青の地平のトーラ ストーリー:前日譚-3782
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Another prequel for Tora
あまのはらふりさけみれば、……
― 1 ―
空は青色のまま急速に光を失っていく。地表の中でもホルスの翼の東に位置するこの場所は、今の季節にはソルがホルスの翼の向こうに隠れ、通常よりも最大で一時間以上早い“日の入り”を迎えるようになる。迫りくる夜の帳に急き立てられるように、畑を開墾していた開拓者たちは町へと帰ってゆく。
広大な畑の各所には、いつの間にか地表にも進出した異形の者や猛獣害獣の類への備えとして設けられた見張り台が立っている。ここで警戒の任務にあたっていた、元クラスタニアやアルキアの兵士を中心とした小さな部隊も、やはり帰り支度をしているようだ。
広大な畑の各所には、いつの間にか地表にも進出した異形の者や猛獣害獣の類への備えとして設けられた見張り台が立っている。ここで警戒の任務にあたっていた、元クラスタニアやアルキアの兵士を中心とした小さな部隊も、やはり帰り支度をしているようだ。
「それでは、お先に失礼します」
「ん、おつかれさま」
「ん、おつかれさま」
やがて、見張り台の一つの下にある詰所には、この場所の責任者と思しき女性が一人残された。彼女はすぐには帰ろうとせず、見張り台へ登り、景色をぼーっと眺めている。周囲はすでに真っ暗で、いくつか星の姿も見え始めている。青紫の瞳が遠望する星座は、かつて彼女が見上げた星空とは大きく異なる。今は存在しない彼女の故郷、クラスタニア。
今から一年余り前のこと。突然――いや、「ついに」と言ってもいいだろう――ティリアの寿命とともに、第三塔は消滅した。かつて塔や大牙にあった数々の町は全て、彩音回廊の停止により人の住めない地となったか、もしくは塔もろとも文字通りの意味で崩壊し消え去った。クラスタニアはその後者にあたり、レーヴァテイルたちの楽園だった町も、第三塔の暴君の正体であったモジュールハーヴェスターシャも、永久に失われた。
厳密に言えば、政体としてのクラスタニアは今でも残っている。総統アカネを中心に、旧アルキアや大牙連合と協力して、第三塔があった場所の付近で新たに町を建設しているはずだ。なにぶん惑星の裏側の話なので、彼女は詳しい現状までは把握できていないが。
どちらにせよ、何万人もの帰還者を受け入れられる態勢が整うのはまだ先の話だ。難民となった第三塔住民の多くは今でも、このソル・シエール地表で暮らしている。そして、それを保護する役割として、彼女――再招集により現役のクラスタニア軍人に戻ることになったトーラは、当面の間ここに残ることを命じられた。
厳密に言えば、政体としてのクラスタニアは今でも残っている。総統アカネを中心に、旧アルキアや大牙連合と協力して、第三塔があった場所の付近で新たに町を建設しているはずだ。なにぶん惑星の裏側の話なので、彼女は詳しい現状までは把握できていないが。
どちらにせよ、何万人もの帰還者を受け入れられる態勢が整うのはまだ先の話だ。難民となった第三塔住民の多くは今でも、このソル・シエール地表で暮らしている。そして、それを保護する役割として、彼女――再招集により現役のクラスタニア軍人に戻ることになったトーラは、当面の間ここに残ることを命じられた。
青髪の先を人差し指に巻きつけながら、トーラは思いを馳せる。かつてよく訪れていたソル・クラスタ地表の小さな村は、今はどうなっているのだろうか? そこに残してきたものは無事だろうか? 私はいつになったら帰れるのだろうか? ――そもそも、そこはいまや私の帰るべき場所といえるのだろうか?
