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テレビ朝日

登録日:2014/04/07 Mon 22:14:57
更新日:2026/08/19 Wed 13:02:27
所要時間:約 10 分で読めます





株式会社テレビ朝日とは、関東広域圏(東京神奈川千葉埼玉群馬茨城栃木)をカバーするテレビ局であり、ANNのキー局である。
現在のリモコンキーIDは5だが、地上波アナログ放送時代のチャンネル番号は10で、「10チャンネル」の愛称が使用されていた。

2014年4月1日付けでテレビ朝日は持ち株会社制に移行、それまでのテレビ朝日を商号と業態を変更しテレビ朝日ホールディングスになり、テレビ朝日分割準備株式会社にテレ朝HDが保有していた放送免許や放送に必要な資産などを無償で譲渡し、放送局としてのテレビ朝日はテレ朝HDの100%子会社となった。
本社所在地は東京都港区六本木六丁目。

テレ朝HDは商号と業態の変更前の持ち株比率を維持していて、筆頭株主が朝日新聞社、第二位が東映(正しくは東映グループ)である。

本項では持株会社化以前も含め、放送局のテレビ朝日について解説する。


複雑な会社の経緯

最初は教育専門の民間放送局だった

1957年に、テレビ事業の進出をうかがっていた東映、ラジオたんぱ(現:ラジオNIKKEI)、日本経済新聞社と旺文社を中心とした教育出版関係の出版社が中心となり、
一日の編成を教育番組を50%以上、教養番組を30%以上というNHK教育テレビ(Eテレ)も真っ青の編成を行なうことを条件に、郵政省から放送免許を取得し「日本教育テレビ」という会社の設立にこぎつける。
そして1959年2月1日朝10時に開局。記念すべき最初の番組は…獅子舞だった。
しかしながら、旺文社などの中学・高校・大学の各入試の対策番組などの人気は非常に高かったが、その他の教育番組は全くと言っていいほど人気がなく、教育のためとして子供向け番組の放送を行なったり、外国の文化を紹介する教養番組として海外の映画を放送するなど、事実上総合放送局へと舵を切る。
このため社名を日本教育テレビから「NETテレビ」に商号を変更する。

また、教育専門テレビという性格上全く報道に人員を割く余裕がなく、東映と朝日新聞社が共同で製作していたニュース番組垂れ流しという事態に陥っていた。
このため、NETでは朝日新聞社から報道に関するノウハウを教えてもらい、人員交流が進んだためNETの報道部は朝日新聞の部門傘下のような状態となる。

毎日放送とのネット解消、朝日放送とのネットに切り替える

1972年に、当時の郵政相であった田中角栄が「系列局は新聞社ごとに整理するのが分かりやすい」と発言したことがきっかけとなり、当時TBS・JNN系列に加盟していた大阪・朝日放送(ABC)に対し、ANN系列へネットチェンジするよう再三にわたって働きかけた。

しかしながら、ラジオ専業であった旧朝日放送とTBSテレビがノウハウを教えて開局した旧大阪テレビ放送が合併して出来たのがABCテレビであったため、朝日新聞との関連はあるものの比較的自由が利き、当時「8時だョ!全員集合」などTBS制作の高視聴率番組を放送していたABCテレビにとって、NETへの編成替えは罰ゲーム以外何者でもなかった。

しかし、NETとのこれ以上の衝突は何としても避けたいTBSが朝日放送に対してネット打ち切りを通告したため、朝日放送は「NET系列に入るか、東京12チャンネル(現:テレビ東京)系列に入るか、独立局となるか」の3つから答えを探さねばならなかったが、結局東映のとりなしでNET系列に入ることで落ち着き、それまでNET系列であった毎日放送が1975年4月1日にTBS系列にネットチェンジを行なった。
これに伴い『仮面ライダー』シリーズが『ストロンガー』でTBS系列に移転し、その穴埋めで始まったのがスーパー戦隊シリーズの第1作『秘密戦隊ゴレンジャー』である。また、『パネルクイズアタック25』や土曜朝の枠といったABC制作番組もこの経緯で始まった他、TBS系列で放送していた『必殺シリーズ』などもNETから移ってきた。

このため、現在でもテレ朝とABCテレビの関係はキー局・準キー局の中では最も険悪とされており、ネットの発局と受け局というだけのかなりクールな間となっている。
近年は年末の『M-1グランプリ』にてテレ朝がスタジオをABCに提供、日曜朝の『サンデーLIVE!!』→『グッド!モーニング日曜版』では中京圏のメ~テレと共に共同制作として放送しているなどある程度の融和路線も見せている。
しかしながら、番組の編成方針*1やタレントのキャスティング、ネット配信に対する姿勢など両者異なるスタンスを見せることも多々ある。

