概要

ヴェリアの大遠征とは、蜉蝣時代の戦乱の中で、アルファ703年8月から、704年12月(全軍の帰還終了までなら705年1月)まで行われた、ロードレア国によるロー・レアルス国への大進軍である。
当時の戦史の常識では考えられない規模の大遠征となった。


戦闘に至るまでの背景


▲700年6月における勢力図

ロードレア国、というよりヴェリア個人は、かつての同門であったメファイザスこそ最大の敵になると確信していた。
その為、本来なら他国を制してから最後の敵として雌雄を決したかったが、戦局の膠着状態が続いたこともあり、戦略の基本方針を変更し、まずメファイザスを倒し、ロー・レアルス国を平定してから、圧倒的国力でベルザフィリスロッドフェルスデッド国を制圧するという計画を立てた。
勿論、それは口で言うほど簡単なことではないが、すべてを承知の上で出陣を決意したヴェリアは、メファイザスと決着をつけるまで決して帰国しない覚悟で遠征を計画した。

実際の蜉蝣時代の終焉を見ても、大勢力同時の均衡した状態も、一度バランスが崩れるとそこから一気に加速している。
ヴェリアが目指していたのはまさにそれであり、単なる大規模兵力を動員した他国への侵攻ではなく、戦乱を終わらせる意味も込めた壮大な構想の元行われる大遠征であった。

ヴェリアアレスは連日軍議を重ね、隠密を各地に派遣して、想定されるあらゆる進軍ルート、戦場の設定と下準備を執り行っていた。
総大将にヴェリア、軍師にアレス、出陣する武将はバイアラスグローリヴァスファルザスアルガードメネヴァリディといった、ロードレアの中枢を担う将達であった。

だが、2月14日、極度の過労からアレスが吐血して倒れるという誰も想定しなかった事が起き、この遠征は急遽延期されることとなった。
それでも準備は進められ、8月にロードレア国は21万というかつてない大兵力を率いて、大陸史上初となる「大遠征」を行った。


703年9月17日~国境突破戦

攻撃側 守備側

ロードレア国軍
軍勢
ロー・レアルス国軍
総兵力210000 兵力 総兵力20000
ヴェリア 総指揮 ゾッグ
アレス 軍師
主要参戦者

ヴェリア

アレス

バイアラス

ファルザス

グローリヴァス

ゾッグ

ドリエリア




リディ

メネヴァ

アルガード

ナッシュ

ワイズ


戦闘経緯


8月24日、盛大なる出陣式の後、隊列をそろえて出陣したロードレア国軍。
最初に戦火を交える事となったのは、9月7日の国境突破時であった。
とはいえ、相手はドリエリアが指揮する国境守備部隊のみであり、兵力も僅かなものであった。
時間稼ぎにすらならないこの微弱な抵抗をナッシュ部隊が粉砕し、そのまま遠征軍はロー・レアルス領土内へと進入を開始する。

9月17日、はじめてロー・レアルス国軍がまとまった抵抗を見せたのは、ゾッグを総大将とする兵力2万の部隊であった。
ロー・レアルス国軍の目的が、遠征で伸びきったロードレア軍を遮断して各個撃破することは目に見えていた為、ヴェリアはこの遠征で一度もその隙を見せず、逆に相手が先に痺れを切らせて決戦を挑んできたところで決着をつけるという戦法を大前提としていた。
そのため、メファイザスゾッグに「勝つ必要はない、守りを固めてひたすら時間を稼げ」と指示を出していたが、その意思を読んだヴェリアは、時間をかけずに初戦で完膚なきまでに叩くため、バイアラスリディというロードレア国最高の将をもってゾッグ部隊撃破を任せた。
バイアラスリディが、個人的に繋がりをもったのはこの頃からだと言われているが、静のリディと動のバイアラスは戦場でも見事に噛み合い、ゾッグ部隊を難なく撃破、国境を越えて本格的にロー・レアルス国の領地へ侵入を開始した。


704年1月14日~メロの戦い

攻撃側 守備側

ロードレア国軍
軍勢
ロー・レアルス国軍
総兵力200000 兵力 総兵力30000
ヴェリア 総指揮 ゾッグ
アレス 軍師
主要参戦者

ヴェリア

アレス

バイアラス

ファルザス

グローリヴァス

ドルトン

ドゥバ

ゾッグ



リディ

メネヴァ

アルガード

ナッシュ

ワイズ


戦闘経緯


ロードレア国軍は、ロー・レアルス国への侵入を続けていた。
10月16日にネルヴァ城、11月4日にレイアル砦、11月18日にメネシア砦をそれぞれ大規模な戦いで落とし、それ以外にも、記録に残っている12の小規模な戦い全てに勝利したロードレア国軍は、ひたすら進撃を続けていた。
さすがの大兵力も、城に篭られると一度の戦いに時間を要する事があったが、それでも、ここまではヴェリアの計画と時間的にも進軍ルート的にも、それほどの誤差はなく進んでいた。