一つ二つと星が見えなくなっていくのと入れ替わるように、ホルスの翼の下端のあちこちがきらきらと瞬き始めた。空は西方から明るさを取り戻し、本来の夕暮れの色に染まっていく。その様子をじっと見ていたトーラの目の前で、赤い閃光が走り、畑を金色の光で照らす。浮遊大陸と地平線に挟まれた、見かけの大きさにしてソル5個分ほどのわずかな隙間が、“逆さ日の出”とでも言うべき幻想的な光景を生み出しているのだ。
強い光にぎゅっと閉じた目を再び開けたころには、先ほどの考えはもうトーラの意識の内から外れていた。昼が戻ってくるのはたったの十数分だけだとばかりに、梯子を下りていった彼女が仕度を済ませて詰所の外に出てくるのには時間はかからなかった。二度目の日没を顧みることなく、トーラは近くの村にある仮の住まいへと戻っていった。
強い光にぎゅっと閉じた目を再び開けたころには、先ほどの考えはもうトーラの意識の内から外れていた。昼が戻ってくるのはたったの十数分だけだとばかりに、梯子を下りていった彼女が仕度を済ませて詰所の外に出てくるのには時間はかからなかった。二度目の日没を顧みることなく、トーラは近くの村にある仮の住まいへと戻っていった。
― 2 ―
ソル・シエール最大の都市、ネモ。“空港都市”という二つ名の通り、ホルスの翼の各地やほたる横丁を結ぶ航空路の結節点として栄える町である。数年前にプラティナへの路線も開設されたことでこの町は一層の賑わいを見せているようだが、原因はそれだけではない。三つの塔の間の――現在は二つになってしまったが――交流が始まってからは、ソル・シエールの玄関口としての役割も果たしている。別の見方をすれば、数百年にわたって隔絶されていた三つの世界の、技術と文化の交流の場となっているのだ。
空港に接近していく飛空艇の中に、他の数倍のサイズのフリッパー円盤を抱える、ひときわ大きなものがあった。天覇によって作られたこの巨大な飛空艇は、第三塔終焉の際、塔に取り残されたアルキア市民を地表に降ろすために使われたもののうちの一機だ。あまりの巨体のため速度も航続距離も覚束ないが、大量の物資を運ぶのには向いているため、ネモと地表を結ぶ貨客船として運用されている。この飛空艇の存在は、地表の町がいまだに多くの資源をホルスの上の世界に頼っていることの証左でもある。
地表からの飛空艇は、ごく緩慢な動作で転回し、空に突き出た岸壁に浮遊したまま接岸した。下から吹き上げる風にあおられて船体の軋む音が響くなか、下船する乗客たちの列に、トーラの姿があった。クラスタニア政府の出張所がこの町に置かれている関係で、彼女は幾度となくネモを訪れている。ただし今日は業務で来たわけではないようだ。
トーラは空港の待合室に留まり、誰かが現れるのを待っている。塔中腹部とを結ぶシルヴァ航路の客船が到着したのを知って、待ち焦がれたようにしきりに周囲を見回しているが、なぜか目当ての人物の姿はなかったようだ。困惑した様子で席に戻ったちょうどその時、彼女のテレモに連絡が入った。メッセージの内容を確認した彼女は、そのままの表情でため息を一つつき、相手に何らかの指示を送り返した。まもなく「了解」との返事を得て、ようやくトーラは空港を後にした。
空港に接近していく飛空艇の中に、他の数倍のサイズのフリッパー円盤を抱える、ひときわ大きなものがあった。天覇によって作られたこの巨大な飛空艇は、第三塔終焉の際、塔に取り残されたアルキア市民を地表に降ろすために使われたもののうちの一機だ。あまりの巨体のため速度も航続距離も覚束ないが、大量の物資を運ぶのには向いているため、ネモと地表を結ぶ貨客船として運用されている。この飛空艇の存在は、地表の町がいまだに多くの資源をホルスの上の世界に頼っていることの証左でもある。
地表からの飛空艇は、ごく緩慢な動作で転回し、空に突き出た岸壁に浮遊したまま接岸した。下から吹き上げる風にあおられて船体の軋む音が響くなか、下船する乗客たちの列に、トーラの姿があった。クラスタニア政府の出張所がこの町に置かれている関係で、彼女は幾度となくネモを訪れている。ただし今日は業務で来たわけではないようだ。
トーラは空港の待合室に留まり、誰かが現れるのを待っている。塔中腹部とを結ぶシルヴァ航路の客船が到着したのを知って、待ち焦がれたようにしきりに周囲を見回しているが、なぜか目当ての人物の姿はなかったようだ。困惑した様子で席に戻ったちょうどその時、彼女のテレモに連絡が入った。メッセージの内容を確認した彼女は、そのままの表情でため息を一つつき、相手に何らかの指示を送り返した。まもなく「了解」との返事を得て、ようやくトーラは空港を後にした。
一時間半ほどのち、ネモのほぼ中央に位置する大唄石公園。待ち合わせ場所をこのネモ随一のランドマークに変更したトーラのもとに、その相手が到着したようだ。
「おっそーい!!」
「ごめんごめん、いろいろあって」
「どうせカナメのことだから、寝坊したとかそんな理由でしょ」
