概要
ヴェリアの大遠征とは、
蜉蝣時代の戦乱の中で、
アルファ703年8月から、704年12月(全軍の帰還終了までなら705年1月)まで行われた、
ロードレア国による
ロー・レアルス国への大進軍である。
当時の戦史の常識では考えられない規模の大遠征となった。
戦闘に至るまでの背景
▲700年6月における勢力図
実際の
蜉蝣時代の終焉を見ても、大勢力同時の均衡した状態も、一度バランスが崩れるとそこから一気に加速している。
ヴェリアが目指していたのはまさにそれであり、単なる大規模兵力を動員した他国への侵攻ではなく、戦乱を終わらせる意味も込めた壮大な構想の元行われる大遠征であった。
だが、2月14日、極度の過労から
アレスが吐血して倒れるという誰も想定しなかった事が起き、この遠征は急遽延期されることとなった。
それでも準備は進められ、8月に
ロードレア国は21万というかつてない大兵力を率いて、大陸史上初となる「大遠征」を行った。
703年9月17日~国境突破戦
戦闘経緯
8月24日、盛大なる出陣式の後、隊列をそろえて出陣した
ロードレア国軍。
最初に戦火を交える事となったのは、9月7日の国境突破時であった。
とはいえ、相手は
ドリエリアが指揮する国境守備部隊のみであり、兵力も僅かなものであった。
時間稼ぎにすらならないこの微弱な抵抗を
ナッシュ部隊が粉砕し、そのまま遠征軍は
ロー・レアルス領土内へと進入を開始する。
9月17日、はじめて
ロー・レアルス国軍がまとまった抵抗を見せたのは、
ゾッグを総大将とする兵力2万の部隊であった。
ロー・レアルス国軍の目的が、遠征で伸びきった
ロードレア軍を遮断して各個撃破することは目に見えていた為、
ヴェリアはこの遠征で一度もその隙を見せず、逆に相手が先に痺れを切らせて決戦を挑んできたところで決着をつけるという戦法を大前提としていた。
そのため、
メファイザスは
ゾッグに「勝つ必要はない、守りを固めてひたすら時間を稼げ」と指示を出していたが、その意思を読んだ
ヴェリアは、時間をかけずに初戦で完膚なきまでに叩くため、
バイアラスと
リディという
ロードレア国最高の将をもって
ゾッグ部隊撃破を任せた。
バイアラスと
リディが、個人的に繋がりをもったのはこの頃からだと言われているが、静の
リディと動の
バイアラスは戦場でも見事に噛み合い、
ゾッグ部隊を難なく撃破、国境を越えて本格的に
ロー・レアルス国の領地へ侵入を開始した。
704年1月14日~メロの戦い
戦闘経緯
ロードレア国軍は、
ロー・レアルス国への侵入を続けていた。
10月16日に
ネルヴァ城、11月4日に
レイアル砦、11月18日に
メネシア砦をそれぞれ大規模な戦いで落とし、それ以外にも、記録に残っている12の小規模な戦い全てに勝利した
ロードレア国軍は、ひたすら進撃を続けていた。
さすがの大兵力も、城に篭られると一度の戦いに時間を要する事があったが、それでも、ここまでは
ヴェリアの計画と時間的にも進軍ルート的にも、それほどの誤差はなく進んでいた。
戦場で年を越し、1月14日に
ゾッグ、
ドゥバ部隊を、16日に
ドルトン部隊をそれぞれ撃破した
ロードレア国軍は、二手に別けた軍勢を再び結集させ、更に進軍を開始した。
これが、4回目の大規模な戦いとなるが、
ロー・レアルス国軍は、中途半端に軍勢を集結させて挑んでは撃退されるという戦いを繰り返していた。
これは、あまりにも大規模すぎる遠征軍に対して、それぞれの部隊が散漫的な反攻しかとれなかったという点もあるが、それと同時に
メファイザスの遠大な迎撃計画のひとつでもあった。
焦土作戦
冬にはいると、
メファイザスは、
ロードレア国の進軍に大掛かりな反攻作戦をとるのではなく、進軍ルート上にある都市の食料を後方へ輸送するという焦土作戦をとった。
これにより、占領地で食料を調達するつもりだった
ロードレア国軍は思わぬ食糧難を招き、本国からの輸送ルートが伸びていくこととなる。