社名を全国朝日放送に、愛称をテレビ朝日に

NETテレビは4月1日から
テレビ朝日に変わります。

1977年にNETは社名を全国朝日放送に、愛称をテレビ朝日とすることを決定した。
この時期最大のトピックスと言えば「1980年モスクワオリンピックの放映権独占獲得」であろう。
アナウンサーの採用を強化し、開催前からモスクワ関連のアニメやバラエティを放送するなど気合を入れて盛り上げた…のだが、日本選手団が西側諸国と歩調を合わせてオリンピックのボイコットを決定したため、中継も深夜枠の録画放送のみに縮小されてしまった。
この件はテレ朝へ大打撃となったのは言うまでもなく、「特定放送局による国際大会中継の独占」が問題視され、現在のようにNHKと民放が共同で放映権を獲得する「ジャパンコンソーシアム」創設のきっかけにもなった。

1985年には赤坂と六本木の境界に完成した再開発エリア「アークヒルズ」に新しい放送センターが完成し、ニュース・情報番組がここから放送されるようになった。
これに合わせ、それまでドラマやバラエティ番組を編成していた平日22時台に久米宏をキャスターに迎えたニュース番組『ニュースステーション』が開始した一方、『アフタヌーンショー』でやらせ問題が発覚し打ち切りに追い込まれ、以降2000年代まで万年4位という低空飛行が続くこととなる。
これ以降「テレビ朝日は徹子と久米(ニュースステーション)とドラえもんしか誇れるものがない」と揶揄されることとなり、実際1986年と1987年にはその年放送したテレ朝全番組の最高視聴率を記録したのはドラえもんだったことも。

昭和末期までのネット局は12局と他の民放ネットワークと比べて非常に少なかった。そのため、当時の郵政省が手がけていた民放4波化計画に乗って平成以降はネット局を次々と開設し、1996年の岩手朝日テレビ開局で24局のネットワークを完成させた。
同時期には民放テレビ局が多数誕生しているが(所謂平成新局)、その半数近くがテレビ朝日の系列局である。
これらの局は開局したものの番組不足に悩まされ、度々自社番組の制作協議会も開かれていた。その中で好評を受けてネット局を増やしたのが、あの「水曜どうでしょう」である。

2000年代前半まで非常に朝日新聞色が薄い番組が多く、旺文社がソフトバンクにテレ朝の全保有株式を売却、慌てたテレ朝が朝日新聞社に助けを求め朝日新聞社がソフトバンクから全テレ朝の株式を買い取り、一部を東映に売却して決着するという事件があってからは、東映色が朝日新聞色よりもはるかに濃くなったと言われている。

テレビ朝日を社名に

2003年10月、「六本木ヒルズ」として再開発された六本木六丁目に戻ってきた際に、愛称であったテレビ朝日を正式社名とし、ロゴも現在のものとなった。
地上デジタル放送開始の際はテレビ東京とともに一桁の番号を希望し、リモコンキーIDは「5」を取得。
これによりラテ欄やEPGの位置も従来から中央寄りに移り、チャンネル番号の変更を告知するキャンペーンが大々的に行われた。

しかしながら、報道番組関係の部門とその他の製作部では朝日新聞社との距離感が全然違い、政治的スタンスでは現在に至るまでなんとも言えない放送局となっている。

六本木以外の拠点として江東区の有明地区に「東京ドリームパーク」を建設しており、2026年3月に開業した。パークには演劇・コンサートホールのほかテレビ朝日のスタジオも設置されている。
ただ立地の関係上、海風が吹いてくるのが弱点で開業早々に雨の他に強風で屋外イベントが相次いで中止になる憂き目も見ている。

番組編成

プロレス中継

テレビ朝日を語るのに欠かせないのがプロレスの中継である。
前身のNET時代の1969年に、それまで日本テレビ独占だった日本プロレス(団体)の中継に参入したのが始まり。
その後、1972年からNET独占となり、同年8月から長く続く金曜20時枠へと移管。
更に編成側の肝いりもありアントニオ猪木が設立した新団体・新日本プロレス興行の独占中継へとつながる。
特に80年代は同局出身のアナウンサー・古舘伊知郎による実況も相まって黄金期を迎えた。
現在も深夜枠でプロレス中継を続けているのは勿論*2、新日所属レスラーによるバラエティ番組も放送されるほか、ニュースでプロレスネタを扱うことも多い。
テレビ朝日は新日本プロレスの筆頭株主に名を連ねている。