「今日はそういうわけじゃないんだけど、家を出るのにちょっともたついていたらギリギリで間に合わなかったんだよね。でさあ、こっちの妖家がやってるカロンの渡し船というのがあるのを思い出してそれに乗ったんだけど、それがまあとんでもない代物で――」
「ごめんごめん、いろいろあって」
「どうせカナメのことだから、寝坊したとかそんな理由でしょ」
「今日はそういうわけじゃないんだけど、家を出るのにちょっともたついていたらギリギリで間に合わなかったんだよね。でさあ、こっちの妖家がやってるカロンの渡し船というのがあるのを思い出してそれに乗ったんだけど、それがまあとんでもない代物で――」
カナメと呼ばれた女性は、思わぬ大冒険となってしまった顛末を、言い訳の代わりに話して聞かせている。“こっちの妖家”という言葉から推測される通り、彼女自身もまた妖家――テル族であり、トーラと同じ第三塔出身である。帽子とゆったりとしたロングスカートを常に着用しているのも、テル族たちの角と尻尾を隠す慣習に基づくものである。
「で、そんな大変な思いをした挙げ句、着いた場所が塔の向こう側だったってわけ。最初からちゃんと行き先を聞いておけばよかったのに」
対するトーラもまたいつものように、ジャケットとジーンズというあまり女性らしさを感じさせないいでたちである。こちらは別に風習と関わるようなものではなく、実際、クラスタニアにおいてもどちらかといえば少数派であったようだ。
面目ないと苦笑するカナメに対し、とりあえずどこかに入って落ち着こうとトーラは促す。カナメもそれに同意し、二人は公園の脇を通るほしのせ通りを下って行った。
面目ないと苦笑するカナメに対し、とりあえずどこかに入って落ち着こうとトーラは促す。カナメもそれに同意し、二人は公園の脇を通るほしのせ通りを下って行った。
あの時、トーラはクラスタニアに、カナメはアルキアにいた。大騒動の中で誰が第三塔を逃れることに成功したのか把握する者はなく、テレモも使えなくなり、ずっと互いの無事を確認することができないでいた。さらには、アルキアでは避難できずに墜落死した者も多くいる、との情報がよけいにトーラの心を乱していた。何の手がかりも得られないまま不安だけが募り、彼女は悲痛な三ヶ月の時間を過ごすことになった。当初の混乱がやや落ち着いて、避難後初めての休暇をもらった彼女は、塔中腹にあるテル族の町イム・フェーナを訪れた。第三塔の消滅する以前からここに滞在していたカナメの父親・ケンザに、カナメの後見人に指名された者として、この悪い状況を報告し謝罪するためであった。そこでカナメと再会できようとは、夢にも思っていなかった。
ほしのせ通りは、空港から放射状に三本伸びるネモのメインストリートの一つである。主要道路にしてはあまり幅の広くない石畳の道、その両側に連なる重厚な石造りの建物、そして道の中央を走る小さく古臭い路面電車のいずれもが、この町並みの長い歴史を物語っている。巨大なホルンが巻き付く第一塔を背にして歩きながら、トーラは思う。ことによってはクラスタニアのほうがより古い都市なのかもしれないのに、どうしてこんなにも受ける印象は違うのだろうかと。
道沿いには様々な店が並んでいるが、ひっきりなしに人や路面電車が行き交うので少々騒がしく感じる。二人はにぎやかな表通りを避け、少し路地に入った場所にある静かなカフェのテラス席に陣取った。
道沿いには様々な店が並んでいるが、ひっきりなしに人や路面電車が行き交うので少々騒がしく感じる。二人はにぎやかな表通りを避け、少し路地に入った場所にある静かなカフェのテラス席に陣取った。
「はい、依頼の品だよ。ちょっと早いけど誕生日プレゼント代わりに、ということで」
「ありがとう」
「ついに110歳だね」
「はいはい…… ところで分かってると思うけど、最終的にはたぶんカナメの方が長生きするわけですからね?」
「ありがとう」
「ついに110歳だね」
「はいはい…… ところで分かってると思うけど、最終的にはたぶんカナメの方が長生きするわけですからね?」
ティーカップを横にずらして開いたスペースに受け取った包みを乗せ、トーラはさっそく袋の中を確認する。入っているのは、小さな石木の鉢植えのようだ。強い想いに反応してごくゆっくり成長していく不思議な石を、いわば盆栽のように育ててゆく趣味の品だ。
「まあ、あと四十年あればそれなりの形にはなるでしょ。その後はあたしが形見としてもらっておくから」
「カナメだって生まれてから四十年経っているというのに、昔と全く変わらず躊躇も遠慮もないんだから。それを考えると、この石木だってどれだけ成長するんだか」
「カナメだって生まれてから四十年経っているというのに、昔と全く変わらず躊躇も遠慮もないんだから。それを考えると、この石木だってどれだけ成長するんだか」
いつものように言い合いつつも、トーラは包みを開いた時からの微笑を崩していない。
「ともかく、これを家に忘れそうになったのが、今回の敗因かな」
「そういうこと」
「あーあ、早いとこイム・フェーナから飛空艇が飛ぶようになればいいのに。いちいちシルヴァプレートの下まで降りるのが面倒でしょうがない」