輸送部隊を奇襲しようとする
ロー・レアルス国軍だが、隙のない
ロードレア国軍がそれを許さないものの、根本的な食糧問題は日を追うごとに深刻になっていた。
表向きは、予定通りの進軍が続いていた
ロードレア国軍だが、
メファイザスの罠は、少しずつ効いてくる毒の様に
ロードレア国軍に疲労を蓄積させていた。
だが、自国の領土で食料を撤収していくというこの作戦は、例え勝ったとしても怨嗟の声を覚悟しなければならない紙一重の戦術であった。
この作戦の指揮を任された
ケルスティンは、民衆が本当に餓えないギリギリの線で物資を撤収する作戦を連日連夜計算し、その過労から何度か胃を痛めて倒れたという。
焦土作戦がはじまってから半年を過ぎた頃、
アレス部隊である事件が起きていた。
既に出陣から数ヶ月に及ぶ戦いが続いており、流石に兵士達の疲労を蓄積させたのか、3名の兵士が部隊を離れて近隣の村で略奪行為を行っていた。
すぐさま囚われた兵士達に対して処断が行われる事となるが、軍律では即座に死罪であったが、国を出てから苦楽を共にした兵士達を自らの手で罰する事が
アレスにはできなかった。
しかし、兵士達は逆に
アレスに食って掛かり、上層部が勝手に決めた事になぜ自分たちがここまで付き合わなければならないのだと問い詰める。
この兵士の叫びに返す言葉を見つけられなかった
アレスだが、
ナッシュがその場で
アレスの制止を振り切って軍律に乗っ取り兵士達を斬り捨てた。
更にこの3日後、
アレスの副将の一人
ワイズ自らが、近隣の村で略奪を行う相談をしていたところを
リディに見つかる。
発覚を恐れて
リディに斬りかかる
ワイズだが、逆に喉元に槍を突きつけられると、今度は一転して必死に弁明し、「いま部隊内に厄介ごとの火種がうまれることは
アレスの望むところではないはず、ここは見逃してくれ」と
リディに哀願する。
数日前の兵士の略奪の件もあった為、内部に新たな問題を起こしても
アレスに心労をかけるだけだと判断した
リディは、
ワイズから槍を引くと、何も言わずに去っていった。
こうして兵士だけではなく、一部の将にまで不穏な動きが見え始めた
ロードレア国軍だが、戦場においては変わらず勝利を収めていた。
▲704年5月における勢力図
他国の動き
704年9月7日~リアーズ秋の陣
戦闘経緯
出陣から1年が経っていた。
ゆっくりと、しかし確実に領地を拡大し、城を落としながら突き進んできた
ロードレア国軍に対して、
ロー・レアルス国軍は
メファイザスから徹底的に防衛に徹しろとの命令が行き届き、並行して行われた焦土作戦の成果もあって
ロードレア国軍の進軍速度を遅らせることには成功したが、根本的な解決を見出せないまま戦局はここまできた。
遠征は、一見すると計画通りに進んでいたが、戦略や戦術ではなく、心理的な面で僅かに何かが変わりつつあった。
勿論、この間にも
メファイザスは、
ロッド国、
ベルザフィリス国を動かす策を水面下で行っていたが、
ヴェリアと
アレスの1年にも及ぶ準備は防衛に対しても完璧で、
シルヴァスをはじめとする本国残留部隊があらゆる事態に対する対処法を託されており、その隙をみせなかった。
しかし、ここにきて
ロー・レアルス国軍は、ついに
ゼノスを総大将とした本格的な迎撃部隊を派遣する。
その背後には
メファイザスを総大将とした大兵力が集結中という報告を聞いた
ヴェリアは、これこそまさに待ち望んでいた展開になったと、嬉々として軍勢を布陣させていた。
疲れを知らない遠征軍に、相手が痺れを切らして自ら決戦を挑んでくるという局面こそが
ヴェリアの描いた最高のシチュエーションであった。
だが、実際は見えない疲労が既に蓄積された、疲れを自覚していない遠征軍だったということに、この時点で気付いている者はまだ少なかった。
いかに猛将
ゼノスを総大将としているとはいえ、兵力の差は歴然としていた。
ゼノス自身もそれは熟知し、本隊集結までの時間稼ぎをするつもりでいたが、
