藪の中(小説)

登録日:2019/08/21 Wed 16:37:14
更新日:2019/09/02 Mon 15:24:14
所要時間:約 6 分で読めます





「藪の中」は芥川龍之介の短編小説である。初出は1922年。


「藪の中で見つかった男の刺殺体」について7人(証人4人、当事者3人)の人物が証言をするのだが…。
芥川の作品でもよくある今昔物語モチーフの話で、本作はその最終作に位置する。元にした話は巻二十九第二十三話「具妻行丹波国男 於大江山被縛語」。




【証言一覧】


A:検非違使の記録した関係者の証言。



①:木樵(死体の第1発見者)

朝に杉の木を採りに裏山に来たところ死体を発見。
死体には争った形跡があり、また死んでからある程度時間が経っている。
遺留品は一筋の縄と女物の櫛だけ。馬と小刀は見ていない。


②:旅法師(殺害日前日に被害者を目撃)

殺人が起こる前日、関山から山科に向かっている男と馬に乗った女を見かけた。
牟子をしていた為に女の顔は見えなかったが、乗っていた馬は月毛。
男は太刀と弓、そして20余りの矢を携えていた。


③:放免*1(事件関係者である多襄丸を捕らえた)

前日の夜8時ごろに粟田橋で落馬したと思われる多襄丸を確保。その際女は見ていない。
被害者の遺留品である衣服を着ており、弓矢も所持していたが、矢は17本だった。
また多襄丸が乗ってきたであろう馬は月毛の馬だった。

また多襄丸は依然捕まえ損ねた際と同じ服である紺の水干を着ており、女好き、昨年の秋に鳥部寺の賓頭盧の裏山に、物詣に来たとされる母子を殺害した前科があるとされる。


④:媼(被害者の身元を知る者)

被害者は自分の娘の旦那で名前は金沢武弘と言う26歳の若狭の侍。媼曰く「遺恨を受ける心当たりはない」ほどやさしい人。
そして娘の名は真砂で19歳。勝気だが貞淑。
2人は前日に若狭に向かった。



B:当事者たちの自白



⑤:多襄丸(名の知れた盗人)

男を殺したのは自分だが、女はどこへ行ったか知らない。
前日の昼過ぎに山科で男と女を見かけた際、牟子から一瞬見えた女の美しさに見惚れてどんな手を使ってでも男から奪おうと決意した。
しかし奪うだけなら男を殺すという事に労力をかける必要はない。
そこで適当な理由を付けて彼等と道連れになり、程良く打ち解けたタイミングで男を藪の中へ誘い出した。
そして「以前見つけた古塚から出てきた刀等の鑑定をして欲しい」と嘘をつき、女を馬に置いた状態で男と2人になったところで男を拘束。
そのまま女の所へ向かい、男が倒れたと言って向かわせた所で今度は彼女に襲いかかった。
女は小刀で抵抗したが、払いのけることで観念させ、男を殺さずに女を自分のものにした。

元々の予定ではこれで去るつもりだった。しかし女が「男二人に恥を見られて生きてはいけない。どちらか一人死んでくれ。生き残った方と連れ添う」と狂ったように言った為、卑怯な真似をしたくないと思い、男を解放して決闘に持ち込んだ。

結果は言うまでもなく多襄丸の勝利で23合目に太刀が男の胸を貫いた。しかしその際に女は逃げ出したのか、その場から消えており、この場にいてはまずいと思った自分も太刀と弓矢を奪い、そして馬に乗ってその場から逃げ出した。しかし太刀は都に入る前に捨てていた。


⑥:真砂(被害者の妻)

