悪魔の手毬唄(映画)

登録日:2016/01/12 TUe 10:20:49
更新日:2024/10/19 Sat 20:47:05
所要時間:約 7 分で読めます




(一)うちの裏の前栽に雀が三羽とまって 一羽の雀が言う事にゃ言う事にゃ
おらが在所の陣屋の殿様 狩好き酒好き女好き わけても好きなが女でござる
女だれが良い升屋の娘 升屋器量よし蟒蛇娘 升で量って漏斗で飲んで
日なが一日酒びたり酒びたり それでも足りぬと返された




■悪魔の手毬歌■

『悪魔の手毬唄』は77年に公開されたサスペンス、ミステリー映画。
角川書店協力、東宝株式会社制作。
監督は市川崑。

【概要】

前年に公開された『犬神家の一族』に続く、石坂浩二版金田一耕助シリーズの第2作である。
今作から配給のみならず、映画の企画が東宝に移った。
脚本の久里子亭は市川崑のペンネームで、アガサ・クリスティーを捩ったもの。

音楽担当は村井邦彦。明るくも寂しい曲調が逆に、シリーズ中でも特に物悲しいと評される本作を彩っている。
『犬神家の一族』同様に原作の時代や世界観に忠実な作品だが、制作時期の関係からか前作同様に原作とは季節が真逆になっている。
尤も、映像化された世界観では物悲しい冬の情景が本作ならではの極めて複雑な人間の感情に根付いた奇妙な物語を原作以上に際立たせているとして、ファンからも評価が高い。
シリーズ中でも「最も泣ける金田一」として、コアな層からの人気が特に高い作品でもある。
また、前作から引き続いて登場しているキャストも多いが、これもシリーズのお約束として引き継がれていく事になった。


【物語】

――昭和27年。
金田一耕助は旧知の岡山県警本部の磯川警部の依頼を受け、磯川が指定した鬼首村(おにこべむら)の旅館「亀の湯」に逗留していた。
到着が遅れた磯川を待つ間、没落した庄屋の家系だと云う村の古老・放庵と知り合いになった金田一は、彼から別れた5番目の妻おはんから贈られて来た復縁の手紙への代筆を頼まれる。

……到着した磯川と合流した金田一は、彼から磯川が担当するも未解決のままで終わっていた、事件当時に村を荒らしていたと云われる詐欺師の恩田幾三が当時の「亀の湯」主人の源次郎を殺して姿を消したと云う、23年前の殺人事件の調査を依頼される。

小さな村は今や人気歌手となった別所千恵の凱旋に沸いていたが、恩田の娘である千恵の帰還と金田一が調査を開始したのと時を同じくするように、千恵の同級生でもあった村の旧家である仁礼家(秤屋)と由良家(升屋)の娘が奇妙に演出された姿で殺害される。

調査を進めた金田一は由良の隠居から村に伝わる「鬼首村手毬歌」を聞かされ、殺人がその歌詞に見立てて行われていたと云う事実に気付くが、手毬歌の形式から二番、三番と続いている筈の歌詞が解らない。

どうしても先の歌詞を知りたい金田一だったが、姿を消した放庵なら歌詞を知っていた筈だと聞かされ、それを知った捜査本部は放庵に疑いをかける。

……一方、更に調査を進めた金田一は事件の犠牲になった娘達もまた恩田の種で生まれた事実を知る。
そして、金田一は狭い村で起きた奇妙な齟齬の組み合わせに気付くのだが……。


(二)うちの裏の前栽に雀が三羽とまって 二番目の雀が言う事にゃ言う事にゃ
おらが在所の陣屋の殿様 狩好き酒好き女好き わけても好きなが女でござる
女だれが良い秤屋の娘 秤屋器量よし爪長娘 大判小判を秤に掛けて
日なし勘定に夜も更けて夜も更けて 寝る間も無いとて返された

