登録日:2018/02/06 Tue 00:03:27
更新日:2025/01/05 Sun 02:01:27
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「羅生門」は
芥川龍之介の短編小説である。高校の現代文などで取り上げられることもあるので、彼の小説では比較的知名度・認知度の高い作品である。
悪に染まらずに死ぬか、生き残る為に悪を行うかを考える男の様を通して人間のエゴイズムを克明に描いている。
ベースとなった作品は「今昔物語」の本朝世俗部巻二十九「羅城門登上層見死人盗人語第十八」であり、それに同巻三十一「太刀帯陣売魚姫語第三十一」の内容を加えた、ある種の古典のリメイクともいえる作品である。
上の文を見て「羅生門じゃなくて羅城門?」と思った人もいるかもしれないが、この羅生門のモデルになっているのは朱雀大路の南橋にある平安京正門「羅城門」である。しかし当の門は羅生門と表記されることも多かった為、この様になされたのだと思われる。
数年の間に地震・辻風・火事・飢饉といった災害が続き、京都の町は荒廃していた。
それは町中にある羅生門も例外ではなく、荒廃していく過程で狐狸や盗人の住処と変化し、現在では引き取り手のない死体を遺棄する場所になり果てていた。
そんな羅生門の下で
雨宿りをする下人。彼は数日前に長年に渡り仕えてきた主人に暇を出されて行く先もなく、この雨が止んだ後にはどうするというあてもなかった。
彼に想像できる選択は2つ。どうも出来ずに餓死するか、盗人になって生き延びるか……。
しかし下人は何度もそう思いながら、盗人になる「勇気」がどうしても生まれなかったのだった。
やがて夕暮れから夜へと時間は進み、下人は今日の夜を何とか寒さをしのいで眠れる場所を求めて羅生門にかかっていた梯子から、楼の上へ登っていく事にした。
(どうせ中には死体しかないだろう)
そう彼は思っていたが、いざ梯子を上っていると、楼の中に蝋燭の明かりがある事に気が付いた。やがて楼の上に辿り着くと、噂通り男女の様々な死体が無造作に捨てられており、その死体が放つ臭気が辺り一面に立ち込めていた。
しかし同時に下人が見た明かりの正体も分かった。檜皮色の着物を着た、背が低く痩せこけた老婆がとある女の死体を見、やがて彼女の長い毛を一本ずつ抜き始めたのだ。
恐怖と好奇心に駆られた下人はその様子を観察していたが、老婆が髪を抜き始めたのを見て、老婆、さらに言えばこの世の悪全てを憎悪する気持ちに駆られた。
恐らく先ほどの選択2つを考えさせたら「餓死」を迷わず選択し、「盗人」の事など考えもしないだろうと感じられるほどに。
彼女の行為を「悪」と断定した下人は老婆に襲いかかった。当然老婆は驚いて逃げたが、骨と皮ばかりの体で何かが出来るはずもなく、あっという間に下人に捕まった。
「己は検非違使の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。だからお前に縄をかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、今時分この門の上で、何をして居たのだか、それを己に話しさえすればいいのだ。」
自分の意思次第でこの老婆を生かしも殺しも出来ると悟った下人は、憎しみが消えて悪を討ったような満足感を覚えながらなぜ死体の髪を抜くのかを問うと、老婆はこの様な旨を返し始めた。
「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、かつらにしようと思うたのじゃ。
成程な、死人の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。
現在、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸ばかりずつに切って干したのを、干魚だと云うて、太刀帯の陣へ売りに往んだわ。
疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この女の売る干魚は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料に買っていたそうな。
わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。
されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。
じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」
