芽殖孤虫

登録日:2013/09/21(土) 00:33:27
更新日:2022/09/10 Sat 20:16:09
所要時間:約 6 分で読めます




 サナダムシ、回虫、ギョウチュウ……人間の体内に忍び込んで栄養を横取りしたり、体内の器官に潜り込んで腹痛や下痢を起こしたりする「内部寄生虫」による被害は、世界中で今も後を絶たない。上下水道の普及などで被害が抑え目になっている日本でも、未だにアニサキスによる症状が多く確認されている。しかし、彼らは単に動物の体内でのんびり暮らし続ける楽な生活を営む存在、という訳ではない。一生の中で数多くの動物の体内を行き来し、次々に姿を変え、子孫を大量に増やしながら懸命に生きるという、実に複雑かつ大変な毎日を過ごしているのである。その為、どういう一生を送るのかが解明されていない種類も未だに多数存在する。

 その一つが、今回取り上げる「芽殖孤虫(Sparganum proliferum)」である。


◆概要

 寄生虫と一口に言っても線形動物(線虫)や環形動物(ハナビル)、さらにはアメーバ動物(赤痢アメーバ)など数多くの分類に分けられるが、芽殖孤虫が所属しているのは「扁形動物」と呼ばれるグループ。再生能力でお馴染みのプラナリアやコウガイビルなど自由気ままに動きまわる種類もいるが、多くは寄生虫であり、エキノコックスやジストマもこの仲間である。

 大きさは結構でかく数ミリから十数ミリ程度で、肉眼でも確認可能。サナダムシやプラナリアと違って体の形は定まっておらず、ぐちゃぐちゃした姿で見つかっている。イメージとしてはワサビやショウガみたいな感じらしい。
 ただ、これは全て『幼虫』の姿。実はこの芽殖孤虫、前述した通り未だにどういう一生を過ごしているのか判明しておらず、大きくなった『成虫』が現在も確認されていないのである。以前は似た種類の寄生虫に何らかのウイルスが感染したのではないかと言われていたが、遺伝子解析の結果は残念ながら別人……じゃない、別の種類だった。和名の「孤虫」というのもそういう意味だとか。
 とは言え、彼らにとってはそんな事は大した問題ではない。実は、成熟しきっていない幼虫の状態でも芽殖孤虫は「分裂増殖」と言う手段で新たな子孫を増やす事が可能なのである。ただし、詳細は後述するが、寄生虫界隈ではそんなに珍しい事では無いとか。

 人間に例えると、無限に増え続けるショタやロリといった感じかもしれない。


 ……だが、これらの特徴が、人類にとっては非常に恐ろしい事態を招く事になる。

◆終宿主/中間宿主

 芽殖孤虫が所属しているのは「扁形動物」と言うグループであると言うのは前述したが、その中で代表的な存在として挙げられるのが「サナダムシ」と呼ばれる寄生虫たちである。細長い体で人間の腸に居座り栄養を横取りする存在だが、逆に「寄生虫ダイエット」に活用されたり、アレルギーの減少に一役買っているとも言われており、と言うか「寄生」じゃなくて「共生」じゃないかという意見もあるようだ。しかし、同じ扁形動物である二種の動物にはある決定的な違いが存在する。彼らの宿主である、人間の利用方法が異なっているのだ。


 具体的な説明に入る前に、一つ質問。皆様はこういう思い出は無かっただろうか。


 子供の頃、両親や祖父母、親戚などお世話になっている人たちにお年玉やお小遣いを貰う。このお金が「自分自身」の財産であると考えると、目の前の諭吉さんや一葉さん、稲造さんがあまりにも貴重なものに見えてきて、中々その使い道が思い浮かばないものだ。しかし、もしこれを「両親」や「親戚」のお金だと考えてしまうと、逆にギリギリまでゲームや玩具などに使いたくなってしまうかもしれない。
 「他人の金」ほど有難味は薄れ、ついつい無駄に使って後悔してしまう……お年玉や小遣いのみならず、色々な場所で起こり得る話である……と思うが、どうだろうか。



 実は、これと似たような事が寄生虫でも起きているのである。

 サナダムシは、その一生が判明している寄生虫である。最初は海のプランクトンであるケンミジンコの中に寄生し、それらが魚に食べられる事で彼らも住処を変える。そして魚が陸上に釣りあげられ、新鮮なご飯として食べられる事で、最終目的地である人間の体内に到着する。
 彼らにとって、人間はいわば貴重な自分自身の財産。内部寄生虫は最終目的地でないと大人になる事が出来ず、卵を産む事が出来ない場合が多く、この種類もその一例である。もしそんな大事なものを壊したりなどすれば、自分自身にその報いが返ってしまうもの。可能な限り長い期間生きて寄生させてもらうことが重要であり、その為に彼らは寄生する場所や方法を選び、狙いを定めた宿主であれば無用な負担をかけることはない。
 このように、寄生虫がその一生の最後にお邪魔する生物の事を専門用語で「終宿主(しゅうしゅくしゅ)」と呼び、途中で経由する生物を「中間宿主(ちゅうかんしゅくしゅ)」と呼ぶ。
 声に出すと噛みそうなのは仕様です。