「そういえば、その“魔笛航路”の計画はどうなったの?」
「そういうこと」
「あーあ、早いとこイム・フェーナから飛空艇が飛ぶようになればいいのに。いちいちシルヴァプレートの下まで降りるのが面倒でしょうがない」
「そういえば、その“魔笛航路”の計画はどうなったの?」
“魔笛航路”とはネモとイム・フェーナとを結ぶ予定の航空路線の名だ。ネモ~プラティナ間の“玉石航路”と違い、こちらは計画が停滞しているようだ。カナメは不満げな顔を隠そうともせず、頬杖を突きながら答える。
「なんかもう、全然ダメ。こっちの妖家も人間との間でいろいろあったらしくて。天覇が運行するのはダメだとか、できれば飛空艇自体も天覇製以外のものにしろとか、利用できる客に制限をつけろとか……」
「そう。もうちょっと交通の便が良くなれば半年に一度とか言わず気軽に遊びに行けるのに、なかなかそうはいかなさそうか」
「そう。もうちょっと交通の便が良くなれば半年に一度とか言わず気軽に遊びに行けるのに、なかなかそうはいかなさそうか」
トーラは腕組みをしながら椅子の背にもたれるように天を仰ぐ。彼女がこのような大げさなジェスチャーを見せる相手は、ソル・シエールに移ってきてからは、もうカナメくらいしかいない。それを知ってか知らずか、カナメは自分から発言することなく、コーヒーを啜りながらトーラの様子をじっと眺めている。
しばらく沈黙の時間が流れたのち、トーラはようやく姿勢を戻して、石木の包みをバッグにしまいこんだ。カップに残っている冷めた紅茶を飲み切って、ようやく口を開いた。
しばらく沈黙の時間が流れたのち、トーラはようやく姿勢を戻して、石木の包みをバッグにしまいこんだ。カップに残っている冷めた紅茶を飲み切って、ようやく口を開いた。
「……ケンザさんは? 元気にしてる?」
「さあ? お父さんはソル・クラスタに行っちゃってるから」
「ソル・クラスタ?」
「なんか、塔があったとこの近くの、シェスティネとかいう場所の調査だって。ダイアンサスの樹が生えているかどうか、みんなで見に行くって言ってた」
「撫子 ? ……の“樹”? あれって草だったような」
「さあ、詳しいことはよくわかんないんだけど。シェスティネって妖家の故郷みたいな場所で、樹が生えていれば状態がいいみたい」
「さあ? お父さんはソル・クラスタに行っちゃってるから」
「ソル・クラスタ?」
「なんか、塔があったとこの近くの、シェスティネとかいう場所の調査だって。ダイアンサスの樹が生えているかどうか、みんなで見に行くって言ってた」
「
「さあ、詳しいことはよくわかんないんだけど。シェスティネって妖家の故郷みたいな場所で、樹が生えていれば状態がいいみたい」
故郷か、と呟いてやや俯くトーラ。それを見て、カナメは慌てて補足する。
「妖家の故郷とはいっても、あたしは全然知らないわけだし。あたしにとっての故郷は、やっぱりトコシヱ以外には考えられないでしょ」
「……」
「……」
それでも考え込むのを止めない様子を見て、カナメも観念したようだ。こういうときのトーラにむやみに口を挟むのは、少なくともカナメにとっては得策とはいえないことを彼女は知っている。案の定というべきか、誰に宛てたともいえない言葉が飛び出した。
「故郷を失うって、どういう気持ちになるものでしょうね」
カナメは何も答えず、ただ話の続きを待っている。狭い路地には一人の通行人もなく、表通りの喧騒だけが石の壁に反射しながら通り過ぎていく。
「私たち“造られた生命”にとって、故郷とは、仕える対象と同義。まず最初に目的があり、その目的に沿って私たちは生み出され、目的のために働くことを要請される。そういうものだと思っていた。塔が消えたあの日まで、ずっと」
カナメは再び頬杖を突くが、今度の表情は真剣だ。慎重に言葉を選びながら問う。
「でも、今は、違うんだよね?」
「仕える対象という意味では、結局今でも変わってないとも言えるけれど」
「トーラは上帝門に長いこと住んでたでしょ。そういう意味では上帝門も故郷といえるかもしれないけど、それでもやっぱりクラスタニアは特別だと感じる?」
「仕える対象という意味では、結局今でも変わってないとも言えるけれど」
「トーラは上帝門に長いこと住んでたでしょ。そういう意味では上帝門も故郷といえるかもしれないけど、それでもやっぱりクラスタニアは特別だと感じる?」
トーラは頷いて肯定を表する。そう、とだけ返事をして、カナメはみたび様子を窺う。
「私は間違っていたのでしょうか? いまさら、こんな風に思うなんて」
「間違ってはいないんじゃないかな。自信を持って言えるわけじゃないけど」
「でも、私は、ずっと……」
「ただ故郷から離れただけならともかく、無くなってしまった、もう二度と行くことができない。それなら、思いも変わって当たり前でしょ。失われたものに対する感情というのは、トーラならよく知ってるんじゃないの?」
「間違ってはいないんじゃないかな。自信を持って言えるわけじゃないけど」
「でも、私は、ずっと……」
