストしてるわ。ユッキーの傾向から接近戦に強いよう装甲素材を一新したり、新しく出力向上装置“エクステンドサーキュラー”を採用したりしてるから前よりは接近戦しやすいと思うわ。』
『ただ注意点として、前に比べて出力が上がった分より注意して使ってね。後、完全に君のお姉さんの技術を解析出来た訳じゃないからあまり過信は禁物だよ。』
(なんて言ってたけど……。)
雪花は怪物と渡り合いながら覆面越しに笑みを浮かべる。
(この力…最高じゃない!)
新しいスーツの性能は雪花は満足する。前のスーツに比べて力強く、尚且つ扱いやすい。パワー不足を感じることが多かったが、このスーツにはそれをまるで感じない。
「この!」
雪花は怪物が振り下ろした重斬刀をかわして“オロール”を撃ち込んでいく。
怪物が倒れる様を見ながら雪花はマガジンを交換しつつ、龍香をチラリと見つめる。
(この力ならアイツの強くなった状態よりも…。)
雪花はそう一人ごちながら怪物を蹴り飛ばす。転がって尚立ち上がろうとする怪物の鼻先に雪花は“オロール”を突きつける。
「チェックメイトよ。」
雪花がトドメを刺すために引き金を引こうとした瞬間、横から何か針のようなものが飛んで来る。
「!」
それにいち早く気づいた雪花は後ろへと後退することでその一撃をかわす。
「何!?」
龍香と雪花が攻撃が飛んできた方を見ると、そこから何かが大きく跳躍し、怪物の前に降り立つ。
それは細身の、蠍のような長い尻尾を持つ紫色の女性型の怪物だった。
「あ、アンタレス…。」
「ミルファク。なんてザマ。こんな子供に良いようにやられるなんて。」
アンタレスと呼ばれた怪物はミルファクを一瞥すると龍香達の方へと目を向ける。
「新手!?」
《奴はアンタレス。ツォディアの一人だ!》
「あら、まぁカノープスは知ってるわよね。そうよ。私がツォディアの一人。アンタレスよ。貴方がトゥバンを倒した…。」
アンタレスは自分の胸に手を当てながら自己紹介をしつつ、龍香の方を見る。新たな敵の登場に龍香も武器を構える。だが、一方の雪花はアンタレスを見ると、大きく目を見開き硬直してしまう。
「…?雪花ちゃん?」
不審に思った龍香が雪花に声をかけるが、雪花は何の反応も示さない。
怪物、アンタレスを見た雪花に記憶がフラッシュバックする。燃え盛る研究所。死体の山。血だまりに倒れる姉。そして、逃げる自分を嗤う怪物の姿。
ブツリ、と自分の中で何かがキレる音がする。
「う、あ。ああああああああああ!!」
次の瞬間雪花は叫びながら“オロール”をアンタレスに向けて発砲する。
アンタレスは突然の攻撃に対して尻尾を自分の周りに張り巡らせて防御する。
「おっと。いきなりとは随分ご挨拶ね。」
「ああああああ!!」
雪花は“オロール”を連射しながら左手で腕部に装備していた振動ナイフ、“アルバ”を取り出すとアンタレスに向けて走り出す。
そして思い切り跳躍するとアンタレスに襲い掛かる。
「おっと。」
アンタレスは“アルバ”を振り回す雪花の攻撃をのらりくらりと受け流しながらかわす。
「雪花ちゃん!どうしちゃったの!?」
《アイツ、何を焦ってやがんだ!?》
いつもの冷静な雪花と打ってかわってあまりにも乱暴で大雑把な戦いぶりに龍香達が困惑する中、アンタレスは雪花が繰り出す攻撃をかわしながら、じっと雪花の顔を見つめる。
「ああああああああああ!」
雪花が大振りでナイフを振るったのを大きく跳躍して後ろへと距離を取ることでかわす。