※以下はネタバレ注意


【登場人物】

※原作から簡略化され、一部の人物の設定や名前に差違がある。

■金田一耕助
演:石坂浩二
私立探偵。
旧知の磯川から受けた調査の中で、今回の事件の真相にも至る。

■青池リカ
演:岸惠子
「亀の湯」の女主人。美人。
20年前に夫の源次郎を失っている。

■青池歌名雄
演:北公次
リカの息子。
青年団のメンバーでモテ男。
ある意味では無自覚な元凶と言えるのが哀しい。

■青池里子
演:永島暎子
リカの娘。
身体の左半分に赤アザを持って生まれて来た。
その為、ある時期から土蔵に閉じこもって暮らしている。
本来なら母譲りの美貌の持ち主なのだが……。

■お幹
演:林美智子
「亀の湯」の女中。
実家の屋号は「笊屋」らしい。

■別所千恵
演:仁科明子
20年前に源次郎を殺害して姿を消した恩田の娘。
里子、泰子、文子とは同級生で仲良し。
有名な歌手になって故郷に帰って来た。芸名は「大空ゆかり」。

■別所春江
演:渡辺美佐子
千恵の母親。
19の時分に正体の解らなかった頃の恩田の世話をしている内に懇ろになり千恵を授かった。
村で肩身の狭い想いをしていたが、千恵が歌手として成功した事で大手を振って村に帰る。

■日下部是哉
演:小林昭二
千恵のマネージャー。

■別所辰蔵
演:常田富士男
春恵の兄。
飲んだくれ。

■別所五郎
演:大和田獏
辰蔵の息子。

■由良泰子
演:高橋洋子
歌名雄の恋人。美人。
出生に秘密がある。

■由良敦子
演:草笛光子
由良家の女主人。
旧家として仁礼家に対抗意識を持つ。
夫の卯太郎は恩田に騙されたショックで早逝している。

■由良敏郎
演:頭師孝雄
泰子の兄。

■由良栄子
演:川口節子
敏郎の妻。

■由良五百子
演:原ひさ子
由良家の隠居。
耳が遠く、頭も呆けてきているが事件の状況を聞いて「鬼首村手毬歌」を思い出す。

■仁礼文子
演:永野裕紀子
仁礼家の娘。美人。
友人の泰子が歌名雄と好き合っている事を知っているが、自分も歌名雄に想いを寄せている。
出生に秘密がある。

■仁礼嘉平
演:辰巳柳太郎
仁礼家の当主。
先代からの葡萄酒販売を拡大させ、今や村一番の分限者となった。
傲慢な性格(えらもん)で、文子と歌名雄を強引に縁組みさせようと迫っている。

■仁礼直太
演:大羽五朗

■仁礼流次
演:潮哲也

■仁礼路子
演:富田恵子

■司咲枝
演:白石加代子
嘉平の妹。
総社の町に働きに出ていた頃に父無し子を生み、嘉平が子供を引き取った後に密かに神戸に嫁に出された。
それが文子である。

■多々羅放庵
演:中村伸郎
村の古老。
通称はお庄屋さん。
若い時分にはかなり悪辣な人物であったらしく村の人間からよく思われていない。
唯一「亀の湯」には一日置きに通ってくるようだが……。

■権藤
演:大滝秀治
町医者で、20年前の事件の検死も行った。

■野呂十兵衛
演:三木のり平
元活弁師。
神戸時代の青池源次郎こと、活弁師・青柳史郎の嘗ての同僚。

■井筒いと
演:山岡久乃
総社の町の連れ込み旅館の女将。
恩田と春恵の話を聞きにきた金田一に、放庵に手紙を寄越した筈のおはんの死を伝える。

■恩田幾三
23年前の詐欺事件の首謀者にして、青池源次郎殺害犯とされる村外の人物。
鬼首村の人々にモール作りの内職を持ち込み、人々から信頼を得ていたが、源次郎を殺して失踪。現在も行方は掴めていない。
女癖が悪く、別所春江を始めとする村の女たちに手を出しまくっていた。

■中村巡査
演:岡本信人
鬼首村の駐在。
磯川と立花の命令で事件の調査に当たる。

■野津刑事
演:辻萬長
岡山県警刑事。
立花に付いて事件の調査にやって来た。

■立花捜査主任
演:加藤武
「よし、解った!」
磯川の同僚。
岡山県警本部から事件の調査にやって来た。
役名は違うが基本的なキャラクターと決め台詞、粉薬芸は健在。

