沈黙(小説)

登録日:2011/06/11(土) 12:57:35
更新日:2024/10/19 Sat 08:53:45
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私は沈黙していたのではない


『沈黙』は1966年に発表された遠藤周作の小説。
海と毒薬』『深い河』などとともに遠藤の代表作であり、キリスト教信仰と日本人というテーマを扱って世界的知名度が非常に高い。


《ストーリー》
時は江戸時代前期、島原の乱の後、厳しい基督教禁制下に置かれた日本で長年布教にあたってきた管区責任者フェレイラ教父が、幕府に捕らえられ拷問を受けたのち、信仰を捨てたとの報せがローマ教会に伝えられた。
ロドリゴ司祭は恩師フェレイラの棄教の真偽を確かめ、孤立した信徒たちに教えを伝えるべく、上司のヴァリニャーノに許しを請うて同僚のフランシス・ガルペ神父とともに日本に潜入するが逃亡生活の末自身も囚われの身となる。

ヨーロッパでロドリゴ司祭が想像していた栄光ある死とは程遠い、無残な殉教をとげていく日本人信徒たち。その中で、ガルペ神父も非業の死を遂げる。
ロドリゴ司祭の懸命の祈りにも神は応えない。そんな中、キチジローの裏切りでロドリゴは奉行・井上筑後守に捕らえられてしまい、棄教するか拷問にかけられて死ぬかの二択を迫られ、ロドリゴが棄教しない限り、信者たちが拷問を受け苦しみの悲痛な声を上げ続ける状況の中、ロドリゴ司祭は「自分の信仰を守るか」「棄教によって苦しむ人々を救うべきか」の板挟みになって苦しむ。

とうとう踏絵に足をかけようとするロドリゴに、同じように棄教した数多の信徒たちに踏まれ磨り減った基督像が語りかける。


踏むがいい。
お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。
私はお前たちに踏まれるため、
この世に生れ、
お前たちの痛さを分かつため
十字架を背負ったのだ。

そうして、踏み絵を踏んで敗北感にうなだれていたロドリゴのもとに、かつて自分を奉行所に売ったキチジローが現れ、許しを請う。許しを請うて泣き崩れるキチジローの顔に重なる形でイエスが現れ、ロドリゴに語りかける。

私は沈黙していたのではない。お前たちと共に苦しんでいたのだ。
弱いものが強いものよりも苦しまなかったと、誰が言えるのか?

踏絵を踏むことで、初めて神の教えの意味を芯から理解したロドリゴ司祭は、自身が日本で最後のキリシタン司祭であることを自覚したのだった。



《登場人物》
セバスチャン・ロドリゴ
主人公。ポルトガル人のイエズス会司祭。
殉教覚悟で日本へ渡るが、信徒たちの無残な死を目の当たりにして神の沈黙を疑い苦悩する。
最終的に踏絵を踏んだ自身の弱さを認め教会の教える神とは違う信仰に辿り着く。

「強い者も弱い者もないのだ。強い者より弱い者が苦しまなかったと誰が断言できよう」

キチジロー
日本人の元信徒。迫害の恐怖に負けて踏絵を踏み、家族が殉教する中で一人生き残った。
マカオで司祭一行と出会い日本での案内役を引き受けるが、弱さゆえに裏切りを繰り返しそのたびに赦しを乞い続ける。

「踏絵をば(おい)(よろこ)んで踏んだとでも思っとっとか。踏んだこの足は痛か。痛かよオ」

イノウエ奉行(井上筑後守)
幕府による禁教政策の責任者。元キリシタン。
宣教師を次々と棄教させ海外の教会でも恐れられるほどの人物だが、外見は温和そのものの老人である。
日本に西洋流の基督教は根付かないとの考えを持ち、ところどころ「棄教しなければ命を落とすことになるぞ」と脅しながらも、やんわりと棄教を促し、巧みに司祭を追い詰める。

「パードレは決して余に負けたのではない。この日本と申す泥沼に敗れたのだ」

クリストヴァン・フェレイラ(沢野忠庵)
凄惨な「穴吊り」の拷問にも屈しなかったが井上の策略により神の沈黙を突きつけられ棄教した老宣教師。
再会したロドリゴに日本人には教会の教える神は「泥沼に植えた苗と同じ」で、定着しないしその概念すら理解できないと説く。

「日本人は今日まで神の概念はもたなかったし、これからももてないだろう」


《その他》
  • 作者の遠藤周作はしばしば「主人公はキチジローなんだ」と語っていた。
    キチジローは作中でキリストを裏切ったユダに対比され、
    また信仰を捨てようとしたことで少年時代の自分に洗礼を受けさせた母親を裏切った遠藤自身の投影であるとされる。

  • 長崎県での取材で踏絵を踏みながら明治時代まで信仰を守った隠れキリシタンの集落を訪ねたことが執筆に大きな影響を与えた。
    踏絵(棄教)と立ち戻りを繰り返した隠れキリシタンの歴史は裏切りながら赦しを乞い続けるキチジローの姿そのものである。

  • この一冊でカトリック信者を増やしたと言われるほどのセンセーションを巻き起こしたが、
    主人公を棄教させ神の奇跡を否定的に描いたことで激しい反発も受けた。
    上智大学での講演で大学の神父たちから吊し上げ同然の扱いを受けたこともあったという。

  • ロドリゴの書簡形式の一部、三人称の客観視点にロドリゴの心理描写が混じる二部、
    後日談を書いた古文書の体裁の「切支丹屋敷役人日記」の三部構成のため読みにくいと言われる。
    特に「日記」が読者にスルーされがちなことを遠藤自身もぼやいていた。
    「日記」には江戸の切支丹牢に移されたロドリゴと使用人になったキチジローが役人の追及に揺れながら心中の信仰を守る様子が描かれる。

  • タイトルの『沈黙』は編集者が付けたもので本来考えていた題は『日なたのにおい』だった。
    これについて遠藤は「『沈黙』でなければ売れなかっただろうな」と述懐していたとのこと。

  • 1971年に『悪霊島』『少年時代』の篠田正浩監督で実写映画化。

  • 2017年1月にマーティン・スコセッシ監督で日米合作の実写映画化。ロケ地は台湾で、『アメイジング・スパイダーマン』のアンドリュー・ガーフィールド、『スター・ウォーズ フォースの覚醒』のアダム・ドライバー、『96時間』のリーアム・ニーソンが出演。
日本人俳優には窪塚洋介、浅野忠信、イッセー尾形、塚本晋也、加瀬亮、小松菜奈など。


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最終更新:2024年10月19日 08:53