肩で息をする雪花を見て、アンタレスはあ、と思い出したようにポンと手を叩く。
「あなた何処かで見たことあるかと思ったら二年前に襲撃した時に逃げた女の子じゃない。」
「!!」
アンタレスの言葉に雪花の顔がより一層険しくなる。龍香はその事に驚愕する。
「え?え!?」
《つまり、奴が》
「姉さんを殺したお前は…お前だけは……!!」
雪花はまた走り出すと、アンタレスに向かって“アルバ”を繰り出す。
「お前だけは絶対に殺す!!」
雪花が“アルバ”を振るうがアンタレスはそれを受け止めるとニヤリと嗤う。
「あらあら、そんなんじゃ全然当たらないわ。心地良い殺気だけど、私を満足させるのには程遠い。」
「黙れぇぇぇぇぇ!!」
雪花は怒号と共にアンタレスへと攻撃を続ける。だが、当のアンタレスはそれを何処吹く風と言わんばかりに攻撃をかわす。
その戦いぶりを見ていたカノープスが懸念の声をあげる。
《マズイぞ。アイツ怒りで我を忘れてやがる。あんな戦い方じゃ、攻撃も当たらないし、疲れるだけだ!》
「ど、どうしよう。」
《一旦奴を落ち着かせるぞ!》
「う、うん!」
龍香はカノープスの意見に乗り、“タイラントアックス”を構えると大きく跳躍し、二人の間に割って入る。
「うりゃ!」
「おっと。」
「ッ」
突然の割り込みにもアンタレスは余裕と言った具合に対応する。龍香が振るう斧を軽々と避けてみせる。
「アンタ!何のつもり!?アイツは私が!この手で倒すのよ!邪魔をするなら…!」
「落ち着いて雪花ちゃん!そんなんじゃ勝てるものも勝てなくなっちゃ」
「黙れ!邪魔をするなぁぁぁぁぁ!!」
雪花は“オロール”と“アルバ”を投げ捨てると背中にマウントしていた刃の部分がチェーンソーになっている大剣“マタンⅡ”を取り回して構えると龍香に向ける。
「ち、ちょっと待っ」
《お前正気か!?》
「どけぇぇぇぇぇ!!」
雪花は龍香を追い払うように“マタンⅡ”を振るう。振るわれた“マタンⅡ”を龍香が受け止めようと“タイラントアックス”を構えるが、刃が火花を散らすと同時にあまりの力強さに龍香の防御はあっさりと崩される。
「なっ」
そして雪花は龍香を思い切り蹴り飛ばす。あまりの一撃に龍香は大きく吹き飛ばされて地面を転がる。
「はあああああ!!」
邪魔者を退けた雪花は怒りに身を任せたままアンタレスへと向かっていく。
「い、いったた…。」
擦れた箇所を擦る龍香にカノープスが心配して声をかける。
《大丈夫か龍香!?》
「う、うん。でも、思ったより強いよ。雪花ちゃん。こんなに簡単に吹っ飛ばされると思わなかった。」
《確かに奴は強くなってやがる。それこそパワーだけなら奴はアトロシアスに匹敵するだろうな。》
そう言ってる間にも雪花は“マタンⅡ”を振り回す。振り回された“マタンⅡ”は地面を削り取り、その絶大な威力を物語るが、肝心のアンタレスには当たらない。
「ほらほら、アタシはここよ。」
「うがあああああ!」
アンタレスは雪花を挑発することで、雪花をさらに暴れさせ、冷静さを失わせる。
完全に冷静さを失った雪花の死角からアンタレスの尻尾が迫る。
《こうなりゃ実力行使だ!アトロシアスを使うぞ!そうでもなきゃ止められん!》
「う、うん!」
龍香は“タイラントブレイド”を取り出すとアトロシアスへと変身し、再び二人の間へと向かう。
「あら。」
龍香は雪花へと向かっていた尻尾を“タイラントブレイド”で守る。そしてアンタレスを思い切り渾身の力で殴り付ける。