ヴェリアは本隊と合流する前に一気に決着をつけようと、
バイアラス、
アルガード、
リディ、
ファルザス部隊を突撃させ、時間稼ぎすら許さない波状攻撃を仕掛けた。
だが、
ゼノスは陣地に何重もの柵を作り、ひたすら防衛に徹し、
ヴェリアの思惑とは裏腹に戦局は思ったより進まなかった。
更に、既に
ゼノスの養女から、一人前の将軍になっていた
フェリシア、その彼女の師でもある
ゾッグの三人は、息の合った連携で
ロードレア国軍を翻弄する。
誰もが真っ先に突撃を仕掛けてくると思っていた
ゼノスがここまで守備に徹するとは思わず、結局兵力の差でなんとか
ゼノスを撃退するものの、
ロードレア国軍も当初の予想以上の損害を出していた。
暴走
この戦いにより兵士達の疲労は一気に限界値を越え、更に長雨により食料配布が一時滞ったことから、ついに我慢できなくなった一人の兵士が暴走して付近の村を襲い、そこからはじまった略奪は、二人、三人、そして一個部隊へと連鎖的に広がっていった。
兵士の疲労は、最初から
ヴェリアの計算にはいっていた。
しかし、すべてを「計算」で片付けようとしていた
ヴェリアは、この時代まだ前例のなかった1年を超す長期間の遠征によって発生する、兵士達の心的負担、厭戦気分、故郷への望郷の念といったものまでは理解していなかった。
もはや軍令でも防ぎきれなくなった略奪に対して、
ヴェリアは兵士の感情を戦場に向けさせる為、
メファイザス本隊との戦いは避けつつも、更に南へ軍を進めようとした。
勝利が兵士達の糧になると
ヴェリアは信じていたが、この時兵士の不満は、実質的な物欲や性欲でしか満たすことはできなかった。
その違いに
ヴェリアは気付いていなかったのか、もしくは気付きながらも認めようとしなかったのかは謎である。
アレスは、一旦占領地を整理して兵を本国へ戻すことを提案するが、首都の
ルディック城まで距離的には相当接近していることもあり、成功すれば歴史的な快挙となるこの大遠征をこのまま目的を達成せずに兵を引き上げるという事に
ヴェリアは抵抗を感じこの案を却下する。
それでも引き下がらない
アレスに対して
ヴェリアは感情的になって激しく叱責、その姿にかつての変貌していく
レイディックの姿が重なり合わさって見えた
アレスは、絶望感を感じていた。
それを口にした
アレスを
ヴェリアは殴りつけるが、
リディが間に割って入る。
結局
ヴェリアは、
アレスに別働隊を率いて
ジース砦を奪う様に命じ、決戦から外してしまう。
アレスは、
リディにある策を授けて、自らの部隊だけで要所である
ジース砦へ出陣していくこととなる。
▲704年12月における勢力図
704年12月8日~リアーズ冬の陣
戦闘経緯
その間に
メファイザスは、
ロードレア国軍に対して夜襲、奇襲、将への引き抜き工作といった揺さぶりをかけ、本来ならそれらをものともしない鉄壁の陣営だった
ロードレア国軍の兵士も、既に疲労の極地に達していたことから、これらの作戦は効果を発揮していた。
これ以上にらみ合いを長引かせる訳にはいかないと、攻撃に移るしかなくなった
ロードレア国軍は、12月8日、例年より早く小雪が舞い散った
リアーズ平原にて
ロー・レアルス国軍との決戦に及んだ。
相手に決戦を挑ませるという大前提を捨てて、自ら決戦を挑む側となっていた事に
ヴェリア自身気付いていたのかは謎であるが、多くの歴史家が、この戦いこそ「
ロードレア傾国の戦い」と呼んでいる。
兵力はほぼ互角であった、
ヴェリアと
メファイザス、二人の将としての器も互角であった。
だが、戦いとは結局は兵士達が血を流して行うのである。
智将がいかなる策を立てようと、勇将がいかに果敢に攻めようと、それに続く兵士がいなければ全ては徒労に終わる。
リアーズ冬の陣は、まさにその戦いの代表的なものであった。
ロードレア国軍の兵士は、もはや戦う前から士気で負けていた。