「ただ故郷から離れただけならともかく、無くなってしまった、もう二度と行くことができない。それなら、思いも変わって当たり前でしょ。失われたものに対する感情というのは、トーラならよく知ってるんじゃないの?」
それきり、トーラは沈黙する。この間にコーヒーを飲み切ったカナメは、相手の左手側に置かれたティーポットの紅茶を勝手に自分のカップに注ぎ、それすらも飲み干して勝手にお代わりを注文するところまではなんとか待ち続けた。
「……あたしだって、トコシヱを思い出してちょっと悲しくなる時もある。ほら、イム・フェーナって塔とホルンの間の狭苦しい場所にあるから、暗くなると雰囲気が似てるところもあるでしょ」
「そういうとき、カナメは、どうしてるの?」
「別に、何も。トーラのように何かできるわけでもないし」
「……」
「それに、今は今でそれなりに楽しいから。だって、妖家がこんなに残っているなんて知らなかった。ソル・クラスタにいた時は、家族以外の同族なんて一人も知らなかったし、小さい頃なんてあたしはいつも家の中で一人だったから。それに比べりゃあ、今は」
「そういうとき、カナメは、どうしてるの?」
「別に、何も。トーラのように何かできるわけでもないし」
「……」
「それに、今は今でそれなりに楽しいから。だって、妖家がこんなに残っているなんて知らなかった。ソル・クラスタにいた時は、家族以外の同族なんて一人も知らなかったし、小さい頃なんてあたしはいつも家の中で一人だったから。それに比べりゃあ、今は」
何かに気付いたかのように、トーラは顔を上げて尋ねる。
「それでも、懐かしく悲しい気分になる時はある?」
「うん」
「うん」
また腕組みをするトーラだが、どうやら、ある程度納得のいく答えを得たようだ。表情が少し明るくなったのを見て、カナメも笑顔を見せる。
「それでもまだ気になるなら、他の人にも聞いてみたらいいんじゃないの? 地表の町だったら、同じクラスタニアの人も身近に何人かいるでしょ?」
「そういえば……ちょうど、話を聞いてみたい人は、確かに」
「ほら、ね」
「そういえば……ちょうど、話を聞いてみたい人は、確かに」
「ほら、ね」
ちょうど、気分を変えることを促すように、追加の飲み物が運ばれてきた。先ほどまでの緊張は打ち破られ、二人の、一方は低く他方は高い声が再び空間を支配する。
「ところで、そういうカナメはどうなの? 同じ妖家の知り合いが増えたわけだけど」
「そりゃあ、ね。こっちの妖家は、族長もそうだけど、あたしと同じくらいの年に見える人もいっぱいいるし」
「話し相手もできたりしてるの?」
「うん。例えば、クルトフェーナっていう場所を探してる人がいて――」
「そりゃあ、ね。こっちの妖家は、族長もそうだけど、あたしと同じくらいの年に見える人もいっぱいいるし」
「話し相手もできたりしてるの?」
「うん。例えば、クルトフェーナっていう場所を探してる人がいて――」
― 3 ―
遥か地平線の向こうから塔のシルエットが立ち上がり、その先端は澄んだ青空へと溶けていく。不規則に並ぶ小さな綿雲が、土色で塗りつぶされた広大な畑に陰影を曳きながら悠然と通り過ぎていく。
警備隊の詰所の上、平和で退屈な光景を見下ろす見張り台には、人の姿が二つ。椅子を外に向けて景色を眺めているのはトーラであり、その後ろで肩身が狭そうに弁当をかき込んでいるのは金髪の若い男性だ。彼の名をクレマン・ガルディニエという。
最後の一口を水で流し込んで昼食を終えると、彼は彼の上官に声を掛けた。
警備隊の詰所の上、平和で退屈な光景を見下ろす見張り台には、人の姿が二つ。椅子を外に向けて景色を眺めているのはトーラであり、その後ろで肩身が狭そうに弁当をかき込んでいるのは金髪の若い男性だ。彼の名をクレマン・ガルディニエという。
最後の一口を水で流し込んで昼食を終えると、彼は彼の上官に声を掛けた。
「……いつもながら、自分だけ申し訳ないです」
「気にしないでください、私はもともと食べる必要はないので。それより……」
「気にしないでください、私はもともと食べる必要はないので。それより……」
後ろを振り向き、淡々とした口調で答えるトーラ。だが実のところ、カナメと会った日から数日間、彼と話す機会を彼女は待っていた。もちろん彼は魅力的な青年であったし、彼がメタ・ファルス出身であることも彼女の興味を大いに惹いていたところだが、今日この場で話したい点はそこではない。トーラは平静を装うかのように再び外の景色に向き直るが、このチャンスを逃すことなく、話を切り出した。
「ガルディニエこそ、大丈夫ですか?」
律儀に立ちあがり前に進み出てから答えようとする部下を、トーラは手でやんわりと制した。その代わりに自分の横に座るよう促すが、若者は起立したまま答える。
「……話がよく見えませんが、いったい何がでしょうか?」
「メタ・ファルスのエナの出身と言っていましたよね。リムにあった昔のエナ」
「はい、その通りです」
「歴史を感じる良い町でした。もっとも、私が行ったのは最初の避難のときで、そのときにはもう、本来の姿の“町”ではありませんでしたが」
「……」