その一撃をアンタレスは両手をクロスして防御するが、衝撃は凄まじく、大きく後ろへと後退させられる。
完全には受けきれず、痺れる両腕に顔をしかめながらアンタレスは悪態をつく。
「ッ…なんて馬鹿力。」
「龍香ァ!」
再び襲い掛かろうとする雪花に対して龍香は“タイラントブレイド”を放り投げるとその両肩を掴んで制止する。
「雪花ちゃん!落ち着いて!」
《一旦頭を冷やせ!相手はツォディアだぞ!頭に血が上っていて勝てる相手じゃねぇ!》
二人がそう言った瞬間雪花は龍香の胸ぐらを掴むと怒りの目を龍香に向ける。
「アンタには分からないわよ…ッ!!兄が帰って来たアンタには!姉を失った私の気持ちなんて!!姉が死んだのを目の前で見た私の気持ちが!」
「ゆ、雪花ちゃん…」
雪花の気迫に龍香は思わず気圧される。その一瞬の隙をつき、雪花は龍香の手を払うとアンタレスに向かおうとする。
「雪花ちゃん!危ないよ!」
「うおりゃああああああ!!」
雪花の叫びと共に“マタンⅡ”がアンタレスに振り下ろされる。だが、アンタレスも龍香の一撃でガードに不安があったのか、横薙ぎに振られた尻尾が雪花を迎撃する。
弾き飛ばされた雪花は地面に突っ伏すように倒れる。
「ぐっ」
「雪花ちゃん!」
「今だ!」
二人の注意が反れたのをチャンスと見たか、ミルファクは二人に向けて醜い女の顔をあしらった盾を構える。するとその目が開き、妖しい紫色の光が放たれる。
「!ごめん!」
龍香は思わず倒れている雪花を思い切り蹴飛ばして光から遠ざける。
そして龍香は放たれた光をもろに受けてしまう。
「ごっ…え、あんた…!」
思い切り蹴られた衝撃は受け流せなかったのか雪花がえづくが、龍香を見てすぐに顔色が変わる。
龍香の身体がピシピシと音を立て、徐々に石に変わっているのだ。
「う、ぐ。」
「あんた…それ…」
《ぐっ、これは……!?》
「くくっ、それは俺の石化の呪いだ!お前はもう、石になることしか出来ん!」
ミルファクが勝ち誇ったように左手の盾を掲げる。
「雪花ちゃん、ちょっと…だけ、いい?」
「馬鹿じゃないの!?私を…!」
龍香は苦しそうに顔をしかめながらもニコリと笑みを浮かべると雪花に言う。
「あとは、任せたよ。」
龍香は完全に石になる前にカノープスに触り、スピノカラーに代わると同時に“フォノンシューター”を構えるとアンタレスとミルファクに発砲する。
苦し紛れの一撃は牽制程度に二体の周りに土煙をもうもうと巻き上げる。
「う、ゆ」
撃ち終えると同時にパキンという音と共に龍香は完全に石化してしまう。
「り、龍香…ッ!」
「あらあら。可哀想に。また貴方の目の前でいなくなっちゃったわね。」
土煙を尻尾で払うアンタレスの言葉に雪花は怒りの目を向ける。
「お前ら…ッ!」
雪花が武器を構え、立ち向かおうとした瞬間。上空から黒い羽根がアンタレス達に降り注ぐ。
「あら。」
アンタレスはその攻撃をまたもや尻尾を張り巡らせることで防御する。
そしてその羽根に紛れるように素早い影がアンタレスに迫る。影、赤羽は刀を抜くとアンタレスへと斬りかかる。
「次から次へとご苦労なこと!」
アンタレスは赤羽の振るう刀を後ろへと跳んでかわす。援軍の登場にざっと自分と相手の戦力差を推し量り、未だに痺れる両腕とミルファクを見てアンタレスは顔をしかめる。
「アンタ達も相手してやりたいことだけど、ここは退かせて貰うわ。」
そう言うとアンタレスは尻尾を振り上げ地面に叩きつけることで砂ぼこりを発生させ、それに紛れるようにミルファクと共にその場から消える。