ロー・レアルス国の次なる防衛陣は、ゾッグドゥバドルトンが指揮する部隊であり、彼らは密かに部隊を2手に別けて遠征軍を挟み撃ちにする体勢をとった。
しかし、優秀な隠密を数多く抱えるロードレア軍は、この動きをいち早く察知、ヴェリアも軍を二手に別け、別動隊の指揮はアレスに任せた。

戦場で年を越し、1月14日にゾッグドゥバ部隊を、16日にドルトン部隊をそれぞれ撃破したロードレア国軍は、二手に別けた軍勢を再び結集させ、更に進軍を開始した。
これが、4回目の大規模な戦いとなるが、ロー・レアルス国軍は、中途半端に軍勢を集結させて挑んでは撃退されるという戦いを繰り返していた。
これは、あまりにも大規模すぎる遠征軍に対して、それぞれの部隊が散漫的な反攻しかとれなかったという点もあるが、それと同時にメファイザスの遠大な迎撃計画のひとつでもあった。


焦土作戦

冬にはいると、メファイザスは、ロードレア国の進軍に大掛かりな反攻作戦をとるのではなく、進軍ルート上にある都市の食料を後方へ輸送するという焦土作戦をとった。
これにより、占領地で食料を調達するつもりだったロードレア国軍は思わぬ食糧難を招き、本国からの輸送ルートが伸びていくこととなる。
輸送部隊を奇襲しようとするロー・レアルス国軍だが、隙のないロードレア国軍がそれを許さないものの、根本的な食糧問題は日を追うごとに深刻になっていた。
表向きは、予定通りの進軍が続いていたロードレア国軍だが、メファイザスの罠は、少しずつ効いてくる毒の様にロードレア国軍に疲労を蓄積させていた。
だが、自国の領土で食料を撤収していくというこの作戦は、例え勝ったとしても怨嗟の声を覚悟しなければならない紙一重の戦術であった。
この作戦の指揮を任されたケルスティンは、民衆が本当に餓えないギリギリの線で物資を撤収する作戦を連日連夜計算し、その過労から何度か胃を痛めて倒れたという。

焦土作戦がはじまってから半年を過ぎた頃、アレス部隊である事件が起きていた。
既に出陣から数ヶ月に及ぶ戦いが続いており、流石に兵士達の疲労を蓄積させたのか、3名の兵士が部隊を離れて近隣の村で略奪行為を行っていた。
すぐさま囚われた兵士達に対して処断が行われる事となるが、軍律では即座に死罪であったが、国を出てから苦楽を共にした兵士達を自らの手で罰する事がアレスにはできなかった。
しかし、兵士達は逆にアレスに食って掛かり、上層部が勝手に決めた事になぜ自分たちがここまで付き合わなければならないのだと問い詰める。
この兵士の叫びに返す言葉を見つけられなかったアレスだが、ナッシュがその場でアレスの制止を振り切って軍律に乗っ取り兵士達を斬り捨てた。
更にこの3日後、アレスの副将の一人ワイズ自らが、近隣の村で略奪を行う相談をしていたところをリディに見つかる。
発覚を恐れてリディに斬りかかるワイズだが、逆に喉元に槍を突きつけられると、今度は一転して必死に弁明し、「いま部隊内に厄介ごとの火種がうまれることはアレスの望むところではないはず、ここは見逃してくれ」とリディに哀願する。
数日前の兵士の略奪の件もあった為、内部に新たな問題を起こしてもアレスに心労をかけるだけだと判断したリディは、ワイズから槍を引くと、何も言わずに去っていった。
こうして兵士だけではなく、一部の将にまで不穏な動きが見え始めたロードレア国軍だが、戦場においては変わらず勝利を収めていた。



▲704年5月における勢力図


他国の動き

この長きにわたる遠征に便乗しようとしたベルザフィリス国、ロッド国、フェルスデッド国だが、ヴェリアメファイザスの他国を介入させない備えは万全であった。
ロー・レアルス国は、ベルザフィリス国への抑えとしてルーを派遣(後にリアーズでの決戦の為に召集される)し、ロードレア国はフェルスデッド国方面にシルヴァスを配置した。
ベルザフィリス国は、第2次ディースの戦い以後、ディルセアヴェリアに対して潜在的な苦手意識を持ち、どんな手を打ってもすべてヴェリアに見透かされて、それを利用した反撃が待っているのではという思考に陥って積極的に動けず、その矛先をロッド国に向けていた。
そのロッド国にしても、既にロードレア国を正面から脅かす存在とはなっていないこともあり、ベルザフィリス国との小競り合いを続けるしかなかった。