「メタ・ファルスのエナの出身と言っていましたよね。リムにあった昔のエナ」
「はい、その通りです」
「歴史を感じる良い町でした。もっとも、私が行ったのは最初の避難のときで、そのときにはもう、本来の姿の“町”ではありませんでしたが」
「……」
どうやら、ガルディニエは何を聞かれようとしているのかを察したようだ。
それはつい先月のことだ。シュレリアとフレリア、そしてルカとクローシェの四人の連名による、ある発表がなされた。第三塔の管理者であったティリアを復活させること、その計画はメタ・ファルスで実行し、そのために半分ほど残っていたリムを全て落とすということ。その内容だけでも十分に衝撃的なものだが、発表があってからの動きの早さも驚くべきものであった。もちろん全世界に向けて発表する前に必要な折衝を済ませておいたからであろうが――もう既に、リムは存在しない。
それはつい先月のことだ。シュレリアとフレリア、そしてルカとクローシェの四人の連名による、ある発表がなされた。第三塔の管理者であったティリアを復活させること、その計画はメタ・ファルスで実行し、そのために半分ほど残っていたリムを全て落とすということ。その内容だけでも十分に衝撃的なものだが、発表があってからの動きの早さも驚くべきものであった。もちろん全世界に向けて発表する前に必要な折衝を済ませておいたからであろうが――もう既に、リムは存在しない。
「……名残を惜しむ暇もありませんでした」
もう一度促されると、彼はトーラの右手側に少しだけ距離を開け、同じように外を向いて座った。風が二人の間を通り抜け、トーラの青髪を微かに揺らす。
「あまりに唐突でしたからね……ガルディニエのように故郷を離れている人は、完全に蚊帳の外のままあっという間に決まってしまいましたから」
「はい。いつかリムが全て落ちてなくなってしまうのは仕方がないとしても、それはまだかなり先の話だと思っていました」
「今はどう思いますか? 思い出して悲しくなったりとか」
「いいえ、まだそこまで整理がついていない状態です。『ああ、もうなくなってしまったんだな』って、ただそれだけです、今のところは」
「そうですか」
「はい。いつかリムが全て落ちてなくなってしまうのは仕方がないとしても、それはまだかなり先の話だと思っていました」
「今はどう思いますか? 思い出して悲しくなったりとか」
「いいえ、まだそこまで整理がついていない状態です。『ああ、もうなくなってしまったんだな』って、ただそれだけです、今のところは」
「そうですか」
顔を少しだけ左に向けたガルディニエは、話している相手がいつの間にか自分を直視していることに気が付いた。慌てて前方に向き直り、遠くを流れていく綿雲の一つに無理やり視線を固定する。そのままの勢いで、彼は照れ隠しのように聞き返した。
「小隊長はどうでしょうか? その……一年経ってみて」
「私は……今でもわかりません。未だに整理がついていないのかもしれません」
「そうですか」
「私は……今でもわかりません。未だに整理がついていないのかもしれません」
「そうですか」
つい先ほどのトーラとまったく同じ言葉を最後に、そのまま話が途切れる。しかし心の中では二人とも何かを考えているようだ。トーラは外を向いたまま微動だにせず、対するガルディニエは落ち着きなく姿勢を変えながら、横目でトーラの様子を確認している。互いに相手の出方を窺い牽制しあっているような、何とも居心地の悪い沈黙が続く。遠くの畑を耕す開拓者たちの話し声が、ときどき風に乗って聞こえてくる。
耐えきれず、ついに口を開いたのはガルディニエだった。
耐えきれず、ついに口を開いたのはガルディニエだった。
「どうして、ティリアを復活させるのでしょうか」
それはトーラも予想していた質問だった。想定内の、最悪の状況として。
「……」
なぜなら彼女は、その答えを見つけられていない。ティリア復活計画が発表されたときの、ティリアは惑星再生の貢献者であって――という説明は把握してはいるが、そのような自らの心にない言葉を返すほど彼女は不誠実ではない。残念ながら、この態度が相対する若者に通じてくれるかどうかはまた別の話だが。
「ティリアを生き返らせたところで第三塔が戻るわけではない、でも、それなのに、リムは確実に失われる。なら、どうして……!」
トーラは答えない。答える言葉を持ち合わせていない。
「どうして、ティリア一人のために、リムを犠牲にしなきゃならないんですか! どうして、ソル・クラスタと同じ目に、僕の故郷が、遭わなきゃならないんですか!!」
トーラは答えない。ただ、相手の感情を受け止めている。
「小隊長だって、ティリアのことなんかほとんど何も知らないんでしょう!? そもそもティリアは惑星再生のために作られたというんだったら、その目的はとっくに果たしているじゃないですか! もう目的も何もない人工物を、どうしてわざわざ、多くの対価を支払ってまで、作り直すというんですか!!」
ガルディニエは言ってしまったことを後悔した。
トーラは答えない。俯き、拳を握りしめ、わずかに身体を震わせている。