「・・・逃がしたか。」
黒鳥は敵がいなくなったことを確認すると、翼を折り畳み地上に降りる。
「無事か、雪花。」
黒鳥が駆け寄ると雪花は顔を俯け、震えながら変身を解く。
「あの・・・バカ・・・。」
雪花の言葉に黒鳥は小首を傾げるが、すぐに雪花の横にある石像を見て気づく。
「これは・・・」
石化した龍香には流石の赤羽も驚きを隠せなかったようで、目を見開く。
「これは一体どういうことだ・・・!?」
黒鳥の言葉に雪花は黙ったままであった。
“新月”会議室は重苦しい雰囲気に包まれていた。皆の前にある石像、龍香を風見と林張が調べる。
「・・・どうかしら風見。何か分かった?」
「・・・ダメね。お手上げ。これは私達じゃどうしようもない。」
その言葉に皆の目に悲痛の色が浮かぶ。
「可能性かあるとすれば、雪花ちゃんが言ってた石に変えたシードゥスが持つ盾を破壊する・・・かな。」
林張の提唱する案を聞くと、山形は全員に指示を出す。
「取り敢えず龍香ちゃんを石にしたシードゥスを見つけないことには話が進まないわ。黒鳥君はカラスを、火元と私は色んな監視カメラを当たってみるわ。林張と風見はメンテナンスと石化のさらなる、解析。赤羽と雪花は連絡あるまど待機。」
「了解。」
「了解です。」
全員が返事をする。そして山形は雪花に言う。
「雪花。助けられたんだから。今度は貴方が助ける番よ。」
山形の言葉に雪花はプイッとそっぽを向く。
「・・・助けられてない。アイツが勝手に私の前に出ただけよ。」
その言葉に山形がやれやれと肩を竦め、注意しようとした瞬間。パァンと渇いた音がなる。
見れば黒鳥の平手打ちが雪花の頬を叩いていた。
「黒鳥・・・」
「・・・仲間に対してそんなことを、言うもんじゃない。」
叩かれた雪花は痛いよりも驚きの方が勝っているようで、唖然とした表情で黒鳥を見る。
「お前が紫水のことをどう思ってるかは知らんが、アイツが一度でもお前に敵意を向けたことがあるか!?どうして素直に一言謝ることが出来ないんだ!」
黒鳥の叱責に雪花はハッと我に返り、言い返す。
「う、うるさい!!兄貴が帰ってきたアイツに、私の気持ちなんて・・・!!家族がいない、一人ぼっちの私の・・・!」
「・・・お前は本当に一人なのか?」
その言葉に雪花は周りの人達のことが目に入る。風見、林張、火元、山形、黒鳥。二年前のあの日以降、皆雪花と共にいてくれた人達。
「う、」
「アイツだって、そうだ。ここにいる人達は皆、大切な誰かを失う悲しみを知っている。たから他人により強く寄り添ってやれる。なぁ雪花。それでも。それでもお前は一人なのか?お前の周りには誰もいないのか?」
黒鳥の言葉に雪花は言葉に詰まる。雪花の脳裏に石化する直前の龍香の声がよぎる。
『あとは、任せたよ。』
何故アイツは自分を邪険にした雪花にそう言ったのか、なんでそんなにも雪花を信じたのか。
何でそんな・・・
『私と雪花ちゃんは友達だから!』
私を友達だと言ってくれたのか。
雪花は逡巡した後、唇を噛むと走ってその場を後にする。
「雪花ちゃ」
「・・・一人にしといてあげなさい。」
追いかけようとする火元を山形が手で制する。
「お見事ね。あなたがそんなに仲間想いとは思わなかったわ。」
赤羽の皮肉混じりの言葉に黒鳥は肩を落として答える。
「・・・正直俺は家族に思い入れがないから、家族想いが分からない。家族は俺の生き方を縛り、否定する鎖のようなものだったから。ならせめて、信頼できる仲間を、友を大切にしたい。それだけだ。」