夫を殺したのは自分である。
紺の水干を着た男に手籠めにされ、抵抗した際に夫と目が合い、力が抜けてしまった。
なぜならば夫は自分を蔑むような眼で自分を見ており、今でも思い出すと身震いするほど冷たい目をしていた。
気が付くと男は去っており、縛られた夫は相変わらず自分を蔑むような眼で見ていた。
こうなってしまってはもう一緒にはいられない。
夫を殺して自分も死のうと宣言し、夫に小刀を向けた。
その際夫は落ち葉を詰められて喋れない状態で言葉になっていない言葉を発した。
その言葉は唇の動きから「殺せ」と読み取る事が出来た。
自分はそれに従う様に夫の胸に小刀を突き刺した。
再び意識が戻ると夫は縛られたまま息絶えており、自分は亡骸の縄を解いた後に小刀を喉に当てて、先ほどの宣言を完遂しようとしたが、結局死に切る事が出来なかった。
他にも裾の池に身投げをしてみたが結局死ぬことは出来ず、彷徨っていた所清水の寺にて保護されて今に至っている。


⑦:武弘(被害者本人)*2

男に手籠めにされた妻。自分は縛られて動けないが、目配せで妻に「その男の言葉を信用するな」と、何度もサインを送った。
男は「愛しているからこそこんな蛮行も働いた」と巧妙に妻を誘惑する。
そしてあろうことが、この言葉に妻も「どこへでも連れていってくれ」と応えてしまった。
自分は妻ほど美しい女を知らなかっただけにそのショックはあまりにも大きかった。
しかし妻の罪はそれだけではなく、「あの人が生きていたら一緒に行けないから夫を殺せ」と男に命令をしたのだ。
それに頷いた男だったが、意外にも殺すのではなく自分に問いかけをしてきたのだ。
あの女を殺すか否か、頷きで答えろ」と……。
自分はその言葉だけで男の罪を許してやってもいいと思った。
一方男の言葉に驚いたのか、妻はその場から逃げ去ってしまった。

結局捕まえることが出来ずに戻ってきた男は自分を縛る縄を1カ所だけ切り自身は逃亡の為に弓矢・太刀・馬を持って逃げ出した。
この時縄を切った為に拘束が解けたが、ふがいなさに絶望した自分はその場にあった小刀を拾い上げてひと突きに自分の胸を突き刺した。
後はこのまま死んでいくだけだったはずだが、薄れゆく意識の中で誰かが自分の胸から小刀を抜いたのを見、その後意識は闇の中へと沈んでいった。











……と、ここまでで物語は終わっているのだが、何故か当事者3人の証言が相互に食い違っている。

これこそがこの物語の最大の謎であり、最大の肝でもある。

多襄丸が犯人か、真砂が犯人か、はたまた武弘の自殺か……3人の内1人だけが本当のことを言っているのか、あるいは全員が嘘をついているのか……真相は藪の中である。


小説内には答えが明記されていない為、誰が犯人か、証言において嘘をつくのはなぜなのか、芥川本人の真意はどこに存在したのか、それらの答えについて議論をする人は昔からいたが、中村光夫と福田恆存の間で交わされた「(この事件の)真相の在り方」に関する論争によって、「真相を見つけることがこの作品の研究においての重要なポイント」であるとして考察が更に進められることとなった。
今なお真相に決着はついておらず、この作品に関する論文は今でも非常に多く出されている。



【余談】


  • 黒澤明監督の映画羅生門は本作をベースに話を進めており、主人公は杣売り(原作における木樵に該当するキャラ。)で、この事件の真相に1つの答えを出している。また「藪の中」名義でも1996年に新解釈を盛り込んだ映画が作られたりしているし、本作と関連のあるオリジナルストーリーの映画、「TAJOMARU」もある。


  • 今昔物語ベースのこの物語だが、「殺人事件に関する食い違う証言」「死者の言葉を証言の1つに数える」などの点はアンブローズ・ビアスの「月明かりの道」やロバート・ブラウニングの「指輪と本」にも似ており、こういった作品からの影響というものも考えられる。


  • 証言や体験等の食い違いから真相が見えないことを「藪の中」というが、語源は勿論この小説に由来する。



追記・修正は1つの物事に対する数人の意見の食い違いに混乱せずに、真相を見つけられる方がお願いします。




この項目が面白かったなら……\ポチッと/