トーラは答えない。俯き、拳を握りしめ、わずかに身体を震わせている。
「申し訳ありません! 言い過ぎました!」
「構いません、こうなる可能性は、分かっていましたから……」
「構いません、こうなる可能性は、分かっていましたから……」
動転しながら膝をついて許しを請うガルディニエ。左手で目を拭ってから、トーラはようやく返事をした。
夕刻。今日もトーラは一人、見張り台の上で“逆さ日の出”を眺めている。
あの後、ガルディニエとは一言も話すことができなかった。周囲の畑は至って平穏であり、異形の者どころか野生動物の闖入すら一件の報告もなかったが、この詰所の付近だけはずっと重苦しい空気に支配されていた。
あの後、ガルディニエとは一言も話すことができなかった。周囲の畑は至って平穏であり、異形の者どころか野生動物の闖入すら一件の報告もなかったが、この詰所の付近だけはずっと重苦しい空気に支配されていた。
半ば無関係な私でも疑問に思っていたことだ。それならば、メタ・ファルス出身の彼がそう思わない道理はない。だけど、でも……
ほんの小さな呼び水は、思いがけず彼のむき出しの本心をさらけ出してしまう結果となった。私の不手際だったと何度自分に言い聞かせようとしても、彼の言葉が心の中でこだまするたび、悲嘆と怨嗟が綯い交ぜになった感情が不透明な渦を巻く。
分かっていたはずだ。数万人の難民は、必ずしもそれを受け入れる世界の住人に快く迎えられるとは限らないことを。それが例え、世界再生の結果の結果であったとしても。分かっていたはずだ。この世界に暮らすほとんど全ての人にとってティリアは馴染みの薄い存在、あるいはただの伝説上の存在であって、かつてメタ・ファルスの人々が必死に開拓し数十万の人が暮らした土地とはあまりにも不釣り合いなものであると考えているだろうことを。分かっていたはずだ――
自らを説得するための必死の思考は渦に捕らわれ、いつまでも同じところを循環する。回転からはじき飛ばされた想いの欠片があふれ出し、浮遊大陸の下部に埋め込まれた結晶と同様、夕陽を反射してきらきらと輝く。
もはや心の中からは言葉が失われつつあった。ただ想いだけが、第二の日の入りとともに地平線を越え、遠く惑星の裏側へと繋がっていた。
分かっていたはずだ。数万人の難民は、必ずしもそれを受け入れる世界の住人に快く迎えられるとは限らないことを。それが例え、世界再生の結果の結果であったとしても。分かっていたはずだ。この世界に暮らすほとんど全ての人にとってティリアは馴染みの薄い存在、あるいはただの伝説上の存在であって、かつてメタ・ファルスの人々が必死に開拓し数十万の人が暮らした土地とはあまりにも不釣り合いなものであると考えているだろうことを。分かっていたはずだ――
自らを説得するための必死の思考は渦に捕らわれ、いつまでも同じところを循環する。回転からはじき飛ばされた想いの欠片があふれ出し、浮遊大陸の下部に埋め込まれた結晶と同様、夕陽を反射してきらきらと輝く。
もはや心の中からは言葉が失われつつあった。ただ想いだけが、第二の日の入りとともに地平線を越え、遠く惑星の裏側へと繋がっていた。
― 4 ―
紫の光が大地を覆い、夜の静寂を際立たせる。一部の町を除けば地表はまだ人口のまばらな地であり、豊穣と母性を象徴するというチェロ月も、今夜はまるで人を拒むように冷たく輝いている。そんな中で暖色の明かりがぽつぽつと灯っているのは、畑の近くの小さな村だ。この村にはまだ正式な名前がなく、仮の番号で呼ばれている。
碁盤目に敷かれた砂利道に沿って画一的な住宅が並ぶ一角に、今のトーラの住み家がある。家の前に庭のようなスペースはなく、家そのものの大きさもクラスタニアにあったものに比べればずっと小さい。とはいえ、村と畑の開発に伴ってつい最近建てられたばかりの住居であるぶん、避難直後に大量に造られた掘っ立て小屋のような建物よりははるかにまともなものである。どちらにせよ、一人で住むのに不足はない。
碁盤目に敷かれた砂利道に沿って画一的な住宅が並ぶ一角に、今のトーラの住み家がある。家の前に庭のようなスペースはなく、家そのものの大きさもクラスタニアにあったものに比べればずっと小さい。とはいえ、村と畑の開発に伴ってつい最近建てられたばかりの住居であるぶん、避難直後に大量に造られた掘っ立て小屋のような建物よりははるかにまともなものである。どちらにせよ、一人で住むのに不足はない。
憔悴した様子でトーラが帰ってきたのはつい先ほどのことだ。いつもなら彼女はシャワーを浴びて着替えた後に簡単ながらも温かい夕食を取るはずだが、今日はそのいずれも行うことなく、そのまま硬いベッドに身を横たえた。とはいうものの、未だに乱れている心を抱えて、そう簡単に寝付けるものではない。低周波の感情こそだいぶ減衰してきたが、ガルディニエの言葉は答えのない命題と結びつき、彼女をさらに思い悩ませている。寝苦しさに身体の向きを変えるたび、木の寝台の軋む音が狭い寝室に響く。