「・・・そう。」
赤羽もそう言うと部屋を出る。
その背中を見ながら、黒鳥は自分の仕事を果たすべく部屋をあとにした。
アンタレスが屋敷へと戻るとカストルがソファーから起き上がり、駆け寄ってくる。
「スゴいじゃんアンタレス。あのトゥバンを倒したカノープスを仕留めるなんて。大金星だよ。」
「まだ石化しただけで死んじゃいないけどね。」
アンタレスは飄々と答えるが、その声音からは自信が溢れていることを感じ取れる。カストルが言った通り現状シードゥスサイドが確認している限り最大戦力の内一つを潰せたのだ。
これはシードゥスにとっては良い傾向であると言っても良いだろう。
「これからどうすんの?カノープスを仕留めたんだからプロウフに掛け合って攻撃するよう相談する?」
そうカストルが提案するが、アンタレスは首を振ってその提案を蹴る。
「プロウフの奴に言ったら単独行動を責められて、様子見とか言い出すから却下よ。私一人で進めさせて貰うわ」
「お、言うねぇ。じゃあ期待して待ってようかな。」
「任せなさい。」
アンタレスはそう言うと屋敷の奥へと歩を進める。そして窓の外の曇り空に目をやり、呟く。
「見ていなさい、トゥバン。後悔させてあげるわ。」
待機室にて、赤羽が座って本を読んでいるとガチャリ、とドアノブを回して雪花が入ってくる。その目は真っ赤で、どうやら大分泣き腫らしたらしい。
「・・・。」
雪花はそのまま赤羽の対面の椅子に座り込む。そんな雪花に赤羽は目線を本に向けたまま尋ねる。
「ちょっとは落ち着いたかしら。」
「・・・。」
赤羽の問いに雪花はコクリと頷く。赤羽はそう、と言うと傍に置いてあった氷の入った袋を雪花に投げつける。
雪花が赤羽に目線を向ける。
「黒鳥からよ。ぶって悪かったってさ。ったくそんなんなら最初から殴るなって話よね。」
雪花は氷の袋をじっと見つめた後、それを頬に押し当てる。ヒヤリとした感触が何処か心地いい。
そしてしばらく沈黙が続いた後、雪花が切り出す。
「あのさ。お願いがあるんだけど。」
「何かしら。」
雪花の視線に赤羽も本から目を離し、雪花の目を見る。そしてお互いの目を合わせながら、雪花は言った。
「次の戦い、私一人でやらせて。」
アンタレスはミルファクと共に再び街へと繰り出した。勿論それは“新月”達をおびき寄せるためである。
奴らの行動パターンから、人通りの少ない場所に現れれば、奴等はまず間違いなく駆けつけてくる。
そこで、アンタレス達は恐らく誰も使っていない、寂れた広場に現れる。昔はよく人が来ていたのだろう、錆び付いて塗装が剥がれた遊具や、取り壊されていない空っぽの建物がその寂しさを物語る。
「さぁて。お次はどう来るかしら。」
「恐らくトゥバンの奴も含めて四人で来るんじゃ?」
ミルファクがそう言うと、アンタレスはくくっと笑う。
「そうかもしれないわね。だとしたらそうね・・・暇そうにしてたカストルの奴も呼べば良かったかしら。」
「今さら遅いですな。」
「ホントそうね。・・・言っとくけど、もしトゥバンの奴が来たら。」
「ハイハイ。邪魔をするなさせるなでしょう。」
アンタレスの警告にミルファクは辟易したように言う。分かってるならいいのよとアンタレスがそう答えた瞬間気配を感じ取り、前を向く。
「来たわね。」
見ればそこには金髪の少女・・・雪花がいた。既にスーツを纏っており、臨戦態勢に入っている。