704年9月7日~リアーズ秋の陣

攻撃側 守備側

ロードレア国軍
軍勢
ロー・レアルス国軍
総兵力200000 兵力 総兵力83000
ヴェリア 総指揮 ゼノス
アレス 軍師
主要参戦者

ヴェリア

アレス

バイアラス

ファルザス

グローリヴァス

ゼノス

ガイズ

ドルトン

ドゥバ

ゾッグ

リディ

メネヴァ

アルガード

ナッシュ

ワイズ

フェリシア

レザリア


戦闘経緯


出陣から1年が経っていた。
ゆっくりと、しかし確実に領地を拡大し、城を落としながら突き進んできたロードレア国軍に対して、ロー・レアルス国軍はメファイザスから徹底的に防衛に徹しろとの命令が行き届き、並行して行われた焦土作戦の成果もあってロードレア国軍の進軍速度を遅らせることには成功したが、根本的な解決を見出せないまま戦局はここまできた。

遠征は、一見すると計画通りに進んでいたが、戦略や戦術ではなく、心理的な面で僅かに何かが変わりつつあった。
勿論、この間にもメファイザスは、ロッド国、ベルザフィリス国を動かす策を水面下で行っていたが、ヴェリアアレスの1年にも及ぶ準備は防衛に対しても完璧で、シルヴァスをはじめとする本国残留部隊があらゆる事態に対する対処法を託されており、その隙をみせなかった。

しかし、ここにきてロー・レアルス国軍は、ついにゼノスを総大将とした本格的な迎撃部隊を派遣する。
その背後にはメファイザスを総大将とした大兵力が集結中という報告を聞いたヴェリアは、これこそまさに待ち望んでいた展開になったと、嬉々として軍勢を布陣させていた。
疲れを知らない遠征軍に、相手が痺れを切らして自ら決戦を挑んでくるという局面こそがヴェリアの描いた最高のシチュエーションであった。
だが、実際は見えない疲労が既に蓄積された、疲れを自覚していない遠征軍だったということに、この時点で気付いている者はまだ少なかった。

いかに猛将ゼノスを総大将としているとはいえ、兵力の差は歴然としていた。
ゼノス自身もそれは熟知し、本隊集結までの時間稼ぎをするつもりでいたが、ヴェリアは本隊と合流する前に一気に決着をつけようと、バイアラスアルガードリディファルザス部隊を突撃させ、時間稼ぎすら許さない波状攻撃を仕掛けた。
だが、ゼノスは陣地に何重もの柵を作り、ひたすら防衛に徹し、ヴェリアの思惑とは裏腹に戦局は思ったより進まなかった。
更に、既にゼノスの養女から、一人前の将軍になっていたフェリシア、その彼女の師でもあるゾッグの三人は、息の合った連携でロードレア国軍を翻弄する。
誰もが真っ先に突撃を仕掛けてくると思っていたゼノスがここまで守備に徹するとは思わず、結局兵力の差でなんとかゼノスを撃退するものの、ロードレア国軍も当初の予想以上の損害を出していた。


暴走

この戦いにより兵士達の疲労は一気に限界値を越え、更に長雨により食料配布が一時滞ったことから、ついに我慢できなくなった一人の兵士が暴走して付近の村を襲い、そこからはじまった略奪は、二人、三人、そして一個部隊へと連鎖的に広がっていった。

兵士の疲労は、最初からヴェリアの計算にはいっていた。
しかし、すべてを「計算」で片付けようとしていたヴェリアは、この時代まだ前例のなかった1年を超す長期間の遠征によって発生する、兵士達の心的負担、厭戦気分、故郷への望郷の念といったものまでは理解していなかった。
もはや軍令でも防ぎきれなくなった略奪に対して、ヴェリアは兵士の感情を戦場に向けさせる為、メファイザス本隊との戦いは避けつつも、更に南へ軍を進めようとした。

勝利が兵士達の糧になるとヴェリアは信じていたが、この時兵士の不満は、実質的な物欲や性欲でしか満たすことはできなかった。
その違いにヴェリアは気付いていなかったのか、もしくは気付きながらも認めようとしなかったのかは謎である。