始めは老婆の所業の理由の平凡さに失望していた下人だったが、彼女の話を聞く内に先ほどの門の下では欠けていた、そして老婆に対して抱いた怒りのそれとは全く反対に働く「勇気」が湧いてくる事に気がついた。
この時には既に彼の中で「餓死」といった選択肢はもう考えることが出来ずに思考の外へ放り出されてしまうほどに無意味なものと化していた。
「きっと、そうか。」
自分の「勇気」を確かめる様に呟いた下人は
「では己が引剥をしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饑死をする体なのだ。」
と、老婆から着物を無理矢理奪って楼から降りていった。
老婆はしばらく死んだように倒れていた後、楼から門の下を覗いたものの、そこにはただ黒洞々たる夜があるばかりであった。
下人の行方は、誰も知らない。
【余談】
- 2つの話を1つにした以外、全体的な流れは今昔物語と変わりがなく、話の結末も同じである。しかし、心情描写を加えたり細かい動きを加えたりして内容を大きく増やし、不気味さやエゴイズムと言った要素を加えている。
- 今でこそ有名な「下人の行方は、誰も知らない。」という結びの一文だが、実はこの結びは改稿されて行くうちに変化した文章であり、初稿にあたる1915年の「帝国文学」に掲載されたこの作品は「下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急ぎつつあつた。」と下人のその後が具体的に明示されていた。
1917年に阿蘭陀書房から出版された第1短編集「羅生門」で「下人は、既に、雨を冒して京都の町へ強盗を働きに急いでゐた。」という微改変を受けた後に、1918年に春陽堂から出版された短編集「鼻」以降は現在の結びになった。
- 1950年に黒澤明監督によって映画「羅生門」が制作されたが、ベースになっているのはこの作品ではなく「藪の中」であり、この作品の要素は「話の舞台」「下人の引剥」ぐらいしか出てこない。しかし、小説を読んでいるとこの下人の後日談がこの映画での様にも思えてくる結果になっている。
- この作品の発表後に作られた「偸盗」はこの作品と世界観がかなり近く、またこちらにも羅生門が登場する(使用用途は異なっているが)。もっともこの作品も今昔物語から着想を得た作品であるので、ある意味では似ているのは必然といえるのかもしれない。
- 2007年に「マンガで読破」からこの作品及び上述した「藪の中」・「偸盗」がコミカライズされて収録されているが、オリジナル設定として下人は「藪の中」に出てくる多襄丸(自分が男を殺したと主張する盗人)、老婆は「偸盗」に出てくる猪熊のお婆(作中で多くの男を魅了する女・沙金の実母)となっている。
- 2020年にははてなダイアリーで発表されたパロディ小説「クソデカ羅生門」が人気を博した。
追記・修正は極限状況で「勇気」を天秤にかけて餓死か盗人かを選択しながらお願いします。
- 教科書登場人物の強さ議論の上位常連なのよねこの下人。攻撃力高いし。 -- 名無しさん (2018-02-06 00:24:37)
- 「教科書登場人物の強さ議論」というパワーワードにKOされた・・・ -- 名無しさん (2018-02-06 00:44:54)
- 羅生門で死体喰ってるババアっていう風評被害 -- 名無しさん (2018-02-06 01:11:28)
- 石川賢版だと死体食ってたよね。で下人が悪意を持つと悪霊召喚して襲いかかってくる、んでなんやかんやで最終的に平安京滅ぼそうとする魔物の大群とのバトルになる -- 名無しさん (2018-02-06 01:32:26)
- 漫☆画太郎先生、これを題材にしてください -- 名無しさん (2018-02-06 02:24:14)
- ↑5ガリガリの婆から服剥いだだけで攻撃力高い扱いされるとは -- 名無しさん (2018-02-06 05:24:02)
- 国語の教科書最強議論の上位になるには、ごんぎつねの兵十に撃たれても平気なスペックは最低限必要だろうな。 -- 名無しさん (2018-02-06 06:28:46)
- 真面目な考察あると思ってコメ欄開いたら教科書登場人物の強さ議論で盛大に吹いた そんなのあったのかw -- 名無しさん (2018-02-06 08:30:22)
- 適当な長さに切った蛇の干物ってそんなに干魚に似たものになるのかな? -- 名無しさん (2018-02-06 08:38:44)
- 「ヌゥーッ、随分と蛇に似た魚だな、これは名を何と申す?」「てれすこです」「なーんだヘビじゃないんだ!こりゃ買わなきゃだぜ!」 -- 名無しさん (2018-02-06 12:30:55)