「あらあら、誰かと思えば。何?姉の仇でも取りに来たのかしら?一人で勇ましいことね。」
「・・・黙れ糞蠍。」
雪花は“マタンⅡ”を引き抜くと、二人にその刃先を向ける。
「あんたらごとき、この私一人で充分よ。」
そう言うと雪花は二人に向けて駆け出した。
「本当に大丈夫か。」
少し離れたところで黒鳥と赤羽は雪花の戦いぶりを見学していた。出撃する前に雪花に一人でやらせてくれ、と言われた時には驚きを隠せなかった。
「にしてもよくお前は雪花の行動を認めたな。」
そう、皆が雪花のワンマンプレイに反対する中、赤羽だけが雪花の行動を是としたのだ。その事を言うと赤羽は雪花の戦いぶりを見ながら答える。
「別に。ただ、あの瞳を見て。」
雪花は片手に“マタンⅡ”を、片手に“オロール”を持ち、二体のシードゥスと激しくぶつかり合う。
その戦いぶりは前の戦いに比べて落ち着き、冷静に攻撃を仕掛け、見極め、勝利を目指すものだった。
「ただ自分の行動に対して自分なりにけじめをつけようとする彼女を止める必要がないと思った。それだけよ。」
「うおりゃああああああ!!」
雪花が叫びながら“マタンⅡ”を振るう。“斬る”よりも“削り取る”を優先した攻撃が二体に襲いかかる。
二人が避けるともう片方の手に持っている“オロール”を二人に向けて発砲する。
「チッ」
アンタレスは両腕でその攻撃を受け止め、防御する。
「コイツ!」
ミルファクが大剣を振りかぶり、雪花に攻撃を仕掛けるが雪花はその攻撃を器用に“マタンⅡ”で受け流してかわす。
前と打って変わった冷静な戦闘スタイルにアンタレスも徐々に彼女に対して認識を改めていく。
(単純な激情タイプかと思ったけど、結構クレーバーな戦いかたをするじゃない。だけど。)
アンタレスは持ち前の手数の多さで雪花へと攻撃を仕掛けていく。両手足、尻尾の変化自在の攻撃に雪花は徐々に追い詰められていく。
「くっ」
「ハァッ!」
とうとうアンタレスの一撃が雪花の腕を捉えて、“マタンⅡ”を弾き飛ばす。宙を舞った“マタンⅡ”は雪花から少し離れた地面へと突き刺さる。
「今ッ!」
得物を失い、残す武器は“オロール”ショットガンのみになった雪花にアンタレスは思い切り蹴りを叩き込む。
すんでのところで雪花は“オロール”を盾にして攻撃を防ぐが、ひしゃげて使い物にならなくなった上に雪花の手元から離れて何処かへ飛んでしまう。
「ぐっ。」
「ミルファク!」
「おう!これで貴様も・・・!」
完全に丸腰になった上に、蹴られたことで大きく後退し、アンタレスと距離を離された雪花に王手と言わんばかりにミルファクは左腕の盾を向ける。
「終わりだーッ!!」
盾の女性の目が妖しく輝き、光を放とうとした瞬間だった。
「この瞬間」
雪花の目がキッと鋭くなる。そして左腕の武装ラックに装備されていたワイヤーアンカーを射出する。だがアンカーは二人がいる場所とは見当違いの方向へと飛んでいく。
「ふん。どこを狙ってるの。」
放たれたアンカーはグルグルと“マタンⅡ”に巻き付くとガッチリと固定し、雪花が振り回すと“マタンⅡ”がそれに連動して振り回される。
「この瞬間を待っていたのよッ!!」
振り回された“マタンⅡ”が鋭く弧を描いてミルファクの盾に襲いかかる。そして光が放たれるより先にその瞳を“マタンⅡ”が削り取るように炸裂し、破壊する。
「な、なんだとッ!?」
「ッ!」