何度目の寝返りのときだろうか、室内の暗さにすっかり慣れてしまった目がふとなにかを捉えた。カーテンを通して差し込む薄い紫色に染まったそれは、ベッドサイドに置かれた石木の鉢植えだ。彼女はゆるゆると手を伸ばし、鉢植えを自らの胸元に引き入れる。
何度目の寝返りのときだろうか、室内の暗さにすっかり慣れてしまった目がふとなにかを捉えた。カーテンを通して差し込む薄い紫色に染まったそれは、ベッドサイドに置かれた石木の鉢植えだ。彼女はゆるゆると手を伸ばし、鉢植えを自らの胸元に引き入れる。
この石木が持ち主の想いを吸収して形を変えるというなら、きっと今日の感情もすでに年輪のように刻まれていることだろう。それならばいっそのこと、全て吸い尽くしてほしい。今はただ、“私たち”の穏やかさに身を任せたい。在りし日のクラスタニアを知る同胞たちの作り出す想いの海に。
翌朝。普段よりも遅い時間に目が覚めたトーラは、まず石木に大きな変化がなかったことに安堵した。シャワーを浴びて身体に付いたままの土埃を落とす時間の捻出には、朝食を省くことで対応する。一日や二日……いや十日や二十日なら食事を抜いたところでどうこうしないのは確かにありがたいことではある。
家を出るころにはだいぶ遅れを取り戻していた。やや急ぎ足で砂利道の交差点を曲がったところで視界に飛び込んできたのは、地平線の彼方に青く霞む塔とホルスの翼の影、そして前方を歩く金髪の青年の背中だ。
否応なく昨日のやりとりが思い出されるところだが、かといってこのままずっと会話をしないで済ませられるわけもない。トーラはそのままの速度で近づいていき、相手が気づいて振り返った瞬間を狙いすまし、先制して声を掛けた。
家を出るころにはだいぶ遅れを取り戻していた。やや急ぎ足で砂利道の交差点を曲がったところで視界に飛び込んできたのは、地平線の彼方に青く霞む塔とホルスの翼の影、そして前方を歩く金髪の青年の背中だ。
否応なく昨日のやりとりが思い出されるところだが、かといってこのままずっと会話をしないで済ませられるわけもない。トーラはそのままの速度で近づいていき、相手が気づいて振り返った瞬間を狙いすまし、先制して声を掛けた。
「おはよう」
「おはようございます。昨日は大変な失礼をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「おはようございます。昨日は大変な失礼をしてしまい、申し訳ありませんでした」
立ち止まり向き直って畏まるガルディニエを、彼女はそのまま歩みを止めることなく追い越した。彼が歩調を合わせてついてくることを耳で確認すると、顔を合わせぬまま、冷静とも冷酷ともとれるトーンの言葉で、彼女は探りの一手を打つ。
「なんのことでしょうか?」
「その……」
「その……」
相手は言い淀んではいるが、動揺しているわけではなさそうだ。一晩経って気持ちの整理がついたのだろうか。
「メタ・ファルスにはレーヴァテイルの……その……人工的に創られた……」
「β純血種」
「はい、β純血種は一人もいませんでしたから、よくわかっていなくてつい……」
「β純血種」
「はい、β純血種は一人もいませんでしたから、よくわかっていなくてつい……」
半分だけ振り向き横目で視線を合わせて、トーラはきっぱりと答える。
「はい、その点については、許しはしません」
「……反省します」
「……反省します」
「ですが、他の部分の主張については理解します。ガルディニエにとっても、やはり故郷というものはかけがえのないものだということはよく分かりましたから」
「あ、あの、ですが……」
「正直に言って、私は分からなかったのです。私ですらこのような感情を抱いてしまうのは、もしかしたら、自分の行いは間違っていたせいではないのか、と」
「……あの、いったい何の話でしょうか?」
「あ、あの、ですが……」
「正直に言って、私は分からなかったのです。私ですらこのような感情を抱いてしまうのは、もしかしたら、自分の行いは間違っていたせいではないのか、と」
「……あの、いったい何の話でしょうか?」
怪訝な顔をしているのが見なくてもわかるほどの、拍子抜けしたような声だ。トーラは思わず立ち止まって青年を振り返り、そして微笑みを見せた。
「いえ、なんでもありません。ともかく、ティリアを復活させるべきだったか否かは、確かに議論の余地があるでしょう。私ですらそう思うくらいなので」
「はい」
「はい」
トーラは再び歩き出した。速度を調整し、今度はガルディニエを横に並ばせて。
「昨日の軽率な言動、申し訳ありませんでした。もう一度謝罪します」
「その点についてはしっかり反省してくださいね」
「はい。何か償えることがあれば良いのですが」
「特に何もしなくても、と言いたいところなのですが。あなたに興味が出てきましたし、せっかくの機会なので」
「はい。……え?」
「その点についてはしっかり反省してくださいね」
「はい。何か償えることがあれば良いのですが」
「特に何もしなくても、と言いたいところなのですが。あなたに興味が出てきましたし、せっかくの機会なので」
「はい。……え?」
「そうですね、それでは――」
― 了 ―