ボーダーライン(相棒)

登録日:2014/10/16 (木) 12:37:18
更新日:2022/04/25 Mon 20:15:22
所要時間:約 10 分で読めます





死んだ者を救えたボーダーラインはどこにあったのか?



「ボーダーライン」とは、2010年12月15日に放送された『相棒 Season9』第8話のエピソードである。





【概要】

雇用問題や貧困などを取り入れた話となっており、放送後は問題作としてネット上で大きな反響を呼んだ。現在でも再放送や話の内容・展開からして比較的有名な回である。

2011年 貧困ジャーナリズム大賞受賞。*1
ちなみに上記の文はジャーナリズム大賞受賞時のコメントである。

また近年新年最初の相棒の再放送がこの回であることが多く、一部で話題を呼んでいる。

【あらすじ】

2010年の12月、工事中のビルからの転落死体が見つかった。
被害者は柴田貴史という36才の男性で、刃物による傷が多数ある事から、何者かに追い詰められて転落した可能性があると思われた。

所持金は無く、持ち物は期限切れ間近の保険証と3つの鍵だけであった。
胃の中からは、数の子・牛肉・ワカメ・リンゴ・小麦粉・乳脂肪分といった全く統一性の無い物が検出された。

捜査一課は傷害致死事件の疑いとして捜査を始める中、右京が事件に疑問を持ったことによって特命係が動き出す。
そして、柴田が死に至るまでの足どりを追う特命係はあまりにも残酷な11ヶ月を知ることになる…。





【以下、事件の真相…。ネタバレにご注意下さい。】











彼は“社会に殺された”…そう訴えたかったのかもしれません




【登場人物】
■事件関係者

◆柴田貴史
演:山本浩司

本事件の被害者。37歳独身男性。今回、というか『相棒』全体でトップクラスの不幸人。
大学を卒業後、派遣社員として働いていたイベント会社で正社員になれるはずだったのだが、不況を理由に突然内定が取り消しになった挙句に解雇された。
その後、イベント会社の社長のツテで建設作業請負の会社へと再就職するも、その会社は待遇の悪いブラック企業であり、そこでもわずか1ヵ月で解雇されてしまう。
更には家族や婚約者に見放され、住む家も仕事も無くし、就職活動で取得した医療事務の資格も実務経験が無いという理由で 役に立たず 、37歳では「若すぎる」という理由で生活保護申請さえもできない(当時、生活保護申請が不当に妨げられている状況が社会問題となっていた)等、様々な不幸に苦しむ柴田。
そんな彼の前に尾崎というリサイクルショップの店主が現れた。
報酬10万円と衣食住を交換条件に、柴田にある手続きをするように提案してきた。

それは犯罪歴や借金の無い人間を利用した名義貸しだった…!

以後、就職活動の傍ら報酬10万円でたびたび名義貸しを行っていた。
名義貸しはリサイクルショップに必要だった古物商だけでなく、携帯電話や偽装結婚、借金の保証人など、ありとあらゆることに対し行っていた。
そうして名義貸しを続けていくらかは収入を得たものの、そんな生活が長く続くはずもなく、やがて前科も無く法的にクリーンだった柴田の名も汚れてしまい、個人の名義貸しの限界まで至った柴田はとうとう 用済み として見捨てられ、名義貸しもできなくなってしまった。
更に寝床として利用していたレンタルコンテナを追い出されてしまう。

そうなればもう…後は堕ちるしか道はなかったのかもしれない…

名義貸しで稼ぐことすらできなくなった後はスーパーの試食等、無料で飲食できる場所を徒歩で転々としていた。
それはまさにただ生きる為だけの行動であり、胃の内容物に統一性の無かった理由であった。
店員に顔を覚えられて目を付けられるのを防ぐ為に、どの店を何日に訪れたかを携帯電話に記録しておき、身なりやシャワーにはかなり気を遣っていた。
しかしそんな彼のどん底人生に終止符が打たれる…。

ドーナツの試食を行っていたパン店の女性が彼を覚えていたのだ。
何度か試食するだけで1度も買ってくれない柴田に対し、彼女はこう声をかけた…

もし良かったら今度は買ってください

極限状態で絞り出した知恵も 無意味 だったことを知った柴田は、衝動的に試食のドーナッツを根こそぎ奪って走り去ってしまう。
そして、走り去った先で追い打ちをかける出来事を見る。自分が以前住んでいたアパートに新しい入居者が来ていたのだ。
就職活動では書類を郵便で受け取るために住所が必要である。しかしレンタルコンテナは住所にならない。
そこで柴田は私書箱を使い、以前住んでいたアパートの部屋を住所として郵便物を私書箱留めにすることで住所を偽装していたのだが、そのアパートに入居者が入ってしまうと偽装が不可能となる。
社会で生きようとする柴田が、最後の希望を失くした瞬間だった…。