 だが、彼らが大人しくしているのは自身の一生に大きく関わる生物だけ。様々な要因やまぐれで迷い込んだ全く関係ない生物の体内では、一切の容赦が無くなるのである。「他人の金」である彼らの体調がどうなろうと自分の知った事では無い、と言わんばかりに傍若無人に暴れ回り、再起不能に陥らせる事もざらなのだ。
 代表例としてはエキノコックスが挙げられる。彼らも分類上はサナダムシの一員なのだが、最終目的地である終宿主はキタキツネやネコといった食肉目の哺乳類で、中間宿主も本来はネズミとされており、人間は一生に全く関係ない「赤の他人」である。その為、一度寄生されると容赦なく大暴れを始め、肝臓や肺、心臓などに被害を与えるのである。こういったものを『幼虫移行症』と呼ぶ。

 ……さて、この項目で取り上げている「芽殖孤虫」。概要でも既に述べた通り、現在もその一生は明らかになっておらず、成虫の姿も判明していない。つまり、終宿主が何の動物かというのも判明していないのである。ただ、一つだけ分かっているのは彼らにとって人間はいわば「他人の金」……傍若無人に大暴れできる場所だという事である。


◆症状/治療

 彼らが入り込んだ事を確認できるのは、体にイボが現れた時以外に無い。太ももに始まり、やがて体全体に広がっていく。その内部では芽殖孤虫が次々に分裂増殖を続け、体のあらゆる場所に侵入しているのだ。その数は一度イボを引っ掻いただけで数匹が現れ、酷い時には数十匹が溢れだすほど。その後、皮膚の痛みや痒み、おう吐、下痢、腹痛、言語障害、運動障害などの症状を次々に引き起こし、最終的に感染した人間は死に至るという。
 普通の寄生虫なら薬品を用いる事が出来るのだが、彼らの場合は全身のあらゆる場所に侵入する事から容易には使えず、治療法としては外科手術によって人為的に芽殖孤虫を見つけ出し、摘出するしか方法がない。だが、体中の皮膚、脳の表面、肺、小腸、膀胱、腎臓といったありとあらゆる部位に忍び込んだ寄生虫を全て排除するというのは、あまりにも無謀、無理、不可能である。

 ……つまり、芽殖孤虫に寄生された患者は100%の確率で死亡する


 そして、世界各地で感染の報告例(当然全て死亡例)がある中、一番多く確認されている地域は、他ならぬ日本だと言う。

2015年時点での症例数(括弧内は最後に確認された年)

日本…8件(1987年)
台湾…3件(1987年)
米国…2件(1976年)
カナダ…1件(1983年)
パラグアイ…1件(1981年)
ベネズエラ…1件(1982年)
フランス領レユニオン島…1件(2006年)

日本が突出しているように見えるが、日本での最後の発見例は1987年である(それでも新しいほうだが)。むしろ医療技術・検死制度が発達しているからこそ、多数の患者が見つかっている……のかもしれない。逆に言えば、まだ氷山の一角である可能性もある。


◆対策

 そんな非常に恐ろしい寄生虫だが、人類も手をこまねいているという訳ではない。

 現在確認されている患者は17件だが、その多くがカエルやヘビと言った所謂「ゲテモノ」系を食べたという報告があるという。
 この原因に関しては、芽殖孤虫の成虫候補に挙げられていたという親戚筋の寄生虫「マンソン裂頭条虫」と同様である。ちなみに、こちらは下痢や栄養不良の他、土やチョークなど普通口に入れないはずの物まで食べてしまう異食症と呼ばれる症状を引き起こしてしまうが、どういう一生を辿るかが判明しているので有効な薬や手術法が確認されている。

 そして、芽殖孤虫に関しても80年代以降、南米で摘出されたものが研究所で継続培養され、研究が続けられているようだ。


 未だに正体が掴めない、致死率100%と言う最悪級の存在『芽殖孤虫』。
 得体の知れない生命に体が食い尽されないためにも、変な食べ物には手をつけない方が良いのかもしれない。


追記・修正はロリショタに心も体も食い尽くされてからお願いします。

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • 生物
  • 寄生虫
  • 幼虫
  • 扁形動物
  • 致死率100%
  • 芽殖孤虫
  • 寄生

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2022年09月10日 20:16