■磯川警部
演:若山富三郎
岡山県警本部の警部。
未解決に終わった「鬼首村」の事件の事を気に病んでおり、休暇を取ってまで旧知の金田一に調査を依頼した。
また、これ以前にも個人的に「亀の湯」を訪れては事件を調査していた模様。
ラストシーンの金田一とのやり取りに涙腺を崩壊させる人間多数。
また、磯川警部は原作小説でも「岡山編」を代表する金田一の名パートナーであり、基本的に異邦人のスタンスで描かれた石坂版金田一では珍しい、金田一を知る人物となっている。


(三)うちの裏の前栽に雀が三羽とまって 三番目の雀が言う事にゃ言う事にゃ
おらが在所の陣屋の殿様 狩好き酒好き女好き わけても好きなが女でござる
女だれが良い錠前屋の娘 錠前屋器量よし小町でござる 小町娘の錠前が狂うた
錠前狂えば鍵合わぬ鍵合わぬ 鍵が合わぬと返された




【以下真相】

※ネタバレ注意!











升屋の娘・泰子と秤屋の娘・文子が殺され、次の標的は錠前屋の娘とされる千恵と思われたが、三人目の被害者は青池里子だった。千恵と同じ着物を着ていた彼女は人違いで殺されたと推測され、母親のリカは激しく動揺する。

事件の犯人はリカだった。里子は泰子の通夜の日におはんに変装したリカを目撃し、母が殺人犯だと気付いた。友人だった千恵を守り、母を止める為に身代わりに殺されたのだ。

金田一は青池源次郎と恩田幾三が同一人物である事を突き止めていた。かつて鬼首村に住んでいた源次郎はモール作りの話を村に持ち込もうとしたが、閉鎖的な村人たちは話を聞いてくれないだろう。むしろ赤の他人として振る舞った方が信じてもらえると思い、活弁士時代に培った演技力を武器に村人たちを見事に欺いた。

調子に乗った源次郎は村の女たちに次々と手を出した。千恵だけでなく、泰子と文子も源次郎の娘だった。

源次郎に悪意は無かったがモール作りは行き詰まり、結果として詐欺を働く事になってしまった。追い詰められた源次郎は千恵の母・春江と共に満州に逃げようとした。夫の浮気に心を痛めていたリカは家族を捨てようとした源次郎に怒り、殺してしまった。

リカは源次郎に住処を提供していた放庵と協力して、事件を隠蔽した。だが月日が流れ、成長した泰子が息子の歌名雄と恋仲になってしまった。
歌名雄と泰子、文子は腹違いの兄妹。結婚を許す訳にはいかないが、真相は話せない。それに娘の里子が赤痣のせいで蔑まれている一方で、「恩田幾三の娘」は美女ばかり。焦りと嫉妬、そして理不尽な運命への怒りを募らせたリカは、千恵の帰郷を機に犯行を開始した。おはんに成りすまして放庵を毒殺し、夫の愚行の証とも言える娘たちを手にかけた。

警察に追われたリカは底なし沼に身を投げた。事件を解決した金田一は磯川に見送られる際に「磯川さん、あなたはほんとうはリカを愛していたのですね」と尋ねる。聞き取れなかった様子の磯川に頭を下げて、金田一は鬼首村を去る。


【原作】

アガサ・クリスティーを敬愛する原作者の横溝正史が、日本的な童歌を題材に描いた見立て殺人の物語である。海外古典ミステリーの定番とも言えるマザーグースを利用したヴァン・ダインの『僧正殺人事件』の様な作品を書きたいと思っていた横溝だが、二番煎じと謗られるのを恐れ躊躇していたがクリスティーに同様の作品がある事を知り、日本風にアレンジして同様のモチーフを書くようになった。

見立て殺人を題材にした作品としては、既に金田一耕助シリーズでも純粋な推理の観点での最高傑作と評される『獄門島』があったが、事件の真相部分に複雑な人間の感情を据え、作品の内容に併せて横溝正史自身が創作した「鬼首村手毬歌」が独自の魅力を本作に与えていると言える。
物語の核心となる「鬼首村手毬歌」は後のドラマ版では別の節が付けられており、映像化される際の注目ポイント。
また、こうした事件に併せて架空の村の因習や、それを顕す童歌が登場するのは日本的な探偵物語のテンプレとして後続の作家たちに引き継がれていった。





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