いつもなら敵より先に有利な場所をとれていた筈なのに、ほんのわずかだけ部隊速度が落ちてとれず、いつもなら防ぎきれた敵の攻撃がほんのわずかだけ連携を乱して防げず、そういった小さな亀裂が集まり、大きな傷口となっていく。
それでも午前中の決戦は各部隊の奮戦もあって持ちこたえていたが、昼過ぎになると
ゼノス部隊の突撃によって前衛は崩壊をはじめる。
その兵法は
メファイザスを凌ぎ、天才の名をほしいままにした
ヴェリア。
だが、彼は兵士の命さえ駒として扱うあまりに、兵士がもつ様々な感情に対して思慮を怠り、
リアーズ冬の陣で大敗を喫した。
アレスの戦い
メファイザス、
ゾルデスク、
ゼノス、更に別方面から合流した
ガルダ部隊に囲まれた
アレスだが、これだけの兵力をこちらに向けさせたのなら、本隊は無事
ロードレア国に撤退できると確信し、自らの策が
メファイザスに通じた事にひとまず安堵のため息をついた。
だが、
ワイズは自身の保身を考え、味方を撤退させるためとはいえ自分たちを捨て駒にした
アレスに罵声を浴びせる。
元々、清廉潔白な
アレスと全く反りが合わない
ワイズであったが、この大遠征で手柄を得ようと、賄賂を使った推薦で
アレス部隊の副官の一人として潜り込んでいた。
そんな彼にとって、手柄どころか、仲間を助けるために自分たちが犠牲になるというこの作戦は到底受け入れるものではなく、
アレスに感情のまま殴りかかる。
その場は他の副将が制して収まったが、
ワイズは12月11日の夜、
アレスを餌に降伏しようと寝室に忍び込む。
だが、悲鳴を聞いて駆けつけた
親衛白牙団によって
ワイズは討たれた。
この一件で
アレスは、自分自身も
ヴェリアと同じく将兵を追い詰めていたことに気付き、自らの運命を悟り、最後の策を実行することとなる。
12月15日、
アレスは
メファイザスの降伏勧告を受諾する。
その日の夜、
ジース砦は冷え込んでいた。
そんな中、
アレスは、副官が部屋に戻ることを促すのも聞かず、いつまでも雪の舞い散る夜空を眺めていたという。
翌日、
アレスは単身
メファイザスとの会見を開いた。
元々兄妹弟子だった二人ということもあり会見はスムーズに始まったが、昨日の雪もあり、
アレスは体調が思わしくなく、時折激しい咳をしていた。
会談が始まってしばらくたつと、
アレスの咳はいよいよ激しくなりうずくまる。
兄弟子として彼女の体調を心配した
メファイザスが、席を立って近づいた瞬間、
アレスは服の中に隠し持っていた懐剣を抜いて
メファイザスに突き立てる。
アレス最期の策は、
メファイザスと刺し違えるものであった。
メファイザスは、
アレスの性格を熟知していた為、常に理知的に動く彼女が、このような捨て身の肉弾戦を仕掛けるなど夢にも思わず、策においては完全に
アレスに敗北した。
だが、悲しい事に
アレスの細腕で彼の命を奪うことは不可能であり、寸前の所で彼女の懐剣を持った右腕は
メファイザスに抑えられる。
メファイザスは、それでも
アレスをなんとしても部下にしようとしたが、主に懐剣が突き立てられるのを見て、周囲の護衛兵が反射的に
メファイザスの制止も聞かず
アレスを斬る。
軍師でありながら、その小さな体に傷は耐えなかった薄幸の白儀牙
アレスは、こうして二人の兄弟子の間で翻弄されて散っていった。
アレスは、自身が国の為に私心を捨てる覚悟とそれを裏づけする数多くの実績をもっていた。
だが、彼女は自身を過小評価する事も多く、自らが至高の場所に到達していた事に気付かないまま、他の者も同じ高みに到達できると誤解していたのかもしれない。
この遠征における兵士や
ワイズの反乱は、彼女の築き上げた理想を崩壊させるには大きすぎる出来事であった。
ジース砦は、その後降伏勧告を拒絶し、
親衛白牙団をはじめとする全員が
アレスに殉じて討死を遂げ、ここに大陸の歴史にかつてなかった
ヴェリアの大遠征は、大陸の歴史に大敗北として刻み込まれる結末を迎えた。
最終更新:2024年07月24日 01:52