登録日:2012/05/26(土) 22:31:17
更新日:2023/03/08 Wed 13:23:57
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『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』とは、日本テレビ系列で放送された
ビートたけしが司会のドキュメントバラエティの番組である。
放送期間は1985年から1996年と約11年に渡り放送された。
一時期はスカパーのファミリー劇場で毎週火曜日に再放送されていた。
初期の頃は松方弘樹や原田大二郎といった二枚目俳優達がレギュラーに起用されていたが、これは当初同枠でドラマを製作・放送する予定であり、既にキャスティングも済んでしまっていたためである。
ちなみに、現在では様々なテレビ番組で当たり前のように見られる「収録したVTRをスタジオで見る」という形式を最初に取り入れたのはこの番組で、番組レギュラーだった
高田純次は(たけしさんに)自分の収録したのを見てもらうのはいつも緊張していた、と語っている。
主なコーナー
「こんな○○は嫌だ」等様々なネタをフリップで出す。鉄拳の持ちネタの元ネタでもある。1995年に傑作選が書籍化された。
高校生達がダンスで競いあうコーナー。このコーナーは番組終了から約10年後、
24時間テレビで復活しており24時間テレビ内の名物にもなっている。
派生型として『お笑い甲子園』なる企画も開催され、代表的な出身者は、児童誌で連載を持つなど90年代にアイドル的な人気を獲得したコンビ「グレートチキンパワーズ」(現在は解散)。他にも新人時代の「COWCOW」や「2丁拳銃」、デビュー前の劇団ひとり等が登場した。
異国の地の映像をバックに、病気や怪我をした有名人の症状を紹介し、見舞うコーナー。とはいえ、転んで痣ができたり、
アレルギーで目の回りに湿疹ができたことを報告するなど、比較的軽めの物ばかりである。
100人の人達が1人の人をターゲットにいたずらをするコーナー。派生として「いたずら3t隊」という体重が100kgオーバーのピザ100人により構成されたものもある。
現役、浪人を問わず、
東京大学合格を目指す受験生が合宿などをして勉強する。
このコーナーで一番インパクトを残した人は、2浪の末結局夢叶わず慶應大学に進学したが、1999年にスキー事故により急逝。
告別式に顔を出した
高田純次は、彼の早すぎる死に号泣した。
読んだ通りのコーナー。素人時代の稲森いずみが出たことがある。
文字通り、民家を訪れてハエを退治するコーナー。今では当たり前となった害虫、害獣駆除企画のパイオニア的存在であるが、JKには人気がなかった。のちに、ハチ、タバコ、赤点高校生と派生していった。
ドッキリと知らずに眠っている芸能人に対していたずらを仕掛ける。
例としてバズーカ砲、ニードロップ、人工呼吸など。
番組に出演した後有名になった人達
- X JAPAN:「ヘビメタシリーズ」なる企画に出演。当時のバンド名は「X」で、おもにYOSHIKIが「ゲイリー・ヨシキ」名義で登場。ぶっちゃけ笑いものにされているようにしか見えない役柄だっだが、何も知らずにノセられていたわけではなく、それなりに企画の主旨を理解しながら出演していたようである。
- 矢作兼:後に小木と組んで「おぎやはぎ」になった芸人。デビュー前「幸せの黄色いハンカチ」(同名映画がモデル)に出演し、当時の彼女とよりを戻した…が後の彼を見ると確実に別れている。やった意味あったのか?
- 岡田准一:番組末期のオーディション企画『ジャニーズ予備校』に、母に薦められ参加し合格。そして事務所入り後すぐに「V6」としてデビューし有名になった幸運児。
- 的場浩司:素人時代に草野球企画に出演。
- 山本太郎:素人時代にダンス甲子園に出場。海水パンツに水泳帽姿でメロリンQと言う意味不明ダンスを披露。
- 安室奈美恵:デビュー前に道場破りのコーナーに出演し、高田純次と空手対決をした。
勇気を出して初めての追記・修正をよろしくお願いします。
最終更新:2023年03月08日 13:23