ただ生きるためであるなら、ホームレスに混じり炊き出しの列に並ぶなり、盗みを働いて刑務所に入るという選択肢もあっただろう。しかし、もはや彼にそんな気力は残されていなかった。

全てを失い、傷つき疲れ果てた柴田は最期の行動に出た。
医療事務の勉強で得た知識(不正請求に備える為に必要な本物の防御創と偽装した防御創の見分け方)を利用して、他人に切られたような傷を自分の体につけるためにナイフで自分を傷つけ、ビルの屋上から飛び降りて死亡した。
「自分を殺したのは“社会そのもの”だ」ということを告発するために自ら命を絶ったというのが今回の事件の真相であった。


◆柴田祐史
演:中野英樹

柴田の兄。
以前から疎遠になっていたらしく、数ヶ月前に柴田が借金を頼みこんできた際には、自分の家族や介護が必要な親の事で余裕がないという理由で彼の頼みを断っていた。
その際には事情を知らなかったとはいえ、不当な解雇で苦しんでいた柴田に対して「いいかげんに働いてるからだ!」と言ってはいけない一言を言い放ってしまった。
柴田の死後に特命係から真相を聞かされた際には、弟が死亡した現場を悔いた様子で見つめていたが、あまりにも遅過ぎたと言える。


◆木下絵利香
演:林田麻里

柴田の婚約者だったショートヘアの女性。
柴田が正社員になれることが決まって結婚を決意していたが、直後に解雇されて収入が不安定になった途端に関係が一気にギクシャクしてしまい、一方的に「どこに行ってもダメなのは貴史に問題がある」「あんたなんてもう価値ない」と柴田を罵倒した挙句にトドメと言わんばかりに婚姻届を彼の目の前で破り捨てて喧嘩別れしてしまった。
もっとも、本気で結婚を考えていた彼女に対し、投げやりな態度で「金目当て」と決めつけた柴田にも非があったと言える。
ちなみに破り捨てた婚姻届は、のちに柴田がセロテープで直してコインロッカーに保管していた。柴田ェ…

彼女に落ち度があるとするならば、正社員や安定した収入にこだわるあまり、必死で事情を説明する柴田に対し、フォローや同情する気配すら見せずに彼の苦しみを本気で理解しようとしなかった点であろう。
実際、特命係が家に訪れた際には「私、悪い事しました?」と罪悪感どころか柴田を追い詰めた自覚すら無かった。


◆沢秀雄
演:金井良信

柴田が以前働いていたイベント会社の社長であり、ある意味この事件の元凶と言える人物
表向きには人の良さそうな笑顔をたたえているが、正社員に内定されるはずだった柴田を一方的に解雇したばかりか自社よりも待遇が劣悪な会社に派遣させる等、本性はかなり腹黒い(不況で仕事が激減している事情もあったが)。
しかも、特命係が会社に訪れた際には、自分は何も悪くないアピールをする有様であり、最後まで何らかの制裁を受けないまま途中でフェードアウトしたため、その後の末路は不明である。
ぶっちゃけ、こいつが柴田を解雇なんてしなければ、事件は起こらずにすんだかもしれない。



◆郷田正
演:天田暦

柴田がイベント会社の紹介で勤務していた建設会社の社長。
寮完備と紹介されていたが、実際は労働者を集める為のブラフであり、技術者を現場に派遣しない偽装請負(つまり違法派遣)を行なっていた。
更にその会社は他の派遣会社が雇い止めになった派遣社員を厄介払いするための用意された人材の墓場であり、柴田を解雇したイベント会社はそこを紹介することで体よく社員をクビにしていた。
おまけにイベント会社は派遣先の実態を知っており、「ここよりいい会社」と柴田を騙していた。*2

安月給(しかも交通費や仕事道具の貸し賃が自己負担)で派遣社員をぞんざいに働かせる上、文句を言う者は即クビで真面目に働いてる者も一時的に雇ったらクビという、まさに「ブラック企業の典型」
また、伊丹達の捜査によって他にも余罪があった事実も判明しており、芹沢からは「最悪の会社だ」と唾棄された。
その後、労働基準法違反で逮捕されたが、取り調べを受けた際には悪びれる様子も反省もなくドヤ顔で開き直る等、どこまでも見下げ果てたヤツである。

以上の事から、
柴田の他にも同じような目に遭わされた人がいる可能性が極めて高く、人生を台無しにされた可能性も大いにあったであろう。
イベント会社の社長といいこいつといい、社会人である以前に、人としてどうよ。