報道番組

テレビ朝日は報道番組も強く、何れの番組も平均視聴率は高い。
「モーニングショー」は1964年~1993年、2015年~と続く*3老舗ワイドショー番組であり、かつてはテレ朝系が無かった県においても当番組の系列外同時ネットをしていたほど。
前述したように1985年10月より「ニュースステーション」を開始。これが高視聴率のヒット番組と化し、その勢いで2004年4月に「報道ステーション」にリニューアル。これ以降も高視聴率の勢いを保っている。
2013年秋より始まった「グッド!モーニング」は開始当時は平日の帯番組だったが、2024年に土曜と日曜にも開始、民放の帯番組では例を見ない原則毎日放送する生報道番組となった*4
平日昼はかつては『アフタヌーンショー』という、『モーニングショー』に引けを取らない人気ワイドショーを放送していたが諸事情で放送終了。その後のワイドショーは短期間での打ち切りが相次いだのだが『ワイド!スクランブル』でようやく落ち着き、今や同枠最長寿を誇る。
平日夕方枠においても80年代~90年代初期には不安定な状況が続いていたが、『ザ・スクープ』放送開始で1989年から土曜夕方6時枠→金曜夕方5時半枠に移動していたスーパー戦隊シリーズを日曜朝に移し、1997年に開始した『スーパーJチャンネル』が、同時間帯番組最長放送期間を誇っている。
なお土曜朝は現在の『グッド!モーニング』も含めローカル枠。日曜朝も2017年までは「ニチアサキッズタイム」と日曜9時の「題名のない音楽会」で枠が埋まり、10時の討論・特集番組(~2015年)に主を任せていたが、
2017年からプリキュアを除くニチアサを時間移動と廃枠・『題名のない音楽会』を土曜日に移し、テレ朝・ABC・メ〜テレの3社共同制作の朝の報道番組『サンデーLIVE!!』がスタート。2024年10月からの『グッド!モーニング』日曜版開始に繋がっている。
ただ平日午後2時枠についてはかなり弱く、1996年の『パワーワイド』終了後一時『徹子の部屋』が時間移動するも、1997年に1時枠に異動。以降はドラマのローカル再放送枠となっている。

アニメ

日曜朝のアニメ・特撮枠「ニチアサキッズタイム」等東映の影響力が非常に強いため、東映動画→東映アニメーション製作のアニメがフジテレビ以上に多く、テレビ朝日の子会社であるシンエイ動画製作のアニメは現在『クレヨンしんちゃん』と『ドラえもん』の所謂「国民的アニメ」2本のみである。
しかしこの2本は、テレビ東京の全日帯の看板作品日曜日放送だった時代に、金曜日の19時というゴールデンタイムで放送される唯一のアニメとなっていた。その後、2番組は2019年10月改編で土曜日夕方に移行し、一時的に地上波キー局のゴールデンタイムからアニメが消滅することとなった*5

また、深夜アニメ枠はANN系列で全国ネットのものが長らく存在していなかった。
これは、ABCもメ~テレも独立心が非常に強く、メ~テレに関しては以前平成ガンダムシリーズの『Vガンダム』『Gガンダム』『ガンダムW』『ガンダムX』をテレビ朝日製作に移され、さらに勇者シリーズがテレ朝の編成の都合で打ち切られるなどしたためと、ABCも木曜日のゴールデンタイムに保有していた自社製作のアニメ全国放送枠がなくなってしまうなどの影響があった。
そのためニチアサの『プリキュア』シリーズ以外の作品ではテレ朝へのネットは非常に消極的で、ABCやメ~テレ製作のアニメが関東地方ではTOKYO MXやtvkなどで放送されるというねじれ現象が起きており「現代の腸捻転」と冷ややかに見られることもある。
なお、2020年10月から深夜アニメの全国ネット枠が誕生しており、後半30分をABCが担当している。
アニメ関係では2023年からプラモメーカー・コトブキヤとの業務提携を開始。2024年4月には株式を追加取得しテレ朝HDの持株法適用会社になった。

バラエティ

1990年代まではアニメとドラマを編成のメインにしていたせいか、テレ朝のゴールデンでバラエティといえば昭和時代にはコメディドラマ路線の『欽ちゃんのどこまでやるの!』『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』に特番枠『水曜スペシャル』、『クイズタイムショック』『象印クイズ ヒントでピント』等のクイズ番組*6
平成初期には『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー』『目撃!ドキュン』程度しかなかった。
なお討論番組よりだが、バラエティ系では1989年開始の『ビートたけしのTVタックル』が時間移動を重ねながら長寿番組となっている。
一方、23時台に『ネオバラエティ』と呼ばれる実験的な番組を試す枠を新設し、以降他局でも同様の枠が創設されるようになった。
六本木ヒルズ移転以降は積極的にバラエティの制作を行うようになり、深夜番組で成功した番組をゴールデンに移転させるなどしたが、ゴールデンゆえに深夜時代の過激な内容ができなくなるなど方向転換を余儀なくされ、打ち切りに追い込まれた番組も数多い。
但しテレビ朝日の場合はタイトルだけちょこっと変えたり、そのまま深夜枠に戻して継続させたりしているものもある。