アレスは、一旦占領地を整理して兵を本国へ戻すことを提案するが、首都のルディック城まで距離的には相当接近していることもあり、成功すれば歴史的な快挙となるこの大遠征をこのまま目的を達成せずに兵を引き上げるという事にヴェリアは抵抗を感じこの案を却下する。
それでも引き下がらないアレスに対してヴェリアは感情的になって激しく叱責、その姿にかつての変貌していくレイディックの姿が重なり合わさって見えたアレスは、絶望感を感じていた。
それを口にしたアレスヴェリアは殴りつけるが、リディが間に割って入る。
結局ヴェリアは、アレスに別働隊を率いてジース砦を奪う様に命じ、決戦から外してしまう。
アレスは、リディにある策を授けて、自らの部隊だけで要所であるジース砦へ出陣していくこととなる。

10月26日、ジース砦を占拠したアレスの元に、本隊からの使者が到着する。
「本隊はロー・レアルス国軍と遭遇、補給線の問題もあり部隊はリアーズ平原に一旦後退して布陣する」という報告を聞いた瞬間、アレスは遭遇戦の相手はメファイザスだと看破して使者を驚かせた。
あれほど前進にこだわったヴェリアに、一旦リアーズ平原までの後退を余儀なくさせる相手は、メファイザスしか彼女には想像つかなかったのである。
この、ゼノス隊との交戦から前進、メファイザスの到着によって一旦後退するまでの一連の戦いを、リアーズ秋の陣と呼ぶ。



▲704年12月における勢力図


704年12月8日~リアーズ冬の陣

攻撃側 守備側

ロードレア国軍
軍勢
ロー・レアルス国軍
総兵力140000 兵力 総兵力113000
ヴェリア 総指揮 メファイザス
軍師 ドルトン
主要参戦者

ヴェリア

ナッシュ

バイアラス

ファルザス

グローリヴァス

メファイザス

ゼノス

ガイズ

ドルトン

ドゥバ

リディ

メネヴァ

アルガード

フェリシア

ゾッグ

ゾルデスク

ルー

レザリア


戦闘経緯


メファイザスの出現によって後退したヴェリア軍は、その後リアーズ平原でにらみ合いの状態となった。
数ではまだロードレア国軍が勝っていたが、ヴェリアが最も警戒したメファイザスが相手だっただけに、彼も迂闊に自分から動くことができなかった。

その間にメファイザスは、ロードレア国軍に対して夜襲、奇襲、将への引き抜き工作といった揺さぶりをかけ、本来ならそれらをものともしない鉄壁の陣営だったロードレア国軍の兵士も、既に疲労の極地に達していたことから、これらの作戦は効果を発揮していた。
これ以上にらみ合いを長引かせる訳にはいかないと、攻撃に移るしかなくなったロードレア国軍は、12月8日、例年より早く小雪が舞い散ったリアーズ平原にてロー・レアルス国軍との決戦に及んだ。
相手に決戦を挑ませるという大前提を捨てて、自ら決戦を挑む側となっていた事にヴェリア自身気付いていたのかは謎であるが、多くの歴史家が、この戦いこそ「ロードレア傾国の戦い」と呼んでいる。


兵力はほぼ互角であった、ヴェリアメファイザス、二人の将としての器も互角であった。
だが、戦いとは結局は兵士達が血を流して行うのである。
智将がいかなる策を立てようと、勇将がいかに果敢に攻めようと、それに続く兵士がいなければ全ては徒労に終わる。
リアーズ冬の陣は、まさにその戦いの代表的なものであった。

ロードレア国軍の兵士は、もはや戦う前から士気で負けていた。
いつもなら敵より先に有利な場所をとれていた筈なのに、ほんのわずかだけ部隊速度が落ちてとれず、いつもなら防ぎきれた敵の攻撃がほんのわずかだけ連携を乱して防げず、そういった小さな亀裂が集まり、大きな傷口となっていく。
それでも午前中の決戦は各部隊の奮戦もあって持ちこたえていたが、昼過ぎになるとゼノス部隊の突撃によって前衛は崩壊をはじめる。

更に、ベルザフィリス方面に抑えに派遣されていたルーがこの決戦に必要と呼び戻され、その期待に応えてアルガード部隊を撃破、ロードレア国軍も、ファルザスナッシュが、ドルトン部隊は壊滅させるものの、徐々に後退していく。


かろうじて持ちこたえていたバイアラス部隊も、ルーレザリア部隊を同時に相手にして押し込まれていく。
激しい戦いの末にレザリアガイズゾッグ部隊を撃退するが、ロードレア国軍も各部隊はかろうじて踏みとどまっている状態であり、ゼノスドゥバの突撃を食とめることができず、ゼノスヴェリア本陣にまで迫り、ヴェリアは全軍撤退を決意せざるを得なくなる。

