アットウィキロゴ

児玉清

登録日:2011/05/18 Wed 03:45:34
更新日:2026/10/07 Wed 19:58:18NEW!
所要時間:約 3 分で読める、大事な大事なアタックチャーンス!




児玉(こだま)清(きよし)は、日本の俳優、テレビ司会者、作家。
本名:北川清(旧姓:小玉)
妻は女優の北川町子。
長男は実業家の北川大祐。


プロフィール

生年月日:1933年12月26日(戸籍上は1934年1月1日*1)
没年月日:2011年5月16日
出身地:東京府東京市滝野川区(現:東京都北区)
血液型:O型

来歴

1958年学習院大学文学部ドイツ文学科卒業後、東宝ニューフェイスに合格、暫くは端役が続くものの『別れて生きるときも』(1961年)や『日本海大海戦』(1969年)で人気を上げていく。
1967年に東宝を退社してフリーランスとなり、1970年代にはテレビドラマに活躍の場を移し『ありがとう』(1970年)や『白い巨塔』(1978年)などに出演。

私生活では1964年に北川町子と結婚。

1975年、クイズ番組『パネルクイズ アタック25』の司会となり、以来、約36年にわたり番組の顔であり続けた。

「その通り。」
「残念。」
「大事な大事なアタックチャンス。」
「何故角をとらないっ。」

等の独特な口調は有名となり、お笑い芸人の博多華丸が物真似し始めて話題となった後は番組での共演も果たした。
司会を務めた回数は1793回(1984年に2回だけ虫垂炎による入院のため欠席、その間の代理は板東英二が務めた)。

ちなみに、出演した『白い巨塔』は田宮二郎主演版。『アタック25』の児玉と『クイズタイムショック』の田宮という同時期にテレビ朝日・朝日放送系列で放送され、長く親しまれることとなるクイズ番組の初代司会者同士の共演だった。

本業の俳優としては1990年代の一時期出演作を減らすも、
『HERO』(2001年)『美女か野獣』(2003年)『鹿男あをによし』(2008年)『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(2008年)『龍馬伝』(2010年)などで存在感のある演技を見せる。
また、一度映画『スチームボーイ』(2004年)で声優経験がある。その作品の監督はキャラのイメージから真っ先に彼を指名したという経緯がある。

また、書評家の顔を持ち彼の人柄を表すような優雅で鋭いコラムは人気がある。彼の書評と言えば有川浩の『図書館戦争』シリーズの文庫版の対談だろう。

2003年からはニッポン放送のラジオ番組『テレフォン人生相談』でパーソナリティを務め、リスナーの悩み相談も行っていた。

2011年4月から体調不良で休業・入院していた。5月に入り復帰説もあり体調は回復に向かっていると思われていたが、2011年5月16日、胃がんにより死去した(奇しくも2002年に亡くなった娘も胃がんだった)。77歳没。

訃報が流れたのは5月17日19時半ごろで、告別式は21日に行われた。

なお『アタック25』の後任の司会者はABCアナウンサーの浦川泰幸、俳優の谷原章介と受け継がれた。

2014年放送の『HERO(第2シリーズ)』では、自身が演じた鍋島利光について後任キャストを立てず現実と同様に亡くなっている設定としたが、本編ではSpecial Thanksとしてスタッフロールに名前が掲載され、生前の写真も登場した。一方で『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』の田所良昭役も後任は立てない措置を取ったが、3rd seasonとその後の劇場版でも健在であり、舞台となった医療施設を離れて元々従事していた離島での医療活動に戻った事が示唆されている。




ピコーン
「青の方」

「項目!」

「残念、そこは追記・修正と答えて戴きたかった。」


それでは次の問題、3人で参りましょう
大事な大事な
アタックチャーンス!!

   / ̄ ̄ ̄丶
  //ヾソ))リ)i\
  /"彡`ヾトソツノミ|
 |彡  _ _  ミ|
  レ彡 __  _丶/
 (6イ ィo、 ィo、‖
 丶| 、_ノ i、_ |
  |_ r、_b丶/
_/r三ミDー-→ソ
 ||^ rj _"ノ-、
 `ノ  )ヽ_/|\ 丶
 ∧ _∧ /ヽ| 丶 |

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

最終更新:2026年10月07日 19:58

*1 実際の誕生日と異なっている理由は、当時は数え年が慣習であったため、1週間足らずで2歳になるのを嫌った親が出生日を「1月1日」として戸籍提出したためである。