◆鈴村淳
演:長岡尚彦

福祉事務所の職員。
生活保護を申請しに来た柴田に対し、「65歳未満で親兄弟がいると生活保護は不可能」と申請の受理をさせなかった。
しかし、実際は年齢不問で親兄弟から仕送り等があれば、生活保護ができる可能性があったのにもかかわらず、
自身の多忙と上からの圧力を理由に柴田を上手く言いくるめて門前払いにしていたのだった。
しかも、それらを特命係に指摘されても非を認めず見苦しい自己弁護の言葉を並べる等、ハッキリ言って自分の保身以外の何者でもない。

その振る舞いを見かねた右京からは「あなたの待遇改善と生活困窮者の見極めは全く別に解決すべき問題」と厳しい言葉を浴びせられた。
仮に生活保護ができなかったとしても、受理の手続きさえ行なっていれば、少なくとも家族に柴田の窮状を伝えることができただけに、わずかな救いの可能性を潰したこの男の罪は大きいと言えるだろう。


◆尾崎裕也
演:佐藤滋

リサイクルショップシバタの店主であり、柴田をred,b){犯罪の道に引き込んだ張本人}。
実は古物商営業法違反の前科があり、それが原因で営業に必要な古物商免許の取得が不可能な状態であったため、
前科が無く社会的信用が高かった柴田をそそのかして、名義貸しという形で自分の代わりに古物商免許を習得させていた。*3

なお、店内で販売していた商品の大半が盗品であった事が判明。
ちなみに客が売りに来た物が盗品である事に気付きながら売買した場合、古物商営業法違反にあたる。*4
柴田の遺品であるプリペイド式携帯電話を辿って店を訪れた特命係に事情聴取されたのを皮切りにそれらの行為がバレて逮捕されてしまう。
その後、取り調べ室で名義貸しに手を染めた柴田の経緯を解説していた。


◆名義屋の人達
演:竹岡真悟、徳秀樹

尾崎の次に柴田の前に現れた詐欺師達。
尾崎と同様に大金(10万円程度)を餌にして柴田に様々な名義貸しをさせていたが、
個人の名義貸しが限界まで至った途端に「お前の名前にもう価値は無いよ」 存在を否定する ような言葉を言い放って柴田を切り捨てた。


◆南栄治
演:平尾仁

柴田が寝泊まりのためにレンタルしていたコンテナの管理人。
もっとも、コンテナでの寝泊まりは契約違反であったため、契約解除して柴田をコンテナから追い出した。*5


◆茂永沙希
演:平間美貴

柴田が最後に訪れたパン店の女性店員。劇中で柴田が生前最後に接触した人物。
3回もドーナツを試食しに来て1度も買うことが無かった柴田に購入を促す言葉をかけた。
試食販売は空腹者へのサービスではなくあくまでも商品販売に向けた宣伝であり、彼女の購入を促す声かけは販売者として正当な行為ではあるのだが、
優しい口調ながらも柴田の現実を突くその一言がわずかに残っていた自尊心をズタズタに傷つけてしまった。




「その絶望を誰かにわかってもらいたかったのかもしれません」
特命係係長。
柴田貴史の不審な死に疑問を抱き独自の捜査を開始。
柴田が死ぬまでの「空白の11ヶ月間」の全てを知った際は「絶望するなという方が無理かもしれません」
彼の境遇に同情はしたものの、同時に「しかし犯罪に手を染めて拓ける道などありません」と生活苦を踏まえても一線を越えたことに関して厳しい指摘をしていた。


神戸尊
演:及川光博

「これで誰に殺されたのかわかりました」

右京の2代目相棒。
右京と共に「空白の11ヶ月間」の捜査をしていた。



伊丹憲一
演:川原和久

トリオ・ザ・捜一のリーダー。愛称「イタミン」。
特命係とは別のルートで「空白の11ヶ月間」の捜査をしていた。


三浦信輔
演:大谷亮介

3人の中では一番のベテラン。


芹沢慶二
演:山中崇史

伊丹の後輩。




神戸「彼は普通に良項目を閲覧出来る権利が欲しかっただけでしょうか」

右京「周りの人間も、そして彼自身も、追記・修正する勇気が無かったのかもしれません」

神戸「追記・修正する勇気?」

右京「もし、どちらかが本気で追記・修正していたら、このようなことにはならなかったんじゃありませんかねえ」

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最終更新:2022年04月25日 20:15

*1 この賞はジャーナリズムに留まらず、貧困問題へ真摯に取り扱ったものなら漫画やドラマでも受賞されることもある。

*2 無論、「派遣先が悪質である=故意的」である為、労基法や職業安定法にも抵触する

*3 この手の犯罪に一度加担すると、個人情報が裏社会に出回って、名義人として重宝され次々と名義屋のカモにされてしまう

*4 尾崎が過去に違反行為として咎められたのも恐らくこの辺りの行為をしていたからだろう。

*5 正確には他の利用者からの苦情でコンテナで寝ていた柴田を発見して問い詰めようとしたところ、柴田が慌ててその場から逃げだした。