盾が破壊されたことで、ミルファクが酷く狼狽する。そしてミルファクの盾が破壊されたと同時に会議室に放置してあった龍香に変化が起こる。
パキッとヒビが入ったかと思うとパリィンとガラスが割れるような音と共に石化が解除される。
「・・・プハッ!」
石化が解除された龍香は倒れ込み、その後ぺたぺたと自分の頬を触り、身体を見て叫ぶ。
「戻ったー!!」
《ふぅ、マジでヒヤヒヤしたぞ・・・》
「そう?私はそんなにしなかったけど。」
《お前意外と肝が座ってんな・・・》
ゲンナリするカノープスに龍香は笑って返す。
「だって、私雪花ちゃんのこと信じてたもん。」
「よ、よくも私の盾を・・・!」
自慢の盾を破壊され、激昂したミルファクが雪花に襲いかかる。雪花は素早くワイヤーを巻き戻すと“マタンⅡ”を手元へと引き寄せると、それを構えて攻撃を防御する。
「その慌てようからすると、もうアンタは石化を使えないみたい、ね!」
雪花はそう叫ぶと思い切り蹴りを叩き込む。体勢が崩れて尻餅をつくミルファクに雪花がトドメを刺すべく“マタンⅡ”を振り上げた瞬間、ヒュンという音が鳴ったかと思うと横凪ぎに払われたアンタレスの尻尾が雪花の土手っ腹に炸裂し、大きく吹き飛ばす。
「ごっ・・・!?」
吹き飛ばされた雪花はそのまま壊れかけのシーソーを破壊しながら倒れ込む。見れば尻尾をゆらゆらとさせながらアンタレスが怒りの形相を見せる。
「小娘が・・・やってくれたわね・・・!」
怒りに突き動かされるようにアンタレスは雪花へと向かう。雪花も何とか立ち上がると“マタンⅡ”を構えてアンタレスへと向かう。
二人の激しいぶつかり合いが始まる。だが、やはり両手足と尻尾を全て攻撃に加えられるアンタレスに比べて“マタンⅡ”一本の雪花では手数が違う。
雪花も最初は打ち合えていたものの、徐々に押し負けていく。
「ぐっ!うっ・・・!」
「いいね!中々やるじゃないか!だが」
アンタレスの振り上げた攻撃が雪花の頬を掠める。
「もうお前の顔は飽き飽きなんだよッ!失せろ!」
アンタレスの繰り出した尻尾の一撃が雪花に炸裂し、打ちのめす。吹き飛ばされた雪花は水溜まりに叩きつけられる。
「ひゅ」
叩きつけられた衝撃で肺から空気が吹き出し、変な声が出る。倒れた雪花の視界が歪む。
(死ぬかもな。これ。)
雪花はふとぼんやりとそんなことを思った。そろそろヤバイと思った二人が駆けつけてくるかもしれないが、それも間に合うのか。
(何やってんだろアタシ。)
信じてくれた友達に酷い言葉をかけて、変な片意地張って。周りも見ずに勝手に自分は一人だと思い込んだり。
今も一人でやらせてくれ、なんてデカイ口を叩いて結局負けそうになっている。
(でも死んだら姉さんと会えるかも。)
そう考えると死ぬのも悪くないように思えてきた。だが流石に一人では死ねない。死ぬにしてもあの蠍野郎は絶対道連れにする。
雪花がそんな風に考え、立ち上がろうとした瞬間。雪花の視界に長い金髪で、碧眼の女性が優しく微笑みながら雪花に手を差し伸べてくる。
差し伸べられた手をぼんやりした頭のまま雪花が取ると、女性はそのまま雪花を抱き寄せ、ぎゅ、と雪花を抱き締める。
その温もり、匂いに雪花はハッと目を見開き、その女性の顔を見て、こちはに微笑みかける顔に雪花はみるみる内に笑顔になり、叫ぶ。
「姉さん!!」
次の瞬間カッと“デイブレク・ネメシス”が光輝く。さらに緑色の光を放つ“エクステンドサーキューラー”が赤色の光を放ち始め、雪花の顔を4つのラインが赤い光を放つ仮面が覆う。
「な、に?」