2020年代以降各局が13~49歳前後の視聴者層を示す「コア視聴率」確保のために大規模な改編を実施した一方、テレビ朝日は「日本の人口比率を考慮」との理由からベテラン芸能人が出演するバラエティを数多く編成するようになり、若年向けの番組はゴールデン・プライム帯から一掃されている*7。これは前述した理由のほか、テレ朝が動画配信サービス「ABEMA」の運営に関与しており、若年向け番組はそちらに一任する*8方針を取ったため。但し深夜帯はスーパーバラバラ大作戦や『アメトーーク』などの若年向け番組がメイン。

テレビドラマ

東映の影響力が(ry、開局以来特撮を含めた東映枠が多数設置されている。
特に代表的なものが水曜の刑事ドラマ枠で、NET時代の「特別機動捜査隊」を皮切りに刑事ドラマが長年制作されている。
1999年からは東映京都撮影所で撮影を行う、京都が舞台の「木曜ミステリー」シリーズが開始。「京都迷宮案内」や「科捜研の女」等の人気シリーズを生み出したが、2022年秋の改編により廃止されてしまった。
時代劇では「暴れん坊将軍」および「遠山の金さん」が定番。ABC制作の必殺シリーズも途中から同局での放送となった。
これらの作品は平日昼間の地上波やBS朝日で頻繁に再放送されており、新規視聴者やリピーターの獲得にも貢献している。
東映以外では「西部警察」等の石原プロモーション、「ドクターX 〜外科医・大門未知子〜」等のオスカー女優出演作品もおなじみ。
土曜ワイド劇場」「金曜ナイトドラマ」など、新しいドラマ枠を設置したのもこの局が最初だったりする。

音楽番組

現在こそゴールデンタイムの長寿音楽番組『ミュージックステーション』が有名だが、同番組開始までは他局に比べて音楽の影が薄かった。
なんせ1970年代の代表的歌番組が、「スターに別スターの物まねで歌ってもらう*9」スターの使い道を間違ったような『象印スターものまね大合戦』で、日本のみならず世界最長のクラシック音楽番組となった『題名のない音楽会』すら、元はテレビ東京の前身「東京12チャンネル*10」からの移籍番組だったのだから……
後発のテレ東すらアイドルと演歌に特化することで濃い個性を得ていたのに対し、テレ朝は一応『歌謡ドッキリ大放送』等「歌謡~」と付くシリーズはあったものの、他に比べて歌手の出演回数の母数や映像の魅力に欠けていたことは否めなかった。
だが、1980年代には洋楽番組『ベストヒットUSA』が人気を博し、『ミュージックステーション』が定着することで一気に音楽番組の量が増加した。
特にMステについては昭和期から続く音楽番組というテレビ全般で見ても貴重な存在となっており、現在のテレ朝のゴールデンタイムにおける若年向けのテレビ番組という点でも貴重な番組である。

ゴーちゃん。

2011年にようやく登場したテレ朝のマスコットキャラクターで、サンリオとの共同開発なんだぶい。
エクスパンダ星から来た、金色に輝くパンダさんなんだぶい。



追記・修正はチャンネルを5に合わせてからお願いします。


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最終更新:2026年08月19日 13:02

*1 ABCテレビは「部長刑事シリーズ」や夏の高校野球中継などの全国ネット番組を差し替えた上で関西ローカル向けの番組を優先放送する傾向がある。

*2 系列のBS朝日では2020年から地上波時代と同じ金曜の中継を復活させている。

*3 なお2015年版は、2011年~2015年に放送された前番組『モーニングバード』から司会者羽鳥慎一が続投している。

*4 但し平日・土曜版の全編と日曜版の最初の30分はローカルセールス枠であり、『おはよう朝日です』のABCテレビ等自社制作番組を編成する一部地域では放送されない。

*5 その後、テレビ東京では2020年10月から金曜日の放送枠が復活している。

*6 なお朝日放送制作番組を入れると、日曜昼の『新婚さんいらっしゃい!』とBS10に移籍した『パネルクイズ アタック25』も入るか。

*7 これはテレビ東京でも同様の傾向が見られる。但し『マツコ&有吉 かりそめ天国』・『ミュージックステーション』は若年向けの番組と言えるが例外的にゴールデン帯での放送となる。

*8 前述した地上波バラエティについてもそちらに移管して放送を続ける番組が多い。

*9 ここで言うものまねはいわゆる「歌マネ」であり、コロッケに代表される見た目を極端にデフォルメしたものや原口あきまさに代表される言動の一コマを切り取ったものでもない。

*10 当時は日本科学技術振興財団テレビ事業本部。