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ナーシャ・ジベリ

登録日:2011/03/10 Thu 13:08:45
更新日:2026/07/08 Wed 11:28:05
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ナーシャ・ジベリとは、イラン出身のプログラマー。

【概要】

渡米して情報科学を学び、ゲーム会社を立ち上げるもアタリショックのあおりを受けて倒産。その後、世界を放浪する旅に出る。

その旅の中で、偶然スクウェア(現スクウェア・エニックス)の坂口博信氏と出会い、ゲーム開発に誘われて同社に入社するという異色の経歴を持つ。
ちなみにこの時、任天堂の宮本茂氏とも知り合っている。
一線を退いて久しい彼であるが、この坂口・宮本両氏との交流は今でも続いているようだ。

主に開発に関わったのはファイナルファンタジーⅠ~Ⅲ聖剣伝説2など。


なぜ、海外から来た一介のゲームプログラマーが、特定の世代のゲームマニアの間で知らぬ者はいないほどの知名度を持ち、このWikiで項目が作られているのかというと、後に躍進するタイトルフランチャイズの黎明期を支え、尚且つその手腕が当時としてはあまりにもハイレベルな、まさにウィザード級と言う他無かった位に高かったからであり、スクウェア黎明期を支えた天才プログラマーとして今なお語り継がれている。

なお、誤解されがちであるが、FFシリーズにおいてナーシャが担当したのは、飛空艇の飛行処理やマップ製作などのグラフィック関連であり、バトルのプログラムには関わっていない。
FF1~3のバトルは、すべて日本人プログラマーの担当である。


【全盛期のナーシャ・ジベリ伝説】

  • イランのパフラヴィー朝の王族の家系の生まれであったが、イラン革命の発生によりアメリカに渡る
  • 23歳でゲーム会社を立ち上げるもアタリショックの影響を受けて倒産
  • 会社倒産後、世界を旅する流浪の生活
  • 初めて携わった『FFⅠ』に隠しゲーム『15パズル』をサプライズで仕込むという遊び心
  • が、『FFⅠ』の容量でどうやってそれを詰め込めたのかは今でも謎
  • 『FFⅡ』開発時、カリフォルニア州サクラメントのナーシャの自宅をファミリーコンピュータmagazineの編集者が取材したが、豪邸だった上にさらにロサンゼルスにもう一軒家を持っているということで編集者を驚かせた。
  • あまりに天才すぎて書いたソースが本人以外には誰も理解できない*1
    • そのせいで『FFⅢ』は長らく移植が出来なかった
  • 『FFⅢ』の発表がされたとき、当時のファミマガに見開きで「ナーシア・ジベリ再び」とコピーがつけられる
    • が、当時ファミコンで遊んでいた普通の小学生たちからは「誰?」と反応は薄かった
  • 『FFⅢ』において、坂口ですら無理だと思っていた「飛空艇に影を付ける」を実現させ、さらに移動速度を4倍にするというサービス
  • しかも、バグを逆手にとって移動速度を最大8倍にまで増やす
  • バグが見つかって困った開発者がナーシャに電話で相談したところ、彼は原因を理解してくれて電話越しに的確な指示を出し、無事に全て解決した
  • ゲームに当時珍しいコピープロテクトを仕込むという徹底ぶり

そして彼は『聖剣伝説2』を開発後、スクウェアを退社。再び世界を廻る旅に出た…。

このような伝説に事欠かない一方で、関わった作品にバグが多いことから「バグの王」とも称される。何ならバグすら仕様として利用した魔術師だし。
が、彼が『ファイナルファンタジー』、ひいてはスクウェアの立役者であったことは紛れもない事実である。



スクウェアを退社し、旅に出た後の経歴は不明であった。
ただ、断片的にその後の消息が伝えられることはあり、ゲーム開発には関わっていないことは明らかで、2007年にはとあるパーティーに出席したことで生存も確認された。

……と思ってたら2024年の年末、NHKの特番「レジェンドゲームヒストリー」にてテレビ出演が実現
実に四半世紀ぶりにゲーマーたちの前に姿を現すこととなった。

現在もカリフォルニア州サクラメント在住であり、スマートホームの開発に携わっているとのこと。



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最終更新:2026年07月08日 11:28

*1 レトロゲーム解析のスペシャリスト集団で、レトロゲームにオリジナルモードを追加するほどの実力がある有限会社M2にすら「バグ修正しようと思ってソースを見たけど解読できないので一から似た動きをするコードを上書きした」とまで言わせるレベル。