その兵法はメファイザスを凌ぎ、天才の名をほしいままにしたヴェリア
だが、彼は兵士の命さえ駒として扱うあまりに、兵士がもつ様々な感情に対して思慮を怠り、リアーズ冬の陣で大敗を喫した。

しかし、ロー・レアルス国軍はロードレア国軍を追撃しなかった。
ジース砦に無傷のロードレア国軍5万が控え、本来はリアーズに駐屯していた本隊と挟み撃ちにする筈であり、ヴェリアの撤退によってその策はならなかったが、それでもロー・レアルス国軍が追撃すればその背後を討つ為に動き出したという噂が流れたためである。
だが、これこそアレスが別れ際にリディに授けた策であり、噂を流したのはリディであった。
実際にジース砦に駐屯していたのはアレス部隊4000のみであったが、これをロー・レアルス国軍5万6千が完全包囲する。


アレスの戦い


メファイザスゾルデスクゼノス、更に別方面から合流したガルダ部隊に囲まれたアレスだが、これだけの兵力をこちらに向けさせたのなら、本隊は無事ロードレア国に撤退できると確信し、自らの策がメファイザスに通じた事にひとまず安堵のため息をついた。
だが、ワイズは自身の保身を考え、味方を撤退させるためとはいえ自分たちを捨て駒にしたアレスに罵声を浴びせる。
元々、清廉潔白なアレスと全く反りが合わないワイズであったが、この大遠征で手柄を得ようと、賄賂を使った推薦でアレス部隊の副官の一人として潜り込んでいた。
そんな彼にとって、手柄どころか、仲間を助けるために自分たちが犠牲になるというこの作戦は到底受け入れるものではなく、アレスに感情のまま殴りかかる。
その場は他の副将が制して収まったが、ワイズは12月11日の夜、アレスを餌に降伏しようと寝室に忍び込む。
だが、悲鳴を聞いて駆けつけた親衛白牙団によってワイズは討たれた。
この一件でアレスは、自分自身もヴェリアと同じく将兵を追い詰めていたことに気付き、自らの運命を悟り、最後の策を実行することとなる。

12月15日、アレスメファイザスの降伏勧告を受諾する。
その日の夜、ジース砦は冷え込んでいた。
そんな中、アレスは、副官が部屋に戻ることを促すのも聞かず、いつまでも雪の舞い散る夜空を眺めていたという。

翌日、アレスは単身メファイザスとの会見を開いた。
元々兄妹弟子だった二人ということもあり会見はスムーズに始まったが、昨日の雪もあり、アレスは体調が思わしくなく、時折激しい咳をしていた。
会談が始まってしばらくたつと、アレスの咳はいよいよ激しくなりうずくまる。
兄弟子として彼女の体調を心配したメファイザスが、席を立って近づいた瞬間、アレスは服の中に隠し持っていた懐剣を抜いてメファイザスに突き立てる。
アレス最期の策は、メファイザスと刺し違えるものであった。
メファイザスは、アレスの性格を熟知していた為、常に理知的に動く彼女が、このような捨て身の肉弾戦を仕掛けるなど夢にも思わず、策においては完全にアレスに敗北した。
だが、悲しい事にアレスの細腕で彼の命を奪うことは不可能であり、寸前の所で彼女の懐剣を持った右腕はメファイザスに抑えられる。
メファイザスは、それでもアレスをなんとしても部下にしようとしたが、主に懐剣が突き立てられるのを見て、周囲の護衛兵が反射的にメファイザスの制止も聞かずアレスを斬る。

軍師でありながら、その小さな体に傷は耐えなかった薄幸の白儀牙アレスは、こうして二人の兄弟子の間で翻弄されて散っていった。
アレスは、自身が国の為に私心を捨てる覚悟とそれを裏づけする数多くの実績をもっていた。
だが、彼女は自身を過小評価する事も多く、自らが至高の場所に到達していた事に気付かないまま、他の者も同じ高みに到達できると誤解していたのかもしれない。
この遠征における兵士やワイズの反乱は、彼女の築き上げた理想を崩壊させるには大きすぎる出来事であった。

ジース砦は、その後降伏勧告を拒絶し、親衛白牙団をはじめとする全員がアレスに殉じて討死を遂げ、ここに大陸の歴史にかつてなかったヴェリアの大遠征は、大陸の歴史に大敗北として刻み込まれる結末を迎えた。



最終更新:2024年07月24日 01:52