- 死体製のかつらくさそう -- 名無しさん (2018-02-06 17:07:35)
- ↑8 石川賢の漫画はそれとは別に、オカルト要素無しで真面目にコミカライズしたバージョンもある。あれも結構好きだった -- 名無しさん (2018-02-06 17:45:57)
- 高校の国語教師いわく「ババアの着物盗んでどうすんだ、(ブルセラならぬ)ババセラでもあんのか」 -- 名無しさん (2018-02-06 18:37:38)
- ↑取り敢えず近くにあるし、着れる状態だからじゃないか? どうせ、すぐに別のを奪うんだし -- 名無しさん (2018-02-06 22:08:58)
- 蛇を干して売る事がそんなに悪い事には思えない、とか言ったらダメかしら -- 名無しさん (2018-02-06 22:13:35)
- ↑売る事そのものよりそれを干魚と偽ることが悪い事と捉えられてたんじゃないかな。 -- 名無しさん (2018-02-06 22:15:49)
- 「教科書登場人物の強さ議論」のインパクトが強すぎて何の項目か忘れてしまった。ガチで「教科書オールスターバトル」っていう格闘ゲームを出して欲しい。原作では弱キャラな「よだかの星」のよだかがペットショップのごとく強キャラになりそうな予感。 -- 名無しさん (2018-02-06 23:07:45)
- 初期のシンデレラガールズが羅生門オンラインとか言われてたのが懐かしい。皆で互いに衣装を奪い合ったあの頃。そして多分巻き込まれて全裸ダンボールと化したイヴ。 -- 名無しさん (2018-02-07 00:51:11)
- ネットに影響されやすい現在こそ読むべき作品とか真面目なコメントしようとしたら教科書登場人物の強さ議論で完全にやられた。大造じいさんとかごんぎつねの兵十とか銃使える奴普通にいるだろ! -- 名無しさん (2018-02-07 02:03:19)
- 国語教科書登場人物の最強は夏の葬列に出てくるカンサイキだろ。下人とかせいぜい下の上レベル -- 名無しさん (2018-02-07 11:22:24)
- 奴は我々トラウマメーカー(学生時代)の中でも最弱…! -- 名無しさん (2018-02-07 14:28:56)
- 国語教科書最強はどんなものも貫ける矛とどんな攻撃も防げる盾で決まりだろ -- 名無しさん (2018-02-07 18:28:11)
- 記憶がおぼろげなんだが石川賢の「羅生門」と「新羅生門」って魔界が出てくるまで全く同じだったよね? -- 名無しさん (2018-02-07 22:19:54)
- 常連もクソも面子にほとんど変更ねえだろとか考えだすと面白すぎてやばい -- 名無しさん (2018-02-08 03:29:54)
- コメント欄が肝心の内容じゃなくて強さ議論で白熱してるのがアニヲタwikiらしいというかなんというか…… -- 名無しさん (2018-02-08 11:36:30)
- 石川ワールドに取り込まれればこの有名作品も即座に虚無行きか…… -- 名無しさん (2018-02-08 13:52:55)
- 覚醒メロスと李徴最終形態には勝てなさそう。ルロイ修道士とおおきなかぶは持久戦に持ち込めばいける気がする。 -- 名無しさん (2018-02-08 18:38:05)
- エロ人形劇にも羅生門ってあるな -- 名無しさん (2018-02-09 19:11:39)
- 国語の教科書に出てくるような作品なのに虚無戦記入りしててだめだった -- 名無しさん (2018-02-15 22:55:55)
- 国語の教科書最強は、「宇宙船地球号」で。 -- 名無しさん (2019-08-22 13:06:09)
- どうやら伏線が色々貼ってある作品らしい。高校の現代文で習った時は教師が作品内の描写全てについて曖昧な解説しかしてくれず、さっぱり意味がわからなかった。 -- 名無しさん (2019-08-22 14:24:16)
- 同級生にあだ名が羅生門だった人がいたんだけど、何で羅生門だったんだろう -- 名無しさん (2019-08-28 17:35:26)
- クソデカ羅生門 -- 名無しさん (2020-06-25 08:13:23)
- 映画の方は紛うことなき名作だけど、今で言うと原作レイプだと思う。まあ黒澤明だし良いか… -- 名無しさん (2024-06-10 21:57:46)
- 行き倒れた死人から追いはぎをするのと生者から追いはぎをするのとでは、後者のが罪重い気がするけどどうなんだ下人 -- 名無しさん (2025-01-05 01:34:54)
最終更新:2025年01月05日 02:01