黒鳥達の目線カメラを介して状況を把握していた会議室は騒然となる。
「これもネメシスの装備なの?」
「わ、分かんない、分かんないッス!こんなの俺達は・・・!」
火元の問いに林張は焦って叫ぶ。どうやら滅茶苦茶混乱しているようだ。だが、山形と風見は落ち着いたままだ。
「考えられるとしたら私達も知らないブラックボックスの中にあるプログラム。」
「・・・彼女が雪花のために覚醒した。そう言うことかしら。」
赤い光を放つ雪花は唸ると、アンタレスに向けて飛びかかる。だが、前と比べて明らかに速度が上がっている。
「なっ」
そのせいで一瞬反応が遅れたアンタレスに雪花の飛び膝蹴りが炸裂する。その一撃を受けたアンタレスは大きくのけ反る。
そして雪花は渾身の力でアンタレスを思い切り殴りつける。さらにアンタレスの襟首を掴むと思い切りヘッドバッドをアンタレスに叩き込む。
「ぐおっ」
「貴様ァ!」
怯むアンタレスにさらなる追撃を加えようとするとミルファクが大剣で雪花に攻撃してくる。
だが雪花はすぐにアンタレスを足蹴にして飛び上がって攻撃をかわすと空中で身を捻って腰部武装ラックから投擲装甲貫徹鉄甲弾“シャハル改”を取り出しミルファクに向けて投擲する。
投擲された“シャハル改”はミルファクに当たると大爆発を引き起こす。
「ぐぉおぉっ!?」
爆発を受けたミルファクはもんどり打って倒れる。雪花はそのまま地面に降り立つと、“マタンⅡ”を構えると、柄頭の部分を引っ張る。すると“マタンⅡ”の刃が大きくエンジン音を上げながら高速回転を始める。高速回転し始めた刃に徐々に光を乱反射し始め、青く輝く。
「姉さん・・・行くよ・・・!」
雪花はそう呟くとミルファクに向けて走り出す。ミルファクも爆発によってよろめきながらも、雪花を迎撃すべく大剣を振るう。
青い輝きを放つ“マタンⅡ”がミルファクの大剣とぶつかり合う。一瞬2つの刃が激しく鍔競り合いとなる。
だが、それは一瞬だけだった。ギャリギャリと音を立て、“マタンⅡ”の刃が大剣に食い込んでいく。
「な、お、おう!?」
そのことに気づいたミルファクが何とかしようとするが、既に遅かった。
「うおぅりゃああああああ!!」
雪花が“マタンⅡ”を振り抜くと同時にミルファクを切り裂く。その一撃がミルファクの身体を削り取った。
「がっ」
ミルファクは絶命し、ガクッと膝をついて倒れ混む。そして、爆発。
爆発を背に雪花は“マタンⅡ”を下ろし、4つのラインがギロリとアンタレスを睨み付ける。
「テメェ、調子に・・・!」
手駒を失い激昂したアンタレスが雪花に挑もうとした瞬間。ふと向こうから龍香達三人が来るのが見えた。
「・・・チッ。」
流石にアンタレス一人では不利と見てアッサリと撤退を決め込む。だが、アンタレスは逃げる間際、雪花に吐き捨てるように言う。
「覚えてなさい、必ずこの借りは返す。返してやるわ。」
アンタレスが消えた方を見ながら雪花も冷たく言い返す。
「あんたも覚えてなさい。アンタは絶対殺す。この私の手で。」
そして“デイブレイク・ネメシス”のエクステンドサーキューラーの色が緑色に戻り、仮面も分解され、首の部分に収納される。
雪花は一息をつくと、頭の“デイブレイク・ネメシス”に触れ、微笑む。
「ありがとう姉さん・・・。いつも、私を守ってくれていたのね。」
そして振り返り、こちらへと手を振る龍香達に雪花はマスクを下げて、笑顔で手を振って返すのだった。
To be continued・・・